新世紀エヴァンゲリオン 碇ミレイ 作:最高司祭アドミニストレータ
ミレイが目を覚ましたのは、特務機関NERV本部の地下深くに設けられた集中治療病棟の隔離個室だった。
「ん、ふぁぁ、よく寝た」
白いシーツを跳ね除け、ミレイはベッドの上でゆっくりと上半身を起こした。
制服の上着を羽織る前に自分の身体を確認すると、左腕にはひんやりとした医療用湿布と真っ白な包帯が厳重に巻かれており、腹部にも固定用のサポーターが装着されている。
昨日の第5使徒シャムシエルとの戦闘。
光の鞭を素手で受け止め、さらには腹部を貫かれながらの強行突破だったが、エヴァの神経接続によるフィードバックはあくまで「仮想的なダメージと痛覚の共有」が大部分を占めている。
実際の生身の肉体に刻まれた外傷は、軽度の熱傷と内出血程度で済んでいた。
(前回のサキエル戦みたいに、意識を失ってお母様に全部丸投げした時よりはずっとマシだね。最後まで自分でコントロールして急所を外したおかげで、致命傷は完全に回避できてる)
そう。暗いエントリープラグの中でボロボロと涙をこぼして泣きじゃくっていたのは、単に痛覚のリミッターが振り切れたことによる「純粋な生理現象」に過ぎない。
一晩ぐっすりと眠って痛みが引いた今となっては、ミレイのメンタルはすっかり元のクールで合理的な状態へと完全復旧を果たしていた。
それどころか昨日の出来事を思い返して、ミレイの口元には余裕たっぷりの笑みが浮かぶ。
(今頃、あの鈴原君と相田君の二人は、罪悪感で夜も眠れずに枕を濡らしているんじゃないかな?)
自分を殴った不良とその親友。彼らを命がけで庇い、目の前で血を吐くような死闘を演じたのだ。
ミレイ自身は校舎裏で殴られたことも、戦場に乱入されたことも、すでに「過ぎたコスト」として綺麗さっぱり水に流しており、これっぽっちも気にしていなかった。
むしろ、『あれだけ劇的なヒロインムーブを見せつけたら、あの二人が私に対してどんな風に評価を改めるかな?』という、壮大な人間観察ドッキリを仕掛けたようなワクワク感すら抱いている。
ガララッ、と病室のスライドドアが開いた。
入ってきたのは、白衣を着た技術局の赤木リツコだ。その少し後ろの廊下には腕を組んで壁に寄りかかり、こちらをチラチラと盗み見ている父・碇ゲンドウの怪しげなシルエットがあった。
「あら、もう起きていたのね、ミレイちゃん。神経接続の逆流による後遺症もなさそうだし、経過は良好よ。ただ、念のためあと二日はここで絶対安静に──」
「いいえ、今日のお昼までに退院します」
リツコの説明を遮り、ミレイはキッパリと宣言した。
ベッドの横に置かれていた朝食のトレイ──味気ないお粥と、彩りの悪い病院食を一瞥し、ミレイは深くため息をつく。
「こんな塩分と旨味が極限まで削ぎ落とされた病院食をあと二日も食べ続けたら、栄養失調になる前に私のQOLが死滅してしまいます。身体はもう動きますし、自分の部屋のふかふかのベッドで寝た方が回復も早いはずです。退院許可証にサインをお願いします、ドクター」
「あ、あなたねぇ…一応、使徒と戦った直後の患者なのよ?」
「それから、廊下の物陰でストーカーみたいに佇んでいるお父様には、『娘は安静を要するため、不審者の面会は一切謝絶します』とお伝えください」
ミレイが冷ややかな声で言い放つと、廊下の影にいたゲンドウの肩がビクッと跳ね上がり、「むぅ」と低く呻きながらすごすごと立ち去っていく足音が響いた。
リツコは頭を抱えながら、「本当に誰に似たのかしらね、この子は…」と呆れ顔で退院書類にサインを書き込んだ。
退院手続きを済ませ、昨日着ていた制服に着替えたミレイが次に向かったのは、NERV本部の作戦部長室だった。
部屋に入るなり、デスクに座っていた葛城ミサトがガタンと立ち上がり、頭から湯気を噴き出さんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「ミレイちゃん! 身体が無事だったのは本当に良かったけど、昨日の命令違反についてはきっちりお説教させてもらうわよ! 民間人を二人乗せた状態で撤退命令を無視して突撃するなんて、一歩間違えれば全員死んでたのよ!?」
