騎士道のレプリカ   作:勉強サボ浪

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第1話「Heavenly Blue」(下)

 ミレニアム騎士団は決闘が終わるとすぐに帰っていった。明朝にはまた巡回として周囲の村々を転々とするらしい。

 

「騎士団長はあぁは言ってくれたが……まだまだ難しいな」

 

 夕食時の食堂。ディスティールの言葉はやはり他のミレニアムの騎士団員を指しているのだろう。

 まだ人間と吸血鬼の間の溝は深い。解決の手段は見えない。その場にいるイーリスもリーラにも、分からない。

 

「……そういえば、ディスティールの英雄譚とやらはどうだ?」

「上巻で団長がアンティーカ騎士団に入団して最初の作戦に参加する話、中巻で団長が騎士団の第一席に上り詰めリーラさんが騎士団に入団するまでですね。内容はともかく……なんというか、硬い文体ですね」

「硬い?」

 

 イーリスの表現にディスティールが尋ねた。

 

「なんというか……んー……異国の言葉を直訳したみたいな感じですね。表現は結構簡単で……教科書なんかにある子供向けの物語を読んでいる感覚――分かります?」

「……なんとなく」

「とりあえず読んでみてください。作品として面白いかはさておき、物語が実際の団長の体験なのか分からないんで」

 

 イーリスが差し出した2冊の本をディスティールは受け取った。娯楽小説なのに通常は文書保存に用いられる黒い綴じ込め表紙が使われている様は中々に異様だった。

 

「教科書……ってことはあくまで教育用の物語ってこと?」

「とりあえずびっくりするほど難しい表現とか残酷なシーンは――まぁ冒頭はさておいて、あんまり無いはず……。物語内の団長も『吸血鬼を倒す』ではなく『仲間や家族を守る』を主眼として戦っているから――」

 

 リーラの質問にイーリスは答えながらも一応ディスティールの様子を窺う。

 この物語の冒頭部分はまさしく彼女の両親が殺されるシーン。どういった感想を持つか……

 

「……すごいな。あの夜、私が自宅に両親が別の家にいたことさえも描かれている」

 ……良かった。まだ冷静なようだ。

「……別の家?」

「何だったかな……あの日は大人たちで何やら集まっていたのは憶えているが……いかんせん、子供のころの話だ。詳しい事情は私も知らない」

 

 文字を読みながらディスティールは「一体どうやってこんな情報を……?」と頭を傾げていた。

 あの日、村の生き残りは彼女だけだったはず。仮にあと何人か生き残っていたとしても自宅にいたディスティールの行方まで分かる人間はきっといない。

 ぺらり、ぺらりとつづり紐で縛られたそれを開きにくいと愚痴りながらもめくるディスティールの様子をイーリスとリーラが見つめる。

 

「……そんなじっと見られていると、私もやりにくいのだが」

 

 苦笑いしながらそんなことを言われ、リーラはそっぽを向く。反面イーリスはディスティールに尋ねた。

 

「そのあとはどんな感じです?」

「んー………4割ぐらい合っているといった感じだ。きっとクロシェやフィロの御両親に取材したんだろう。一部は合致しているが、合っているところよりも間違っているところや誇張されている部分を探したほうが楽だ」

「取材……大丈夫ですか? 騎士は家族の縁を切るという決まりがあるのに……」

「あまり褒められるべき行為ではない。……一応この物語がフィクションなのは、ノンフィクションとして売り出せば2人の御両親に迷惑がかかると踏んだからかもしれないな」

 

 ぴくりとディスティールのページをめくるスピードが停止した。

 どうしたのだろうか、とイーリスが表情を窺うと彼女がぼそりとつぶやく。

 

「……そういえば昨日の公演の時も思ったが、最初にクロシェとフィロに騎士団に入ると伝えたとき、他にはだれもいなかったはずなんだが」

「クロシェさんがご両親に話したのでは? 私も聞きましたよ」

「……あいつの口の軽さもどうにかしたほうが良いかもな」

 

