機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第42話 イノベイド

 

西暦2308年――月・裏側宙域

月の裏側を進むプトレマイオスの前方には、まだ何も見えなかった。

リボンズから渡された座標には着実に近づいている。それでもレーダー上には大型艦らしい反応はなく、暗い宇宙と月面だけが広がっていた。

「指定座標まで、あと少しです」

フェルトの報告を聞き、スメラギが前方を見る。

「周辺反応は?」

「今のところありません」

クリスも探査結果を確認する。

「座標そのものは合ってる。でも、これだけ大きな船がいるなら何か拾えてもよさそうなんだけど」

ブリッジ後方に立っていたリボンズが口を開いた。

「簡単に見つかるようでは、隠している意味がないだろう?」

ティエリアが振り向く。

「聞いていない」

「親切に説明しただけだよ」

「君の親切は信用できない」

「昨日から評価が厳しいね」

「当然だ」

スメラギが二人を一度見てから、リボンズへ視線を向ける。

「このまま進めばいいのね?」

「ああ。もうすぐ見える」

レイナスは窓の外を眺めていた。

「何もないところからいきなり出てくるなら、それなりに秘密基地らしいな」

「基地ではなく船だよ」

リボンズが訂正する。

「分かってる。雰囲気の話だ」

「君は随分と大雑把だね」

「細かいところは詳しい奴に任せる主義なんだ」

アーミアは二人の会話を聞きながら、黙って前方を見ていた。

《ソレスタルビーイング》号。

その名も、ヴェーダがそこへ移されたことも知っている。

だが、それは彼女が生きてきた歴史の知識にすぎない。今の船内に誰がいて、何を考え、リボンズの敗北によってどう動くのかまでは分からなかった。

すでに歴史は大きく変わっている。

ならば、この先は自分にとっても未知だった。

やがて。

フェルトの手が止まった。

「反応を確認!」

スメラギが身を乗り出す。

「何?」

「前方、大型艦です。今まで探知できなかった反応が急に――」

月の影から。

巨大な構造物がゆっくりと姿を現した。

ブリッジにいた者たちの視線が集中する。

プトレマイオスと比べれば、あまりにも巨大だった。一隻の宇宙船というより、そのまま宇宙に浮かべた施設に近い。

ロックオンが思わず声を漏らす。

「……でけえな」

「これは船と呼んでいい大きさなのか?」

アレルヤも目を見張る。

イアンは別の意味で食い入るように見つめていた。

「これが《ソレスタルビーイング》号か……」

「ああ」

リボンズの返答は短かった。

ティエリアは巨大艦から目を離さない。

「この中にヴェーダがある」

「現在の中枢はね」

その時。

クリスが通信の着信を確認した。

「《ソレスタルビーイング》号から通信が来てる」

スメラギが頷く。

「開いて」

正面モニターが切り替わる。

映し出されたのは、一人の青年だった。

紫色の髪。

整った顔立ち。

そして、どこかティエリアを思わせる雰囲気。

ティエリアもそれを感じたらしく、無言で画面を見つめていた。

青年は最初にリボンズを見た。

『リボンズ』

「リジェネ」

『随分と珍しい場所から通信しているね』

リボンズが僅かに笑う。

「そう見えるかい?」

『プトレマイオスのブリッジに立っている時点で十分だと思うけど』

「否定はしないよ」

リジェネの目が細くなる。

『何があったの?』

「説明すると少し長くなる」

『君がそう言うなら、本当に長そうだね』

「直接話した方が早い」

リジェネはしばらくリボンズを見ていた。

敵であるはずのソレスタルビーイングの艦内。

拘束されている様子もない。

周囲の人間たちと普通に会話している。

それだけでも、今までの状況からは考えにくかった。

『分かった。接舷区画を開けるよ』

そこでリジェネの視線が横へ動く。

ティエリアだった。

ほんの少し。

興味を示す。

しかし、何も聞かない。

『話は中で聞こう』

