西暦2308年――プトレマイオス・格納庫
「よし。これで三機とも終わりだ」
イアンが端末を閉じた。
目の前には、並んで固定された三機のガンダムスローネ。
アイン。
ツヴァイ。
ドライ。
ヴェーダとのリンクを失ったことで一度は完全に停止した三機だったが、制御系は大きく手を加えられていた。
外部からの支援がなくても起動し、戦闘を継続できる。
完全にヴェーダを必要としないわけではないが、少なくとも接続を切断された瞬間に沈黙することはなくなった。
ヨハンがアインのコックピットから降りてくる。
「動作確認、問題ありません」
続いてミハエル。
「ツヴァイもいいぜ。むしろ前より反応よくなってねえか?」
「気のせいだ」
イアンが即答する。
「余計なもんを整理したから、多少軽くなってるところはあるがな」
「それを反応よくなったって言うんじゃねえの?」
「調子に乗って壊すなって言ってるんだ」
「分かってるって」
その横では、ドライから降りてきたネーナが真っ先にアーミアを探していた。
見つける。
すぐに歩いてくる。
「アーミア」
「どうでした?」
「大丈夫。ちゃんと動いた」
「それならよかったです」
「あとね、前より操作しやすい気がする」
少し離れた場所からイアンの声が飛ぶ。
「お前もか!」
ネーナが笑う。
「イアンのおじさん、腕いいんだね」
「だから、おじさんを付けるな!」
アーミアが小さくため息をつく。
「ネーナ」
「なに?」
「イアンさん」
「はいはい。イアンさん」
「はいは一回です」
「はーい」
アーミアが何か言おうとして止まった。
レイナスが整備台の横で、その様子を見ている。
「完全に扱い方を覚えられてるな」
アーミアが振り返る。
「何がです?」
「いや、こっちの話」
「先生、今何か言いましたよね?」
「気のせいじゃないか?」
「絶対違います」
レイナスは答えず、GN-Xの装甲へ視線を戻した。
アーミアも追及しようとしたが、その前にネーナが袖を引く。
「ねえ、終わったらご飯行こう」
「さっき軽食食べてませんでした?」
「動作確認したからお腹空いた」
「ほとんど座ってただけでしょう」
「頭使った」
「便利ですね、その理屈」
「アーミアも行こうよ」
「まだ用事があります」
「待つ」
即答だった。
アーミアが見る。
「長くなるかもしれませんよ?」
「じゃあここにいる」
「ヨハンさんたちと行けばいいでしょう?」
「アーミアと行きたい」
そこまで言われると。
断る理由もなかった。
「……分かりました。終わったら行きましょう」
「うん」
嬉しそうに笑うネーナ。
その背後。
ミハエルが何とも言えない顔をしていた。
「兄貴」
「何だ」
「ネーナ、最近あいつにべったりじゃねえか?」
ヨハンも二人を見る。
「悪いことではない」
「いや、別に悪いとは言ってねえけどよ」
ミハエルは頭を掻く。
「何かこう……取られた感じすんな」
「妹離れする機会だと思えばいい」
「兄貴まで何言ってんだよ」
◆
同時刻――プトレマイオス・ブリッジ
「また増えてる……」
フェルトが表示されたデータを見る。
スメラギが隣へ立った。
「GN-X?」
「はい。確認できた配備情報だけでも、以前よりさらに多いです」
正確な総数は分からない。
そもそも。
もう数えること自体に意味がなくなり始めていた。
アーミアが知っていた歴史。
そして、今この世界で確認されている戦力。
明らかに一致しない。
リヒティが別の情報を開く。
「各国軍の部隊再編も早いです。前回の戦闘であれだけ損失出したのに、もう次の部隊が動いてますよ」
「予備戦力を持っていたのか、それとも新規配備なのか……」
スメラギは腕を組んだ。
どちらにしても。
一つだけ確かなことがある。
敵も変化している。
こちらだけが未来情報を使って有利になる。
そんな都合のいい話ではなかった。
「アーミアを呼んで」
「了解」
◆
数分後。
ブリーフィングルームには主要メンバーが集まっていた。
スメラギが中央の画面へGN-Xの配置を表示する。
「確認できている範囲だけでも、前回の戦力を補充するには十分すぎる数よ」
アーミアが画面を見る。
「やっぱり増えていますね」
「あなたの知っている歴史では?」
「ここまでの規模ではありません」
即答だった。
「ただし、これが全部なのかも分かりません」
ティエリアが尋ねる。
「未来の記録にも存在しない?」
「少なくとも私が確認した資料では、現在のような展開ではありませんでした」
スメラギが頷く。
「つまり、もう過去の数字を基準にはできない」
「はい」
アーミアはそれを当然のように受け止めていた。
以前なら。
歴史から外れることに、もっと強く迷っていたかもしれない。
今は違う。
変化したなら。
変化した現在を見ればいい。
レイナスが画面を眺めながら言う。
「こっちが増えた分、向こうも増えた。そう考えれば単純ではあるな」
ロックオンが横を見る。
「こっちが増えた?」
「トリニティが三人とも残ってる。《アニマ》もある。刹那は《オーバーライズ》まで使える。こないだはTRANS-AMまで出てきた」
「並べると結構めちゃくちゃだな」
「向こうから見れば同じ感想だろ」
レイナスは肩をすくめる。
「相手だけ予定通りに動いてくれると思わない方がいい」
スメラギが画面を切り替えた。
