西暦2308年――プトレマイオス・格納庫
地球圏の監視を続けながら、プトレマイオスでは各機の修理と整備が進められていた。
エクシア、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェ。
アストレア。
正式に合流した三機のスローネ。
その中に混じって、レイナスが現在使用している鹵獲GN-Xも固定されている。
レイナスはそのGN-Xの前で腕を組んでいた。
「……」
少し離れた場所ではイアンが端末を確認している。
アーミアもアストレアの整備状況を見に来ていた。
レイナスはGN-Xを見上げ、それから格納庫に並ぶ機体を順番に見る。
しばらくして。
何かに気づいたようにアーミアへ振り返った。
「そういや俺に専用機ってなかったのか?」
アーミアが目を瞬く。
「専用機ですか?」
「未来の俺の話だ」
レイナスは自分のGN-Xを親指で示す。
「さすがにこの先ずっと、拾った機体を乗り継いでたわけじゃないだろ?」
「それは……」
アーミアは少し笑った。
「ありましたよ」
レイナスの反応は早かった。
「あるのか」
「はい」
「どんな機体?」
「急に食いつきましたね」
「専用機の話だからな」
イアンが端末から顔を上げる。
「分かりやすすぎるだろ、お前さん」
「自分専用のMSがあったって聞いて興味持たない方がおかしいだろ」
「それはお前さんの基準だ」
レイナスは気にせずアーミアを見る。
「名前は?」
アーミアは答えた。
「最初は《アステリオン》です」
「最初は?」
レイナスがすぐに引っかかった。
アーミアが少しだけ間を置く。
「その後に《ガンダム・アルティオール》」
レイナスの眉が上がる。
「その後?」
「さらに《アルティオール・ネクスト》があります」
今度は完全に黙った。
数秒。
「……三機?」
「はい」
「全部俺の?」
「先生の専用機です」
レイナスはもう一度確認するように聞く。
「アステリオン」
「はい」
「アルティオール」
「はい」
「アルティオール・ネクスト」
「はい」
少し間が空く。
そして。
レイナスが妙に感心した声を出した。
「俺、結構専用機あるな」
アーミアは即答した。
「先生、よく壊しますから」
「……」
イアンの手が止まった。
レイナスも止まった。
「その言い方だと、俺が雑に扱ってるみたいだろ」
アーミアが首を傾げる。
「違うんですか?」
「戦ってたら機体が壊れることくらいある」
「何回も?」
「……」
「アステリオンがあって」
「分かってる」
「アルティオールがあって」
「もういい」
「その後にネクストまで」
「未来の俺に聞いてくれ」
イアンが深く息を吐いた。
「今から専用機を作る側としては、あまり聞きたくない話だな」
レイナスが振り返る。
「まだ作るって言ってないだろ」
「お前さんの顔がもう作らせる気満々なんだよ」
「そう見えるか?」
「見える」
アーミアも頷いた。
「見えます」
レイナスは否定しなかった。
◆
そこへデュナメス側からロックオンが歩いてきた。
「何の話だ?」
レイナスが答える。
「未来の俺には専用ガンダムが三機あったらしい」
ロックオンが一度止まる。
「三機?」
「ああ」
「乗り換えすぎじゃねえか?」
アーミアが横から答えた。
「よく壊しますから」
「おい」
ロックオンが吹き出す。
「なるほどな」
「納得するな」
少し離れたエクシア側から刹那もやってきた。
「専用ガンダム?」
「ああ」
レイナスが少し嬉しそうに答える。
「アステリオン、アルティオール、アルティオール・ネクストだ」
刹那はすぐにアーミアを見る。
「ガンダムなのか」
「全部ガンダムです」
「見たい」
レイナスが刹那を見る。
「お前も食いつくんだな」
「ガンダムだ」
「そうだったな」
そこだけは妙に納得が早かった。
◆
イアンがアーミアへ向き直る。
「記録は残っとるのか?」
「未来端末にあります」
「三機とも?」
「確認してみます」
アーミアが2364年から持ってきた個人端末を取り出し、保存記録を検索する。
最初に表示されたのは《アステリオン》。
続いて《ガンダム・アルティオール》。
そして。
《アルティオール・ネクスト》。
レイナスが横から画面を覗く。
