魔法少女まどか☆マギカ 〜純白の魔法少女〜 作:LongLong
第九話
四人で同じテーブルに着くのは、この時間軸では初めてだった。
マミの部屋の、円いガラスのテーブル。窓の外で、夕方の光が少しずつ傾いていく。まどかの隣にさやかが座り、向かいにマミと、暁美ほむらが並んでいた。
何度この街を繰り返してきたのか、ほむらはもう正確には数えていない。それでも、この顔ぶれが一つのテーブルを囲んだことは、ほとんどなかった。
まどかの作戦が、少しずつ効いている。マミがいつもの二人を招いたお茶の席に、まどかは、ほむらちゃんも呼んでいいですか、と頼んだのだという。
ほむらは、膝の上に載せていた小さな紙の箱を、テーブルに置いた。
「これ。紅茶に、合うと思うから」
マミが、目を瞬いた。
坂の上の、小さな洋菓子店の箱だった。白地に、細い金色の線で店の名前が入っている。
マミは、箱の蓋を開けた。焦がしたバターの香りが、ふわりとテーブルに広がった。金色の焼き色のついたフィナンシェが、六つ並んでいた。
「……どうして」
マミの声が、少しだけ揺れた。
「どうして、私がここのフィナンシェを一番好きだって、知っているの?」
ほむらは、答えに詰まった。
いくつ前の時間軸だったか。このテーブルで、マミが紅茶を注ぎながら言ったのだ。ここのが、一番紅茶に合うの。坂がきついから、たまにしか買いに行けないのだけれど。
この時間軸のマミは、まだ、ほむらにそんな話をしていない。
「……たまたまよ」
マミは、しばらくほむらの顔を見ていた。
それから、ふっと目元を緩めて、箱をテーブルの真ん中に置き直した。
「そう。じゃあ、たまたまに感謝しなくちゃね」
さやかが、疑わしそうな目でほむらとフィナンシェを見比べていた。まどかは、両手を胸の前で合わせて、嬉しそうに笑っていた。
マミが立ち上がって、四人分の紅茶を淹れ直した。
「それで、大事な話って?」
マミが、ティーカップを置いて言った。病院の一件以来、マミの声からは棘が抜けていた。完全に、ではない。ただ、公園で向き合ったときとは別人のようだった。
ほむらは一度、息を整えた。
「三週間後。この街に、ワルプルギスの夜が来るわ」
マミの手が、カップの取っ手の上で止まった。
ワルプルギスの夜。無数の魔女を束ねたような、桁外れの魔女。結界に身を隠す必要すらなく、現れるだけで街一つを瓦礫に変える。魔法少女の間では、半ば伝説として語られてきた名前だった。
まどかとさやかは、その名前を知らない。けれど、マミの顔色が変わったのを見て、それがどういう意味なのかは察したようだった。
「そんな大きな魔女が、三週間後に……」
マミは、ほむらをまっすぐに見た。
「どうして、わかるの?」
来ると思っていた問いだった。ほむらは、目を逸らさなかった。
「言えないわ」
はぐらかすより、はっきり断ったほうがいい。何度も繰り返すうちに、ほむらはそれを覚えた。そして今のマミなら、それ以上は踏み込んでこない。病院の結界の入口で、同じやり取りをしたばかりだった。
マミは少しの間ほむらを見つめて、テーブルの真ん中のフィナンシェに、ちらりと目をやった。それから、小さく頷いた。
「そんなに強い魔女なら、あたしたちも魔法少女になって——」
