爆発の衝撃で私は根城にしていた木製の家から吹き飛ばされた。家の中の様々な文書を吹き飛ばすための自爆装置はうまく作用したらしい。
全身が痛い。思わず立ち上がろうと右手をつこうとしたが、空ぶった。
かすむ視界が私の千切れた右腕の居場所を教えてくれる。右腕は騎士さまを応援する旗を握ろうとしているかのように、アンティーカ騎士団の紋章が描かれた燃える旗のそばにあった。
ざまぁみろ。
これまで何をした⁉ にもかかわらず、謝ることもしない! 希望を騙るくせに、自分は未来を見ない! 自分に不相応な光を見てしまった罰だ。この世界は、私の都合のいい悪夢から救われたのだ!
町の喧騒が耳鳴り越しに聞こえる。人間主義か? それとも吸血鬼? ……しかしあんな爆発だったのに、よく鼓膜が生きていたものだ。
ざり、ざり
土を踏みしめてこちらに何かがやってくる。
ぼろぼろの私をなにかは服の襟を片手でつかんで強引に上半身を起こさせる。
「ぁ……」
その顔はこの3年間私が焦がれ、そして四年の呪いの象徴であった。
そうだ! 私を殺せ!
憎いだろう。おぞましいだろう。……そう思っているはずだ。そう思っていないといけないんだ! 私がお前の腕を奪ったんだぞ!
……いや、目の前にいるのは本物か? それとも強欲なほうか? それとも……
普段以上に妄想と現実と創作が混ざり合った私の脳とは別に、私の眼球は銀のナイフをもつそれの表情を捉えた。見てしまった。
……ちがう。殺意、悪意、憎悪、憐憫、諦観――この数年間自分にその感情をぶつけられることをひたすら願っていたのに、いざ本物を見てしまったら自分勝手にもようやくその考えが間違っていたと気づいた。
私が本当に見たかったのは
*
王都の一角で爆発事件が起きた。そんな報告は潜伏していた吸血鬼も、吸血鬼排斥を主張する人間主義たちも焦って現場に駆け込んでしまった。
爆発でいまだ燃える家屋のそばには、住人のエノラ・スワン博士の死体が首に銀のナイフが刺さった状態で転がっていた。
問題は博士が近頃名をはせ始めた劇作家であり、発明家で――かつてのアンティーカ騎士団を批判しながらも、陰で吸血鬼たちに支援をしていた者だった。人間と吸血鬼間の対立はすでに深まっていたが、今にもその対立は発火しそうになっていた。
「……銀のナイフなら吸血鬼は使えないはず」
「馬鹿を言うな! リーラも吸血鬼だったのに、銀の剣をつかえていたはずだ!」
「じゃあ吸血鬼がこんな大きな爆発を起こしたと言うのか!」
「人間が、同じ人間を殺すわけがないだろう!」
集まった野次馬たち。その中にいるのが誰なのか、みんな知らない。互いの素性が分からない。
だから簡単にひどいことを言える。
「お前――吸血鬼だろ」
「なっ」
「吸血鬼が王都を攻めた! いまここに、事実があるだろう⁉」
「違う! お前たち人間主義が、殺したんじゃないのか! エノラ博士は吸血鬼と共謀してたって聞くぞ……!」
人間たちがお互いの憎悪を振りまき、口論を始める。幾人かいた吸血鬼たちが焦りを感じ始めた。
人間と吸血鬼を視覚的に判別する方法は無い。このままでは人間たちが疑心暗鬼でお互いを殺し始める。そうなると人間との共生を祈る融和派の吸血鬼たちには二度と自分たちの悲願が叶う日は来ないだろう。
一触即発。そんな野次馬たちの空気を、金属の足音が潰した。
《あぁ……なんてことだ》
場の空気が変わる。野次馬たちが彼女のために道を開けた。
憤怒のディスティール。献身のクロシェと共に吸血鬼排斥を是とする人間主義のリーダーとなった元アンティーカ騎士団の団長。3年前までは吸血鬼に絆されていたが、「ディスティールの英雄譚」の発刊を起点にしたクーデターと逃亡生活で目を覚ました。人間主義のリーダーに就任したのがついひと月前である。
