騎士道のレプリカ   作:勉強サボ浪

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第4話「君の中の英雄」(下)

 この世界において遠距離戦があまり有効でないのは「実力者に向かって矢を放ってもなぜか当たらない」という事実があるためである。

 が、それは弓矢が無意味だという意味にはなり得ない。

 

「く――」

 

 行動が制限される。吸血鬼の再生力を頼りにしたゾンビ戦法は後でフィロから強く叱責されるが圧倒的多勢に無勢の状況だから――と、己に言い訳をする。

 刺さった矢を強引に引き抜いた。夕日によって朦朧とした意識を鮮烈な痛みで少しだけ改善される。

 突き出された槍を上に跳んで回避、甲冑越しに相手の脇腹を蹴って行動不能にさせた。甲冑対策に持ってきていた金槌やメイスはすべて消費した。一応剣を佩いているが、使うことはあるだろうか。

 フィロも剣を持った騎士と戦う。この3年間で修羅場を何度も潜り抜けた彼女は幾ばくか戦いに慣れてはいたが、さすがに王都の最高戦力たちと連戦は難しいようだ。

 剣を盾で防ぐ。明らかに体格もあちらが上で、加えてアンティーカ騎士団は盾を前提とした戦闘をあまりしていない。

 

「う……」

 

 まずい。しかしリーラも3人の騎士に囲まれている以上、動けない。

 自分の腕一本ぐらい無視してあっちを助けるべきか、とその思考がよぎった瞬間びゅん、と風切り音と共にフィロに相対していた騎士の兜に石が高速でぶつけられた。大きくたたらを踏んだ彼をフィロは盾で殴って気絶させる。

 

「今のは――」

 

 瞬間、リーラの前にいた騎士の頭蓋にも石が放たれた。倒れる騎士を一瞬の盾にして他2人を回転蹴りで同時に昏倒させる。

 

「何……?」

 

 見ようにも、吸血鬼の瞳では夕日で眩んで何も見えない。盲学校の正面にある建物からスリングを使って石を放ったようにも見えるが………。

 離れていたフィロのもとに近づいて、とりあえず彼女の状況を確かめる。

 

「大丈夫?」

「むしろリーラのほうが大丈夫? だいぶ矢を浴びてたし、日光がきついでしょ?」

 

 確かにフィロよりもリーラのほうが重症である。吸血鬼なのに日中戦っている状況も、だいぶフィロを庇っていたことも。

 ただ傷はもうある程度は治っている。意識は朦朧とはしていたが、痛みである程度は何とかなっていた。

 

「それよりもさっきの投石は……? 私、いま目が眩んでて」

「たぶんだけど――私たちの偽物が弓兵の陣地を陣取ってる」

 

 そう言われると、矢がこちらに放たれなくなったようだ。あちらを把握するのを諦めたリーラは素早く周囲を確認した。

 

「あいつら、本当に信用しても良いんだよね? 味方ではないにせよ」

「んー……でも、リーラなら私に石を投げたりしないでしょ? 本当に私たちの偽物なら、思考も似せているはずだから――って、イーリスが」

「楽観的だと思うけど」

 

 しかしこちらに向かって石が放たれることは無い。少なくとも吸血鬼保護という観点だけ見れば味方と言っても良いのかもしれない。

 盲学校の門はいまだ燃えている。ミレニアム騎士団はボロボロの壁や門を壊そうと張り付いていた。

 

「――とりあえず、あいつらには背中を見せよう。その後どうするかはミレニアムの連中を全員潰してからだ」

 

 リーラの覚悟、もしくは闘志にフィロはこくん、とただ頷いた。

 

*

 

 現場に急行したクロシェはその惨状に思わず立ち竦んでしまった。

 元アンティーカ騎士団の城が学校に改造されて、校舎は油と火矢によって炎上している。周囲には目測30を超えるミレニアム騎士団の兵が盲学校の門を破ろうと躍起になっている。民間人の被害を縮小させる、などと記されてはいたが民家のベランダや屋上に倒れた兵がいるのを見るにどこまで信用していいのか。

 状況は悲惨だった。でも、最悪ではない。

 

「ディスティール、どうする?」

「クロシェはまずリーラたちと合流。2人の状況が大丈夫そうなら火事の対処を」

「火事のほうを優先しなくていいの?」

「……今は吸血鬼の回復力に頼るしかない」

 

 戦力差は約7倍。自分たちよりも回復力の高い不法入植者ばかりを優先させても仕方がないのは彼女も理解していたのだろう。

 

