西暦2308年――某軍事施設
夜空を三本の赤い光が走った。
警報が鳴り響くより早く、ガンダムスローネアインが高度を落とす。その左右へツヴァイとドライが展開し、施設から緊急発進したMS部隊を迎え撃った。
『作戦目標を再確認する』
ヨハンの声が通信に入る。
『施設内の兵器及び軍事設備を破壊する。施設外への攻撃は禁止だ』
「分かってるって、兄貴」
ミハエルが答えると同時に、ツヴァイからGNファングが射出された。
複数の小型兵器が空中で軌道を変え、迎撃に上がったMSへ次々と襲いかかる。赤いGN粒子を引きながら装甲を撃ち抜き、反撃の暇さえ与えない。
その後方から、スローネアインの砲撃が軍事設備をまとめて吹き飛ばした。
「私も行くよ!」
ドライが降下する。
ネーナは照準を次の施設へ移した。
その途中、モニターの端に道路を走る車両が映った。
民間車両。
攻撃目標とは関係がない。
ネーナの指が一瞬だけ止まる。
――武力介入とは関係のない民間人を、自分たちの都合で攻撃しないでください。
先日のアーミアの言葉が頭をよぎった。
「……分かってるっての」
照準をずらす。
放たれたビームは道路から離れた軍用設備だけを撃ち抜いた。
『ネーナ、そちらは終了だ』
「はーい」
ドライが上昇する。
やがて軍事施設から反撃できる戦力はなくなった。
『目標の破壊を確認。撤退する』
「もう終わりかよ」
『必要な作戦は完了した』
「へいへい」
三機が上昇を開始する。
赤いGN粒子を夜空へ残し、ガンダムスローネは戦場から姿を消していった。
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ソレスタルビーイング地上施設・ブリーフィングルーム
「今回の攻撃対象は軍事施設。確認できた範囲では、民間人の死傷者は出ていないわ」
クリスが映像を停止する。
画面には、スローネ三機によって破壊された施設が映っていた。
スメラギが腕を組む。
「ただし、やっぱり私たちより荒いわね」
「攻撃地点のすぐ近くに一般車両が存在している」
ティエリアが指摘した。
「結果的に被害がなかっただけだ。武力介入として評価できる精度ではない」
「それでも、民間人は撃っていません」
アーミアが言った。
ティエリアの視線が向く。
「当然のことだ」
「はい。当然です」
そこは否定しない。
「ですから、今はそれでいいと思います」
「放置するのか?」
「監視は続けます。でも、軍事施設への武力介入そのものを止める理由はありません」
アーミアは映像へ目を戻した。
記録に残されたチームトリニティを知っている。
これから何が起こるはずだったのかも。
だが、画面に映っているのは過去の記録ではない。
今、この世界で起きた出来事だ。
「約束を守っているうちは、守っているものとして扱います」
スメラギが頷いた。
「私もそれでいいと思う。こちらから連絡を入れて、周辺被害への配慮だけは改めて要請しておきましょう」
「了解」
クリスが答える。
ロックオンは映像を眺めながら肩をすくめた。
「しかし派手だねぇ」
「機体性能を考えれば、もっと綺麗にやれるはずだ」
ティエリアは相変わらず厳しい。
少し離れた場所では、レイナスがツヴァイから放たれたGNファングの映像を巻き戻していた。
「……いいな、これ」
スメラギが振り向く。
「何が?」
「ファング」
「駄目よ」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔に書いてあるわ」
「見るくらいならタダだろ?」
「あなたの場合、その次があるから言ってるの」
レイナスは少し考えた。
「信用って、一度落ちるとなかなか戻らないもんだな」
「自業自得だ」
ティエリアが即答する。
「お前まで言うか」
アーミアはそのやり取りを聞きながら席を立った。
今のところ、トリニティにこちらから手を出す理由はない。
ならば次にやるべきことは、別にある。
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同施設・格納庫
エクシアとアストレアが並んでいた。
アーミアがアストレアの整備記録を確認していると、隣から声を掛けられる。
「アーミア」
「刹那」
振り返ると、刹那が立っていた。
視線はアーミアではなく、アストレアへ向いている。
「《オーバーライズ》を教えてくれ」
アーミアは少しだけ目を見開いた。
「使いたいんですか?」
「ああ」
「どうして?」
「必要だからだ」
短い。
だが、刹那らしい答えだった。
アーミアは少し考える。
未来では、刹那が《オーバーライズ》を使えるようになる。
しかし、それを理由に今の刹那が使えると決めつけるつもりはなかった。
