西暦2308年――ソレスタルビーイング地上施設・ブリーフィングルーム
タクラマカンから帰還して数時間。
十五時間を超える戦闘を続けた四人のマイスターには休息が必要だった。各ガンダムの損傷も軽くなく、戦闘記録の整理もまだ終わっていない。
加えて、戦闘の最後に現れた三機のガンダム。
ガンダムスローネ。
確認しなければならないことはいくらでもあったが、アーミアがスメラギに求めた話し合いは、その日のうちに設けられた。
ブリーフィングルームには、スメラギ、刹那、ロックオン、アレルヤ、ティエリア。
イアン。
クリスティナ。
フェルト。
ラッセ。
リヒティ。
そして、レイナス。
プトレマイオスの主要メンバーが集められていた。
アーミアは、その顔を一人ずつ見た。
知っている。
誰もが。
自分にとっては、知っている人たちだった。
けれど。
彼らにとっての自分は違う。
突然現れた。
素性の分からない少女。
それだけだ。
「それで?」
スメラギが口を開く。
「タクラマカンで言っていた話を聞かせてもらえる?」
「はい」
アーミアは頷いた。
ここへ来てから、ずっと避けていた。
未来を話すことを。
自分の知識によって、この時代の人たちの判断を変えてしまうことを。
だが。
今日。
スローネドライを見た。
幼い頃、テレビのニュースで見た結婚式場への襲撃。
大人になってから調べ、その機体と搭乗者を知った事件。
まだ。
起きていない。
なら。
知っていて黙っていることも。
一つの選択になる。
「最初に」
アーミアは言った。
「今まで皆さんに黙っていたことがあります」
ティエリアの表情が僅かに険しくなる。
スメラギも何も言わず、続きを待っていた。
アーミアは一度だけ息を整える。
「私は、西暦2364年から来ました」
静まり返った。
誰も。
すぐには言葉を返さなかった。
「……2364年?」
ロックオンが聞き返す。
「はい」
「今が2308年だぞ」
「分かっています」
クリスティナが指を折るようにして。
途中でやめた。
「五十年以上先……?」
フェルトが答える。
「五十六年」
「……未来から来たってこと?」
クリスティナがアーミアを見る。
「はい」
その返事を聞いても。
誰も納得した様子はなかった。
当然だった。
スメラギがアーミアをじっと見る。
「確認するわ」
声は落ち着いている。
「あなたは、自分が西暦2364年からこの時代へ移動してきた、と言っているのね?」
「はい」
「どうやって?」
「分かりません」
「分からない?」
「2364年にいた時、私が乗っていた船が宇宙で正体不明の異常現象に接近しました。その直後、私は2307年へ移動していました」
スメラギの表情は変わらない。
「船は?」
「来ていません」
「他の乗員は?」
「私が知る限りでは、誰も」
「あなた一人だけ?」
「はい」
ティエリアが口を開いた。
「それでは証明にならない」
「はい」
アーミアは即答した。
「私もそう思います」
ティエリアが僅かに目を細める。
「……認めるのか」
「私がそう証言しているだけですから」
未来から来た。
自分にとっては事実だ。
だが。
彼らにとっては違う。
スメラギも同じところを見ていた。
「あなた自身が嘘をついていなくても、認識が間違っている可能性もある」
「あります」
「ここが本当にあなたのいた世界の過去なのかも分からない?」
「はい。それも分かりません」
ロックオンが。
腕を組んだまま息を吐く。
「ずいぶん景気のいい話が出てきたと思ったら、本人が一番慎重だな」
「慎重にもなります」
アーミアは答えた。
その時。
スメラギの視線が動いた。
レイナス。
さっきから。
彼だけは。
驚いていない。
「レイナス」
「ん?」
「あなた、知ってたわね?」
レイナスは。
少しだけ眉を上げた。
「ああ。その話ならな」
今度は。
部屋中の視線が彼へ集まった。
「いつから?」
「会った日のうちに聞いたよ」
「それを今まで黙っていたの?」
スメラギの声には。
僅かに責める響きがある。
だが。
レイナスは特に動じなかった。
「俺の話なら好きに喋るけどな。人から預かった話まで勝手に開示するほど、口の軽い商売はしてない」