「もう一つあるわ」
映し出されたのは。
アレハンドロ・コーナー。
その隣。
リボンズ・アルマーク。
「ヴェーダを掌握した以上、この二人が次に動く可能性は高い」
ヨハンが尋ねる。
「位置は?」
「掴めていないわ」
ティエリアが言葉を継ぐ。
「ヴェーダ側から追跡することもできない。現状、こちらの権限は大幅に制限されている」
「なら、待つしかないのか?」
ミハエルが聞く。
スメラギは首を横に振った。
「いいえ」
視線が集まる。
「こちらから動く」
◆
「まず大前提として、前と同じ戦い方はしない」
スメラギが話を続ける。
「国連軍のGN-Xを正面から全部相手にする必要はない。敵の目的はソレスタルビーイングの排除。そしてこちらの目的は、戦争に勝つことではなく計画を立て直すこと」
ティエリアがわずかに眉を寄せた。
「ヴェーダを奪われたままでも?」
「だから取り返すのよ」
部屋が静かになる。
スメラギはアーミアを見る。
「あなたの知っている歴史では、最終的にアレハンドロとリボンズのところまで辿り着くのよね?」
「はい。ただし、今は既に状況が違います」
「場所まで同じとは限らない」
「その通りです」
「なら場所は探す。歴史に任せるつもりはないわ」
アーミアが小さく頷く。
「それがいいと思います」
その時。
刹那が口を開いた。
「リボンズは俺が戦う」
スメラギが見る。
「理由は?」
「俺がそうしたい」
それだけだった。
だが。
アーミアは知っている。
自分のいた歴史でも。
最後には。
刹那とリボンズが戦った。
ただし。
その結末までは同じにする必要はない。
レイナスが刹那を見る。
「今から相手を予約しとくのか?」
刹那は答えない。
「まあいいけどな。先に見つけないと始まらないぞ」
「見つける」
「そうか」
レイナスはそれ以上言わなかった。
◆
会議が終わった後。
アーミアは訓練区画へ向かった。
その後ろ。
当然のようにネーナがいる。
「ネーナ」
「なに?」
「今日は訓練ですよ」
「見てる」
「暇でしょう?」
「平気」
「本当に最近ずっとついてきますね」
ネーナが少し考える。
「嫌?」
「嫌とは言ってません」
「じゃあいいじゃん」
「そういう問題なんでしょうか……」
アーミアが扉を開ける。
中では。
既に刹那たちが《アニマ》の訓練を始めていた。
ロックオンは両腕。
アレルヤは四肢。
ティエリアは全身。
以前より明らかに扱える範囲が広がっている。
ラッセも別の場所で身体強化を試していた。
フェルト。
クリスティナ。
スメラギも、戦闘要員ほどではないにせよ、自力で発現し維持するところまでは安定し始めている。
ネーナが目を丸くする。
「みんな光ってる」
「最近かなり進みましたから」
「私もできる?」
アーミアが止まった。
「やりたいんですか?」
「うん」
「簡単ではないですよ」
「でもアーミアが教えてくれるんでしょ?」
その言い方に。
アーミアは少しだけ困った。
「……最初からできるとは限りませんよ」
「いい」
「途中で飽きても知りませんからね」
「飽きない」
即答だった。
少し離れたところで聞いていたレイナスが口を挟む。
「また生徒が増えたな」
アーミアが見る。
「先生も手伝ってください」
「俺が?」
「はい」
「前に俺は教えるのが下手って言ってなかったか?」
「下手ですけど、人手は欲しいです」
「ずいぶん遠慮がなくなったな……」
ネーナが笑う。
「先生、教えるの下手なの?」
「アーミア評価ではな」
「じゃあアーミアに教えてもらう」
「そうしろ。その方が平和だ」
アーミアが少し呆れながらも。
ネーナの前へ立つ。
「じゃあ最初は、何かを出そうとしなくていいです」
「うん」
「自分の中にあるものを感じるところから」
ネーナが目を閉じる。
すぐ隣では。
刹那が全身へ《アニマ》を巡らせていた。
まだ金色の瞳は現れていない。
だが。
アーミアには分かる。
前より。
少しずつ。
何かが近づいている。
《アニマ》。
脳量子波。
そして。
まだこの時代には存在しなかったはずの変化。
未来と同じではない。
だからこそ。
ここから先は。
誰にも分からない。
◆
同時刻――月・ヴェーダ周辺施設
リボンズ・アルマークは、目の前の情報を眺めていた。
ガンダム。
トリニティ。
そして。
GN-Xを使用するレイナス。
想定よりも。
ソレスタルビーイングは残っている。
いや。
むしろ。
変化している。
「興味深いね」
背後。
アレハンドロが振り返る。
「何がだ?」
「彼らですよ」
リボンズは微笑む。
「ヴェーダを失えば、もっと混乱すると思っていました」
「それでも結果は変わらない」
アレハンドロは自信を崩さない。
「世界は既に私たちの手で統合へ進んでいる。ソレスタルビーイングの役割は終わった」
「そうかもしれません」
穏やかな返答。
だが。
リボンズの視線は別の情報へ向いていた。
刹那・F・セイエイ。
以前から。
わずかに感じている変化。
そして。
アーミア・リー。
彼女が何者なのか。
まだ分からない。
ただ。
本来なら起きないはずの変化が。
彼女の周囲から広がっている。
「もう少し見てみたいところですが」
リボンズは表示された戦力情報を閉じた。
「そろそろ、次へ進むべきでしょうね」
アレハンドロが笑う。
「ああ」