機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第46話 変わり者

 

西暦2308年――《ソレスタルビーイング》号・居住区画

アーミアが自分の素性をリボンズへ明かした翌日。

スメラギたちは再び《ソレスタルビーイング》号を訪れていた。

ヴェーダとの接続は安定している。今後どこまで接続範囲を戻すのか、艦内にいるイノベイドたちをどう扱うのか、その確認を進めるためだった。

もっとも、全てを一日で決めるつもりはない。

ヴェーダを取り戻したからといって、《ソレスタルビーイング》号の中にいる者たちまで自動的にソレスタルビーイングの仲間になるわけではないからだ。

リジェネの案内で通路を進みながら、スメラギが聞く。

「この船には、正確には何人くらいのイノベイドがいるの?」

「それなりにいるよ」

リジェネは軽く答えた。

「答えになってないわね」

「役割も活動場所も違うからね。常に全員がこの船にいるわけでもない」

ティエリアが周囲を見る。

「昨日見た者たちだけではないということか」

「もちろん」

リボンズも今日は同行している。

ただし、以前のように先頭を歩いてはいなかった。リジェネの隣を歩きながら、ときおり自分ですら把握していなかった区画の運用状況を確認している。

レイナスがそれに気づいた。

「お前、この船のこと全部知ってるわけじゃないんだな」

「当然だろう?」

リボンズが振り返る。

「僕が毎日全てのイノベイドの行動を監視していたと思うのかい?」

「そういうの好きそうだったからな」

「随分と失礼な評価だ」

リジェネが横から言う。

「でも、以前のリボンズなら否定しきれないね」

「君まで言うのかい?」

そんな会話をしながら角を曲がったところで。

前方から一人の女性が歩いてきた。

見た目は二十歳前後。

肩に届く程度の黒髪。

腕には端末を数枚抱えている。

ここまでは。

特に珍しくない。

昨日から何人ものイノベイドとすれ違っている。

だが。

その女性は一行を見た瞬間。

完全に止まった。

「……」

目を見開く。

レイナスが少し警戒する。

「どうした?」

返事はない。

女性の視線が。

まずティエリアへ。

次に刹那。

アーミア。

レイナス。

そして最後に。

リボンズへ移った。

数秒。

沈黙。

「……すごい」

レイナスが眉を上げる。

「何が?」

女性は端末を抱えたまま、一歩近づいた。

「情報量が多いです」

「はい?」

「ガンダムマイスター。イノベイド。真のイノベイター。そして、昨日から艦内で噂になっている正体不明の協力者たち」

リボンズの眉が僅かに動く。

「噂?」

女性はようやくリボンズを見る。

「あ」

「何だい?」

「本物ですね」

リボンズが止まった。

「……僕を何だと思っているのかな」

「リボンズ・アルマーク」

「それは合っている」

「実物を見るのは初めてです」

今度は。

リボンズが明らかに怪訝な顔をした。

「初めて?」

「はい」

リボンズがリジェネを見る。

「誰だい、彼女は」

リジェネも女性を見る。

「僕も名前までは知らないな」

女性が少しだけ驚いた。

「知られてなかったんですね、私」

「むしろ君は僕を知っているのかい?」

「名前と立場くらいは」

「僕は君を知らない」

「でしょうね」

妙にあっさりしている。

リボンズの目が細くなった。

「……こんなイノベイドがいたのか」

レイナスが横を見る。

「お前、本当に知らないんだな」

「だからそう言っているだろう?」

女性は端末を持ち直す。

それから。

少しだけ姿勢を正した。

「天城ミライです」

ティエリアが聞く。

「天城?」

「はい」

「イノベイドの識別名ではないな」

「自分で付けました」

それを聞いて。

今度はリボンズの表情が変わった。

「自分で?」

「二十七年くらい前に」

「二十七年前?」

「識別番号や任務用の名前だけだと、どうにも味気なくて」

ミライは何でもないことのように言う。

「呼ばれるなら、名前の方が気分がいいじゃないですか」

リボンズが黙る。

ティエリアも。

少しだけミライを見る目を変えた。

イノベイドが。

自分の意思で。

自分の名前を決めた。

それも。

最近の話ではない。

二十七年も前から。

     ◆

スメラギが聞く。

「あなたは、この船で何をしているの?」

「今は資料整理が多いですね」

「今は?」

「元々は地球の大衆文化の観測です」

ミライが答える。

「大衆文化?」

「漫画、アニメ、映画、ドラマ、小説、ゲーム、音楽、特撮。ネット文化も同人文化も、一通り」

レイナスがゆっくりとミライを見る。

「……一通り?」

「かなり広めに」

「それ、任務の範囲か?」

「最初は」

「最初は?」

「途中から普通に趣味になりました」

即答だった。

