西暦2308年――プトレマイオス・ブリーフィングルーム
大規模戦闘が終わってから数日。
プトレマイオスの修理は続いていたが、艦内はようやく次のことを考えられる状態になりつつあった。
ブリーフィングルームにはスメラギを中心に、刹那、ロックオン、アレルヤ、ティエリア、レイナス、アーミア、イアン、クリス、フェルト、ラッセ、リヒティが集まっている。
今回はヨハン、ミハエル、ネーナのトリニティ三人もいる。
そしてもう一人。
リボンズも席についていた。
以前なら、それだけで異常な光景だった。
「さて」
スメラギが端末を操作し、中央モニターへ地球圏の状況を表示する。
「そろそろ私たち自身の今後を決める必要があるわ」
ロックオンが椅子へ深く座る。
「その前に、下がどうなってるかだな」
「ええ。まずそこから」
表示が切り替わった。
各国家群。
国連軍。
確認されているGN-X部隊。
そして、直近の軍事行動。
スメラギが説明を始める。
「最終戦で国連軍側にもかなりの損害は出た。でも、当然ながら国連軍そのものが消えたわけじゃない」
ティエリアが続ける。
「撤退したGN-Xも相当数残っている」
「そういうこと」
スメラギが頷く。
「私たちが戦った部隊が全てじゃない。各国家群が保有している戦力も残っているし、擬似太陽炉搭載機という戦力そのものが失われたわけでもない」
イアンが腕を組む。
「一度出回った技術は、無かったことにはできんからな」
「これから増える?」
刹那が聞く。
「増える可能性は高い」
イアンは即答した。
「同じGN-Xを増産するか、そこから別の機体へ発展するかは分からん。ただ、三大国家群はもうGNドライヴ[T]を実戦で使った。手放す理由はない」
リボンズが口を挟む。
「その点については僕も同意するよ」
全員の視線が向く。
リボンズは気にした様子もなく続けた。
「僕とアレハンドロがいなくなったからといって、各国が手に入れた戦力まで消えるわけではない。むしろ、ソレスタルビーイングが健在だと分かれば、さらに必要だと考えるだろうね」
ロックオンが苦笑する。
「こっちが生き残ったせいで、向こうも軍備を止めないってか」
「皮肉だけどね」
スメラギも否定しなかった。
「それが現実でしょうね」
◆
モニターには、三大国家群の動きが表示されている。
ユニオン。
人類革新連盟。
AEU。
一年前なら、それぞれが互いを牽制し合っていた。
今は違う。
「国連軍を中心にした共同運用は継続中」
スメラギが言う。
「少なくとも軍事面では、三大国家群の距離は以前より明らかに近いわ」
アレルヤが画面を見る。
「僕たちと戦うために協力したことが、そのまま残っているんだね」
「そう」
「じゃあ、武力介入の目的だった世界の統合は……」
クリスが言いかける。
スメラギは少し考えてから答えた。
「進んではいる」
ただし。
そこで言葉を切る。
「でも、それを成功と言っていいかは別問題よ」
ヨハンが聞く。
「理由は?」
「共通の敵がいるからまとまっている部分が大きいから」
リボンズがその言葉を引き取る。
「ソレスタルビーイングという共通の敵だ」
部屋が少し静かになる。
「人類は確かに以前より一つに近づいた。でも、君たちに銃を向けるためにね」
ティエリアが眉を寄せる。
「それでも、国家間の戦争は減った」
「否定はしないよ」
リボンズはティエリアを見る。
「ただし、その状態を維持するために君たちが永遠に敵役を続けるなら、本末転倒じゃないかな」
ティエリアは反論しなかった。
スメラギも。
そこは同じことを考えていた。
◆
アーミアは表示されている情報を静かに見ていた。
自分が知る歴史。
そこでは、この時期のソレスタルビーイングは壊滅に近い状態となり、表舞台から姿を消している。
だが。
今は違う。
プトレマイオスはある。
四機のガンダムもある。
トリニティも生きている。
リボンズも。
アレハンドロだけは死んだ。
「アーミア」
スメラギに呼ばれ、顔を上げる。
「あなたが知っている歴史では、この後どうなった?」
アーミアは少しだけ考えてから答えた。
「私が知る記録では、やがて地球圏はさらに統合へ向かいます」
リボンズも耳を傾ける。
「ただし、何度も言っている通り、それは私のいた世界の話です。この時点ですでに大きく違っています」
