西暦2308年――プトレマイオス・格納庫
出撃準備が一気に進んでいた。
エクシア。
デュナメス。
キュリオス。
ヴァーチェ。
そして、擬似太陽炉を搭載したアストレア。
少し離れた場所には、鹵獲したGN-X。
そのコックピットへレイナスが乗り込む。
「先生」
アーミアが通信を開いた。
『何だ?』
「その機体、まだまともに実戦試験してませんよ」
『アストレアも似たようなもんだろ』
「私は《オーバーライズ》禁止です」
『俺は言われてないな』
「そういう問題ですか?」
レイナスは少し間を置いた。
『使わずに済むなら使わないよ。機体の状態もまだ全部分かってない』
アーミアは少しだけ安心する。
『ただ、必要になったら話は別だ』
「やっぱり」
『救援に行って、使える戦力を抱えたまま戻ってきましたじゃ笑えないだろ』
無茶をするつもりではない。
だが、必要なら迷わない。
アーミアはアストレアのシステムを確認する。
擬似太陽炉。
出力正常。
粒子供給正常。
各部制御正常。
イアンの声が入った。
『アーミア、もう一度言う。《オーバーライズ》は禁止だ』
「分かってます」
『刹那もだ』
エクシアのコックピット。
刹那が反応する。
「必要なら使う」
『その必要が来ても、最初から全開にするな』
「分かっている」
アーミアが通信を開く。
「刹那」
「何だ」
「今のあなたは、《アニマ》を出せるようになったばかりです」
刹那は黙って聞く。
「出力はあります。でも、制御はまだ粗い。エクシア全体へ均一に通すことも、長時間維持することもできません」
「分かっている」
「必要な瞬間だけ使ってください」
「ああ」
返事は短い。
だが。
理解している。
アーミアは自分の手を見る。
刹那より遥かに長く《アニマ》を使ってきた。
それでも。
先生とは比べものにならない。
出力。
応用。
制御。
どれを取っても。
自分が特に得意なのは制御だった。
少ない力でも必要な場所へ。
必要なだけ。
無駄なく。
だからこそ分かる。
今の刹那は。
まだ、始まったばかりだ。
『各機、発進!』
スメラギの声。
カタパルトが開く。
救援作戦が始まった。
◆
三大国家群・軍事施設周辺
赤いGN粒子が空を覆っていた。
「左から来る!」
ネーナの声。
スローネドライが機体を捻る。
直後。
ビームが横を抜ける。
ヨハンのアインが後方から射撃。
GN-Xを一機下がらせる。
だが。
その隙間へ別の機体が入る。
「次が来るぞ!」
ミハエルが叫ぶ。
ツヴァイの右肩は損傷したまま。
GNファングも、すでにいくつか失っている。
数が多い。
落としても。
押し返しても。
次が来る。
「ヨハン兄!」
「分かっている!」
ヨハンはレーダーを見る。
救援要請は送った。
返答もあった。
だが。
到着まで。
まだ少しかかる。
「三機で離れるな!」
「分かってるって!」
ミハエルがツヴァイをドライの前へ出す。
ビームサーベル。
GN-Xと斬り結ぶ。
押し返す。
その横から二機目。
さらにその上。
「多すぎんだろ!」
ミハエルが舌打ちした。
ネーナが照準を合わせる。
撃てる。
だが。
その向こうに地上の居住区。
「……っ」
また。
指が止まった。
撃たない。
機体を移動させる。
角度を変える。
時間がかかる。
その間にGN-Xが近づく。
「ネーナ!」
ヨハンが割り込む。
アインの射撃。
GN-Xが退く。
「ごめん!」
「謝るな。判断は間違っていない」
ネーナが一瞬だけ目を見開いた。
ヨハンはもう別の敵を見ていた。
「次が来るぞ!」
◆
上空
プトレマイオスから先行した機影が、戦場へ接近する。
『トリニティ三機を確認! まだ全機健在!』
クリスの声が各機へ届く。
アーミアが息を吐く。
「間に合った……」
刹那が前へ出る。
エクシア。
その横を、一機のGN-Xが追い抜いた。
レイナス。
『先に道を開ける』
「先生、単独で行かないでください」
『単独じゃないだろ。後ろにガンダムが五機もいる』
「そういう意味じゃ――」
通信が切れる。
アーミアがため息をつく。
「相変わらず……」
