王歴1416年10月20日に勃発したミレニアム騎士団のコクーン盲学校への襲撃はその圧倒的な戦力差にも関わらず、突如割って入ったアンティーカ騎士団の介入により鎮圧された。壁の向こうの森で襲撃計画を企んでいた吸血鬼たちも、イーリスとその偽物に加えて紛れ込んでいた融和派の吸血鬼と安否不明だった迷光騎士団が鎮圧して散り散りになった。
おっとり刀、なんて表現が許されないほど初動が遅い他の騎士団たちに半ば出頭する形でアンティーカ騎士団とアイドール達、コクーン盲学校の吸血鬼たちとミレニアム騎士団は捕縛された。
政府機関は困惑した。第三者視点から見れば無茶苦茶な紛争でどこに責任を押し付けることも出来ないのだ。
数ヶ月前に政治的思想を戻したアンティーカ騎士団のメンバーたちが偽物で正体は物語上の人物を再現した
アイドールやその開発者たちは王都の政権を奪取すべく一芝居打ち、それにミレニアム騎士団が関わっていたこと。
コクーン盲学校に吸血鬼が潜んでいて、ミレニアム騎士団はそれを襲撃することで更なる政治的権力を得ようとしていたこと。
コクーン盲学校はアイドールの開発と同時に人工血液など吸血鬼との共生を果たすための技術を開発しており、その資金提供に迷光騎士団が関わっていること。
ミレニアム騎士団とコクーン盲学校の戦いに乗じて森の吸血鬼たちが王都へ襲撃を仕掛けた事。
それら全部を亡命していたはずの本物のアンティーカ騎士団が沈めた事。
どれに責任を押し付ければ良いのか分からない。アイドール達は確かにクーデターを起こそうとしていたが、彼女らは道具であり研究者や開発者はほとんど不明。ミレニアム騎士団は確かに政治的権力を得ようとし不穏分子を採用してまで強引な襲撃に踏み入ったものの、行動自体は自治組織としては真っ当な物。コクーン盲学校は吸血鬼たちの棲み処になっていたが、研究結果は公開されている物はもとより人工血液など吸血鬼と人間の共生を果たすための物が一定の結果を出していた。アンティーカ騎士団が三年前に亡命したのは問題だが、クーデターの主犯がミレニアム騎士団であり今回の紛争鎮圧の成果を考えると彼女らに責任を押し付けられない。
更には暗躍していたエノラ博士は既に死亡。王都に襲撃をかけた過激派の吸血鬼たちはアイドールによってリーダーが殺され散り散りに。挙句、王子がいる迷光騎士団がこの紛争計画の骨子に関わっていたものだから誰も強く責任を追及できない。
国の最高戦力と、かつてその組織に襲撃されたため亡命した英雄たち、その英雄たちを模した人形を開発した研究機関は英雄が掲げた共生を果たすための研究をし、裏では王族が関わっている。
一体どこのなんの法で裁けばいいのだ。立憲君主制が聞いて呆れるが、どこの捜査機関もこんな事件に関わりたくないしどんな裁判官も拒否をした。騎士団は民の中から選出されるが、唯一の例外である迷光騎士団が関与してしまったこととでどこの誰が賄賂を貰っているか知らないし、英雄ディスティールは国民の中でも人気でつつきずらい。逆に国民から不信を買っているミレニアム騎士団はきちんとした自治組織である。
大量の議論と参考資料が宙を飛び怒号と拳が交わされる中、出てきた最終結論は「もう面倒だから当人同士で勝手に決めてほしい」という法治国家の敗北宣言であると後の歴史書では解釈され、散々なじられることとなる。
*
王歴1416年10月27日
「つまりは?」
「決闘よ」
迷光騎士団の姫騎士の回答はあまりにも端的で、その声色には明確に疲労の色が見えて、イーリスは状況を無視して同情してしまった。
迷光騎士団の城の一室。本来は多くの調度品で飾られているはずの部屋は多くの物が片付けられ、多少豪勢な家具しかない。
そこで軟禁されているアンティーカ騎士団は捜査機関との伝達役である姫騎士の言葉にものすっごく微妙な表情を示した。
「……姫騎士、それはあまりにも……国として終わっている判断ではないか?」
ディスティールのかなり気を遣って絞り出された発言がとても尖っている。正直アンティーカ騎士団としてはギロチンに掛けられることも覚悟しての遠征だったのだ。
