機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第45話 アーミア・リー

 

西暦2308年――プトレマイオス・ブリーフィングルーム

ヴェーダとの限定接続を取り戻した翌日。

プトレマイオスの艦内には、ここ数日では珍しいほど静かな時間が流れていた。

修理は続いている。ヴェーダとの接続も、まだ必要な範囲だけに限定されたままだ。

《ソレスタルビーイング》号にいるイノベイドたちとの関係も決まっていない。それでも、差し迫った戦闘がないというだけで空気はずいぶん違っていた。

ブリーフィングルームには、スメラギ、ティエリア、刹那、アーミア、レイナス。

そしてリボンズがいる。

昨日までのような尋問ではない。

今度はリボンズ自身が、話をしたいと言ってきた。

席についたリボンズはしばらく黙っていたが、やがてアーミアへ視線を向けた。

「昨日は僕ばかり質問されたからね」

スメラギが腕を組む。

「今日は仕返し?」

「そこまで子供じゃないよ」

レイナスが横から言う。

「少し怪しいな」

リボンズが見る。

「君は黙っていてくれないかな」

「俺も呼ばれた側なんだけどな」

「それはそうだった」

軽く流してから、リボンズは改めてアーミアを見る。

「僕からも聞きたいことがある」

「何でしょう?」

「アーミア・リー」

一拍置く。

「君のことだ」

室内の空気が僅かに変わった。

スメラギもティエリアも何も言わない。

いずれ、この話になることは分かっていた。

「君は僕を知っていた」

アーミアは否定しない。

「はい」

「僕だけじゃない。アレハンドロのことも、ヴェーダのことも、イノベイターのことも知っている」

リボンズの視線が刹那へ動く。

「刹那が覚醒した時も、何が起きたのかすぐに理解していた」

そして再びアーミアを見る。

「僕が知らないことまで知っているように見える。君は何者なんだい?」

アーミアはすぐには答えなかった。

昨日までなら、話すつもりはなかった。

敵だったからだ。

何を知っているか分からない相手に、自分から重要な情報を渡す理由はなかった。

だが今は、少し状況が違う。

「一つ確認してもいいですか?」

「もちろん」

「あなたは今後、私たちに協力するつもりですか?」

リボンズの眉が僅かに動く。

スメラギたちも黙って返答を待った。

「昨日、ヴェーダを戻すことには協力してくれました。でも、それだけではありません」

「何を求めている?」

「今後もです」

アーミアは静かに続ける。

「私たちと一緒に動くつもりがあるのか。それとも、今はたまたま利害が一致しているだけなのか」

リボンズは少し考えた。

「その答え次第で、君は自分のことを話す?」

「はい」

「随分と分かりやすい条件だ」

「曖昧にする必要がありませんから」

リボンズが僅かに笑う。

「君は僕より交渉が上手いかもしれないね」

「答えになっていません」

「厳しいな」

アーミアは急かさない。

リボンズも今度は冗談で誤魔化さなかった。

     ◆

「協力するよ」

やがてリボンズが答えた。

ティエリアの目が僅かに動く。

アーミアはもう一度確認する。

「今後も?」

「ああ」

「理由を聞いても?」

「必要かい?」

「聞いておきたいです」

リボンズは椅子へ背を預けた。

「昨日も言ったけど、刹那に負けたからといって、君たちの考えが全部正しいと思ったわけではない。僕はまだ、自分が間違っていたと思っていない部分もある」

ティエリアが眉を寄せる。

「随分と都合がいいな」

「一日で思想まで全部入れ替わる方が不自然だろう?」

「それは……」

ティエリアも否定はしなかった。

リボンズは続ける。

「ただし、僕一人が人類の上に立ち、全てを決めるという考えは捨てる」

刹那がリボンズを見る。

「君との話を無かったことにはしないよ、刹那」

「ああ」

「ヴェーダも、僕一人のものにはしない」

スメラギが聞く。

「だから協力する?」

「それだけじゃない」

リボンズはアーミアを見る。

「知らないことが増えたからね」

「私も含めて?」

「特に君だ」

少しだけ、いつもの笑みが戻る。

「自分が何も知らないまま外に放り出される趣味はない」

レイナスが言う。

「結局そこか」

「知りたいと思うのは自然なことだろう?」

「否定はしないけどな」

アーミアは少し考え、頷いた。

「分かりました」

リボンズの目が細くなる。

「話してくれるのかい?」

「はい」

アーミアは一度息を整えた。

「私について話します」

     ◆

「私は、西暦2364年から来ました」

沈黙。

リボンズはすぐには反応しなかった。

数秒間、ただアーミアを見ている。

「……もう一度言ってくれるかな」

「西暦2364年です」

「今は2308年だ」

「はい」

「五十六年後?」

「そうです」

リボンズの視線がスメラギへ移る。

続いてティエリア、刹那、レイナス。

誰も驚いていない。

「君たちは知っていたのか」

スメラギが答える。

「ええ」

「全員?」

「ここにいるメンバーはね」

リボンズが小さく息を吐く。

「なるほど」

レイナスが見る。

「思ったより反応薄いな」

「驚いているよ」

「そうは見えないけどな」

「表に出さなければ、驚いていないことになるのかい?」

