機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第47話 やりたいこと

 

西暦2308年――《ソレスタルビーイング》号・共用区画

「つまり」

リボンズは腕を組み、目の前にいる天城ミライを見た。

「君は地球文化の観測を続けているうちに、それが自分の趣味になった」

「はい」

「任務とは関係なく?」

「今となっては、かなり」

ミライは平然と答えた。

「新作を確認するのも、昔の作品を掘り返すのも、感想をまとめるのも全部自分でやっています」

「誰かに命令されたわけでもない」

「ありません」

「ヴェーダの指示でもない」

「もちろん」

リボンズは少し黙った。

隣ではリジェネが面白そうに二人を見ている。

少し離れた場所にはリヴァイヴ、ヒリング、ブリング、ディヴァイン。

そして、今日はスメラギ、ティエリア、刹那、アーミア、レイナスも同席していた。

ミライの存在を知ったリボンズが。

他のイノベイドにも話を聞きたいと言い出した結果だった。

「二十七年も?」

リボンズが確認する。

「だいたいそれくらいですね」

「飽きなかった?」

「ジャンルが多いので」

「そういう問題なのかい?」

「新しい作品も増えますし」

レイナスが横から言う。

「聞くだけ無駄だと思うぞ。多分この人、一生見るものに困らない」

ミライが頷く。

「その可能性は高いです」

「肯定するのか」

リボンズは小さく息を吐いた。

「天城ミライを参考にするのは、どうかと思うけどね」

「どういう意味です?」

ミライが聞く。

「君は少し特殊すぎる」

「否定はしません」

即答だった。

リボンズが一度止まる。

「そこは否定しないんだね」

「自己分析は大事なので」

リジェネが笑う。

「その辺はリボンズより素直かもしれないね」

「リジェネ」

「何?」

「今は君の話じゃない」

「残念」

リボンズはミライから視線を外した。

そして。

そこにいるイノベイドたちを見る。

「ただ」

少しだけ。

声の調子が変わる。

「イノベイドが自分のやりたいことを見つけるというのは、悪くないのかもしれない」

ヒリングが眉を上げた。

リヴァイヴもリボンズを見る。

リジェネだけは。

少し前から予想していたような顔をしていた。

「随分変わったね、リボンズ」

「何もかも僕が決める必要はないと分かっただけだよ」

「それを変わったと言うんじゃない?」

「好きに解釈すればいい」

ヒリングが口を挟む。

「やりたいことって何?」

リボンズが見る。

「そのままの意味だよ」

「だから、何をすればいいの?」

「それを僕に聞くのかい?」

「だってリボンズが言い出したんでしょ」

リボンズは一瞬黙った。

「……なるほど」

レイナスが少し笑う。

「いきなり壁にぶつかったな」

「君は楽しそうだね」

「俺は部外者だからな」

アーミアがヒリングを見る。

「何か、やってみたいと思ったことはないんですか?」

「ない」

即答だった。

「必要なことをやってきたし」

「それ以外です」

「それ以外?」

ヒリングは本当に分からないらしい。

アーミアは少し考える。

「楽しいとか、もっとやってみたいとか。そういう理由だけで選ぶものです」

「意味あるの?」

ミライが答える。

「なくてもいいですよ」

ヒリングが振り返る。

「意味ないのにやるの?」

「はい」

「何のために?」

「好きだから」

ヒリングは眉を寄せた。

理解できない。

そんな顔だった。

     ◆

リヴァイヴは少し考えてから言う。

「役割以外のことを自分で選ぶ、という話か」

「そういうことだね」

リボンズが答える。

「別に今すぐ見つける必要はない」

ブリングが聞く。

「見つからなければ?」

「それはそれで構わないんじゃないかな」

ディヴァインもリボンズを見る。

「命令ではない?」

「ああ」

「……」

ブリングとディヴァインは、それ以上聞かなかった。

だが。

二人とも考えてはいる。

リジェネが口元を上げる。

