西暦2308年――プトレマイオス・格納庫
鹵獲された二機のGN-Xは、それぞれ別の整備台へ固定されていた。
片方はレイナスが使用するための修復作業。もう片方はすでに胸部装甲まで外され、擬似太陽炉を中心に解析が進められている。
イアンは端末に表示されたデータと、露出した機体内部を交互に見ていた。
「やっぱり本物のGNドライヴとは別物だな」
アーミアが隣から覗き込む。
「性能ですか?」
「構造そのものが違う。ただ、GN粒子を発生させて機体へ供給するところまでは、だいぶ見えてきた」
イアンが画面を切り替える。
表示されたのはガンダムアストレア。
その背部へ、GN-Xから取り外した擬似太陽炉の図面が重ねられていく。
「アストレアに載せられそうですか?」
「可能性はある」
アーミアの顔が僅かに明るくなる。
「ただ、外して背中に付ければ完成って話じゃない。接続系も粒子供給も制御も違う。本来のGNドライヴ用に造られた機体へ、別系統の炉を入れるんだからな」
「ですよね」
「低出力から一つずつ確認する。いきなり《オーバーライズ》なんて使うなよ」
先に釘を刺された。
アーミアは苦笑する。
「まだ何も言ってません」
「言う前に止めた」
少し離れたところでは、レイナスがもう一機のGN-Xを見上げていた。
イアンが横目で見る。
「さっきから何度見に来るんだ?」
「修理の進み具合くらい確認させてくれ。邪魔はしてないだろ?」
「十分気が散る」
「そこは勘弁してくれ。新しい機体を目の前に置かれて、気にするなって方が無理がある」
アーミアが笑った。
「やっぱり気に入ってるんですね」
「まだ評価を下せるほど乗っちゃいない。だから気になるんだよ」
イアンが損傷箇所を表示する。
「手首、頭部、背部、脚部。よくもまあ、修理できる範囲だけ狙って壊したな」
「持って帰る予定だったからな」
「最初からか」
「二機欲しいって先に言っただろ?」
イアンは一度黙り、それ以上は追及しなかった。
◆
同日――プトレマイオス・ブリーフィングルーム
「また増えてるわね」
スメラギがモニターを見る。
各地で確認されるGN-X。
配備基地。
輸送情報。
新たに確認された部隊。
クリスが端末を操作した。
「昨日まで情報がなかった地域でも、GN粒子反応が確認されています」
フェルトも別の画面を開く。
「現在確認できている機体だけでも、最初の推定から増えています」
アーミアは黙って表示を見た。
自分の知る歴史より多い。
それだけは、もう疑う必要がなかった。
「全体で何機いるかを当てるのはやめましょう」
スメラギが言った。
「今見えている以上に存在する。その前提で作戦を組む」
「賛成です」
アーミアが頷く。
その向かいでは、ティエリアが別の報告を開いていた。
「ヴェーダについても進展がある」
全員の視線が集まる。
「僕のアクセス権限は、これまで認識していた範囲より広かった。ただし、その先に僕では入れない領域が複数存在する」
スメラギが尋ねた。
「同じ上位権限で遮断されているの?」
「そこまでは判断できない。認証方式が同一かどうかも確認中だ」
「リボンズに繋がる情報は?」
「まだない」
ティエリアは即答した。
「僕が入れない領域があることと、リボンズがそこへ入れることは別だ。そこを混同するつもりはない」
スメラギが頷く。
「アクセス権限そのものを広げる方法は?」
「調べている」
ティエリアがヴェーダの構造図を拡大する。
「僕は通常の端末とは異なる方法でヴェーダへ直接接続できる。その性質を利用して、現在の権限より深い領域へ到達できないか試している」
「向こうに気づかれない範囲でお願い」
「ああ。無理に突破するつもりはない」
クリスが別の報告を開いた。
「イアンからは、ガンダム各機とプトレマイオスの独立化作業も進行中と来てます。ヴェーダとのリンクが切れても、最低限の機体制御と航法、通信、火器管制を維持できるようにするって」
