第13話 ガンダムスローネ
西暦2308年――タクラマカン砂漠・中央戦域
アストレアが青白い光を纏い、砂塵の上を駆け抜ける。
《オーバーライズ》。
かつて未来のレイナスから教わった技術を、この時代で初めて使った。
そして、それを見たレイナスは自力で原理へ辿り着いた。
少し離れた空域では、そのレイナスが奪ったイナクトでグラハムのフラッグと渡り合っている。
そちらへ意識を割きすぎる余裕はない。
アーミアの役目は、十五時間以上戦い続けた四機のガンダムをここから連れ出すことだ。
「右後方、二機来ます!」
『了解!』
ロックオンのデュナメスが振り向きざまにライフルを撃つ。
敵機が回避する。
その動きを追うより早く、アーミアの意識は別方向へ向いていた。
来る。
「刹那さん、正面!」
『分かった』
エクシアが即座に進路を変える。
直後、砲撃がそれまでエクシアのいた空間を通過した。
センサーだけではない。
戦場に散らばる無数の意識。
敵意。
緊張。
攻撃へ移る直前の集中。
イノベイターとして覚醒してから長い年月を生きたアーミアにとって、それらを拾い上げることは難しくない。
『アーミア』
アレルヤの声が届く。
『君はさっきから、敵が動く前に――』
「後にしてください。今は離脱を優先します」
『……了解』
それで会話を切る。
今ここで説明する話ではない。
アーミアはアストレアを前へ出した。
正面には、さらに新しい部隊。
こちらを消耗させるために、まだ戦力を投入してくる。
《オーバーライズ》を纏ったアストレアなら突破できる。
だが。
自分だけ抜けても意味がない。
後ろの四機を連れて帰らなければならない。
「ティエリアさん、正面を開けられますか?」
『可能だ』
ヴァーチェがGNバズーカを構える。
『射線から離れろ』
「了解」
アストレアが上昇。
次の瞬間。
大出力の砲撃が敵陣を貫いた。
包囲の一角が崩れる。
『今よ!』
スメラギの指示。
四機が一斉に動く。
アーミアも反転し、その先頭へ出た。
ここを抜ける。
そう思った時だった。
新たな反応。
三つ。
アーミア自身が感じ取るのと。
プトレマイオス側が捕捉するのは。
ほとんど同時だった。
『新たな機影!』
クリスの声が通信へ飛び込む。
『三機、高速で戦闘空域へ接近!』
『所属は?』
『不明です! でも――GN粒子を確認!』
スメラギが黙る。
ロックオンが先に反応した。
『おいおい。こっちのガンダムは全員ここにいるぞ』
『ええ』
スメラギの声が低くなる。
『予定されている増援でもないわ』
アーミアは何も言わない。
この時期。
三機。
GN粒子。
そこまで揃えば。
思い当たる存在はある。
だが。
推測を通信へ流すことはしなかった。
数秒後。
答えの方から戦場へ現れた。
砲撃。
アストレアたちではない。
包囲していた三大国家群の部隊へ向けて。
予想外の方向から攻撃を受け、敵陣が乱れる。
そこへ。
三機のモビルスーツが突入した。
『ガンダム……』
刹那の声。
アーミアは。
黙って三機を見る。
赤と黒を基調とした。
見慣れないガンダム。
だが。
アーミアにとっては。
見知らぬ機体ではなかった。
三機のうち。
一機。
赤い機体を見た瞬間。
記憶が繋がる。
――スローネドライ。
名前は口にしない。
視線もすぐに戦場へ戻す。
『接近した三機から通信です!』
クリスが報告する。
『回線、繋ぎます!』
通信へ。
落ち着いた男の声が入った。
『こちら、ヨハン・トリニティ。我々はソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ』
続いて。
別の男。
『ミハエル・トリニティだ!』
そして。
最後に。
明るい少女の声。
『ネーナ・トリニティでーす! よろしくね!』
その名前を聞いても。
アーミアは。
何も言わなかった。
ただ。
間違いないと。
確認した。
