機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第34話 触れた意識

 

西暦2308年――プトレマイオス・訓練区画

刹那が真のイノベイターへ覚醒してから数日が経った。

身体検査では大きな異常は見つからず、金色の瞳も常に現れているわけではない。強く脳量子波を使った時にだけ発現し、意識を落ち着かせれば元へ戻る。

問題は、その脳量子波を刹那自身がまだ扱い切れていないことだった。

「今日は《アニマ》じゃなくて、こっちの訓練です」

アーミアが自分のこめかみを指した。

向かいには刹那。その周囲にはアレルヤ、ティエリア、そしてネーナもいる。少し離れた場所ではレイナスが壁に背を預けていた。

脳量子波を扱えるのはアーミアとアレルヤだけではない。

ティエリアも扱えるし、ネーナも同様だった。

刹那が覚醒した直後の強烈な脳量子波は、戦場にいた彼ら全員がそれぞれの形で感じ取っている。

「最初から遠くを探さないでください。まず、この部屋にいる人を順番に捉えてみましょう」

「分かった」

刹那が目を閉じる。

数秒。

やがて、閉じた瞼の下から金色の光が滲んだ。

アレルヤが最初に反応した。

「来た」

ティエリアも刹那へ視線を向ける。

「以前より明確だな。出力だけではない。安定している」

ネーナも首を傾げるように刹那を見る。

「ほんとだ。前より分かりやすい」

アーミアは三人の反応を確認してから、刹那へ声をかけた。

「刹那。今、誰が分かります?」

「アーミア。アレルヤ。ティエリア」

少し間を置く。

「ネーナも」

「はーい」

ネーナが片手を上げた。

アーミアがそちらを見る。

「返事しなくても分かります」

「なんとなく」

刹那はさらに意識を広げる。

今度は脳量子波そのものではなく、普通の感覚と重なるようにレイナスの存在も捉えた。

「レイナスもいる」

壁際から声が返ってくる。

「一応、普通に目でも確認できる距離だけどな。そこまで念入りに在席確認されると、ちょっと落ち着かないね」

「先生は黙って見ていてください」

「見学にも最低限の発言権くらいは欲しいところだけど……まあいいか」

レイナスはそれ以上口を挟まず、腕を組んだ。

刹那は再び集中する。

この部屋。

艦内。

そこまでは難しくない。

いくつもの人の存在が、ぼんやりと広がっている。

だが、その中に。

一つだけ。

明らかに違うものがあった。

刹那の眉が僅かに動く。

「……いる」

アーミアが気づいた。

「何がです?」

「前に感じた奴だ」

戦闘中。

真のイノベイターへ覚醒した直後。

遥か遠くから、自分を見ているように感じた存在。

今はあの時ほど強くない。

だが、一度認識したからなのか。

分かる。

遠い。

それでも確かに。

繋がる先がある。

アーミアの表情が変わった。

「刹那。それ以上追わなくていいです」

「なぜだ」

「まだ距離の感覚も、どこまで繋がるのかも分かっていません。試すなら少しずつ――」

言い終わる前に。

アレルヤが顔を上げた。

「……何か来る」

ティエリアも同時に反応する。

「こちらからではない」

ネーナの表情からも笑みが消えた。

「向こうから返してきた」

刹那が目を開く。

瞳は完全な金色。

そして。

意識の向こうから。

明確な存在が触れてきた。

     ◆

月――ヴェーダ周辺施設

リボンズ・アルマークは端末から顔を上げた。

一瞬。

何が起きたのか。

確認する必要さえなかった。

脳量子波。

それも、自分へ向けて伸びてきている。

「……刹那・F・セイエイ」

数日前。

戦場で感じたものと同じ。

人間から生まれた真のイノベイター。

覚醒したばかりのはずの刹那が、今度は明確にこちらへ意識を向けている。

距離は遠い。

それでも届いている。

リボンズは目を細めた。

警戒と。

それ以上に。

興味が勝った。

自分から脳量子波を返す。

どこまでできるのか。

見てみたくなった。

     ◆

プトレマイオス。

刹那が静かに言った。

「繋がった」

「誰と?」

アーミアが尋ねる。

刹那は、意識の向こうにいる存在を確かめるように一度だけ目を細めた。

「リボンズ・アルマーク」

空気が変わった。

ティエリアの表情が鋭くなる。

ネーナも刹那を見る。

「こいつが?」

「そうだ」

アレルヤも感じ取っていた。

刹那ほど明確ではない。

それでも、刹那へ向けて強い脳量子波が繋がっていることは分かる。

アーミアも同様だった。

「切れますか?」

「切れる」

「なら、一度切りましょう」

刹那がそうしようとした時。

向こうから。

意思が届いた。

声とは違う。

それでも、言葉として理解できる。

『その必要はないよ』

刹那が止まった。

リボンズ。

『驚いたな。覚醒して間もないというのに、もう僕まで辿り着くとは思わなかった』