「分かりました」
「教えてくれるのか」
「はい。ただし、《オーバーライズ》から始めることはできません」
「何からだ」
「《アニマ》です」
アーミアは左手を開いた。
淡い光が手のひらを覆う。
刹那が見つめる。
「《オーバーライズ》は、《アニマ》を機体へ通して強化する技術です。だから、その前に自分で《アニマ》を扱えるようにならないといけません」
「どうすれば使える」
「まずは感じるところからですね」
「感じる?」
「はい」
アーミアは刹那へ手を差し出した。
「手を」
刹那は少しだけ躊躇した後、その手を取った。
アーミアは目を閉じる。
ほんの僅か。
自分の《アニマ》を刹那へ伝える。
強化するためではない。
力を与えるためでもない。
ただ、その感覚を知ってもらう。
「何か分かりますか?」
「……分からない」
「それで普通です」
アーミアは急かさない。
「目で見ようとしないでください。特別なことをする必要もありません」
刹那も目を閉じる。
静かな時間が流れた。
「呼吸はそのままで。今触れているものだけを意識してください」
さらに少し。
刹那の眉が僅かに動いた。
「……温かい」
アーミアが目を開く。
「分かりました?」
「ああ」
「それが《アニマ》です」
アーミアは少しずつ出力を下げていく。
刹那の表情が変わった。
「薄くなった」
「正解です」
完全に止める。
「消えた」
「そこまで分かれば、最初としては十分ですね」
刹那が目を開いた。
自分の手を見る。
「次は?」
「早いですね」
「使えるようになるまでやる」
その真っ直ぐさに、アーミアは小さく笑った。
「次は、今感じたものを自分の中から探します」
「俺の中にもあるのか」
「それは、やってみないと分かりません」
誰もが《アニマ》を使える。
そんなことは確認されていない。
だから、できるとは言わない。
「ただ、探す価値はあります」
刹那が頷く。
アーミアはもう一度手を差し出そうとして――止めた。
「あ」
「どうした」
「もう一つ」
刹那が待つ。
「先生には教わらないでください」
「レイナスに?」
「はい」
「なぜだ」
「教えるのが下手なので」
即答した。
「……」
刹那が黙る。
「先生は感覚でできてしまうことが多いんです。説明してもらっても、『こういう感じで』『そこをもう少し』『やっていれば分かる』みたいなことばかりで」
「経験があるのか」
「ありますよ。私が《アニマ》を発現した後、基礎や制御を教えてもらいましたから」
「なるほど」
「おい」
少し離れたところから声がした。
アーミアが振り返る。
レイナスが立っていた。
「先生」
「いや、先生じゃなくてだな」
レイナスは何とも言えない顔で近づいてくる。
「未来の俺の教育方針に、今の俺から反論するのも変な話なんだけどな」
アーミアは少し考える。
「でも、多分変わりませんよ」
「決めつけるなよ。これから教育者として才能が開花する可能性だってあるだろ」
「ないと思います」
「五十年以上先から即答されると、さすがに説得力が重いな……」
レイナスは頭を掻いた。
刹那が尋ねる。
「レイナスなら、どう教える」
「俺?」
少し考えた。
「まず《アニマ》を感じてもらって――」
アーミアがじっと見る。
「……何となく掴んだら、自分で同じ感じを探してもらう」
「先生」
「分かった。俺は教えない」
早かった。
「今ので十分分かりました」
「未来の俺、苦労かけたみたいだな」
「かなり」
「そいつには会う機会があったら説教しとくよ」
「本人ですよ」
「俺にとってはまだ未来の話だよ」
レイナスは苦笑する。
そこは、アーミアにも否定できない。
目の前のレイナスは、まだ自分を弟子にしたことすらない。
アーミアが知る長い時間を、このレイナスは経験していないのだから。
「まあ、教えるのはアーミアに任せるよ」
レイナスが刹那を見る。
「俺は自分の《オーバーライズ》を詰める方が先だ。人に教える余裕まで持つと、どっちも中途半端になりそうだしな」
「分かった」
「素直だな」
「アーミアから教わる」
「そうしてくれ。その方がたぶん早い」
レイナスはあっさり引いた。
「使えるようになったら見せてくれ。そっちは興味ある」
「先生」
「横取りしないって。成果確認だよ」
アーミアは疑わしそうに見たが、それ以上は言わなかった。
レイナスが離れていく。
その背中を見ていた刹那が口を開く。
「未来でも、ああなのか」
「だいたい」
「そうか」
「納得しないでください」
アーミアは苦笑して、もう一度刹那へ手を差し出した。
「続けましょう」
「ああ」
今度は先ほどより弱く《アニマ》を流す。
「私の《アニマ》だけを追わないでください」
「自分の中を探す」
「はい」
刹那が目を閉じる。