その言葉に「まぁそうよね……」と一定の理解を示しつつ、姫騎士は言う。
「論争が長期化した理由は3つ。もとよりアンティーカ騎士団自体を裁くのは不可能と言う意見。クーデターにより騎士団が亡命でしかも主犯はそのままのさばっている、だなんて普通は大失態で国民は最初っからあなた達には憐みの感情があったわ。あとにミレニアムが大量の重税をかけ始めたのも問題ね。アンティーカ騎士団の逃亡は正当なものだ、って言う意見よ」
「………都合の良いことで」
共生を謳いだしたら冷たい視線を向けていたくせに、自分たちが苦しくなったらコレか。リーラの思いは正しかったから誰も責めなかった。
「2つ目はミレニアム騎士団とアイドール達、森の吸血鬼を止めた事よ。ミレニアム騎士団は政府も問題視していたし、アイドールは共生を盾に独裁しようとしていたし、森の吸血鬼は言わずもがな。何だかんだ支持され、共生を果たす方法も穏当で、しかし襲撃者には容赦せず、そのまま事態の鎮圧を執ってあとは警察に任せたのが評価されたわ。わざわざ逃亡していたのに――っていうのも加点らしい」
そんな評価されることだろうか、とディスティールは思ったが言わなかった。そもそも支持されていたのは偽物――もっと言うなら「ディスティールの英雄譚」と「背信の騎士たち」のなかの私たちじゃないか、とも思ったが言わない。
「3つめ――まぁ、簡単ね。私たちがいるから、みんな尻凄みしてるのよ」
「それはどうも」
「えぇ、感謝しなさいよね」
リーラの言葉は皮肉のつもりだったが、実際感謝しなくてはいけない話だった。王族が関わったことで、罪の清算が有耶無耶になったのは事実である。なぜ王族が今になってアンティーカ騎士団を保護しようかは分からないが……。
しかし自分たちの罪科や罰の決定よりも先にイーリスが思っていたのは別のことだった。
「あの――人間と吸血鬼との共生はどうなりますか?」
その言葉に姫騎士はしばらく腕を組んで沈黙した後に、とても言いにくそうに言った。
「正直、微妙ね。叶いはするけど、思った通りにはならなさそう」
そのよく分からない……銀紙を挟んだような表現にイーリスは「どういうことです?」と尋ねる。
姫騎士は面倒くさそうな表情をしつつも――本来彼女に説明する義務は無いのだ――腕を組んで説明を始めた。
「コクーン盲学校が開発した人工血液……計画書には『毒液』と記載されていたかしら。それの量産は可能で、デメリットや将来の不安も計画書や盲学校への捜査で発見された資料で確認されている。……でもこれまでが解決されていない以上『共生』の見込みは無い――でしょ?」
「……はい」
「でもそういった過去や将来の不安よりも先に問題になったのが、アイドールと炸裂スチリウムよ」
「……?」
アンティーカ騎士団全員が疑問符を浮かべ、姫騎士は呆れながらも人差し指を立てて、まるで小学校の授業のように続ける。
「英雄ディスティール以下アンティーカ騎士団を再現できるアイドールの強さと通常は鉱山ぐらいでしか発生しない爆発を再現できる炸裂スチリウムの狡猾さはさきの紛争で実証済み。数に勝るミレニアム騎士団と吸血鬼を鎮圧できるアイドールと一撃で馬を殺す威力を発生させる炸裂スチリウムの技術は……はっきり言って現在の技術水準を大きく超過している」
「それは――そうだな」
実際に炸裂スチリウムを用いる水撃槌でアイドールと戦ったディスティールが肯定した。
自分自身と戦う――なんてもう二度とやりたくないぐらいには疲弊したし、水撃槌の威力を以ってしなければ倒せなかったと思うぐらいには。
「……これらを生産できる技術者は王都にはもういない。製造マニュアルはすべて投棄された。でも――博士に協力していた技術者の殆どは王都から脱出した。彼らが他国や別の亜人族に技術を渡したら……どうなるかしら?」
「――王都に向かっていっぱいのディスティールがウォーターハンマー担いで襲いにやって来る……!」