「あなたたちは、ならなくていい」
さやかの言葉を、ほむらは最後まで言わせなかった。
「特に、美樹さやか。契約すれば、きっと後悔するわ。戦力の当てなら、ある」
佐倉杏子。いつもの流れなら、あの子はそろそろこの街に戻ってくる。
そこまで考えて、ほむらはふと、マミが公園で口にした言葉を思い出した。あの日、モールの上の階に、もう一人いた。
何度繰り返しても、そんな人物に心当たりはなかった。
「暁美さん」
重くなりかけた空気を、マミが柔らかく持ち上げた。
「見滝原に来る前は、どこに住んでいたの?」
ほむらは、答えようとして言葉に詰まった。
出てこなかった。
数え切れないほど時間を遡るうちに、それより前の記憶は、濁った水の底に沈んだように、見通せなくなっていた。両親の顔を思い浮かべようとしても、輪郭がぼやけて、はっきりしない。
「……東京、だったと思うわ」
記憶の底に、赤い鉄塔と、人でごった返す交差点が沈んでいた。あれが旅行の記憶でなければ、たぶん東京だ。確かめる方法は、もうない。
それから一時間ほど、四人は話し込んだ。ワルプルギスの夜のことだけではない。マミが焼くケーキのこと、さやかの好きなCDのこと、まどかの家の弟のこと。どうでもいいことばかりだった。フィナンシェは、いつの間にか一つ残らずなくなっていた。
こんな時間を過ごすのは、いつ以来だろう。ほむらには思い出せなかった。
「あっ、わたし、帰らなきゃ!」
時計を見たまどかが、慌てて立ち上がった。続けて、さやかも鞄を掴む。
「じゃ、あたしも。病院、寄ってくから」
玄関で、二人は慌ただしく靴を履いて、階段のほうへ駆けていった。
ほむらは、その背中を目で追った。まどかの姿が見えなくなるまで、目を離さなかった。
それから、自分も靴を履いた。
「暁美さん」
振り返ると、マミが、玄関の壁に手をついて立っていた。
「また来てちょうだい。今度は、私が焼いたケーキを出すわ」
ほむらは、すぐには答えられなかった。
次に会う約束をする。それが、ひどく久しぶりのことのように思えた。
「……ええ」
少し遅れて、それだけ言った。
マミは、満足そうに微笑んで、ドアを閉めた。
*
「上条さんのご面会ですね。十九時までですので」
受付の看護師に頭を下げて、さやかは階段を上った。
廊下を曲がり、また曲がる。この道順は、目を閉じていても歩ける。上条恭介、と書かれたプレートの前で立ち止まり、深く息を吸ってから、引き戸を開けた。
広い個室だった。ベッドの背が起こしてあって、恭介はそこに身体を預け、窓の外の夕焼けを見ていた。枕元に、CDプレーヤーが投げ出されている。
「恭介」
さやかの手には、来る途中の店で買ったクラシックのCDがあった。
恭介は、ゆっくりと振り向いた。
「ああ、さやか」
それだけ言って、また窓のほうを向いた。
今日の恭介は、いつもより遠かった。窓の外に逃げているように見えた。さやかから逃げているのか、それとも、この病室から逃げているのか。
何で、恭介なんだろう。
あたしの指なんか、どれだけ動いたって、何の役にも立たないのに。
そう思ってから、さやかは自分の考えに嫌気がさした。マミの声が、頭の奥で蘇る。彼の夢が叶ってほしいの? それとも、彼の夢を叶えてあげた人になりたいの?