通信が切れた。

ティエリアがリボンズを見る。

「リジェネ・レジェッタと言ったな」

「ああ」

「イノベイドか」

「そうだよ」

「僕のことを見ていた」

リボンズが薄く笑う。

「気になったんじゃないかな」

「なぜだ」

「それも本人に聞けばいい」

ティエリアは気に入らない顔をしたが、それ以上は追及しなかった。

     ◆

《ソレスタルビーイング》号・内部

通信が切れた後。

リジェネはしばらく端末を見たまま動かなかった。

背後には四人のイノベイドがいる。

リヴァイヴ・リバイバル。

ヒリング・ケア。

ブリング・スタビティ。

ディヴァイン・ノヴァ。

最初に口を開いたのはリヴァイヴだった。

「どういう状況だ?」

「分からない」

リジェネが素直に答える。

ヒリングが眉を寄せた。

「分からない?」

「リボンズがプトレマイオスに乗っている。それ以上はまだ何も聞いていないからね」

「捕まったんじゃないでしょうね」

ヒリングの声に苛立ちが混じる。

リジェネは首を傾けた。

「捕虜にしては随分自由そうだったけど」

リヴァイヴも先ほどの映像を思い返す。

「拘束されているようには見えなかった」

ブリングが短く言う。

「自分から乗った?」

「その可能性もある」

ディヴァインが続ける。

「理由がない」

「だから本人に聞くんだよ」

リジェネは椅子から立ち上がった。

ヒリングもすぐ動く。

「私も行く」

「言われなくても来ると思ってたよ」

「当たり前でしょ」

リヴァイヴも立ち上がる。

「リボンズ本人から状況を確認する必要がある」

ブリングとディヴァインも無言で続いた。

まだ誰も知らない。

リボンズが敗北したことも。

リ・ニューガンダムがプトレマイオスの格納庫で大破した状態にあることも。

刹那・F・セイエイが真のイノベイターへ覚醒したことも。

そして。

アーミア・リーがどこから来た人間なのかも。

今の彼らにとって。

プトレマイオスはただ、多くの疑問を乗せて帰ってきた船だった。

     ◆

《ソレスタルビーイング》号・接舷区画

巨大艦への接舷作業が完了した。

スメラギはブリッジから全員を移動させることはせず、まず少人数で内部へ入ることを決めた。

同行するのはスメラギ、ティエリア、刹那、アーミア、レイナス。

そしてリボンズ。

接続通路を進みながら、スメラギがリボンズを見る。

「向こうのイノベイドたちには、本当に何も説明してないのね?」

「ああ」

「あなたが負けたことも?」

「知らない」

「リ・ニューガンダムの状態も?」

「見せていないんだから、知りようがないだろう?」

「それもそうね」

レイナスが後ろから口を挟む。

「となると、第一声が面倒そうだな」

リボンズが横目で見る。

「僕が説明するんだ。君には関係ないよ」

「だったら穏便に頼む。こっちは昨日から戦いっぱなしなんだ」

「僕も戦っていたんだけどね」

「その原因側だっただろ」

「細かいことを気にするんだね」

「それを細かいで済ませるのか」

アーミアが二人の間を見る。

「着く前から始めないでください」

「俺じゃないだろ」

「僕でもないと思うけど?」

「二人ともです」

二人が同時に黙った。

刹那が横から見る。

「似ている」

レイナスが即座に返す。

「どこがだ」

リボンズも僅かに眉を上げる。

「それは僕も聞きたいな」

「そういうところだ」

刹那はそれ以上説明しなかった。

接続区画の扉が開く。

その先に。

五人のイノベイドが待っていた。

中央にはリジェネ。

隣にリヴァイヴ。

少し前へ出ているヒリング。

その後方にブリングとディヴァイン。

一行が足を止める。

五人の視線は。

真っ先にリボンズへ向かった。

「おかえり、リボンズ」

リジェネが言う。

「随分と大勢で迎えてくれるんだね」

「君が何の説明もなくプトレマイオスで戻ってくれば、こうもなるよ」

「それはそうか」

ヒリングはそんな二人のやり取りを待てなかった。