クロシェの表現はともかく、それに似たようなことが発生するのは想像に難くない。王都に憎悪を向ける亜人族は多く、どちらか一方でも叶えば王都が陥落するのは目に見えていた。
「共生に協力的でない貴族も黙らせた。吸血鬼を受け入れなければ、対抗手段がないのよ」
そう力説する姫騎士だったが、そんなことを言うのであればなぜ迷光騎士団が彼らに資金援助を行ったのかが疑問だった。彼女たちが裏で何か企んでいるのは明白だったがアンティーカ騎士団もさすがに指摘はしなかった。
「問題は共生の方法ね。食料はどうにかなる。だけどアイドール計画のように吸血鬼を『飼い殺し』にするのか、あなた達のように吸血鬼を『隣人』にするのか。それを決めなきゃいけないのよ」
「……ソレを決めるために、決闘を――?」
イーリスの確認の言葉は言葉足らずだったが、誰しもがその言葉の意味を理解していた。
これからの国の方針――吸血鬼をどのように受け入れるのかを決闘で決めると言うのだ。昔々のとある英雄たちの伝承のように。
古騎士伝が何年前だと思っているのだ。決闘で一方の主張だけを通すというのか。
「……殺しあうことでしか、許せないんですか」
「――民衆は都合の良い脚本と納得できる演出を求めているのよ。決闘によって、どちらか一方の主張を決めるなんて分かりやすいじゃない」
「……」
イーリスの主張はにべもなく切り捨てられた。決闘は分かりやすく、確かに民衆の理解を得るための最も有効な手段だろう。
それでも納得できるものではない。このままだとかつての伝承の予言通りの悲劇が発生する。だから皮肉の一つもぶつけたくなるものだ。
「決闘のルールと取り決めについてはその紙に記してあるわ。質問は?」
「……迷光騎士団はどんな見返りを貰ったので?」
「…………王子の友人よ」
*
渡された紙の内容は先ほどの姫騎士の発言の内容を民衆向けに記されたものだった。
アンティーカ騎士団と偽物の彼女らのうち1人を代表者として選び、決闘させる。勝者の望みは叶えられ、敗者は処刑・処分される。
その他細かい取り決めを流し見してディスティールはため息をついた。
「まったく……この文章を書いた者は、決断と言うものができないのだろうか」
望みは叶えられる、などとは書かれているが恐らく支援はされない。仕組みだけ整えて、しかしその後は責任者にポイするという内容には眩暈がした。
政治的思想を持つとはいえ、騎士団はあくまで防衛力であり統治機関ではないのだ。
「まぁ――でも、明日があるだけ良いと思うよ」
「本来なら問答無用でギロチンに行かされてもおかしくなかったよね」
フィロの言葉も、それに続くリーラの言葉も正しいものだ。
役人が箱だけ作って責任を放棄するのならば、こちらも箱の中では思う存分自由勝手にやるってことだ。
「だから――この決闘には勝たなければならない。我々が望む、真の共生を果たすために。頼んだぞ、イーリス」
「え――私……⁉」
突然、自分の名前を呼ばれたことでイーリスは驚いた。彼女はてっきりリーラが選ばれると思っていたのだ。
「紙に書いてあるぞ。王子直々に指名だ。……尤も、順当に行ってもイーリスになるとは思うが」
ディスティールの指摘通りだ。彼女も憤怒も左腕を中心に骨ごとダメージを負っており戦闘など出来やしない。クロシェ・フィロも傷は癒えていないし、献身・誘惑の修復をするためのパーツは現状無い。アイドール側もイーリスの偽物である強欲を出すほかないだろう。
「大体、決闘――しかもこの王城の修練場で何人かの貴族や王族の前で、真昼間に行うんでしょ? 私騒がしいのはパスー」
そりゃあそうだ。吸血鬼だから全快はしても太陽の下で戦えないのだから、リーラはそもそも決闘に参加できない。
「だから最終的に1番万全――まぁ左腕が義手だから、万全と言い切るのも変だが……戦えるのはイーリス、君しかいないんだ。それに……ハーフの君が勝ち取ることで得られるものもあるだろう」
「そう……ですよね」
半分だけ吸血鬼の自分が共生への道を切り拓く。民衆がその事実を認めるかはともかく、その物語にはきちんと意味がある。
