機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第2話 未来から来た少女

 

西暦2307年――某都市・路地裏

「俺のことを知ってるのか?」

「……知っています」

「そうか」

レイナス・レノアークは目の前の少女――アーミア・リーを見つめた。

十代後半にしか見えない。

だが、空間の歪みから突然現れた。

自分を「先生」と呼ぶ。

そして何より、《アニマ》に似た力を使っていた。

偶然で片づけるには妙な点が多すぎる。

「じゃあ、悪いが説明してもらえるか?」

アーミアは周囲を見た。

「……ここでですか?」

レイナスも路地裏を見回す。

「それもそうだな」

話が長くなるのは間違いない。

「どこか入るか」

「はい」

二人が歩き始める。

数歩進んだところで、レイナスが振り返った。

「ところで」

「はい?」

「君、金は持ってるか?」

アーミアが止まった。

服のポケットを確認する。

ある。

端末。

それ以外は――。

「……ありません」

「だよな」

「端末ならあります」

「端末で払えるのか?」

アーミアは自分の端末を見る。

西暦2364年で使っていた個人端末。

当然ながら、2307年の決済口座など登録されていない。

「無理だと思います」

「だろうな」

レイナスが自分の所持金を確認した。

「まあ、話をするくらいなら何とかなるか」

「先生は持ってるんですか?」

「少しだけな」

「よかった」

「先に言っておくけど、俺も今は無職だぞ」

アーミアがレイナスを見る。

「……先生が?」

「その顔やめろ」

「いえ、ちょっと意外で」

「こっちに来たばかりなんだよ。身元も職歴も住所もない人間が、そう簡単にまともな職へ就けると思うか?」

「思いませんけど……」

「だろ?」

未来から来た無一文の艦長と。

異世界へ来たばかりの無職。

状況だけ並べれば、なかなか酷い二人だった。

◆

西暦2307年――ファミリーレストラン

二人は一番安いドリンクを注文した。

アーミアの前に置かれた飲み物を見て、レイナスが念を押す。

「追加注文するなよ」

「分かってますよ」

「今の俺には重要な話なんだ」

「未来の話よりですか?」

「未来の話を聞いても今日の宿代は増えないからな」

「先生らしいですね」

「だから、何で知ってるんだよ」

それを聞くためにここへ来た。

レイナスが椅子へ背を預ける。

「まず名前」

「アーミア・リーです」

「年齢」

「六十七歳です」

沈黙。

レイナスがアーミアを見る。

もう一度見る。

「六十七?」

「はい」

「……見えないな」

「先生にだけは言われたくありません」

「さっきからそれも気になってるんだよ」

アーミアは少し笑った。

だが、すぐに表情を戻す。

「私は、西暦2364年から来ました」

レイナスは数秒黙った。

「2364年」

「はい」

「今から五十七年後か」

「そうなります」

「それで、未来の君は俺を知っている」

「五十年以上の付き合いです」

レイナスが眉を上げる。

「そんなにか」

「はい」

予想していたより反応が薄い。

アーミアの方が不思議になった。

「……信じるんですか?」

「まだ確認中だ」

「でも、もっと『そんな馬鹿な』とか」

「その辺は今さらだな」

「今さら?」

レイナスは少し考えてから答えた。

「俺自身、世界を越えた経験が何度かある」

アーミアは目を瞬いた。

「何度も?」

「ああ。ここも俺の生まれた世界じゃない」

あまりにも普通に言う。

「だから、時間を越えたとか別の世界から来たとか言われても、最初から否定する理由がない」

「……理解が早いですね」

「経験者だからな。ただし」

レイナスが指を一本立てる。

「君の話が全部正しいかどうかは別だ」

「分かっています」

「君自身が嘘をついてなくても、ここが君の知っている2307年と同じ世界とは限らない」

アーミアの表情が変わった。

まさに。

彼女自身も考えていたことだった。

過去へ来たのか。

並行世界へ来たのか。

それとも別の何かなのか。

まだ判断できない。

「……はい」

「その辺は保留だな」

レイナスが飲み物を口へ運ぶ。

「それで、俺が君の先生っていうのは?」

アーミアは右手を見た。

「《アニマ》です」

レイナスの目が細くなる。

「やっぱり、さっきのは《アニマ》だったのか」

「分かりました?」

「自分で使ってるものだからな。ただ、俺以外が使ってるのを見るのは珍しい」

「私は未来で使えるようになります」

「俺が教えた?」

「違います」

アーミアははっきり否定した。

「最初に発現したのは自力です」

そして右手へ触れる。

「ある出来事で先生の《アニマ》を受けたことがあって、その時の感覚を覚えていました。後になって、それを手掛かりに自分で再現したんです」

「それで使えるようになった後に?」

「先生に見せました」

「俺は?」

「驚いてました」

「だろうな」

レイナスは即答した。

アーミアが笑う。