スメラギは椅子へ背を預けた。
GN-X。
ヴェーダ。
どちらも、アーミアの知る歴史を待ってから動いたのでは遅い。
「できることから潰していきましょう」
◆
同日――プトレマイオス・訓練区画
刹那は目を閉じていた。
向かいにはアーミア。
少し離れた壁際にはレイナスがいる。
「前に感じたものを思い出してください」
アーミアが静かに言う。
「無理に光らせようとしなくていいです。まず、自分の中に似た感覚がないか探してください」
刹那はしばらく黙っていた。
変化はない。
数分後。
目を開ける。
「アーミア」
「はい」
「お前は最初、どうやった?」
アーミアの動きが止まった。
少し考える。
「……最初ですか」
「ああ」
アーミアは視線を逸らした。
「最初は、映画を思い出しました」
「映画?」
刹那の眉が僅かに動く。
壁際のレイナスも顔を上げた。
「映画?」
「劇場版《レイヴン》です」
レイナスが数秒黙った。
「……単独主演まで作られてたのか、あいつ」
「はい」
「未来の映画会社も商売熱心だな」
アーミアが僅かに笑う。
刹那が尋ねた。
「前に見た映画に出ていた、レイナスに似た男か」
「はい。でも、あれは劇場版《ソレスタルビーイング》です。その後にレイヴンだけを主役にした映画が作られました」
レイナスは腕を組む。
「俺に似た奴を一本丸ごと主役にするとはな。ずいぶん思い切った企画だ」
「かなり人気がありました」
「それは聞かない方が平和だった気がするよ」
アーミアは続ける。
「その映画で、レイヴンが青白い光を纏って戦うんです。《アニマ》を魂の力とか、生命の力とか言って」
レイナスの眉が上がった。
「ずいぶん大きな話になってるな」
「映画ですから」
「便利な言葉だな、それ」
アーミアは左手を見る。
「私も最初は、映画みたいな青白い光をイメージしました。レイヴンがやっていたみたいに、身体の中から何かを出そうとして」
刹那が聞く。
「出たのか?」
「全然」
即答だった。
レイナスが僅かに笑う。
「まあ、映画の演出を真似して出るなら苦労はしないか」
「それで、映画の真似はやめました」
アーミアの表情が少し変わる。
「代わりに、先生に助けてもらった時のことを思い出したんです」
ELSに襲われた時。
右腕から身体へ入り込んでくる銀色の異物。
何が起きているのかも分からず、怖くて仕方がなかった。
「その時、先生の《アニマ》が身体の中へ入ってきました」
現在のレイナスは何も言わない。
それをしたのは、六年後の自分だ。
「温かかったんです。熱いんじゃなくて、身体の中から包まれるような感じで。怖かったのに、その時だけは安心できた」
刹那は黙って聞いている。
「だから、その温かさが《アニマ》なら、自分の中にも似たものがないかなって探しました」
「映画じゃなくて、実際に感じたものを探した」
「はい」
「それで見つけたのか」
「見つかりました」
レイナスが小さく息を吐く。
「ずいぶん遠回りして、最後は俺のところに戻ってきたわけか」
「結果的には」
「入口が映画ってあたりが、いかにもアーミアだな」
「当時は本気だったんです」
「責めてないよ。出たなら大したもんだ」
刹那は少し考えた。
「その映画」
「はい?」
「見たい」
アーミアが瞬いた。
「《レイヴン》をですか?」
「ああ。お前が最初に何をイメージしたのか知りたい」
レイナスが刹那を見る。
「さっき本人が『真似しても出なかった』って言ってたぞ」
「分かっている」
「なら、見る分には止めない。ただし参考資料として信用しすぎるなよ」
「分かった」
アーミアが少し笑った。
◆
同日――プトレマイオス・居住区
「ちょっと待って」
アーミアが未来の端末を接続しようとしたところで、クリスが反応した。
「今、何を見るって?」
