西暦2308年――廃棄資源採掘基地・中央採掘区画
六基の大型フィンファングが、リ・ニューガンダムの背から一斉に離れた。
片側に並んでいた六基は瞬く間に散開し、正面、左右、上下へとエクシアを取り囲んでいく。単純に数で包囲したわけではない。一基ごとに位置も高度も異なり、どこへ逃げても別の射線へ入るよう計算された配置だった。
次の瞬間、六方向からビームが走る。
「っ……!」
刹那は反射的に機体を跳ね上げた。
一射目を躱し、二射目をGNソードで弾く。三射目が肩を掠め、回避した先へ四射目が飛び込んできた。
操縦桿を強く引く。
エクシアが強引に姿勢を変え、二本のビームが機体のすぐ脇を抜けていった。背後では大型の採掘設備が直撃を受け、爆発と共に巨大な破片を撒き散らす。
刹那は短く息を吐いた。
速い。
それ以上に厄介なのは、六基が完全に連携していることだった。一つを避けた先に次がいる。射撃を追っているだけでは、いずれ捉えられる。
『どうしたんだい、刹那』
リボンズの声は穏やかだった。
『真のイノベイターの力は、その程度なのか?』
刹那の眉が僅かに動く。
「まだ始まったばかりだ」
再び六基が動く。
今度は機械だけを見なかった。
フィンファングを操っているのはリボンズだ。六つに分かれて見えても、その根にある意思は一つ。
刹那は感覚を広げた。
リボンズの意識が僅かに動く。
その瞬間。
エクシアも動いた。
ビームが放たれるより早く射線を抜け、二本目、三本目の間へ機体を滑り込ませる。
「そこだ」
GNソードが一基を捉えかけた。
だが、その刃が届く直前。
リ・ニューガンダム本体が動いた。
「っ!」
赤と白の機体が一気に距離を詰める。
ビームサーベル。
刹那は咄嗟にGNソードを合わせた。
刃と刃がぶつかり、衝撃がエクシア全体を走る。身体まで直接殴られたような感覚に、刹那は歯を食いしばった。
『僕はフィンファングを操るだけのパイロットじゃない』
「分かっている!」
エクシアが蹴りを放つ。
リ・ニューガンダムは僅かに身を引いて避け、そのまま側面へ回り込む。刹那がGNソードを振り向けた瞬間には、背後のフィンファングが既に砲口を向けていた。
「くっ……!」
機体を沈める。
ビームが頭上を抜けた。
さらに正面からリ・ニューのサーベル。
受ける。
弾かれる。
刹那の呼吸が僅かに乱れた。
強い。
機体性能だけではない。
六基のフィンファングを同時に扱いながら、本体でも近接戦を仕掛けてくる。イノベイドとしての処理能力も、パイロットとしての技量も高い。
それでも。
ここで引く選択肢はなかった。
外では仲間が戦っている。
自分がリボンズを引き受ける。
そう決めたからこそ、ロックオンたちは何も言わず外の戦場へ向かった。
アーミアも。
レイナスも。
誰もここへ割り込んでこない。
刹那を信じている。
「俺は……ここで止まれない」
《アニマ》を巡らせる。
自分の身体から、エクシアへ。
操縦席。
フレーム。
腕。
脚。
それらを一つずつ意識する必要はない。
エクシアは、自分だ。
青白い光が機体を包む。
《オーバーライズ》。
リボンズが目を細めた。
『それが、アーミアから受け取った力か』
「教わった」
刹那の声は短い。
「でも、使うのは俺だ」
エクシアが加速した。
それまで追われていた機体が、一転してリ・ニューガンダムの懐へ入る。
GNソードが横薙ぎに走り、赤と白の胸部装甲を浅く切り裂いた。
初めて。
リ・ニューガンダムへ傷が入る。
リボンズの脳量子波が大きく揺れた。
驚き。
そして、明確な苛立ち。
刹那はそれを感じながら、操縦桿を握る手に力を込めた。
届く。
勝てない相手ではない。
