新世紀エヴァンゲリオン 碇ミレイ 作:最高司祭アドミニストレータ
けど面白さはありました。おもちゃ発売されたら買おっと。
PS : 今回は長いお話なので、読むのが大変だと感じましたら教えてください。
黒服の保安部員たちによる、荷物以下の雑な強制連行からようやく解放された時、ミレイは特務機関NERV本部の更衣ケージの前に立っていた。
「ほんっとうに、最悪の初登校日だよ」
誰もいないロッカールームで、ミレイは鏡に映る自分の顔を睨みつけながら毒づいた。
ほっぺたが、じんわりと赤く腫れ上がっている。あの関西弁のシスコン不良──鈴原トウジに本気の右フックを叩き込まれた跡だ。
しかもお気に入りだった新しい制服のスカートは校舎裏の砂埃で汚れているし、せっかく楽しみにしていた手作りのお弁当も教室の机の中に置きっぱなしである。
お昼ご飯を食べ損ねた上に暴力を振るわれ、さらには有無を言わさず危険な肉体労働の現場へと引きずり出される。労働基準法が聞いて呆れるブラック環境だ。
手早く白いプラグスーツに着替え、手首のボタンを押してスーツを身体に密着させながら、ミレイは通路へと出たその時。
向こう側から歩いてきた一人の少女と、狭い通路の真ん中で鉢合わせになった。
白いプラグスーツに身を包み、肩口や腕にまだ痛々しい包帯を巻いた少女──綾波レイだ。
零号機の凍結解除と再起動実験がまだ完了していないため、彼女は今回の戦闘では予備の待機要員のはずである。
「…」
「…」
互いに足を止め、無言のまま視線を交錯させる。
レイの無機質な赤い瞳が、ミレイの赤く腫れた右頬へと向けられた。今朝の通学路でのデッドヒート、そして校舎裏での嘲笑。何か嫌味の一つでも言われるのかとミレイが身構えた。
「無駄死しないで」
すれ違いざまでレイはそれだけを言い残し、一度も振り返ることなく控室の方へと歩き去っていった。
「なによ、それ」
ミレイは小さく鼻を鳴らした。
心配しているのか、それとも『あなたが死ぬと碇司令が悲しむから』という親衛隊としての警告なのか。どちらにせよ、言われるまでもないことだ。誰があんな得体の知れない怪物のために、自分の快適な人生を投げ出すものか。
エントリープラグへと乗り込み、生臭いLCLが満たされていく。
肺の中まで液体が侵入してくる不快感にも、二回目ともなればだいぶ慣れてきた。ミレイは意識的に呼吸を浅くし、神経接続のノイズを最小限に抑え込む。
正面のモニターが点灯し、発令所の様子が映し出された。
慌ただしく指示を飛ばす葛城ミサトの後ろ、一段高い司令席に座る父・碇ゲンドウの姿が視界の端に入る。
モニター越しにミレイの頬の腫れに気づいたのか、オレンジ色の眼鏡の奥の瞳がピクリと険しく細められ、その周囲の温度が急激に下がったような気配が伝わってきた。
(あ、お父様がキレてる…まあ、今ここで私情を挟んで時間を浪費するのは得策じゃないね)
ミレイは父からの無言の問いかけを華麗にスルーし、極めて事務的なトーンでマイクに向かった。
「初号機、神経接続および同調率、すべて正常範囲内。いつでも出られます」
『了解! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!』
ミサトの号令と共に、凄まじいGがミレイの全身をシートへと押し付けた。
リニアレールを駆け上がり、初号機の巨体が一気に地上へと射出される。
眩しい太陽の光と共に、視界が大きく開けた。
ビル群が地下へと収容され、無機質な迎撃形態へと移行した第3新東京市の真ん中に、初号機は重々しく降り立つ。