《博士は我らに英知を、技術を……吸血鬼から王都のみんなを守る術を与えた。だというのに――。誰だ、私たちの家族を殺したのは!》
彼女が甲冑を鳴らし、逆手に持った騎兵用の大槍を地面に叩きつけた。後ろに控えるクロシェが油断なく右手に斧を携える。
大仰なディスティールの言葉を前に融和派の吸血鬼たちは動かない。動けない。今動いたら自分たちが真っ先に疑われる。そしてこれまで根回ししてきた裏工作がすべて無意味になってしまう。
静寂。疑心と恐怖が支配し、炎がいまだ消えない中で民衆は動けなかった。
打ち破ったのは石造りの劇場の屋根から何かが跳び、火花を散らして着地する金属音だった。
《竜人……? ――っ、その人を放して!》
炎に照らされた姿は紫の皮鎧をまとい、背中に大きな剣と尾を持つ人型生物。竜人らしき闖入者が銀髪の少女を横抱きにしているのを見るとクロシェが叫ぶ。
しかしディスティールは違った。
《お前は――フィロか?》
《えっ⁉》
クロシェの驚きの声を背に紫の竜人が少女を降ろした。少女は三年前から変わらぬ銀髪を見せる。
《ディスティール、クロシェ……》
その顔に、声に民衆はどよめく。三年前に亡命した彼女がなぜ今頃……?
その問いは竜人――もどきが竜の仮面を外したことで答えが顕現する。
《――ディスティール》
《リーラ……⁉ リーラ、なのか⁉》
民衆が竜人の仮面をしたそれの顔を見て驚いた。
背信のリーラ。アンティーカ騎士団序列4位で、3年前まで騎士団を実質的に支配していた吸血鬼。民衆によるクーデターにより亡命したが、まさかフィロと行動を共にしていたとは!
《リーラ……! お前が、私を、私たちをだましていたのはすでに知っている。しかし私はすでに目が覚めたのだ! 吸血鬼を殲滅して、父と母の墓の前で平和を報告するとな……》
《………団長。誓いの言葉は嘘だったんですか?》
《限りなく本物だ! ……答えろ、リーラ。お前は王都に戻ってきたのか? 王都を攻めるために》
《……私はただ、みんなと一緒にいたい。……吸血鬼であっても》
《黙れっ! 融和派だのなんだのという妄言は聞き飽きた!》
《……そっか》
リーラはそういうと傍に立っていたフィロに竜人に偽装するための張りぼての尻尾と仮面を押し付け、剣を抜いた。
《……変わったね。ディスティール》
《みんなが目覚めさせてくれただけだ》
ディスティールが大槍を構える。民衆たちが色めき、下がった。
《リーラ! ディスティールも……! 私たちは交渉をしに来ただけで――》
《吸血鬼に加担した者の話など聞けるか!》
かつての仲間の怒りにフィロが口をつぐむ。
一歩後ろに引いたクロシェは動かない。動かない、ということは何か予想外があったら動けるということであり、フィロが下手な行動をすれば間違いなく対抗するだろうというのが分かった。
《来い、リーラァッ!》
《……っ!》
大槍と剣がぶつかり合う。
悲鳴を上げながら逃げる民衆に紛れるように吸血鬼はこの場を離れながら祈った。
*
王歴1416年10月に発生した1週間の紛争によってこの国は吸血鬼を含めた亜人種を受け入れ始めるようになる。
後にレプリカ紛争と呼ばれる一連の騒動は、アンティーカ騎士団の元メンバーを名乗る騎士たちが決闘を始めたことでこの国の歴史を変えたとあらゆる記録は語っている。
その決闘騒ぎが起きた理由、王都内で殺された博士の名は後にあらゆる記録から抹消されることとなった。
イープロで頒布した作品を1月程度かけて投稿します。
・イープロ版にて隠しデータとして収録していた作品の投稿予定はまだ決まっていません
・まだ5話の修正が終わっていません
・投稿用に書き下ろした話が蛇足かもですし、なんならそれだけがあっても情報が足りないです
助けて