騎士道のレプリカ   作:勉強サボ浪

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第2話「End of Days」(上)

王歴1416年10月5日

 

 かつて国家の主権が王家によって握られた頃に貴族や王家由来の騎士団が各地で拠点となる城を設置した。

 もっとも立憲君主制になった現在、王家が深くかかわる騎士団は民衆に「王子のためのハーレム騎士団」と税金泥棒の烙印を押される迷光騎士団のみで、残った古城は取り壊されるか放置されているか。特に廃虚のままとなった城はたまに吸血鬼や指名手配犯などのたまり場になった。

 アンティーカ騎士団と呼ばれた5人の少女たちが逃げ込んだ場所は、そんな城の1つだった。

 

*

 

 この廃虚となった城には様々な種族が訪れる。腕試し、討伐、中にはかつてアンティーカ騎士団が掲げた共生を広めるためにやって来た者もいる。

 それらを拒絶せずも、明確に歯向かうものには立ち向かう者には容赦はしない。それは1つの消極的な共生だったが、だれもそれをかつて目指していた共生と謳うほど恥知らずではなかった。

 住人は日によって異なるものの、統率している者は少なくない。もとからこの古城に身を隠して暮らしていた弱った吸血鬼とそれを守る騎士、クロシェやフィロの血縁者、そしてアンティーカ騎士団の5人。

 それ以外の者は短期間身を寄せるのみで定住はしない。王国の反逆者であるアンティーカ騎士団を狙う者は数多く居すぎて、ここでは平和に暮らすことは出来ないのだ。

 今日も古城の外では戦闘の音が聞こえる。

 

「クロシェ、今日は……」

「たまに来る、紫の竜人。今日も団長と鍛錬しに来たって。だからフィーネさんを下がらせなくてもいいよ」

 

 大量の洗濯物を洗濯板で擦る。エノラ・スワンもさ、自分の思想塗れの本ばっかり作らないで洗濯を楽にする技術を作ればいいのにね。クロシェの言葉にフィロは苦笑い。自分たちを貶めた思想家に対してそんな文句をぼやくのは大物だろう。

 べちゃべちゃと2人が洗った衣服を吸血鬼の膂力を以って絞るリーラがあまりに牧歌的なこのやり取りに呆れた表情をしたが、彼女も城の庭で行われているであろう甲高い金属音に嫌な顔をするだけで何もしない。ただ水気をある程度切った衣服をそばにいたイーリスに渡した。イーリスも何も言わずに張った縄に服を干す。

 

「……大したものだよね。人間も」

「……?」

「イーリスの左腕の話。本当に……どういうこと? 一体何を考えたらそんなものを作れるんだろうね?」

「……私の母は吸血鬼なんですけど」

 

 若干ムッとしながらイーリスは答える。

 彼女の切断されたはずの左腕は人肌のようなもので覆われたかなり精巧に人間の腕に似せた義手が装着されていた。隠れ里から旅立つ日に渡された義手は、定期的に母がこの古城にやって来てメンテナンスと改良品をイーリスに渡していた。

 問題はその義手の操作方法である。

 

「魔法だって理解できないよ。……でも脳が筋肉を操作するときに使う力なんてもっと理解できないし、それを義肢に使うなんて……」

「――まぁ、確かに。私も母から基本理論は聞きましたが、きちんと理解できませんでした。それに母は魔法を嫌ってましたし」

「そうなの?」

「属人的で他者に継承できない魔法は技術として相応しくない……らしいですよ。だから制御を魔法で行うのは嫌らしいです」

「嫌、ねぇ……」

 

 リーラが理解できないような様子だったが、本来吸血鬼は人間の文化や技術を理解しないものなのだ。どころか人の肌のような柔い外皮を持つ義手をフィロもクロシェも若干気味悪がっている素振りすらある。

 吸血鬼であるイーリスの母親が、ある程度の協力者を募って、恐らく世界の中でも異様に進化している義手を娘のために開発しているというのがあらゆるセオリーを壊していた。

 