そして──正面の空中に、そいつはいた。
「うわぁ。前のも大概だったけど、今回のも相当悪趣味なデザインだね」
光学モニターに拡大表示された標的──第5使徒シャムシエルの姿を見て、ミレイは思わず顔をしかめた。
全長八十メートルを超える、赤紫色の不気味な浮遊殻。イカとカブトガニを無理やり継ぎ接ぎしたような細長い筒状の胴体をしており、頭部とおぼしき場所には蛇の目のような不気味な模様が浮かんでいる。
重力など存在しないかのように水平の姿勢で音もなく滑空してくる様は、生理的な嫌悪感を催すのに十分すぎた。
『ミレイちゃん、まずは遠距離から叩くわよ! 右手のガトリング・ガンで迎撃しなさい!』
「了解」
既に武装は兵装ビルから取り出してあるミレイは、初号機の右手に握られた巨大なロータリー機関砲を構え、照準を赤紫の胴体へと合わせた。
トリガーを引く。
ズガガガガガガッ!! と鼓膜を劈くような轟音が鳴り響き、大口径の劣化ウラン弾が嵐のように使徒へと叩き込まれていく。
空中で激しい着弾の火花と黒煙が巻き起こる。
しかし秒間数十発という圧倒的な弾幕を浴びせ続けても、使徒の進行速度は一ミリも衰えなかった。カチカチと虚しい金属音が響き、あっという間に全弾を撃ち尽くしてしまう。
(ダメだ。ATフィールドとあの硬そうな表皮に全部弾かれてる。弾薬の消費量に対してダメージ効率が最悪すぎるよ)
爆煙を突き抜け、無傷のまま滑空してきた使徒が、突如として空中でピタリと停止した。
直後、水平だった細長い巨体がグググッと九十度起き上がり、大地に対して垂直に立ち上がるような戦闘形態へと移行する。その喉元には、怪しく輝く菱形のコアが露出していた。
「っ、来る!」
ミレイは使い物にならなくなったガトリング・ガンを即座に投げ捨て、傍らにそびえ立つ兵装ビルのハッチへと手を伸ばした。ロックが解除され、内部に格納されていた大口径のパレットライフルを引き抜く。
数秒後、使徒の両側面からニ本のまばゆい光の筋が伸びた。高熱と高周波振動を帯びた、伸縮自在の『光の鞭』。
ヒュンッ! と空気を切り裂く音がしたかと思うと、初号機のすぐ横にあった兵装ビルが、まるで熱したナイフでバターを切るかのように斜めにスパッと両断された。切断面が赤く融解し、轟音と共に崩れ落ちる。
「っ!? ちょっと、威力が反則級なんだけど!」
ミレイは背筋を凍らせながら、初号機の脚部を駆動させて後方へと大きく跳躍した。
着地と同時にパレットライフルを連射し、牽制の弾丸をばら撒きながらビル街の遮蔽物へと身を隠す。しなるように軌道を曲げた二本の光の鞭は、遮蔽物ごと初号機を薙ぎ払おうと猛烈な勢いで迫ってきた。
ドォンッ! と足元のアスファルトが抉り取られ、初号機の巨体が宙へと浮き上がる。ライフルが弾き飛ばされ、体勢を崩した初号機の背後へ、もう一本の光の鞭が蛇のように回り込んだ。
「しまっ」
回避が間に合わない。ギャリィッ! という嫌な振動と共に、初号機の背中から伸びていた生命線──電力供給用のアンビリカルケーブルが、根元から呆気なく溶断された。
コックピット内の照明が真っ赤な非常灯へと切り替わり、けたたましい警報音が鳴り響く。
『アンビリカルケーブル断線! 初号機、内部電源に切り替わります! 活動限界まで、残り三百秒!』
オペレーターの緊迫した声が鼓膜を叩く。
正面のコンソールに、【04:59:88】という赤いデジタル数字が浮かび上がり、無慈悲なカウントダウンを開始した。
(制限時間五分…! タイムリミット付きの重労働なんて、最悪のシフト体制じゃない!)
