騎士道のレプリカ   作:勉強サボ浪

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第1話「Heavenly Blue」(上)

王歴1413年10月

 

 王都の一番大きい劇場の2階。VIP席で5人の騎士が座っていた。

 

《私、みんなを救うために騎士団に入りたいんだ……!》

 

 ディスティール……の姿をした絡繰り人形がそういった瞬間、弦楽器のアルペジオと打楽器の音。クロシェ役の絡繰り人形が歌い始めた。

 

「………」

「………!」

 

 椅子に座り、騎士団の制服を着たディスティールはむず痒い表情をしていた。反面、ミュージカルの技術力に圧倒されているクロシェは目を輝かせている。

 客席は桃色と緑の光が7対3の割合で開場を照らしていた。

 

「えっと………?」

「そっちじゃなくって、こっち」

 

 騎士様を応援する旗を光らせようとしているフィロにリーラが小さな声で言いながら彼女の手にあった旗を勝手に操作した。白、紫、紫、緑、水、桃、白……一巡させてみせると操作方法が分かったのかフィロは旗を桃色に変えた。

 

(……カラバリ、なんでこんなにダブってるの?)

 

 自分の手元にある旗を見ながらイーリスは思った。同じ紫であっても騎士団の紫とリーラの紫が微妙に違うから完全に一緒ではないのだが、では最初の白はいったい何の色なのだろうか。この国の国旗の白?

 アンティーカ騎士団団長のこれまでを描いたミュージカル「ディスティールの英雄譚」は確かなクオリティを持って、第一部の終幕に近づいて行った。

 

*

 

 王都を襲撃し、ディスティールの故郷を滅ぼしたとされる黒髪の吸血鬼が倒された12月28日から10ヶ月が経過した。

 アンティーカ騎士団は苦境に立っていた。

 あの時ばらまかれたくしゃくしゃな紙による告発文は確かに騎士団の権威を落としたのである。少しずつ権威を回復させてはいたものの「内部に吸血鬼がいるのでは?」という疑いは一向に消える気配がなかった。

 何せ、疑いは事実である。騎士団第四席のリーラは純血の吸血鬼。疑いを否定できるものではない。

 また吸血鬼を受け入れる、と言ったものの騎士団の5人だけでは圧倒的に手駒が足りない。王都や周辺の村に襲撃をかけてきた吸血鬼は未遂なら追い返し、実行してしまい自らの罪を注ぐ見込みがないなら討伐という方法をとってきたがそんな場当たり的な方法では何の解決になっていない。

 だから9月にリーラが吸血鬼であることを明かし、新しいやり方を宣誓した。「これからは吸血鬼やほかの他種族も受け入れるべきだ」と。

 国民はいまだに動揺している。

 リーラや騎士団の人徳によってある程度は納得した者。

 ディスティールを筆頭に対吸血鬼の騎士団として動いていたアンティーカが運営方針を180度転換したことに驚く者。

 急激な思想転換に不安を感じ、騎士団を糾弾する者。

 しかし動揺する者を安心させるようにある物語が重版された。エノラ・スワンを名乗る作家が書いた娯楽小説「ディスティールの英雄譚」である。

 「ディスティールの英雄譚」は彼女のこれまで各地で起こしてきた奇跡を描いた物語であり、大量の逸話――本人が忘れていたような話すらも掲載された作品の3部作だ。

 今日は中巻の発売を記念した、上巻のミュージカル公演である。……ミュージカルと言っていいのだろうか? 演者を人形にしたのは劇団の実験的試みもあるのだろうが、なにより現在の騎士団は政治的に不安定すぎる。生身の演者を使うのは難しいのだろう。

 ディスティールの半生を描いたミュージカルは徐々に終幕に近づいていた。

 

*

 

 公式物販でイーリスは今回の公演のレプリカ脚本と原作の本を購入した。自分たちのリーダーを描いた本だ。そういえば読んだことはなかった。……本人があの反応だから、きっと彼女も読んだことはないのだろう。