「……そんなにおぞましいですか、これ?」

「後輩の母親を侮辱するつもりはないんだよ。……でもちょっと怖いかな。触らないと、人間の腕にしか見えないもん」

 

 ごめんね、ひどいことを言っている自覚はあるんだけれどさ。リーラは申し訳なさそうに言った。……まぁイーリスも精巧でありすぎることに関しては、自身もゾッとすることがある。まるで取り外しできる自分の左腕にも思えるのだ。

 洗濯が終わり、クロシェが桶に入った水を地面に捨てた。雰囲気が若干悪くなったのを察したのか、彼女は努めて明るく言った。

 

「ディスティールの戦い、見に行かない?」

 

*

 

 この国は鉄を卑銀と呼んで嫌う。鉄の味は血に似ており、吸血鬼を寄せると信じられているからだ。吸血鬼退治に用いられる王都指定の剣が耐久性に優れない銅を芯に銀がメッキされたものなのは、これが理由とされている。

 ゆえに鉄は安い。今のアンティーカ騎士団や旅人などが安い鉄の剣を用いているのはそれが理由である。

 荒れ放題で庭と呼べない場所でディスティールと、紫の皮鎧を身に着けた竜人が鉄の剣を握って火花を散らす。

 

「はぁ――っ!」

《……》

 

 ディスティールの剣が竜人の柳葉刀のような剣が受け流す。

 竜人は爬虫類の特徴を持った亜人族である。ただ生態としては山がちな場所を好む傾向にあり、王国の産業的にそういった場所は鉱産業や酪農に用いるため人間が開拓しまくっているから必然的に竜人の生態圏はこの国では狭い。

 だから本物の竜人なんて誰も見た事が無いのだが……

 

「竜人……なんだよね?」

 

 ディスティールに向けて薙ぐ尻尾を見てフィロがつぶやいた。紫色の皮鎧によって判別はしにくいが、それは生体の柔軟な動きというよりも複数の棒を組み合わせたような機械的な動きだった。

 

「トカゲの尻尾……みたいな感じでもないよねー。イーリスはどう思うー?」

「え、私……⁉ いや、まぁ……私かぁ」

 

 その言葉の裏を読んでイーリスは思考して、答えを出した。

 

「……リーラさんが何を疑っているのかは知りませんけど、私の母が作った義手はあの尻尾ほど柔軟性ないですからね。『つかむ』と『にぎる』しか出来ないんですから。肘を動かすという動作を一体どのように実装するか母が常に悩んでるのに……」

「そっか……。ごめん」

 

 いえ、と答えようとした瞬間派手な音を立てて竜人がディスティールの剣戟を受けて後ろに下がる。

 素早く放たれたディスティールの蹴りに竜人は柔く受け止めることで勢いを殺した。

 

「何と言いますか、リーラさんの戦い方と似てますね」

「……似てる?」

「似てるよ……」

 

 フィロの言葉に「そうかなぁ……」とリーラは困り顔。確かに力の緩急というか、基本的に脱力して流動性を意識した鋭い一撃はリーラのものと似ている。

 

「……ここまでにしよう。これ以上は本当に殺し合いになりそうだ」

《……!》

 

 こくり、と竜人は頷いた。発声器官が人間のものと違うから、と竜人は紙に記された文章を示したことがある。筆談で意思疎通は出来るので今となっては誰も意識する話題ではなかった。

 ゆっくり礼をして背中を見せようとした竜人にディスティールは声を掛ける。

 

「ア……その、もう帰るのかい? あなたのこともう少し知りたいのだけれども――」

《………》

 

 ややたどたどしいディスティールの言葉に、無言で音を発さずに竜人は首を左右に振って踵を返した。その様子は「話すことなどない」と言うよりも「無理をしなくてもいい」と言いたげだった。

 

「あぁ……」

 

 ディスティールの呻きに一同が失笑する。

 

「まぁ……あの人はそこまで人間の生活には興味なさそうな感じだし、ディスティールが声を掛けても仕方がないでしょ」

「……そうか」

 