ミレイが奥歯を噛み締めた瞬間、追撃の光の鞭が初号機の胴体を横合いから強く薙ぎ払った。
防御に回した腕の装甲が焼け焦げ、凄まじい衝撃が全身を貫く。
「きゃあああっ!?」
初号機の紫色の巨体は宙を舞い、街の外れにある緑豊かな山肌へと向かって一気に吹き飛ばされた。
ズシャアアアアッ!! と木々をなぎ倒し、土砂を巻き上げながら、初号機は山の斜面に激しく尻もちをつく。
「っ、つぅ…! あちこちぶつけて、全身が打撲だらけになりそうなんだけど…ッ」
揺れる視界の中で、ミレイは頭を振って意識をはっきりさせた。早く立ち上がって距離を取らなければ。そう思って初号機の両手を地面につき、身体を起こそうとした──まさにその時だった。
外部モニターの端に、信じられないものが映り込んだ。初号機がついた右手のすぐ脇。めくれ上がった土砂と倒木の隙間に、見覚えのある二つの小さな人影がへたり込んでいたのである。
黒いジャージを着た少年と、赤い眼鏡をかけてビデオカメラを抱えた少年。
鈴原トウジと相田ケンスケだ。
(は? なんであの二人が、こんなところにいるの!?)
ミレイの思考が一瞬だけ停止した。
特別非常事態宣言が出ているのだ。一般市民は全員、地下のシェルターへ避難しているはずではないのか。どうしてさっき私を殴った鈴原トウジと彼を止めた相原ケンスケが、最前線の山の上でのんきに観戦しているのか。
しかし、呆れている暇はなかった。
上空から迫り来た赤紫の使徒が、動けない初号機──そしてその手元にいる二人の少年めがけて、容赦なく高熱の光の鞭を振り下ろしてきたのだ。
あのまま直撃すれば、生身の人間など一瞬で蒸発してしまう。
「っ、このお馬鹿さんたちがぁっ!!」
ミレイは考えるよりも先に、操縦桿を力任せに押し込んでいた。
初号機が覆いかぶさるように前傾姿勢をとり、左腕を二人の頭上へと突き出す。振り下ろされた灼熱の光の鞭をらエヴァの左手で直接素手のままガッシリと掴み取ったのだ。
ジュウウウウウッ!! と装甲が溶け落ちる凄まじい音が響き渡る。同時に、エヴァの神経回路を通じて、ミレイ自身の左腕に煮えたぎる油の中へ手を突っ込んだかのような、激烈な熱傷の痛みがフィードバックされた。
「ぎゃあああああっ!! い、痛っ、熱っ、死ぬぅぅぅっ!!」
ミレイの口から、およそヒロインらしからぬ絶叫がほとばしった。左腕が焼けるように痛い。前回は左腕をねじ切られ、今回は丸焦げである。どうして私の左腕ばかりこんな目に遭うのか。
『ミレイちゃん! 早くその二人をエントリープラグの中へ回収しなさい! 死んじゃうわよ!』
「言われなくてもわかってる!」
ミレイは涙目で歯を食いしばりながら、左手で光の鞭を必死に抑え込みつつ、右手の操作でエントリープラグ後部のハッチを強制開放した。
初号機のもう片方の手で地面の二人をすくい上げ、開いたコックピットの入り口へと半ば放り込むようにして滑り込ませる。
ドチャッと水音を立てて、LCLで満たされた狭いプラグの後部へと、トウジとケンスケの二人が転がり込んできた。
「げほっ、ごほっ! な、なんやこれ、息が…って、できとる!?」
「す、すげぇ…これがエヴァのコックピットの中か…!」
背後から聞こえてくる間抜けな声に構っている余裕はない。
ミレイはハッチを閉じると同時に、限界を迎えていた左手をパッと離し、初号機の脚力で斜面を蹴って後方へと飛び退いた。
左腕の感覚がほとんどない。ハァハァと荒い息を吐きながら、ミレイは脂汗の浮かぶ額を拭うことすらできずに操縦桿を握り締めた。
残り時間は、すでに二分を切っている。
『ミレイちゃん、よくやったわ! 民間人を乗せたままの戦闘は危険すぎる、ここは一度後退して! 本部まで撤退しなさい!』