◆
ずっと昔。
アーミアが。
まだ幼かった頃。
その事件を。
リアルタイムのニュースで見ていた。
テレビに映っていたのは。
破壊された建物。
立ち上る煙。
慌ただしく動く救助隊。
運び出されていく人々。
結婚式の会場が。
ガンダムと思われるモビルスーツから攻撃を受けた。
当時のアーミアが理解できたのは。
それくらいだった。
戦場ではない。
軍事施設でもない。
結婚を祝うために。
人が集まっていた場所。
そこが。
突然。
攻撃された。
誰がやったのか。
なぜ攻撃したのか。
あのガンダムが何という機体なのか。
幼いアーミアは知らなかった。
ただ。
結婚式をしていただけの人たちが。
ガンダムに攻撃された。
その光景が。
怖かった。
だから。
忘れなかった。
成長してから。
アーミアは。
自分であの事件について調べた。
子供の頃には分からなかった。
あの日。
何が起きていたのかを。
そして。
知った。
結婚式場を攻撃した機体。
ガンダムスローネドライ。
その搭乗者。
ネーナ・トリニティ。
けれど。
なぜ。
ネーナが結婚式場を攻撃したのか。
そこまでは分からなかった。
調べても。
アーミアが知ることのできた記録からは。
その理由までは分からなかった。
それでも。
機体と。
搭乗者の名前は。
忘れなかった。
◆
現在。
そのスローネドライが。
目の前にいる。
そして。
通信から聞こえてきた。
ネーナ・トリニティという名前。
アーミアは操縦を続けながら。
事実を切り分ける。
今。
目の前にいるネーナは。
まだ。
あの事件を起こしていない。
スローネドライは。
今は。
自分たちを助けるために戦っている。
未来を知っているからといって。
今のネーナを。
すでに罪を犯した人間として扱うことはできない。
だが。
アーミアは知っている。
自分が生きてきた世界では。
この先。
あの事件が起きた。
それを。
知っている。
『包囲が崩れた!』
ロックオンの声。
スメラギが即座に指示する。
『この機を逃さない! 全機、離脱!』
「了解」
アストレアを旋回。
エクシアたちの進路を確保する。
スローネ三機が介入したことで。
三大国家群の包囲は。
明らかに乱れている。
逃げるなら。
今しかない。
アーミアは敵機の接近を察知し。
振り向きざまに迎撃する。
戦闘への集中は切らさない。
その一方で。
考えていた。
この時代へ来てから。
未来を話すことを避けてきた。
歴史を変えることが。
怖かったから。
自分の知っている歴史では。
レイナスがいた。
彼が介入したことで。
多くの人たちが生き残った。
なら。
余計なことをせず。
この時代のレイナスに任せれば。
自分の知る歴史へ近づくのではないか。
そう考えていた。
だが。
もう。
そんな単純な話ではない。
自分は。
タクラマカンへ出た。
アストレアに乗った。
《オーバーライズ》を使った。
そして。
それを見たレイナスは。
本来より早く。
《オーバーライズ》へ辿り着いた。
自分が。
ここにいる。
その時点で。
同じ歴史ではない。
それでも。
未来を話さないという選択だけは。
守ってきた。
だが。
スローネドライを見て。
初めて。
その選択の。
もう一つの意味を突きつけられた。
黙っているということは。
自分の知っている悲劇についても。
黙るということだ。
あの結婚式が。
また襲われるかもしれない。
それを知りながら。
何もしない。
事件が起きた後で。
歴史を変えたくなかったから。
そう説明するのか。
アーミアには。
できなかった。
まだ。
事件は起きていない。
なら。
止められるかもしれない。
結婚式に集まる人たちを。
守れるかもしれない。
そして。
ネーナ自身が。
その事件を起こすことも。
止められるかもしれない。
それは。
今だからできることだ。
アーミアは。
静かに決めた。
話そう。
未来を。
ただし。