 クロシェの指摘が正しいのかは、だれもあの紫の竜人の本心を聞いていないので分からないが。

 騎士団がクーデターを受けてからあともう少しで3年だ。自分たちが共生の道を築き上げるのは不可能だと判断して、世間の目から逃れ、ただ自分たちと深く関わるものとしか交流しない日々は確かに平穏だったが、友人を増やしたいと行く気持ちも抑えられないのだろう。

 

「私たちが王都から離れてもうすぐ3年……国は――王都はどうなっているだろうか」

「団長も王都に身分を隠して行けば良いんですよ」

「……指名手配されているのに気軽に王都に何度も行っているのはイーリスぐらいだよ」

 

 フィロのイーリスに向けられた言葉は窘めというよりも呆れの成分が多く含まれていた。

 彼女は良くも悪くも騎士団で大した実績が無いという事実がギリギリ好転に回った。騎士団としてはディスティールと彼女の生い立ちに深く関わるクロシェとフィロ、リーラは騎士団初の吸血鬼。対してイーリスの印象は微妙に薄い。

 それを良いことにイーリスは少し変装するだけで王都に侵入できる。加えて母親が王都に時計を運ぶときに手伝いに行かなくてはいけないため、彼女はここにいる誰よりも王都の現在に詳しい。

 どうせ何度も言い聞かせても無駄だと、みんなが諦めているため誰も咎めないようになっていた。

 

「半年前に行ったときは、娯楽の制限が始まりかけていた時期でした」

 

 イーリスが初夏の時の王都の様子を思い出しながら話す。

 

「原因は『背信の騎士たち』……亜人族であることを隠しながら騎士団に入った者が思い人にだけ自らの出生の秘密がばれてしまい、その亜人族は街から逃げ出す――そんなラブロマンス物が1年ほど前から大流行しちゃったことが原因ですね。……リーラさんやフィロさんはもう読まれましたか……⁉」

「………遺憾ながら」

 

 そりゃあそうだ。これがアンティーカ騎士団のリーラとフィロをモデルにしていることは流し読みでも分かる。モデルとなった本人からすれば、自分と親友が物語の中で睦みあっている状況を描かれるのは中々に応える。

 1人の想い人と共に生きたいと願ったため、騎士団の内部に亜人族が入り込んだというかなり荒唐無稽――とはいえ、現実で起こってしまったが――な小説の作者は誰かまだ分かっていない。ただやけに迷光騎士団の3人が推しているという噂話があることから何か政治的な意図を感じてしまうのは気のせいだろうか?

 

「今王都の治安を人間主義の騎士団が検閲を強化している――というのを確かめたいが……イーリス」

「はい。明日、母と一緒に王都へ時計の出荷のためにここを出発するのでその時にいろいろ探りたいと思います」

「……今更、私がその情報を手に入れてどうこうもできないがね」

「………」

 

 一同が目を伏せる。

 彼女たちはすでに自分たちの手で共生を果たすことを諦めていた。

 少なくとも、表面上は。

 

*

 

王歴1416年10月8日

 

 王都への門番がイーリスの顔を窺う。

 

「………」

「……えぇと」

「………気のせいだな。きっと吸血鬼なら義手など必要ない」

 

 へっぽこ門番め。と言いたくなったが我慢した。黒髪の吸血鬼が王都にやって来た時の門番はすでに懲戒処分を受けているはずだが、この国の門番というのはどこも似たような教育を受けているらしい。

 義手を支えるためのベルトを首と脇の下に巻いて固定すると荷物を背負った。今日は大口の案件らしく、総重量は50キロを超えるがこういうのはバランスと力のかけ方の問題だ。半分吸血鬼かつ騎士としての訓練を受けているイーリスにとってはわけない。

 

「大丈夫だったようね」

「うん。義手のおかげかな」

 

 先に審査を終わらせて待っていたであろう母と合流する。……そういえば母は吸血鬼である。あの門番に価値はあるのだろうか?

