念能力を奪い、与える念能力者 作:才ル
「チッ、あのクソがッ」
そう毒づきながら、男は薄暗い廃工場の中を駆け抜けていく。
右肩から流れた少量の血が、腕を伝っていく。さっき食らった一撃が、思った以上に深く入っていたらしく痛みもある。
そこで背後を振り返って誰もいないことを確認してから、男は足を止めず古びた鉄扉を蹴り開けてそのまま建物の奥へと身を隠す。
工場の窓ガラスは大半が割れ、錆びた鉄骨がむき出しになっている。天井から垂れ下がった内装が、風に揺れているのも見えた。
男はその近くまで来ると、ようやく壁に背中を預けた。
(撒いたか?)
今よりほんの数分前まで、男は一人のハンターと交戦していた。よりにもよって賞金首を専門に狙う連中であり、ここ数年で積み重ねてきた
「ハンター様も暇じゃねぇってこった……なッ」
そう吐き捨てながら、男は口元を歪める。
交戦したハンターもそこそこ腕が立ったが、殺せないほどではない。連戦で消耗していたところを狙われ、深追いするには少々分が悪いと判断して逃走を選んだだけの話に過ぎない。
そう壁に背中を預けていると、不意に。
「……あ?」
瞬きをする間に、先ほど通ってきた出入り口に一人の青年が立っていた。十代半ば、いや、もう少し上か? 暗がりのせいで顔まではよく見えない。
「誰だ、テメェ」
そう口にするも、青年はただにこやかにこちらを見つめてくるのみだった。
「二年前、輸送車を襲撃し護衛を含めて七人殺害した疑い。それから去年だけで確認されている殺人は十二件、誘拐が四件、強盗は……これは多すぎて数えるのが面倒だね」
つらつらと事実を述べた後、青年は肩をすくめる。
「……なるほどな」
ゆっくりと壁から身体を離して、すぐ拳を握る。
「テメェもハンターか」
先ほど口にしていた罪状をつらつらと話していた辺り、間違いなくこいつもそうなのだろう。
青年の返事を聞く前に、男の周囲で空気が揺らいでオーラが噴き上がっていく。その次の瞬間、男の右腕を中心に赤い炎が巻き上がった。
「だったら話は早ぇ!」
そう叫ぶと同時に、腕を振り抜き炎が弾ける。巨大な火の塊となったそれが、一気に青年へ襲いかかり轟音が響き渡っていった。
コンクリートの床が焦げるほどの凄まじい熱度が、この場に広がっていき瓦礫をも飲み込んで叩きつけられる。
「ハッ!」
防御する素振りもなく、まともに当たったと確信した男は鼻で笑った。ましてやあの距離だ、避けられるはずがなくまず間違いなく直撃したのだ。
しばらくの間、燃え広がった炎が視界を埋め尽くしていた。それに伴って周囲には黒い煙が立ち込めていき、やがて勢いを失った炎が少しずつ収まり、煙も薄れていった。
「……あ?」
その煙が薄れていくとともに、人影が徐々に濃くなっていく。その位置を見るに間違いなく先ほどまでいた青年だった。
煙の向こうから現れた青年には、目立った傷一つない。服の一部が煤で汚れている程度で、火傷らしい火傷すら見当たらない。
(防いだ? いや、違う。確かに当たったはず……!)
男が目を見開く中、青年は説明するかのようににっこりと笑って口を開ける。
「【
青年はそう言って、自らの肩についた煤を軽く払い落としたのを目にした男の頬が引きつった。
(
自分の能力は炎による面的な制圧が強みだ。避ける場所ごと焼き払えるからこそ、これまで何人もの追手を退けてきたのだ。
だが、炎そのものを通さない能力となれば話は別であった。
「クソッ!」
男は悪態を吐きながら、再び両腕から炎を撒き散らす。赤々とした火炎が壁を這い、床を覆い、瞬く間に青年の姿を飲み込んでいく。
それでも揺らめく炎の中で、青年は微動だにせずただ微笑むのみだった。
熱に苦しむ様子もなければ、逃げようとする素振りすらない。ただこちらを見つめながら、ゆっくりと歩いてきたではないか。
(ッチ、相性が悪すぎるか……!)
二度も炎を浴びてなお無傷でいる青年の姿に、先ほどの能力が単なるブラフではないと判断した男は即座に逃走を試みる。
相手がどれほど強かろうが、逃げ切ってしまえばそれでいい……踵を返し、背後の窓から外へ飛び込もうとするが。
「【
その声が聞こえた時には、さっきまで炎の向こう側にいたはずの青年が目の前に立っていた。
「な――」
「逃げるなんてひどいじゃないか」
高速移動の能力も持っているのか? そんな疑問が浮かぶより早く、青年の手が男の胸元へ伸びていた。
「が、ぁっ!?」
その手が男に触れた瞬間、胸を中心に激痛が走る。男の中にあった何かがごっそりと取られたような、そんな寒気のする感覚がした。
「へぇ、変化と放出の併用ってとこかな。案外組み込みやすいねコレ……うーん、まぁこれは【
なんだ、何が起きた。
膝が崩れ落ち、かすんでいく男の視界には満足気に頷く青年の姿があった。
「いい
「ッッ」
そう口にした青年は、それまでオーラを覆い隠していた隠を解く。その瞬間息苦しくなるほどの圧、それが男に降りかかった。
(ば、化け物か……ッ!)
己をはるかに上回るほどのオーラ量を感じ取った男の額に汗が伝る。青年はニヤリと口の端を上げるとともに、ボォォ! と手に炎を宿らせる。
その手に宿った炎を見て、男は目を見開いた。
見間違えるはずがない、それはつい先ほどまで己が使っていた能力そのものだった。
なぜ、己の能力をこいつが使っているのか。一瞬の間に起きた出来事を脳が処理しきれず茫然としてしまう。
「――」
だが、これまでの戦闘経験がそうさせるかのように咄嗟に両腕を交差させ、反射的にオーラを全身へ巡らせて防御を固める。
それを目掛けて拳を振りかぶった青年は、こう呟いた。
「【瞬動】+【先鋭化】+【火勢】」
目の前にいる男から奪った発を含む
「【
男が纏ったオーラの防御ごと粉砕するように、青年の拳が振り抜かれる。その先には、凄まじい熱によってコンクリートすら融解した光景が広がっていた。
そして、青年は出来栄えを確かめるように自らの拳を眺めてこう呟く。
「うん、新しい能力も身体に馴染むね」