レイナスが少し黙る。

アーミアがミライを見る。

「好きなんですか?」

「好きですね」

「何が一番?」

「その質問は難しいです」

急にミライの表情が真剣になった。

「媒体によって評価軸が違いますし、年代ごとの文脈もあります。単純に一作品へ絞るのは、文化史的にも個人的にも――」

リボンズが途中で止めた。

「待ってくれるかな」

「はい」

「君、本当にイノベイドなんだね?」

「そうですが」

「確認したくなっただけだよ」

レイナスが吹き出しかける。

「お前が困ってるの初めて見たかもしれないな」

「僕にも想定外くらいある」

ミライが首を傾げる。

「何が想定外なんでしょう」

リボンズがミライを見る。

「君だよ」

「私?」

「二十七年前から自分で名前を付けて、任務だった文化観測を趣味にしているイノベイドが、この船に普通にいたことだ」

「いましたね」

「今知ったよ」

「では今日から知っていますね」

リボンズが一瞬言葉を失った。

レイナスが口元を緩める。

「強いな、この人」

リジェネも楽しそうだった。

「僕も気に入ったよ」

「勝手に気に入らないでください」

「そこまで即答されるとは思わなかったな」

     ◆

ミライの視線が刹那へ向く。

「あなたが刹那・F・セイエイ」

「ああ」

「ガンダムに乗ってるんですよね」

「ああ」

「自分をガンダムだと思っている?」

刹那が止まった。

ティエリアがミライを見る。

レイナスも見る。

スメラギは嫌な予感がした。

刹那は少し考えてから答える。

「俺はガンダムになる」

ミライの目が僅かに輝いた。

「本人から聞くとかなり強いですね」

「何がだ」

「台詞として」

「台詞?」

「こっちの話です」

刹那は少しだけ眉を寄せたが、それ以上は追及しなかった。

次にミライの視線がティエリアへ移る。

「ティエリア・アーデ」

「何だ」

「同じイノベイドとして一度話してみたいです」

「何についてだ」

「自己認識とか、人間社会との距離感とか、趣味とか」

「最後だけ急に軽くなったな」

「趣味は重要です」

ティエリアは真顔のミライを見て。

数秒。

「……そうか」

それ以上返せなかった。

     ◆

そして。

ミライの視線がアーミアへ向く。

「あなたは?」

「アーミア・リーです」

「アーミアさん」

ミライが少し近づく。

「昨日から名前だけ聞いてます」

「どんな噂です?」

「見た目以上に年上らしい、と」

アーミアが止まった。

レイナスが視線を逸らす。

スメラギも少しだけ目を伏せる。

アーミアがゆっくり聞く。

「誰がそんなことを」

リボンズが口を開く。

「僕ではないよ」

「まだ何も言ってません」

「念のためだ」

ミライは不思議そうにする。

「違いました?」

アーミアは少し考えた。

「間違ってはいません」

「やっぱり」

「それ以上は今度にしてください」

「分かりました」

引くのは早かった。

その辺り。

無遠慮なだけではないらしい。

ミライは今度こそレイナスを見る。

「それで」

「俺?」

「あなたがレイナス・レノアーク」

「そうだけど」

「《アニマ》を使う人」

レイナスの表情が少し変わった。

「……そこまで噂になってるのか?」

「昨日、一般イノベイドの間でかなり話題になっていました」

リボンズが額へ手を当てる。

「情報が回るのが早いな」

ミライが答える。

「閉鎖環境ですから」

「妙に納得できる理由だね」

レイナスはミライを見る。

「《アニマ》に興味あるのか?」

「あります」

即答だった。

「かなり」

「かなり?」

「はい」

ミライは少しだけ前へ出る。

「身体の内側にある力を感じて、それを巡らせたり集めたりするんですよね?」

今度は。

レイナスが止まった。

アーミアもミライを見る。

「誰から聞きました?」

「昨日聞いた説明をまとめると、そういう理解です」

「……随分早いですね」

「似た概念を大量に履修してますから」

レイナスが嫌な予感を覚える。

「ちなみに何を参考にした?」

ミライは即答した。

「『ドラゴンボール』です」

沈黙。

リボンズが首を傾げる。

「何だい、それは」

ミライが信じられないものを見る顔になる。

「知らないんですか?」

「知らないよ」

「本当に?」

「なぜ僕が責められているのかな」

レイナスが少し笑う。

「文化観測担当の前で無知晒したからじゃないか?」

「二百年以上前の娯楽作品を全て知っている必要はないだろう?」

ミライが訂正する。

「文化的影響を考えると履修価値は高いです」

「君の基準で話を進めないでくれるかな」

ミライはリボンズを見た。

「リボンズ、サブカル弱いんですね」

「その評価は必要かい?」

「個体理解には有用かと」

レイナスが完全に笑った。

「駄目だ。相性悪いな、お前ら」

リボンズが睨む。

「楽しそうだね、君は」

