機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第25話 アニマ訓練

 

西暦2308年――プトレマイオス・訓練区画

刹那の右手を、淡い青白い光が包んでいた。

以前のように、一度出しただけで大きく揺れることはない。

まだ出力調整は粗い。

維持時間も短い。

それでも、《アニマ》を自分の意思で発現させるところまでは、かなり安定してきていた。

「もう少し落としてみてください」

正面に立つアーミアが言う。

「消えない程度まで」

刹那が集中する。

青白い光が弱まる。

一度、大きく揺れた。

消えかける。

それでも刹那は出力を戻しすぎず、ぎりぎりのところで維持する。

「……ここか」

「はい。今はそれを覚えてください」

少し離れた場所。

ロックオン、アレルヤ、ティエリアが、その様子を見ていた。

もともとは刹那の訓練を見に来ただけだった。

だが。

ロックオンが腕を組む。

「実戦で見た時より、ずいぶん地味なことやってるんだな」

刹那が視線だけを向ける。

「必要な訓練だ」

「それは見りゃ分かる」

ロックオンは、刹那の右手に残る青白い光を見る。

「で、これって刹那だけの話なのか?」

アーミアが振り返る。

「分かりません」

「分からない?」

「誰でも《アニマ》を使えるとは確認されてませんから」

ティエリアが反応する。

「つまり、刹那が使えるようになったからといって、僕たちにも同じ適性があるとは限らない」

「はい」

「だが、試すこと自体は可能なんだな?」

「可能です」

ティエリアは少し考えた。

「なら確認する価値はある」

ロックオンが横を見る。

「お前、やる気か?」

「刹那が実戦で機体性能を引き上げた。利用可能な能力なら、マイスター全員が習得できるか確認するのは当然だ」

「相変わらず理由が堅いねえ」

今度はアレルヤが口を開く。

「でも、僕もやってみたいな」

ロックオンが見る。

「アレルヤも?」

「うん。刹那だけに負担を集中させる理由もないしね」

一度言葉を切る。

「それに、使える可能性があるなら知っておきたい」

ロックオンは二人を見る。

それから。

自分の胸を指した。

「……こうなると、俺だけ見学ってのも格好つかねえな」

「ロックオンもやるんですか?」

アーミアが聞く。

「ガンダムマイスターが一人だけ置いていかれるのも困るだろ」

刹那が淡々と告げた。

「出るとは限らない」

「始める前から現実を突きつけるなよ」

「事実だ」

「分かってるよ」

その会話を聞きながら。

少し離れた壁際でレイナスが小さく笑った。

ロックオンが気づく。

「レイナスは参加しないのか?」

「俺はもう使えるからな。今日は見学でいいよ」

「教える方は?」

「アーミアに任せる」

アーミアが振り返る。

「その方がいいです」

「即答か。ずいぶん信用がないな」

「先生は説明が感覚的すぎますから」

レイナスは少し考えた。

「まあ、そこは否定しない。自分でできるのと、人に教えられるのは別の仕事だ」

刹那が口を開く。

「俺には分かりやすかった」

レイナスが刹那を見る。

「お前は『ガンダムになれ』で通じたからな。あれを一般向けの教材にするのは無理がある」

ロックオンが吹き出した。

     ◆

それから十数分後。

訓練区画の扉が開いた。

「ここか?」

入ってきたのはラッセだった。

アーミアが振り返る。

「ラッセさん?」

「トレーニングやってるって聞いたんだが」

室内を見る。

刹那。

ロックオン。

アレルヤ。

ティエリア。

「結構いるじゃねえか」

ロックオンが笑う。

「どこで聞いた?」

「ブリッジ」

「情報回るの早えな」

ラッセは腕を回す。

「俺も混ぜろよ」

アーミアが少し困ったように見る。

「普通のトレーニングじゃないですよ」

「分かってる。《アニマ》だろ?」

「はい」

「身体を強化できるんだろ。だったら試してみたい」

レイナスが口を挟む。

「使えるようになれば、の話だけどな」

ラッセが見る。

「じゃあ使えるか試せばいい」

「まあ、今はそういう流れだ」

「なら決まりだ」

ロックオンが呆れたように笑う。

「参加理由が一番単純だな」

「難しく考えた方が出るなら、いくらでも悩んでやるよ」

レイナスが少し笑う。

「そのくらい肩の力が抜けてる方が、案外いいかもしれないな」

アーミアが見る。

「適当なこと言ってません?」

「可能性の話だよ。断言はしてない」

     ◆

人数が増えたところで。

アーミアが改めて全員を見る。

「最初に一つだけ」

少し声を強める。

「誰でも《アニマ》を使えるとは限りません」

ラッセが聞く。

「適性がいるのか?」

「それも分かりません」

ティエリアが眉を寄せる。

「発現条件そのものが不明なのか」

「はい」

「君自身も?」

「私もです」

アーミアは自分の手を見る。