ミサトからの悲痛な撤退命令が飛んでくる。
背後では、シートの後ろにしがみついていたトウジが、苦痛に顔を歪めて荒い息を吐くミレイの背中を見て、息を呑んでいる気配がした。
「撤退、ですって?」
ミレイは、痛みで霞む頭の中でソロバンを弾いた。
背後は山肌。アンビリカルケーブルは切断され、残された活動時間はあと百秒あまり。対する使徒は重力を無視して滑空し、中距離全域をカバーする高威力の光の鞭を持っている。
もしここで命令通りに背中を向けて逃げ出せば、どうなるか。
旋回性能で劣る初号機は、逃走中に背後から光の鞭で狙い撃ちにされ、コックピットごと真っ二つに両断される確率が九十パーセントを超える。つまり、「撤退=確実な死」だ。
生き残るための唯一の選択肢。
それは相手が次の大技を繰り出す前に、こちらから懐へと飛び込み、喉元に露出したあのコアを一撃で粉砕することだけ。
「本部指示を却下します」
ミレイは荒い息を整え、氷のように冷たく澄み切った声で言い放った。
『なっ!? ミレイちゃん命令違反よ! 戻りなさい!』
「この状況で背を向けるのは、ただの自殺行為です。生存確率を最大化するため、これより目標を単独で殲滅します!」
通信を一方的に遮断し、ミレイは左肩のウェポンラックを展開した。飛び出してきた高周波振動ナイフ──プログレッシブ・ナイフを、無事な方の右手で逆手に強く握り締める。
【残り時間──00:45:12】
「行くよお母様ッ!!」
ミレイはフットペダルを底が抜けるほど強く踏み込み、全身の出力を脚部へと集中させた。
大地を砕くような轟音と共に、初号機の巨体が紫色の疾風となって斜面を駆け下り、使徒の真正面へと突撃する。
迎え撃つシャムシエルが、二本の光の鞭を十字に交差させ、初号機を串刺しにせんと真っ直ぐに突き出してきた。
避けきれない。いや、最初から避けるつもりなどなかった。二本の光の鞭が、初号機の腹部の装甲を左右から同時に貫通した。
「ぐ、あぁぁぁぁっ…!!」
ミレイのお腹のあたりに、内臓を焼け火箸でかき回されるような壮絶な激痛が突き刺さる。視界がチカチカと明滅し意識が遠のきそうになるのを、ミレイは舌を噛み切るほどの気合で繋ぎ止めた。
(ここで気を失ったら、私の平穏な日常も温かいお風呂も、美味しい晩ご飯も全部消えてなくなるんだからぁぁぁっ!!)
己の足を貫き通した光の鞭を、逆に逃がさないためのアンカーとして利用する。初号機は腹を貫かれたまま強引に一歩を踏み出し、使徒の懐へと密着した。
目の前にある、赤く脈動する菱形のコア。ミレイは渾身の力を込め、右手のプログレッシブ・ナイフをその中心へと真っ直ぐに叩き込んだ。
ガキィィィンッ!!
硬い手応え。コアの表面に無数の亀裂が走る。
「われろぉぉぉぉぉっ!!」
【00:03:45】
【00:02:10】
ミレイが全体重を乗せてナイフの柄をねじ込んだ瞬間。
パァンッ!! と分厚いガラスが砕け散るような快音が響き渡り、使徒のコアが粉々に粉砕された。
生命の輝きを失ったシャムシエルの光の鞭がフッと消滅し、赤紫の巨大な亡骸が糸の切れた操り人形のようにドサリと地面へ崩れ落ちる。
第5の使徒シャムシエルは、形状崩壊をはたした。
【00:00:00】
同時にコックピット内のすべてのコンソールがブラックアウトし、エヴァンゲリオン初号機は完全に沈黙した。
真っ暗になったエントリープラグの中。
非常用のわずかな明かりだけが灯る静寂の空間に、ミレイの「ハァ、ハァ、ハァ…」という荒く苦しげな呼吸音だけが、やけに大きく響き渡っていた。
左腕と腹部に残る、ジンジンとした強烈な痛み。全身が冷や汗でびっしょりと濡れている。本当に、死ぬかと思った。
