第39話 黄金の終焉
西暦2308年――廃棄資源採掘基地周辺宙域
採掘基地の外では、まだ戦闘が続いていた。
プトレマイオスを囲むGN-Xの数は多い。最初の包囲こそ崩したものの、後方から新たな部隊が加わり、戦線そのものは簡単には終わらなかった。
その中心で、黄金の巨体が圧倒的な存在感を放っている。
アルヴァトーレ。
ヨハンのスローネアインが遠距離から射撃を続け、ミハエルのツヴァイが死角を狙って接近する。その二機を援護するようにネーナのドライが位置を変え、周囲から近づくGN-Xを牽制していた。
「正面装甲への攻撃は効果が薄い。ミハエル、無理に切り込むな」
『分かってる! けど、こいつ硬すぎんだろ!』
ツヴァイのビームサーベルがアルヴァトーレの装甲を掠める。
しかし浅い。
直後、巨大なアームが振るわれた。
「ミハエル!」
『見えてる!』
ツヴァイが急上昇する。
その直下を巨大な腕が通過し、後方にいたGN-X一機を巻き込んで吹き飛ばした。
ネーナが思わず声を上げる。
『また味方巻き込んだ!』
アルヴァトーレからアレハンドロの声が響く。
『役に立たない兵士など知ったことか! 君たちさえ消せればそれでいい!』
ヨハンの表情が僅かに険しくなった。
「自軍の兵士だぞ」
『必要な犠牲だ。世界を変えるためには、取捨選択というものが必要なのだよ』
『うわ』
ネーナが露骨に嫌そうな声を出した。
『なんかこの人、思ってたより嫌い』
『今さらかよ』
ミハエルが返す。
『俺は最初から気に入らねえぞ』
ヨハンだけは冷静だった。
「会話に付き合う必要はない。機体だけを見ろ」
『はいはい』
『了解』
三機が再び散る。
その周囲では、ロックオンたちもGN-X部隊との戦闘を続けていた。
デュナメスの射撃が一機のライフルを撃ち抜く。別方向ではキュリオスが複数機を引きつけながら高速で飛び回り、ヴァーチェはプトレマイオスへ向かう敵だけを選んで砲撃している。
まだ三人とも《オーバーライズ》には届いていない。
それでも、訓練の成果は既に戦闘へ現れ始めていた。
ロックオンはデュナメスの右腕。
アレルヤはキュリオスの脚部。
ティエリアはヴァーチェの胴体を中心に。
必要な瞬間だけ《アニマ》を流し、機体の反応を僅かに引き上げる。
完全ではない。
だが、以前とは違う。
『こいつら、また数が増えてないか?』
ロックオンが二機目を牽制しながらぼやく。
レイナスのGN-Xがその横を抜け、接近してきた敵機のサーベルを受け流した。
『多分増えてるな。だからって今から点呼を取るわけにもいかないだろ』
『そりゃそうだがよ!』
『目の前の分だけ見とけ。全部まとめて相手にしようとすると、数に付き合わされる』
レイナスは敵の腕を蹴り上げ、武器を弾き飛ばす。そのまま撃墜までは狙わず、次にプトレマイオスへ向かおうとする機体へ進路を変えた。
アーミアのアストレアも、トリニティへ向かおうとするGN-Xを押さえている。
「先生、右から三機」
『見えてる。二機こっちで取る』
「じゃあ残りは私が」
『頼む』
二人が別方向へ分かれる。
ネーナが一瞬だけアーミアの方を見た。
だが。
すぐにアルヴァトーレへ視線を戻す。
今は。
自分たちの相手がいる。
◆
「兄貴、このままじゃ埒が明かねえ!」
ミハエルが苛立った声を上げた。
アルヴァトーレは確実に損傷している。
それでも、まだ動きが鈍るほどではない。
火力。
装甲。
機体そのものの巨大さ。
正面から削り合えば、こちらが先に持たない。
ヨハンは敵の動きを追う。
「砲撃の直前、正面の防御が薄くなる」
『ならそこを狙う?』
ネーナが聞く。
「ああ。ただし一度で決める」
『俺が前に出る』
ミハエルが即座に言った。
「囮になるつもりか?」
『近い方が狙うだろ、あいつ』
ヨハンは少し考えた。
「無茶はするな」
『兄貴、それ今さらだろ』
ミハエルが笑う。
「ネーナ」
『分かってる。ミハ兄の援護でしょ』
「違う」
ネーナが一瞬黙る。
「お前が隙を作る」
『私が?』