無論、その事実を公表するべきかどうかも含めて考えなければいけないが……。
「強欲を……私たちの偽物であるアイドールを殺せって言う事ですよね」
その言葉に全員が目を伏せて黙った。
ようやく分かり合えた、あるはずだったかもしれないもう一人の自分。それを再現した技術と人格を切り捨てなければならない。
そして強欲は未だ自身の思いを吐露していない。
「うち……あの子たちとは少ししか話していないけど、好きだよ。まだ何も知らなかった、不幸と苦しみしか分からなかったディスティールたちと一緒。……あの子たちには先を歩く人が必要だと思うの」
「……ディスティールが姉離れしたの、寂しいだけじゃなくって?」
「それは――! あるけど」
クロシェの複雑な思い、憎悪に塗れたディスティールを正しく導けなかった後悔はまだ残っていたが、ここはそれを吐き出す場所でない。
だからクロシェは吸血鬼であるリーラに答えをすがって尋ねた。
「お願い――! 何かうまい方法、在るかな……?」
「――うまい方法って」
あまりにも漠然としたその言葉にリーラは皮肉気に呟いた。
在るわけないのだ。彼女たちを受け入れようにも――
「あります」
「え、あるの……⁉」
イーリス以外の全員が彼女の回答に驚いたが、当のイーリスは「その前に」と冷や水を注ぐ。
「その前に――彼女たちの真意を、強欲の願いを聞かなきゃいけないんです」
*
王歴1416年11月1日
ホオズキ。それがその義手の名前だった。
義手と表現したが、何かを握るための「手」を排除し代わりに刀の鞘を取り付けた構造はどこまでも武器でしかない。
操作マニュアルの一節を脳裏でなぞる。その異邦の植物は堕胎薬にも使われていたようだが、名前の注釈に「Fiamma for Nosferatu」と記されていた。
吸血鬼のための灯火。太陽の下で歩けない吸血鬼のための光源。
「全くよく出来てるよ……」
この義手にはまるで剣を佩くように腰に付けることでもある程度の操作を可能にする機能があった。さきの森での戦闘の時に、第三の腕としてある程度自由に動かすことができるのは確認済み。
この技術は天才のそれだ。発想もそうだが、第三の腕を制御するというのに魔法を用いない思想は明らかに母のそれである。
そんな義手をイーリスは左腕の代わりになるように取り付けた。鞘を持つ左腕というデザインは、抜刀術を行うための設計である。
服は迷光騎士団の王城にあった在り合わせのもの。白だから血も汚れも目立つだろうが、仕方がない。騎士団の制服は捨ててしまったから、先日の襲撃の時に一人だけ制服じゃないのは少し恥ずかしかった。
雑に括ったポニーテールが鏡の中で揺れる。いつものツインテールでないのは、左腕が無くなってから、1人では左側に髪を括れなくなったからである。それに義手で髪をつつくほどイーリスも技術を信頼していない。
義手はホオズキ1つのみ。没収されたのではなく、あの時の過激派吸血鬼との戦いで破損したホウセンカも、森での潜伏時に拠点を守るために破損させてしまったアヤメも自分たちでは直せなかったからだ。むしろ決闘の時だけとはいえホオズキを返却してもらったのが意外である。
石造りの部屋。迷光騎士団の王城広場の控室には窓から差し込む日光がイーリスの肌を照らした。監視のために開けっ放しになったドアの向こうには姫騎士が腕を組んで壁に寄りかかっている。
「もう大丈夫なの? 時間はまだあるのだけど」
「こんなところで剣を振っても良いのなら。――それよりも私はあなたと話したいです」
「………」
ちら、と姫騎士は視線を横にやると短い剣を持った兵士がやって来た。兵士と入れ替わって姫騎士は部屋に入る。
もしかしてかなり要職の彼女がイーリスの監視役をしているのは、男の監視役に着替えを見せるわけには行けないと姫騎士は考えたのではないか。イーリスはそんなことを一瞬考える。
「何かしら、話したい事って」