「僕は前から好きにしているつもりだけど」

ティエリアが見る。

「それは分かる」

「随分即答だね」

「昨日から見ていれば十分だ」

「褒められてる?」

「違う」

「残念」

リジェネはまったく残念そうではなかった。

リボンズが額へ手を当てる。

「ミライだけでも十分なのに、君まで自由にならなくていいんだけどね」

「自分で決めろと言った直後にそれを言う?」

「程度というものがある」

「もう制限を付け始めた」

レイナスがぼそりと言う。

「先は長そうだな」

スメラギも否定しなかった。

     ◆

話し合いが終わった後。

一行は《ソレスタルビーイング》号の食堂区画へ移動していた。

時間的に。

ちょうど昼食時だったからだ。

簡素な食事が並ぶ。

プトレマイオスとは違う設備。

違う食器。

違う献立。

それでも。

食事をするという行為そのものは同じだった。

レイナスが受け取った皿を見る。

「こういうところは普通なんだな」

リジェネが隣にいる。

「何が?」

「もっと栄養食だけ並んでるのかと思ってた」

「イノベイドも食事くらいするよ」

ミライが後ろから補足する。

「食文化も観測対象として重要です」

レイナスが振り返る。

「お前は何でもそっちに繋げるな」

「食事は文化の塊ですよ」

「それは否定しない」

その少し離れたところで。

ヒリングが料理を見ていた。

皿ではなく。

その奥。

調理区画。

何人かのイノベイドが作業している。

食材を切る。

加熱する。

味を調整する。

盛り付ける。

ヒリングは。

妙に長く見ていた。

アーミアが気づく。

「ヒリング?」

「何?」

「何か気になります?」

「別に」

そう答えながら。

また見る。

切った食材が鍋へ入る。

別の場所では調味料が加えられている。

ヒリングが聞いた。

「ねえ」

近くにいたミライが振り返る。

「はい?」

「あれって全部、自分たちで作ってるの?」

「料理ですか?」

「そう」

「そうですね」

「ヴェーダが全部決めてるわけじゃないの?」

「栄養管理の基準はありますけど、献立そのものには幅がありますよ」

ヒリングが少し驚く。

「変えていいの?」

「もちろん」

ミライがさらりと答える。

「同じ材料でも作り方で味は変わりますし」

ヒリングの視線が。

また調理区画へ向く。

今度は。

先ほどより長い。

     ◆

食事が始まってしばらくして。

ヒリングが突然言った。

「これ、誰が作ったの?」

リヴァイヴが見る。

「何がだ?」

「このスープ」

リジェネが自分の皿を見る。

「気に入らなかった?」

「違う」

ヒリングは一口飲む。

「昨日のと味が違う」

ミライが確認する。

「今日は調理担当が違いますから」

「同じ料理なのに?」

「作る人が違えば、変わりますよ」

「なんで?」

「調味料の量とか、火の入れ方とか、切り方とか」

ヒリングはスープを見る。

「そんなので変わるの?」

「かなり」

「……」

何かを考えている。

リボンズが気づいた。

「ヒリング」

「何?」

「随分気になるみたいだね」

「別に」

「さっきから料理のことしか見ていないよ」

「見てない!」

「見ていたね」

リジェネが言う。

「僕も見てたよ」

「なんでみんな私を見てるの!」

レイナスがスープを飲みながら言う。

「分かりやすいからじゃないか?」

「あなたには聞いてない!」

「そうか」

レイナスはそのまま食事へ戻った。

ヒリングが少しむっとしながら。

もう一度スープを飲む。

そして。

ミライを見る。

「これ、自分でも作れる?」

「作れますよ」

「難しい?」

「このくらいなら、基礎が分かれば」

ヒリングはすぐに聞いた。

「基礎って?」

ミライの表情が僅かに変わる。

「興味あります?」

「……ちょっとだけ」

「それを、やってみたいと言うんですよ」

ヒリングが止まった。

先ほどの話。

役割ではない。

必要だからでもない。

意味があるからでもない。

自分が。