「そういうタイプか」

「君に言われたくないね」

アーミアが続ける。

「正確には、これが単純な時間移動なのか、別の並行世界への移動なのか、私自身にも完全には判断できていません」

リボンズがすぐに反応した。

「断定できない?」

「はい」

「2364年の世界から2307年へ来た。それは確か?」

「それは確かです」

「でも、ここが君の世界の過去そのものとは限らない」

「その通りです」

リボンズの表情に、明らかな興味が浮かぶ。

「なるほど」

     ◆

「君はいくつなんだい?」

「六十七歳です」

今度はさすがに間が空いた。

リボンズは目の前のアーミアを改めて見る。

どう見ても十代後半。

「……六十七?」

「はい」

「君が?」

「はい」

レイナスが横から言う。

「そこは俺も最初引っかかった」

アーミアが見る。

「先生が言います?」

「俺の話は今してないだろ」

リボンズが反応する。

「先生?」

新しい疑問が増えた。

アーミアは少しだけ困った顔をする。

「その話もします」

「ぜひ聞きたいね」

ティエリアが割って入る。

「一つずつにしろ」

「君は本当に進行役が好きだね」

「話が逸れるからだ」

「正論だ」

リボンズは素直に引いた。

アーミアは続ける。

「私の外見がこの状態なのには、複数の理由があると思っています」

「イノベイター」

リボンズが言う。

「はい」

「それだけではない?」

「それだけではありません」

アーミアは右手を見る。

今は普通の人間の手に見える。

「私の右手は、ELSと融合しています」

リボンズが止まった。

「ELS?」

当然知らない。

この時代には、まだ現れていない存在なのだから。

アーミアは右手を上げ、擬態を解除する。

人間の肌に見えていた手が、滑らかな銀色へ変化した。

リボンズの表情から笑みが消える。

「……それは」

「ELSです」

リボンズは僅かに身を乗り出したが、近づきはしなかった。

「生きている?」

「はい」

「君と共生している?」

「はい」

「その姿もELSによるもの?」

「それだけとは断定できません」

「イノベイターとしての老化の遅延もある」

「はい」

リボンズの目が完全に興味へ向いている。

レイナスがぼそりと言う。

「食いついたな」

「当然だろう?」

リボンズが即座に返す。

「五十六年後から来た人間が、真のイノベイターで、未知の生命体と共生している。これで興味を持たない方が難しい」

「そこだけ聞くと大概だな」

「君も人のことを言えるのかい?」

レイナスが少し黙る。

「……今はアーミアの話だ」

「逃げたね」

「話を戻しただけだ」

アーミアは右手を元の姿へ戻した。

「質問は後でお願いします」

「まだあるのかい?」

「あります」

「それは楽しみだ」

ティエリアが呆れたように言う。

「さっきまでの警戒はどうした」

「警戒と興味は両立するよ」

     ◆

「私がこの時代のことを知っている理由ですが」

リボンズの表情が戻る。

「それが一番聞きたい」

「私は2308年を実際に経験したわけではありません」

「……何?」

「この時代の私は、まだ子供です」

リボンズが目を細める。

「君自身がこの時代にも存在している?」

「はい」

「何歳?」

「十歳前後です」

「では、君が知っている2308年の情報は?」

「記録です」

アーミアは答える。

「後の時代に残った資料、ニュース、歴史記録。それから、この時代を生きた人たちから後に聞いた話です」

リボンズが理解する。

「全てを直接見ていたわけではない」

「はい」

「だから、君の知識にも限界がある」

「あります」

アーミアは迷わず認める。

「未来から来たからといって、この時代の全てを知っているわけではありません」

「それでか」

「何でしょう?」

「君は何度か、知っていることと知らないことを妙にはっきり分けていた」

アーミアが頷く。

「知らないことまで知っているふりをするつもりはありません」

「それは助かる」

レイナスが横を見る。

「随分素直に評価するな」

「情報を扱う上では重要だろう?」

「そこは同意する」

     ◆

リボンズは少し間を置いた。

「僕のことも、未来の記録から知っていた?」

「はい」

「どこまで?」

スメラギがアーミアを見る。

ここからどこまで話すかは、彼女自身へ任せる。

「あなたがイノベイドであること」

「ああ」

「ヴェーダへ深く関わっていること」

「ああ」

「ソレスタルビーイングと敵対すること」

リボンズが僅かに笑う。

「そこまではもう終わった話だね」

「そうですね」

「他には?」

アーミアは少しだけ考えた。

「あなたが、この先も生きていること」

リボンズの笑みが止まる。

「……僕が?」

「はい」

「君の知る歴史では?」

「そうです」

リボンズは黙った。

自分の未来を、他人から聞く。

そんな経験は当然初めてだった。

「どうなる?」

アーミアはすぐには答えない。

リボンズが気づく。

「言わない?」

「必要なことなら話します」

「今は必要ではない?」

「今のあなたが、これから何をするかまで先に決めたくありません」

刹那がアーミアを見る。

アーミアは続けた。

