西暦2308年――《ソレスタルビーイング》号・接舷区画
「全員で?」
ロックオンが聞き返した。
「全員といっても、プトレマイオスを無人にはしないわよ」
スメラギは端末を閉じながら答える。
ヴェーダとの接続は安定している。《ソレスタルビーイング》号側にも今のところ敵対行動はなく、リボンズを含めた主要なイノベイドたちとも最低限の意思疎通は取れるようになった。
ならば、いつまでも一部の人間だけが往来している方が不自然だった。
「今後も協力するなら、顔くらいは合わせておいた方がいいでしょう?」
「まあ、それはそうだな」
ロックオンが頷く。
その後ろではアレルヤが《ソレスタルビーイング》号へ続く通路を見ていた。
クリスは逆に、隠す気もなく周囲を見回している。
「巨大宇宙船の中を見られるの、ちょっと楽しみかも」
「観光じゃないよ、クリス」
フェルトが言う。
「分かってるって。でも気になるじゃない」
ラッセも接続通路の先を見る。
「昨日の話じゃ、かなり広いらしいな」
「広いどころじゃないぞ」
イアンが答える。
「あれを全部見ようと思ったら一日じゃ足りん」
リヒティが笑う。
「じゃあ迷子だけは気をつけないと」
「お前が一番なりそうだな」
ラッセの言葉に、リヒティが抗議する。
そのさらに後ろ。
三人のトリニティも来ていた。
ヨハンはいつも通り落ち着いている。
ミハエルは明らかに興味を隠していない。
「リボンズって奴が使ってた船なんだろ?」
スメラギが訂正する。
「そういう認識で大きくは間違ってないけど、リボンズ個人の船ってわけじゃないわ」
「まあ、中に入れば分かるか」
ネーナは話を半分だけ聞きながら、少し前にいるアーミアの袖を掴んだ。
アーミアが振り返る。
「どうしました?」
「別に」
「なら、どうして掴んでるんです?」
「いいじゃん」
「歩きにくいですよ」
そう言いながらも、アーミアは振りほどかなかった。
ミハエルがそれを見る。
「またくっついてんな」
「うるさい!」
「何も悪いって言ってねえだろ」
ヨハンが二人へ視線を向ける。
「接舷中だ。騒ぐな」
「はーい」
返事だけは早かった。
◆
《ソレスタルビーイング》号側では、リジェネ、リヴァイヴ、ヒリング、ブリング、ディヴァイン。
そして天城ミライが待っていた。
リボンズは少し離れた場所にいる。
接続扉が開き、プトレマイオス側の人数を見たヒリングが目を丸くした。
「多くない?」
リジェネが答える。
「昨日まで一部しか来てなかったからね」
「聞いてたけど、実際見ると多いわね」
「君たちも大概だと思うけど」
クリスが言った。
ヒリングが見る。
「あなた誰?」
「クリスティナ・シエラ。クリスでいいわ」
「ヒリング・ケア」
一瞬。
二人が互いを見る。
クリスが先に笑った。
「よろしく」
「……うん」
ヒリングの返事は少しだけ遅れた。
その横で、ミライの視線は別の方向へ飛んでいた。
「……トリニティ」
ネーナが聞きつける。
「私たち知ってるの?」
「ガンダムスローネのパイロットですよね」
「そうだけど」
ミライの目が少しだけ輝く。
「三兄妹で別機体、しかも役割分担が明確」
ミハエルが眉を寄せる。
「何だこいつ」
「天城ミライです」
「いや、名前じゃなくて」
ヨハンが横から聞く。
「我々に何か?」
「いえ。構成として完成度が高いなと」
ネーナがアーミアを見る。
「この人、何?」
アーミアは少し考える。
「説明が難しいですね」
レイナスが横から言う。
「無理に理解しなくていいと思うぞ」
ミライが抗議する。
「扱いが雑です」
「昨日一日でそう判断した」
「早くないですか?」
リボンズが小さく言う。
「僕は数時間で判断したよ」
ミライが振り返る。
「リボンズに言われると少し腹が立ちますね」
「なぜ僕だけ?」
◆
一通りの紹介が終わるまで、思ったより時間がかかった。
リヴァイヴとヨハンは比較的早かった。
互いに余計なことを言わない。
必要な情報を必要なだけ確認する。
「ヨハン・トリニティ」
「リヴァイヴ・リバイバル」
それだけで終わりそうになった二人を、ロックオンが横から見る。
「お前ら、もうちょっと何かないのか?」
ヨハンが聞く。
「必要か?」
リヴァイヴも続く。
「名前は把握した」
「……似た者同士か?」
ロックオンが呟く。
少し離れた場所で、レイナスが頷いた。
「会話が早く終わるタイプ同士だな」
一方。