刹那も反対側から見る。
ロックオンまで後ろに回った。
アーミアが端末を少し下げる。
「近いです」
三人が少しだけ離れた。
「……ちゃんと三機あるな」
レイナスが呟く。
「だから言ったでしょう」
「いや、疑ってたわけじゃない」
画面を切り替える。
まずアステリオン。
アーミアが言う。
「私の知る歴史では、これがこの時期の先生の専用機です」
レイナスが反応する。
「この時期?」
「はい。2308年です」
「今じゃないか」
「そうなります」
イアンの表情も変わる。
「未来の機体じゃなく、この時代に完成しとった機体なのか」
「私のいた歴史では」
アーミアは念を押した。
レイナスが格納庫を見回す。
当然、そこにアステリオンはいない。
「こっちじゃ作られてない」
「少なくとも、今のところは」
「歴史が変わった影響か」
「可能性はあります」
断定はできない。
すでにアーミアが知る歴史とは多くの部分が違っている。
本来存在した機体が、同じ時期に存在していなくても不思議ではなかった。
◆
レイナスは次の記録へ目を向ける。
「こっちがアルティオールか」
「はい」
「いつ頃?」
「アステリオンより後です」
「で、そのさらに後がネクスト」
「そうです」
レイナスは三機の記録を行き来する。
イアンが横から覗き込んだ。
「ちょっと待て。全部詳細データが残っとるのか?」
「そこまではまだ確認していません」
「なら先に全部見るな!」
イアンの声が格納庫へ響いた。
レイナスが振り返る。
「なんで怒るんだ?」
「技術屋の前で未来の完成形を三世代分まとめて見せる奴があるか!」
「参考になるだろ」
「なりすぎるんだ!」
ロックオンが苦笑する。
「難しいもんだな」
イアンは端末を指す。
「仮に詳細な設計情報が残っとったとしても、それをそのまま作るつもりはないぞ」
レイナスが聞く。
「なんで?」
「今と条件が違うからだ!」
イアンは順番に指を立てる。
「技術も違う。使える部品も違う。設備も違う。何より」
レイナスを見る。
「未来のその機体に乗ってたお前さんと、今ここにいるお前さんが同じ条件とは限らん」
アーミアが頷く。
「私もそう思います」
レイナスは少し考える。
「まあ、それはそうか」
「意外と素直だな」
「未来の完成品をそのままコピーするより、今の俺用に作った方が面白そうだろ」
イアンが止まる。
「……結局そこか」
「大事だろ」
◆
アーミアはアステリオンの記録を見ながら言う。
「私の知る歴史の先生と、今の先生はもうかなり違います」
「俺自身はそこまで変わってないと思うけどな」
「周囲が違います」
トリニティが生きている。
リボンズが敵ではなくなった。
ヴェーダとの関係も違う。
刹那はこの時点ですでに真のイノベイターへ覚醒している。
「同じ歴史をなぞる必要はありません」
「なら」
レイナスがイアンを見る。
「アステリオンを参考にはする。でも、そのまま作る必要はないってことか」
「そういうことだ」
イアンが頷く。
「未来のアルティオールやネクストも同じだ。答え合わせ用には使える。だが最初からそこへ飛ぶつもりはない」
レイナスは端末を見る。
「なるほどな」
少しだけ。
楽しそうに笑う。
「それならそれでいい」
◆
その時。
格納庫入口から声がした。
「随分楽しそうだね」
リボンズだった。
隣にはリジェネもいる。
レイナスが見る。
「今度は何だ?」
「ヴェーダ関連の確認で来たら、専用ガンダムが三機あるとか聞こえてね」
「聞こえてたのか」
「君たちの声が大きいんだよ」
リジェネがアーミアの端末を見る。
「未来の機体?」
アーミアが答える。
「一部はこの時代の機体です。私のいた歴史では」
レイナスが少し得意そうに言う。
「俺の専用機だ」
リボンズがアステリオンの表示を見る。
「まだこの世界には存在していないんだろう?」
「未来じゃ俺のだ」
「君は本当に所有権の主張が早いね」
「専用機なんだからいいだろ」
「壊すらしいけど?」
レイナスがアーミアを見る。
「もう広めたのか?」
「今ここで話しただけです」
リボンズが少し笑う。
「僕にも聞こえたよ」
レイナスが嫌そうな顔をする。
「未来の俺も好きで壊してるわけじゃないだろ」