「姫騎士さん――いえ、国のみんなやこの決闘の見学者は私のことってどう思っているんでしょうか。私は国中に吸血鬼だと誤認――されているでしょうから」
3年前のクーデターからイーリスは吸血鬼だと喧伝されている。真実とも虚偽とも言いにくい情報があるのにどこまで自由にやっていいのだろうか。
「あぁ……そのことだけど」
と、姫騎士は大きなため息をついて人差し指で自身のこめかみを叩きながら言いにくそうに言った。
「あなた達の先日の大活躍と……コクーン盲学校の研究資料の一部を公開することで吸血鬼の生態が一般にも出回り始めた。気だるそうにしながらもリーラが戦っていたから日光が致命的な要素ではないと思い始めたのよ」
「……それは、少し困りますが」
あれはリーラがかなり頑張ったから何とかなっただけで、実際は日光に当たるだけで吸血鬼はかなり体力を損耗する。間違っては無いが、無理に日の下を歩かせるなどは出来ないから勘違いの原因は作って欲しくないのだが……。
ともかく、そういう状態ならば屋外の修練場で戦っても問題は無いだろう。吸血鬼の日光の問題は今日のことを終えてから考えるべきだとイーリスは思いなおして次の疑問へ。
「民は……みんなは彼女たち含めてアンティーカ騎士団を認めるでしょうか」
「……そうね。先の紛争のおかげでアイドールを含めた様々な技術の進化を見せつけたとはいえ、それで納得させられたかはまた別の話よね」
そう言うと姫騎士はため息をつく。
きっと様々な折衝があったのだろう。それを顕示するかのように懐にあった様々のくしゃくしゃになった紙片を机の上に叩きつけた。
「王都内でアンティーカ騎士団を受け入れるか排除するか――それらの思想の対立が進んでいる。あなた達もアイドール達も吸血鬼の集団を排除したから受け入れるほうに傾きつつあるけど……、この動きを政権混乱の種にしようとするバカがばら撒いた噂よ」
イーリスは怒りの感情を何とか抑えようとする姫騎士の表情を窺いつつも右手で何枚か手に取った。
見覚えのあるくしゃくしゃの紙だった。書いてある文言は今回の事件で政府が吸血鬼を受け入れようとしていることに疑問を呈する内容で、それらの文言を起点に王都に混乱を起こそうとしているのは明白だった。
もとはミレニアム騎士団がアンティーカ騎士団に対して攻撃をしたことで起きたこの紛争だが――そのきっかけはアンティーカ騎士団が吸血鬼を受け入れるという立場に意見を急変させたことが最大の問題なのだろう。
「悪意込みで行動していたわけじゃないけど……こうなってしまっては、私たちも何らかの責任を取らなくちゃいけないんじゃ――」
「つぎ似たようなことを言ったら、その首を刎ねるわよ」
弱気になってしまったイーリスの声を姫騎士は強引に打ち切らせた。
「たしかにあんた達のおかげでこの紛争は起きたのかもしれない。――でもあんた達が変えようとしてくれたおかげで吸血鬼のための技術も開発できた。結果論かもしれないけど、この国を変えようと私たちや何人かの人間や吸血鬼たちのきっかけを……捨てないで」
「………はい」
そうだ、努々忘れるな。
吸血鬼たちのために人工血液が生まれ、暴走した吸血鬼を極力殺さないための武器が製造されたことも
文明の鎖を受け入れるようにと火を用いず暖を得る方法を得たことも、陽光の下で目が眩んでも歩めるように盲学校の技術を発展させたことも
本物のアンティーカ騎士団を生かすために偽物を作り出す技術を開発し、切り落とされた左腕のための義手が作られたことも
(アンティーカ騎士団の言葉に共感して、私たちを本気ですくおうとして――だから、お母さんたちに協力したんだ)
目の前の姫騎士だってそうだ。彼女や迷光騎士団がこの紛争が起きる直前までどのような行動をしていたかは知らないが、それはアンティーカ騎士団の思想に共感したからここまでの大立ち回りをしたのだろう。
「――ありがとうございます」
「別に……私たちだって、アンティーカ騎士団を利用するつもりで動いてただけだし」
礼に対し戸惑ったのか、姫騎士はやや不貞腐れたような態度で言い捨てた。
