西暦2307年――ソレスタルビーイング地上施設
大型モニターに戦域図が表示されていた。
アーミアは少し離れた場所から、それを眺めている。
武力介入。
ソレスタルビーイングが掲げる、戦争根絶のための戦い。
西暦2307年という時代を象徴する言葉の一つ。
アーミアにとっては歴史だった。
だが今は。
これから起きる現実になっている。
「今回の介入対象は、この地域で継続している武力衝突よ」
スメラギが説明を続ける。
刹那。
ロックオン。
アレルヤ。
ティエリア。
四人のガンダムマイスターが、それぞれの情報を確認している。
その光景を。
アーミアは黙って見ていた。
知っている。
少なくとも。
この時期にソレスタルビーイングが各地の紛争へ武力介入を繰り返していたことは。
だが。
今回の作戦の細部までは覚えていない。
2364年から見れば五十七年前。
自分自身が参加していたわけでもない戦闘を、一つ一つ記憶しているはずもなかった。
端末を調べれば。
記録が残っている可能性はある。
けれど。
調べていない。
調べるつもりもなかった。
今は。
◆
「それで」
レイナスが手を上げた。
「俺は?」
スメラギが彼を見る。
「待機」
「……待機?」
「そう」
「昨日スカウトされたばかりだから仕方ないとは思うけどな」
「分かってるなら話が早いわ」
「でも、ガンダムが四機も出るんだろ?」
「出るわよ」
「見に行くくらいは」
「却下」
即答だった。
ロックオンが吹き出す。
「諦めろ。まだ信用されてないらしいぞ」
「昨日まで無職だった男だからな」
「そこは関係ないと思うけどな」
ティエリアがレイナスを見る。
「当然の判断だ。能力の詳細も素性も不明な人間を作戦区域へ同行させる理由がない」
「正論だな」
レイナスはあっさり引いた。
ティエリアがわずかに拍子抜けしたような顔をする。
「……反論しないのか?」
「できる要素がないからな」
「ならいい」
そのやり取りを見て。
アーミアは少しだけ口元を緩めた。
覚えている。
最初の頃は。
こんな感じだった。
先生は何かとガンダムへ興味を示して。
ティエリアは警戒して。
ロックオンはその間で面白がっていた。
細かな会話までは当然違う。
それでも。
関係の始まり方は。
自分が知っているものから大きく外れてはいない。
その事実に。
少しだけ安心している自分がいた。
◆
「アーミアも残ってもらうわ」
スメラギが言った。
「分かりました」
アーミアは素直に頷く。
「……随分聞き分けがいいわね」
「出撃させてくださいと言っても困るでしょう?」
「それは困るけど」
スメラギが少し笑う。
「あなた、MSに乗れるの?」
質問。
アーミアは一瞬だけ考えた。
乗れる。
それどころか。
五十年以上先の機体まで知っている。
「多少は」
嘘ではない。
「多少ね」
「はい」
スメラギはそれ以上聞かなかった。
レイナスが横からアーミアを見る。
「乗れるのか?」
「乗れますよ」
「初耳だな」
「聞かれてませんでしたから」
「そう言われるとそうだな」
レイナスは少し考える。
「どんな機体に?」
「色々です」
「色々?」
「先生」
「何だ?」
「今は作戦前ですよ」
「……後で聞く」
やはり食いついた。
アーミアは苦笑した。
◆
同日――作戦開始
ガンダム四機が出撃した。
アーミアとレイナスは地上施設に残っていた。
モニターには現地から送られてくる戦況が表示されている。
ガンダムエクシア。
ガンダムデュナメス。
ガンダムキュリオス。
ガンダムヴァーチェ。
西暦2307年当時。
既存のモビルスーツを大きく上回った四機。
「やっぱり性能おかしいな」
レイナスがモニターを見ながら呟く。
「そうですね」
「特にあの粒子」
GN粒子。
アーミアは当然知っている。
だが。
「気になります?」
「ああ」
レイナスの目が完全に技術を見るものになっている。
「飛行。推進。機体出力。あれだけじゃないな。通信にも影響が出てる」
初見でよく見る。
アーミアはそう思ったが。
言わない。
「乗ってみたいな」
「やっぱり」
「何が?」
「いえ」
「また未来の俺と比べてないか?」
「気のせいです」
「ならいいけどな」
アーミアはモニターへ視線を戻した。
戦況は。
ソレスタルビーイング側が優勢。
大きな問題はない。
このまま終わる。
そう思った。
◆
『エクシア、予定ルートを外れた!』
オペレーターの声。
アーミアが顔を上げる。
モニター上。
エクシアの位置が変わる。
「刹那?」
スメラギが通信を開く。
『刹那、どうしたの?』
返答。
現地で別の動きがあったらしい。
戦闘区域から離れた場所へ向かおうとしている部隊。
避難中の民間人。
その進路が重なっていた。