「リボンズ」

「何だい?」

「何があったの?」

真正面からだった。

リボンズは一度ヒリングを見る。

それから。

後ろにいる刹那へ僅かに視線を向けた。

「負けた」

誰も動かなかった。

ヒリングが聞き返す。

「……何?」

「戦って、僕が負けた」

リジェネの笑みも一瞬消える。

リヴァイヴの表情が引き締まり、ブリングとディヴァインもリボンズを見た。

ヒリングだけは、すぐには理解できなかった。

「誰に?」

リボンズが刹那を示す。

「彼に」

五人の視線が。

今度は刹那へ集まった。

ヒリングが刹那を見る。

そして。

もう一度リボンズへ振り返る。

「この人間に?」

「ああ」

「リボンズが?」

「そうだよ」

「嘘でしょ」

リボンズの目が僅かに細くなる。

「僕が自分からそんな嘘をつくと思うかい?」

ヒリングが言葉を失う。

リジェネが刹那を見る。

「名前は?」

「刹那・F・セイエイ」

「刹那・F・セイエイ……」

リボンズが補足する。

「真のイノベイターだ」

今度こそ。

五人全員の反応が変わった。

リヴァイヴが最初に口を開く。

「真の?」

「ああ」

ヒリングが強く言う。

「それでも、リボンズが負けるなんて――」

「ヒリング」

リボンズの声は静かだった。

「負けた結果まで否定されると、僕の方が困る」

「悔しくないの?」

「悔しいよ」

即答だった。

ヒリングが止まる。

リボンズは少しだけ刹那を見る。

「だからといって、負けていないことにはならない」

その言葉に。

リジェネが僅かに目を細めた。

知っているリボンズなら。

もっと別の言い方をしたはずだ。

少なくとも。

自分の敗北をこれほど簡単に口にする男ではなかった。

「随分変わったね」

リジェネが言う。

リボンズが見る。

「一日で人格が入れ替わったつもりはないよ」

「そういうところは変わってないみたいだ」

「安心したかい?」

「少しね」

     ◆

リヴァイヴが一歩前へ出た。

「リヴァイヴ・リバイバル」

淡々と名乗る。

続いて。

「ブリング・スタビティ」

「ディヴァイン・ノヴァ」

二人は短かった。

ヒリングだけは刹那を見たまま。

少し遅れて名乗る。

「ヒリング・ケア」

そして。

リジェネがティエリアへ向き直る。

「リジェネ・レジェッタ。通信では名乗ったけど、改めて」

「ティエリア・アーデだ」

二人が向かい合う。

ティエリアは先ほどから感じていた。

目の前のリジェネには。

自分と近い何かがある。

リジェネも同じように感じているらしい。

「君もイノベイドなんだね」

「ああ」

「なるほど」

ティエリアの目が細くなる。

「何がだ」

「直接見た方が分かりやすいと思っただけだよ」

「意味が分からない」

「今はそれでいい」

「君もリボンズと同じで、わざと説明を省くのか?」

後ろからリボンズが答える。

「僕まで巻き込まないでくれないかな」

ティエリアが振り返る。

「君が言えることか?」

リジェネが笑う。

「やっぱり随分馴染んでるね」

リボンズの表情が僅かに嫌そうになる。

「その言い方はやめてくれないか」

レイナスが横から言う。

「実際、一晩で結構馴染んでると思うけどな」

「君まで言うのかい?」

「俺は見たまま言っただけだ」

リジェネは二人を見比べる。

「そちらは?」

レイナスが答える。

「レイナス・レノアーク」

「ソレスタルビーイングのガンダムマイスター?」

「違う。協力者みたいなものだ」

「みたいなもの?」

「説明すると長い」

リジェネが少し笑う。

「今日は長い話ばかりだね」

「俺のは別に聞かなくても困らないだろ」

     ◆

リジェネの視線が最後にアーミアへ向く。

「君は?」

「アーミア・リーです」

「君も協力者?」

「はい」

「ガンダムにも乗る?」

アーミアは少しだけ間を置く。

「乗ります」

それだけだった。

リジェネも今は深く追及しない。