時計を見るとそろそろ決闘の時間が迫っている。イーリスは重い左腕の義手を持ち上げながら立ち上がった。
「行きましょうか」
「えぇ。……迷光騎士団としてはあなた達どちらが勝っても得になる状況だけど……勝ってきなさい」
姫騎士の不器用な優しさに、イーリスはゆっくりと手を振って返した。
*
青空が眩しい。
天を仰ぐディスティールは思った。十日ほどの軟禁生活は意外にも精神に来ていたらしい。
迷光騎士団の王城の修練場。国内唯一の王族が絡む騎士団だということもあって、アンティーカ騎士団やミレニアム騎士団の城とは違い王族が参列することを想定して屋外にある。
観覧席には王族関係者や権力者が今回の騒動の張本人たちを恐れた様子で見ていた。聞いた様子だと、城壁の向こうではこの一連の騒動の決着を見届けたく民衆が詰めかけていると聞いた。
ディスティールは両腕を拘束され、衣服も平服にされている。完全に罪人のように扱われているが、彼女は周囲の目線を意もせずに彼女は椅子に足を組んで座り、くつろいだ様子だ。
(そう警戒しなくても……私は骨を何本か折ってるんだぞ)
彼女の監視に槍を持った兵士が2人。そして隣には自分と瓜二つの容姿の偽物、憤怒が同じく椅子に座っていた。彼女は腕を拘束されながらも甲冑の姿で、周囲の視線に耐えられないように体を前のめりにしている。
「落ち着かないかい?」
《……自分たちにこれほど視線が集まっているというのに、よくも君は耐えられるな》
「物語の中での舞踏会よりも緊張するか。まぁ……私たちは3年前のクーデターまで、こういう視線にさらされたのでな。慣れだ」
アイドールと言うものが一体どういうモノかは何度説明されてもピンとこなかったが「物語の登場人物を再現する」技術だというのは理解できていた。もっとも、なぜ実存の人物じゃないと無理なのかまでは理解できなかったが……。
「むしろお前は甲冑を着ているからそう簡単に死なないだろう」
彼女たちに「死」があるのかは一旦さておきの世間話を兵士は止めようともしない。きっと骨折をして拘束された人間と修復されていない絡繰り人形が反逆すると予想していないのだろう。自分たちも考えていないのだが少し不用心すぎるのではないか。
《私たちは甲冑が付いた体しかなくてな。……もとより戦闘用で、替えの体を作る余裕もなかったらしく》
替えの体、ということは日常生活用のボディも一応は構想されてはいたようだ。もしかしたら一緒に王都を歩く未来もあったのかもしれない。
(双子か、姉妹か――体躯はあちらのほうがやや大きいようだが……)
手すきでかなり暇だったからそんな思考をしてしまってはいたが、視線は周囲を探るのを止めない。
どうやら他の四人も自分と同じく、アイドールと一緒に拘束されながらバラバラの位置で監視されているらしい。リーラは陽光に曝されてかなり気だるげにしていたが、クロシェはこっちの視線に気づいて手を振ろうとして監視役の兵士にどやされていた。
他と言えば、王子が王族用の特等席を無視してそこら辺を落ち着きなく歩いている。日傘をさしたメイドが慌てながら追いかけている。ミレニアムの騎士団長やコクーン盲学校の要職にいた元団長もここから離れた場所で拘束されながらも観覧を許されたようだ。どうやら元団長も生きていたらしくて、すこしだけ安堵した。
かんかんかん、と鐘の音が鳴る。観覧席のざわめきを無視して修練場の門は開かれ、複数の兵士に連れられる形で二人が広場にやって来た。
先導をしていた人物が叫んだ。
「これより、決闘を開始する――!」
なにやらルールの説明を始めた演説を無視してディスティールはマナー悪く隣の憤怒に話しかけた。
「なぁ――どっちが勝つと思う?」
《………分からない》
話しかけるなよ、と言いたげな視線をしつつも憤怒は答えた。
「分からない? お前たちのほうがイーリスのアイドール、強欲は詳しいだろう」
しかし憤怒の分からないという回答にディスティールは首をひねった。彼女もアイドール計画の当事者のはずだろうに……?