「ディスティールは?」

「私は――囮になる!」

 

 巨大な破城槌を抱えた兵たちに向かって彼女は水撃槌を肩で構えながら突撃する。先の憤怒との決闘でかなり疲労していたはずだが、ディスティールは気丈に戦場に向かっていった。

 自分に背を見せて走り出した彼女を見送ってクロシェはゆっくりと歩きながら剣を抜いた。

 

(あの子はもう、うちの手助けはいらない)

 

 少し寂しいけど、独りよがりの正義を支えるための自分はもう必要ない。

 だからクロシェはフィロを後ろから攻撃しようとしていた騎士を後ろから攻撃した。不意を取ろうとした者が逆に不意を取られて驚きを隠せない様子を見ながら足を蹴飛ばして転倒させる。

 

「クロシェ⁉ そっちはもう大丈夫なの?」

「なんとかニセモンは退けたよ。ディスティールはうちと離れて戦ってる。……リーラは?」

「ここー」

 

 後ろから現れたものだからクロシェは飛び上がってしまった。大げさな反応に「敵じゃなくって良かったねー」と少しだけからかった。

 

「それで……どうするの? 全員倒すんだったら、早めに言って。一応殺さないように手加減してるんだから」

「殺しは出来るだけ避けて! うちらに道理が無いと思われるほうが良くない。うちは学校の火事の対処に行くから、リーラはミレニアムの援軍を叩いて。そしてフィロは説得をお願い!」

 

*

 

 盲学校の正面に向かったディスティールは苦戦していた。

 最初こそ自分を憤怒と思い込んでのこのことやって来た者を殴打するだけだったが、正体が割れたら一瞬で武勲を狙う騎士たちが殺到し始めたのだ。

 

(それでいい)

 

 援軍の無力化を狙うリーラとフィロの分の負担が減る。弓兵を排除し投石をしてくれる協力者がいる。盲学校の消火活動をするクロシェが楽になる。

 相変わらずの独りよがりだったが、夕焼けの空は迫るタイムリミットを示している。吸血鬼が戦場に出る前に、この戦いを終わらせなければ。

 

「――っ!」

 

 予感。足で撃鉄を起こして回転しながら水撃槌を振るう。半回転分の加速とディスティールの膂力と体重、スチリウムの爆発がディスティールを轢き殺す勢いで駆ける馬の首に見事当たった。

 

「うお、っとと……」

 

 爆発の反作用で何とか回避。逆に馬のほうは一撃で首の骨を折って気絶したのか、そのままの勢いで足が縺れて地面に激突した。

 馬が地面に激突する直前に、乗っていた騎士が鞍から飛んで地面に見事着地していた。

 

「危ない危ない……。死ぬところだったよ、ディスティール」

「お前は……?」

 

 社交界ならまだしも、戦場でいきなり朗らかにそんなことを言われたものだからディスティールも反応に困る。その様子を見て彼はハルバードを構えた。

 

「あぁ……やはり君は、アイドールのほうじゃない本物か」

「……!」

「私はミレニアム騎士団の団長――あのとき君を処刑しようとしたものの、もう一匹の吸血鬼に邪魔された男だ」

 

 その言葉にディスティールは目の前の騎士が何者かようやく理解した。

 あのクーデターの時、集団戦だったとはいえディスティールを打ち負かしイーリスの左腕を奪った男――!

 

「本物がこうやって現れて偽物を壊した以上、あの人形に意味はない。博士が一体何を企んでいるかは知らんが……こうやって本人が来て我らに反逆するというのならば、その首を貰うのみ」

 

 彼の甲冑がぎしぎしと軋んでハルバードを構える。軽装のディスティールだが、あの時とは違って得物は吸血鬼の体にも有効なウォーターハンマーだ。フルプレートアーマーにも有効だろう。

 

「聞きたいことがある」

「……なんだ?」

 

 しかし彼の先の発言が気に障ってディスティールは問うた。

 

「もう一人の私をミレニアム騎士団に入れたのはどうしてだ? ……彼女は吸血鬼殺しを掲げていたが、オリジナルである私とお前は相容れないはずだ」

「『英雄ディスティール』は民衆の支持を得て民衆を支配するのにずいぶん楽だろう?」

「…………」

 