 その時、食堂のドアが開かれクロシェとフィロが鍋と皿とパンが入ったバスケットを持って入ってきた。

 

「みんな、お待たせ~。あ、英雄譚読んでるの?」

「クロシェ、後で話がある」

「え、なに」

 

 深刻そうな顔をしたディスティールにいきなりそんなことを言われクロシェは目を白黒させながら鍋をテーブルの上の鍋敷きに置いた。リーラが皿を配るフィロを手伝おうとしたがやんわりと制される。リーラは少しだけしゅんとしたが、バスケットと五つの皿と匙を配るだけなので二人でやるような事ではない。

 スープと黒パン。騎士団とはいえども、毎日贅沢できるほど金銭的な余裕はない。食事は普段通りの内容だ。

 

「それでは手を合わせよう。――いただきます」

 

 ディスティールがいつものように言って、みんなもそれに合わせて「いただきます」と言い食事が始まる。

 吸血鬼であるはずのリーラが人間の食事をとるのは、栄養補給という面よりも人間の文化に合わせるためという側面が強い。それに彼女も人間のように「味わって食事をとる」ことは好きだ。だから毎日他の団員の三割程度の食事を儀礼的に行う。

 

「それで……吸血鬼のための食事のプランは考えているか?」

 

 ニシンの塩漬けをベースとした根菜のスープはクロシェ製だということもあって美味だ。しかし話題はどうしても重くなる。

 

「……やっぱり問題は『血』の確保かな。ようやく私たちは慣れたけど、血は恐ろしいもの。民衆のみんなに瀉血は強制できないし、畜産の牛や豚の血を樽とかに溜めてもらうのも……」

「嫌がる、か」

 

 フィロの言い淀んだ報告にリーラがはっきりと言った。瀉血は健康に害だし、傷は適切に対処しなければならない――とはいえど、吸血鬼共生においてこの国で広く浸透している「血液忌避信仰」とも言うべき存在は邪魔でしかない。

 まぁそれ以外にも問題はある。

 

「畜産とか、獣の血の味って美味しくないんだよねー……。まぁ贅沢は言ってられないんだけど」

「人間と動物で味が違うのは……正直諦めてほしい」

 

 理解できない、といった様子でディスティールがリーラのぼやきに呟いた。

 彼女が嫌そうにしているのは数か月前に「人間と豚の血にどれほどの違いがあるか」という実験に付き合わされたことがいまだにトラウマになっているのだろう。

 吸血鬼は血液の味を「味わう」ことができる。

 豚や牛の血はえぐみを通り越して、まるで野草を調理どころか土や虫がついたまま食べている気分らしい。

 面白いのは人間の血であっても別人であれば、また本人の精神状況によってもだいぶ味が変わってくるとった点だ。

 

「ディスティールのは濃厚だからねー。少し飲んだら眠気が吹き飛ぶぐらいには。ラム酒みたい」

「……もし騎士団がピンチになったらリーラに私の血を飲ませよう」

「ディスティールがいる以上、不可能でしょ」

 

 硬い黒パンを千切りスープに入れながら2人は軽口を叩く。

 黒パンをかみちぎって「変わらず硬ったいね~」とマナーを完全に無視して食事をとっていたクロシェが聞いてきた。

 

「ねぇ、うちのはどんな味?」

「クロシェの? んー、今飲んでるスープ」

「あんまり手間暇かけてない味ってことかぁ……」

 

 十分おいしいけど、と言ってリーラは少し照れたように顔を赤くしながらも少ないスープを飲みほした。「えへへ、ありがとう」というクロシェの言葉を首を横に振って照れを誤魔化そうとする。

 フィロとイーリスがこちらを見ていた。……どうやら彼女たちの味も言わなければいけないらしいと察して、リーラは恥ずかしそうにしながらも言った。

 

「フィロは……牛乳のスープの味。すごく飲みやすくって、温かい」

「そっか……ありがとう……!」

「……お礼言われるようなこと言った覚えはないし、照れられるのもなぁ……。そしてイーリスは――」

「はい!」

「……イーリスはぁ………」

「……?」

「押しつけがましい」

「えっ、味ですらない⁉」

 

