新世紀エヴァンゲリオン 碇ミレイ 作:最高司祭アドミニストレータ
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誰もいない。
セミの鳴き声だけが、アスファルトの熱気で歪む空気の中を飽和している。
少女──碇ミレイは、機能不全に陥った公衆電話の受話器を、静かにフックへと戻した。
『──現在、特別非常事態宣言が発令中。通常回線は不通です』
無機質なスピーカーの向こうから聞こえるのは、抑揚のない合成音声のアナウンスだけ。硬貨を入れ直し、何度ダイヤルを回して試しても結果は同じだった。
「全く、役に立たないな」
情報インフラとしての価値はゼロ。肌を刺すような強烈な陽光が、首筋を伝う汗を急かす。
日本の四季が15年前の大災害で破壊されたことは知識として知っている。海が赤く染まり、生き物がいなくなった世界。この終わりのない夏も、その証明なのだ。
湿度がまとわりつく制服の襟元を指で引き、ミレイは左手首に視線を落とす。腕時計の針は、約束の時刻をとうに過ぎていた。
「遅いなあ…」
ポケットから取り出した一枚の写真。写っているのは、迎えに来るという父の部下の女性。
胸元を過剰に強調し舌を出して悪戯っぽく笑う横には、赤いサインペンで矢印まで引かれている。『ここに注目!』──馬鹿げている。
手紙にはただ『来い』の二文字が、何百も書き殴られていた。理由も目的も何も書かれていない。ただそれだけ。圧倒的なコミュニケーションの放棄。
「相変わらず、お父様は言葉が足りなすぎるよ…」
ため息をつく。対話すら面倒だなんて、いかにもあの男らしい。自分の身は自分で守る。そう生きてきたのは、あの父がそういう人だからだ。
ふと視線の先、交差点の向こうに人影が浮かんだ。
青みがかった銀色の髪。白い肌。赤い瞳。
少女がじっとこちらを見ている──ように見えた瞬間、鳩が羽音を立てて横切り、視線が逸れた。
再び交差点を見れば、そこには誰もいない。
「蜃気楼? それとも熱中症かしら」
思考が鈍っている。脳が暑さでやられている。全部、勝手に呼び出しておいて迎えが遅い父のせいだ。
額の汗を手の甲で拭った、まさにその時。
轟音が、空を裂いた。
見上げればV字編隊の戦闘機。そしてビルの谷間から、巨大な何かが姿を現す。長い手足。白黒の歪な体。無機質な仮面の瞳が、点滅するように瞬いている。
「ふむ」
威圧感が生々しい。逃げるべきだと頭は分かっているのに、手は自然にポケットからカメラを取り出していた。
ビジュアルがすこなので、記録する価値は大いにある。
『目標健在! 攻撃続行!』
戦闘機からミサイルが一斉に放たれる。爆炎。衝撃波。
スカートが風にあおられてめくれ上がる。ミレイはそれを気にする余裕もなく、ただ煙の向こうを見つめていた。
「硬いのね」
煙が晴れても、怪物は無傷だった。ほんの一種だけ視認できた淡い光の壁? がすべてを弾いている。怪物の腕が鞭のようにしなり、戦闘機が一機、叩き落とされた。
炎を曳いて墜ちてくる機体は、まっすぐこちらへ──ミレイの頭上へ。
「これは…駄目かな」
恐怖はない。避けられないものは避けられない。
死ぬのなら、せめてあの父の夢枕に立って、毎晩うなさせてやろう。娘としての最後の親孝行、それくらいは許されるだろう。
目を閉じた瞬間──
キィィィィィッ!