「劇場版《レイヴン》です」
「あるの!?」
声が一段上がる。
レイナスが振り返った。
「俺も今知ったところだ」
「単独主演なの?」
「はい」
「絶対見る」
「即決だな」
「だって、あのレイヴンよ?」
クリスはすでにアーミアの方しか見ていない。
「端末に入ってるの?」
「はい」
「じゃあ見よう」
「刹那の訓練の参考なんですが」
「みんなで見ればいいじゃない」
話を聞きつけたロックオンが笑う。
「また上映会か?」
アレルヤも入ってくる。
「今回はレイナスだけの映画?」
「正確にはレイヴンです」
フェルトもモニターを見る。
「前の映画に出てた人よね」
レイナスは人数が増えていく室内を見回した。
「ずいぶん大事になったな」
クリスが笑う。
「本人も一緒に見ればいいじゃない」
「初見の俺に解説を期待するなよ」
「反応を見るだけでも面白そう」
「目的が完全に変わってるじゃないか」
ティエリアまで入ってきた。
「刹那の《アニマ》習得に関係するなら、確認する価値はある」
レイナスがティエリアを見る。
「お前まで来るのか」
「映画そのものに興味があるとは言っていない」
「そういうことにしておこう」
上映が始まった。
黒いコート。
青白い光。
百年を戦い続けた男。
巨大兵器。
そして、やたらと大げさな台詞。
開始からしばらくして。
レイナスの眉が動いた。
「……俺に似てるっていうより、だいぶ盛ってないか?」
クリスが笑う。
「今さら?」
「俺は今日初めて見るんだよ」
画面の中でレイヴンが青白い光を纏う。
『俺が背負ってきた百年を――』
レイナスが目を細める。
「百年をそういう使い方するのか」
ロックオンが肩を揺らした。
「本人が一番冷静だな」
「他人事として見ないと最後まで持たない気がしてきた」
少しして。
クリスがアーミアを見る。
「ねえ」
「何ですか?」
「これ、何回見たの?」
アーミアの視線が僅かに泳いだ。
「……覚えてません」
「覚えてないくらい?」
「通常上映は数えてないので」
クリスの目が光った。
「通常上映は?」
アーミアが止まる。
レイナスもゆっくり横を見る。
「今、妙な限定の仕方をしたな」
「……応援上映もありまして」
「応援上映?」
アレルヤが聞く。
クリスはもう笑いを堪えている。
「何回?」
アーミアは諦めたように答えた。
「三回です」
「三回!?」
クリスが完全に食いついた。
ロックオンも笑う。
「筋金入りじゃねえか」
「通常上映は?」
「数えてません」
「そっちの方が怖いわね」
クリスが言う。
「好きだったんです」
アーミアは少しだけ開き直った。
「レイヴンが出てきたらみんなで応援できるんですよ。通常上映とは違うんです」
レイナスは画面とアーミアを交互に見る。
「ここまで入れ込んでたとは思わなかったな」
アーミアが横を見る。
「未来の先生も、最初は似たような反応でした」
「そこは妙に納得できる」
一方。
刹那だけは真剣に画面を見続けていた。
レイヴンが青白い光を纏う。
映画の中では、その力に様々な意味が与えられている。
魂。
生命。
背負ってきた時間。
だが。
刹那は派手な映像ではなく、アーミアの話と重ねて見ていた。
上映が終わる。
クリスたちが映画の感想を話し始める中。
刹那がアーミアを見る。
「分かった」
「何がですか?」
「映画と同じものを出す必要はない」
アーミアが頷く。
「はい」
「お前も最初は、あれを真似した。でも出なかった」
「そうです」
「その後、自分が実際に感じたものを探した」
「はい」
刹那は自分の手を見る。
「もう一度やる」
アーミアが僅かに笑った。
「やりましょう」
後ろからクリスの声が飛ぶ。
「その前にアーミア、応援上映の話もう少し聞かせて」
「まだ聞くんですか?」
「そりゃ聞くでしょう!」
レイナスが立ち上がった。
「刹那の訓練より、そっちが本題になってきたな」
◆