ロックオンが笑った。
『まあ、あいつなら大丈夫だろ』
「そういう問題でもないんですが」
前方。
複数のGN-Xがこちらへ向きを変えた。
敵味方識別。
同型。
一瞬。
反応が遅れる。
『味方機……?』
『いや、違う! 鹵獲された機体だ!』
判断した時には遅い。
レイナスのGN-Xが加速。
一機目の懐へ入る。
ビームライフルを弾く。
肩。
脚部。
背部。
無駄がない。
相手を倒すためではない。
進路を開くために必要な場所だけを壊していく。
まだ機体自体には慣れていない。
それでも。
迷いがない。
アーミアがその動きを見る。
《アニマ》を使わなくても強い。
そして。
使えば、さらに別物になる。
「刹那!」
前方。
三機のGN-Xがエクシアを囲む。
「見えている」
エクシアが一機を斬る。
二機目。
回避。
三機目。
追いついてくる。
以前なら。
そのまま性能差で抜けた。
今は違う。
GN-Xは速い。
数もいる。
刹那が操縦桿を握る。
「《オーバーライズ》」
青白い光。
一気にエクシア全体へ広がる。
だが。
均一ではない。
右腕。
胸部。
脚部。
部分ごとに出力が揺れる。
アーミアには分かった。
「刹那、出しすぎ!」
『まだいける』
「出力の話じゃありません! 散ってます!」
《アニマ》は出ている。
むしろ。
習得直後としては出力がある。
問題は、その先。
エクシア全体へ。
同じように。
必要なだけ。
通せていない。
青白い光が不規則に脈動する。
刹那が眉を寄せた。
右腕。
脚。
胸。
GNドライヴ。
また。
一つずつ意識している。
その時。
レイナスの言葉が蘇った。
――人間は目が二つ、腕が二本、脚が二本あっても、自分を部品の集まりだとは思わないだろ。
――機体も同じように見ろ。
そして。
――つまり、文字通り、お前がガンダムになるんだ。
刹那の目が開いた。
「……違う」
腕じゃない。
脚じゃない。
GNドライヴでもない。
エクシア。
ガンダムエクシア。
自分が動かす機体。
自分と共に戦ってきたガンダム。
だが。
それでもまだ違う。
自分がエクシアを動かす。
その意識すら。
今は要らない。
刹那は操縦桿を握る。
「俺が……」
青白い光が揺れる。
次の瞬間。
「ガンダムだ!」
一気に。
光が揃った。
アーミアの目が見開かれる。
「……!」
肩。
腕。
脚。
胸部。
それまで各部でばらついていた《アニマ》が、エクシア全体へ同時に行き渡る。
青白い輪郭が。
一つになる。
「安定した……!」
アーミアが思わず声を上げる。
さっきまでとは明らかに違う。
出力が上がったわけではない。
制御技術が突然アーミアと同等になったわけでもない。
ただ。
意識の迷いが消えた。
エクシアを一つとして捉えられたことで。
一瞬だけ。
《オーバーライズ》が本来の形へ収まった。
刹那が加速する。
エクシアが消えたように見えた。
『何――!?』
三機のGN-X。
一機目。
武器を断つ。
二機目。
間を抜ける。
三機目。
振り向くより先に背後へ回る。
斬撃。
脚部を破壊。
エクシアが包囲を抜けた。
それでも。
長くは続かない。
アーミアには分かる。
今は安定している。
だが、出力調整も持続もまだ未熟。
「刹那、その状態を引っ張らないで!」
『分かっている』
今度は返事にも余裕がある。
必要な一撃。
必要な加速。
それだけ。
エクシアがもう一度踏み込む。
トリニティへ迫っていたGN-Xを斬り払う。
そして。
刹那は《オーバーライズ》を解除した。
青白い光が消える。
「……」
呼吸が少し荒い。
それでも。
先ほどまでとは違った。
自分で。
一度。
正しい形へ入れた。
アーミアが通信を開く。
「今の感覚、忘れないでください」
「ああ」
「でも、まだ先生や私と同じようには使えません」
「分かっている」
刹那は前を見る。
「もう一度、できるようにする」
「はい」
◆
「何だ、あれ……」
ミハエルが戦場の向こうを見る。
青白いエクシア。
さらに。
敵側のGN-Xへ突っ込んでくる、別のGN-X。
ネーナが目を輝かせる。