始まった、とミレイは内心で耳にシャッターを下ろした。
ミサトの感情的な叱責がひと通り終わるのを待ってから、ミレイは人差し指を一本立て、まるでプレゼンテーションでも行うかのように理路整然と口を開いた。
「ミサトさん。昨日の戦況データを冷静に分析しましたか? 当時、初号機の背後は険しい山肌で退路はなく、アンビリカルケーブルは切断され、残された活動時間は百秒未満でした。対する第5使徒は重力を無視して滑空し、中距離全域をカバーする高威力の光の鞭を有していました」
「え? え、ええ、そうだけど…」
「あの状況で本部指示通りに背中を向けて逃走した場合、旋回性能で劣る初号機が背後からコックピットごと両断される確率は、私の試算では九十二パーセントを超えていました。つまり、ミサトさんの『撤退命令』に従うことこそが、民間人二人を確実に死なせる自殺行為だったわけです。生存確率を最大化するための唯一の合理的選択が、あの場でのコアの瞬殺でした。何か反論はありますか?」
澱みなく並べ立てられた完璧な正論の弾幕。
ミサトは口をパクパクと開閉させ、何か言い返そうと視線を泳がせたものの、やがて「ぐぬぬ」と唸ってデスクへと撃沈した。
「まったくなによ! 可愛くない中学生ねぇ! 正論で大人を殴るんじゃないわよ!」
「事実を述べたまでです。では、私はこれから少し街を回ってから帰りますので、失礼します」
ぺこりと綺麗に一礼し、ミレイは勝利者としての余裕を纏いながら作戦部長室を後にした。
NERV本部を出たミレイは、モノレールに乗って第3新東京市の市街地へと向かった。
車窓から外を眺めれば、昨日の戦闘でシャムシエルの光の鞭に切断された兵装ビルや道路を修復するため、無数の大型クレーンや作業車が忙しなく稼働しているのが見える。
(一晩でもうあそこまで復旧が進んでるなんて、この街のゼネコンの技術力と予算規模はバケモノ級だね。まあ、インフラが早く元通りになるのは、一市民として大歓迎だけど)
そんな感心を抱きながらミレイが降り立ったのは、市内にある大きな総合病院だった。
受付で面会の手続きを済ませ、迷うことなく小児科病棟の廊下を歩いていく。白いドアをコンコンとノックし、ゆっくりと開けた。
「こんにちは、サクラちゃん。お加減はいかがかな?」
「あっ! ミレイお姉ちゃんやー!!」
ベッドの上に座っていた茶色い髪の少女──鈴原サクラが、パッとひまわりのような満面の笑顔を咲かせた。
ミレイが椅子に腰を下ろし、お見舞いに買ってきた高級イチゴのパックをテーブルに置くと、サクラは心配そうに身を乗り出してミレイの左腕の包帯を見つめた。
「お姉ちゃん、その腕どうしたん!? 昨日のニュースで見たで。またおっきい怪物が来たんやろ!? お姉ちゃんがウチらを守ってくれたんやなぁ…痛ない? 大丈夫なん?」
「ふふ、これくらい平気だよ。サクラちゃんが無事でいてくれるなら、こんなのかすり傷みたいなものさ」
ミレイが優しく微笑んで頭を撫でてやると、サクラの頬がみるみるうちに林檎のように真っ赤に染まり、瞳がキラキラと潤み始めた。
「うぅ、ミレイお姉ちゃんかっこええ! やっぱりウチ、お兄ちゃんなんかやめて、将来はミレイお姉ちゃんと結婚するぅ!」
「あはは、それは光栄だね」
(なるほど、これが昨日の『おっふ!』の現場か。確かにこれは、シスコンのお兄さんがハンカチを噛みちぎって号泣するわけだよ)
ミレイは内心でクスクスと笑いながら、さりげなくカマをかけてみた。
「そういえばサクラちゃん、昨日や今日、お兄さんはここにお見舞いに来たのかな?」
「うん、昨日の夜遅くに来よったで! でもな、お兄ちゃん変なんよ。ウチの顔を見るなり、ベッドの横で『サクラぁぁ、ワシは取り返しのつかないことをした、恩知らずの最低男やぁぁ!』ってボロボロ泣き出してな。ウチがいくら訳を聞いても、頭抱えてうずくまるばっかりやねん」
(ぷっあははは! やっぱり、相当こたえてるみたいだね!)