 しばらく回答に悩んで出た答えがあまりにもひどい表現で、さすがのイーリスも抗議をする。

 

「もうちょっとなんかあるじゃないですか! ワインみたいとか、シャンパンみたいとか!」

「イーリスは自分の血をお酒だと思ってるの?」

「いやそういうわけじゃないですけど!」

 

 思わず言ってしまったクロシェの一言にイーリスも馬鹿正直に反応してしまう。

 しばらく微妙な表情をしながら「……あくまで私の感想なんだけど」と言ってリーラは言った。

 

「おいしい――はおいしいんだけど、なんというか『おいしい液体』という情報を飲んでいる気分」

「……なぞなぞ?」

「金貨10枚のワインを飲んだら値段がちらついて『おいしい』以外の感想が出なくなる感じかなぁ」

「イーリスの血は金貨10枚分のワインの味ってこと?」

「違うかなぁ」

「そこは嘘でも肯定してほしかった……」

 

 フィロのフォローを無下にしたリーラの返しに思わずイーリスは肩を落とした。

 

*

 

 クロシェとイーリスが夜警に出たあとディスティールは「ディスティールの英雄譚」を自室で読んでいた。文体や表現はどこかぎこちなく、しかし教科書に載せるには違和感があるといった内容だったが面白くはある。

 が、ディスティールは別のことを考えていた。

 

(……どうやらこの本の作者は私を善人にしたいらしいな)

 

 家族や弱いものを守るために強くなった――なんて表現されていたが、ディスティール自身はそう考えていない。

 彼女の直近十数年間は吸血鬼を殲滅するために生きてきた。それだけなのだ。褒められるようなことはしていない。

 今が異常なのだ。

 リーラは受け入れられた。しかしそれは彼女と共に戦い、暮らしてきたからであり吸血鬼全員を許したわけではない。リーラのように人間に対して融和的な態度をとる吸血鬼がいることは理解しているが、心のどこかでまだ恐怖している。

 

(……何年分も蓄えて導き出した結論を、信念を――たった一瞬で捨てることは出来ない、か)

 

 あんな意気揚々に「寛大」を掲げていた自分が懐かしい。今の自分は友人達が見せてくれた強い光に充てられ、しかしその友人たちの信念にもっとも疑いを持っているのにそれを隠している「かいぶつ」だ。

 

(友に嫌われることを……恐れているのか)

 

 本の中の自分は襲われて、火事で燃える辺境の村で小さな子供を救っていた。

 現実の自分にはできない。吸血鬼を殺すことに躍起になっているか、火事の橙の炎に囚われて動けないかの2択である。

 本のページを曲げた針金で挟み、しおり代わりにする。綴じ込め表紙だからしおりは使えないし、そもそもしおりなんておしゃれなものを持っていなかった。

 訓練場にでも行こうか。体を動かせば少しは自己嫌悪が薄れるかもしれない。……いや、今は夜だから訓練場の燭台に火を灯すのも良くないか。

 もう寝てしまおう。そう思って、読書のために点けていたペンライトを消そうと思ってボタンを押そうとしたときにふと違和感を感じた。

 

(………煙の臭い?)

 

*

 

 さすがのクロシェもディスティールの決意を聞かされた時に誰かいたのか、そして誰かに言いふらしたのかは覚えていなかった。

 白に光るペンライトを腰に提げながらイーリスは失敗したと思っていた。月光やペンライトの光、なによりも自分がハーフであるから問題はないがペンライトの光は夜の街では目立つうえにあまり明るくない。普通に携帯ランタンのほうが良かった。

 

「……うーん」

「………うちの話聞いてる?」

「え――あっごめんなさい。案外ペンライトの光って明るくないんだなぁって」

「炎を使わないのは良いけど、やっぱり微妙に使いにくいよね……。でもランタンは動きにくくなるし、松明は片手塞がるし……。松明を武器にするのはリーラぐらいだし……」

「ランタンシールド、導入してみます?」

「器用なイーリスならともかく、うちらには使えないだろうし――ってそうじゃなくって」

 