「具体的には?」
「ソレスタルビーイングが残っています」
アーミアは室内を見る。
「皆さんも、トリニティも。そしてリボンズも」
リボンズが小さく笑う。
「僕まで歴史の誤差扱いかい?」
「かなり大きな誤差ですよ」
「それは光栄だね」
「褒めてません」
レイナスが僅かに口元を緩める。
アーミアは続けた。
「だから、未来の組織や出来事が同じ形で生まれるとは考えない方がいいです」
スメラギが頷く。
「参考にはする。でも予言としては扱わない」
「はい」
それが。
ここまで来た彼らの共通認識になっていた。
◆
「で」
ロックオンが腕を組む。
「結局、俺たちはどうする?」
そこが本題だった。
「また明日から世界中の紛争に飛び込むのか?」
誰もすぐには答えない。
一年近く続けてきた武力介入。
戦争を根絶するために。
戦争をしてきた。
その結果。
世界は確かに変わった。
だが。
自分たちも変わった。
スメラギが口を開く。
「私は、これまでと全く同じ形の武力介入を続けるべきではないと思ってる」
ティエリアが見る。
「武力介入を停止するのか?」
「全面停止とは言ってないわ」
スメラギはモニターを切り替える。
地球圏全体が映る。
「今の私たちが、世界中の全ての戦争に対して『これは駄目』『これは許す』と決め続ける。それは違うと思う」
リボンズが僅かに目を細める。
その言葉は。
数日前の自分へ向けられた言葉にも似ていた。
「私たちは世界の支配者じゃない」
スメラギは続ける。
「人類を導く存在でもない」
刹那がリボンズを見る。
リボンズも気づいたが。
何も言わなかった。
「なら何をする?」
ヨハンが聞く。
スメラギは少し考えた。
「まず、状況を見る」
「監視?」
「それだけじゃないわ」
地図上にGN-Xの確認地域が表示される。
「擬似太陽炉搭載機が一気に広まった。今後、それがどう使われるか分からない」
ラッセが言う。
「国家間の抑止力になる可能性もあれば」
ロックオンが続ける。
「力で押さえつけるために使われる可能性もある」
「ええ」
スメラギは頷く。
「だから当面、最優先は情報収集。国連軍と各国家群の動き、GN-Xの配備、紛争地域の変化を見る」
ティエリアが聞く。
「介入の基準は?」
「今までより絞る」
スメラギは即答した。
「大規模な民間被害が起きる可能性が高い場合。GN兵器を使った一方的な虐殺や、それに類する事態。そして、私たち自身が関わったことで発生した問題」
ミハエルが腕を組む。
「全部の喧嘩に首突っ込むのはやめるってことか」
「かなり乱暴に言えばね」
「分かりやすいじゃん」
ヨハンがミハエルを見る。
「言い方の問題だ」
「意味は合ってるだろ?」
スメラギが少し笑う。
「今回は合ってるわ」
ミハエルが得意そうな顔をする。
◆
ティエリアはまだ考えていた。
「イオリア・シュヘンベルグの計画はどうする?」
その問いに。
室内が静かになる。
ヴェーダ。
ガンダム。
武力介入。
その全ての始まり。
リボンズもティエリアを見る。
スメラギは急いで答えなかった。
「計画を捨てるつもりはない」
ティエリアの表情が僅かに緩む。
「でも」
スメラギは続ける。
「ヴェーダがそう判断したから、イオリアがそう考えたから。それだけで私たちが動くのも、もう違うと思う」
ティエリアの表情が再び変わる。
だが。
反発はしなかった。
以前なら。
即座に否定していたかもしれない。
「自分たちで考える?」
刹那が言った。
「ええ」
スメラギが頷く。
「ヴェーダは使う。未来の情報も使う。リボンズの知識だって必要なら使う」
リボンズが眉を上げる。
「僕は情報資源扱いなんだね」
「今のところかなり優秀な情報資源よ」
「褒められている気がしないな」
「信用を取り戻したら評価も変わるんじゃない?」
「努力してみるよ」
以前なら。
そんな会話が成立すること自体なかった。
スメラギはティエリアへ戻る。
「でも最後に決めるのは私たち」
ティエリアは。
少しだけヴェーダとの接続を意識した。
その存在は。
今も確かに感じる。
「……分かった」
短い答え。
だが。
十分だった。
◆
「俺たちは?」
ヨハンが聞いた。
トリニティ三人。
これまでとは立場が違う。
スメラギは迷わなかった。