 なんとも許しがたい企みだった。自分の知らないところで自分が勝手に虐殺者になって、英雄と言う箔で支配の片棒を担がされる可能性があったとなると怒りが隠せない。

 水撃槌のチャンバーを開けて炸裂スチリウムを装填する。撃鉄はまだ起こさない。あちらはこの武器について何も知らないはずだ。

 

「あの時の――借りを返させてもらう。いくぞ!」

 

 踏み込む。盾を持たない彼に水撃槌を袈裟切りの要領で振り下ろす。軽い一撃――膂力や重量込みで考えると並大抵の重さではないが――がハルバードの石突で簡単に弾かれたことに多少驚く。

 

「な――」

「ハァッ!」

 

 すぐにハルバードの一撃が彼の短い気合とともに飛んできた。軽装であるから何とか回避は出来たが、肉体のほうはすでに限界を迎えている。

 短期決戦でなければ自分の体が保たない。そう考えてディスティールは撃鉄を起こした。

 しかしそれは悪手だった。慣れない得物を使うことによる隙は一瞬だったが、脇から予期せず飛んできた斧がディスティールの手から水撃槌を落とす。

 

「は――、――らぁ!」

 

 すぐにステップを踏む。騎士団長の攻撃を避けて斧を投げてきた蛮勇な邪魔者に最後の炸裂スチリウムを投げつけた。爆発の衝撃で邪魔者は吹き飛んで気絶したが、こちらの武器はもう無い。

 水撃槌を拾おうとしても、騎士団長がすでに明後日の方向に蹴り飛ばしてしまって拾えない。

 

「もらったぁ!」

 

 ハルバードの横薙ぎを寸でのところで回避。掌底で相手の胴を突いたが、体力が限界で有効打になっていない。

 ――それでも

 相手の膝を狙った下段蹴り。狙いがずれて膝には当たらず脛に当たったが、うざったい攻撃に騎士団長の攻撃が激しくなる。

 

「――なぜだ⁉」

 

 ハルバードが振り下ろされる。が、ディスティールはその柄を掴んで強引に止める。

 相手は先ほどのディスティールのように武器を気軽に手放せない。ここで手放したらハルバードをディスティールが振るうことになるからだ。

 ポールウェポン越しに相手と押し合い引っ張り合い、力を比べる。力を振り絞るディスティールに相対する騎士団長の表情は兜越しには見えない。

 

「なぜ――そこまで戦える⁉ お前が、国を追われ逃げ出したアンティーカ騎士団が今更やって来ても何も変わらない! この街に、お前らの思想を受け入れる余地はない! なのになぜ――!」

「――決まっている」

 

 力を込める。理不尽とも思える現実を、諦めを、長年蓄積した対立と憎悪の感情を押し返すために足と腰に力を込める。

 

「私は――アンティーカ騎士団のみんなに恩を返していない」

 

 クロシェに優しさを、フィロに赦しを、リーラに友情を、イーリスに決意を教わった。

 騎士団のみんなは、いつも無力で無謀で無鉄砲な私を支えて時には諫めてくれた。彼女たちと――

 

「みんなと目指した場所で、一緒に笑って――みんなの理想を守るって決めたんだ! 今度こそ、間違った過去ごと全部を受け入れるって――‼」

「ならその間違いごと叩き潰してやる!」

 

 彼の頭突きを柄から手を放して回避した。が、体力の限界を迎えた足がもつれて彼女は地面に倒れ込んだ。

 ディスティールが離れたことで、騎士団長はハルバードを振りかざす。

 

「理想論の共生とともに死に曝せ、英雄ディスティールッ!」

 

 振り降ろされるハルバードに、自分の命を奪う分厚い刃を前に彼女は笑って見せた。

 

――私たちが、お前が望んだ場所はこんな場所じゃない。剣を向ける馬鹿な私からその目を逸らさなかったお前なら分かるだろ?

 

「――なぁ! リーラァ!!」

 

 その叫びに、感情の裏によぎったディスティールの意図に気づいた騎士団長だったがもう遅い。

 彼の意識外から、ディスティールの正面に割り込んだリーラが先ほど落としたウォータハンマ―を振り下ろした。スチリウムの炸裂で増強した衝撃が、騎士団長の鎧ごといくつもの骨を砕いて吹き飛ばした。憎悪のようにリーラへ落下してきたハルバートを彼女は難なく裏拳で弾く。

 

「ハァ、ハァ………はぁ」

「リーラ、ありがと――」

「アンタ、馬鹿じゃないの……⁉ ボロボロの状態で囮になって――って死ぬつもり⁉」

「――……ごめん」

 