もし、自分の願いで恭介の手が治ったら。そのとき、自分は恭介に何を言ってほしいのだろう。ありがとう、だけで満足できるのだろうか。
あたしって、嫌な子だ。
魔女を見て、魔法少女を見て、何かが変わったと思っていた。けれど、何も変わっていなかった。
さやかはベッドの脇の椅子に腰を下ろした。沈黙が嫌で、口を開く。
「何、聴いてたの?」
「……亜麻色の髪の乙女」
「ああ、ドビュッシー? いい曲だよね。あたしってほら、こんなだからさ、クラシックなんか聴く柄じゃないって思われてるみたいで。曲名とか当てると、すっごい驚かれるんだよね。恭介が教えてくれたからなのにさ」
喋っているうちに、自分の声ばかりが病室に響いていることに気づいた。恭介は、窓のほうを向いたままだった。
「さやかはさ」
恭介が、ぽつりと言った。
「僕を、いじめてるのかい?」
さやかは、言葉を失った。
「……なんで」
「なんで今でも、クラシックなんか持ってくるんだよ。嫌がらせのつもり?」
「だって、恭介は音楽が——」
「もう聴きたくないんだよ!」
恭介の声が、病室の壁に跳ね返った。
「自分で弾けない曲なんか聴いて、どうしろっていうんだ! 僕は、僕は……っ」
恭介は、左手を振り上げた。
CDプレーヤーに、その手を叩きつける。一度。二度。プラスチックが割れる音がした。三度目で、手の甲が裂けた。四度目で、シーツに赤い染みが散った。
恭介は、止めなかった。痛みに顔を歪めることさえしなかった。
「恭介、やめて!」
さやかは、その手首を掴んだ。
恭介の手は、力なくさやかの手の中に落ちた。血が、さやかの指の間から滴る。
「動かないんだ」
恭介の声が、震えていた。
「もう、痛みもないんだよ。先生にも、治らないって言われた。奇跡か魔法でもなきゃ、治らないって」
恭介の目から、涙が溢れた。
さやかは、その血まみれの手を、両手でそっと包み込んだ。
頭の中で、キュゥべえの声がした気がした。どんな願いでも、一つだけ。
「奇跡も、魔法も」
さやかは言った。
「あるんだよ」
*
その夜、まどかは帰り道で志筑仁美を見かけた。
塾の帰りにしては、遅い時間だった。声をかけようとして、まどかは足を止めた。
仁美の目が、どこも見ていなかった。夢の中を歩いているような足取りで、ふらふらと通りを渡っていく。その首筋に、見覚えのない模様が浮かんでいた。刺青のような、痣のような、黒い印。
仁美ちゃん、と呼んでも、振り向かなかった。
まどかは、後を追った。
仁美が入っていったのは、工場地帯の外れの、使われていない倉庫だった。
中には、十人ほどの大人がいた。誰も口をきかない。みんな、仁美と同じ目をしていた。首筋に、同じ印があった。
倉庫の真ん中で、作業着の男が、バケツに二種類の洗剤を注いでいた。
学校の家庭科で習ったことを、まどかは思い出した。混ぜてはいけない洗剤。混ぜると、毒の気体が出る。
「だめ!」
考えるより先に、身体が動いていた。まどかはバケツを掴み、窓に向かって放り投げた。ガラスが割れ、中身が夜の闇の中に撒き散らされる。
倉庫の中の全員が、ゆっくりとまどかのほうを向いた。
その目には、何の表情もなかった。
まどかは、逃げた。倉庫の奥の小部屋に飛び込み、扉を閉め、背中で押さえる。扉の向こうで、足音が近づいてくる。
足音が、止まった。
代わりに、部屋の壁が青く光りはじめた。
壁一面に、テレビの画面のようなものが浮かび上がる。いくつも、いくつも。画面の中で、何かが揺れていた。人の形をした、青白い影。それが、画面の縁から手を伸ばしてくる。
床が抜けた。
まどかの身体が、青い光の中へ落ちていく。上も下もない空間で、画面が回っている。画面の一つに、自分の顔が映った。泣いていた。
羽の生えた人形のようなものが、何体も寄ってくる。まどかの腕を掴み、脚を掴み、四方へ引っ張りはじめる。