何もかも無制限にではない。
自分の知っている歴史が。
この世界でも必ず起きると決めつけることもしない。
まず。
自分が何者なのか。
なぜ。
これから起きるかもしれないことを知っているのか。
そこから話す。
その上で。
何を伝えるべきなのか。
一緒に考える。
◆
『アーミア』
スメラギから通信が入った。
『聞こえてる?』
「はい」
『そちらの状況は?』
「問題ありません。エクシアたちの離脱経路を確保します」
『お願い』
「了解」
それだけ。
今は。
戦闘中だ。
未来の話をする場所ではない。
新しく現れた三機が。
こちらの通信をどこまで把握できるのかも分からない。
アーミアは。
必要な情報だけを伝える。
「スメラギさん」
『何?』
「帰還後、少し時間をいただけますか」
短い間。
『……分かったわ』
理由は聞かなかった。
それでいい。
「ありがとうございます」
『まずは帰ってきなさい』
「はい」
通信を終える。
アストレアを加速。
敵機を牽制しながら。
四機のガンダムと共に。
包囲の外へ向かう。
◆
『アーミア』
今度は。
レイナスからだった。
背後の戦域では。
青白い光を纏ったイナクトが。
グラハムのフラッグと交戦を続けている。
『三機増えたな』
「はい」
『知ってるか?』
レイナスだけなら。
答えてもいい。
彼は。
アーミアが未来から来たことを知っている。
それでも。
ここで話す必要はない。
「帰ってから話します」
『了解』
あっさりと。
それ以上は聞かない。
「先生」
『ん?』
「帰ったら、先生にも付き合ってもらいたいんですが」
『話に?』
「はい」
『構わないよ』
フラッグの攻撃を。
イナクトがかわす。
通信越しでも。
戦闘の激しさは分かる。
それでも。
レイナスの声は変わらない。
アーミアは。
一瞬だけ迷ってから。
伝えた。
「私が未来から来たことを、ソレスタルビーイングのみんなに話そうと思います」
短い沈黙。
『そうか』
「……驚かないんですね」
『俺はもう聞いてるからな』
「そういう意味じゃありません」
『決めたなら、それでいいんじゃないか』
「止めないんですか?」
『止めてほしいのか?』
「いえ」
『なら話は早い』
レイナスは。
グラハムの攻撃を受け流す。
『お前の事情だ。話すかどうかを決めるのもお前だよ』
アーミアは。
小さく息を吐いた。
「先生は、そういう人でしたね」
『未来の俺も?』
「そこは秘密です」
『急に情報管理が厳しくなったな』
「元からです」
『そうだったか?』
「そうです」
アーミアは。
ほんの少しだけ笑った。
「とにかく、帰ったらお願いします」
『了解。こっちも何とか帰るよ』
その直後。
グラハムの声が割り込む。
『この程度で私から逃れられると思うな!』
レイナスが。
小さく息を吐く。
『……帰らせてくれる気はないらしい』
「先生なら大丈夫でしょう?」
『簡単に言うな』
「先生なら、本当にやると思ってますから」
一瞬。
通信の向こうが静かになった。
『……そいつはどうも』
それ以上は言わず。
レイナスは再びグラハムへ向かう。
アーミアも。
前を見る。
三機のガンダムスローネ。
その中を飛ぶ。
スローネドライ。
幼い頃。
テレビの向こうで見た。
あの事件。
まだ。
起きていない。
なら。
同じニュースを。
もう一度。
この世界で流す必要はない。
未来を知っているから。
未来に従うのではない。
知っているからこそ。
選べることもある。
アーミアは。
青白い光を纏うアストレアを加速させる。
まずは。
ここにいる全員で帰る。
そして。
話そう。
自分が。
西暦2364年から来たことを。
未来を知っていることを。
その未来が。
この世界でも必ず起きるとは限らないことも。
その上で。
これからを。
この時代にいるみんなと決める。
それが。
今のアーミア・リーが選んだ。
最初の答えだった。