己の命が失われるさなか、イーリスがとった行動は――
王歴1413年10月
街道を走れ、走れ、走れ。
「ディスティール、森に入ろう。もうそれしかない」
「……あぁ」
森は吸血鬼の住処だ。夜にも関わらずに侵入することは自殺行為だが、じきに馬に乗ったミレニアム騎士団の追手が来ることを考えれば生存確率はまだ上。
ディスティールは背負っていたイーリスの腰に未だ釣られていたペンライトのストラップを引きちぎって左手の森に投げた。
「――右に」
ディスティールの意図を察して3人が頷き右手の雑木林に身を投げるようにして隠れた。
息をひそめる。しばらくして一斉に足音が聞こえる。
「森に逃げ込んだのか」
「探せ!」
「夜の森に入り込むなんて自殺行為だぞ!」
「……リーラは吸血鬼。吸血鬼の配下になった騎士団の連中は保護されているのかもしれない」
「――クソっ。とりあえず今日のところは下がるぞ……」
馬の鼻息。追手の上ずった声。それらが離れていくのを感じディスティールは張りつめていた息を吐いた。
「――ふぅ」
「ディスティール」
「――っ、あ、リーラか」
後ろからいきなり声を掛けられたものだからおっかなびっくりと言った様子でディスティールが安堵する。
「……そろそろ街道に戻ろう。私はともかく、ディスティールやイーリスの血の匂いで吸血鬼が寄ってこられたらまずい」
「……分かるのか」
「こんなに血を出してたら、人間でもわかるんじゃない?」
ディスティールの半身はイーリスの血でべったりと染まっている。彼女も傷は負っているが、左腕を切断されたイーリスとは比べ物にならない。
森から街道に戻るとすでにフィロとクロシェが周囲を警戒していた。だが2人の手には剣は無い。
「……状況は」
ディスティールが声を掛けるとクロシェが依然と周囲を警戒して相手を見ずに答える。
「うちとフィロは大丈夫。リーラは……フィロを庇ってたから。でも剣は追手を追い払うときに落としちゃって、武器は短剣とリーラに刺さっていた矢ぐらいしかない。そして――」
「イーリス、か」
背負っていたイーリスを下ろす。ディスティールを庇う代償として左腕を失った彼女は荒い呼吸を繰り返している。追手に血の跡が辿られなかったのは応急処置として彼女が普段着用しているポンチョを強引に巻きつけたからであるが、今では吸いきれなくなった血が地面に滴り落ちている。
「……飲むか?」
「さすがに……この傷じゃあ、吸血鬼の唾液でもどうにもなりませんよ」
吸血鬼の唾液には切り傷を癒す効果がある。……だが普段の瀉血ならともかく、腕を切断されたのでは止血にもならない。
「――ぁ」
「イーリスっ!」
イーリスが目を覚まし、ディスティールが声を掛けた。しかしすぐに今の状況を思い起こし、口を押える。
寝かせていたイーリスをディスティールは半身だけ起こすように支えた。左腕がない分、いくばくか軽い気がする。
「――団長」
「すまない……イーリス、私を守るために……」
「大丈夫、ですよ……吸血鬼と人間の共生を誓った時から、覚悟はできてたんで。――団長は、傷無いですか……?」
「君ほどではない……!」
実際にはハルバードで吹き飛ばされたせいか、全身が痛いし擦り傷だらけだったがこのぐらいの傷は慣れっこだった。
城から持ってきていたサバイバルキットの中には傷を洗うための新鮮な水はない。傷を焼くにしても、せいぜいマッチしかない現状で夜に吸血鬼が潜む森のすぐ近くで焚火を起こすのも……
「団長………」
「……なんだ、イーリス」
弱々しく、しかしこちらに顔を近づけ始めたイーリスの様子にディスティールは努めて優しい声を掛けた。
大量出血によるショック死。おそらくほかの団員もそれを察して目を伏せる。
こんな終わり方なんて合ってはならない。誰よりも共生を願い、吸血鬼のリーラを説得した彼女の最期が不幸なものであってはならない。
だから最期の言葉だけは幸せになって欲しい。そう思ってディスティールは彼女の口に耳を寄せる。
「――ごめんなさい、これまで隠してて」
だからその言葉の意味も分からずに、ディスティールは自身の首筋に無防備に噛みつかれた。
「な、えっ――?」
「イーリス⁉」
「ディスティールっ!」
突然のイーリスの凶行にリーラが驚愕の声を上げ、クロシェが叫んだ。クロシェがイーリスの肩を掴もうとしたが、その切断されたはずの肩の傷口から緑色の燐光が輝き始めたことで手を思わずひっこめる。