「ドライなら広い範囲を見られる。アルヴァトーレの砲門と周囲のGN-X、両方を見ろ。ミハエルが入れる道を作ってくれ」
ネーナの表情が変わった。
任されている。
ただ後ろから援護するのではない。
二人を繋ぐ役目を。
「……分かった」
声から軽さが消える。
「やる」
ヨハンが頷いた。
「行くぞ」
◆
ツヴァイが加速した。
真正面からアルヴァトーレへ向かう。
アレハンドロが笑う。
『自分から死にに来たか!』
複数の砲門がツヴァイへ向く。
ネーナはそれを見ていた。
どの砲門が先に光るのか。
どのGN-Xがミハエルの進路を塞ぐのか。
「右!」
『分かった!』
ツヴァイが急旋回する。
直後、巨大なビームがその場所を貫いた。
左からGN-X二機。
ドライが射撃し、一機が回避、もう一機が進路を変える。
「そのまま!」
『言われなくても!』
ミハエルが笑い、さらに接近する。
アルヴァトーレが再び砲口を向けた。
今度はヨハンも動く。
アインの大型GNランチャーが光る。
「今だ!」
高出力射撃。
アルヴァトーレが防御を正面へ集中させる。
その瞬間、ミハエルが機体の下へ潜った。
『もらった!』
ツヴァイのサーベルがアルヴァトーレ下部の装甲を深く切り裂いた。
爆発。
黄金の巨体が大きく揺れる。
『何っ!?』
初めて、アレハンドロの声から余裕が消えた。
「効いてる! ミハ兄、離れて!」
『分かってる!』
ツヴァイが離脱する。
その直後、アルヴァトーレの巨大な腕が振り抜かれた。
紙一重でツヴァイの装甲を掠める。
『危ねえ……!』
「だから無茶しないでって言ってるでしょ!」
『当たってねえんだから問題ない!』
「当たってからじゃ遅いの!」
「二人とも、次に集中しろ!」
ヨハンの一喝で、二人は即座にアルヴァトーレへ視線を戻した。
『了解!』
「分かった!」
三人の動きは途切れない。
一度開いた傷口を、今度こそ逃すつもりはなかった。
◆
アルヴァトーレ内部。
複数の警告表示が赤く染まっていた。
アレハンドロは苛立たしげにコンソールを叩く。
「忌々しい……!」
計画通りなら。
ソレスタルビーイングはとうに崩壊していた。
ガンダムは力を失い。
トリニティも消え。
世界は自分の手で統合されるはずだった。
なのに。
何もかもが違う。
リボンズが言っていた。
アーミア・リー。
未来を知る女。
あの女が。
全てを狂わせた。
「たかが一人の女のせいで……!」
通信が入る。
アレハンドロは顔を上げた。
リボンズ。
「リボンズ! 今まで何をしていた!」
返事まで。
少し間があった。
『アレハンドロ』
その声は。
妙に落ち着いていた。
アレハンドロの眉が寄る。
「刹那・F・セイエイはどうした?」
『僕が負けた』
数秒。
意味が理解できなかった。
「……何?」
『刹那との勝負は終わった。僕の負けだ』
アレハンドロの顔が歪む。
「何を言っている……?」
『そのままの意味だよ』
「馬鹿な!」
拳をコンソールへ叩きつける。
「お前はイノベイドだろう! ヴェーダを掌握した! 私たちが世界を変えるのだ! 今さら負けたなどと――!」
『僕は降りる』
その言葉で。
アレハンドロの表情が完全に変わった。
「……裏切るのか?」
『そういう言い方になるのかな』
「私をここまで連れてきておいて!」
声が荒れる。
「計画を進めたのはお前だ! ヴェーダを奪えと言ったのも、ガンダムを排除しろと言ったのも! それを今さら、自分だけ負けを認めて終わりだと!?」
リボンズは黙って聞いている。
『アレハンドロ。もうやめた方がいい』
「黙れ!」
アルヴァトーレの巨体がさらに動く。
「私がここで勝てばいい! ガンダムを全て消せば、世界は私を認める!」
『……そうか』
リボンズの声から。
わずかな感情が消えた。
『僕も少し前まで、似たようなことを言っていた気がするな』
「私とお前を一緒にするな!」
『今なら、刹那が何を言いたかったのか少し分かる』
「黙れと言っている!」
アレハンドロは通信を切った。