ミハエルはブリングとディヴァインの前にいた。
「お前ら無口だな」
「そうか」
ブリングが答える。
「そうだろ」
「必要なことは話す」
ディヴァインも同じ調子だった。
ミハエルが二人を交互に見る。
「……逆に気になるな」
ヨハンが後ろから言う。
「絡むな、ミハエル」
「絡んでねえよ。話してるだけだ」
ブリングが言う。
「問題ない」
ディヴァインも頷く。
ミハエルの顔が少し明るくなる。
「ほら」
ヨハンは何も返さなかった。
◆
アレルヤは少し離れたところから、その様子を眺めていた。
そこへリジェネが近づく。
「君がアレルヤ・ハプティズム?」
アレルヤが振り返る。
「そうだよ」
「脳量子波を使えるんだよね」
その言葉に、アレルヤの表情が僅かに強張った。
「……知ってるんだ」
「ある程度はね。ただ、勝手に何かを探るつもりはないよ」
「そうしてもらえると助かる」
アレルヤは少しだけ力を抜いた。
リジェネが周囲を見る。
「それに、今となっては君だけが特別という状況でもないみたいだ」
アレルヤも視線を動かす。
ティエリア。
ネーナ。
アーミア。
そして、真のイノベイターへ覚醒した刹那。
脳量子波に関わる者が、今は同じ場所に何人もいる。
「不思議な感じはするよ」
アレルヤが静かに言った。
「以前は、この感覚を誰かと共有できるなんてほとんど考えられなかったから」
「今は違う?」
「うん」
少しだけ笑う。
「僕だけじゃないと分かった。それだけでも、随分違うよ」
リジェネはアレルヤの横顔を見る。
「君は思っていたより穏やかだね」
「そうかな」
「もっと複雑な人間だと思ってた」
アレルヤが困ったように笑う。
「複雑なのは否定しないけどね」
それ以上は聞かなかった。
今のアレルヤの穏やかな表情の奥に、簡単には触れるべきではないものがあることくらいは、リジェネにも分かった。
◆
フェルトとクリスは、天城ミライに捕まっていた。
正確には、クリスが話しかけ、そのまま会話が広がった。
「地球のネット文化も見てたの?」
「かなり」
「何年くらい?」
「二十年以上」
クリスの目が輝く。
「じゃあ、昔のサービスとかも知ってる?」
「ものによります」
「動画系は?」
「かなり」
「ゲームは?」
「かなり」
「音楽は?」
「かなり」
フェルトが横から小さく言う。
「全部かなりって言ってる」
ミライが真面目に答える。
「全部かなり見ているので」
クリスが笑う。
「気が合いそう」
リボンズが少し離れた場所からその光景を見る。
「増えたね」
レイナスが聞く。
「何が?」
「ミライと普通に会話できる人間が」
「失礼だな」
「君も似たようなことを言っていただろう?」
「俺はあそこまで言ってない」
◆
その頃。
ヒリングは食堂区画の入口にいた。
視線の先にネーナがいる。
ネーナもヒリングを見る。
「何?」
「別に」
「さっきから見てるじゃん」
「あなた、料理する?」
「しない」
即答。
ヒリングが少し残念そうな顔をする。
「そう」
「なんで?」
「最近始めたから」
ネーナの目が少し変わった。
「料理?」
「そう」
「へえ」
興味が出たらしい。
アーミアの袖を掴んだまま、ヒリングへ近づく。
「何作るの?」
「まだスープしか作ってない」
「美味しい?」
「二回目はリボンズが悪くないって言った」
「悪くない?」
ネーナが露骨に微妙な顔をする。
ヒリングがむっとする。
「最初なんだからいいでしょ!」
「別に悪いって言ってないじゃん」
「顔が言ってる!」
アーミアが間に入る。
「ヒリングは始めたばかりですから」
「分かってるって」
ネーナは少し考える。
「じゃあ今度私にも作ってよ」
ヒリングが止まる。
「……食べたいの?」
「うん」
ヒリングの表情が少しだけ明るくなる。
「いいわよ」
「じゃあ約束」
「ちゃんと感想言いなさいよ」
「リボンズよりは言うと思う」
後ろで聞いていたリボンズが口を挟む。
「僕の感想が基準になるのはやめてくれないかな」
ミライがどこからともなく言う。
「料理漫画的には最低ラインです」
「君はまだそれを言うのかい?」
◆
ロックオンはリボンズの近くまで来ていた。
「思ったより普通だな」
リボンズが見る。
「何が?」
「イノベイド」
「どういうものだと思っていたんだい?」
「もっとこう……全員お前みたいなのかと」
リボンズの表情が僅かに変わる。
「それは失礼じゃないかな」
「自覚あったのか」