リボンズも特別な反応を示さなかった。

彼もまだ。

アーミアの本当の出自を知らない。

なぜ彼女がリボンズのことを知り。

ヴェーダのことを知り。

起きていないはずの出来事についてまで警戒していたのか。

その理由は。

まだ聞かされていなかった。

リジェネは一行全体を見渡す。

「それで。リボンズに勝ったソレスタルビーイングが、わざわざここまで何をしに来たの?」

スメラギが答える。

「ヴェーダを取り戻しに来たわ」

五人の表情が変わった。

ヒリングが真っ先にリボンズを見る。

「リボンズ?」

「僕が場所を教えた」

「どうして?」

「必要だと思ったからだよ」

「そんな簡単に……」

「簡単ではないよ」

リボンズの声が少しだけ低くなる。

「ただ、今まで通り僕一人がヴェーダを管理するのが当然だとは、もう考えていない」

リジェネがリボンズをじっと見る。

「本当に何があったの?」

「だから長い話だと言っただろう?」

「ますます聞きたくなった」

「後にしてくれ」

ヒリングは納得できていない。

「私は反対」

スメラギが見る。

「あなたが?」

「ヴェーダはリボンズのものよ」

ティエリアの表情が変わる。

「違う」

ヒリングが振り返る。

「何が?」

「ヴェーダはリボンズの所有物ではない」

二人の視線がぶつかる。

ティエリアは一歩も引かない。

「ヴェーダはイオリア・シュヘンベルグの計画を支えるために存在する。それを誰か一人が私物化するものではない」

ヒリングが言い返そうとする。

だが。

その前にリボンズが口を開いた。

「ヒリング」

「何?」

「今回はティエリアの方が正しい」

ヒリングが固まった。

ティエリアまで一瞬黙る。

リジェネの口元が上がった。

「これは本当に面白いね」

リボンズが嫌そうに見る。

「君は楽しみすぎじゃないかな」

「だって、あのリボンズが他人に『正しい』と言うんだよ?」

「今すぐ帰ろうか」

スメラギが即座に言う。

「帰らない」

「冗談だよ」

「あなたの場合、確認が必要なの」

「信用がないね」

「今さらでしょう」

リボンズは肩をすくめた。

     ◆

リヴァイヴが場を戻した。

「ヴェーダを確認することが目的なら、ここで話を続けても意味がない」

リジェネが頷く。

「そうだね」

ブリングとディヴァインも道を開ける。

ヒリングだけはまだ納得していなかったが、リボンズが動いたことで渋々それに続いた。

歩き始めた一行の中で。

リジェネはティエリアの横へ並ぶ。

「君はヴェーダとの接続を取り戻したい?」

「当然だ」

「そう」

「何が言いたい」

「別に」

リジェネは前を向く。

「君がどんなイノベイドなのか気になっただけだよ」

ティエリアは警戒を崩さない。

その少し前では。

ヒリングが刹那を何度も横目で見ていた。

ついに耐えられなくなったのか。

「本当にリボンズに勝ったの?」

刹那が見る。

「ああ」

「どうやって?」

「戦って」

ヒリングの眉が跳ねる。

「そういう意味じゃない!」

「なら、何だ」

「もういい!」

前を歩くリボンズが小さく息を吐く。

「刹那にその聞き方をしても、期待する答えは返ってこないよ」

ヒリングが睨む。

「分かってるなら先に言って!」

「聞かれなかったからね」

「リボンズ!」

レイナスがそのやり取りを見ながら、アーミアへ小さく言う。

「一気に賑やかになったな」

「先生が言います?」

「俺はもう少し静かだと思うけどな」

アーミアは返事をせず。

少しだけ笑った。

長い通路の先。

巨大艦のさらに深部。

そこに。

ヴェーダがある。

ソレスタルビーイング。

リボンズ。

五人のイノベイド。

そして。

未来から来たことを、まだリボンズにすら明かしていないアーミア。

それぞれが異なる情報を抱えたまま。

一行はヴェーダの中枢へ向かって歩いていった。

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