呼吸が荒い。
敗北。
そんなものは認めない。
リボンズが負けた。
だから何だ。
自分が勝てばいい。
自分こそが。
世界を変える。
そのために。
ここまで来た。
◆
採掘基地の搬入口から。
二つのGN粒子反応が現れた。
フェルトが即座に確認する。
「基地内部から二機出てきます!」
スメラギが画面を見る。
一機は。
傷ついたエクシア。
「刹那!」
もう一機。
赤と白。
右腕を失い。
背部の大型フィンファングも全てなくなっている。
リ・ニューガンダム。
ブリッジの空気が変わった。
ロックオンから通信が入る。
『おい、刹那! そいつまで一緒なのか!?』
『ああ』
返ってきた刹那の声は疲れていた。
それでも。
はっきりしている。
『リボンズは降りた』
『……何?』
ティエリアの声だった。
リボンズ本人が通信へ入る。
『君がティエリア・アーデか』
『リボンズ・アルマーク……!』
ティエリアの声には明確な警戒が混じった。
直接顔を合わせたことはない。
だが、アーミアから未来を聞いた時から、その名前も立場も知っている。
リボンズもまた、ヴェーダを通してティエリアの存在を把握していた。
『話をする機会は後であるだろう。今はアレハンドロが残っている』
スメラギもすぐに切り替えた。
『その通りね。刹那は機体の状態を見ながらプトレマイオスまで下がって。リボンズもこちらへ。妙な動きをしたら撃つわ』
『当然の対応だと思う』
レイナスがGN-Xで一機を押し返しながら、二機の方を見る。
『……ずいぶん派手にやったな、刹那』
『ああ』
『勝ったのか』
短い問い。
刹那は一拍置く。
『勝った』
レイナスの口元が僅かに上がった。
『なら十分だ。後はこっちで片付ける』
刹那は外の戦場を見る。
アルヴァトーレ。
そして。
その周囲を飛ぶ三機のスローネ。
『トリニティがやる』
レイナスが答える。
『みたいだな』
二人とも。
そこへ割り込むつもりはなかった。
◆
アルヴァトーレは。
明らかに動きが荒くなっていた。
先ほどまでのような計算された砲撃ではない。
巨大な火力を。
ただ振り回している。
『なぜだ!』
アレハンドロの声が全域通信へ流れる。
『なぜ私の計画が崩れる! 私は世界を統合した! 人類を一つにしたのは私だ!』
ネーナが顔をしかめる。
「何言ってるの、この人」
ミハエルが笑う。
『追い詰められておかしくなったんじゃねえか?』
ヨハンはアルヴァトーレだけを見ている。
「油断するな。追い詰められた相手ほど何をするか分からない」
『ソレスタルビーイングなど、私がいなくても消える運命だった! トリニティ! お前たちも本来ならとうに役目を終えていたはずだ!』
三人の表情が変わる。
未来を聞いた今。
その言葉の意味は分かる。
自分たちは。
使い捨てられる予定だった。
だが。
ヨハンは静かだった。
「それがどうした」
アレハンドロが一瞬黙る。
「俺たちは今、生きている」
ミハエルが笑う。
『そういうことだ。悪いな。予定が狂って』
ネーナは。
以前なら。
もっと感情的に返していたかもしれない。
今は。
違った。
「私たちは、あんたの道具じゃない」
アレハンドロの顔が歪む。
『私が与えた力で戦っておいて!』
「ガンダムはあんたのものじゃない!」
『黙れ!』
アルヴァトーレの砲門が一斉に開く。
ヨハンが叫ぶ。
「散開!」
巨大なビーム。
三機が散る。
その瞬間。
アルヴァトーレの損傷箇所が大きく開いた。
先ほどツヴァイが切り裂いた場所。
ヨハンが見逃さない。
「ミハエル!」
『任せろ!』
ツヴァイが一直線に飛び込む。
今度は。
ネーナも同時に動いた。
ドライの射撃が、ツヴァイへ向かおうとしたGN-Xを牽制する。
「行って!」
『おう!』
ミハエルが叫ぶ。
ツヴァイのサーベルが。
損傷部分へ深く突き刺さった。
『こんな……!』
アレハンドロの声。
「離れろ、ミハエル!」
ヨハンの指示。
ツヴァイがサーベルを抜いて後退する。
そして。
アインの砲口が。