「私の場合は、以前に先生の《アニマ》を受けた時の感覚を思い出して、自分の中に似たものを探しました。それで発現しました」

レイナスは何も言わない。

それをしたのは、今の自分ではない。

アーミアが続ける。

「だから皆さんにも、まず《アニマ》そのものを感じてもらいます」

ロックオンが手を上げる。

「どうやって?」

「少しだけ触れてもらいます」

「手?」

「一番分かりやすいので」

ロックオンが何か言おうとする。

その前に。

ティエリアが言った。

「余計な話をするなら僕から始める」

「何で俺がくだらないこと言う前提なんだよ」

「顔に出ている」

「ひどい言われようだな」

     ◆

最初はティエリア。

アーミアの掌へ、淡い青白い光が灯る。

「ほんの少しだけ流します」

「構わない」

ティエリアが触れる。

僅かに眉が動いた。

「……これは」

「分かります?」

「熱ではない」

「はい」

「だが、温度に近い感覚はある」

アーミアが頷く。

「それを覚えてください」

ティエリアは目を閉じた。

数分。

変化はない。

もう一度。

さらに集中する。

やはり。

何も起きない。

「再現できない」

「最初からできなくて普通です」

刹那が横から言う。

「俺も時間がかかった」

ティエリアが目を開く。

「君の場合でもか」

「ああ」

「なら、一度で判断するべきではないな」

すぐに再び目を閉じた。

ロックオンが小声で言う。

「こういうところ真面目だよな、あいつ」

     ◆

次はアレルヤ。

アーミアの《アニマ》に触れる。

「……温かい」

「その感覚です」

アレルヤが目を閉じる。

しばらくして。

「何となくなんだけど」

「はい」

「身体の奥にも似たものがある気がする」

アーミアの表情が少し変わる。

「無理に引っ張り出そうとしないでください」

「分かった」

さらに集中する。

何かが出ることはない。

だが。

アレルヤは急がなかった。

「今日は、この感覚を覚えるだけでもいいかな」

「十分です」

     ◆

ロックオンは。

しばらく目を閉じた後。

「……腹減ったな」

アーミアがじっと見る。

「集中してます?」

「してるよ」

「本当に?」

「本当だって。ただ、何も出ないまま黙って座ってると別のことも浮かぶんだよ」

刹那が言う。

「集中できていない」

「お前、こういう時だけ容赦ねえな」

ラッセが笑う。

「向いてないんじゃないか?」

「まだお前やってねえだろ」

     ◆

そしてラッセ。

アーミアの手に触れた瞬間。

「おお」

「分かります?」

「これは面白いな」

「その感想、刹那の時には出ませんでした」

「俺は俺だ」

ラッセはそのまま目を閉じる。

肩。

腕。

腹。

全身へ力を入れる。

アーミアが数秒見守った。

「ラッセさん」

「何だ?」

「力んでも出ません」

ラッセが目を開く。

「違うのか?」

「全然違います」

ロックオンが笑い出した。

「絶対、筋トレの延長だと思ってたろ」

「トレーニングって聞けば、まず身体使うと思うだろ」

「その身体の力を抜けって話なんだよ」

「先に言えよ」

「俺も今知った」

     ◆

その様子を。

訓練区画の後方から三人の女性が見ていた。

スメラギ。

クリスティナ。

フェルト。

ロックオンが気づく。

「そういや」

三人を見る。

「女性陣はやらないのか?」

スメラギが即答する。

「私は頭脳労働が専門よ」

ロックオンが笑う。

「身体動かす気ゼロだな」

「適材適所よ」

クリスも手を振る。

「できるか分からないし、あんまり強くなっても……」

アーミアが苦笑する。

「使えるようになったからって、急に筋肉が増えるわけじゃないですよ」

「それは分かってるけど」

その隣。

フェルトが小さく手を上げた。

「私は、ちょっとやってみたい」

ロックオンが見る。

「フェルトが?」

「うん」

「無理しなくてもいいんだぞ」

フェルトがロックオンを見る。

「ロックオンもできてない」

「……それ言われると何も返せねえな」

クリスが笑った。

アーミアはフェルトの前へ座る。

「じゃあ、試してみますか」

「お願い」

     ◆

アーミアの指先に青白い光が灯る。

フェルトが触れる。

僅かに目を見開いた。

「……温かい」

「その感覚だけ覚えてください」

「うん」

フェルトが目を閉じる。

静かだった。

余計な力も入らない。

呼吸も乱れない。

数分。

まだ何も起きない。

それでも、アーミアは急かさなかった。

少し離れた壁際。

レイナスが何気なくその光景を見ていた。

そして。

ふと思い出したように口を開く。

「そういや」

誰も反応しない。

レイナスはそのまま続けた。

「俺、《アニマ》を使えるようになってから――いや」

少し考え直す。

「老けなくなったっていうより、若返ったな」

ガタッ!