数時間後――プトレマイオス・格納庫
アストレアの背部装甲が外されていた。
その中央。
試験用に固定された擬似太陽炉。
まだ正式な搭載ではない。
接続も制御も仮設状態。
アーミアがコックピットへ座る。
『低出力から始める』
イアンの声が入る。
「了解」
『《オーバーライズ》は禁止だ』
「分かってます」
『念のため二回言った』
アーミアが苦笑する。
「信用ないですね」
『新しい炉を付けた直後に機体全体を強化されたら、こっちも困る』
数秒。
擬似太陽炉が起動する。
赤いGN粒子が、ゆっくりとアストレアの周囲へ広がった。
コックピット内の表示が変わる。
粒子供給。
機体各部への伝達。
姿勢制御。
一つずつ。
正常表示へ切り替わっていく。
「……入ってる」
アーミアが小さく呟いた。
これまでとは違う。
外部から補うだけではない。
アストレア自身がGN粒子を纏っている。
格納庫の下では、イアンがデータを確認していた。
その隣にはレイナス。
さらに、その後ろには修復中のGN-X。
「どうだ?」
レイナスが尋ねる。
「今のところは安定してる」
「なら次は飛行試験か」
「お前のGN-Xもな」
レイナスの口元が僅かに上がる。
「ようやくか」
「その顔を見ると、少し延期したくなるな」
「そこは整備士の良心に期待するよ」
敵が持ち込んだ二基の擬似太陽炉。
一基はアストレアへ。
もう一基はGN-Xと共にレイナスの戦力へ。
未来とは違う形で。
ソレスタルビーイングの側もまた、変わり始めていた。
◆
同日――チーム・トリニティ活動拠点
「GN-X……」
ヨハン・トリニティがモニターを見つめていた。
赤い粒子を放つ新型モビルスーツ。
擬似太陽炉搭載型。
各地から入ってくる情報は、時間が経つほど増えている。
ミハエルが椅子へ背を預けた。
「ようやく向こうも、ガンダムとまともにやり合える機体を出してきたってことか」
「喜ぶ話ではない」
ヨハンが返す。
「一機の性能だけが問題ではない。配備規模が拡大している」
表示を切り替える。
複数の基地。
複数の部隊。
広がっていく赤い機影。
ネーナが画面を覗き込んだ。
「いっぱいだね」
「ああ。今後は従来機と同じつもりで行動するな。突出すれば、複数機に囲まれる可能性がある」
「分かってるって」
ミハエルは答えた。
その横で。
ネーナは別の記録を開いていた。
先日の軍事施設への攻撃。
画面の端を走っていた民間車両。
あの時。
自分は一度、指を止めた。
アーミアの言葉を思い出したから。
――戦う理由のない人を、巻き込まないでください。
「ネーナ」
ヨハンの声。
「ん?」
「次の作戦も同じだ。軍事目標以外への攻撃は禁止する。周辺に民間人がいるなら、射線を変えるか攻撃を中止しろ」
ネーナは少しだけ間を置いた。
「……分かってるよ」
ヨハンは妹を見る。
以前なら、もっと軽く返していた。
だが今回は。
それ以上、言う必要はなかった。
ミハエルが二人を見る。
「この前のアーミアって奴の話、まだ気にしてんの?」
「別に」
「絶対気にしてるだろ」
「うるさい」
ミハエルが笑う。
ヨハンが話を戻した。
「GN-Xの配備がこのまま進めば、俺たちだけで行動することが最善とは限らなくなる」
ミハエルの表情が変わる。
「プトレマイオスと組むって?」
「必要になればな」
ネーナが顔を上げた。
「じゃあ、またアーミアに会える?」
一瞬。
ヨハンとミハエルの視線が同時に向いた。
「何よ」
ミハエルの口元が上がる。
「お前、やっぱり気に入ってんじゃん」
「だから、うるさいって!」
ネーナの声が室内へ響く。
その横で。
ヨハンだけはモニターから目を離さなかった。
GN-X。
変わり始めた戦力図。
そして、これまで別々に動いてきたソレスタルビーイング。
チーム・トリニティもまた。
いつまでも同じ距離にいるわけにはいかなかった。