 

「今日の届け先は?」

「盲学校よ。その義手の開発を手伝ってくれた工房が近くにあるの。……きっとびっくりするわ」

 

 母の言葉を聞きながら石造りの門を抜ける。そろそろ太陽が沈むころだ。西日が少し目に痛い。

 

「大丈夫?」

「大丈夫よ。確かに苦手ではあるけど……」

 

 太陽の光は吸血鬼にとっては毒だが、致命的な要素ではない。フード付きの外套を被ればある程度気怠さは抜けるが、そんな吸血鬼らしい恰好をできるわけもないので母は普通の作業服を着ていた。太陽光を遮るものは無いから本調子ではなさそうだが、そのためのイーリスである。

 王都は静まり返っていた。掲示板には吸血鬼殲滅を謳うポスターの横に、吸血鬼の支援に見なしうる演劇や書物を検閲し封じる旨の文言が貼られている。

 両者の右下に記されたスタンプには見覚えがあった。

 

(ミレニアム騎士団……。団長さんはリーラさんにも理解があったのに………)

 

 掲示板から離れて大通りを歩く。人通りが少ないのは日没が近いこともあるだろうが、少し見渡しただけでも警邏の兵が住人を監視しているからだろう。

 

「そういえば、アンティーカ騎士団の城がどうなったか聞いてる?」

「さぁ……なんか実験施設か何かに変わったとは聞いたけど」

 

 王都も広いし、城があった場所は一般市民エリアからは比較的近いとはいえ警備兵も多いエリアだ。郷愁に似た感覚もあったが近づきたいとは思えなかった。

 地面が石畳に変わる。一般市民でも通行できるが、警備兵の視線に気が気でないイーリスは気まずそうに母に尋ねた。

 

「……この道、アンティーカ騎士団の城がもともとあった場所への道だよね? ……え、本当に?」

 

 イーリスのよぎった予想を裏付けるように彼女の視界にはある建物が見えてきた。きっと戦火のせいで燃え新しく継ぎ足した部分で補修されてモザイク状はなっていたが、その建物には見覚えがあった。

 

「……ねぇ、盲学校って」

 

 呆然と尋ねたイーリスに母は優しく、しかし一度も見せたこともないようなやや硬い微笑みでイーリスの予想を肯定する。

 

「コクーン盲学校。騎士団がいなくなったアンティーカ騎士団の城を再利用されて造られた教育施設。それが今日の搬入先よ」

 

*

 

 母は教育施設と言ったが、それは嘘だなと思う。

 壁にはポスターと朝顔状の拡声器。机に固定された金属製の何か。大量の用途不明の器具に紙・リボン。便宜上「盲学校」と名付けているだけで、実際には目が不自由な者にとって有効なアプローチを研究するための施設であることは明白だった。

 

「興味あるかしら?」

 

 教室の一角に荷物を置いてしげしげと机に固定されていた機械を見ていると案内役の女性が声を掛けてきた。

 

「え、えぇと……」

 

 興味はある。とはいえ自分たちは時計の設置をしに来たのだ。仕事を無視するわけにはいかないのだが……

 

「良いわよ」

 

 身の振り方に迷っていると母が助け舟を出した。

 

「良いの?」

「もう夜よ。時計の設置と義手の整備や調整は明日にしましょ。……私はここの責任者に会って来るわ」

「ありがとう!」

 

 礼を言うと母は少し笑って教室を出て言った。

 

(……教室、ねぇ)

 

 城の内部は大きく様変わりしていた。基礎はあまり変わってはいないものの、クーデターによる破壊工作を補う補修と強引なバリアフリー化で無茶苦茶な構造へとなっている。

 今この場所は、かつては書架として使っていたはずだが……本はすべて燃やされたのだろうか。

 

「まぁ折角だし、この建物の案内でもしましょうか。えっと……名前は」

「……ベレスです」

 

 偽名は門番を相手に使ったものでもある。いくらイーリス個人の知名度が低いからって本名を言うほど腑抜けてはいない。

 橙色の髪の案内役はシリィ、と名乗り机の上の機械の説明を始めた。

 