「お前がリボンズ・アルマークか」

『そうだよ』

「アーミアから聞いている」

一瞬。

向こうの脳量子波が揺れた。

僅かな変化だった。

だが、今の刹那には分かる。

『……やはり、アーミア・リーか』

リボンズの関心が。

自分だけではなく。

アーミアへ向いている。

刹那はそれを感じた。

『彼女は何者なんだい?』

「本人に聞け」

アーミアが横から刹那を見る。

「何を聞かれたんです?」

「アーミアが何者か」

「答えなくていいです」

「分かった」

あまりにも迷いのない返答だった。

ネーナがアーミアを見る。

「即答だね」

「そこはいいんです」

リボンズの意識が再び届く。

『ずいぶんと信用しているようだね』

刹那は答える。

「仲間だ」

それだけだった。

だが。

その言葉に対するリボンズの反応も。

刹那には感じ取れた。

関心。

警戒。

その奥にある。

僅かな苛立ち。

刹那は眉を寄せる。

自分でも。

何を感じているのか整理し切れていない。

それでも。

相手が完全に平静ではないことだけは分かった。

「……お前」

『何だい?』

刹那は少し考えた。

そして。

感じたままを口にした。

「普通の人間と、あまり変わらないんだな」

訓練区画が静かになった。

アレルヤが刹那を見る。

ネーナも瞬きをする。

ティエリアは何も言わなかったが、僅かに眉が動いた。

レイナスだけが数秒遅れて小さく息を吐く。

「……刹那。それ、本人に直接言ったのか?」

「言った」

「そうか」

「何か問題があるのか」

レイナスは少し考えてから答えた。

「間違ってるかどうかは別として、本人が一番言われたくない種類の話だった可能性は高いね」

「なぜだ」

「そこから説明が必要か……」

一方。

脳量子波の向こう。

リボンズからの反応が。

明らかに変わった。

『……どういう意味かな』

声そのものは穏やかだった。

だが。

刹那には分かる。

怒っている。

「怒ったのか」

アーミアが片手で額を押さえた。

ネーナが小声で言う。

「今のは私にも分かった」

ティエリアも淡々と続ける。

「感情の変化は明確だ」

レイナスが二人を見る。

「実況すると余計に悪化するから、その辺でやめとこうか」

刹那だけが。

なぜ周囲がそう反応しているのか。

まだ理解していない。

リボンズが再び問いかける。

『僕が普通の人間と同じだという、その理由を聞いているんだ』

刹那は素直に考えた。

そして。

答える。

「感情がある」

『それが?』

「俺を警戒している」

脳量子波が僅かに揺れる。

「アーミアが何者なのか分からなくて気にしている。自分が知らないものが増えて、落ち着かなくなっている」

今度は。

明確に。

リボンズの反応が強くなった。

ネーナが小声で呟く。

「……また怒った」

ティエリアが横目で見る。

「言わなくても分かる」

「ティエリアも言ってるじゃん」

「事実を確認しただけだ」

レイナスが二人を見る。

「お前たち、今だけは刹那を見習わなくていいぞ」

刹那は構わず続けた。

「自分の知らないことが嫌なのか?」

『僕はただ状況を把握しようとしているだけだ』

「そうなのか」

『当然だよ』

刹那は少し黙った。

リボンズの言葉。

そして。

同時に感じる感情。

二つが。

完全には一致していない。

「でも、怖いんだな」

沈黙。

今度は。

誰も口を挟まなかった。

刹那自身には。

煽っているつもりなど全くない。

ただ。

そう感じた。

だから確認しただけだった。

『……僕が、何を恐れるというんだい?』

「分からないもの」

刹那はすぐに答えた。

「アーミアもそうだ。俺がイノベイターになったことも」

さらに。

自分へ向けられている感覚を辿る。

「自分の思い通りにならないものが増えるのが嫌なんだ」

リボンズから。

強い苛立ちが伝わる。

刹那は。

そこで初めて。

少しだけ理解した。

「やっぱり怒るんだな」

レイナスが天井を見る。

「悪気がない分、きついな……」

アーミアが横から言う。

「刹那。感じたことを全部そのまま本人へ言わなくてもいいんですよ」

「なぜだ」

「人には、触れられたくないところがあります」

刹那は一度だけアーミアを見る。

「でも、リボンズは自分を人間とは違うと思っている」

アーミアは答えなかった。

その認識自体は。

間違っていない。

刹那は再び。

意識の向こうにいるリボンズへ向ける。

「お前は自分が、人間より上だと思っているのか」

『僕は人類を導くために存在している』

刹那は。

その言葉を聞いて。

少し考えた。

「それも、人間と同じだ」

リボンズの脳量子波が。

一瞬。

完全に止まったように感じられた。

刹那は続ける。

「自分が正しいと思っている。自分が上に立つべきだと思っている」

何も。

悪意はない。