 

(この作品がどのような結末になるかは分からないけど……これで「寛大」を理解してくれる人が少しでも増えてくれれば)

 

 といっても先ほどのミュージカルから察するに上巻はディスティールが村を焼かれクロシェとフィロの村へ逃げ込み騎士団に就くまでの物語。中巻からようやくリーラが登場するようだが……果たして。内容次第では人間と吸血鬼の融和の礎となるかもしれない。

 腰のベルトに挟まれた旗を意味もなく弄ってみた。

 騎士を応援するための旗。しかし柄の部分はペンライトである。……このペンライトの仕組みというのがどうもよく分からない。奇跡や魔法を介して製造されているというのは知っている。数年前から急速に普及が始まった、炎も熱も発生しない光源は便利ではあるが少し怖い。

 だがこうやって気楽に点けられるのは便利だ。自分の色、青にしてみて少しだけ笑う。

 

「お待たせしました~。いやー行列が長くって。団長は?」

 

 会場の廊下で自分を待っていたであろう騎士団のメンバーに声をかける。するとクロシェが「あっち」と指さした。大きなのっぽの古時計の前でなにやら誰かと話している。

 金髪に赤目。身長はイーリスと同程度のはずだがディスティールと向き合っているのを見ると低く見える。

 現在のアンティーカ騎士団に積極的にかかわろうするタイプの者は二通りしかいない。

 

「あれは……どっちでしょう?」

「人間主義のほう。でも義理堅い」

 

 人間主義とは簡単に言えば吸血鬼を筆頭にその他さまざまな亜人族を排斥するべきだという考えである。

 亜人族は「姿かたちは人間っぽいが、実際は人間とは別物」な生物の総称であり、代表的なものを挙げれば人魚やエルフ、竜人――そして吸血鬼。

 これまで吸血鬼狩りを中心に活動していたのに今更ながら亜人族の受け入れを主張し始めたアンティーカ騎士団は双方に白い目で見られているのが現状だ。

 しかしリーラの「義理堅い」という評価にイーリスは疑問を持った。

 

「義理堅い、ですか?」

「なんでもね、騎士団同士の決闘で受け入れるかどうか決めるらしいよ。私を見ても怒るでもなく、なんか感謝されたしね。黒髪の吸血鬼のときに団長を守ってくれてありがとうって」

「……義理堅い、ってよりもじつは団長のファンだったり」

「かもね」

 

 リーラは言いながらもイーリスの腰に光る旗を勝手に操作し始めた。点けたまんまだとすぐに切れるよ、なんて言いながら。どうやらこの器具は時間制限があるらしい。

 

「これどういう仕組みで光ってるんですかね?」

「んー……魔法っていうのは分かるんだけど、騎士団は脳筋主義だから知ってる人いないし、そもそも魔法なんて魔法使いでもない限り……。熱が発生しない光っていうのは便利なんだけど、仕組みが分からないとちょっと怖いよねー。吸血鬼としては日光の代わりになるから大助かりなんだけど」

 

 そう言いながらリーラはその話題を渡すようにフィロとクロシェに視線を向けた。が、フィロは困ったように笑いながら首を傾げ、クロシェは拒否するように首を横に振る。

 近いうちにそういった――錬金術や魔法に詳しい亜人族を論客として招くのもいいかもしれない。

 

「待たせてしまったな」

 

 4人が雑談をしているとディスティールが少しすまなさそうな、しかし眼には若干の闘志の炎を熾した様子でやってきた。彼女は話す。

 

「明日の夕方、ミレニアム騎士団と決闘を行う。理由は――察しの通り、今のアンティーカ騎士団の在り方に疑問を持っているから、その決着をつけたいとのことだ」

「ミレニアム……外周巡礼の騎士団よね」

 

