王歴1416年11月1日。その日を「青空の日」と呼ぶのは、イーリスを青空と例える者が多数いたからだ。
結論を言えば、本物のアンティーカ騎士団の傘下にアイドール達を入れることで王都は偽物も本物も受け入れることにした。
イーリスが半人半吸血鬼だという事実も2つのアンティーカ騎士団が認められる遠因となった。吸血鬼と人間の共生の音頭をとれるのは彼女しかいないし、真っ先に暗殺の対象として狙われるのは彼女だから「替え玉」が必要だろうという意見があったからだ。
吸血鬼たちはこれまで通りコクーン盲学校に保護される形という建前で管理されることになり、彼らの保護をするためにアンティーカ騎士団は再び王都に受け入れられることになった。実質的な「飼い殺し」だったが、不満はありつつも反発する吸血鬼がいなかったのはコクーン盲学校の吸血鬼が比較的弱い個体ばかりだったのも理由だろう。吸血鬼たちや亜人が生み出した武力に目が眩んだのも事実なのだろう。
アンティーカ騎士団は現在コクーン盲学校の一角で活動を続けている。吸血鬼のための技術を開発するための先導をし、いまだに吸血鬼を認めない組織や民に対する者たちへの交渉や啓蒙活動をしながら王都のために戦うという道を決めた。
無論、そのバックにいるのは迷光騎士団である。王族であるという立場を悪用して大立ち回りをし、吸血鬼が王都内でも最低限の生活できるように制度を整えた。これを実質的な王家の政治介入とも吸血鬼やアンティーカ騎士団に媚びを売っているとも批判されるが、彼女らが人間と吸血鬼の共生と王都のために一生を尽くしたのは事実である。
ミレニアム騎士団に関してはほぼ不問となった。王都内での無許可の戦闘を行ったという罪科はあるが、吸血鬼への対処と言えば騎士団としては真っ当な活動である。しかし不問となった最大の理由は吸血鬼との共生を認めさせるための政治的配慮だろう。
王国は少しずつ、亜人を受け入れると決めた。無論その方針を受け入れられず、都や国を出て行き反発する者もゼロではない。亜人と言う武力と技術の先駆けになりうる者たちを目が眩んだ今の政府に彼らを受け入れる余地はなかった。
問題は先送りとなったものの、国は一時の平穏を得ることができる。
しかし――この紛争は、この騒動を起こした張本人との決着はまだついていなかった。
*
王歴1416年11月14日
特段の合図もなく地下室のドアが開かれた時、ようやくこれまでの責任を取る時が来たのだと彼女は思った。
「来たよ」
「えぇ」
実の娘であるイーリスが帰って来たのにもかかわらず歓迎の言葉を言わないのは、彼女がなぜこの場所に来たのかを知っているからだ。
「お母さん。……あなたにはアイドールと吸血鬼を唆して、かつてアンティーカ騎士団を貶めたエノラ・スワンと共謀し、国家を転覆しようとした罪が掛けられている。抵抗するのなら、殺害も辞さない。……どうする?」
「………いや、抵抗しないわ」
情報を集めていたから分かっていた。
アイドール計画を餌にアンティーカ騎士団を王都に釣り出し、彼女らの名誉を復活させる「エコー計画」。アイドールを失うことを勘定に入れた自分たちの予想を遥かに裏切り、アンティーカ騎士団は最善のハッピーエンドを掴み取った。
それでも彼女らはさすがに自分と言うかいぶつを無罪にはできなかったらしい。
「お父さんは?」
「一応抵抗しようとしたけど……さすがに殺してない」
「そう……彼らしいし、あなた達らしいわね」
地下室にイーリスが下りる。地上へ続く階段にはディスティールが立っていた。脱出は出来ないだろう。
椅子から立ち上がろうとする母親を、イーリスは手で制した。
「迷光騎士団はお母さんを重大な戦争犯罪人として王都の地下房に封じ込めることを決定した。吸血鬼を簡単に殺す兵器を量産できる技術者を、今の王都に仇なす組織に渡さない措置だって」
「……そう」
筋が通っているようには聞こえる。
しかし国家転覆の罪が幽閉で済むわけがない。それは自らの責務を放棄して逃亡したアンティーカ騎士団も、不法に王都に侵入して吸血鬼に利となる研究をしていたコクーン盲学校も同じ。
どうやら迷光騎士団はこちらにも最大限の慈悲をくれたのだろう。もっとも王子の出生を考えると、人間と吸血鬼の共生は急務だったはずだ。下手に自分たちを怒らせ、反逆されればまずいと判断したか。