胸の奥に湧いた手応えが、焦りを押し返していく。
◆
リボンズは傷ついた装甲を一度だけ確認した。
『《オーバーライズ》……』
イオリア計画には存在しない力。
自分の知らない力を、刹那・F・セイエイが使っている。
『君は、その力まで自分のものにしたつもりかい?』
「借りたつもりはない」
『アーミアに教わったんだろう?』
「教わった」
刹那は否定しない。
「でも、使うのは俺だ」
その返答が、リボンズには理解し難かった。
与えられたことを否定しない。
他人から学んだことも隠さない。
それでも、自分の選択として前へ進む。
リボンズは六基のフィンファングを一度自分の背後へ戻した。
片側に大型兵装が並び、リ・ニューガンダム本来の姿が再び完成する。
『分からないな、刹那』
「何がだ」
『君には力がある。人類がまだ持っていない認識力も、ガンダムも、《アニマ》もある。なのに、なぜそれを使って人類を導こうとしない?』
「導く必要がない」
即答だった。
リボンズの目が細くなる。
『なら誰が導く?』
「誰でもない」
『人間に任せれば、また争うだけだ』
リ・ニューガンダムが踏み込む。
刃と刃が激突した。
『人類は何度同じことを繰り返した! 争い、憎み、奪い合い、それでも自分たちだけでは変われない!』
六基のフィンファングが再び散る。
刹那は奥歯を噛んだ。
その言葉が、全く理解できないわけではない。
自分自身。
クルジスで戦った。
少年兵として人を殺した。
それが正しいと信じていた。
だからこそ。
簡単に否定することもできない。
一斉射撃。
エクシアが回避する。
一発。
二発。
三発。
四発目が左肩を捉えた。
「ぐっ!」
衝撃に身体が揺れる。
エクシアの左肩装甲が吹き飛び、警告表示が視界の端を赤く染めた。
リボンズは止まらない。
『ならば導く者が必要だ! 彼らより先を知り、正しい道を示せる存在が!』
リ・ニューガンダムが迫る。
六基のフィンファングが背後に広がり、赤と白の機体を巨大な翼のように飾った。
リボンズの声が強くなる。
「この機体こそ、人類を導くガンダムだ!」
その言葉と同時に。
六基のフィンファングが一斉に動いた。
採掘区画全体が、光で埋まる。
◆
逃げ道がない。
刹那は瞬時に理解した。
六基のフィンファング。
リ・ニューガンダム本体。
全方向から射線が重なり、どこへ抜けても次の攻撃が待っている。
左肩は損傷している。
《オーバーライズ》だけでは押し切れない。
それでも。
刹那の中に、退くという考えは浮かばなかった。
負けたくない。
ここで死にたくない。
何より。
外で待っている仲間のところへ戻りたい。
刹那は一度だけ大きく息を吸った。
「TRANS-AM」
赤い光がエクシアを包む。
《オーバーライズ》は解除しない。
赤いGN粒子の中を、青白い《アニマ》が走る。
前回は。
何が起きるか分からないまま使った。
今は違う。
自分の意思で。
使う。
「行くぞ、エクシア」
エクシアが光の中へ突っ込んだ。
一基目。
射撃の直前に軌道を変え、GNソードで両断する。
二基目が上方から狙う。
壁面を蹴り、一気に跳ね上がる。
刃が走る。
二基目。
破壊。
『何……!?』
リボンズの声が僅かに乱れた。
三基目と四基目が左右から同時に射撃する。
刹那はその中心へ飛び込んだ。
二本のビームが交差する寸前。
エクシアが通過する。
凄まじい速度と負荷で視界が揺れた。
それでも刹那はGNソードを振るう。
三基目を切断。
四基目が離脱する。
その正面へ、リ・ニューガンダムが飛び込んできた。
『僕を忘れるな!』
「忘れていない!」
二機の刃が激突する。
TRANS-AM。
《オーバーライズ》。