「来た!」
「誰が?」
「アーミアたち!」
ヨハンも確認する。
プトレマイオス側。
ガンダム。
そして。
見覚えのあるアストレア。
「救援が到着した」
その声に。
ミハエルが笑う。
「やっとか!」
「気を抜くな!」
ヨハンの声。
その直後。
アインの前へGN-X。
ビームサーベル。
受ける。
もう一機。
その横。
さらに一機。
「ヨハン兄!」
ネーナが動く。
だが。
間に合わない。
その瞬間。
青白い光が戦場を横切った。
何かがGN-Xへ衝突する。
一機。
吹き飛ぶ。
二機目。
腕が弾ける。
三機目。
機体そのものが大きく姿勢を崩す。
ミハエルが目を見開いた。
「何だ!?」
青白い光。
中心にいるのは。
GN-X。
鹵獲された一機。
だが。
その全身を包む《アニマ》の光は。
先ほどのエクシアとは比べものにならない。
濃い。
強い。
そして。
一切揺れない。
レイナス。
『悪い。少し遅れた』
ヨハンが一瞬黙った。
「……その機体は?」
『現地調達』
「またかよ!」
ミハエルが思わず叫ぶ。
レイナスは気にしない。
GN-Xを旋回させる。
全身を包む青白い光。
《オーバーライズ》。
だが。
同じ技とは思えない。
刹那の《オーバーライズ》が、ようやく正しい形へ一瞬入ったばかりなら。
レイナスのそれは。
最初から完成している。
出力そのものが違う。
それでいて。
機体各部へ流れる力は乱れない。
アーミアが遠くから見ても分かる。
自分とも。
差がある。
圧倒的に。
自分なら。
あれほどの出力は必要ないと判断する。
必要な場所。
必要な瞬間。
必要な量。
それを正確に制御する。
それがアーミアのやり方。
レイナスは違う。
圧倒的な出力を維持しながら。
なお、必要なだけ制御できる。
「先生!」
『聞こえてる』
「やりすぎないでください!」
『まだ加減してるよ』
アーミアが黙った。
「……それで?」
『それで』
刹那も通信を聞いていた。
レイナスのGN-Xを見る。
自分が先ほど出したものと同じ《アニマ》。
同じ《オーバーライズ》。
だが。
今はまだ。
届かない。
アーミアが刹那へ通信を繋ぐ。
「先生を基準にしないでください」
『……』
「私もしてません」
レイナスが通信へ入る。
『それが正解だな。俺を目標にするのは勝手だけど、今すぐ追いつこうとするのはやめとけ』
刹那が答える。
「分かった」
◆
戦況が変わる。
デュナメスの狙撃。
キュリオスの高速戦闘。
ヴァーチェの砲撃。
アストレア。
エクシア。
そして。
《オーバーライズ》状態のレイナスのGN-X。
トリニティを包囲していた部隊が、押し広げられていく。
スメラギの声が通信へ入る。
『全機、撃破にこだわらないで! トリニティの離脱路を確保する!』
「了解!」
アーミアが答える。
アストレアが前へ出る。
擬似太陽炉。
赤いGN粒子。
まだ《オーバーライズ》は使えない。
イアンから止められている。
なら。
今あるものだけでやる。
GN-Xが接近。
二機。
アーミアは一機目の射撃を避ける。
二機目。
アストレアの腕を狙う。
必要な瞬間だけ。
必要な箇所へ。
《アニマ》を流す。
右腕。
脚部。
姿勢制御。
ほんの僅か。
それだけで機体の反応が変わる。
《オーバーライズ》ではない。
全体強化でもない。
細かく。
正確に。
GN-Xの攻撃をかわす。
反撃。
武器を断つ。
次。
背後。
脚部へ最低限。
加速。
射線を外れる。
刹那がその動きを見る。
レイナスとは違う。
アーミアも。
自分とは違う。
レイナスは圧倒的な出力。
アーミアは細かい制御。
自分は。
ようやく。
正しい形を一度掴んだところ。
「……もっと」
アーミアが聞く。
「刹那?」
「もっと制御する」
「はい」
「出すだけじゃない」
「そうです」
今は。
そこからだ。
◆
「離脱路が開いた!」
ヨハンが叫ぶ。
前方。
プトレマイオス側が作った隙間。
「ミハエル、動けるか!」
『問題ねえ!』
「ネーナ!」
『行ける!』
三機のスローネが進路を変える。
GN-Xが追う。