ミレイは吹き出しそうになるのを必死に堪え、優雅な微笑みで誤魔化した。ドッキリ大成功、といったところだ。これなら次に学校で会った時、どんな反応を見せてくれるのかますます楽しみである。
サクラと楽しくお喋りをしてから病院を出たミレイは、夕暮れ時の賑やかな駅前商店街へと足を運んだ。
八百屋で新鮮なキャベツと生姜を選び、行きつけの精肉店で上質な豚のロース肉を購入する。今夜のメニューは、疲労回復にうってつけの『特製・豚肉の生姜焼き』だ。
「おや? お嬢ちゃん。その腕の包帯…もしかして、昨日ロボットに乗ってたパイロットかい?」
「これ、おまけしとくよ! いつも街を守ってくれてありがとね!」
商店街のおじさんやおばさんたちがミレイの姿を見て次々と声をかけ、袋の中にコロッケや果物をポンポンと追加してくれた。
ちょっとした有名税というか、英雄扱いである。ミレイは営業スマイルでお礼を言いながら、ずっしりと重くなった買い物袋を右手に提げて、マンションへの帰路についた。
夕日が差し込むマンションの玄関ドアを開け、ミレイは鞄を肩にかけ直しながら中へと足を踏み入れた。
「ただいま…あっ、これ?」
リビングからひょっこりと顔を出したミサトと目が合い、ミレイは自分の顔を指差して小首を傾げた。
先ほどNERV本部で会った時は、彼女も撤退命令無視の件で頭に血が上っていて気づかなかったらしい。明るい玄関の照明の下で改めてミレイの顔を正面から見たと、目を丸くして駆け寄ってきた。
「ちょっとミレイちゃん、その右のほっぺたどうしたのよ!? 今更だけど、昨日の出撃の時から赤く腫れてたわよね!? 使徒の攻撃じゃなくて、それ…出撃する前からあった傷じゃない!」
ミサトの鋭い指摘に、ミレイの心臓がドキリと跳ねた。確かに、右頬にはまだうっすらと赤い腫れが残っている。昨日、校舎裏で鈴原トウジから渾身の右フックを叩き込まれた名誉の負傷だ。
(な、殴られたなんて言えない! けど流石にバレないでしょ)
転校初日にクラスの不良とケンカになって顔面をグーで殴られました、なんて報告したら、保護者のミサトが学校に怒鳴り込みかねない。それだけは面倒すぎるので絶対に避けたいところだ。
ミレイは咄嗟に愛想笑いを浮かべ、赤く腫れた自分の右頬を人差し指でツンとつつきながら、用意していた言い訳を口にした。
「ほっぺが赤く腫れてるのは転んだから。重症じゃないから直ぐ治るよ」
完璧なポーカーフェイス。誰がどう見ても『ちょっとドジをして転んじゃったお茶目な美少女』にしか見えないはずだ。
しかし──ミサトは腕を組み、ミレイの頬の腫れをじーっと観察すると、やがて呆れたように息を吐いて言った。
「あんたねぇ。転んでそんな綺麗に拳骨の形のアザができるわけないでしょ。どう見ても、誰かに横から殴られた跡じゃない。学校で誰と揉めたのよ?」
「バレちゃった!? えっ、なんで…?」
ミレイの顔から余裕の笑みが吹き飛び、素っ頓狂な声が裏返った。
頬に手を当てたまま、目を白黒させて激しく動揺してしまう。さっきまで作戦部長室で大人を論破していた冷徹な少女の面影はどこにもない。
「伊達に長く修羅場を潜ってないわよ。で、どうなの? いじめにでも遭ったのなら、私が今から戦車で学校に乗り込んでやるけど」
「ち、違います! いじめなんかじゃありません!」
本当に戦車を持ち出しそうなミサトの物騒な発言に、ミレイは慌てて両手を振った。
これ以上隠しても無駄だと悟ったミレイは、観念して昨日の昼休みの出来事を──ただし、自分が一切悪くないことを強調しつつ、ありのままに説明することにした。
「かくかくしかじかで、被害者の妹さんのお見舞いに行ったら、その子が私のことをすごく気に入ってくれまして。『お兄ちゃんじゃなくてミレイお姉ちゃんと結婚したい』と言い出したことに逆恨みしたシスコンのお兄さんから、校舎裏に呼び出されて『妹の純情を返せ』と泣きながら殴られたんです。そこで私が『粗野で暑苦しいお兄さんから、知的で洗練された美少女の私へ好みがシフトしただけで、八つ当たりは筋違いだ』と教えてあげたら、キレて二発目が飛んできたんですよ」
ミレイがぷりぷりと憤慨しながら語り終えると、リビングには奇妙な沈黙が落ちた。
真剣な顔で聞いていたはずのミサトは、途中からみるみるうちに表情を微妙なものへと変えていき、最後には何とも言えない生温かい目つきでミレイを見つめた。
「…」