 夜警中である。一応わき道に視線をむけながらクロシェは思い出話を続ける。

 

「うちが言ったかもしれないけど、結局はディスティールを引き取ったうちの親にディスティール自身が説明したと思うよ。……もう5年以上前の話だからみんなきちんとは憶えていないんだろうけど」

「……ちなみにあの時の言葉って」

「昨日のミュージカルと全く一緒。『みんなを救うために』……って」

「……吸血鬼を倒すため、じゃなくってですか」

「意地の悪い質問するね」

「ごめんなさい」

「去年の暮れまでを知ってるなら当たり前か。……あの子、元々があんな過去を持っていたのに騎士団に入ってからそういう――自分に似た子供とかをよく見るようになっちゃって。だから『みんなを守る』ためには『怪物を殺す』になっちゃったんじゃないかな」

 

 そう言った後にクロシェは1つため息をついて「……うちがディスティールを守るために『悪い吸血鬼を倒す』って言っちゃったせいもあるかもだけど」と自嘲するように言った。

 

「みんなを守るためには、相手の話なんて聞く余裕はない。なんせ相手はこっちの話を聞こうともしないんだから。だから子供のころの願いが変わったんだと思う」

 

 クロシェはため息をついた。

 他の団員は気づいていないが、クロシェはディスティールがかなり思い悩んでいることに気が付いている。なにせ十数年かけて導き出した信念が目の前で反証されたのだ。

 

「たとえあの子がどんな結論を出しても、うちはディスティールの味方だから――だからイーリスはフィロと一緒にリーラを支えてあげて」

「……いえ、私は吸血鬼と人間の共生を願います。もし団長さんやリーラさんと意見を違えることになれば、そのときは――」

「相変わらずブレないなぁイーリスは。リーラを説得したのもあなただったよね」

 

 ごめんね、重い話しちゃって。

 クロシェはそう言って巡回を続けていく。土の地面の、市民エリアではところどころ明かりがついている程度で人の気配がない。

 だからイーリスがそれに気づいたのは偶然に近い。

 

「………?」

「どうしたの、急に立ち止まって」

「んー……何でしょう。何かが起きてるような……事件の気配のような……」

 

 大仰なことを言ったが、ただ違和感を感じ取っただけである。だがそのまま無視をするのも気持ち悪いし、そもそも彼女たちは夜警中だ。

 クロシェが真剣な面持ちで腰に提げた剣の柄に手を当てながら周囲を探り始めイーリスは慌てて言葉を連ねた。

 

「いや、ホントに勘みたいなもので――ただの気のせいかもしれないんですが」

「んー……でもうちら騎士だしねぇ……。こういう勘を気のせいにしちゃいけない仕事だし……」

 

 クロシェが目をつぶって音を探るが、特段分からなかったのか首を傾げた。イーリスも周囲を探る。

 あっちは王都政庁エリア、あっちは農場エリア、そして向こうが自分たちが普段暮らしている騎士団の城がある――

 

「……っ! クロシェさん、アンティーカ騎士団の城の――根本!」

「根本……?」

 

 咄嗟に言葉が出なかったため生まれたイーリスの奇妙な表現に疑問符を抱きながらクロシェは城があるほうを見た。

 

「え、特に何も――いや、あれは霧……いや、ちがう――煙⁉」

 

 目を凝らせばぎりぎり――本当になんとか騎士団の城の基礎部分から黒煙が出ているのが見えた。霧のようにも見えるが、石垣から霧が出るなど聞いたことがない。

 

「火事だ……! まずい、うちの騎士団が襲われてる!」

 

 イーリスは全神経を尖らせる――間違いない、空気に煙の臭いが混じっている。しかも煮炊きのではなく、あきらかに燃えるべきでないものが燃えている臭い。

 

「イーリス! 走るよ!」

「はいっ」

 

 状況を把握した2人の判断は素早かった。土を蹴って、これまで歩いていた場所から最短距離で城に戻る道を駆け出す。

 

(ディスティール……! お願いだから、冷静に対処してて……!)