「これ、は……吸血鬼の……⁉」
リーラがつぶやく。人の生き血を飲む特性、そしてどんな傷でも治癒する無法な再生能力――
しかしその燐光はイーリスの二の腕の途中で消えた。失われた肩は取り戻したものの、二の腕の途中から先が存在しない。
「……イーリス、きみは……?」
静まり返った街道にディスティールの声が響いた。
吸血鬼なら、腕は全部再生されるはずだ。しかし中途半端にだけ再生されるという状況は起きないだろう。
しかし他種族で人間の生き血を啜るなんてのは聞いたことがない。
驚愕、恐怖、警戒――様々な態度を見せる3人に先んじてディスティールは沸き立つ様々な感情を抑えながら努めて冷静に尋ねた。
イーリスは立ち上がりポケットからハンカチを取り出し、しゃがみ込むようにしてディスティールの首筋に残っている右腕で止血を始めた。
(傷が……治らない……? 吸血鬼の唾液は治癒の効能があったはず……)
「私、吸血鬼でも人間でもないんです」
「……?」
「ハーフ――って言えばいいんですかね? 母親が吸血鬼で、父が人間なんです」
「な――⁉」
その言葉にその場にいた人間が驚愕の声を上げた。
人間と吸血鬼の間にできた、子供だと? そんな話は娯楽小説の悲劇の主人公ぐらいでしか見かけない設定で、騎士団はおろか誰も現実にある話だとは思えなかった。
「あぁ……そういうことか」
ただ1人、リーラは納得したような態度を示す。
「あんた、言ってたもんね。人間と吸血鬼は共生できるはずだって、あの朝に。……それにあんたの血の味が変なのは……それが原因か」
リーラの言葉にイーリスは無理に作ったような笑みで頷いた。
顔が青い。ハーフの再生能力がどれほどかは知らないが、リーラほど無遠慮にできるようなものではないらしい。それに気づいてリーラは彼女に肩を貸す。
「ちょっと、顔色悪すぎ――止血は何とかなったからって、無茶してるでしょ……!」
「すみません――でも一言だけ」
イーリスは支えられながらも、まっすぐディスティールの目を見て言った。
「私は吸血鬼と人間が共生できるようにするため、騎士団に入団しました。そしてあの日――ディスティールさんがリーラさんを受け入れた日から、きっと叶うと思って……!」
「イーリス……!」
「私が死ぬのは構いません。でも、こんな夜に死ぬのは嫌だ……! 私はまだ、あの日見た希望が、現実になっているのを見れていない……! だから――!」
「イーリス」
貧血のせいか周囲が見えなくなって冷静さを失って言葉を連ねるイーリスの言葉を、ディスティールが優しく静かに制する。
「――置いて行ったりしない。いっしょに、見よう」
「……! は、い――」
がくりとイーリスの頭から力が抜け、気を失った。リーラが支えていたから倒れはしなかったが、他の団員たちが慌ててイーリスのほうに駆け寄る。
「大丈夫……?」
「支えるのも、こいつも大丈夫。……でも背負うの手伝って」
「うん……」
イーリスの呼吸は正常だ。それを確認したフィロが、リーラがイーリスを背負う作業を手伝い始める。
「ディスティールは大丈夫?」
「あぁ。嚙まれたのもなんてことは無い。疲労も……だいぶ抜けた」
クロシェの気づかいを丁重に断りながらディスティールはハンカチで傷を抑えながら立ち上がる。
「……舐めようか?」
「一応、頼んで良いか? なにせ騎士団の危機だ」
「………まさかこういった形で帰ってくるとはなぁ」
あんな軽口を叩いた夕食がすごく昔のことのようだ。
イーリスをおんぶしたままリーラはディスティールの首筋に舌を這わせる。普段は腕などをナイフで傷つけ瀉血をしていたから、吸血鬼らしい吸い方は久しぶりだ。
強い味の血液を舐め取り、傷が塞がっていくのを確認すると「治ったよ」とディスティールに声を掛ける。
「……今は何時だ?」
「んー……2時ちょっと過ぎたあたり?」
リーラは答えたが、体感と月の位置で正確な時刻を知るのはほぼ不可能である。
「夜明けまで――あと3、4時間」
「王都に戻る――のは無理だな。自殺行為だ。襲撃されたことを王に話したところで……そもそも政治的な権力を一切持たない王を危険に曝すのはまずい」
「とりあえず、移動しよう。……ずっと同じ場所にいたら、吸血鬼だけじゃなくいろんなものに襲われると思う」