 クロシェの言葉にディスティールが「あぁ」と短く肯定する。

 外周巡礼、と言えば楽なようだが実態は集団行動による遠征を主にした任務を受け持つ騎士団だ。国中の村をめぐり困りごとを解決することを目的としており、王都の城に居座り王都内での問題を解決することを目的としたアンティーカ騎士団とは真逆の方針を採っている。

 人数差も明白だ。市街戦が主であるため少数精鋭のアンティーカ騎士団と違い、ミレニアム騎士団は10人を超える。

 

「もとより外周の騎士団とうちらのような都内防衛の騎士団は対立しがちではあったけど……今回はさすがにそれのせいにするわけにはいかないよね」

 

 クロシェの言葉は尤もだ。今回の不和は間違いなくアンティーカ騎士団が強引な方針転換を宣言したことが問題なのである。

 

「メンバーは私とリーラが出る。あっちは団長を含めて5人が参加するみたいだ」

「……また私ー?」

「ご指名だよ。問題の渦中はリーラだからね」

 

 ディスティールの言葉にリーラはがっくしと頭を落とした。これ以上文句を言わないのは、単に否定できないからだ。

 

「というか、人数差ひどくない?」

「……後で吸血鬼だったからとか文句言われないようにね」

「黒髪の吸血鬼たちもこんな感じだったのかなぁ」

 

 そういえばあの時の戦いも5対2である。もっともあの時は本土決戦、今回は内ケバによる決闘だから比べても仕方がないが。

 

「これより騎士団は慰問を終了し城に戻る。――私とクロシェはそのまま戻るが、三人は寄り道するか?」

「んー……さすがに今はなぁ……。また卵とか投げられたら嫌だし」

 

 あれはたしかリーラが吸血鬼だと発表してから一週間たった後だった。

 下世話人は当然捕縛されたが、どのような罪状になるかまでは分かったものではない。被害者が騎士団員の吸血鬼だから、騎士団への攻撃とみるのか吸血鬼への攻撃とみるのかいまだに警察は決めあぐねているようだ。

 基本的にプライベートでも二人一組で動くことが多い騎士団でも、現状を良しとはしていない。ただ国民相手に剣を抜くということもできないため動けない状況になっていた。

 

「ミレニアムの騎士団長みたく、異議があるのなら決闘を申し込んでくれれば良いんだが……」

「英雄ディスティールに決闘を申し込みたいひとなんていないでしょ」

 

 リーラが言う。本気になれば吸血鬼を圧倒できる人間と誰が戦うのだ。リーラだって嫌なのに。

 騎士団は劇場を抜け、大通りに出た。周囲の冷ややかな視線を無視して彼女たちは城へ戻る帰路を歩む。太陽はだいぶ西に傾き、そろそろ夜を迎えるだろう。

 

*

 

 ここでこの国における騎士の仕組みについて記しておこう。

 この国は立憲君主制を制定した。制定当時はやはり王族に仕えていた貴族が力を持っていた。当時、それで大きなもめごとが発生してしまったらしい。

 国王は政治に関わることは出来ない。しかし大きな力を持った元貴族たちは政治を手放そうとしない。官僚政治が生まれ、1パーセントが富と政治を欲しいままにするという状況化でクーデターが発生。国は大混乱に陥った。

 だから1つの仕組みが生まれた。「騎士という立場を拝命した者は、自身の血縁者と関わることを禁じ人として扱わない」。

 故に、騎士は王都住民ではなく周辺の村々から選抜される。そして騎士を育てた家族が村の中で大きな力を持たないようにするために、親と子は「絶縁」される。

 加えて騎士を拝命した者は基本的人権を喪失する。代わりに騎士として、王族とほぼ同格の特権を得ることができる。

 故に騎士には名目上、親はいない。国家を支える剣と盾――つまり道具は人間として扱われない。それの証明のため彼らには名字がない。

 

*

 

 吸血鬼と一緒だよね、との言葉にフィロは耳を疑った。

 夜警の途中。リーラとフィロが真夜中の月明かりで薄暗い王都を携帯用ランタンで照らして不審者がいるかの確認をしている最中だった。

 