アーミアが答える。
「たぶん」
「たぶん?」
「先生、結構無茶しますから」
「未来の俺の悪評だけ増えてないか?」
リジェネが楽しそうに口を挟む。
「三機も専用機が必要になるくらいには?」
「その言い方やめろ」
◆
リボンズは三機の記録を眺める。
「でも、興味深いね」
イアンが警戒する。
「何を考えとる?」
「何も仕込まないよ」
「まだ聞いとらん」
「君の顔に書いてある」
リボンズは改めてアステリオンを見る。
「《ソレスタルビーイング》号側の技術も使える」
イアンが眉を上げる。
「協力する気か?」
「そのつもりだけど?」
「妙なことをするなよ」
「昨日から何度同じことを言われたかな」
ティエリアがいれば確実にもう一度言うだろう。
レイナスもリボンズを見る。
「変な機能は付けるなよ」
「君まで?」
「俺が乗るんだぞ」
「壊すのに?」
「まだ言うか」
レイナスの顔が少し険しくなる。
「壊れたから次が作られたとは限らないだろ」
アーミアが考える。
「全部が全部そうだったとは言いませんけど」
「ほら」
「壊したこと自体は否定してません」
「……」
ロックオンが肩を震わせる。
◆
イアンは未来端末から視線を外し、現在のGN-Xを見る。
「まずは今の機体を調べ直す」
レイナスが聞く。
「GN-Xを?」
「ああ。お前さんが実際にどう使っとるかも含めてな」
次にアステリオン。
アルティオール。
ネクスト。
三つの記録を見る。
「未来の機体から使える考え方だけ拾う」
「それで?」
「現在のガンダムの技術も見る」
「それで?」
「《ソレスタルビーイング》号側の技術も、使えるなら使う」
リボンズが頷く。
「協力するよ」
「勝手に設計へ入るな」
「信用がないな」
「当然だ」
イアンは最後にレイナスを見る。
「その上で、今のお前さん専用の機体を考える」
レイナスが止まった。
「……本当に作るのか?」
「まだ検討だ!」
「今のはほぼ作るって意味だろ」
「急かすな!」
アーミアが笑う。
「先生、嬉しそうですね」
「そりゃな」
レイナスは隠さなかった。
「今まで拾った機体ばっかりだったんだ。専用機って響きくらい楽しませてくれ」
イアンが呆れたように言う。
「作る側としては、その後の三機を見ると不安しかないがな」
「そんなに壊さないって」
アーミアが横から言う。
「未来でも多分そう言ってます」
「お前、未来の俺に厳しくないか?」
「長い付き合いなので」
「反論しづらいな」
◆
刹那はもう一度アステリオンの記録を見る。
「レイナス」
「ん?」
「どれに乗りたい?」
レイナスが少し考える。
画面には三機。
アステリオン。
アルティオール。
アルティオール・ネクスト。
未来だけを見れば。
後に続く機体の方が進んでいるのだろう。
だが。
レイナスはアステリオンを指した。
「今ならこれだな」
アーミアが少し意外そうに見る。
「ネクストじゃないんですか?」
「未来の俺がそこまで行く過程を、最初から飛ばすのもつまらないだろ」
イアンが僅かに目を細めた。
レイナスは続ける。
「今の俺が乗る機体なら、今の俺に合わせればいい」
それから。
少し笑う。
「その結果、未来のアステリオンと別物になったって構わない」
アーミアも笑った。
「そうですね」
「ただし」
レイナスがイアンを見る。
「乗ってて面白い機体にしてくれ」
「注文が雑なんだよ!」
「性能だけ高くてもつまらないだろ」
「技術屋に余計な火を付けるな!」
そう言いながら。
イアンの顔も。
少しだけ楽しそうだった。
リボンズがそれを見る。
「結局、君も作る気になっているじゃないか」
「うるさい!」
「僕は何も悪いことを言っていないよ」
格納庫に笑いが広がる。
未来には。
《アステリオン》があった。
その先には。
《ガンダム・アルティオール》。
そして。
《アルティオール・ネクスト》。
だが。
今から生まれる機体が。
同じ道を辿るとは限らない。
未来の記録は答えではない。
ただの参考だ。
レイナスは自分のGN-Xを見上げる。
「悪いな。もう少しだけ付き合ってくれ」
まだ。
新しい機体は影も形もない。
それでも。
その顔は。
戦闘の時とは違う意味で。
かなり楽しそうだった。