「それから基礎や制御方法を教えてもらいました。だから先生です」

「なるほどな……」

一応、筋は通っている。

「じゃあ、その右手は?」

アーミアの笑みが止まった。

「……ELSです」

「エルス?」

「地球外生命体です」

レイナスが右手を見る。

アーミアは一瞬だけ擬態を解除した。

肌が銀色へ変化する。

「私の右手はELSと融合しています。今は共生状態です」

「地球外生命体ね……」

レイナスが少し身を乗り出した。

すると。

銀色の右手が勝手に引っ込んだ。

「……」

レイナスが止まる。

アーミアも右手を見る。

もう一度レイナスが少し近づく。

右手がさらに逃げる。

「俺、何かしたのか?」

「未来では」

「やっぱりか」

「詳しい話は、今はやめておきます」

「その方がよさそうだな」

レイナスは追及しなかった。

未来の情報を知ることそのものが危険になる可能性くらい、彼にも想像できる。

そこでアーミアが何かを思い出した。

「そうだ」

ポケットから端末を取り出す。

「これも一緒に来ています」

レイナスが見る。

「君の端末?」

「2364年で使っていたものです」

「動くのか?」

「端末自体は」

アーミアが起動する。

空中へ表示が展開された。

レイナスの知る2307年の携帯端末とは、明らかに技術水準が違う。

「……なるほど」

レイナスの表情が変わった。

「これは面白いな」

「中にも色々入っています」

「色々?」

「歴史資料、MS関連の技術データ、それから個人的なデータも」

レイナスが視線を上げる。

「歴史資料?」

「はい」

「未来の?」

「……はい」

そこでアーミアは端末を伏せた。

「ただし、今は見せません」

「だろうな」

レイナスはあっさり引いた。

「未来を知ったせいで、その未来自体が変わったら資料の価値も変わる」

「それもあります」

「なら必要になるまで封印だな」

「はい」

アーミアは少し考えた。

「でも、私が未来から来た証拠なら見せられます」

「端末だけでもかなり怪しい技術だけどな」

「もっと分かりやすいものがあります」

操作する。

映像ファイルを開く。

「これは?」

「私の個人的な動画です」

再生。

映像が浮かぶ。

そこに映った人物を見た瞬間。

レイナスが固まった。

『先生、こっち向いてください』

映像の中から、若いアーミアの声が聞こえる。

『何だ?』

映っている。

レイナス本人が。

現在とほとんど変わらない姿で。

『動画です』

『それは見れば分かる。何で撮ってるんだ?』

『記録です』

『俺を撮っても大して面白くないぞ』

『私が面白いのでいいんです』

『そういうものか?』

映像のレイナスが呆れた顔をする。

現在のレイナスは黙って映像を見ていた。

アーミアが横から見る。

「どうです?」

「……俺だな」

「先生です」

「随分普通に話してるな、未来の俺」

「五十年以上の付き合いですから」

レイナスはしばらく映像を見たあと。

「待て」

「はい?」

「他にもあるのか?」

アーミアは端末を見る。

「かなり」

「消してくれとは言わないけど、本人の前で片っ端から再生するのはやめてくれ」

「嫌です」

「即答か」

アーミアが少し笑った。

初めて。

ほんの少しだけ。

いつもの先生と話している気分になった。

◆

しばらくして。

レイナスがテーブルの伝票を見た。

そして所持金を見る。

もう一度伝票を見る。

「……アーミア」

「はい?」

「未来の端末って、2307年の決済には使えないんだよな?」

「使えませんね」

「歴史資料も?」

「お金にはなりません」

「MS技術も?」

「売るつもりですか?」

「確認しただけだ」

沈黙。

アーミアが伝票を見る。

「足ります?」

「会計はな」

「じゃあ大丈夫ですね」

「その後が大丈夫じゃない」

レイナスが頭を掻く。

「二人分払ったら、今日の宿と飯がかなり危ない」

「……すみません」

「まあ、入る前に確認しなかった俺も悪い」

「どうします?」

「働く」

即答だった。

レイナスが端末を操作する。

「日払い。即金。身元確認が緩いところ」

検索する。

しばらくして、一件。

「資材搬入補助……これだな」

アーミアが画面を覗き込む。

「肉体労働ですか」

「今日中に金になる」

「私も行きます」

「六十七歳に資材運ばせるのか」

「その六十七歳の分まで払ったのは先生ですよ」

「だったら働いてもらうか」

「はい」

こうして。

未来の歴史を記録した端末を持つ外宇宙航行艦の艦長と。

世界を何度も越えてきた男は。

今日の宿代を確保するため、日雇い労働へ向かった。

◆

西暦2307年――工業区・資材搬入現場

「次、それ向こう!」

「はい!」

アーミアが資材を持ち上げる。

当然、《アニマ》は使わない。

レイナスも同様だった。

普通の人間として働く。

それでも二人の作業速度はかなり速い。

「姉ちゃん、見た目より力あるな!」

「ありがとうございます」

「兄ちゃんも経験者か?」