甲高いブレーキ音。熱風。タイヤがアスファルトを削るにおい。
薄目を開けると、目の前に青いスポーツカーのボンネットが迫っていた。墜落した機体は、すぐ脇をかすめて背後のビルに激突していた。
「ごっめーん! お待たせ! 道が混んじゃってさ!」
運転席から飛び出してきたのは、紫の髪にサングラスの女性。写真の人物だ。
「…遅かったですね」
「ははは、そう言わないで! 乗って、早く!」
遅すぎる迎えだ。
どうやらまだ、死ぬのは先延ばしにできるらしい。ミレイは指示されるがままに、助手席へと滑り込んだ。
街を出て、ほんの数分後のことであった。背後で太陽がもう一つ墜落したかのような、暴力的な閃光が弾けた。
空気を物理的に叩きつけるような凄まじい衝撃波が、猛スピードで疾走する青いスポーツカーの車体を容赦なく打ち据えた。
甲高い悲鳴を上げてタイヤが浮き上がり、車体が大きく傾く。強烈な横Gがミレイの身体をシートベルトへと押し付けた。
熱を帯びた爆風が、開け放たれた窓から車内へと吹き荒れる。
「汚い花火だこと」
街一つを犠牲にするほどの、巨大な質量兵器の投下。あの異常な再生能力を持つ怪物を消し去るための、最後の手段といったところか。さしもの未知の生命体も、あれだけの熱量に焼かれればあの世に召されていることであろう。
ひっくり返りそうになった車を強引なハンドル捌きで立て直した紫の髪の女性は、大きく息を吐き出して額の汗を拭っていた。
「あー、死ぬかと思ったわ。さてと──」
どうやら彼女は、どこからかバッテリーパックを調達してきたらしく、損傷した車を無理やり再起動させていた。
「──改めて自己紹介するわね。特務機関NERV、葛城ミサト。階級は一尉よ! よろしく、ミレイさん!」
サングラスを外し、ウインクまで決めてにっこり。写真そのままの、大げさで元気のいい様子。
ミレイは姿勢を正し、静かに問いかけた。
「葛城一尉。一つ聞きたいのだけれど──何故私が呼ばれたのか、その理由を知っていますか?」
「えっ? 知らないってば! 私はただのお迎え係なの! 言われただけで連れてきてるだけだし!」
「それは…あまりにも無責任ではないですか」
「ぐっ…責任感じてるけど、本当にそれだけなのよ!」
眉間に力が入る。手を出したい衝動が湧き上がるのを、ミレイはぐっと抑える。
矛先は違う。悪いのはこの人ではない。頭の中に浮かぶのは、ただ『来い』とだけ書かれた手紙。
「…分かりました。聞く相手を間違えました」
「そう言われてもなあ…」
ミレイは視線を正面に戻し、まっすぐミサトを見つめる。
「では別の質問です。さっき車の部品を、民間のものから外していましたよね? 窃盗にあたると思うのですが」
「だいじょうぶよ! 私は国際公務員だから、非常事態は全部OKなの!」
「全く説得力がありません。大人が言う言葉とは思えないです」
「なによ! 可愛くないんだから! ミレイさんったら理屈っぽいのね!」
口調は軽く、態度はまるで年下のよう。謝る様子も反省する様子もない。
初対面でありながら、車内には遠慮という概念が存在しなかった。ミレイはミサトの言動を「精神年齢が肉体年齢に追いついていない残念な女」として即座にアーカイブ分類した。
車両用エレベーターに乗り込むと、車ごと地下深くへと降下していく。
扉が開いた瞬間、ミレイは目を見張った。
到着した先は、直径数キロメートルに及ぶ巨大な地下空間──ジオフロント。天井には逆さまの都市が張り付き、光が降り注ぎ、その中心にはピラミッド型の構造物が堂々と鎮座している。
「…これが、NERV本部?」
あまりの規模に、一瞬言葉が詰まる。だがそれも束の間、施設内に足を踏み入れた数分後、ミレイは深く呆れて溜息をつくことになった。
彼女は本当に優秀な指揮官なのだろうか。極秘の軍事施設内において右へ左へと迷走を繰り返し、完全に方向感覚を喪失している。
「ええと、確かここを曲がって…あれ? 行き止まり?」
「葛城一尉」
ミレイが冷静な声で呼び止める。
「壁の配管の太さと、さっきの換気扇の気流から推測すると、目的の区画は逆方向です。こっちです。ついてきてください」
「えっ? ちょ、ちょっとミレイさん! 待ってよー!」
結局、初めて来たはずのミレイがミサトを先導することになった。
「道くらい覚えておいてくださいよ…」
「ごめんごめん! 地下っていつも同じに見えるんだもん!」
ようやく目的地に辿り着くと、パリッとした白衣にタイトスカートの金髪女性が、ヒールの音を響かせて待っていた。
「何をやっているの、ミサト。初めて来た女の子に案内させて、自分が迷子になるなんて」
「あはは…ごめん、リツコ」
赤木リツコ。技術開発部の責任者だという。呆れたようにタバコの煙を吐き出す姿は、どこか冷ややかだが安心できる雰囲気だ。
ミサトの見た目は確かに魅力的だ。だが中身はこの通り、まるで子供。『私は出来る女』なんて、とてもじゃないけれど──
「…完全な詐欺ね」
ミレイがぽつりとつぶやくと、リツコがくすりと笑った。
「初めまして、ミレイさん。赤木リツコよ」
「初めまして。早速だけれど、涼しい部屋で冷たい水が飲みたいです。喉が渇きました」
「ふふ、肝が据わっているわね。いいわ、すぐそこよ」
リツコに導かれ、たどり着いたのは「第七ケージ」と呼ばれる巨大な格納庫。鼻を突くのは、血のようでもあり錆びた鉄のようでもある不思議な匂い。薄暗い空間の奥、冷却プールの中に、それは佇んでいた。
圧倒的な質量。紫と蛍光グリーンの装甲が、黒い素体を覆う。
ロボットではない。生き物のような、それでいて完璧なまでの造形。力強く、美しく、そして少し恐ろしい。
(なにあれカッコいい)
もちろん口には出さない。だが無駄をすべて削ぎ落としたその姿は、ミレイの心の奥の、ほんのわずかな部分を確かに揺さぶった。
「これが、人類が手にした究極の汎用ヒト型決戦兵器──人造人間エヴァンゲリオン」
「その初号機よ!」
「人のセリフを奪わないでくれるかしら? ミサト」
「ごめんなさい」
隣で繰り広げられる大人たちのやり取りをBGMに、ミレイは静かに巨人の顔を見上げる。
──これに乗れ、ということなのだろうか。
「──久しぶりだな、ミレイ」
空気を凍らせるような声が頭上から降ってきた。見上げると、ガラス張りの観測ブースに男が立っていた。オレンジ色の眼鏡。無精髭。背が高く、厳かな雰囲気。
碇ゲンドウ。
ミレイは背筋を伸ばし、真っ直ぐにその顔を見据えた。数年ぶりの再会。胸が躍ることも、懐かしむこともない。ただ一つ、疑問があるだけ。
(何故、一言も説明してくれなかったの?)