その傷口へ向いた。
「終わりだ、アレハンドロ・コーナー」
高出力のGNビーム。
直撃。
黄金の装甲が。
内側から爆発する。
◆
巨大な爆発。
アルヴァトーレの外装が崩れる。
だが。
その中から。
さらに一つの反応が飛び出した。
『まだだ!』
金色のモビルスーツ。
アルヴァアロン。
満身創痍ではある。
それでも。
動いている。
ミハエルが呆れた声を上げる。
『まだ出てくんのかよ!』
アレハンドロは完全に余裕を失っていた。
『私は終わらない! 私はコーナー家の悲願を達成する! イオリアの亡霊に奪われた計画を取り戻したのは私だ!』
アルヴァアロンが射撃する。
三機が散開。
『私こそが世界を導く! 私こそが――!』
「もういい」
ネーナの声だった。
アレハンドロが止まる。
「さっきから、自分のことばっかり」
『何だと……!』
「世界とか、人類とか言ってるけど」
ドライが前へ出る。
ネーナの目には。
恐怖はなかった。
「結局、自分が偉くなりたいだけじゃん」
アレハンドロの顔が。
怒りで歪む。
『小娘があああっ!』
アルヴァアロンがドライへ向かって突進した。
「ネーナ!」
ヨハンの声。
だが。
ネーナは逃げない。
「来ると思った」
ドライが横へ滑る。
その瞬間。
アレハンドロの視界から。
ネーナが消える。
代わりに。
正面へ。
ツヴァイ。
『兄貴!』
「撃て!」
アイン。
ツヴァイ。
ドライ。
三機。
同時。
アインのビーム。
ツヴァイのサーベル。
ドライの射撃。
三方向から。
黄金の機体へ突き刺さる。
『私が――!』
アルヴァアロンの装甲が砕ける。
『私こそが――世界を――!』
ネーナが。
最後に言った。
「知らない」
爆発。
金色の機体が。
光の中へ消えた。
◆
戦場に。
一瞬。
静寂が訪れた。
アルヴァトーレ。
アルヴァアロン。
二つの反応が消失する。
ヨハンは爆発の光を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。
ミハエルが先に息を吐く。
『……終わったか』
ネーナも。
動かない。
自分たちを。
本来なら使い捨てようとしていた男。
その男を。
三人で倒した。
ヨハンが静かに言う。
「まだだ」
『兄貴?』
「周囲のGN-Xが残っている」
ミハエルが一瞬黙り。
笑った。
『やっぱ兄貴だわ』
ネーナも小さく笑う。
「じゃあ帰るのは、その後だね」
三機が。
再び並ぶ。
アイン。
ツヴァイ。
ドライ。
誰一人欠けていない。
そこへ。
アーミアから通信が入った。
『ネーナ』
「アーミア!」
思った以上に。
明るい声が出た。
『無事ですね?』
「うん!」
『ヨハンさんとミハエルさんも?』
『問題ない』
『ピンピンしてるぜ』
アーミアが小さく息を吐く。
『よかったです』
ネーナは。
少しだけ笑った。
「帰ったらさ」
『何です?』
「褒めてね」
一拍。
アーミアも笑う。
『はい』
それだけで。
ネーナは満足した。
その直後。
レイナスの通信が全員へ入る。
『感動してるところ悪いが、残業がまだ残ってる』
ロックオンが即座に返す。
『お前、そういう言い方するから台無しなんだよ』
『俺だって終わったと思いたかったんだけどな。向こうが帰ってくれない』
前方。
残存するGN-X部隊。
指揮の中心だったアレハンドロを失い。
既に動きは乱れている。
スメラギの声が響く。
『全機、残存部隊を押し返す。無理に撃墜する必要はないわ。戦闘意思を失った機体は追わないで』
『了解』
刹那も。
傷ついたエクシアで。
遠くからその光景を見ていた。
三機のスローネ。
生きている。
未来では。
ここにいなかった者たち。
リボンズの声が静かに届いた。
『随分と変わったんだね』
刹那は答える。
「ああ」
『これが、君の言っていた変化か』
刹那は少しだけ考える。
「違う」
『何?』
「あいつらが、自分で変わった」
リボンズは。
何も返さなかった。
ただ。
三機のスローネを。
静かに見ていた。