 だけど涙目になりながら怒るリーラが、自分の危機に駆けつけてくれた事実が嬉しくってつい笑ってしまった。

 その様子に不快げにしながらもリーラはディスティールに手を差し伸べた。

 

「ほら、立って。ディスティールが足を止めようとしても、強引に連れて行くんだから」

「あぁ――!」

 

 指揮官は倒せたが、戦いはまだ終わっていない。

 ディスティールは差し伸べられたその手を取ることを躊躇わなかった。

 

*

 

 その様子を一つの騎士の格好をした私が見ていた。人間のように副木を左手に当ててはいるが、現在の損傷が骨格の破壊なのか関節部の異常なのか分からないから無意味な真似である。

 

(あれが……騎士道、なのか)

 

 ミレニアム騎士団の団長はおそらく再起不能だろう。最低でも鎖骨が、最悪の場合脊髄まで損傷している可能性があるが――もしかしたらあの鎧も高官仕様だから致命傷にはなっていないのかも。

 ボロボロのディスティールとリーラだが、それでも彼女たちは戦いを続行するようだ。この一時間程度で連戦に次ぐ連戦をこなし、私とも戦ったにも関わらずだ。

 体力は既に底を尽きている。実際さきほど彼女は一瞬だけ倒れた。

 

《なぜ、戦える……?》

 

 答えは分かっている。「共生のため」とか「みんなのため」とか「騎士道のため」とか彼女は答えるはずだ。一部の過去を共有し、先ほどまで罵りながら殺しあっていたから分かる。

 言葉の意味は分かる。だけど――理解は出来ない。

 出来なかったが、夕焼けの空の下で必死に自らの掲げる騎士道のために立ち上がる2人が羨ましい。

 本物に完全に否定された私だが――もう1人の自分、あり得たかもしれない未来に羨望するのは我儘だろうか。

 太陽が沈みゆく。もうそろそろ、吸血鬼が本格的に動き出す時間だ。予測が正しければ――

 

《ディスティール?》

《……私は、やっぱり吸血鬼を殺すことしか考えられないようだ。でも――本物が見せる理想の共生のために動いてみたいという気持ちも、街のみんなを守るという決意もあるんだ。この一年で多くの間違いを犯したというのに》

《行くんだね》

《いや……今からどうしようかと相談しようと》

《行くよディスティールは。本物であってもアイドールであっても――正しいと思ったことは、納得できるまで止まらないんだから》

 

 その言葉に私は情けなくて、少し笑ってしまった。

 

*

 

 莫大な戦力差であったが、ミレニアム騎士団の戦力すべてを無力化したのは奇跡だった。もっとも最新兵器の全損、所持していた有効な打突武器の損耗、最高戦力であるディスティールが疲労困憊で叶ったのだから、トントンかもしれない。

 

「さて――どうしたものか」

 

 よくよく考えてみたら無力化した騎士たちをどうするのかと言うのを考えていなかった。通常ならまだ動けるものが自分たちの城に傷病者を連れて帰ったり、仲裁者が介入したりするのだが、前者は恐らくまともに動ける者がもういないことから、後者は現在の王都の指揮系統が内乱と王子の消息不明で大混乱を食らっているため期待できない。

 結果、さっきまで戦っていた相手を一纏めにしなければならないという面倒に駆り出されることになる。

 

「盲学校が門を開けてくれれば楽なんだけどね」

「さすがにソレはあっちも嫌でしょ。消火活動をクロシェが手伝ったとはいえ、その火を点けた奴を入れるわけにはいかないよ」

 

 もっともリーラもクロシェの主張を正しいとは思ってはいたが、口に出すことはしなかった。

 夕焼けの下、幅広の道路には何人もの騎士が甲冑を外され地面に転がされていた。ディスティールが強敵との連戦による疲労で休んでいる以上、動けたのは三人と二体のみ。

 

《周辺を見たけど、もう動けない人はもういないみたい》

「そう、ありがとね」

 

 紫の竜人の格好をした自分の顔と同じ人形にリーラはぶっきらぼうに返事をした。

 もとよりミレニアム騎士団と対立して、融和派の吸血鬼として行動して、さらには自分の偽物だ。きっとフィロの説得は本物だろうが偽物だろうが頷くだろうという短絡的な予想は簡単に実現した。

 フィロと彼女の偽物である誘惑が重症者への応急手当てをしている。よく自分と同じ顔の存在と仲良くできるなぁ……と思っていると背信がおずおずと《あの……》と声を掛けた。