フィロの言葉に騎士団の意思は決まったようだ。ディスティールがその言葉に頷いて、視線を落としながら言う。
「……我々は、王都から亡命する。このまま王都にとどまっても……我々の手では吸血鬼と人間の間に広がる溝は深まると判断した。……逃げよう。みんなが私たちの意見を受け入れてくれる日まで」
その言葉は重く、しかし誰も否定できず、彼女たちの現在を照らしていた。
*
吸血鬼除けのお香、というのが王都の店で販売されていたことがある。果たして効果があるのか、とリーラに嗅がせてみたところ「そもそもこんな臭いが強いもの、人間でも苦手でしょー」と前置きした後に「森でこんな臭いがする生物はいないから、変に学習されて逆に寄せるようになると思う」という結論が下されたはずだ。
ようやく空が白み始めた。野良の吸血鬼に襲われなかったのは運が良い。
「なんとか、抜けたな」
数十分前にイーリスを背負う役はディスティールに変わっていた。
サバイバルキットにあった雨用の薄い外套をイーリスに被せて街道を歩く。あえて村に行かないのは、クーデターの首謀者であるミレニアム騎士団の団員が訪れる可能性があるからだ。
「……ん」
「あ――イーリス、起きたか」
「はい……」
「立てるか?」
「……おそらく」
ディスティールに背負われていたイーリスが自分の力だけで立とうとするとすこしふらつく。やはり左腕を失ったことによってバランスが崩れた影響が出ている。
「さすがに完全回復とまではいかないかぁ」
「左腕、無いから。痛まない?」
「体のほうは……腕無くなったこと以外は特には。でも久しぶりに血を飲んだせいか、若干――胃もたれ?」
「胃もたれ……」
フィロの視線がどんな表現? と訊いてきたがイーリスもそう言うほかない。逆に吸血鬼のリーラはその感覚になんとなくの思い当たりがあるのか妙に納得した表情だ。
ディスティールが大きく息を吐いて地面に座った。素肌を擦ってべっとりとこびりついた乾いた血を少しずつ剥がし始める。
「――さすがに、休もう。私も、さすがに、な……」
「そうね。うちも、ちょっと眠い」
ディスティールの提案にクロシェが頷いた。フィロも音は上げていないが、目の下に隈が見える。
「じゃあ吸血鬼組が監視をするんでー、3人は寝ててくださーい」
「……良いのか?」
「イーリス、いけるよねー。さっきまで寝てたようなもんだし」
「あはは……はい、大丈夫です」
リーラの軽口にイーリスは苦笑いしながら肯定したが、たぶんディスティールが尋ねた相手はリーラのほうじゃないかとまでは言わなかった。
「イーリス。……起きたら話をしよう。聞きたいことがいっぱいある」
「……はい」
厳しい面持ちで尋ねたディスティールが目を閉じた。クロシェもリーラも樹に身を預けて寝始める。
空が白から青に変わっていく。その様子を2人は眺め始めた。
「……リーラさんは、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だから。さっきディスティールの首の傷を治すために舐めたから、結構目がさえてるんだよね」
「……すみません」
ディスティールの首の傷に思い当たりがあり、イーリスが謝る。
太陽の光がリーラの肌を炙る。
「……ハーフってさ、太陽つらくないの?」
「父との比較になりますけど……能力は人間と比べて若干力が強くて、感覚が優れてて、意図的に血を飲めば体調が整う程度。――といっても全力の団長と戦うことができないレベルですが。弱点は……やや病気にかかりやすいぐらいですかね」
「……吸血鬼なんかよりも、暮らしやすそう」
「………そうかもですね。もっとも、ハーフなんて私も私以外見たことないから……問題は『生まれること』じゃないんですか?」
(……いや、これは違うな。リーラさんは私を羨んでいる)
確かに自分の生い立ちは異常だ。でもデメリットだらけの吸血鬼や虚弱なだけの人間に比べれば「良いトコどり」に聞こえるのは仕方がない。
もっとも母親に「生まれること」の難易度をよくよく言い聞かされたからって、それを言うつもりは無かったが。
無意識に左腕を触ってしまう。二の腕の途中までは再生されたのは良かったかもしれないが、ディスティールの血液を飲んだことによる影響か、それともここまで大規模な再生を行ったのが初めてだったためか、まだ気持ち悪い。
