機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第4話 知っている人たち

 

西暦2307年――王留美所有施設・翌朝

目を覚ましてから、アーミアはしばらく天井を見ていた。

見慣れない天井だった。

それだけなら珍しくもない。

外宇宙航行艦《スメラギ》で長く過ごしてきたアーミアにとって、任務先で普段とは違う場所に泊まることなど何度も経験している。

問題は場所ではなく。

時間だった。

西暦2307年。

五十七年前。

身体を起こし、枕元に置いていた端末を手に取る。

起動。

表示される日付は、端末内部に保存された2364年のまま。

通信機能はほとんど役に立たない。

当然だ。

五十七年後の規格で作られた端末なのだから。

アーミアは保存領域を開く。

歴史資料。

技術資料。

映像。

個人的な記録。

検索欄へ指を伸ばす。

――2307年。

そこで止まった。

調べればいい。

今日が何の日なのか。

この頃、ソレスタルビーイングが何をしていたのか。

先生が次に何をするのか。

記録が残っていれば分かる。

「……」

指を離した。

画面を閉じる。

昨夜から何度も同じことをしている。

知りたい。

だが。

知った後で、自分はどうするのか。

自分の知っている歴史では。

ソレスタルビーイングは戦い続けた。

多くの危機があった。

それでも。

自分が知る人たちは、その先まで生きている。

なら。

余計なことをしなければいいのではないか。

先生はここにいる。

昨日、王留美と出会った。

ソレスタルビーイングとの繋がりもできた。

多少の違いはある。

自分という、本来この時代にはここにいなかった人間がいる。

それでも大きな流れにはまだ戻れるかもしれない。

だったら。

私は――。

扉が鳴った。

「アーミア、起きてるか?」

「はい」

聞き慣れた声。

けれど。

まだ自分を知らない先生の声だった。

◆

「朝飯だってさ」

部屋へ入ってきたレイナスが言った。

「留美が用意してくれるらしい」

「王留美さんが?」

「正確にはここの人間だろうけどな」

アーミアはベッドから降りる。

「よかったですね」

「何が?」

「昨日はファミレス代を気にしてたじゃないですか」

「切実な問題だったからな」

レイナスが扉へ向かう。

「少なくとも、しばらく食うには困らなそうだ」

「就職して最初に喜ぶところがそこなんですね」

「無職を経験するとありがたみが分かるぞ」

「昨日だけじゃないですか」

「期間は関係ない」

アーミアは思わず笑った。

こういうところは。

本当に変わらない。

その背中を見ながら、ふと考える。

この人は。

これから自分の知っているレイナス・レノアークになる。

――いや。

そう考えていいのだろうか。

自分が知っている先生は、五十年以上を共に過ごした結果の先生だ。

目の前にいる彼には、その時間がない。

同じ人間だからといって。

同じ選択をする保証などない。

◆

西暦2307年――王留美所有施設・食堂

朝食を終えた後。

王留美から呼び出しを受けた。

「本日、お二人にはソレスタルビーイングの関係者と会っていただきます」

「もうか?」

レイナスが聞く。

「ええ。あなたを今後どのように扱うか決めるためにも必要です」

「俺は分かるけど」

レイナスがアーミアを見る。

「アーミアも?」

「お二人を完全に切り離して考える方が難しいでしょう」

「まあ、それはそうか」

アーミアは黙って王留美を見る。

関係者。

誰なのか。

予想はできる。

だが、確認しようとは思わなかった。

「移動します」

王留美が立ち上がる。

アーミアも立つ。

胸の奥に。

小さな緊張が生まれていた。

◆

西暦2307年――ソレスタルビーイング地上施設

扉が開いた。

最初に目に入ったのは、紫色の髪。

「君が、例の男か」

ティエリア・アーデ。

姿は変わらない。

五十七年という時間を知っているアーミアから見ても、記憶にあるティエリアと外見上の差はほとんどなかった。

イノベイド。

人間と同じように外見の年齢から時間の経過を読み取れる存在ではない。

だからこそ。

余計に奇妙だった。

姿は知っているティエリアのまま。

けれど。

今の彼は、自分を知らない。

「例の男って言われても、心当たりが多くてな」

レイナスが答える。

ティエリアの眉がわずかに動いた。

「生身でモビルスーツを無力化したそうだな」

「それなら俺だ」

「……あれは何だ?」

「《アニマ》」

「アニマ?」

「説明すると長い」

「説明になっていない」

「そう言われてもな」

ティエリアの視線が鋭くなる。

その後ろから声がした。

「ティエリア、いきなり詰めるなって」

ニール・ディランディ。

ロックオン・ストラトス。

アーミアは黙って彼を見る。

この姿も知っている。

けれど。

今のロックオンは。

自分を知らない。

「悪いな。こいつ、気になることがあると放っておけないんだ」

「ロックオン。余計なことを言うな」

「ほらな」

「あなたは――」

レイナスが口を開く。

「ロックオン・ストラトス。よろしく」

差し出された手をレイナスが握る。

「レイナス・レノアークだ」

アーミアはそれを見ていた。

この二人がこれからどういう関係を築いていくのか。

自分は知っている。

だが。

今の二人にとっては。

これが始まりだ。

「で」

ロックオンがアーミアを見る。

「そっちのお嬢さんは?」

「アーミア・リーです」

「レイナスの知り合い?」

一瞬だけ答えに迷う。

レイナスが先に口を開いた。

「俺は昨日会ったばかりだ」

「昨日?」

「事情が複雑なんだ」

「なるほど」

ロックオンはアーミアを見る。

「聞かない方がよさそうだな」

「助かります」

アーミアが答える。

ロックオンが笑った。

その表情を見ながら。

アーミアは胸の奥に生まれた感覚を押し込めた。

◆

さらに二人。

アレルヤ・ハプティズム。

そして。