やってみたい。

それだけ。

「……これが?」

ヒリングが小さく言う。

リボンズが彼女を見る。

そして。

少しだけ笑った。

「そうみたいだね」

     ◆

食事の後。

ヒリングは調理区画にいた。

ミライも一緒だった。

なぜかアーミアまでいる。

レイナスは入口から中を眺めていた。

リボンズも。

興味本位なのか。

少し離れた場所に残っている。

ヒリングは調理台の前へ立った。

「で?」

ミライが聞く。

「何を作りたいですか?」

「分からない」

「では簡単なものからにしましょう」

「スープ」

「さっきの?」

「うん」

ミライが頷く。

「いいですね」

用意された材料が並ぶ。

ヒリングが一つ手に取る。

「これを切る?」

「はい」

「どのくらい?」

「食べやすい大きさで」

ヒリングの手が止まる。

「それが分からないんだけど」

ミライも止まる。

「確かに最初はそうですね」

レイナスが入口から言う。

「いきなり感覚で教えると事故るぞ」

ヒリングが振り返る。

「見てるなら手伝いなさいよ!」

「なんで俺が?」

「口出したから!」

「それで担当にされるのか?」

アーミアが笑いを堪えながら言う。

「先生、諦めた方がいいですよ」

「俺、今日は何も教える予定なかったんだけどな」

結局。

レイナスも調理台の近くまで来た。

     ◆

最初の一回は。

当然。

上手くはいかなかった。

切った材料の大きさが揃っていない。

味付けも。

途中でヒリングが入れすぎた。

ミライが止めた時には。

少し遅かった。

「……濃い」

自分で味見したヒリングが顔をしかめる。

レイナスも少しだけ飲む。

「濃いな」

「分かってる!」

「ならいい」

「よくない!」

ヒリングは鍋を見る。

明らかに。

悔しそうだった。

リボンズが横から言う。

「別に最初から上手くできる必要はないだろう?」

ヒリングが睨む。

「リボンズは料理できるの?」

「できないよ」

「じゃあ黙ってて」

「酷くないかい?」

リジェネがいつの間にか入口に立っていた。

「今のはヒリングが正しいと思うよ」

「君はいつ来たんだい?」

「面白そうだったから」

「見世物じゃない!」

ヒリングが怒鳴る。

だが。

鍋から離れようとはしなかった。

ミライが聞く。

「もう一回やります?」

「やる」

即答だった。

「次はちゃんと作る」

     ◆

二度目は。

一度目より慎重だった。

調味料を入れるたびに味を確認し、火加減もミライに聞きながら調整する。

切った材料の大きさはまだ揃っていない。

それでも。

最初よりはずっとましだった。

ヒリングが最後にスープを味見する。

しばらく黙る。

「……さっきよりいい」

ミライも一口確認した。

「ちゃんと食べられます」

「ちゃんとって何よ」

「褒めています」

「聞こえない!」

アーミアも味を見る。

「美味しいですよ。少し濃いですけど」

「まだ濃いの?」

「最初より全然いいです」

ヒリングは納得しきれない顔をした。

それでも。

スープを器へよそう。

レイナスが手を出した。

「じゃあ俺も――」

「これは駄目」

「なんで?」

ヒリングは器を持ったまま。

レイナスの横を通り過ぎた。

向かった先。

そこには。

リボンズがいる。

リボンズが僅かに眉を上げた。

「僕?」

「そう」

「なぜ?」

ヒリングは少しだけ黙る。

それから。

器を差し出した。

「最初に食べてもらうなら、リボンズがいいから」

リボンズの表情が止まる。

リジェネが少しだけ口元を上げる。

ミライも何も言わなかった。

リボンズは差し出された器を見る。

そして。

受け取った。

「分かった」

スプーンですくい。

一口。

飲む。

ヒリングがじっと見ている。

「どう?」

リボンズは少し考えた。

「悪くない」

「……それだけ?」

「最初に作ったなら十分だと思うけど」

「もっと何かないの?」

「少し味が濃い」

「そこはもう分かってる!」