 

「何?」

《その――ありがとう。来てくれて》

「………お礼ならイーリスに言って。ディスティールを説得できなかったら、たぶんあんた達の――アイドール計画? とかいうのは失敗だった」

 

 こう状況を挙げていくと憤怒と献身がアイドール計画に参加しているように見せて実際はミレニアム騎士団の吸血鬼殲滅に参加していたのだから書類に記されたシナリオは既に破綻していた。ディスティールが参加しなければ、どうなっていたことか。

 ただ目の前の自分を模して作られた人形が信用できるかは話が別だ。少なくとも半年前から私たちを騙していたのだ。いくら疑っても疑心暗鬼にはならないだろう。

 

「あんたは――味方で良いの?」

《……計画書は読んだんでしょ。あんた達――本物のアンティーカ騎士団の共生とアイドール計画による共生は目標が違う》

「まぁ……確かにね」

 

 あくまで対等な立場でお互いの共存を模索する理想論と人間による吸血鬼の飼育と支配による現実的な計画。方向性は同じでも、道も目的地も違うから両立は不可能。

 

「――あの書類を全部鵜呑みにするなら、の話だけど」

《それは――》

 

 リーラの言葉の意味をすがるように尋ねる誘惑の言葉は途端に中断された。

 一つの人影が飛び出す。

 

《危ない!》

 

 背信が咄嗟に庇うようにリーラの前に尻尾を掲げ、盾にした。ぎん、と明らかに生体由来ではない音が響き尻尾が砕かれる。

 襲撃者の突き出された腕を必死に掴む。血の匂い。

 

「こいつ、吸血鬼――⁉」

《――っ!》

 

 憤怒が動けなくなった襲撃者の胸を容赦なく剣で貫いた。霧になって消えるさまを見てリーラは混乱と怒りを込めて言う。

 

「なぜ――殺した⁉ お前たちと同じ融和派の吸血鬼じゃ――」

《ちがう、こいつは盲学校にいる融和派じゃない! 血の匂いからついさっき吸血を済ませた奴だ。こいつは――森で王都襲撃を企んでいる連中だ!》

 

 尻尾を失った背信だったが、特に動揺することもなく残った基部を自分で放り捨てた。本物にない尻尾を偽物が付いているのは一種の飾り兼武器であり、肉体の一部ではなかったのだろう。

 周囲を見渡す。何かが燃える臭いはまだしない。しかし複数のフードを被った者がこちらにじりじりと詰め寄るのが見えた。

 なるほど、イーリスの予想は正しかったということだ。

 

「都合の良い……あんた達、これが計画とかいう訳?」

《こんなの……私は知らない》

「知らないだって⁉」

《確かに計画は融和派の吸血鬼と過激派の人間主義、そして本物のアンティーカ騎士団それぞれにとって都合の良い情報を流していた。でも――森の吸血鬼にまで情報を流していたなんて話は――》

「チィッ――!」

 

 舌打ちをしたのは欲していた情報を持たず混乱するもう1人の自分に苛立ったのではなく、こちらの事情も知らずに襲撃を掛けた吸血鬼の攻撃から背信を守るために彼女の首根っこ掴んで下がったことである。放った前蹴りでなんとか後退させたが対してダメージになっていない。

 

「リーラ!」

 

 フィロの声。視線を向けると彼女がミレニアム騎士団の鞘に納められた剣をこちらに向けて投げ渡してきた。危なっかしい行動だったが、危なげなくリーラは鞘を掴んで抜刀、銀の刃で闖入者の心臓を突いた。

 

「――」

 

 思うところはあったが、この混乱状態の時に複数人の吸血鬼が現れるということは明確に王都を滅ぼさんと行動する吸血鬼だ。交渉の余地はない。

 

《大丈夫――ですか……?》

「う、うん」

 

 髪型が違うからやって来たのが本物のフィロではなく誘惑だというのは分かったが、混乱するものだ。本物のほうはクロシェと共に別の吸血鬼と戦っている。

 

「動けない人はもういない――って、内部の吸血鬼まで見逃せってことじゃないでしょ……!」

《……ごめん》

「……いまはとにかく、街の人を守ろう。ミレニアム騎士団の寝ている奴を叩き起こして。どっちがマシかは分からないけど……今は人手が少なすぎる」

 

