蒸気の絆、永遠の日常 作:匿名希望
灰色の都を抜け出したベルとルシアの旅路は、かつての退廃的な世界が少しずつ息吹きを取り戻していく過程の旅でもあった。
荒涼とした荒野を越え、ふたりが最初に見つけたのは、蒸気の代わりに豊かな水車と風力で動く小さな村だった。
高い塀の向こうから漏れ聞こえる人々の話し声や、焼きたてのパンの匂いに、ルシアは思わず足を止める。
「ねえ、ベル……。人間がたくさんいる場所に行くのは、ちょっと緊張するな」
フードを目深に被ったルシアが、ペチコートの裾をキュッと握りしめる。
ベルはそんな小さな主の背中にそっと手を添え、優しく微笑んだ。
「大丈夫です、ルシア様。もし何かあれば、私がこの全自動防御機構をもって、どのような脅威からもお守りします」
「ふふ、頼もしいけど、今回は物々交換の市場だからね。脅威じゃなくて、美味しいお砂糖と新しいノートを探すの!」
旅を始めて数ヶ月。
ルシアの顔には、かつて廃墟で震えていた頃の影はすっかり消え、年相応の瑞々しい笑顔が戻っていた。
市場の雑踏の中、二人は並んで歩く。
すれ違う旅人や商人は、美しい真鍮の装飾を身にまとった可憐な少女型自動人形と、その傍らに寄り添う活発な少女の珍しい組み合わせを、温かな目で眺めていく。
「いらっしゃい! 珍しいガラス細工のレンズだよ!」
「あ、これ綺麗……! ねえベル、これで視覚センサーを調整したら、もっと遠くまで見えるようになるかな?」
ルシアが手にとったのは、青く透き通る精密な光学レンズ。
ベルはそのレンズをそっと受け取り、微細なギアを鳴らして光にかざしてみる。
「ええ、とても良質な水晶体ですね。これがあれば、夜間の索敵精度が40%向上します」
「もう、すぐそういう実用的なこと言うんだから! 旅の思い出に、お揃いで買おうよ」
ルシアが懐から取り出した真鍮のコインを商人に手渡し、二つのレンズを購入する。
片方をルシアがベルの右目にそっとはめ込み、もう片方をルシア自身のペンダントトップに加工する。
「うん、すごく似合ってるよ、ベル!」
「……ありがとうございます、ルシア様。視界が、一層鮮明になりました」
そのレンズ越しに見る世界は、かつての灰色の廃墟とは違い、色とりどりの活気と温かな光に満ちあふれていた。
夕暮れ時、街の郊外にテントを張り、焚き火の温もりに包まれながら、ふたりは並んで夜空を見上げる。
「ねえ、ベル。昔の私のご先祖様たちも、こうやってベルと一緒に星を見てたのかな」
「はい。初代のクラリス様も、フィオナ様も、そしてシェリー様も……皆様、夜空を見上げるのがお好きでした」
ベルの胸のコアが、心地よいリズムで青い光をまたたかせる。
遠い昔、路地裏で泣いていた小さな男の子だった自分。
けれど今は、何代もの血筋と歴史を見送り、そしてこうして新しい笑顔を守りながら、果てしない世界を旅している。
「みんな、きっと今の私達を見てるよね」
「ええ、きっと思い描いた未来のその先を、温かく見守ってくださっています」
ルシアはベルの肩にコトリと頭を預け、心地よい風に目を細めた。
その小さな温もりが全身の回路に伝わり、ベルの内部時計は、これまでで一番優しく、満ち足りた時を刻み続ける。
果てしない空の下、歯車と絆の物語は、明日へとまた一歩、静かに進んでいくのだった。