アーミアも意識を集中させた。
淡い《アニマ》の感覚。
それを刹那へ伝えながら、自分自身の内側へ意識を向けさせる。
しばらく何も起きなかった。
だが――。
「……?」
アーミアが僅かに眉を寄せる。
何かが触れた。
《アニマ》ではない。
もっと馴染みのある感覚。
「刹那?」
灰色だったアーミアの瞳が、一瞬だけ金色に変わる。
反射的に脳量子波が強まった。
その瞬間。
返ってきた。
ほんの僅か。
形すら定まっていない微弱な波。
だが、間違えない。
アーミアは未来で何度も感じている。
「……今の」
刹那も目を開いた。
「何か感じました?」
「ああ」
「どんな?」
刹那は答えようとして、止まった。
「分からない」
「私も全部は分かりません」
アーミアは刹那の手を離した。
「ただ、《アニマ》ではありませんでした」
「なら、何だ」
アーミアは少しだけ考える。
「脳量子波だと思います」
刹那の表情が変わった。
「俺の?」
「一瞬だけ」
アーミアは頷く。
「本当に微弱でした。でも、私にはそう感じました」
刹那は黙って自分の手を見る。
瞳に変化はない。
脳量子波も、すでに消えている。
「イノベイターへの覚醒か」
「そこまでは分かりません」
アーミアは即座に否定した。
「私の脳量子波に反応しただけかもしれません。《アニマ》を感じようとしたことが関係している可能性もあります。でも、今の一回だけでは何とも言えません」
「そうか」
刹那はしばらく考えていた。
やがて、もう一度手を差し出す。
「続ける」
「怖くないんですか?」
「ない」
迷いのない返事だった。
「まだ《アニマ》を見つけていない」
アーミアは少しだけ笑う。
「そうでしたね」
その手を取った。
「では今日は、《アニマ》の感覚を覚えるところまでにしましょう」
「その後は?」
「自力で発現させます」
「その次」
「制御」
「その次」
「エクシアへ《アニマ》を通します」
刹那がエクシアを見る。
「その先が《オーバーライズ》か」
「はい」
アーミアもエクシアを見上げた。
「そこまで行けたら、全部教えます」
「分かった」
二人の間に、再び淡い光が灯った。
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同時刻――某所
リボンズ・アルマークの指が止まった。
「……?」
顔を上げる。
今、何かを感じた。
ほんの一瞬。
あまりにも微弱で、すでに痕跡すら掴めない。
だが。
脳量子波。
それだけは分かった。
「どうしたのかね?」
アレハンドロ・コーナーが尋ねる。
リボンズは少し間を置いてから答えた。
「いえ。少し気になることがありまして」
「またアーミア・リーかね?」
「分かりません」
リボンズは端末を操作した。
ヴェーダへ接続する。
だが、先ほどの感覚に対応する明確な記録は見つからない。
短すぎた。
「発生源も?」
「特定できません」
リボンズは画面を見つめる。
前回までなら、アーミア・リーを疑っただろう。
今もその可能性はある。
しかし。
先ほど感じたものは、何かが違った。
完成されたものではない。
もっと不安定で。
微弱で。
生まれたばかりのような――。
「……」
リボンズの目が僅かに細くなる。
「何か分かったのかね?」
「いいえ」
リボンズは穏やかに答えた。
「だからこそ、もう少し調べてみようと思います」
「そうか。任せよう」
「ありがとうございます」
リボンズは静かに頭を下げる。
だが、意識はすでに別の場所へ向いていた。
アーミア・リー。
レイナス・レノアーク。
そして今感じた、正体の分からない微弱な脳量子波。
計画の外側で。
何かが動き始めている。
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数日後――三大国家群・合同施設
広大な格納庫に、各国の軍人たちが集められていた。
ユニオン。
人類革新連盟。
AEU。
これまで互いを牽制し、時には敵として向き合ってきた三大国家群の制服が、同じ場所に並んでいる。
誰もが正面の巨大な隔壁を見ていた。
低い駆動音。
ゆっくりと隔壁が左右へ開いていく。
暗闇の中に、巨大な影が並んでいた。
一機ではない。
二機でもない。
同型の人型兵器が、整然と列を作っている。
格納庫の照明が手前から順番に点灯した。
脚部。
胴体。
頭部。
ガンダムとは異なるシルエット。
だが、その胸部には――これまで三大国家群が手にすることのできなかったものが搭載されている。
低い駆動音とともに、赤いGN粒子が漂い始めた。
集められた軍人たちの間に、ざわめきが広がる。
ソレスタルビーイングだけが独占していた力。
その前提が。
今、崩れようとしていた。