レイナスが資材を置く。

「まあ、似たような仕事は色々と」

「先生、慣れてますね」

「長く生きてれば色々やるさ」

「どのくらい長く――」

「そこは聞くな」

アーミアが笑う。

こうしていると。

自分が五十七年前へ飛ばされたことさえ、一瞬忘れそうになる。

だが。

その時間は長く続かなかった。

爆発音。

地面が揺れた。

「……!」

作業員たちが手を止める。

二度目。

今度は明らかに近い。

警報が鳴る。

『武力衝突が発生しています! 付近の住民は直ちに避難してください!』

レイナスが空を見る。

アーミアも視線を向けた。

建物の向こうから、一機のモビルスーツが姿を現す。

さらにもう一機。

交戦している。

「MS……」

砲撃。

外れた弾丸がこちらへ向かう。

「全員伏せろ!」

レイナスが動いた。

アーミアも反射的に《アニマ》を展開しようとして――止める。

レイナスの方が早い。

防壁。

飛来した攻撃が工業区の手前で弾かれた。

作業員たちが凍りつく。

「……先生」

「分かってる」

レイナスが嫌そうに空を見た。

「目立った」

「ものすごく」

「でも放っておいたら死人が出てた」

「責めてませんよ」

MSがこちらへ向き直る。

防がれたことに気づいた。

「先生、来ます」

「日雇い一日目にMSまで相手にする契約だったかな……」

レイナスが地面を蹴る。

一瞬だった。

MSの目前まで跳躍する。

パイロットが反応するより速い。

拳へ《アニマ》が集中する。

「悪いけど」

一撃。

装甲が陥没した。

「今日の稼ぎを吹き飛ばされると困るんだ」

巨体が地面へ倒れ込んだ。

◆

同時刻――別地点

映像を見ていた少女がいた。

王留美。

その傍らには紅龍。

「今の映像を戻してください」

「はい」

生身の男がMSへ接近する。

一撃。

機体が沈黙する。

王留美の視線が細くなる。

「この男性について調べてください」

「承知しました」

「それと」

映像の中。

もう一人。

短いダークブラウンの髪をした少女がいる。

砲撃を目の前にしても取り乱していない。

「彼女についても」

紅龍が頷いた。

王留美はもう一度映像を見る。

人間が。

生身でモビルスーツを制圧した。

「……興味深いですね」

◆

西暦2307年――工業区

「先生」

「何だ?」

「これ、日当はちゃんともらえるんでしょうか」

「今それを俺も考えてた」

「現場、止まっちゃいましたよ」

「俺のせいじゃない。襲ってきたMSに言ってくれ」

周囲は騒然としている。

警察や軍が来れば、事情聴取は避けられない。

レイナスがため息をつく。

「面倒になる前に離れたいところだけど……」

「お給料は?」

「そこなんだよな」

アーミアが思わず笑う。

その時。

「レイナス・レノアークさんですね?」

聞き覚えのない声。

レイナスが振り返る。

アーミアも。

そこにいた少女を見て――表情を止めた。

長い黒髪。

まだ若い。

だが。

知っている。

王留美。

「初めまして」

少女が微笑む。

「王留美と申します」

レイナスの目が細くなる。

「俺の名前を知ってる時点で、偶然通りかかったわけじゃなさそうだな」

「ええ」

王留美は倒れたMSへ視線を向けた。

「少々、お話を伺いたいと思いまして」

「今日だけで二度目だな、それ」

レイナスがアーミアを見る。

アーミアは何も言わない。

未来を知っている。

だからこそ。

ここでは口を挟まなかった。

王留美の視線がアーミアへ移る。

「そちらの方も、ご一緒に」

「私もですか?」

「ええ。あなたにも興味があります」

アーミアは王留美を見つめ返した。

自分が知る歴史なら。

ここから。

レイナス・レノアークとソレスタルビーイングの縁が始まる。

だが。

今は一つだけ。

本来存在しなかったものが加わっている。

自分だ。

アーミアはポケット越しに端末へ触れた。

その中には。

これから起こる出来事の記録がある。

まだ存在していないモビルスーツの技術がある。

そして。

この時代を生きる者たちの未来がある。

けれど。

今、それを開くつもりはなかった。

まず確かめなければならない。

ここが本当に。

自分の知る2307年なのかを。

「先生」

「ん?」

「行きましょう」

レイナスが少し意外そうにアーミアを見る。

「知ってる相手か?」

一瞬。

アーミアは答えに迷った。

「……今の私にとっては、初対面です」

嘘ではない。

王留美が二人を見比べる。

レイナスは何か言いたそうな顔をしたが。

「分かった」

それ以上は聞かなかった。

そして王留美へ向き直る。

「話だけなら」

「ありがとうございます」

王留美が微笑む。

西暦2307年。

未来から来たアーミア・リーが加わったことで。

彼女の知る歴史は。

ここから少しずつ、違う形へ動き始めようとしていた。

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