(リーラさん、団長の血をラム酒って例えたのはそういう意味だったのかなぁ)
「……ごめん」
「え?」
「いや、なんか――嫌なこと言って。腕、全部再生されたほうがいいよね」
別にリーラの言葉を気にしている訳ではないのだが。……そんなことを言っても何の意味も無いということには気づいていたのでイーリスは黙る。
「……」
「………」
きまずい。
リーラからしてみれば「どうしてこれまで半吸血鬼であることを隠していたのか」と言いたくなるだろうし「でもディスティールが騎士団殲滅を掲げていたあの時期や、騎士団が共生を掲げて国民から非難にさらされている時期にハーフなんて公表できるわけがない」という思いもあるはずだ。
だからイーリスも何も言えない。自分がリーラを盾にしていたという自覚もあるからだ。
「――団長の血液ってさ、きついよねー」
だからややあってリーラがらそんなことを言って話しかけられたときは、どのような反応を返すべきか分からなかった。
「え、あ――はい。なんか、まだ胸の中に残ってるみたいで……。たぶん私がそこまで血を消化……? しにくいらしいので」
「血、そこまで飲まないの?」
「森を走り回っていた時に骨を折って――その時ぐらいですかね。父のを飲んだんですけど、そこまでおいしいとは」
「……イーリスの両親はどうして………その、イーリスを産んだの? というか、産めたの?」
「ん?」
どういう意味だろうか。そりゃあ人間と吸血鬼が恋愛結婚したなんて話、だれも聞かないだろうが……。
「――私の母は吸血鬼なのに人間と吸血鬼の研究をしてて、コミュニティの中でも疎まれてまして……だからはぐれてたところにお父さんと出会って……ってらしいです」
「いやそうじゃなくって、身体構造上無理じゃない? って話で」
「あ、そっち………」
よくよく考えてみれば、吸血鬼と人間の間に恋愛感情が芽生えるというのは本人がその回答をよく知っているではないか。だというのに両親の馴れ初めなんかを話してイーリスは少し恥ずかしくなった。
吸血鬼の身体構造……と思い浮かべて、リーラが懸念している部分が分かってイーリスはつぶやく。
「……そもそもリーラさんたちじゃ、どっちも女性なんだし無理なんじゃないんですか?」
その回答にリーラは「そっかー……」と納得し――かけたが、よくよく考えたら主語が自分になっていることに違和感を持つ。
「でも……あぁ――いや、そんなことは無いとは思うんだけど……」
しかし言及しようかと思ったら、イーリスはなにやら呟いていた。いつもなら顎に当てている左手がないから非常にやりにくそうである。
「……どうしたの?」
「いや……これからのことをどうしようかと。私たち、王都から逃亡しているものだからもう普通の村じゃ無理だなぁって。だから私の故郷――って考えたんですけど」
「……うん」
まじめな話に戻ったのでやや不満だったが、リーラも能天気なことを言えた状況ではないことは分かっているため意識を切り替える。
「イーリスの故郷か。……吸血鬼が住めるの?」
「吸血鬼どころか指名手配中の罪人からドッペルゲンガー、人間嫌いの人間とかいろいろ居ますよ。ただ団長さんがそれを受け入れるか……って」
「さすがにディスティールも受け入れるしかないでしょ」
イーリスが挙げて言った情報は、確かに騎士団としては好ましい情報ではない。
いわゆる隠れ里というやつだ。普段なら騎士団の役目として重要な情報源だが……まぁそれを隠していたというのはもう目を瞑るしかない。
「……一番の問題は、私の母親なんです。――ほら、髪の色」
そう言ってイーリスは自身のツインテールの一房をぶんぶん回して見せた。
黒髪……
「――黒髪の吸血鬼」
かつてディスティールの故郷を焼いた犯人。
去年の12月に王都を襲撃した吸血鬼も黒髪だったが、確証自体は無い。
「黒髪なんて、珍しくはないとはいえ……。あり得なかったとしても……」
「……今の状態のディスティールと一緒に生活は危なっかしいし、恐ろしい……か」
イーリスもリーラもディスティールの精神状態は何となしに把握している。
リーラは受け入れることができたけど、吸血鬼を受け入れられたわけじゃない。しかも、黒髪……。
「……団長が起きたら訊いてみるしかないですね」
イーリスの懸念がこもった言葉にリーラは返答できなかった。
*
ディスティールの回答は「今回はもう仕方ない」だった。