「私が知っているのは、私がいた世界の歴史です。この世界の未来と同じとは限りません」

「もう違っている?」

「かなり」

リボンズが小さく笑う。

「僕が君たちと一緒にここにいる時点で?」

「それもあります」

「なるほど」

リボンズはそれ以上、自分の未来を聞こうとはしなかった。

     ◆

「では、先生というのは?」

結局、そこへ戻った。

レイナスが嫌そうな顔をする。

「忘れてなかったのか」

「当然だろう?」

アーミアが答える。

「未来の先生――レイナスさんから、《アニマ》の使い方を教わりました」

リボンズがレイナスを見る。

「君が?」

レイナスが片手を上げる。

「先に言っとくが、今の俺は教えてない」

「どういうことだい?」

「アーミアが知ってるのは未来の俺だ。俺にはその記憶がない」

リボンズがアーミアとレイナスを交互に見る。

「……面白いね」

レイナスが眉を寄せる。

「その顔やめろ」

「まだ何も言っていないよ」

「何か考えてる顔だ」

「君も顔で判断するんだね」

「この数日で学んだ」

アーミアが少し笑う。

「ただし、《アニマ》そのものは私が先に自分で発現しました」

リボンズが反応する。

「レイナスから与えられた力ではない?」

「はい」

「彼が教えたのは?」

「発現した後の基礎と制御です」

「なるほど」

リボンズの中で、これまで理解できなかった情報が少しずつ繋がっていく。

     ◆

「最後に一つ」

リボンズが言った。

ティエリアが呆れたように見る。

「まだ聞くのか」

「これは重要だよ」

リボンズはアーミアを見る。

「なぜ僕に話した?」

「さっき言いました」

「協力するから?」

「はい」

「僕が裏切る可能性は考えない?」

「考えています」

即答だった。

「信用していない?」

「完全には」

「正直だね」

「あなたも同じでしょう?」

リボンズが少し笑う。

「確かに」

アーミアは続ける。

「でも、協力すると言ったあなたに、こちらだけ重要なことを隠し続けるのも違うと思いました」

リボンズは黙って聞いている。

「それに、これから起きることは私の知っている歴史と同じとは限りません」

「だから僕にも協力してほしい?」

「はい」

「未来を知っている君が?」

「未来を知っているからです」

アーミアの答えに、リボンズの表情が少し変わる。

「未来を知っていても、全部は解決できません」

知識はある。

だが、人は違う。

選択も違う。

既に起きる出来事まで変わり始めている。

「これからは、私にも分からないことの方が増えていきます」

リボンズはしばらく何も言わなかった。

やがて小さく息を吐く。

「なるほど」

いつもの余裕を含んだ声。

だが、少しだけ違っていた。

「随分と大きな秘密を聞かされたね」

レイナスが言う。

「自分から聞いたんだろ」

「そうだった」

「今さら重いみたいな顔するな」

「していないよ」

「してる」

スメラギが二人を見る。

「その辺でやめて」

「分かったよ」

リボンズは肩をすくめ、もう一度アーミアへ視線を戻した。

「アーミア・リー」

「はい」

「君の話を全部そのまま信じるかどうかは、もう少し考えさせてもらう」

「構いません」

「ただ」

リボンズはアーミアの右手を見る。

「少なくとも、君が普通ではないことだけは十分理解した」

アーミアが少しだけ笑う。

「六十七歳だからですか?」

「それもある」

「リボンズさんに年齢のことを言われるのは、少し納得できませんね」

「……どういう意味だい?」

アーミアはリボンズを見た。

「イノベイドも、外見はほとんど変わらないでしょう?」

一瞬。

沈黙。

ティエリアがリボンズを見る。

刹那も見る。

スメラギまで口元を緩めた。

レイナスが先に笑う。

「確かに、お前が言うことじゃないな」

リボンズは周囲を見回した。

「僕の場合は、そういう存在として造られているんだよ」

「結果は同じじゃないですか」

アーミアに即座に返される。

リボンズが止まった。

レイナスが追い打ちをかける。

「六十七で十七に見える奴に、見た目と年齢が合わないって驚いてる側も見た目が変わらない。説得力はないな」

「僕は見た目と年齢が合わないとは言っていないよ」

「さっき二回聞き返してたぞ」

「六十七という数字に驚いただけだ」

「言い訳が細かいな」

「事実関係の整理だよ」

ティエリアが冷静に言う。

「苦しいな、リボンズ」

リボンズがティエリアを見る。

「君まで言うのかい?」

「客観的な評価だ」

刹那が最後に一言だけ加える。

「お前も同じだ」

リボンズは数秒黙った。

そして椅子へ深く座り直す。

「……この話はもういい」

レイナスが口元を緩める。

「珍しく引いたな」

「人数が多すぎるんだよ」

「味方がいなかっただけだろ」

「君は本当に余計な一言が多いね」

「お互い様じゃないか?」

今度はスメラギも笑いを隠さなかった。

アーミアはそんなやり取りを見ながら、静かに息を吐く。

また一人。

自分の正体を知る者が増えた。

そして、この世界の未来はさらに自分の知る記録から離れていく。

それでも。

もう止めるつもりはなかった。

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