イーリスが不満げに母に尋ねた。
「質問があるんだけど」
「……何かしら?」
「いつから……一体いつからエノラ・スワンと共謀していたの?」
「……あなた達を隠れ里に匿って、2週間後ぐらいに最初に出会ったわ。最初はスチリウムの技術を盗むためだったけど、あっちも焦っていたみたいで相当早期に計画について話していたわ」
「そんな前から……。ねぇ、どうして言ってくれなかったの?」
「言えるわけないじゃない……。あの時の心が折れていたあなた達を叶うわけのない共生のために王都に連れて行くのなら、偽物を使った方がマシと判断されたわ」
その言葉にイーリスは一瞬言葉が詰まる。階段で立って話を聞いていたディスティールも小さくため息をついた。
あの時の、自分たちの安全を優先していたディスティールにそんな話を持ち掛けても封殺されていただろうなとは予測できていた。
母の言葉は予測は出来ていたが――しかし、その言葉を聞いてイーリスは強く苛立つ。
「良くもまぁ……私たちを表舞台に立たせるためにどれだけ回りくどい計画を――、あなた達によってどれだけの問題が起きたのか……!」
「……ごめん」
「ごめんで済むわけないでしょ……! どれだけあなた達は、独りよがりで……!」
イーリスは怒りの感情を抑えようとはしたが、その声に孕む怒気は隠せない。近くに机があったら思いっきり叩いていただろう。
自分の母親もそれによって生まれたアイドール達も、他人の理想を叶えるためにどれだけ自分を捨てるのだ?
どうして……実の娘である自分すら騙した? もし母がすべてを言っていれば、イーリスは覚悟を決めていたというのに……。
「それはあなた達が言えた言葉じゃないでしょう?」
その言葉にイーリスは鋭く息を吐いたが、反論できなかったので黙る。
家族を守ろうとするがあまり殻に閉じこもったディスティールに、家族を傷つけないようにするため己の心が言えないリーラ。
王都の危機を救うため、自分たちが乗せられていることも処刑されることさえも勘定に入れてたった五人で王都に出向いたアンティーカ騎士団。
全員が独りよがりだった。自分たちの独善のままに、嘘と本心を盾にして行動していた。
誰かが本心を言えば、この紛争と3年間は無かったのかもしれない。
「――私はね、イーリス。あなた達の言う共生のためにこの計画に乗った。だけど――この計画に乗った人間全員が吸血鬼との共生なんて叶うわけが無いと……そう思っていたの」
「……!」
「でも――あなた達なら、もしかしたらって思ったの。これまでの差別、分断、悪意、後悔……全部振り捨てられるあなた達なら……私たちの考える未来よりも良い明日が作れるんじゃないかって……そう思ってしまったの」
母は静かにため息をついた。感情を抑えるために。沸き立つ罪悪感は実の娘の視線を受け止めることすらできない。
「ごめんね――イーリス。あなたに理想を押し付けておいて、私たちは勝手に諦めて……そのくせ誰かに理想を押し付ける形になった。だから――」
「お母さん……いや、アトゥさん」
自分の名前を呼ばれて、視線を上げる。すでに立ち上がっていた娘は、座っている自分を正面から優しく抱きしめた。
「あなた達がかつて叶えようとしていた理想は――私たちが現実にする。だからあなたたちは、特等席で見ていて」
右の腕と、左の義手。どちらも正常に稼働している。なるほど、迷光騎士団は匿っていた技術者たちを彼女たちに明かしたということだ。
吸血鬼たちに向けられるはずであった悪感情を一気に引き受ける身代わり人形として用意した技術たちも、アンティーカ騎士団によって受け入れられたということだ。
「………うん」
娘の優しい抱擁に、彼女は涙を流しながら抱き返すことしかできなかった。
*
《大丈夫なの?》と、もう1人の自分の声が聞こえた。
王都から遠く離れた場所で隠れていた母と父を数日かけて移送し、迷光騎士団に引き渡してアンティーカ騎士団の城に戻った時のことだ。
かつての城の様相はすでに失われ、現在に至るまで様々な改造を施されたこの城の中で団員の部屋だけが改築されずに残されていたのはきっと帰ってくると信じていたからに違いない。