けれどミレイはシートに深く身を預けたまま、背後にいる二人の男子生徒の気配を感じ取り、誰にも見えない角度で口元をほんの少しだけニヤリと歪めた。
(ふふ、どうかな? 後ろのお二人さん)
さっき校舎裏で自分を理不尽に殴り飛ばした不良と、その友人。そんな彼らを命がけで庇い、腕を焼かれ腹を貫かれながらも、文句一つ言わずにたった一人で怪物を倒してみせたのだ。
これだけ完璧で健気な『悲劇のヒロイン兼ヒーローショー』を特等席で見せつけられたら、いくらなんでも自分の浅ましい暴力を反省し、私に対する評価を百八十度改めるに違いない。
明日からは学校で頭も上がらなくなるはずだ。計算通り、完璧なマウントの取り返しである。
(よし、このままクールで儚げな美少女を演じきって──)
そう思って、余裕の笑みを浮かべようとした、次の瞬間だった。
ズッキィィィィンッ!! と緊張の糸が切れた左腕と腹部から、遅れてやってきた凄まじい激痛の波が一気に押し寄せてきた。
「っ、ひぐっ…う、うぅぅ…っ」
クールな笑みなど、一瞬で吹き飛んだ。ミレイは両手で自分のお腹と腕を抱え込み、シートの上で小さく丸まりながらボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
(や、やっぱり無理ぃぃ…! 痛すぎるよぉ、お母様ぁ…っ!)
計算高い悪女になりきれない十四歳の少女は、迎えの回収班が到着するまで泣き続けた。
***
非常用の赤い照明だけが灯る、薄暗いエントリープラグの内部。
相田ケンスケと鈴原トウジは、金縛りに遭ったかのように動けずにいた。
静まり返ったコックピットの中に響くのは、目の前の操縦席で小さく丸まり、お腹と左腕を抱えて「っ、ひぐっ…う、うぅぅ…っ」と声を殺して泣き続ける碇ミレイのか細い嗚咽だけだった。
「…凄かったね」
ケンスケは、いつの間にか録画が止まっていた手元のビデオカメラを握り締め、震える声でポツリと呟いた。普段の軽妙で饒舌な口調は、影も形も消え失せている。
そもそも、なぜ自分たちがこんな場所にいるのか。
理由は単純で、今となっては恥ずかしくて口にも出せないほど浅はかな好奇心からだった。
特別非常事態宣言のサイレンが鳴り響いた時、ケンスケは「生でエヴァの戦闘が見られるなんて、一生に一度のチャンスだからね! 次いつ彼女が転校しちゃうか分からないんだからさ!」と、渋るトウジを半ば強引に引っ張って指定シェルターを抜け出したのだ。
山の上の茂みに隠れ、カメラのファインダー越しに巨大なロボットがガトリング・ガンをぶっ放す姿を見た時は、正直に言って最高に興奮した。
「すげぇや、薬莢だけで車が一台買えちゃうんじゃないか!?」なんて、まるで特撮映画のショーでも見物するかのように無邪気に騒いでいた。
隣にいたトウジも、最初は「アホか、危ないやろ!」と文句を言っていたくせに、いざ紫色の巨体が目の前で動き出すと、その迫力に目を奪われていたのだ。
──だが、現実は映画なんかじゃなかった。
使徒の放った光の鞭が山肌を切り裂き、吹き飛ばされてきた初号機の巨体が自分たちのすぐ目の前に墜落した瞬間、ケンスケは死を覚悟した。そして、頭上から降り注いできた、すべてを蒸発させる灼熱の光の鞭。
もうダメだと目を閉じた二人を救ったのは、校舎裏でトウジが殴り飛ばした
ばかりの少女だった。
『──っ、このお馬鹿さんたちがぁっ!!』
スピーカー越しに響いた彼女の必死の叫び。初号機が身を挺して覆いかぶさり、あの恐ろしい光の鞭を素手で掴み取って、自分たちの命を守ってくれたのだ。
コックピットの中に引きずり込まれた直後、ケンスケとトウジが目の当たりにした光景は、一生忘れられないほど凄惨なものだった。