「商売って……」
クリスティナが呟く。
レイナスは軽く肩をすくめた。
「信用は一度売ったら買い戻す方が高くつく。黙ってくれと言われたわけじゃないが、本人が伏せてるなら同じことだろ」
スメラギは。
しばらくレイナスを見ていた。
「……どこまで知っているの?」
「大したところまでは」
レイナスはアーミアへ視線を向けてから答える。
「2364年から来たこと。《アニマ》を使えること。右手がELSっていう地球外生命体と融合してて、今は共生してること」
そこで。
止める。
「俺が聞いたのは、その三つくらいだ」
「待って」
クリスティナが手を上げた。
「今、ものすごい情報が一個混ざったんだけど」
「ELSか?」
「地球外生命体!」
「そっちだな」
「そっち以外ないよ!」
レイナスは。
少しだけ苦笑する。
「まあ、そっちは俺も説明できない。詳しい契約内容を聞いてないんでな」
「契約してません」
アーミアが訂正する。
「そうなのか?」
「そうです」
「なら、なおさら俺の担当外だ」
「先生」
「分かってる。茶化すところじゃなかったな」
レイナスはそこで引いた。
スメラギが話を戻す。
「未来の出来事については?」
「何も」
レイナスの返事は早かった。
「こいつが未来で何を見たのか。CBがどうなるのか。今日の三機が何なのか。そういう話は一つも聞いてない」
「聞こうとは思わなかった?」
ロックオンが尋ねる。
「多少は気になったさ」
レイナスは答える。
「でも、本人が話したくないものを掘り返してまで先の答えを知りたいとは思わない。知らないなら知らないで、目の前の仕事は片付く」
一拍。
「まあ、今日からはそうも言ってられないらしいけどな」
アーミアを見る。
その目に。
問い詰めるような色はない。
話すと決めたなら。
聞く。
それだけだ。
ティエリアがレイナスへ向く。
「君は彼女が未来から来たという話を信じたのか?」
「保留だよ」
「保留?」
「嘘をついてるようには見えなかった。だからって、本人の認識まで正しい保証はない」
レイナスは落ち着いて続ける。
「俺自身、別の世界を渡ってきた経験がある。だったら最初から『絶対にあり得ない』の札を貼る理由もない。分からないものは分からないまま置いとけばいい」
「……随分と簡単に言う」
「答えがない段階で考え込んでも、利息が増えるだけだからな」
レイナスは軽く肩をすくめる。
「材料が増えた時に考え直せばいい」
ティエリアは。
反論せず黙った。
スメラギがアーミアを見る。
「証拠になるものはある?」
「完全な証拠になるかは分かりません。でも、持ってきたものがあります」
アーミアは。
個人端末を取り出した。
机の上へ置く。
「2364年で使っていた私の端末です」
イアンが身を乗り出した。
「未来の機械ということか?」
「はい」
「見せてもらっても?」
「そのつもりで持ってきました」
ティエリアが尋ねる。
「内部には?」
「歴史に関する資料、技術資料、モビルスーツに関するデータ。それから私個人の記録があります」
「2364年までの歴史がすべて入っているのか?」
「いいえ」
アーミアは首を横に振った。
「あくまで個人端末です。私が保存していた情報しかありません」
「当然だな」
ティエリアが答える。
アーミアは。
端末をスメラギの方へ動かしかけた。
「中身も確認して――」
止まった。
端末を見る。
「……すみません。少し待ってください」
「どうしたの?」
「このまま渡すのは駄目です」
スメラギが眉を上げる。
ティエリアの表情も険しくなる。
「今になって開示を拒むのか?」
「違います」
アーミアは。
すぐに否定した。
「歴史と技術に関する情報は全部渡します。ただ、この端末は本当に私の個人端末なんです」
クリスティナが首を傾げる。
「だから?」
「写真や映像も入っています」
「アーミアの?」
「私だけならいいんです」
アーミアは。
部屋を見渡した。
「皆さんも映っています」
今度は。
違う種類の沈黙が落ちた。
ロックオンが。
ゆっくり自分を指す。
「……俺も?」
「はい」