 

*

 

 アンティーカ騎士団の城が燃えている。

 一応、城だから襲撃に耐えられるように石などの燃えにくいものを建材として利用はしているがすべてが難燃性というわけではない。

 

「くっそ……」

 

 寝ていたフィロを叩き起こしたリーラは逃げようとした出入り口の木製のドアが燃えているのを見て悪態をついて一応食糧庫から持ってきていた木箱を下ろして叩き壊した。中身は大量の瓶ワイン。一気に3本ぐらい持って燃えるドアの上の石壁をめがけて投げる。

 

「リーラ……!」

「フィロっ、とりあえず全部投げて鎮火させるよ!」

「いや……お酒を投げても消火にはならないんじゃないかな……」

「………」

 

 フィロの指摘に、ワイン瓶を振り上げた動作が一瞬止まったが今止めても仕方がないと若干自棄になってそのまま投げる。

 ぱりん、と割れる音。それと共に自分たちの背中のほうから誰かが走ってくる音が聞こえてリーラは抜刀。剣を向ける。

 

「だれ――ディスティールか」

「良かった、気づいてくれて」

 

 剣を佩いて緊急用のサバイバルキットが詰め込まれたカバンを持ったディスティールを見て、フィロが安堵の声を漏らした。反面ディスティールの表情は良くない。やはり幼少期の火事の記憶を思い出しているのか。

 頭を振って、無理やり精神を整えたディスティールが2人に尋ねる。

 

「状況は⁉」

「出入口は1つを除いて全部燃えてる。……あまりにも怪しかったからそこは使わない。イーリスとクロシェの状況は分からない」

「……ワインで消火するのか?」

「私ならともかく、ディスティールやフィロは燃えるドアを突破できないでしょ」

「……効果があるかはともかく、とりあえず私も手伝おう」

 

 ここにいる3人は知らないことだが、ワイン程度のアルコール濃度では火は強くならない。使うべきかどうかは誰もやったことがないので分からないが。

 木箱に入ってあった12本のワインを全部放り投げるとリーラは叫ぶ。

 

「突破するよ!」

 

 え、と残った2人が言葉を発する前にリーラは燃えるドアに体当たりをして強引に破った。燃えて若干もろくなっていたとはいえ城のドアを強引に破る吸血鬼の膂力に舌を巻く。

 

「ディスティール、行くよ」

「――っ。あぁ」

 

 少しためらいが生じたが、ディスティールはフィロに連れられて燃え盛るドアを潜り抜けた。

 

「――っ、――……ふぅ」

 

 意識的に深呼吸をして強引に精神を落ち着けさせる。

 ドアの向こうの外では激しい鐘の音が鳴り響いていた。市民エリアではなく、騎士団の城に直接攻撃するという状況は異様である。

 

「――家が」

「ディスティールっ!」

 

 火の手が進み始める城をみてまた冷静さを失い始める彼女をリーラが諫めた。何とかうめき声のような声を出して強引に思考を取り戻す。

 

「これは……どういうことだ……?」

「……分からない。でもこれは市民ではなく私たちを狙った攻撃――つまり、吸血鬼との共生を望まない人間じゃ……?」

 

 リーラの言葉に咄嗟に「違う……!」とディスティールは返してしまったが、否定できる根拠はどこにもない。

 

「……とりあえず、消火は消防団の方に任せて私たちは襲撃者のほうを――」

「フィロ、危ない!」

 

 一瞬見えた金属の輝きにリーラが剣でフィロを庇った。どこからか放たれた矢がリーラの手から剣を弾く。

 

「っ……どこから――」

 

 がちん、と金属の音がする。急いで剣を拾おうとしたが、襲撃者の槍に咄嗟に防御して取り損ねた。

 

(傷がすぐに塞がらない――銀、か)

 

 これで確定した。

 フルプレートの鎧。円盾と胸には大きくミレニアム騎士団の紋章。あの騎士団長は剣を使わなかった。し、においが違う。ということは――

 