アイドールとして再現されたもう一人のイーリスに、イーリスは窓の外からの景色から目を離して答えた。
「大丈夫。迷光騎士団なら――きっと、お母さんたちのことを守ってくれる」
《そうじゃなくって――いや、それも含めてだけど……強欲やアイドールの立場》
「……なに、またその話?」
強欲の言葉にイーリスは深くため息をついた。
議論は何度も行われたし、民衆向け貴族向け王族向けそのほかの騎士団向け――各勢力に対する言い訳は彼女にもすでに共有したはずだ。
「吸血鬼以下亜人族を受け入れるのに、アイドールを受け入れないのはおかしい。それに炸裂スチリウムは吸血鬼クラスの怪力と再生力が無いと安全に製造できないし、人工肌はあなたの体内にある私の左腕を使わないと量産できない」
《なら別に私を生かす必要は無いんじゃない?》
「……それに私たちアンティーカ騎士団はこれから共生のためにいっぱい人手が必要だし、もし私たちが殺された時には騎士道を受け継ぐ人たちが必要……。
《でも――私はあなたじゃない》
「うん。でもあなたは――誰かの救い方を知っている。私たちを救うために、自分を犠牲にしようとしたあなた達に――『自分の救い方』を知って欲しいんだ」
《………》
納得していない様子だった。
だからイーリスは「ほら、こっち」と彼女の腕を引いて窓辺に強引に近づけさせた。少し驚きながらも強欲は窓の外の景色を見る。
夜の19時。街に光がぽつぽつと見え、煮炊きの煙が見える。城の庭では何人かの吸血鬼が研究者たちと一緒にパン用の釜の前で談笑をしていた。
少しだけ、この世界は良くなった。少しだけだけれど。
《………これは》
「もちろん現状が正しいとは思っていない。結局、吸血鬼たちをアンティーカ騎士団の城の城壁から外に出すのは難しいから――アイドール計画と同じ『飼い殺し』になっている」
短いため息にはイーリスのやるせなさが滲んでいた。
問題は続いている。
吸血鬼のための食糧である人工血液の改良と副作用の研究。
この国の中で伝わっている血液忌避信仰の解消。
森に潜み人を襲う典型的な吸血鬼たちにどう対処するか。
そもそも――急速に「共生」へ向かおうとしている現状の政治に不満を持っている人間たち。
そんな中でも、ほんの少しだけかもしれないけど――アンティーカ騎士団が矢面に立って、吸血鬼が王都の中で暮らせる仕組みが作れた。
「――このままじゃだめだ。だから……一人でも多くの者を受け入れるために、一緒に歩いてくれないかな?」
イーリスの笑みは差し伸べられた手が切り落とされることを考えていない、むしろ手を取るだろうとこちらを意思を勝手に決めつけたような笑みだった。
……強欲としても共生のために命を懸けるというのは当然だとは思っているが――いささか不用心すぎるのではないだろうか?
《……一応言っとくけどさ、強欲あなたのこと苦手なんだよね。そりゃあアイドールを救たことは感謝してるけど――あなたを殺そうとしたことも強欲たちがあなた達の生贄になりかけたことも忘れてないよね?》
「それはもちろん。……あなたが思う道理から外れた時には、いつでも裏切ってくれて構わないよ」
イーリスの眼がすいと細くなる。
本心を見透かされている、と思った強欲は《分かった。悪かったから……》と降参するように諸手を挙げた。
《あなた達を裏切ったりはしない。偽物の私たちと本物のあなた達が一緒に歩めることを示してくれたんだ。イーリスの共生を今更疑ったりはしない。だから――》
と、言った時にどんどんとドアが叩かれる。
「イーリス、ごはん出来たよー! あと強欲知らない? ディスティールがまた憤怒の骨を折って……」
《えっ!えぇー……》
この2週間で何度目だ。あれを修理するのはかなり大変だというのに――いや、それ以前に。
このタイミングで? と言いたげな強欲のため息にイーリスは笑った。
その笑みは先ほどのこちらを試すような余裕のある笑みではなく、アンティーカ騎士団の先輩たち相手に見せる人懐っこいものに戻っていた。
「行こっか。みんな待ってるみたいだし」
《……うん》
ドアを開けるもう一人の背中を強欲は追いかけることにした。
王歴****年**月**日
アンティーカ騎士団が共生を掲げてすでに幾年もの時が経過していた。