「いや……っ!」
その瞬間、青い光を裂いて、もっと鮮やかな青が走った。
人形たちが、一斉にばらばらになった。まどかの身体が、誰かの腕に受け止められる。白いマントが、目の前で翻った。
「まどか、大丈夫?」
さやかだった。
見たことのない服を着ていた。青と白の、騎士のような衣装。手には、細身の剣を握っている。
さやかはまどかを床の上に降ろすと、画面の中心で揺れる大きな影に向き直った。
「ちょっと待ってて。すぐ終わらせるから」
さやかが跳んだ。
宙に浮かんだ光の足場を蹴り、その先の足場をまた蹴る。一歩ごとに速くなっていく。剣が、何本も虚空から生まれては、さやかの手の中に収まり、投げ放たれた。
十秒もかからなかった。
画面の中心の影が、真っ二つに裂けて消えた。青い空間が色を失って崩れ落ち、薄暗い倉庫の小部屋が戻ってくる。扉の向こうで、どさどさと人の倒れる音がした。
扉を開けると、倉庫の床に大人たちが倒れていた。みんな、眠っているように穏やかな顔だった。仁美も、その中にいた。首筋の印は、消えていた。
倉庫の入口に、二つの人影が駆け込んでくる。マミと、ほむらだった。
マミは、さやかの姿を見て、足を止めた。ほむらは、止まらなかった。まっすぐにさやかの前まで歩いてきて、その指に嵌まった青い指輪を見下ろした。
「……どうして」
ほむらの声は、低かった。
さやかは、剣を肩に担いだまま、にっと笑った。
「後悔してないよ、あたし」
まどかは、さやかの横顔を見上げた。
笑っていた。本当に、後悔していないような顔だった。
その顔を、まどかはなぜか、少しだけ怖いと思った。
*
鍋の中で、カレーがゆっくりと煮えていた。
玲佳は木べらで底をさらいながら、火を少し弱めた。キッチンのカウンター越しに、杏子が身を乗り出して鍋を覗き込んでいる。
「まだ?」
「まだ」
「さっきもまだって言ったじゃん」
「さっきより、ちょっとだけ出来てる」
杏子は唸って、カウンターに顎を乗せた。
誰かのために料理をするのは、初めてだった。自分一人のためなら、コンビニの弁当で足りた。今夜、スーパーの売り場で玉ねぎを手に取ったとき、杏子が隣で目を輝かせたのを見て、何となくそうしようと思った。
玲佳は火を止め、蓋をした。少し寝かせたほうが、味が馴染む。
リビングの窓の外で、何かが光った。
玲佳は顔を上げた。ずっと遠く、川向こうの工場地帯のあたりで、青い光が一瞬、夜の底を照らして消えた。
右手の薬指が、じわりと熱を持つ。魔力だった。それも、ついさっき生まれたばかりのような、荒削りな魔力。
「……今の」
杏子も気づいたらしい。カウンターから顔を上げ、窓の外を睨んでいる。
「新入りか」
キュゥべえが言っていた、マミのそばにいる素質のある子が二人。そのどちらかが、契約した。
青い光だった。
玲佳は、モールの試聴機の前でCDを抜いては戻していた、青い髪の子を思い出した。
「これで三人だな」
杏子の声は、どこか楽しそうだった。
「ちょうどいいじゃん。数が揃った」
玲佳は答えずに、窓の外を見ていた。光はもう消えて、工場地帯の暗がりが元どおり広がっているだけだった。
窓辺まで歩いていき、カーテンの端を掴む。レールの上を、厚い布が音もなく滑っていった。端から端まで、隙間なく閉める。窓の外の夜が、見えなくなった。
背後で、杏子の腹が鳴った。
「……なあ、玲佳。もういいだろ、カレー」
玲佳はキッチンに戻った。蓋を開けると、湯気と一緒に、香辛料の匂いが部屋いっぱいに広がった。
皿にご飯を盛り、カレーをかける。杏子の分は、自分の倍にした。
ダイニングテーブルに向かい合って座ると、杏子はスプーンを取る前に、両手を胸の前で組んだ。目を閉じて、唇が小さく動く。何を言っているのかは聞き取れなかった。ほんの二、三秒のことだった。