「……吸血鬼には、ご両親がいないの?」

「うん。……といっても騎士の仕組みのように絶縁しなくちゃいけないとかでも、ましてや死んだ殺されたって話でもなくね」

「……?」

「人間って男と女が……で、子供を授かるわけじゃん」

 

 リーラが言葉を濁したのは行為の内容を思い出して言語化するのが恥ずかしかったからである。そして吸血鬼であるはずのリーラがそれを知っているのはフィロの『頑張り』のおかげだった。

 

「でも吸血鬼は勝手に生まれるの。……生まれるって言い方も違うかな。朝露が太陽の光に当たることで蛍が生まれるように――自然発生的に? 物心がついたときには歩き方も知ってたし、人間でいうとこの赤ん坊という状態ではなく……どう言えばいいかな」

「……さっきまでそこにいなかったのに、気づいたらそこにいた」

「うん。そんな感じ」

 

 フィロが言った「よくある吸血鬼の目撃談」に対してあまりにも何でもないようにリーラはそんな風に答えた。

 だけどこれはかなりまずい真実のように思えてフィロは努めて冷静になりながらリーラに聞く。

 

「……このこと、他の人には」

「伝えてないけど……あれ、人間ではあんまり聞かない情報だったかな」

「吸血鬼の生態なんて、きちんとしたな文献がないの。リーラが今言ったことは、たぶん王都の人間は誰も知らない」

 

 これまでに吸血鬼の生態をリーラ伝手で色々聞いていたが、吸血鬼はどうすれば人間に危害を与えないか、もし吸血鬼が敵になればどういった方法で弱らせられるか、弱点は果たして銀と心臓だけなのかといった「こちらにとって都合の悪い悪役」として扱っていたため生物として扱ってはいなかった。

 

「……よくよく考えたら私たち、吸血鬼共生とか言っておきながら吸血鬼のことあんまり知らない……」

「まぁしょうがないよ。私だって自分のことよく分からないもん。吸血鬼は基本的単独行動で、しかも親にあたる存在もないから知識が受け継がれないし。死体も残らないから解剖できないし」

 

 リーラは本当に気にしていなかったが、傍で聞いていたフィロは申し訳なさそうな表情でいたからそれが伝染って言葉を詰まらせた。

 地面は一般市民が生活する土の区画から政治機関や騎士の宿舎などが集まる石畳の区画に変わる。そろそろ巡回が終わる。

 

「……まぁ、さ」

 

 少しは元気づけようとリーラが口を開く。

 

「これから吸血鬼とか、長命種とか――まぁいろんな人を受け入れるんでしょ。そうなっていったら、きっと情報も集まるよ……たぶん」

 

 元気づけようとそんなことを言ってはみたがあんまり自信は無い。

 自分の言葉に微妙な顔をしているとフィロが思わず笑った。

 

「……ちょっとぉ」

「いや――ふふっ、ごめんね。途中からどんどん自信を無くしていくのが、ちょっとだけ、おかしくって……」

 

 一通り笑って、フィロは「そうだよね」と気持ちを固めたようにまっすぐな視線でリーラを見た。

 

「あの時の誓いの言葉、忘れたわけじゃないから。アンティーカ騎士団みんなが力を合わせれば何でもできるよ……!」

「うん」

 

 フィロの言葉にリーラは嬉しそうに笑った。

 決意を新たにする2人の表情を月光とランタンが照らしていた。

 

*

 

 ミレニアム騎士団の実力は確かだった。

 対吸血鬼を念頭に置いた集団戦闘。圧倒的な個であっても、周囲から無数の剣が向けられていたら自由に行動できない。

 常識的に言えば、の話だが。

 アンティーカ騎士団が拠点としている城の修練場の壁にもぎ取られたミレニアム騎士団員の槍が叩きつけられた。

 

「え、あれを……」

 