デュナメスが撃つ。
一機を牽制。
キュリオスが割り込む。
ヴァーチェが大出力砲を横へ振る。
進路を塞ぐようにGN-X部隊が散る。
「今!」
アーミアの声。
トリニティ三機が一気に抜ける。
ネーナのドライがアストレアの横を通る。
『アーミア!』
「後で!」
『分かった!』
声だけは元気だった。
アーミアは少し安心する。
ヨハンも通信を開いた。
『救援、感謝する』
スメラギが答える。
『礼は帰ってから。今は離脱して』
『了解』
レイナスが最後尾。
追ってくるGN-Xを見る。
『まだ来るか』
青白い光が僅かに強くなる。
アーミアがすぐ反応した。
「先生、全部落とす必要ありません!」
『分かってる』
レイナスは攻撃しない。
ただ。
進路上へ立つ。
青白いGN-X。
その存在だけで。
先頭の機体が減速した。
軍内部で共有されている。
青白い光。
生身でMSと戦う未確認戦闘員。
今は。
GN-Xに乗っている。
しかも。
機体そのものが異常な青白い光を纏っている。
『……追うな!』
誰かが叫ぶ。
追撃が止まった。
レイナスが振り返る。
『助かるよ。こっちも無駄な残業はしたくない』
《オーバーライズ》を解除する。
そのまま。
味方を追った。
◆
プトレマイオス・格納庫
三機のスローネが収容される。
ツヴァイは右肩を損傷。
アインにも複数の被弾。
ドライは比較的軽傷。
コックピットが開く。
ネーナが最初に降りてきた。
「アーミア!」
走ってくる。
アーミアが振り返る。
「怪我は?」
「ない!」
「ミハエルは?」
「俺も無事だよ」
後ろからミハエル。
ヨハンも降りてくる。
「助かった」
スメラギが近づいた。
「かなり危なかったみたいね」
「ああ」
ヨハンは否定しない。
「GN-Xの数を読み違えた」
スメラギがモニターを見る。
「私たちも同じよ。把握できている情報だけで全体を判断するのは危険ね」
ヨハンが頷く。
少し離れた場所。
刹那がエクシアから降りる。
足取りは普段と変わらない。
だが。
アーミアには分かる。
疲れている。
短時間。
一度だけ。
それでも《オーバーライズ》は負担になった。
「刹那」
「何だ」
「今日はもう訓練なしです」
「……分かった」
アーミアが少し驚く。
そこへ。
レイナスのGN-Xが格納庫へ入ってくる。
機体が止まる。
コックピットが開く。
レイナスが降りてきた。
刹那が見る。
「レイナス」
「ん?」
「さっきの《オーバーライズ》」
「どうした」
「俺とは違った」
レイナスは少し考える。
「ああ」
否定しない。
「今のお前は、正しい形を一回掴んだところだ。俺と比べる時期じゃないよ」
刹那は黙る。
「アーミアとも違う」
「そうだな」
レイナスはアーミアを見る。
「こいつは制御が上手い。必要なところへ必要なだけ通す」
アーミアが僅かに目を見開いた。
「先生に褒められると変な感じですね」
「そうか?」
「未来ではもう慣れてますけど」
「じゃあ今の俺には新鮮ってことで受け取っとけ」
刹那が自分の手を見る。
「俺は」
レイナスが答える。
「まだ始めたばかりだ」
少し間を置く。
「ただ、一回掴めたなら次はそこへ戻りやすくなる」
刹那が顔を上げる。
「ガンダムになる」
レイナスの口元が僅かに上がった。
「お前にはそれが一番分かりやすいらしいな」
刹那は小さく頷いた。
◆
同時刻――某所
リボンズ・アルマークが、不意に顔を上げた。
「……」
ヴェーダではない。
もっと直接的な感覚。
ほんの一瞬。
遠く離れた場所から。
脳量子波。
以前感じたものより。
僅かに明瞭だった。
だが。
すぐに消える。
リボンズは目を閉じる。
確認する。
もうない。
「……また」
先日と同じ。
いや。
少し違う。
発生源までは特定できない。
だが。
候補は絞られていた。
ソレスタルビーイング。
そして。
その中にいる、一人のガンダムマイスター。
リボンズは静かに目を開いた。
「刹那・F・セイエイ……」
その名を口にする。
表情は穏やかなまま。
ただ。
以前より少しだけ。
興味が深くなっていた。