ほぼ同時だった。

二つの椅子が大きな音を立てる。

全員が振り返る。

立ち上がっていたのは。

スメラギとクリス。

レイナスが二人を見る。

「……そんなに食いつく話だったか?」

スメラギがゆっくり近づいてくる。

「今、若返ったって言った?」

「ああ」

クリスも続く。

「本当に?」

「少なくとも俺はそうなった」

アーミアまで振り返った。

「ちょっと待ってください。初耳なんですけど」

レイナスがアーミアを見る。

「言ってなかったか?」

「聞いてません!」

「そうか。まあ、俺には昔から当たり前になってた話だからな」

「当たり前で済ませる話じゃないですよ!」

スメラギが腕を組む。

「詳しく聞かせてもらえる?」

レイナスは二人を見る。

「さっきまで乗り気じゃなかった人間とは思えないな」

「重要な新情報よ」

「ものすごく重要です」

クリスまで真顔だった。

ロックオンが口元を押さえる。

「さっきまで頭脳労働が専門だったよな?」

スメラギが振り返る。

「新しい情報が入れば判断を変えるのは当然でしょう?」

「理屈だけは綺麗だな」

アーミアはレイナスへ向き直る。

「若返ったって、どの程度です?」

「正確には、《アニマ》を使えば使うほど身体が一番調子の良かった頃へ近づいていった感じだ」

室内が静かになる。

ティエリアが反応する。

「肉体の全盛期へ近づく?」

「ああ」

レイナスは自分の手を見る。

「単に年齢だけ巻き戻る感じじゃない。衰えや傷みも含めて、身体そのものが調子のいい状態へ寄っていく」

「使えば使うほど?」

アーミアが確認する。

「俺の場合はそうだった。ただし、際限なく若くなるわけじゃない」

レイナスは続ける。

「あるところから先はほとんど変わらなくなった。たぶん、そこが俺の身体にとって一番いい状態なんだろ」

ティエリアが考え込む。

「つまり、《アニマ》の継続使用によって肉体が一定の最適状態へ近づき、その状態を維持する可能性がある」

「俺一人の例だけ見れば、そういうことになるな」

「初めからその状態だったわけではない?」

「違う。少しずつだ」

スメラギの目が変わる。

クリスの目も変わる。

ロックオンが二人を見る。

「……嫌な予感するな」

「何が?」

スメラギが聞く。

「いや、何でもない」

その二人を。

アーミアは少し不思議そうに見比べた。

「でも」

スメラギとクリスが見る。

「スメラギさんもクリスも、まだ若いじゃないですか」

一瞬。

沈黙。

スメラギが静かに名前を呼ぶ。

「アーミア」

「はい?」

「それはあなたが言っても説得力がないわ」

クリスも大きく頷く。

「そうだよ。見た目十七歳の六十七歳に『まだ若い』って言われても、全然安心できないから」

アーミアが少し考える。

「……そういうものですか?」

「そういうものよ」

二人の声が重なった。

レイナスが少し離れたところから口を挟む。

「その話は二人の言うことを聞いといた方がいい。俺たちが入ると、たぶん余計に話がこじれる」

アーミアがレイナスを見る。

「先生も見た目変わってないじゃないですか」

「だから俺は黙ってるんだよ。こういう話は当事者に任せた方が平和だ」

ロックオンが笑った。

「妙なところで処世術があるな」

「長く生きてりゃ、触らない方がいい話題くらい覚えるさ」

アーミアは自分の右手を見る。

六十七歳。

それでも。

外見は十七歳の頃からほとんど変化していない。

だが。

その理由を《アニマ》だと思ったことはなかった。

「私はイノベイター化と、ELSとの共生の影響だと思ってました」

レイナスが頷く。

「お前の場合は、そっちでも十分説明がつくからな」

「だから《アニマ》まで関係してるとは考えませんでした」