「つまり、未来で俺たちはお前と――」
「そこから先は聞かない方がいいです」
アーミアが止める。
ロックオンは。
すぐに察した。
「ああ……なるほどな」
クリスティナは。
まだ分かっていない。
「何が?」
アーミアは。
どう説明するか迷った。
「写真や映像を見るだけで、歴史とは関係のない未来まで分かってしまいます」
「例えば?」
「誰と誰が結婚したとか」
「結婚!?」
クリスティナの反応は早かった。
フェルトも。
思わずアーミアを見る。
リヒティまで。
僅かに姿勢を正した。
「この中にいるの!?」
「答えません」
「そこまで言われたら気になるって!」
「だから失敗しました。例を出すべきじゃなかったです」
ラッセが。
小さく笑う。
「そりゃそうだ」
「ラッセまで!」
「俺は聞いてないぞ」
アーミアは端末を手元へ戻す。
「とにかく、私的な記録は分けます。必要な未来情報と、皆さん個人の将来は別です」
スメラギが頷いた。
「それがいいでしょうね」
「整理した上で、歴史と技術に関する情報は渡します」
「分かったわ」
ティエリアも。
今回は異論を挟まなかった。
「それで」
スメラギが改めてアーミアを見る。
「どうして今日、そこまで話す気になったの?」
アーミアは。
迷わず答えた。
「ガンダムスローネドライです」
刹那が反応する。
「今日現れたガンダム」
「はい」
「知っているのか」
「知っています」
アーミアは。
もう隠さなかった。
「ヨハン・トリニティ。ミハエル・トリニティ。そして、ネーナ・トリニティ」
レイナスも。
黙って聞いている。
彼にとっても。
ここから先は初めて聞く話だ。
「私が子供だった頃、一つの事件がありました」
アーミアは。
幼い頃の記憶を辿る。
「結婚式の会場が、ガンダムタイプのモビルスーツに攻撃されました」
クリスティナの表情から。
先ほどまでの好奇心が消える。
ロックオンが眉を寄せた。
「結婚式ってことは、民間人か」
「はい」
「戦闘に巻き込まれた?」
「違います」
「軍事的な理由は?」
「私には分かりません」
アーミアは。
そこを曖昧にしなかった。
「当時の私は子供でした。テレビのニュースで事件をリアルタイムに見ただけです」
破壊された会場。
立ち上る煙。
救助に走る人々。
軍事施設でもなければ。
戦場でもない。
だからこそ。
幼かった自分の記憶に残った。
「その時は、攻撃した機体の名前も、パイロットも知りませんでした」
アーミアは続ける。
「大人になってから、あの事件について自分で調べました」
そして。
知った。
「攻撃した機体が、ガンダムスローネドライ」
今日。
目の前に現れた機体。
「搭乗者が、ネーナ・トリニティだったことを」
レイナスの表情から。
僅かに軽さが消えた。
「……今日、通信に出てきた子か」
「はい」
「襲った理由は?」
「分かりません」
「そこまでは記録に残ってなかった?」
「少なくとも、私が調べた範囲では」
「分かった」
レイナスは。
それ以上を推測しなかった。
ティエリアが口を開く。
「その事件がこれから起こるというのか?」
「私が知っている歴史では、起きました」
「ならばネーナ・トリニティは――」
「まだ何もしていません」
アーミアは。
はっきりと言った。
ティエリアが止まる。
「私の知っている歴史で事件を起こしたとしても、今のネーナ・トリニティはまだ起こしていません」
「だから罪には問えないと?」
「はい」
「では放置するのか?」
「いいえ」
アーミアは。
首を横に振る。
「起きる前に止めます」
レイナスが。
静かにアーミアを見る。
今度は。
何も言わない。
決めるのは。
アーミアだ。
「そのために未来を話すの?」
スメラギが尋ねる。
「それだけではありません」
アーミアは。
今日の戦いを思い返した。
「私が《オーバーライズ》を使った時点で、もう私の知っている歴史とは違います」
イアンが反応する。
「あの青白い強化か」
「はい」
アーミアは。
レイナスを見る。
「私が知っている歴史では、《オーバーライズ》を生み出したのは先生です」
レイナスの眉が。
僅かに上がった。