「そういう人間は、今までにもいた」

アレルヤが目を閉じた。

ネーナがアーミアを見る。

ティエリアも。

さすがに黙った。

レイナスは腕を組んだまま、小さく首を振る。

「……そこまで綺麗に踏み抜くとは思わなかったな」

刹那が振り返る。

「何をだ」

「本人が今一番守りたいところじゃないか?」

「分からない」

「だろうな」

レイナスは苦笑した。

「狙ってないなら、なおさら説明が難しい」

     ◆

月――ヴェーダ周辺施設

リボンズは。

立っていた。

いつ立ち上がったのか。

自分でも気づいていなかった。

人類を導く。

そのために存在している。

それは事実だ。

自分は人間とは違う。

イノベイド。

ヴェーダと繋がり。

イオリア計画を理解し。

愚かな人類を正しい方向へ導く存在。

そのはずだ。

だが。

刹那は。

何の嘲笑もなく。

何の悪意もなく。

それを。

人間と同じだと言った。

『随分と分かったようなことを言うね』

「分かってはいない」

即答だった。

リボンズの眉が動く。

『なら――』

「でも感じる」

刹那の言葉が続く。

「お前も迷う。警戒する。怒る」

そこで。

ほんの僅かな間。

「俺たちと同じだ」

リボンズは。

接続を切った。

     ◆

プトレマイオス。

刹那の意識から。

リボンズの存在が消える。

「切れた」

アーミアが確認する。

「向こうからですか?」

「ああ」

ネーナがすぐに言った。

「絶対怒ってたよね」

「怒っていた」

ティエリアも認める。

「途中から脳量子波の乱れが大きくなっていた」

刹那が二人を見る。

「俺が何かしたのか」

ネーナが目を丸くした。

「分かってないの?」

「分からない」

ネーナは何か言おうとしたが。

アーミアが先に口を開いた。

「刹那。脳量子波で相手の感情をある程度感じられるようになったとしても、それを全部そのまま本人へ突きつける必要はありません」

「嘘を言えということか」

「そうじゃありません」

レイナスが助け舟を出す。

「正しいかどうかと、本人にそのまま言っていいかは別の話ってことだよ」

刹那が見る。

レイナスは少し考えながら続ける。

「たとえば、疲れてる奴に『顔色悪いぞ』くらいならいい。でも『寝不足で仕事の効率落ちてるし、本人も焦ってるな』まで全部言われたら、普通はちょっと嫌だろ?」

「そういうものなのか」

「そういうものだよ。人間関係ってのは、見えたものを全部口に出さない方が大体うまくいく」

ネーナが笑う。

「レイナスがそういうこと言うんだ」

「一応、長く生きてるんでね。それくらいは学んでるよ」

アーミアが見る。

「本当に?」

「そこ疑う?」

刹那は少し考えてから。

「難しいな」

「難しいです」

アーミアは頷いた。

「とりあえず今日は、遠距離の相手へ勝手に繋がる訓練は中止です」

「分かった」

「素直ですね」

「前にも言われた」

ネーナが笑う。

「アーミアの言うことはちゃんと聞くんだ」

「必要だから聞いている」

「私が言っても聞く?」

刹那は少し考えた。

「内容による」

「何それ!」

訓練区画の空気が少しだけ緩んだ。

ティエリアだけは。

刹那が先ほどまで繋がっていた方向を、静かに見ていた。

リボンズ・アルマーク。

同じイノベイド。

だが。

今のやり取りで。

以前よりも。

その存在を身近に感じた。

それが良い意味なのか。

悪い意味なのかは。

まだ分からなかった。

     ◆

月――ヴェーダ周辺施設

リボンズは一人だった。

接続は自分から切った。

それでも。

刹那の言葉が残っている。

普通の人間と変わらない。

迷う。

警戒する。

怒る。

自分が正しいと思っている。

上に立つべきだと思っている。

そして。

それも人間と同じだと。

「……くだらない」

吐き捨てるように言う。

だが。

その声には。

先ほどまでなかった感情が混じっていた。

苛立ち。

刹那は。

それすら感じ取った。

リボンズの拳が。

僅かに強く握られる。

「刹那・F・セイエイ……」

真のイノベイター。

覚醒したばかりの存在。

それなのに。

自分へ届いた。

自分の感情を感じ取った。

そして。

本人には。

侮辱する意図すらなかった。

それが。

余計に腹立たしい。

リボンズはしばらく黙った後。

ゆっくりと手を開いた。

刹那だけではない。

アーミア・リー。

あの女が現れてから。

予定調和の外にあるものが増え続けている。

遠くから見ているだけでは。

もう足りない。

「直接、確かめる必要がありそうだね」

声は。

いつもの穏やかさへ戻っていた。

だが。

そこにあった余裕は。

以前より確実に薄くなっていた。

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