『排除する』
刹那の声。
「待ちなさい。そこは今回の作戦範囲外よ」
『このままでは民間人が巻き込まれる』
「……」
スメラギが戦況を見る。
数秒。
「許可するわ。ただし深追いしないで」
『了解』
エクシアが進路を変更する。
アーミアは。
その動きを見つめていた。
「どうした?」
隣からレイナス。
「……いえ」
「何か気になるのか?」
「大丈夫です」
アーミアは答える。
だが。
胸の奥に。
小さな引っ掛かりが生まれていた。
この戦闘。
知らない。
いや。
覚えていないだけかもしれない。
自分は当時ここにいなかった。
歴史上の武力介入を全て覚えているわけでもない。
記録を調べれば。
同じことが起きていたと確認できるかもしれない。
なら。
問題はない。
そう考えた。
◆
戦闘は終わった。
民間人に被害は出なかった。
ガンダム四機も無事。
結果だけなら。
何の問題もない。
「終わったな」
レイナスが伸びをする。
「はい」
「しかし見てるだけってのも疲れるな」
「先生ならそのうち勝手に出ていきそうですけど」
「信用ないな」
「五十年以上見てますから」
言ってから。
アーミアは少しだけ止まった。
レイナスもこちらを見る。
「……本当に長いな」
「長いですよ」
「未来の俺は、そんなに君の近くにいるのか」
答えようとして。
やめた。
「その話は、またいつか」
「了解」
レイナスは追及しなかった。
◆
同日夜――王留美所有施設・アーミアの部屋
端末が机の上にある。
アーミアは椅子に座ったまま。
それを見ていた。
昼間の戦闘。
エクシアの行動。
本当に。
自分の知っている歴史にもあったのか。
確かめるだけ。
それだけなら。
歴史は変わらない。
情報を見るだけなのだから。
端末を手に取る。
起動。
歴史資料。
2307年。
ソレスタルビーイング。
そこまで開いた。
指が止まる。
「……」
もし。
違っていたら。
今日の出来事が。
自分の知る歴史に存在しなかったら。
何が原因なのか。
自分か。
それとも。
最初から違う世界なのか。
知ることができる。
逆に。
同じなら。
安心できる。
自分がいても。
まだ歴史は大きく変わっていないと。
「確認するだけ……」
誰に言うでもなく呟く。
そして。
画面を閉じた。
まだ。
やめておく。
一つ確認すれば。
次も確認する。
その次も。
やがて。
未来の記録を答え合わせに使いながら生きることになる。
それは。
違う気がした。
アーミアは椅子へ背を預けた。
自分は。
この時代の人間ではない。
だからといって。
未来からこの時代を監視する存在でもない。
「……難しいですね、先生」
もちろん。
ここにレイナスはいない。
答えもない。
アーミアは右手を見る。
普通の肌をした手。
その中にいるELSも。
何も答えない。
「分かってますよ」
小さく笑う。
「自分で決めろ、ですよね」
未来のレイナスなら。
たぶん。
そう言う。
だから。
今日は見ない。
知らないまま。
今の出来事を受け入れる。
それも。
自分で選んだ。
◆
翌日――ソレスタルビーイング地上施設
「レイナス」
スメラギが呼ぶ。
「ん?」
「あなたの今後について決まったわ」
「ようやく仕事らしい仕事か?」
「ええ」
スメラギが端末を渡す。
レイナスが内容を見る。
「地上での支援?」
「まずはそこから。あなたの《アニマ》についても確認したいし、こちらとしても戦力としてどこまで計算できるのか知りたい」
「了解」
「それと」
スメラギがアーミアを見る。
「あなたにも来てもらうわ」
「私も?」
「昨日、MSには乗れるって言ったでしょう?」
アーミアの表情が止まる。
「言いましたけど」
「だからって、いきなりガンダムに乗せたりしないわよ」
「それは分かっています」
「あなたについても、できることを確認しておきたいの」
アーミアは黙る。
昨日。
決めたばかりだった。
余計なことはしない。
未来を変えない。
先生に任せる。
それなのに。
早くも。
自分自身がソレスタルビーイングの活動へ組み込まれようとしている。
断ることはできる。
何もできないと言えばいい。
けれど。
それはそれで。
本来存在しない行動を自分が選ぶことになる。
何をしても。
何もしなくても。
自分がここにいる以上。
完全に歴史の外には立てない。
「……分かりました」
アーミアは答えた。
スメラギが頷く。
レイナスがこちらを見る。
「大丈夫か?」
「はい」
アーミアは答える。
今度は。
自分自身に言い聞かせるように。
「できる範囲でやります」
歴史を変えない。
そのつもりだった。
だが。
アーミア・リーという存在は。
すでに。
西暦2307年の中へ入り始めていた。