「――昨日の決闘のときに戦った騎士団員か」

 

 おそらく槍の使い方に見覚えがあったのだろう。後手に回ったもののすぐさま剣を抜いたディスティールが襲撃者に詰問する。

 

「いかにも」

 

 襲撃者の一言と共にディスティールに向かって槍の一突き。昼の時とは大きくシチュエーションが違うのにもかかわらずディスティールはその一撃を掴んだ。

 間違いだった。ひゅう、と放たれた矢が彼女の頬を掠った。一筋の血が流れる。

 

「なっ……」

「さすがアンティーカ騎士団の騎士団長。矢のほうが逃げていく」

「はぁあっ!」

 

 しかしその言葉を無視してディスティールが一閃。しかし甲冑に覆われた襲撃者には無力だった。

 

「――っ」

「下がって、ディスティール、リーラっ!」

 

 フィロの言葉で何とか冷静さを取り戻したディスティールと彼女を囮に背後から攻撃を仕掛けようとしたリーラが止まった。

 正しい判断だった。大きな鐘が鳴る中、野次馬たちが集まってきている。そんな中で王都内での立場が危ういアンティーカ騎士団が別の騎士団と命のやり取りをしているという状況はかなりまずい。

 そして攻撃の手を止めたことで、ディスティールは暗がりからハルバードを構えた騎士団員の攻撃を正確によけることができた。

 

(新手⁉ こいつら、本当に私たちを殺そうと――)

 

 ざりっ。

 大きく跳び、フィロのもとに下がったリーラの腕には矢が突き刺さっていた。

 

「リーラっ!」

「大丈夫――」

 

 彼女が強引に矢を引き抜いたが、傷は塞がりそうにない。他国と比べて採れやすいとはいえ、希少金属の銀を矢じりとして用いることができるのはやはり正規軍しかいない。

 燃え盛るアンティーカ騎士団の城を背景に、騎士団の旗を踏みにじり、フルプレートアーマーを纏った騎士団員がやってきた野次馬に対して叫んだ。

 

「――我らはミレニアム騎士団! ディスティールに破られた我らが騎士団長に代わって、吸血鬼に絆されたアンティーカ騎士団を断罪する者である!」

 

 ディスティールが歯ぎしりをする。

 アンティーカ騎士団のうち2人がおらず、団長であるディスティールと吸血鬼であるリーラを糾弾しその場で断罪するために彼らは狙っていた。状況も最高だ。夕方に決闘を行ってある程度の実力の見分、あとは決闘の結果を有耶無耶にするためにも今しかなかったのだろう。

 ミレニアムの騎士団長はこの場にいない。大演説の内容から察するに良くてハブられている、悪ければ捕縛か、殺害か――

 

(私が炎を苦手にしているのは……あぁ、『ディスティールの英雄譚』で描かれていたか)

 

 もしかしたら決闘するために城を出入りするときに何かを仕掛けていたのかもしれない。

 

「皆も知っている通り――『ディスティールの英雄譚』では吸血鬼に復讐を誓う彼女の姿が描かれてきた! それは今日配布された下巻の内容からも明らかである!」

「――下巻」

 

 早すぎる。つい先日に中巻の発刊による記念ミュージカルが行われたというのに、こんなすぐに下巻が発売されるわけがない。

 いや、目の前のミレニアム騎士団員は「配布」と言った。商業的な成功ではなく、思想の喧伝としては正しい行為だが――

 

(――もしかして『ディスティールの英雄譚』が発刊されたのは――吸血鬼殲滅を掲げていた一年前の私こそが正しいとするため……⁉)

「英雄ディスティールっ‼ なぜおまえは両親を殺され、故郷を燃やされながらも、吸血鬼と共に生きるという選択をする⁉ 先代たちが築き上げたアンティーカ騎士団の栄光を穢して、あの日誓った剣の誓いはどこに行った⁉」