「あの、ミサトさん? なんでそんな、『あ〜、それなら殴られても仕方ないわね』みたいな顔してるんですか?」
「い、いやぁ? 暴力は絶対にダメよ! ダメだけど…なんというか、ミレイちゃんのその火に油を注ぐような口の減らなさ、相手の男の子にもちょっと同情しちゃうっていうか…ねェ?」
「ちょっと! 私は百パーセント被害者なんですけど!?」
納得がいかないと頬を膨らませるミレイの足元で、冷蔵庫から出てきたペンペンが「クワッ」と呆れたように鳴いた。
「ま、その男の子も昨日のコックピットに乗ってた一人なんでしょ? あれだけのことを見せつけられたら、今頃は頭を抱えて反省してるわよ、きっと」
「まあ、それは間違いないでしょうけどね」
ミレイはフンと鼻を鳴らし、買い物袋を提げてキッチンへと向かった。
何はともあれ、これで厄介な休日出勤と事後処理はすべて終わったのだ。エプロンを身につけ、フライパンに油を引いて豚肉と生姜をジュウジュウと炒めながら、ミレイは明日の学校のことを思い浮かべた。
特製の豚肉の生姜焼きを平らげ、食器の後片付けを終えた後。
ミレイは左腕の包帯が濡れないようビニール袋と輪ゴムで厳重に防水処理を施し、一番風呂でゆっくりと昨日の戦闘の疲れを洗い流した。
湯上がりの火照った身体に肌触りの良いパジャマを纏い、ドライヤーで黒髪を乾かしてから、ミレイは自分の個室へと戻ってきた。
ドアをしっかりと閉め、誰にも邪魔されないプライベート空間を確保する。ここから先は、一日のうちで最も神聖な『趣味と癒やしの時間』だ。
「ふふ、それじゃあ、今日の戦利品を飾りましょうか」
ミレイは机の横に置いていた鞄の中から、タオルに包まれた『ある物体』を恭しく取り出した。
それは、今日の夕方、病院から商店街へと向かう途中の復旧工事エリアの片隅──第5使徒の光の鞭でえぐられた地面の瓦礫の中に、ぽつんと落ちていた奇妙なアイテムだった。
全体のシルエットは、鉱山などで使われる「ツルハシ」の形をしている。
その造形はどう見てもこの世界の物理法則から逸脱していた。
持ち手の茶色い木の部分も、先端の透き通るような水色の鉱石の部分も、すべてが「小さな正方形の立方体」を積み重ねたような、カクカクとしたドット絵そのままの立体形状をしているのだ。
最初はどこかの玩具メーカーが作った精巧なジョークグッズかと思ったのだが、実際に手に取ってみて驚いた。
見た目は分厚いのに、羽毛のように不自然なほど軽い。それなのに、先端の水色の部分は本物のダイヤモンド以上の硬度を誇っており、試しに道端のコンクリートの破片を軽くコツンと叩いてみるとだ。
なんと、パァン! と小気味よい音を立てて破片が一瞬で消滅し、小さな立方体のブロックになってポロリと地面に浮いたのだ。
(これが何なのか、私の知識データベースを検索してもさっぱり見当がつかないんだよね。使徒の落とし物にしてはポップすぎるし、NERVの極秘超兵器にしてはデザインがレトロゲームすぎるし…)
正体はまるで不明だが、手触りはツルツルして気持ちいいし、何よりこの鮮やかな水色の輝きはインテリアとして悪くない。
NERVに提出すればリツコあたりに没収されて研究対象にされるのがオチなので、ミレイは「拾得物は個人の記念品として活用する」というマイルールに従い、こっそり持ち帰ってきたのである。
ミレイは机の本棚の空きスペースに、そのカクカクした『水色のツルハシ』をバランスよく立てかけて飾った。
「うん、なかなかアーティスティックでいい感じ。さてと、次はこっちのメインディッシュだね!」
ミレイは目を輝かせながら、ベッドの下から隠しておいた四角い化粧箱を取り出した。
箱の表面には、宇宙空間を背景に、一ツ目の赤いロボットが勇ましくマシンガンを構えるイラストと、『1/144スケール シャア専用ザク』の文字が躍っている。
そう。クールで知的、徹底した合理主義者を自称する碇ミレイの誰にも言えない密かな趣味──それは、往年の名作ロボットアニメ『機動戦士ガンダム』のプラモデル、通称「ガンプラ」の組み立てであった。
机の上にランナーを広げ、精密ニッパーを右手に構える。
パチンパチンと小気味よい音を立てて赤いプラスチックのパーツを切り出し、デザインナイフでゲート跡を丁寧に処理していく。左腕が包帯で動かしづらいハンデなど、今のミレイの集中力の前には何の障害にもならない。
(やっぱりモビルスーツはロマンの塊だよね!)