「これはタイプライター(typewriter)よ」

「たい……? 典型的な(type)、作家(Writer)?」

 

 彼女の素っ頓狂であまりにも雑な予想は案内役を失笑させた。

 

「ふふっ……『型にはまった(Typical)』じゃなくって『打ち込む(Typing)』よ。こうやって……」

 

 案内役は10あった鍵盤の1つを押すと、タイプライターが小型のハンマーみたいなのを起こしてセットされたリボンに叩き込んだ。わ、と驚き面妖な拷問道具かと疑うイーリスに案内役は叩かれたリボンを見せる。そこには3つの凹みがあった。

 

「こうすると、リボンの凹みの跡ができるの。凹みは触れば分別出来るわ。一列で三つの点、二列で六点……六つは六四通りの組み合わせができる。そうすればこの国で使われている文字のほとんどをカバーできる」

「………?」

「……要は目が見えなくても読める文字を記録する装置よ」

 

 そのあまりにも簡素な要約にイーリスがようやく理解できたように「あぁ……」と頷いた後に、その説明の重要性が理解できたのか驚いて続ける。

 

「凸版印刷をここまで小型化出来たんですか!?」

 

 何度か大きな機械を見た事があるイーリスにとってはそれが一番の驚きだった。

 触覚で文字を読むというのは難しそうだが、習得さえできれば両手で運べるほどの大きさの印刷機を扱えるのは魅力的だ。それに太陽光で眼球が傷つく可能性のある吸血鬼にとって、触覚の文字は有意だろう。

 

(それに……こういった技術を『文明の鎖』と呼んで嫌う吸血鬼にとっては、昼に生活するきっかけにも、融和のための手掛かりにもなる。黒髪の吸血鬼の時だって大量に文字を書かなくちゃいけなくなったのは嫌だったろうし……)

 

 そんな思考をしているのに気づかずに案内役は説明を続けた。

 

「時計職人……あなたのお母さまが時計を作る技術を提供してくださって、それでここまで小型化できたの。ほんっとうに感謝してるわ」

「それはどうも……」

 

 なるほど、最近――というか3年前に久しぶりに隠れ里に訪れて以降やたら忙しそうにしていたのはこれが原因か。……となると、義手の開発を手伝ってくれた工房というのもおそらくここに関連する技術なのだろう。

 

「……こちらこそ、ありがとうごさいます。あなた達が母を協力してくれなければ、ここまで素早く私の義手が生まれることは無かったはずですから」

「あら……あなたのお母さまが紹介してくださったのかしら。……嬉しいのだけれど、私は冶金とか材料調達ばかりであんまり技術的には……」

 

 と案内役は言葉を切って取りやめた。きっとこのままでは謙遜合戦になることを察したのだろう。

 彼女は話題を変えるように教室の外の廊下を指す。

 

「――ついて来て。この場所を案内するわ」

 

*

 

 コクーン盲学校はアンティーカ騎士団の城だった時とは大きく様変わりしていた。そこら中に鳴子が設置されているのは、侵入者対策ではないだろう。

 屋外にはパン用の焼き釜や鶏小屋。剣を鍛えるための修練場はクリック音によるエコロケーションのものに変わり、なかにはかつてのイーリスが必要だった義手の操作を学ぶ場所もあった。

 かつて住んでいたところが大きく様変わりしている様子は少なからずショックではあるが、試行錯誤の形跡が並ぶ施設は見ていて飽きない。

 

「義手の操作は難しいからなぁ……。今はだいぶ慣れましたけど」

「あなたが最初の筋電義手の使用者よ。だからあなたの苦労の結果がそのまま反映されているわ」

 

 筋電という言葉に聞き覚えは無かったが、数ヶ月かけて腕のあちこちに金属が貼られた状態で触らずに砂鉄を動かすという訓練に意味はあったのだろう。イーリスは自分に都合よくそう解釈した。

 案内役は夜となって暗い校舎をペンライトで照らす。

 