「あなたたちは、もう別働の協力者として扱うつもりはないわ」
ネーナが顔を上げる。
「それって?」
「正式にこちらへ加わってもらう」
ミハエルが笑う。
「やっとか」
ヨハンは落ち着いて確認する。
「指揮系統は?」
「作戦時は私の指揮下。ただし三機一組で動く場合の現場判断はヨハンに任せる」
「了解しました」
ネーナはアーミアを見る。
「じゃあ本当に一緒?」
「そうなりますね」
「やった」
小さく言って。
当然のようにアーミアの横へ寄る。
ミハエルがそれを見る。
「そこが一番嬉しいのかよ」
「悪い?」
「別に」
ヨハンは何も言わなかった。
以前なら。
ネーナがソレスタルビーイングへここまで馴染む未来など。
想像もしなかった。
◆
「《ソレスタルビーイング》号側はどうする?」
ロックオンがリボンズへ聞く。
「こっちへ全員移るわけじゃないだろ?」
「さすがに無理だよ」
リボンズが答える。
「あの船はヴェーダの中枢でもある。維持する者は必要だ」
リジェネたち主要イノベイドについても。
まだ全員の進路は決まっていない。
リボンズ自身も同じだった。
「僕はしばらく両方を行き来するつもりだ」
ティエリアが即座に言う。
「自由行動を許可した覚えはない」
「だから監視付きで、だよ」
「最初からそう言え」
「君も細かいね」
「お前相手には必要だ」
リボンズは軽く肩をすくめた。
「ヴェーダの管理も見直す必要がある。僕一人へ権限を集中させる状態には戻さない」
ティエリアが少し意外そうに見る。
「自分から言うのか」
「昨日言っただろう? 何も変えないなら、負けを認めた意味がない」
レイナスが言う。
「そこは割と律儀なんだな」
「一度認めた敗北を後から無かったことにする方が格好悪いだろう?」
「お前らしい理由ではある」
◆
会議はさらに続いた。
補給。
機体の修理。
トリニティの正式編入。
ヴェーダとの接続範囲。
《ソレスタルビーイング》号との連絡体制。
やることは多い。
それでも。
以前とは違う。
次に戦う相手が決まっているわけではない。
戦争を見つけたら即座にガンダムを送り込むわけでもない。
最後に。
スメラギが方針をまとめた。
「当面、ソレスタルビーイングは大規模な武力介入を休止する」
全員が聞く。
「艦と機体を修復しながら、地球圏全体の情報を集める。国連軍とGN-Xの動向も監視する」
一つずつ。
確認するように続ける。
「ヴェーダは利用する。でも依存しない」
ティエリアが静かに頷く。
「未来の情報も、未来を決める答えにはしない」
アーミアも頷く。
「必要な時は戦う。でも、世界の全てを私たちが決めようとはしない」
刹那が聞いた。
「それが、これからのソレスタルビーイングか」
スメラギは少しだけ考え。
「今はね」
そう答えた。
「この先、また変わるかもしれない。世界が変われば、私たちも考え続けないと」
リボンズが僅かに笑う。
「完成した答えはない、と」
スメラギが見る。
「不満?」
「いや」
リボンズは首を横に振る。
「今なら、その方が自然に聞こえる」
◆
会議が終わった後。
アーミアはブリーフィングルームに残された地球の映像を見ていた。
戦争は終わっていない。
人類が一つになったわけでもない。
ソレスタルビーイングが勝ったわけでも。
国連軍が負けたわけでもない。
ただ。
世界は。
確実に以前とは違う場所へ進んでいる。
「知ってる未来から、また離れたか?」
隣からレイナスの声。
「かなり」
アーミアは答える。
「不安か?」
少し考える。
「あります」
今度は。
迷わず続けた。
「でも、その方がいいのかもしれません」
レイナスが横を見る。
「どういう意味だ?」
「全部知っている未来を、そのまま再現する必要はありませんから」
アーミアは地球を見る。
ネーナたちは生きている。
リボンズも生きている。
ソレスタルビーイングも残った。
すでに。
自分の知る歴史より。
ずっと違う。
「これから起きることは、私も一緒に考えます」
レイナスは少しだけ笑った。
「六十七年生きても、まだ考えることは増えるんだな」
「先生は人のこと言えないでしょう?」
「……そうだったな」
今度は。
素直に認めた。
地球は。
まだ変化の途中にある。
そして。
ソレスタルビーイングも。
同じだった。