白いプラグスーツに身を包んだ華奢な背中。使徒の攻撃を素手で受け止めた反動で、彼女の細い左腕がまるで焼き鏝を押し当てられたかのように痙攣し、苦痛の悲鳴が狭い空間に木霊した。
本部の大人たちは「撤退しろ」と叫んでいた。
それなのに彼女は、後ろに乗せた自分たち二人と、この街を守るために、逃げることすら選ばなかったのだ。
腹を貫かれた時の血を吐くような絶叫。意識が飛びそうになるのを必死に繋ぎ止め、震える手でナイフを突き立てた鬼気迫る横顔。
外から見れば「カッコいいロボットの戦い」だろう。けれどその裏側では自分たちと同い年の女の子が、たった一人でこれほどまでの激痛と死の恐怖を背負わされていたなんて、ケンスケは夢にも思っていなかった。
「俺たち、ただ外から見て勝手に騒いでただけだったんだな…」
ケンスケは自分の膝を見つめ、唇を噛み締めた。
命を救われたことへの圧倒的な感謝と同時に、ルールを破って戦場にノコノコと現れ、彼女の足を引っ張ってあんな大怪我を負わせてしまったという強烈な罪悪感が、鉛のように胃の底へ沈み込んでいく。
その罪悪感は、隣にいる親友の方が何十倍も重いはずだった。
「…トウジ」
ケンスケが横目で窺うと、トウジは顔を真っ青にして自分の右拳をただ呆然と見つめていた。
その拳は、小刻みにブルブルと震えている。
(ワシは、なんちゅうことを…っ)
トウジの頭の中では、昼休みの校舎裏での出来事が悪夢のようにぐるぐると再生されていた。
妹のサクラが怪我をしたことへの怒り。それ以上に、大好きな妹の心を奪われたという、ちっぽけで大人気ない男の嫉妬と八つ当たり。
そんなくだらない理由で、自分はこの華奢な少女の頬を力任せに殴りつけたのだ。
彼女はあの時、真っ直ぐに頭を下げて「妹さんを巻き込んでしまって、心から申し訳ない」と謝ってくれた。
しかも思い返せば、彼女はわざわざ病院まで足を運び、サクラに直接謝罪して笑顔まで取り戻させてくれていたというのに。
そんな恩人に対して、自分は何をしたか。
暴力を振るい罵声を浴びせ、おまけに避難命令まで無視して戦場に迷い込んだ。
それなのに──この少女は、自分を殴った張本人であるトウジを見捨てなかった。
まだ右の頬が赤く腫れ上がっているというのに、文句ひとつ言わず、自分の左腕が焼かれる痛みも厭わずに、この身を盾にして守ってくれたのだ。
「っ、ひぐっ…い、痛いよぉ…」
操縦席から漏れる、幼い子供のように弱々しい泣き声。
学校で見せた、あの澄ました生意気そうな態度はどこにもない。ただ痛みに耐えかねて泣きじゃくる少女が、そこにいるだけだ。
(こんな、ちっちゃい体で…こんなに痛い思いして、ワシらを守ってくれとったんか…!)
サクラが「街を守ってくれてありがとう、ミレイお姉ちゃん」と言っていた意味が、今になって骨の髄まで理解できた。彼女がいなければ、サクラも自分もケンスケも、今頃みんな死んでいたのだ。
命の恩人。そんな相手を、自分はこの拳で殴り飛ばした。
「…すまん」
トウジの口から、掠れた声が漏れた。震える両手で自分の頭を抱え込み、膝を折り曲げる。
男としてのプライドも硬派を気取っていた虚勢も、すべてが木っ端微塵に砕け散っていた。
「すまん…っ、ほんまにすまんかったぁ…っ!!」
聞こえているかどうかも分からないまま、トウジは暗いコックピットの片隅で、うずくまって泣く少女の背中に向かって、何度も何度も頭を下げ続けた。
外から回収班の重機の音が近づいてくる中、少年たちの胸には消えることのない深い悔恨と感謝の念が刻み込まれていた。
次回はゲンドウさんにつめられるお話にしようかなと考えています。殴打事件について問い詰められるミレイちゃん回です。
さぁて、次回もサービスサービスゥ!