「……と、こんな感じかしら。もちろん部外者のあなたに見せれる部分のみだけど」

「面白かったです! いい経験になりました」

 

 ……もっともそれを活用する方法は思いつかないのだが。

 そんな自己嫌悪を抱えていることを隠しながらイーリスは案内役に礼を言った。「そう、良かったわ」と案内役が笑った。

 

「お母さまがどこに行ったか分からないし、あなたが今夜泊まる部屋に案内するわ」

「はい、ありがとうございます!」

 

 夜の校舎には生徒は誰もいない。話を聞くに、数少ない生徒や研究員・教師は宿舎に住んでいるらしい。ただイーリスや母親のために用意された部屋はそこでは無いらしい。

 2人しかいない廊下で案内役の後ろを歩きながらイーリスは考える。

 

(この場所は……血の匂いがどこでもする)

 

 表向きの盲学校やそういった技術の研究をする施設の裏側で、何かが起きている。だけど目の前の案内役に吸血鬼の匂いはしない。

 なぜ母はこんな場所と協力しているのだろうか。これまで誰かと研究を協力し合うことをしなかった母が手を取り合うことを考えるほどこの場所に利用価値があるのだろうか……。

 そんなことを考えながら案内されるがまま歩んでいくと、夜の廊下で誰かが立っていた。

 

「――誰かしら」

 

 案内役が冷たく言った。彼女がペンライトを先に向ける。金髪に赤目の照らされた顔にイーリスは見覚えがあった。

 

「ミレニアム騎士団の団長さん……⁉」

 

 思わず口走り、構えてしまう。しかし武装していない状態で、しかも下手に構えてしまっては案内役に自分の正体を看破されてしまう可能性がある。

 しまった、とイーリスは一瞬思ったが案内役はそれを無視してまずは目の前の女性に言った。

 

「……どうしたの、元ミレニアム騎士団団長さん」

 

 案内役の言葉には明らかな焦りの色があった。ここに彼女がいるということはあり得ない、と言いたげな。

 

(元……)

 

 なるほど、あのクーデター以降ミレニアム騎士団が一気に吸血鬼廃絶への道を邁進していった陰でリーダーが変わったのはあり得る話だ。

 光で照らされた団長の顔には記憶のものよりも傷が多い。暗闇の中では不正確だが、目の近くにも傷の跡が残っているように見える。

 

「……すまない。私は――その人に用がある。悪いけど少しだけ話をさせてくれないか?」

「それは………あなたの過去を含めて、いろいろ勝手に妄想してもいいってこと?」

「――そう解釈してくれ」

 

 そう、と案内役はため息をついた。その息遣いはどこか決心をするようなものでもあった。

 

(え、な――何が起こっているんだろ……?)

 

 短いやり取りの中、蚊帳の外であったイーリスは2人の様子を窺う。そんな中、案内役が優しく微笑みながらペンライトを渡して言った。

 

「……ということらしいわ。あとはあの人に任せて私は自分の作業に戻るわね。……あ、あなたの部屋はこの先にある花瓶がある棚の左の部屋よ」

「はい……?」

 

 説明不足のやり取りと急な状況変化にイーリスが立ち尽くしていると案内役はイーリスの肩に手を置いて、告げる。

 

「あとはあなたの選択次第よ、イーリス」

「!」

 

 バレてる。

 思わず後ろに下がって身構えたイーリスに案内役は手をひらひらさせながら背を向けて暗闇の廊下の中を歩いて行った。

 

「ど、どういう――」

 

 案内役がイーリスの正体を知っていたのは、まだ良い。もしかしたら先ほどの反応で感づかれてしまったのかもしれない。目の前にいるミレニアム騎士団の元団長が言ったのかもしれない。

 だけど、裏で何か動いている。母を通さずに自分だけになったタイミングでこのような事が起こるということは――アンティーカ騎士団の問題であり、吸血鬼が関わる問題にしたくないということだろうか。

 

(となると、母はこの状況とは一切関わりがないということか、もしくは――)

 

 色々思考したかったが、まずは目の前の彼女に色々問い質したかった。

 