刹那・F・セイエイ。

「……」

アーミアは刹那を見た。

こちらは明確に違う。

五十七年という数字以上に。

まだ多くのものを経験していない頃の刹那だった。

「何だ?」

刹那がこちらを見る。

見すぎていた。

「すみません」

「俺を知っているのか?」

アーミアの心臓が一度強く鳴った。

「……いいえ」

短く答える。

この時代の刹那とは初対面。

それは間違っていない。

だが。

未来の彼を知っている。

イノベイターとして。

人類とELSの間に立った者として。

そして自分より先に、その道を歩いた存在として。

けれど。

今それを言うことはできない。

刹那はしばらくアーミアを見ていた。

「そうか」

それだけ言った。

アーミアは胸の内で小さく息を吐いた。

◆

同施設・ブリーフィングルーム

そして。

「初めまして。スメラギ・李・ノリエガよ」

その声を聞いた瞬間。

アーミアは妙な感覚に襲われた。

知っている声だった。

知っている顔だった。

元の時代でも。

アーミアはスメラギ・李・ノリエガを知っている。

会ったこともある。

話したこともある。

だから。

初めて会う相手ではない。

それなのに。

目の前のスメラギにとって。

アーミア・リーは見ず知らずの人間だった。

「……アーミア・リーです」

「よろしくね、アーミア」

差し出された手。

アーミアも手を伸ばす。

握手そのものは初めてではない。

けれど。

向こうだけが、自分との時間を何一つ持っていない。

「……はい。よろしくお願いします」

それだけの言葉を返すのに。

ほんの少しだけ間が空いた。

スメラギが首を傾げる。

「緊張してる?」

「少しだけ」

「そんなに構えなくて大丈夫よ」

その言い方にも覚えがある。

だからこそ。

アーミアは余計なことを言わないよう気をつけた。

今の彼女は。

自分の知っているスメラギであって。

まだ自分を知るスメラギではない。

「あなたのことも聞いてるわ」

「私のことを?」

「レイナスと一緒にいた身元不明の女の子」

「……それだけですか?」

「今のところはね」

スメラギが笑う。

「王留美からも、無理に聞き出すなって言われてるわ」

アーミアは少し安心した。

「ありがとうございます」

「でも」

スメラギの目が少しだけ鋭くなる。

「あなたが私たちにとって危険じゃないことくらいは、いずれ確認させてもらうわよ」

「分かっています」

それでいい。

むしろ。

そのくらい警戒される方が自然だった。

◆

話の中心はレイナスだった。

《アニマ》。

生身でMSを無力化した能力。

今後、ソレスタルビーイングへどの程度関わるのか。

アーミアはほとんど口を挟まなかった。

ただ。

皆を見ていた。

刹那。

ロックオン。

アレルヤ。

ティエリア。

スメラギ。

知らない人間ではない。

アーミアにとっては。

すでに人生の中に存在している人たちだった。

だが。

彼らにとってのアーミアは違う。

今日初めて現れた。

素性も分からない女。

その差が。

思っていた以上に大きかった。

そして。

自分はこの人たちの先を知っている。

自分が知る歴史では。

彼らは数々の戦いを越えた。

そして生き残った。

先生もいた。

だから。

自分が余計なことをしなければ。

同じ場所へ辿り着けるかもしれない。

――本当に?

心の中で。

別の自分が問いかける。

すでに違う。

本来。

この場所に自分はいない。

先生がこの時期に自分と行動していたこともない。

昨日の工業区でも。

自分がいた。

ほんの小さな違い。

けれど。

その小さな違いが。

五十七年後まで積み重なったら。

何が起きる?

アーミアは自分の右手を見る。

普通の人間の手。

そう見えるよう。

ELSが擬態している。

この存在すら。

西暦2307年には本来あり得ない。

もし。

この手の正体が知られたら。

もし。

ELSという存在を今の人類が知ったら。

もし。

イノベイターという言葉を自分が口にしたら。

未来は。

どうなる?

「アーミア?」

レイナスの声。

顔を上げる。

「はい?」

「大丈夫か?」

「……大丈夫です」

「そうか」

それだけ。

今のレイナスは。

何も知らない。

アーミアは改めて思った。

先生に任せよう。

少なくとも。

今は。

自分が知っている歴史では。

この人がここにいた。

この人が戦った。

そして。

皆が生きて未来へ進んだ。

なら。

私は余計なことをしない。

必要になるまで。

未来を語らない。

端末も開かない。

歴史を知っているからこそ。

歴史へ触れない。

それが。

今の自分にできる最善なのだと。

アーミアはそう決めた。

◆

同日夜――王留美所有施設

自室へ戻ったアーミアは。

また端末を手にしていた。

検索画面。

入力欄。

指が動く。

《ソレスタルビーイング 2307》

そこまで入力して。

止まる。

検索を実行すれば。

より詳しく分かる。

今日会った彼らに。

これから何が起こるのか。

先生が。

何をするのか。

自分の記憶だけでは曖昧になっている部分も。

記録なら確認できる。

「……やめよう」

検索文字を消した。

端末を伏せる。

知らない方がいい。

いや。

違う。

知っている。

すでに十分すぎるほど。

だから。

これ以上は。

その時。

右手がわずかに動いた。

アーミアが見る。

見た目は普通の手。

けれど。

その内側にはELSがいる。

「あなたも……困りますよね」

返事はない。

当然だった。

アーミアは小さく笑う。

「五十七年前なんて、私も予定外です」

窓の外を見る。

西暦2307年の夜。

自分の知っている歴史が。

今まさに目の前で進んでいる。

それを壊さないために。

自分は何もしない。

――今は。

アーミアは端末の電源を落とした。

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