その両方を使ってなお、リ・ニューガンダムは押し返してくる。
刹那の腕に重さがかかる。
まるで自分自身の腕を押されているような感覚だった。
「ぐ……っ!」
『なぜだ……!』
リボンズの声が響く。
『なぜそこまで人間を信じられる!』
刹那は一瞬。
答えに詰まった。
人間が必ず正しいとは思っていない。
争わないとも。
裏切らないとも。
思っていない。
自分自身が。
その間違いを知っている。
だから。
「信じているわけじゃない」
『何?』
刹那はリボンズのサーベルを押し返す。
「それでも、自分で変わるしかない」
そのままリ・ニューを弾く。
背後。
四基目のフィンファングが迫る。
刹那は振り向きざまにGNソードを振った。
切断。
残り二基。
◆
リボンズの余裕が。
確実に失われ始めていた。
『君は甘い!』
「そうかもしれない!」
刹那は否定しなかった。
『人類は君を裏切るかもしれない!』
「それでもだ!」
『君が守ろうとしている者同士が、また殺し合うかもしれない!』
刹那の表情が僅かに歪む。
そんな未来がないとは言えない。
それでも。
「最初から全部決めるよりはいい!」
エクシアが踏み込む。
リ・ニューがサーベルを振る。
受け流す。
五基目のフィンファングが横から攻撃する。
刹那は機体を沈め、ビームを頭上へ通した。
そこから一気に跳ね上がる。
GNソード。
五基目を両断。
残り一基。
リボンズの表情に。
初めて。
明確な焦りが浮かんだ。
『僕がいなければ、人類は道を失う!』
「違う!」
最後のフィンファングがエクシアの背後へ回り込む。
正面にはリ・ニューガンダム。
完全な挟撃。
刹那の身体に一瞬だけ強い緊張が走った。
判断を間違えれば。
終わる。
死ぬ。
怖くないわけではない。
その感情を自覚した瞬間。
逆に。
頭が澄んだ。
帰る。
ここで終わらない。
最後のフィンファングが砲口を向ける。
刹那は逃げず。
リ・ニューガンダムへ向かった。
フィンファングの射線が。
リ・ニュー自身へ重なる。
リボンズが気づく。
『なっ――』
射撃が止まる。
ほんの一瞬。
刹那はその隙を逃さなかった。
GNソードが閃く。
最後のフィンファングが真っ二つになる。
六基。
全てを失った。
◆
リボンズが息を呑んだ。
背中の片側に並んでいた六基のフィンファングは、一基も残っていない。
それでも。
リ・ニューガンダムは止まらなかった。
『まだだ!』
サーベルを構え、正面から突っ込んでくる。
エクシアも迎え撃つ。
TRANS-AMの残り時間は僅か。
左肩は損傷。
脚部にも警告。
刹那の身体も疲労で重い。
それでも。
今は。
戦うほどにリボンズが分かる。
怒り。
焦り。
恐れ。
そして。
その奥にあるもの。
「リボンズ!」
『何だ!』
「お前は、人類を導きたいんじゃない!」
リ・ニューの動きが僅かに鈍る。
「人類に必要とされたいんだ!」
『……!』
リボンズの脳量子波が大きく乱れた。
『知ったようなことを……!』
リ・ニューが斬り込む。
刹那が受ける。
激突。
もう一度。
互いの機体が接触するほど近い距離で、刃が何度も交わる。
リボンズの余裕は完全に消えていた。
『僕は人間とは違う!』
「違わない!」
刹那は短く返す。
『僕には人類を導く力がある!』
「だから上に立つのか!」
『僕にはその資格がある!』
「誰が決めた!」
リボンズの表情が止まる。
刹那は。
その一瞬。
踏み込んだ。
最後の激突。
ビームサーベル。
GNソード。
二本の刃が交差する。
エクシアとリ・ニューガンダムが。
背中合わせになった。
数秒遅れて。
リ・ニューガンダムの右腕が、サーベルごと宙へ飛んだ。
◆