騎士は親と絶縁する仕組みとなっているし、イーリスが隠れ里出身でそれを隠していたこと、なんなら自分の母親が吸血鬼でそれを隠していたことは、今更ここでそんなことを糾弾しても自分たちの首を絞めることになる。
亡命すると決めたのだ。もう引けない。となれば隠れ里は1番マシな選択肢である。
ただ――
「……黒髪の吸血鬼、か」
隠れ里へ向かう一行の歩みの中でディスティールのつぶやきが残った。
「イーリス。……君の母上は――村を襲ったとか言っては無かったのか?」
「聞いてないですね。ただ人間に商品を出荷したり研究とか言って数日家を空けることはよくあったので」
「出荷? 研究……? ……まさか」
「断っておきますが」
何やらディスティールが変な妄想をし始めたところでイーリスは強引に断ち切った。
「うちの両親、時計職人なんですよ。出荷はそれです。研究は――まぁ人間の生態とか吸血鬼の生態とか。私の騎士道も母の考えがベースになってますので」
先頭を歩くイーリスからはすぐ後ろのディスティールの表情は伺えない。
森の中にある隠れ里への道は複雑怪奇で道と呼べるのかと言いたくなるものだ。案内人がいなければたどりつけないだろう。
「……もっともあの人は理論派で頭でっかちで机の上でしかありえないようなものだと思ったから家を飛び出しちゃったんですけどね……。もうちょっとあの人の研究を聞いとけばよかったなぁって最近は思ってたんですけど」
「………」
とぼけて無理やり明るいような雰囲気をイーリスが出したところで一行の雰囲気は悪くなるばかり。
ディスティールからしてみれば、片腕を挺して自分を守ってくれた新入りの母親が自分の故郷を燃やしたかもしれない吸血鬼かもしれないという話になっているのだ。どういう顔でのこのこと「守ってくれ」と言える立場なのだ?
「さて――そろそろです」
「……意外と近いな」
「まぁ時計の出荷がしやすい場所でここに住み始めたらしいので……。どうしてこんなところに隠れ里ができたのかまでは私も知りませんが」
騎士団が襲撃されてまだ2日程度。つまりは歩いて2日で王都に行けるような場所で吸血鬼や指名手配犯の隠れ里があったというのはあまりいい気分ではない。
「さて……そろそろのはずだけど」
……隠れ里に人は近づけない。
様々なまじないや錬金術、魔法によって張り巡らされたものが侵入者を迷わせ諦めさせる。ここまでやって来れたのはイーリスを先頭に残りの4人がムカデ競争のように前の人の肩に手を当てて歩いてきたからだ。
そして――偶然にせよ、意図的にせよここまでやって来れた人間を迎えるための番人が来るはずだ。
イーリスは拾っていた石を右手で放り投げた。無造作に投げたようにも見えるそれは正確に草むらの中のトラばさみを起動させ、がしゃんと音が鳴る。
それを複数回繰り返すイーリスに、いよいよ他の団員が訝しみ始めたころにようやく人間がやってくる音が聞こえた。
「だれ――」
「大丈夫ですよ」
ディスティールがイーリスの肩を軽く叩いたが、イーリスは団長を落ち着かせるように彼女の手を優しく叩くだけ。警戒する相手ではない、ということだ。
そしておそらく罠を仕掛けたであろう男が見えた。一行を見て一瞬で驚愕の表情を見せる。
「イーリス!」
彼が叫んで駆け寄る。あちらこちらに罠が仕掛けられているのに大丈夫なのだろうか、とリーラはどうでもいい心配をした。
「あ、お父さん」
「お父さん⁉」
たしかにこっちに駆け寄ってきている男と彼女の面影は似ている。だが想定よりも顔合わせが早くなったことに騎士団員の顔に一気に緊張が走った。
「イーリス、その人たちはもしかして騎士団の――」
彼はやや緊張しながら騎士団の面々を見ながら話した。
隠れ里にとって騎士団の来訪は良いことではないはずだ。彼の表情には怯えが残っていた。
しかしイーリスの姿を、彼女の左腕がさっぱりと切断されていることに気づいて父は彼女の肩を掴んだ。
「左腕どうしたんだ……⁉」
「あー……そのこと込みで聞くんだけど……」
イーリスは自身の左腕がなくなったことに特に執着することもなく父に頼んだ。
「……しばらく、かくまって欲しいなぁって」
騎士団のヴェールのMVが公開されるみたいですね。
私としては「橙よりも未来」をもう一度見たいです。いや、全部見たいです。10万までならポンと出すのでDVD出してください。