目を開けた杏子は、玲佳の視線に気づいて、気まずそうに手をほどいた。
「……癖だよ。ガキの頃からの」
「そう」
玲佳は、それだけ言った。教会の話は、ホテルで聞いていた。
杏子はスプーンを取り、一口目を口に入れて、動きを止めた。
「……うま」
二口目は、一口目より早かった。三口目は、もっと早かった。杏子は背中を丸めて、黙々とスプーンを動かし続けた。
玲佳は、自分の皿にほとんど手をつけずに、それを見ていた。自分で作ったカレーの味は、よくわからなかった。杏子が食べているのを見ているほうが、ずっとよくわかる気がした。
「おかわり」
差し出された皿には、米粒一つ残っていなかった。スプーンで縁までこそげ取ってある。
二杯目を盛って戻ると、杏子は聞かれてもいないのに言った。
「食い物は粗末にしない主義なんだよ」
「知ってる」
プレッツェルの箱の底に残った欠片まで、杏子は指でつまんで食べていた。一緒に暮らしはじめてから、玲佳は何度もそれを見ていた。
食べ終わると、杏子は勝手に立ち上がって、二人分の皿を流しに運んだ。
「片付けくらいはやる。居候だし」
「杏子は、拭くほうをお願い」
玲佳が洗い、杏子が布巾で拭く。杏子の手つきは危なっかしかった。三枚目の皿が、濡れた指から滑り落ちた。
床に届く前に、玲佳の左手がそれを受け止めていた。
杏子は、自分の手と玲佳の手とを見比べた。
「……反則だろ、それ」
「落としたら、明日から紙皿」
「それは嫌だな」
杏子は、次の皿を両手でしっかり持った。拭き終わるたびに、一枚ずつ慎重に重ねていく。まるで割れ物の爆弾でも扱うような顔だった。玲佳は、泡のついた手を止めて、少しだけそれを眺めた。
最後の皿を重ね終えると、杏子はカウンターの端に置いてあった紙袋を引き寄せた。玲佳が学校に行っている間に、どこかで買ってきたものらしい。中から、赤いりんごが一つ出てきた。
「包丁、借りるよ」
杏子は果物ナイフを握ると、りんごを左手の上で回しはじめた。
刃が皮の下に滑り込み、赤い帯が途切れずに垂れていく。細く、薄く、一定の幅で。さっきまで皿一枚にあれほど手こずっていた指とは、思えなかった。
「上手」
「母さんに、仕込まれたんだよ。一本でむけたら、いいことがあるってさ」
最後まで、皮は一度も切れなかった。杏子は長い赤い螺旋を流しの三角コーナーに落とし、白い実を八つに切り分けて、芯を取った。
一切れを指でつまんで、玲佳のほうへ差し出す。
「ほら。カレーの礼」
玲佳は、泡を流した手を拭いてから、それを受け取った。
齧ると、しゃりっと音がした。冷たくて、甘酸っぱい。
「……美味しい」
「だろ。いいやつ選んだからな」
杏子も一切れを口に放り込んで、得意げに笑った。
二人でカウンターに寄りかかって、残りのりんごを黙って食べた。皿の上から一切れずつ減っていき、最後の一切れを、杏子は何も言わずに玲佳のほうへ押しやった。
風呂から上がると、杏子はソファで膝を抱えてテレビを見ていた。クレーンゲームのぬいぐるみが、その腕の中に収まっている。画面の中では芸人が何か叫んでいたが、杏子は笑っていなかった。目が半分閉じかけていた。
「杏子。寝るなら、部屋で」
「……わかってるよ」
杏子は、ぬいぐるみを抱えたまま立ち上がった。自分の部屋のドアを開けて、そこで振り返る。
「玲佳」
「何?」
「……おやすみ」
少し照れたような声だった。
玲佳は、その言葉をどう受け取ればいいのか、一瞬わからなかった。最後に誰かにそう言われたのがいつだったのか、思い出せない。
「……おやすみ、杏子」
ドアが閉まった。
リビングに、一人になった。テレビを消すと、部屋の中は冷蔵庫の低い唸りだけになった。
右手の薬指の指輪は、もう冷えていた。新しい魔法少女のことも、杏子の言った全員のことも、明日考えればいい。
閉めたカーテンを、玲佳はその夜、一度も開けなかった。