 信じられないようなものを見たようにイーリスが自身の目を疑った。

 決闘は修練用の武器を使用。ミレニアム騎士団は5人でこちらはディスティールとリーラの二人。

 陣形も異様だった。吸血鬼であるリーラはミレニアム騎士団長と団員1人が対応、残った団員三人が人間であるはずのディスティールを迎え撃つというセオリー無視の状況。しかし模擬専用の槍をディスティールが握って強引に奪い取るというセオリー無視で一気に流れがアンティーカ騎士団側へ傾いた。

 アンティーカ騎士団は槍のような長い棒を用いた武器を使わない。ある程度遠くても相手を攻撃できるというメリットを捨てるのは、狭い市街戦では使えないことが多いことや吸血鬼だと柄をつかんで受け止めてくることがあるからである。

 ……それを真人間のディスティールがやるのは無茶苦茶であるが。

 

「え嘘――」

 

 瞬間、ごんと人体由来とは思えない音と共にミレニアムの騎士団員の腹にディスティールの鉄拳がめり込んだ。手甲に覆われた一撃は軽装の騎士団員を1発で戦闘不能にした。

 

「――どうした。アンティーカ騎士団を倒すんじゃなかったのか?」

「――っ」

 

 槍を受け止めるために放した剣を拾う隙を狙ったミレニアム団員の剣による一撃はやはりつばぜり合いによって受け止められた。続いて放たれた前蹴りが前衛の騎士を吹き飛ばし、後ろで槍を構え追撃を狙っていた団員がなんとか倒れこんできた前衛をよける。

 

「し、しま」

「遅い!」

 

 一瞬の硬直。それがディスティールの攻撃を許した。団員は何とか槍の柄で剣を受け止め、すぐに槍を投棄。緊急用の短剣を彼女に突き刺す――が、手甲に防がれ返すように放たれた肘打ちで顎を揺らされて倒れる。

 手甲に覆われた拳で殴るのは心臓に銀剣が刺さらなければ死なない吸血鬼にとっては非殺傷武器として有効である。……理屈は正しいが、実行しているのはアンティーカ騎士団でもディスティールだけである。

 

「ほぼ素手なのに、なんで武器を持っている大の大人複数に1分以内で勝てるんですかね……」

「ディスティールだからね」

「……説得力ありますね」

 

 クロシェの一言が1番の根拠なのだろう。きっと。そう思ってイーリスは考えるのをやめた。

 

「リーラ、苦戦しているようだが助太刀しようか?」

「……必要ない」

 

 ディスティールはそんな軽口を叩いたがリーラも彼女に相対している2人の騎士も余裕はない。

 早々に仲間3人が武装解除されたのにも関わらず驚かない2人を見てリーラは鋭く息を吐いた。その行動をどう捉えたのか、騎士団長のほうが先に動いた。

 木の剣。リーラにとっては何でもないものだが、決闘である。吸血鬼のように乱暴な動きをすれば勢い余って殺してしまうかもしれない。自身の手にある剣を一瞬で逆手に持ち替えて騎士団長の剣を弾く。

 

(かなり強い――はずなんだけど、)

 

 続く騎士団員の刺突と返すようにこちらに向かってくる騎士団長の斬撃。同時攻撃でいかにも避けてほしいと言わんばかりの攻撃をリーラは向かってきた団員の腕をつかんでそのまま盾にする。騎士団長の咄嗟の機転でなんとか同士討ちは避けられたが、隙だらけの騎士団員の体をリーラの剣が軽く叩いた。

 

(普段の稽古と比べたらねぇ……)

 

 体のコンディションも良好。定期的に血液を吸っているため、前の冬のような絶不調で戦っているわけではないから思考も体もブレは無い。

 なによりディスティールとクロシェ、1対2の稽古に比べればマシだ。

 騎士団長の一撃をこん、と弾いてその懐に入る。剣の間合いからさらに近い距離になったことで騎士団長が思わず下がろうと重心が後ろに傾いたときにリーラは相手の襟をつかんで後ろに引いた。