「俺は見てるだけだからな」

     ◆

アーミアが話を戻す。

「ただ、『ドラゴンボール』の気と《アニマ》は同じものではありません」

ミライはすぐに頷いた。

「そこは分かっています」

「本当に?」

「創作上の概念と実在する力を同一視するほど雑ではありません」

「なら大丈夫ですね」

「でも、身体の中の力を意識する入口としては使えますよね?」

アーミアが少しだけ驚く。

「……使えます」

ミライの目が輝く。

「やっぱり」

レイナスが腕を組む。

「理屈をゼロから説明する手間は少なそうだな」

「教えてくれるんですか?」

「まだそこまで言ってない」

「では、教えてください」

「話が早いな」

「興味があるので」

「見れば分かる」

アーミアがミライを見る。

一般人に説明する時。

最初に難しいのは。

自分の内側に存在する《アニマ》を意識させることだ。

だが。

ミライは既に。

どう意識すればいいかという概念だけは持っている。

正しいかどうかは別として。

入口には立っている。

「試してみます?」

アーミアが聞いた。

レイナスが横を見る。

「もうやるのか?」

「少しだけです」

ミライが即座に答える。

「やります」

「本人が一番早いな」

     ◆

通路の端。

邪魔にならない場所へ移動する。

アーミアがミライの前に立つ。

「まず、創作のイメージは一度横へ置いてください」

「はい」

「完全に捨てる必要はありません。でも、それに合わせようとしないこと」

「実際に自分の中にあるものを探す」

「そうです」

ミライが目を閉じる。

「力を出そうとしなくていいです。まず感じるだけ」

「分かりました」

「呼吸は普通で」

「はい」

周囲では。

なぜか全員が見ていた。

リボンズが聞く。

「僕たちも見る必要があるのかい?」

レイナスが答える。

「お前が一番興味ありそうだけどな」

「否定はしないよ」

数十秒。

ミライは動かない。

アーミアも急かさない。

やがて。

ミライの眉が僅かに動く。

「……あ」

アーミアがすぐに聞く。

「何かありました?」

「あります」

「どこです?」

ミライは胸元へ手を当てる。

「この辺り。熱いというより……何か動く感じ」

アーミアの表情が変わる。

レイナスも。

少しだけ真面目になる。

「そのまま追ってください。無理に動かさないで」

「はい」

ミライは再び集中する。

胸から。

肩。

腕。

そして。

手。

まだ光は出ない。

外から見える変化もない。

それでも。

ミライがゆっくり目を開いた。

「今、手まで来ました」

アーミアが頷く。

「それでいいです」

「これが《アニマ》?」

「まだ断定はしません。でも、入口としてはかなり早いです」

レイナスがミライを見る。

「普通は最初からそこまで具体的に追えない」

ミライは少し考える。

「やっぱり履修しておいてよかった」

リボンズが横から言う。

「君の中で全てが娯楽作品へ繋がるんだね」

「人生経験は無駄になりませんから」

「イノベイドが言う台詞としては妙に人間臭いな」

「二十七年以上趣味を続ければ、多少は」

リボンズが。

そこで少し黙った。

ミライを見る。

自分の知らないところで。

命令されたからではなく。

自分で名前を決め。

自分で好きなものを選び。

二十七年以上。

趣味を続けてきたイノベイド。

「……なるほど」

ミライが見る。

「何です?」

「いや」

リボンズは僅かに笑った。

「本当に、こんなイノベイドもいたんだと思ってね」

ミライは首を傾げる。

「いますよ。ここに」

「見れば分かるよ」

「なら問題ないですね」

リボンズがまた黙る。

レイナスが肩を震わせた。

「完全に押されてるな」

「君は少し黙っていてくれないかな」

「昨日からそればっかりだな」

アーミアは。

そんな二人の横で。

もう一度ミライを見る。

「続きは、ちゃんと時間を取ってやりましょう」

ミライの表情が明るくなる。

「教えてくれるんですね」

「はい。ただし、急がないこと」

「分かりました」

「あと」

アーミアが少しだけ笑う。

「技名を勝手につけないでくださいね」

ミライが一瞬黙った。

「……まだ何も言ってません」

「言いそうだったので」

「先読みされました」

レイナスが息を吐く。

「先が思いやられるな」

ミライは気にした様子もなく答えた。

「大丈夫です。そういう展開には慣れています」

リボンズが小さく呟く。

「何に慣れているんだい、君は」

《ソレスタルビーイング》号には。

まだ。

彼らの知らないイノベイドがいる。

そして。

どうやら。

リボンズ自身も知らないことは。

想像していた以上に多いらしかった。

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