未だにお互いがお互いの手を取り合って、相互共助の意思を持って手を取り合う日々は送れていない。
瓦礫の下でひどく呻く。戦闘の音はとっくに消え去り、どころか人の足音は聞こえない。殺していた呼吸を再開させて周囲の状況を確認した。
「は、は、は……」
ひどいありさまだ。全身が吸血鬼の膂力でも押し返せないほどの重い瓦礫で押しつぶされ、腹には異物が突き刺さっている感覚。声も碌に出ない。外に出ている右手だけが太陽の熱さを感じていた。
あんなにひどく憂鬱だった太陽の光が、少しだけ恋しい。
ここで死ぬのか、と覚悟したとき馬の蹄が地面を蹴る音が聞こえた。
《アンティーカ騎士団ですっ! 生存者は――誰かいますか⁉》
その必死の呼びかけに応えなかった。
アンティーカ騎士団が共生などを謳わなければ、もしかしたら自分たちは平和に森の中で生きていたのかもしれない。そう考えるとこのまま霧になって消えたいと思った。
複数の自分以外の誰かの救助を求める声を聞き流しながら、朦朧としはじめる意識が消えゆくのを感じる。
《――っ、大丈夫ですか⁉》
ひときわ近くに声を感じて微睡が一瞬で消える。掌が外に出ていたのを思い出して、すぐにひっこめた。
馬鹿か、このまま上手く行けば死ねたのかもしれないのに――
瓦礫の間隙に射す日光が消える。恐らく自分が埋まっている瓦礫の前に誰かが立ったのだろう。
《あれ――? ……もしかして》
クリック音。聞いたことがある。盲目の者の中には、まるでコウモリのように音を発して周囲の状況を確認する者がいるのだと。
自分が救助の手を拒み、隠れているのだろうとその騎士は察したのだろう。彼女は瓦礫の中の自分に手を差し伸ばした。
《つかまって――!》
いやだ、もう人間の善意に、光に触れたくない。
誰かに奪われるのなら――もう、その手を取りたくない。
だけど差し伸べられた腕は容赦なく自分のボロボロの腕を掴んだ。体にかかる瓦礫が徐々に除去される感覚がする。誰かが自分を救おうとしている。
掴んできたその手を振り払おうとした。でも、彼女の手は離れない。
《あなたは助かりたくは無いのかもしれない。死んでしまえば楽になるかもしれないと、思っているのかもしれない》
なんとかその手を振り払おうとしても、彼女は自分を救いたいようだった。
もうやめてくれ。闇に潜む我らが、青空の下で歩けるだなんてもう願わないから。
《でも――あなたを救わなければ、私たちが前に進めない。自分たちの意味が無意味になる……だから私たちのために、救われてよ!》
……ひどく自分勝手な人だと思った。
でもその声があまりにも必死すぎて、まるで誰かを助けなければ自分の価値が無いと言っているみたいで少しもの悲しさを感じた。
《もし今が果てで最善だとしても、安心できないっていうのなら――一緒に前を向いて歩くことは出来る、だから――諦めないでよ……!》
その声は、今の現状に満足していなくって。
その祈りは、いまだ余計な希望を抱え込んでいたいと願っていて。
だから自分は目が眩んで何かにすがる様に、その腕を掴んだ。偽物っぽい肌との下には木と鉄の硬さ。ぬくもりは無いが、だからこそかいぶつの自分が触っても壊れないのだと思って握る。
ぼろぼろの体を何とか持ち上げようとする。体にいくつもの穴が開いていたが、銀でないのなら構わない。
わずかに広がった隙間の向こうに、吸血鬼でも安心できる空があることを祈って体を前に少しずつ動かす。
隙間の向こうに茶色が少し混ざった黒のツインテールが見えた。
最終話です。
6話のタイトルの別案があったのですが、1週間前に強引に変更しました。
騎士団のヴェールで色々と狂いましたが、楽しかったです。まさか二次創作でライブの描写をするから、という理由で見に行った初ライブ(ライブ……?)でこんなことになるとは。
投げ出した伏線もあるとは思いますが、イープロ版の隠しファイルを参照してください。一応次回の構想自体はありますが、更新は無いと思ってください。
いや流石に自己満足で書いて誰にも見られてない作品をずるすると続けれるほどメンタル強くないし……。
数ヶ月放った蛇足書かなきゃ……でも、ちょっと気分転換で脳死で見られる奴も書きたいな……。最近シリアス寄りの作品ばっかり書いてて疲れた……。