視線が交わった瞬間──
男の様子が、明らかにおかしくなった。
ビクン、と肩が大きく跳ねる。眼鏡の奥の目が見開かれる。口元が震え、そして──タラリ。
一筋の鮮血が、鼻から伝い落ちた。
「…え?」
鼻血だ。威厳あふるまっていた父が、突然鼻血を流している。ミレイは瞬時に分析を始める。
室温のせい? 違う。
外傷? 見当たらない。
血圧の急上昇による毛細血管の破綻──それが最も妥当な答え。
では、何故?
(そういえば私、お母さまにそっくりだったわ)
ふと、その事実が浮かぶ。汗で肌に張り付いたブラウス。暑さで頬が紅潮し、目の色は母譲りの青。その姿を目の当たりにして、脳が処理しきれなくなったのだ。
「司令!? 大丈夫ですか! 血が!」
「メディカルスタッフ、速く!」
白い白衣のスタッフたちが飛び込んでくる。まるで訓練された特殊部隊のような速さで囲まれ、止血処置が施される。
「大丈夫だ、下がれ」
「いけません! 血圧が危険値です!」
「問題ない。私は至って冷静だ」
「ダメです! 脈拍も異常値です! 万が一倒れられでもしたら我々の責任問題になります!」
「ええい離せ!」
あちこちで慌たかれる声。それでもゲンドウはナースに首を固定されながらも、必死にミレイの方を見ようとしている。
「はぁ」
ミレイは静かにため息をついた。
「血圧が上がるほど嬉しいのなら、最初から手紙にそう書いてくださればよかったのに。お父様」
声は届かない。それでも心の中でつぶやくと、少しだけ気持ちが軽くなった。
特務機関NERV最高司令官。
碇ゲンドウ。
一方的な手紙を送りつけた、全ての元凶との再会であった
碇ミレイ解説!
1. 「預け先(親戚・知人宅)」を数ヶ月で掌握・完全管理
引きこもったり縮こまったりは一切しませんでした。
家事の完全制覇: 預け先の食生活や衛生環境の乱れを「非合理的で健康寿命を縮める」と判断。10歳を迎える頃には朝夕の献立作成・調理・掃除・買い出し・光熱費の計算までを全て引き受け、実質的にその世帯の最高責任者として君臨していました。
大人たちからの扱い: 面倒を見る側だった預け先の大人たちが、むしろ「ミレイちゃんがいないと生活が成り立たない」「今日の晩酌のつまみは何がいいかな…」と彼女に頼りきり、頭が上がらない状態になっていました。
2. 「徹底したQOLの最適化」
自分の部屋の温湿度管理、睡眠効率を最大化する寝具の選定、栄養バランスの取れた自炊生活をルーティン化。
学校生活では成績は常に上位をキープ。
3. 「父ゲンドウへの感情と仕送りチェック」
「父から捨てられた」と塞ぎ込むのではなく、ドライなリアクションを取りつつも内心で父親を観察し続けていました。
毎月NERVから振り込まれる高額な養育費・生活費の明細書を確認しては、「金額だけは過剰なほど潤沢ね。言葉は一切寄越さないくせに」と分析。
メディアや学術誌にたまに載るゲンドウの硬い表情の写真をスクラップし、(この人、相変わらず無駄に眉間にシワを寄せてる。絶対ストレスで胃を痛めてるわ…野菜食べてるのかな)と、呆れ半分・心配半分で定期的に安否を気にしていました。
4. 出発前のイラスト
【挿絵表示】
5. なぜゲンドウの呼び出しに応えたのか?
作者からの解答: それは次回のお楽しみに。さぁて、イラスト書くか!
PS. 作りすぎてしまった作品表紙集です。採用した表紙を除き、pixiv表紙集のほとんどがAIイラストです。
https://www.pixiv.net/artworks/150302569