「俺はイノベイターでもELS共生者でもない。その点じゃ比較材料にはなる」

ティエリアが口を開く。

「ただし、現状ではレイナス一人の事例しかない。《アニマ》を習得すれば全員が同じ変化をするとは断定できない」

「その通り」

レイナスが答える。

「身体の全盛期が何を基準に決まるのかも分からない。俺と同じ結果になる保証はないぞ」

スメラギが聞く。

「でも、可能性はあるのよね?」

「否定はできないな」

「なら試す価値はあるわ」

ロックオンが笑った。

「さっきまで頭脳労働専門だった人の台詞とは思えねえな」

「戦力強化に繋がる可能性がある以上、試すのは合理的よ」

「若返る話が出る前と比べて、ずいぶん前向きだな」

「何か問題?」

「ありません」

ロックオンが即座に引いた。

クリスもアーミアの前へ移動する。

「私もやります」

アーミアが見る。

「さっき『あんまり強くなっても』って言ってませんでした?」

「考えが変わったの!」

「早いですね」

「全盛期よ?」

クリスは真顔だった。

「そりゃ変わるって」

「でも、クリスも十分――」

「アーミア」

今度はクリスが止める。

「はい?」

「それ以上は言わなくていいから」

「……はい」

フェルトが目を開けた。

「私、まだ途中……」

「あ、ごめんフェルト!」

クリスが慌てて一歩下がる。

スメラギも座る場所を探し始めた。

「順番は守るわよ」

アーミアは二人を見る。

それから。

レイナスへ視線を向けた。

「先生」

「何だ?」

「どうしてそんな大事なこと、今まで言わなかったんですか」

「黙ってたつもりはないよ。話題になる機会がなかっただけだ」

「知らないことを聞けるわけないでしょう」

レイナスは一拍置いた。

「……それは確かに俺が悪いな」

「手伝ってください」

「俺も?」

「人数増やした原因でしょう」

レイナスはスメラギとクリスを見る。

二人とも。

すでに完全に参加する顔だった。

「なるほど。ここで断ると余計に面倒になるやつか」

ロックオンが笑う。

「察しがいいな」

「そのくらいの勘は働くよ」

レイナスは壁から背を離した。

「分かった。俺も手伝う」

     ◆

しばらくして。

訓練区画には。

刹那。

ロックオン。

アレルヤ。

ティエリア。

ラッセ。

フェルト。

スメラギ。

クリス。

そして指導役のアーミアとレイナス。

当初の予定とは比べものにならない人数が集まっていた。

アーミアが全員を見る。

「改めて言いますけど」

特に。

スメラギとクリスを見る。

「《アニマ》を使えるようになれば必ず若返る、とはまだ決まってませんからね」

「分かってるわ」

「もちろん」

二人とも返事だけは早かった。

ロックオンが小声で呟く。

「絶対そこ狙ってるだろ」

スメラギが見る。

「聞こえてるわよ」

「何も言ってません」

「言ったでしょ」

その横で。

刹那は静かに自分の手へ《アニマ》を灯していた。

今度は。

強くではなく。

小さく。

安定させる。

アレルヤは自分の内側に感じたものを探し。

ティエリアは何度も感覚を分析し直し。

ロックオンは今度こそ余計なことを考えないよう目を閉じ。

ラッセは力まないことから始める。

フェルトもまた。

先ほど感じた温かさを静かに追っていた。

そして。

先ほどまで見学するつもりだったスメラギとクリスまで。

アーミアの順番を待ちながら、妙に真剣な顔をしている。

誰に《アニマ》が発現するのか。

そもそも。

全員に可能性があるのか。

まだ誰にも分からない。

ただ一つ。

刹那だけだった訓練は。

いつの間にか。

ソレスタルビーイング全体へ広がり始めていた。

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