西暦2308年――廃棄資源採掘基地周辺宙域
プトレマイオスは、リボンズから指定された座標の手前で速度を落とした。
前方に浮かぶのは、巨大な岩塊と一体化した旧資源採掘基地。かつては採掘船や輸送船が頻繁に出入りしていたらしいが、今では誘導灯すらほとんど残っていない。
フェルトが周辺を走査する。
「基地内部にGN粒子反応を一つ確認。周辺宙域には……今のところ大きな反応はありません」
スメラギはモニターから目を離さない。
「今のところ、ね」
隠れている可能性を誰も否定しなかった。
リボンズがわざわざ自分の居場所を明かし、刹那をここまで呼び出した。何も用意していないと考える方が不自然だった。
格納庫では、すでに各機の出撃準備が終わっている。
エクシア、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェ、アストレア。三機のスローネと、レイナスのGN-X。
刹那はエクシアのコックピットから採掘基地を見つめていた。
「いる」
アーミアから通信が入る。
『リボンズですか?』
「ああ」
覚醒してから何度か触れた脳量子波。
今は隠すつもりもないらしい。
スメラギから全機へ指示が飛ぶ。
『予定通り。刹那は指定された搬入口から基地内部へ。残りは外周へ展開して、別働隊と伏兵を警戒する。何も見つからなくても配置は崩さないで』
各機が順番にカタパルトから射出されていく。
エクシアだけが採掘基地正面へ向かい、残る八機は距離を取りながら周囲へ散った。
ネーナのドライはアストレアの近くへ配置されている。
『アーミア』
「何です?」
『ちゃんと近くにいる?』
「レーダーを見れば分かるでしょう」
『直接聞いた方が早いじゃん』
「配置は変えないでくださいね」
『分かってるって』
ミハエルが割り込む。
『お前、完全に保護者確認じゃねえか』
『うるさい』
『図星かよ』
ヨハンが静かに止める。
『二人とも、任務中だ』
『はいはい』
『分かったよ、兄貴』
アーミアが息を吐くと、レイナスから通信が入った。
『まあ、今はそれくらいでいいだろ。静かになった時の方が面倒だ』
「先生まで甘くないですか?」
『戦闘前に余計な緊張を増やしても得はない。説教なら帰ってからまとめてやればいい』
「私がやる前提なんですね」
『違うのか?』
アーミアは返事をしなかった。
◆
エクシアは単独で採掘基地内部へ入った。
大型輸送艇用の搬入口は広く、モビルスーツでも十分に通れる。内部は非常灯だけが生きており、採掘設備や資源搬送用のレールが暗闇の中に残されていた。
刹那は速度を抑えながら進む。
『そのまま来ればいい』
リボンズの意識が届く。
「見えているのか」
『君の存在なら、今はカメラより分かりやすい』
刹那は返さず、奥へ進んだ。
やがて狭い通路が終わり、巨大な採掘空洞へ出る。
中央に、一機のガンダムが立っていた。
赤と白を基調とした機体。
Oガンダムの面影を残しながら、その各部は大きく発展している。特に目を引くのは背部で、片側へ偏るように大型のフィンファング六基が装備されていた。
非対称。
だが、不安定には見えない。
むしろ六基の兵装を含めて一つの機体として完成されている。
刹那が機体を止める。
「リボンズ・アルマーク」
通信が開いた。
『ようこそ、刹那・F・セイエイ』
「その機体は」
『リ・ニューガンダム。Oガンダムを発展させた、僕のためのガンダムだ』
リ・ニューガンダムがゆっくりと前へ出る。
背中の六基のフィンファングはまだ動かない。
『君と直接話すなら、僕もガンダムで来るべきだと思ってね』
「話すだけなら機体はいらない」
『そういうところは変わらないな』
「何を確かめたい」
リボンズの笑みが少し薄くなる。