 おぉ、とディスティールが声を漏らす。なんとか立ち上がろうとした騎士団長の眼前にリーラは剣の切っ先を向けた。

 

「……参りました」

 

 時間にして2分程度。実際の戦闘では有効打とは見られないかもしれないが、5人中4人が武器なしで尻もちをつかされ残った1人は剣で斬られた判定なのだからいまだ追いすがっても恥にしかならない。

 

「――立てますか」

「………あぁ、ありがとう」

 

 剣を床に置き、リーラは騎士団長に手を伸ばした。自分が吸血鬼だからてっきり拒否されると思ったが、騎士団長は案外素直にその手を取った。

 

「……意外と、柔らかいんだ。アンタの手は」

「それはどうも……?」

 

 その言葉は誉め言葉……で合っているだろうか。アンティーカ騎士団外からの優しさに慣れてないものだから受け取り方に困る。

 

(……どうやら他の騎士たちは違うっぽいけど)

 

 床に転がってなんとか立とうとしている騎士団員の表情を見てリーラは思う。

 たった2分で、しかも圧倒的数的有利で、さらには人間であるディスティールにすらも負けた状態では吸血鬼排斥以前に騎士のプライドはボロボロだろう。

 案外、騎士団長は吸血鬼に対しては融和的な思想だったのかもしれないが、人間主義の部下達の手前動くことができなかったのかもしれない。

 そんなことを意も介さずにディスティールは騎士団員の体を起こすのを手伝っていたが。

 

「……リーラさんとディスティールさんは不思議な格闘術を身に付けている。あれはボクシングとは違うように見えたんだが……?」

 

 騎士団長がリーラにそんなことを聞いてきた。まさか手を取るどころか自分の戦闘技術について尋ね始めたものだからリーラは心底驚きながらも答える。

 

「んー……うちの書架にあった技術本を見よう見まねでやってるだけだしなぁ……。確かバリツとサバット……?」

「サバットはともかく、バリツは完全にフィクションの産物ではなかったか……? 確かに持て囃されてはいるが、小説の後付け設定だと聞いたことがあるぞ」

「え、じゃあ違うんですかね?」

 

 あまりにもふんわりとした回答しかできず、聞いてきた騎士団長が「いや知らないけど……」と当然なことを言ってリーラは大層気まずくなった。

 何とか話題をつなげる。

 

「ディスティール、格闘術の技術書を見つけて『これがあれば吸血鬼を殺さずに制圧できるかもしれない』とか言って大変でしたよ。普通に剣で弱らせればいいのにって言っても聞かないし……実験台にされる私の身にもなって欲しいですよねー」

「ハハハ……リーラさんの目の前で吸血鬼を剣で傷つけることをディスティールさんはやりたくなかったんじゃないか?」

「……!」

 

 ミレニアム騎士団長がそんなことを言ってようやくリーラはあんなに必死にディスティールが徒手空拳にこだわった理由が分かった。

 確かに王都に仇なすとはいえ、同じ種族のものが銀の剣で斬り伏せられ、血塗れになってどんどんボロボロになっていく姿はあまり見たくはない。

 見たくはないのだが、じゃあ正拳突きやら肘打ちやらで昏倒された姿は良いのかとも若干思うが。

 

(私、一応吸血鬼だから大量出血見てもなんとも思わないんだよなぁ……。この国の人はやけに血を恐れるけど)

「……リーラさん、今日はすまなかった! 私はアンティーカ騎士団やアンタが王国のために身を粉にしているのを知っているけど、団員のみんなを止められなくって……」

「別に……騎士団長さんも立場があるって分かってるんで」

 

 少しばつが悪くなってフードを被ろうとしたリーラの前に手が差し伸べられる。

 握手だ。一瞬戸惑ったが、何よりもの喜びを感じながらリーラはその手を握った。

 




サンプルで公開していた部分の前半です。
横書き用に表記を修正し、誤字を修正しました。
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