 空は藍色に近くなり始めていた。自分たちにとって都合の良い夜ではなく、王都最高戦力が機能不全になったところを狙って攻撃を仕掛けてくるのだから場当たり的な襲撃ではなく計画的に行われていると考えたほうがいい。

 王都に何人の吸血鬼が紛れ込んでいるかは分からないが、本隊が出てくる前に解決するべきだと考えリーラは剣を構えて襲撃者に向かっていった。

 

*

 

 多少は休んだ。だが体力はほぼ残っていない。対吸血鬼用のウォーターハンマーも炸裂スチリウムがない状態で使用する意味は無い。

 だからディスティールはミレニアム騎士団の銀剣を借りて襲撃者の攻撃に耐えていた。

 

(かつての黒髪の吸血鬼のように王都転覆を狙う吸血鬼たちが、この状況を逃すわけがない。――イーリスの予想が当たったが、すでに王都内に斥候がいるとは思わなかった……!)

 

 躊躇はあったが、しかし剣筋は曇らなかった。問題はディスティールの膂力とこれまでの使い方だった。盾や鎧の防御装備に拡充するミレニアム騎士団の銀剣はかなり細く軽い。最初から防御に使うことは計算されていないのだ。

 結果、心臓を突いて襲撃者を殺せたが刀身が砕けた。

 

「チッ――」

 

 舌打ちと共に残った柄を放り捨てる。しかし状況が良くなったわけじゃない。襲撃者はまだいるのだ。

 咄嗟に腕で防御したがさすがに吸血鬼の膂力に敵うほど体力は残っていない。力が一切入らずに左腕から嫌な音が響く。

 本当にまずい、という感情すらも想起できずただ動かない体が吸血鬼のとどめの一撃に少しだけ体を強張らせ――

 

《はぁ――っ!》

 

 騎槍が吸血鬼の体を貫いた。手放され既にボロボロの槍は霧となった吸血鬼の体の支えを失って地面に落下する。

 

「――……っ?」

 

 状況を把握できないディスティールの正面に立ったのは、先ほど彼女が打ち倒した憤怒だった。

 

「なんで……?」

 

 もう1人の自分が剣を渡してきて、さらにその行動の意味が分からなくなる。

 彼女はアンティーカ騎士団の目指す共生も背信以下コクーン盲学校が批准した共生にも反する意思を採っていたのに……?

 

《なんで――か》

 

 憤怒は少しだけうつむいたが、すぐにディスティールに視線を合わせて、作り物の瞳に感情を乗せて言った。

 

《私は――あなたではない。あなたが掲げる騎士道を持ち合わせていない。だけど……私は、もう1人の私のようになりたいと、王都の圧政を容認したにも関わらず民を守らなければならないと……そう思ってしまったんだ》

「おまえ――……⁉」

《もう遅いということは分かっている。だが、私はみんなを守りたいんだ……! みんなの中に自分が相容れない存在がいると分かっているけど、それでも――!》

 

 あぁ……。

 ディスティールは彼女の気持ちが、意図が、ようやく分かった。

 

(こいつは、あくまでもう1人の私……。あの時にリーラに剣を向けて己の願いと義務感が分からなくなった、あの時の私と一緒なんだ)

 

 何人の吸血鬼を殺してきたのだろう。何人の守るべき民を殺されたのだろう。指折って数えても仕方がない悪意の怨嗟を断ち切ると考えて心折れかけたのは何度だろう。

 

「――私が、お前のその思いを否定できる訳ないじゃないか」

 

 間違いを犯した自覚はある。でも、もう間違えない。最善を目指すには、間違ったあの時の自分ごと受け入れるしかない。

 憤怒から剣を受け取り、掲げた。ディスティールの意思を受け取ったのだろう。彼女たちの周りにはすでに3人の本物と、3人の別の自分たちが自然と集まっていた。

 

「――アンティーカ騎士団、我ら寛大にして」

「《秩序を守り》」

「《勇断を携え》」

「《連帯を固め》」

 

 続く言葉を誰が言うべきなのか、それを察して憤怒が剣を掲げた。夕焼けとも夜空とも言い難い淡い光が彼女の藍色の装甲を照らす。

 

《――真(まこと)を誓う》

 

 人間が言う。

 

「《翼よ導け、闇を裂く我らが陽光!》」

 

 吸血鬼が言う。

 

「《翼よ導け、闇も包む我らが月光!》」

 

 ――そうだ。私たちは、すべてを受け入れる。みんなを守るために、今は――王都を滅ぼさんと襲撃を掛けた吸血鬼を一掃する!