パチッパチッ、とパーツ同士が寸分の狂いもなく噛み合っていく快感。
モノアイのシールをピンセットで慎重に貼り付け、頭部の特徴的なブレードアンテナ「ツノ」を装着する。最後に、動力パイプや装甲の溝にスミ入れ用のペンで陰影をつければ──
「できた! 完璧な仕上がりだよ!」
机の上に仁王立ちする、深紅のモビルスーツ。
さっき飾った謎の水色のツルハシの横に並べてみると、赤と水色のコントラストが絶妙に映えて、なんともシュールで豪華なコレクションコーナーが完成した。
ミレイは完成したばかりの赤いモビルスーツを右手でそっと持ち上げると、自分の目の高さに掲げ、照明の光を当ててうっとりと眺めた。
そして、眉間にグッと渋い皺を寄せ、喉の奥で声を低く作って──憧れの『赤い彗星』になりきった。
「ふっ、見せてもらおうか。連邦軍のモビルスーツの性能とやらを!」
ブォンブォンと口で効果音を鳴らしながら、空中で赤いプラモデルを華麗に旋回させるミレイ。
そのまま机の上の『水色のツルハシ』を連邦の白い悪魔に見立てて、急降下キックのポーズを取らせる。
「当たらなければ、どうということはない! さらにできるようになったな、ガンダム! って、やっぱり通常の三倍のスピードで動くと、私の左腕の包帯も三倍早く治ったりしないかな? ええい、ままよ!」
ノリノリである。
普段大人たちを論破している美少女とは到底思えない、無邪気極まりない一人遊び。
さらには人差し指をピンと立て、誰に言うでもなくキザな決め台詞を口にした。
「勝利の栄光を君に! …なーんてね、ふふっ、やっぱりシャア大佐はカッコいいなァ! おっふだよおっふ!」
──ガチャリ。
「ミレイちゃーん、明日の学校の連絡網のプリントってどこに置いたかしら…って、あら?」
ビール缶を片手に、何気なくドアを開けて顔を覗かせた葛城ミサト。
そして、右手にツノ付きの赤いモビルスーツを高々と掲げ、片足を上げてビシッとシャア大佐の決めポーズをとったままフリーズしている、パジャマ姿の碇ミレイ。
「…」
「…」
部屋の中に沈黙が降り積もった。
遠くのリビングから、テレビのバラエティ番組の笑い声と、ペンペンがトコトコと歩く足音だけがやけに鮮明に聞こえてくる。
ミサトの視線が、ミレイの掲げる赤いプラモデルと、本棚に飾られた謎のカクカクした水色のツルハシ。そして耳まで真っ赤に茹で上がったミレイの顔を、ゆっくりと順番に往復した。
「え〜っと、ごめんね? もしかして私、通常の三倍くらいのスピードでドアを閉めた方がいいかしら、大佐?」
「~~~ッ!!」
ミレイの顔から、文字通り火が出るかと思った。
シャムシエルの光の鞭で腹を貫かれた時よりも、トウジに顔面を殴られた時よりも、遥かに致命的な精神的ダメージがミレイの脳髄を直撃する。
「ち、違います!! これはその、指先のリハビリというか、立体構造物の空間認識能力を高めるための高度なメンタルトレーニングでして!!」
「い、いいのよミレイちゃん! 思春期の女の子だもの、誰だって一度や二度は赤い彗星になりきって『坊やだからさ』って言いたくなる夜もあるわよね! 私、誰にも言わないから!」
「フォローになってません! 今すぐその記憶を脳内から消去してください、命令です! 出てってぇぇぇぇっ!!」
ミレイは涙目で枕を掴むと、生温かい笑顔で頷くミサトめがけて全力で投げつけた。
バタン! と閉まったドアの向こうから、「あははは! 案外年相応で可愛いとこあるじゃない!」というミサトの豪快な笑い声が響いてくる。
「うぅぅ、私のクールで完璧な美少女としての威厳が…っ」
机の上で誇らしげに立つ赤いモビルスーツと、その隣でキラキラと輝く正体不明のダイヤのツルハシを見つめながら、少女はベッドの上でシーツに顔を埋め、足をバタバタさせて悶絶するのだった。
チャッピーで仕上げてもらったイラストです。
【挿絵表示】
さぁて、次回もサービスサービスゥ!
???「あ、あれぇ? 私のツルハシどこに行ったんだろう? 困ったなァ、はは、ははは…本当にどこ行ったんだァァァ!!」