ミライが耐えきれず口を挟んだ。

「リボンズ!」

「何だい?」

「料理漫画はリアクションです!」

リボンズが真顔でミライを見る。

「何の話をしているのかな」

「美味しい料理を食べたら、もっとこう……驚いたり、背景が変わったり、服が弾けたり!」

「最後のは料理の感想ではないだろう?」

「演出です!」

「現実に持ち込まないでくれるかな」

レイナスが笑う。

「悪くない、で終わらせるよりは分かりやすいんじゃないか?」

リボンズが見る。

「では君がやればいい」

「俺が作った料理じゃないだろ」

「食べる方だよ」

「無茶振りするな」

ヒリングが二人を無視し。

リボンズへ聞く。

「本当に悪くない?」

「ああ」

今度は。

迷わず答えた。

「一回目よりずっといい」

ヒリングの表情が少しだけ変わる。

「……そう」

それだけ言って。

視線を逸らした。

だが。

機嫌は明らかに良くなっていた。

ミライが小さく言う。

「今のはもう少し喜んでもいい場面なんですけどね」

「君は黙っていてくれないかな」

「文化的指導です」

「必要ないよ」

     ◆

アーミアがヒリングを見る。

「気に入りました?」

ヒリングは一瞬黙る。

「……まだ分からない」

そう言いながら。

空になった調理台を見る。

「でも、また作る」

リボンズが器を持ったまま聞く。

「次も僕が食べるのかい?」

ヒリングは即答した。

「当然でしょ」

「もう決まっているんだね」

「嫌なの?」

「嫌とは言っていないよ」

「じゃあ決まり」

リボンズはそれ以上何も言わなかった。

ただ。

もう一口。

スープを飲んだ。

ミライがその様子を見ながら満足そうに頷く。

「次はリアクションの練習ですね」

「しないよ」

「まだ何も教えてません」

「先に断っておく」

リジェネが笑う。

「リボンズも大変だね」

「君は楽しんでいるだけだろう?」

「もちろん」

     ◆

リボンズは。

ヒリングが次に何を作るかミライと相談している姿を見ていた。

命令されたわけではない。

必要な任務でもない。

ヴェーダの計画とも。

イノベイドとしての役割とも関係ない。

ただ。

もう一度作りたい。

次はもっと上手く。

そして。

誰かに食べてもらいたい。

それだけ。

「……なるほど」

リボンズが小さく呟く。

ミライが聞きつける。

「何か?」

「いや」

リボンズはヒリングを見る。

「悪くないと思っただけだよ」

ヒリングが振り返る。

「何が?」

「料理を始めたことだよ」

「まだ二回しか作ってないけど」

「始める時は誰でも一回目からだろう?」

ヒリングには。

少し意外だったらしい。

しばらくリボンズを見る。

そして。

小さく笑った。

「じゃあ次はもっと美味しく作る」

「ああ」

「ちゃんと感想言ってよ」

リボンズがミライを見る。

「普通の感想でいいならね」

ミライが即座に返す。

「駄目です」

「なぜ君が決めるんだい?」

レイナスが肩を震わせた。

「完全に料理漫画担当になってるな」

「大事ですよ、リアクションは」

「もう好きにしてくれ」

リボンズが小さく息を吐く。

その横で。

リジェネが言った。

「一人目だね」

リボンズが見る。

「何が?」

「自分のやりたいことを見つけたイノベイド」

リボンズは少し考える。

それから。

ミライを見る。

「一人目ではないだろう?」

ミライが気づく。

「私を数えるんですか?」

「君が二十七年前から勝手に始めていたんだからね」

「勝手という言い方はどうかと思います」

「事実だろう?」

「自主的と言ってください」

「同じ意味じゃないか」

「印象が違います」

リボンズは小さく笑った。

何をするために造られたか。

ではなく。

自分は何をしたいのか。

そんな問いを。

今まで必要としなかったイノベイドたちが。

初めて。

自分自身へ向け始めていた。

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