 

「アンティーカ騎士団、最後の戦いだ! 騎士の誇りを!」

「剣に懸けて!」

 

*

 

 煩わしい太陽はあともう少しで沈む。森に潜む過激派とも言える吸血鬼のリーダーはほくそ笑んだ。

 王子擁する迷光騎士団を倒すことで王都内部が混乱状態になるだろうという企みは成功した。王都内の防衛を担うミレニアム騎士団が暴走し、自分たちを裏切り「融和派」と名乗る吸血鬼の殲滅に走るだろうという考えは正しかった。

 途中本物のアンティーカ騎士団が現れた時はどうしようか、と悩んだものだがディスティールをかたどった人形との戦いで大分消耗したとの報告で逆に喜んだ。

 

(アイドール計画……と言ったか。バカめ、文明の鎖をいくら用いようと我らが人間と共に生きるだなんて手段を採るわけがないだろう)

 

 エノラ博士はこちらにとっても有益な技術を提供してくれた。しかし博士の計画に乗るほどこちらも恥知らずではない。

 

「先遣隊、どうなっているか」

「報告です。王都の内紛は――その、信じられないのですが、アンティーカ騎士団によって治められました。コクーン盲学校も損害はありますが――」

「吸血鬼とはいえ、融和派などどうでもいい。双方はどうなっている」

「……ミレニアム騎士団はほぼ壊滅。アンティーカ騎士団もほぼ行動不能。その他の騎士団及び自治組織は迷光騎士団の安否不明で浮足立ってまともな指揮系統はすべて混乱しています」

「ふっ――国の益にもならない王族を守るのに必死とはな」

 

 迷光騎士団を襲撃させたのはこのリーダーである。この行動が王都の混乱を呼ぶと確信しての行動だったが、少し上手く行きすぎなぐらいには計画通りに進んでいた。

 集めた吸血鬼は30人程度。うち先遣隊として7人ほど先行させた。報告も上々。

 今夜は半月より少し膨らんだ程度。夜眼が利く吸血鬼にはちょうどいい程度の明るさを与える良い月夜になるだろう。

 声を張る。士気を上げるには、一番これが有効だ。

 

「これより、王都へ一斉に襲撃を掛ける! 第一目標は同胞を殺した騎士団の連中、および我らを裏切りヒトの犬になり下がったコクーンの連中だ! 良いか、すべてを焼きはら――」

「がぁっ!」

「ぇ――、っなんだ⁉」

 

 こういった号令というのはやり直すのは精神的にひどく疲れるのだ。それでも飛んできた悲鳴の声にはすぐさま反応した。

 夜になり始め、さらに見通しの悪くなった鬱蒼な森でただ悲鳴だけが聞こえる。

 

「襲撃――こいつ、っ⁉」

《迷光騎士団――なんで……っ》

「一人だけだ、複数人で――」

 

 聞こえる剣戟の音。突然の襲撃に集団は混乱を生じさせる。それよりも重大な問題があった。

 迷光騎士団、だって?

 

「馬鹿言うな! 迷光騎士団は2日前に3人が乗っている馬車ごと焼いたと聞いたぞ!」

 

 口ではそう言っているが、リーダーは報告を聞いただけで実際には見ていない。だが複数人の報告を聞いて裏は取った。

 

(だから嘘なはずが――)

 

 しかし頭によぎるは最悪の想像。

 コクーン盲学校内にいる融和派の吸血鬼は全員が校舎にとどまっているのか?

 なぜこのタイミングで本物のアンティーカ騎士団が現れたのか?

 そもそもアイドールとして製作された偽物は、アンティーカ騎士団だけなのか?

 ――まずい、誘い出された。この集団には自分が想像する以上の裏切り者がいて、アンティーカ騎士団と王都のために動いている。

 

(なら次の一手は――)

「動くな」

 

 最悪の想像は、さきまで先遣隊の報告をしていた吸血鬼だった。日光除けのために深くフードを被っていた彼女は腰に提げていた刀をリーダーの背後から首に這わす。

 

「――」

 

 その声を聴いたことは無かった。その事実が逆に特定を容易にさせる。

 アンティーカ騎士団において、叙任1年足らずでクーデターが起こされたためロクな武勲が無く、左腕を切り落とされた騎士。

 

「……強欲の、イーリス」

「え、なにその変な形容詞」

 

 否定はしないけど、と続く言葉の声音にはにこやかな雰囲気は一切ない。

 