エクシアが振り返る。
GNソードの切先が、リ・ニューガンダムのコックピットへ向けられる。
刹那の呼吸は荒い。
肩が上下し、操縦桿を握る手にも僅かな震えが残っていた。
勝った。
その事実より先に。
生きている。
その感覚が来た。
外へ戻れる。
仲間のところへ。
張り詰めていたものが僅かに緩む。
リボンズの声が届いた。
『……撃たないのか』
刹那はGNソードを向けたまま答える。
「必要がない」
『僕は君を殺そうとした』
「知っている」
『僕を生かせば、また君たちの敵になるかもしれない』
「それはお前が決めることだ」
リボンズは言葉を失った。
刹那は一度。
ゆっくり呼吸を整える。
「俺は、お前の上に立つために戦ったんじゃない」
『……』
「お前を倒して、人類を導くつもりもない」
リボンズは傷だらけのエクシアを見ていた。
TRANS-AMは終わっている。
青白い《アニマ》も薄れている。
それでも。
刹那は勝った。
そして。
自分の位置へ上がってこようとはしない。
『なら、誰が導くんだ』
先ほどまでとは違う。
静かな問いだった。
刹那は答える。
「人は、自分で変わる」
『そんなものを信じるのか』
「ああ」
『人は間違える』
「俺も間違えた」
『争う』
「俺も戦ってきた」
『それでも?』
「それでもだ」
刹那はGNソードを少し下げた。
「一人が全部決めるよりいい」
リボンズは黙っている。
「俺も人類を導かない。お前にも導かせない」
『……』
「でも、お前が人類の中にいることまで否定するつもりはない」
リボンズの瞳がゆっくりと見開かれた。
刹那は続ける。
「お前も俺も、特別だから人の上に立つんじゃない」
一度だけ息を整える。
「変われるなら、同じ人間だ」
リボンズは何も言わなかった。
以前。
普通の人間と変わらない。
刹那にそう言われた時。
侮辱だと思った。
自分を、人間と同じ場所まで引きずり下ろされたと感じた。
だが。
今は違って聞こえる。
刹那は自分を見下していない。
勝者として敗者を許しているわけでもない。
同じ場所へ。
立てと言っている。
人類を導く存在ではなく。
その中の一人として。
リボンズの手が。
ゆっくりと操縦桿から離れた。
リ・ニューガンダムから力が抜ける。
『……僕は』
短く息を吐く。
『君に勝てなかった』
刹那は黙って聞いている。
『機体でも』
一度。
間が空く。
『考え方でも』
そして。
リボンズは初めて。
自分から認めた。
『……僕の負けだ、刹那・F・セイエイ』
刹那は目を閉じた。
ほんの一瞬だけ。
全身から力が抜ける。
だが。
まだ終わっていない。
外では戦闘が続いている。
目を開く。
「リボンズ」
『何だい』
「帰るぞ」
リボンズが僅かに目を見開く。
『……どこへ?』
「プトレマイオスだ」
『僕を連れていくつもりか?』
「ああ」
『僕は君たちの敵だった』
「知っている」
『ヴェーダを奪った』
「ああ」
『君を殺そうとした』
「それも知っている」
刹那は一拍置く。
「話は帰ってからすればいい」
リボンズはしばらく黙った。
やがて。
小さく笑う。
これまでの。
人を見下すような笑みではない。
自嘲に近く。
どこか力の抜けたものだった。
『君という人間は……本当に分からないな』
「俺も、お前のことは分からない」
『そうか』
「ああ」
その時。
採掘基地全体が大きく揺れた。
外では。
まだ戦いが続いている。
アレハンドロ・コーナー。
アルヴァトーレ。
そして多数のGN-X。
刹那の表情が再び引き締まる。
「行くぞ」
エクシアが出口へ機体を向ける。
片腕を失い、六基のフィンファング全てを失ったリ・ニューガンダムも、少し遅れてその後を追った。