「……元騎士団長さん、と言えばいいんでしょうか。こんなところで、奇遇ですね」

 

 皮肉をかなりたっぷり込めてこれからいろいろ問おう、としたが目の前の元騎士団長は相当焦った様子で1冊の本を押し付けながら言った。

 

「……ごめん。でも時間がない。だから――この本を託す」

「な、何が――」

「どうか、すべての引導を――責任を、自分たちの手で果たして欲しい」

「――」

 

 その言葉はこの三年間逃げていた自分たちを糾弾する言葉だった。

 絶句するイーリスに無理やり本を押し付けて、元騎士団長は校舎の廊下を走って去ってしまった。

 

「え――ちょっと……」

 

 引き留める前に居なくなってしまい、イーリスは困り果てるしかない。

 手には一本のペンライトと、本。黒い綴じ込め表紙に貼られた白い短冊に記された短い文言をイーリスは何も考えずに読み上げた。

 

「アイドール計画(Project AI-Doll)……?」

 

 最初のページに分かりやすく、その計画の概要が記されていた。

 

*

 

・本計画は失踪したアンティーカ騎士団の代わりを立てて、その代用品に共生の指揮を執らせるものである。

 

・アンティーカ騎士団は現在、「ディスティールの英雄譚」「背信の騎士たち」の流行によって、それらのモデルとなった人物たちというイメージが民衆には根付いている。そういった「共通認識」を踏み台にし、作品内の彼女たちを忠実に再現した絡繰り人形に共通認識を憑依させる。

 

・要は民衆が想像する物語の中の「アンティーカ騎士団」を、絡繰り人形を用いて再現する。この人形をアイドールと呼ぶ。

 

・ディスティールはミレニアム騎士団の一員として忍び込ませ、リーラはコクーン盲学校に潜む融和派の吸血鬼として行動させる。

 

・紛争を起こし、1週間のあいだ、ディスティールとリーラのアイドールが偶然を装って決闘をさせる。王都に忍び込ませた過激派の吸血鬼たちを介入させながらも、最後は両者の決闘にてリーラが破壊される。

 

・勝利したディスティールのアイドールは吸血鬼の飼育計画を打ち立て、人間の手で吸血鬼を管理、もしくは殺害体制を構築し支配体制を整えることで計画を完了とする。

 

*

 

「……は?」

 

 その文言にイーリスは我が目を疑った。

 アンティーカ騎士団の偽物?

 2人を違う陣営に所属させ、戦わせる?

 そのために紛争を起こす?

 最後はディスティールの偽物がこの国を掌握して、障害となるものをすべて排除して、吸血鬼を支配して、めでたしめでたし?

 荒唐無稽な話だ。

 馬鹿げた妄想だ。

 ――そう鼻で笑い飛ばそうとしても、三年前に見た絡繰り人形のミュージカルを思い出す。あれから3年後だ。今の技術がどうなっているかなど、今自分の左腕の代わりが示してくれているではないか。

 先ほど眺めていたこの盲学校の数々の施設や研究。何よりも自身でも感じた「日光に特別に過敏な個体の吸血鬼にとっては共生に必要な技術」――。あの時の自分は、技術転用できると考えていたが……もとよりそう言った理由で研究されていたら?

 挟まれた、大量の資料と計画書、メモ書きがこの計画が大真面目に計画されていたのが分かる。理解不能なほとんどを飛ばしても、かなり読みにくいという感想を抱く。こんなことならもう少し母の研究について勉強するべきだった。

 

(これがアイドールとかいうモノの設計図。母さんなら理解できたのかもしれないけど――え)

 

 設計図は読めない。理解できない。しかしその文章の意味は理解できた。

 

*

 

・リーラを再現したアイドールは紫色の竜人の皮鎧を被せて、実証実験を実施中

 




二次創作で変なオリ設定を詰め込むと、途中で死ゾ

Q.これまで挿入されていた劇中劇は一体何なんですか?
A.偽物の騎士たちを動かすための物語です。
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