リークされた計画書には強欲の情報は名前しか載っていなかった。迷光騎士団経由で集めた情報によると、強欲が起動したのは10月8日とあまりに遅い。情報をまとめる時間も無かったから全部機密にして燃やしたのだろう。
《アレはイーリスがコクーン盲学校に訪れた時に奇跡によってようやく起動した。……まだひと月も経っていないうえに、構造も私たち4人と違って人間と近くて……あまり話したことが無い》
確かに強欲の見た目は他の4人と大きく異なる。甲冑を用いることで素体となった劇人形を隠す4人とは違い、強欲はすべてが特注仕様。
どことなくアンティーカ騎士団の制服に似ており、その顔も相まって本人との区別は左腕と髪型を抜きにすれば判別は不可能だろう。
(左腕……?)
そういえばイーリスの母が、イーリスの左腕を悪用される懸念を語っていた。アイドールが絡繰り人形を用いてそっくりの偽物を生み出す技術なら……
隣に座る自らの偽物である憤怒を見る。胴体は機械のそれだが、恐らく特注で製作された自分に似せた顔を。
よく見ると本来の自分の肌と比較してやや薄く、その色はイーリスのものと似ている。
(イーリスの左腕の肌を使って、私たちの顔の偽物を作ったのか――!?)
未だにハーフの生態が分かっていない以上、あり得る話だ。しかし一国の騎士の左腕を意図的に損壊させる行為なんて犯罪だし、それによって生まれた生命に対して自分たちはどのように対応するべきかまるで分からない。
(イーリス……もし君の予想が正しく、君がこの事実にたどり着いているのならば、どうするつもりなんだ……?)
*
「この決闘により勝利した方を本物のアンティーカ騎士団として認め、敗北した方が王都を混乱に陥れた偽物として処刑する。――両者、よろしいか」
「はい」
《わかりました》
国章を刻まれた鎧の兵士の確認の言葉にイーリスも強欲も頷いた。彼が後ろに下がる。彼の言葉が詭弁であることはここにいる誰もがそう感じてはいたが、正誤問わずどちらかが偽物であるとはっきり決めないと政治的な後処理が面倒らしい。
改めて、自分のアイドールと相対する。迷光騎士団の仕立ての良いが絶対戦闘用でない衣服を借りた自分と違い、彼女の姿は以前と同じだ。くすんだ臙脂色と革色と紫。かつてのアンティーカ騎士団の制服を踏襲した服で、他のアイドールとは違って装甲が無い。髪もポニーテールの自分と違って、あちらは普段通りのツインテール。
(あの剣……)
過激派のリーダーを突き殺すことができたあたり、刀身には銀が使われているはずだ。しかし大部分は見ればわかる通り鉄である。
こちらも同様ではあるが、目測でも分かるレベルで質量も厚さも違うから真っ当な打ち合いは不可能。
(義手を使えば、殺すことは出来る。――でも、それじゃあ……)
しん、と静寂に包まれた広場。切っ先を下に向け上下反対に構える強欲に対してイーリスは普段通りに正眼に構える。
(変則的な構え……見た事ないんだけど)
その異様な構えにイーリスも相手の出方が分からない。切り上げるだけしか次の攻撃は出来ないはずだが――相手は人造、もしかしたら何か別の意図があってそんなことをしているのかと悩む。
「両者――はじめ!」
進行役の叫びと共に銅鑼が鳴らされた。
「――っ!」
初撃は諦めた。最初から左腕の鞘で防ぐと決めていたが正しい判断だった。
爆発音。一瞬の軌跡と勘を頼りにぎん、と重い一撃を防いだ。が、体は大きく弾き飛ばされ、大きく下がってしまう。
あの爆発による威力を知っていた。炸裂スチリウムによる爆発を利用した兵器――
「団長の、ウォーターハンマー……⁉」
しかし背信によって意図的に流出され、団長が振るっていたあの兵器とは根本的に違う。吸血鬼を殺さずに制圧する水撃槌と同様の機構に刃を付ければ、吸血鬼を殺せる威力になるのは明白だろう。
防御に用いた鞘を見るとやや目立つ傷がついていた。
(これ、もしかして私の読み外れたかな――?)
イーリスが判断に迷っている間に、強欲が地面を蹴って大剣を振りかぶった。
小説はゲームやアニメじゃないから、派手でオリジナリティあふれる武器なんか用意しても素人には扱いきれない(n敗)
ここにきて、タイトルが楽曲ではないものを採用しました。
またイープロ版とは多くの部分が変更になっています。