『君自身だよ。真のイノベイターとして覚醒した君が、何を選ぶのか。その力を持ってなお、ただのガンダムマイスターでいるつもりなのか』
「俺は俺だ」
『それだけかい?』
「それで十分だ」
リボンズの脳量子波が僅かに揺れる。
刹那にはそれが分かったが、前のように一つ一つ口にはしなかった。
リボンズも気づく。
『今度は何も言わないんだね』
「言わない方がいいと教わった」
『アーミア・リーに?』
「ああ」
数秒の沈黙。
『随分と素直なんだね、君は』
「必要なことなら聞く」
『そうか』
その返答には、僅かに苛立ちが混じっていた。
刹那はそれも感じた。
だが、今はまだ言わなかった。
◆
基地外周。
最初に異変を捉えたのはフェルトだった。
「複数のGN粒子反応!」
モニター上に新たな光点が次々と現れる。
スメラギの表情が変わる。
「数は?」
「まだ増えています!」
岩塊の陰。
停止した資源輸送設備の裏。
さらに少し離れた宙域からも。
それまで姿を隠していたGN-Xが次々と姿を現した。
十機、二十機。
それで止まらない。
正確な総数を確認する前に、複数方向からプトレマイオスを囲むように展開していく。
ロックオンが呟く。
『やっぱり一機で待ってるわけねえか』
レイナスも周囲を見渡す。
『これだけ隠してたなら、呼び出しというより歓迎会だな。ずいぶん物騒な招待だ』
スメラギが即座に指示を出す。
『全機、包囲を崩す。プトレマイオスへ近づけさせないで!』
GN-X部隊が一斉に加速した。
デュナメスが射撃を開始する。
キュリオスが側面から回り込み、ヴァーチェは母艦前方へ出て砲撃態勢を取る。
アストレアとレイナスのGN-Xも別方向へ動いた。
アーミアが正面から来る二機を捉える。
「数が多いですね」
『今さらそこに驚く段階でもないだろ』
レイナスのGN-Xが一機の射線へ割り込み、ビームを躱しながら距離を詰める。
『前にも増えてた。今回も増えた。それだけだ』
「簡単に言いますね」
『数えて減るなら俺も手伝うんだけどな』
ビームサーベルがGN-Xのライフルを切断する。
レイナスはそのまま機体を蹴り飛ばし、次の一機へ向きを変えた。
『まともに全部落とす必要はない。母艦から剥がせば十分だ』
「了解」
アストレアも青白い《アニマ》を纏い、接近してきたGN-Xへ向かった。
◆
その直後。
フェルトがさらに大きな反応を捉える。
「高エネルギー反応! 基地反対側から接近!」
GN-Xとは比較にならない。
岩塊の影から、巨大な金色の機体が姿を現す。
アルヴァトーレ。
誰も名前を尋ねなかった。
すでに知っている。
アーミアがその姿を見て短く言う。
「来ましたね」
ロックオンもライフルを構え直す。
『本命のお出ましか』
アルヴァトーレの砲口へ大量のGN粒子が集まり始める。
スメラギが叫ぶ。
『回避!』
極太のビームが放たれた。
各機が一斉に散開する。
ビームはGN-X数機の間を抜け、採掘基地外壁を大きく抉った。
ミハエルがツヴァイを反転させる。
『味方ごと撃ってんじゃねえか!』
ヨハンがアインを前へ出す。
『ミハエル、ネーナ。あれを止める』
『了解!』
『うん!』
スメラギもすぐに決断した。
『トリニティ三機はアルヴァトーレを担当! 他はGN-Xを抑えて。トリニティへ敵機を寄せないで!』
アイン、ツヴァイ、ドライが同時に加速する。
アルヴァトーレからアレハンドロの通信が入った。
『チーム・トリニティか』
ヨハンが応じる。
『アレハンドロ・コーナー』
『君たちには失望したよ。与えられた役割すら果たせず、今ではソレスタルビーイングと行動を共にしている』
ミハエルが鼻で笑う。
『悪かったな。勝手に役割決められて死ぬ趣味はねえんだ』
ネーナも続ける。