「……手を挙げて」

 

 冷たい銀の匂い。異邦の設計思想と考えられる、この国では考えられないほどの細く鋭い刀が彼の首を粟立たせる。

 周囲の吸血鬼の一部はリーダーの命が危ないことに気づいたが、対応できない。自分たちの背後には襲撃者がいる。剣戟の音はすぐ近くに聞こえ始めていた。

 

「なぜ――迷光騎士団の手助けをする⁉」

「計画の成就のため……障害となる、あなたがたには……ここで……」

「悪いけど、私のアイドールと王子とアイツを囮に使ったからには……失敗するわけにはいかないのよ!」

 

 がしゅり。仲間が霧になる音。最悪の予想が現実になる音がどんどん近づいていく。

 

「…………っ?」

 

 背後のイーリスが困惑の声を漏らす。

 当然かもしれない。リーダーが聞いたこの計画の真の意図を彼女は知らないはずだ。

 彼女だって過激派吸血鬼の襲撃はもとより、ミレニアム騎士団や憤怒と献身の暴走と言う不確定因子、融和派どころか王子すらも協力者に仕立て上げ、そして本当にアンティーカ騎士団がやって来るかも含めて――王都の将来すべてを賭けて出力される結果がアレだけだと思っていないはずだ。

 困惑の隙をついてリーダーは硬質化した手で刀を弾いた。暴れだした自分に対してすぐさま反撃をしようとしたイーリスだったが、吸血鬼としての全力をフル稼働させて相手の両手を自分の手で押さえつけることに成功する。

 

「な――ク……っ」

「吸血鬼の癖に、弱い力だ!」

「なに、をぉ――!」

 

 実際、弱かった。人間よりかは強いが、吸血鬼の全力よりかは弱い。噂されていた通りの純粋な吸血鬼には思えないほどの。

 右手に力を込め、握力だけで相手の義手をぎしぎしと歪ませる。何を仕込んでいるかは分からない義手なんて、潰すに限る。

 

「あの博士とお前の母親が打ち立てた三文芝居に付き合う気はない……汚名に塗れたまま、死んでもらう――!」

「あなた、お母さんのことを――!」

 

 瞬間、義手から蒸気と笛の音が吹き出た。

 蒸気の熱にたまらず手を離す。瞬間、刀が振り下ろされた。耐久性を無視して得られた鋭さと細さで彼の腕に傷が刻まれる。

 

「ぐ――」

「答えろ! お前は何を知っている⁉ この企みに、お母さんはいったい何を賭けた⁉」

 

 その言葉にリーダーはせせら笑った。

 吸血鬼に人間でいうところの血縁の家族というのは存在しない。だから理解できないのだ、血によるつながりと言うのを。――もっとも、憎悪以外の感情を信用しない彼は吸血鬼の仲間意識も理解できなかったが。

 どうやら目の前の小娘は自分を生け捕りにして証言を聞き出したいらしく、彼女は明らかに致命の一撃を避けていた。

 平然と口を開く。イーリスの為ではない。ただあの計画を利用されてしまったという事実が憎いからという八つ当たりだった。

 

「おま」

 

 しかしリーダーがその言葉を舌にのせる前に、爆発音とともに金属板が胸から生えてきて彼はその意味が理解できなかった。

 

「え、あ――なん、で」

 

 死を意識出来なかったわけじゃない。他の何も知らない吸血鬼ならともかく、重要参考人である自分を殺したという事実を理解できなかったのだ。

 せめて誰が自分を殺したのか、一目見ようと体が霧になるのを無視して強引に後ろを振り向いて――

 

「あぁ――そうか」

 

 その顔を見た瞬間、納得し、彼は霧になって消えた。

 

「あなたは――」

 

 リーダーが霧になって消える。襲撃者は舞い上がった霧を払うように大剣が振るわれる。

 

「………私?」

 

 その姿はどこまでもイーリス自身に似ていた。騎士団のころの制服を完全再現し、他の4体とは明らかに小型化された体躯で、それが作り物であることを感じさせない顔でそれはこちらに微笑みかけた。

 

《初めまして、私》

 

 





Greed
Unlike previous AI-dolls, this model was designed to look as human as possible, making extensive use of artificial skin. For this reason, it was developed primarily to serve as a maintenance unit for other AI-dolls.
However, because there were so few legends about the original, it could only barely be activated by first treating it as an actor playing the original in a stage performance.


https://x.com/Fool_study/status/2115109784269803845?s=20
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