「違う! アンティーカ騎士団の誓いは『寛大さの中に団結あり』――相手を一方的に断じるものではない!」

「団結――つまり、あなたは吸血鬼とともに歩めというのか! 人間を殺し、生き血をすする怪物と!」

「違うっ――」

「何が違う⁉ 吸血鬼は人間に付け入って血を飲む、村も滅ぼす……かつてのあなたが経験し、いま絆されている! もしあなたがかつての過去を捨て、吸血鬼の側に堕ちるのならば、ここで果てろ――裏切者めぇっ!」

 

 演説をしていた騎士の一撃を、ディスティールは剣で受け止めた。

 

(こいつ――っ、決闘の時とはまるで力が)

 

 燃え盛る炎で思考が乱れる。自分の後ろで他のミレニアム騎士団員と戦っているであろうリーラとフィロのことが気にかかる。

 そして――力。相手の憎悪と怒りが、相手からの他者を圧倒し屈服させるという愉悦が――増大した力がびりびりとディスティールの腕を痺れさせる。

 剣では甲冑を纏った騎士を倒せない。だからって素手による衝撃では効率が悪すぎる。

 

「――らぁっ!」

 

 現に銀のブーツを纏った彼女のハイキックが騎士の脳を揺らしたがとどめを刺すには至らない。自身が不利な状況で、自分の間合いでもない状態でハイキックを決めれる彼女の実力の高さがあったとしても、それに伴う疲労と結果は釣り合っていなかった。

 無理やり転がそうとしたが、予感がして動作を止めて剣で防御態勢。ぎん、とディスティールの頭を狙った矢が剣で弾かれた。

 

「――このままではっ」

 

 燃える城という光源がある状態では夜であっても弓兵の狙いは正確になるだろう。

 逃げるしか――

 

(いや、今逃げたら対話もなにも――)

 

 次いで飛んできた矢を切り払って彼女は一瞬だけリーラとフィロのほうに視線をやった。

 リーラはフィロを守るように、庇うように戦っている。しかしこのままだと吸血鬼の治癒力をもってしても嬲り殺されるだろう。

 

(行かなくては――)

 

 その一瞬の状況把握、一瞬の思考。それが命取りだった。

 ハルバートを構えた騎士がそこに立っていた。

 

「な、ま――」

 

 まずい、と言うことも叶わず横凪ぎの一閃がディスティールの体を大きく吹き飛ばした。ギリギリ防御は間に合ったものの、剣は折れて手からも離れてしまった。

 

「がっ――……くっ……」

 

 呼吸ができない。誰かの叫び声が聞こえる。私を糾弾する声? それとも二人が私を心配する声?

 がちゃり。甲冑の足音。霞む視界に振りかぶられたハルバードの刃が見えた。

 

(あぁ――ごめん)

 

 お父さんとお母さんは今の私を見てなにを思うだろう? 吸血鬼を憎むという感情を捨てきれずに、しかし親友である吸血鬼を救いたいという思いを抱えた自分に。

 リーラ。君があの日わたしに見せてくれた光は――騎士道は、狂気に呑まれた私を救い出してくれたのに、あの日気味が見たいと思った景色は一緒に見ることは叶わないらしい。

 フィロ。幼いころの私を、弱い自分を助けてくれた恩人の一人。強くなった自分を見て、もう自分は必要ないねってリーラのほうへ行ったけどちょっとだけ寂しかったんだ。

 クロシェ。フィロと違ってどんなに強くなっても、私を守って支えようとしてくれたお姉ちゃんのような人。感謝したいことはいっぱいあるのに、伝えたいことはいっぱいあるのに、それはもう叶わないなんて。

 そして――

 

「――良かった、間に合った」

「え――」

 

 今際の際の思考は、振り降ろされたハルバードからディスティールを庇うためにイーリスの血液と左腕と同じように飛び散った。

 ぐちょりと、湿った音がディスティールの顔に降り注ぐ。

 

 




サンプル部分後半です。
第2話から未投稿部分を公開していきます。
なお次回更新は投稿用に書き下ろしをした劇中劇となります。
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