『私たち、もうあんたの言うこと聞かないから』
アレハンドロの声が低くなる。
『ならば処分するまでだ』
アルヴァトーレの砲門が再び光る。
ヨハンが即座に指示した。
『散開! ネーナは後方、ミハエルは右から回り込め!』
『了解!』
三機が別方向へ散る。
アルヴァトーレの巨大なビームがその間を通過した。
今度はアインが遠距離から撃ち返す。
ツヴァイは接近。
ドライは二機の間を繋ぐように位置を変えながら、迫るGN-Xへ射撃を浴びせる。
トリニティだけを相手にしているわけではない。
周囲には大量のGN-Xもいる。
その何機かがアルヴァトーレを援護するため、三機へ向かおうとする。
そこへアストレアが割り込んだ。
「そっちは行かせません」
二機のGN-Xを牽制し、進路を塞ぐ。
ネーナが通信を飛ばす。
『アーミア!』
「こっちはいいです。前を見てください!」
『分かった!』
ネーナはすぐにアルヴァトーレへ向き直った。
レイナスのGN-Xも別方向から援護へ回ろうとするGN-Xを止める。
『アレハンドロは三人に任せる。こっちは雑魚を通さなければいい』
ロックオンが返す。
『簡単に言うけど、この数だぞ』
『だから全部相手にするなって話だ。守る場所が決まってるなら、敵より先にそこへいればいい』
『了解。そういう話なら分かりやすい』
デュナメスの狙撃が、一機のGN-Xの武装を正確に撃ち抜いた。
◆
同時刻――採掘基地内部
外で大きな戦闘が始まったことは、エクシアのセンサーにも伝わっていた。
大量のGN粒子反応。
複数のGN-X。
さらに巨大な反応。
刹那は一度だけ外部表示を見る。
リボンズが尋ねる。
『気になるかい?』
「ああ」
『なら戻るかい?』
刹那はリ・ニューガンダムへ向き直った。
「戻らない」
『仲間が戦っているのに?』
「だからだ」
リボンズの眉が僅かに動く。
「俺には俺の役目がある。外は仲間がやる」
『信じている、と』
「ああ」
またその言葉だった。
リボンズは静かに息を吐く。
『君は真のイノベイターになっても、結局そこへ戻るんだね』
「何が悪い」
『力を持った者には、それに相応しい立場がある』
刹那はすぐに返す。
「お前はそれを決める側にいたいだけだ」
リボンズの脳量子波が僅かに鋭くなる。
刹那は一拍置いた。
「……また怒ったな」
『君は黙っていることを覚えたんじゃなかったのかい?』
「必要なら言う」
リボンズの笑みが消える。
刹那は続けた。
「やっぱり、お前は普通の人間と変わらない」
『またその話か』
「自分の考えを否定されれば怒る。自分より先に進む奴がいれば気になる。俺を呼んだのも、それを確かめたかったからだ」
リボンズの手が操縦桿を強く握る。
『君は何も分かっていない』
「そうかもしれない」
刹那は否定しなかった。
「でも、お前が平静じゃないことは分かる」
数秒。
沈黙。
その後。
リボンズが低く笑った。
『……もういい』
リ・ニューガンダムの背部ユニットが展開する。
片側に装備された六基の大型フィンファングが一斉に切り離され、機体の周囲へ広がった。
刹那もGNソードを構える。
《アニマ》が自分の身体からエクシアへ流れ込む。
操縦するのではない。
エクシアそのものを自分として捉える。
青白い光が機体全体を包んだ。
《オーバーライズ》。
リボンズがそれを見つめる。
『その力も含めて確かめよう。君が本当に、僕を超えた存在なのか』
「俺はお前を超えるために来たんじゃない」
『なら何のために?』
「お前を止める」
リボンズの瞳が細くなる。
六基のフィンファングが同時に動いた。
次の瞬間。
四方から放たれたビームがエクシアへ殺到する。
刹那は踏み込んだ。
リ・ニューガンダムとエクシア。
二機の戦いが始まった。