「僕にもどう評価されているかくらい分かるよ」
ロックオンは笑う。
「冗談だ」
少しだけ間を置く。
「でも、実際違うな」
「当然だろう?」
リボンズは周囲を見る。
リジェネ。
リヴァイヴ。
ヒリング。
ブリング。
ディヴァイン。
ミライ。
さらに遠くを行き交う一般のイノベイドたち。
「僕は彼らを同じ存在として見すぎていたのかもしれない」
ロックオンが横を見る。
「珍しく反省してるな」
「君たちは僕を何だと思っているんだい?」
「元ラスボス」
一瞬。
リボンズが止まった。
「……ラスボス?」
ロックオンも止まる。
「いや、何でもない」
少し離れた場所で、ミライだけが猛烈に反応した。
「今、ラスボスって言いました?」
ロックオンが嫌な予感を覚える。
「聞こえたのかよ」
「かなり重要な単語です」
「来なくていい!」
◆
食堂区画では、いつの間にか人数がかなり増えていた。
プトレマイオスのクルー。
トリニティ。
主要なイノベイド。
さらに、興味を持った一般イノベイドたちまで少しずつ集まっている。
同じテーブルに座っている者もいれば、まだ距離を取っている者もいる。
会話が続く組み合わせ。
すぐ終わる組み合わせ。
妙に噛み合う者。
全く噛み合わない者。
それでも、誰も武器を向けていない。
少し前まで考えられなかった光景だった。
スメラギは食堂全体を見回す。
「思ったより早いわね」
ヨハンが近くにいた。
「何がです?」
「馴染むのが」
ヨハンも周囲を見る。
ミハエルがブリングと何か話している。
ネーナはヒリングと料理の話をしながら、相変わらずアーミアの近くにいる。
リジェネはティエリアへ何度も絡み、そのたびに嫌そうな顔をされている。
クリスとミライは、もう何を話しているのか分からないほど盛り上がっていた。
「全員ではありません」
ヨハンが言う。
「ええ」
「警戒している者もいる」
「それでいいのよ」
スメラギは頷く。
「最初から全員仲良くなんて、不自然だもの」
リボンズが横から聞く。
「君がそれを言うんだね」
スメラギが見る。
「何?」
「ソレスタルビーイングは、人類全体を変えようとしていた組織だろう?」
「だからよ」
スメラギは少し笑う。
「人間なんて、そんな簡単に一つにならないって嫌というほど知ってるもの」
リボンズが少し黙る。
「……それもそうか」
◆
アーミアは少し離れた場所から、その光景を見ていた。
隣にはネーナがいる。
いつの間にか、ヒリングから試作予定の料理について説明を受けていたらしい。
「アーミアも食べるよね?」
「私もですか?」
「だって私だけだと分かんないし」
ヒリングがむっとする。
「何が分からないのよ」
「美味しいかどうか」
「ちゃんと作る!」
「だから確認」
「ネーナ!」
二人が言い合いを始める。
アーミアは少しだけ笑った。
未来の記録。
そこにあった名前。
死んだ者。
敵だった者。
出会わなかった者。
本来なら、この場所に揃うはずのなかった人たち。
今は同じ食堂で、料理の味について言い合っている。
レイナスが隣まで来る。
「何見てる?」
「みんなです」
「随分賑やかになったな」
「はい」
「嫌か?」
アーミアは首を横に振った。
「いいえ」
少しだけ間を置く。
「こういうのも、悪くないですね」
レイナスは周囲を見る。
「そうだな」
それだけ答えた。
◆
リボンズも、同じ光景を見ていた。
自分が中心にいなくても会話は続いている。
イノベイドたちは自分で相手を選び、自分で話し、自分で興味を持つ。
ヒリングは料理。
ミライは元々好き勝手に文化を追い続けている。
リジェネは以前からかなり自由だ。
他の者たちも、いずれ何か見つけるかもしれない。
それを自分が決める必要はない。
「リボンズ」
刹那の声。
振り返る。
「何だい?」
「立ったままだぞ」
刹那が空いている席を見る。
「座ればいい」
リボンズは少しだけ意外そうな顔をした。
「僕も?」
「ここにいる」
それだけだった。
リボンズは数秒、刹那を見る。
それから小さく笑った。
「そうだね」
空いている席へ座る。
その瞬間も、誰かが大げさに反応することはなかった。
敵だったリボンズが同じテーブルに座る。
少し前ならあり得なかった。
だが今は、それだけのことだった。
プトレマイオス。
チーム・トリニティ。
イノベイド。
まだ一つになったわけではない。
けれど、それぞれの境界は少しずつ確実に薄くなり始めていた。