「……俺が?」
「はい」
これは。
彼も知らない。
「今日より後に、先生自身が考え出します」
「なるほど」
レイナスは少し考える。
「で、お前が今日使えた理由は?」
「未来で先生から教わったからです」
今度は。
レイナスが黙った。
数秒。
頭の中で順序を整理したらしい。
「未来の俺が作る。お前が教わる。お前がこっちに来て使う。それを今の俺が見て、自分で答えに辿り着いた」
「そうです」
「……先に完成品を見せられたか」
レイナスは苦笑する。
「技術屋だったら随分と複雑な気分だろうな」
「先生は技術屋じゃありません」
「だから助かった」
イアンが横から口を挟む。
「わしなら納得せんぞ」
「だろうな」
レイナスは。
そこで終わらせた。
アーミアは続ける。
「今日の先生に、私は《オーバーライズ》のやり方を教えていません」
「そこは保証する」
レイナスが言う。
「見本は見た。だが、仕組みは自分で考えた」
「だから、《オーバーライズ》を作ったのは先生です」
それでも。
本来とは違う。
完成形を先に見せた。
その事実は。
消えない。
「私がここにいるだけで、歴史は変わります」
アーミアは。
全員を見る。
「だから、私の話を予言として扱わないでください」
スメラギが頷く。
「あなたが実際に生きてきた世界で起きた歴史」
「はい」
「この世界でも同じになる保証はない」
「ありません」
「すでに違う部分もある」
「はい」
それでいい。
それが。
アーミア自身も欲しかった認識だった。
「その上で」
アーミアは言う。
「私が知っていることは、全部話します」
アレルヤが尋ねる。
「僕たちのことも?」
「はい」
「これから、ソレスタルビーイングに何が起こるのかも?」
「私が知っていることなら」
ロックオンも。
表情を引き締める。
「戦争の行方も?」
「はい」
「今日のトリニティについても?」
「はい」
「ELSについても?」
スメラギの問いに。
アーミアは頷く。
「全部です」
ただし。
個人的な未来は違う。
誰が誰を好きになるのか。
誰と結婚するのか。
どんな家庭を築くのか。
それは。
世界の歴史とは別だ。
スメラギは。
しばらく考えていた。
やがて。
「分かったわ」
アーミアを見る。
「ただし、私たちはあなたの話を最初から事実とは扱わない」
「はい」
「端末を解析する。記録も調べる。あなたの証言と、今後実際に起きることも照合する」
「そうしてください」
ティエリアが続ける。
「仮に端末が未来の技術で作られたものだと確認できても、記録された歴史がこの世界の未来である証明にはならない」
「その通りです」
「ならば、一つの情報源として扱う」
「はい」
未来を知ることと。
未来に従うことは違う。
アーミアが望んでいたのは。
それだった。
スメラギが椅子へ座り直す。
「じゃあ、聞かせてもらいましょう」
全員の視線が。
アーミアへ集まる。
レイナスも。
今度は完全に聞く側だ。
「先生」
「ん?」
「ここから先は、本当に先生も知らないことです」
レイナスは。
少しだけ笑った。
「五十六年先の答え合わせなんて、そう何度もできる経験じゃない」
そして。
すぐに表情を戻す。
「ただし、俺の将来に気を遣って話を曲げる必要はない。聞くと決めた以上、その辺の支払いはこっちで持つ」
アーミアは。
レイナスを見る。
いつもの。
少しだけ現実的すぎる言い方。
けれど。
意味は分かる。
「分かりました」
「それなら始めてくれ」
アーミアは頷いた。
スメラギ。
刹那。
ロックオン。
アレルヤ。
ティエリア。
イアン。
クリスティナ。
フェルト。
ラッセ。
リヒティ。
そして。
レイナス。
自分が知っている人たち。
だが。
まだ。
自分の知る未来を歩んでいない人たち。
「では」
アーミアは。
静かに口を開いた。
「私が生きてきた、この先の歴史を話します」
それは。
この世界の確定した未来ではない。
アーミア・リーが。
実際に生きて。
見て。
聞いて。
後から知った。
一つの歴史。
西暦2308年。
その先から。
西暦2364年まで。
アーミアは。
初めて。
そのすべてを語り始めた。