西暦2308年――プトレマイオス・ブリーフィングルーム
《ソレスタルビーイング2 -Visitor from Jupiter-》の上映が終わったあとも、ブリーフィングルームにはほとんどの者が残っていた。
映画の感想を言い合う空気はまだ残っていたが、先ほどまでスクリーンいっぱいに映っていたELSについては、もう娯楽作品の話だけでは済まない。
スメラギが未来端末を持つアーミアへ視線を向けた。
「映画の元になったELS戦について、当時の資料も残ってるの?」
「あります。歴史資料だけじゃなくて、戦闘映像や通信記録もかなり残っています」
「かなり?」
「私の個人端末なので、地球連邦軍が保有していた全記録というわけではありません。でも、あとから公開された映像や、ソレスタルビーイング側の記録は入っています」
レイナスが椅子へ座り直した。
「それなら、俺たちが想像で話すより先に見た方が早いな」
「そうですね。ただ、見る前に一つだけ」
アーミアは端末を操作する手を止める。
「これは私が知っている世界で起きた戦いです。この世界でも同じことが起きる、という意味ではありません」
スメラギが頷いた。
「そもそもELSが来ない可能性もある」
「はい。今の世界は、もう私の知っている歴史から大きく変わっています。来るとしても同じ時期、同じ規模、同じ展開になる保証はありません」
リボンズが腕を組む。
「未来の作戦書ではなく、一度実際に起きた事例として見るべきだね」
「そのつもりです」
アーミアが映像を再生した。
最初に映ったのは木星だった。
巨大な惑星のすぐ近くに、周囲の星空を歪めるような空間異常が形成されている。
ティエリアが目を細めた。
「これが、以前話していたワームホールか」
「はい。私の知る歴史では、ELSは木星そのものから来たわけではありません。このワームホールを通って現れました」
リジェネが興味深そうに身を乗り出す。
「誰が作ったものなんだ?」
「分かりません」
「ELSが形成した可能性は?」
「それも分かりません。当時の資料でも、そこまでは断定されていません」
レイナスが軽く頷く。
「なら、今のところはワームホールが現れた、それだけでいいだろ。分からないところを無理に埋める必要はない」
スメラギも同意した。
「少なくとも、木星圏でこれに似た大規模な空間異常が発生した場合は、最優先で確認する価値があるわね」
「ヴェーダの監視対象へ追加しておこう」
リボンズの言葉にティエリアが続ける。
「ただし、ワームホールの出現だけでELSと断定はしない」
「もちろん」
話がまとまったところで、アーミアが次の映像を開いた。
「ここからは実際の戦闘です」
◇
スクリーンいっぱいに、銀色の群れが広がった。
無数のELS。
遠近感が狂うほどの数が地球連邦軍の防衛線へ押し寄せ、その中で一機の青白いガンダムと、それを模した巨大な銀色の機体が激突している。
ネーナの表情から、先ほどまでの映画を楽しんでいた雰囲気が消えた。
「……これ、本当に全部ELS?」
「画面に入っている範囲だけです」
「映画より酷くない?」
「映画は物語として見やすくされていますから」
レイナスは別の場所を見ていた。
「アルティオール・ネクストか」
「はい。未来の先生の機体です」
「で、向こうの銀色も同じ形をしてる」
「ELSが模倣したものです」
映像の中で、銀色のアルティオールが青白い刃に似たものを形成した。
未来のレイナスが《アニマソード》で応じれば、ELSも近い軌道で刃を振るう。回避すれば追従し、機動を変えれば、それすら学習していく。
ロックオンが眉を寄せた。
「こいつら、戦いながら覚えてんのか」
「そうです。MSの形だけじゃありません。兵器、機動、戦い方まで取り込んでいました」
ティエリアも解析表示から目を離さない。
「時間を与えるほど、人類側の戦術を学習するということか」
その直後、映像の中のアルティオール・ネクストが消えた。
銀色の模倣体が砲撃を放った次の瞬間には、未来のレイナスがその眼前へ移動し、ただの拳で頭部を吹き飛ばしていた。
クリスティナが目を見開く。
「今の、何?」
「当時の私にも分かりませんでした」
アーミアが答える。
レイナスが横を見る。
「お前にも?」
「はい。私が教わっていた《アニマ》とは、明らかに使い方が違います」
「未来の俺に聞かないと分からない類か」
「たぶん」
「本人がここにいるのに役に立たないな」
「先生、自分で言います?」
◇
戦闘はさらに激しくなった。
未来のレイナスが《オーバーライズ》を発動し、アルティオール・ネクスト全体を青白い《アニマ》が包む。
それを見たELSも、すぐに模倣を始めた。
銀色の機体表面に青白い光が生まれる。
一瞬で消えた。
再び試す。
やはり維持できない。
刹那が短く言った。
「真似できない」
「はい。《アニマ》そのものは模倣できませんでした」
レイナスが画面を見る。
「外から見える機体の動きや形は覚えられても、俺自身がやってることまでは分からないってところか」
「そうだと思います」
未来のアルティオール・ネクストの周囲へ、次々と《アニマスフィア》が現れた。
数十を超え、百を超える青白い光が、それぞれ別のELSを追い始める。味方を避け、軌道を交差させながら、銀色の群れだけを正確に撃ち抜いていった。
ネーナがぽかんとする。
「これ、全部一個ずつ動かしてるの?」
アーミアは少しだけ困った顔をした。
「先生ですから」
「説明になってない」
「私もそう思います」
レイナスがため息をつく。
「未来の俺への苦情を今の俺に持ってくるな」
◇
ELSはやがて、単純にアルティオールを真似るのをやめた。
人類側から学んだ火力、推進、刃、装甲を組み合わせ、巨大な異形へ変化する。
だが未来のレイナスは、それすら正面から押し切った。
《オーバーライズ》全開。
アルティオール・ネクストの姿がまともに追えなくなり、銀色の海の中に青白い軌跡だけが増えていく。
現在のレイナスも、さすがに黙って映像を眺めていた。
やがて、ぽつりと言う。
「未来の俺、相当無茶してるな」
「このあとアルティオール・ネクスト壊しますよ」
アーミアが即座に答えた。
「やっぱりか」
「右肩駆動系、右脚メインスラスター、腰部フレーム、粒子制御系、それから各部関節と――」
「もういい」
イアンがレイナスを見る。
「今から覚悟しとけ」
「十年以上先の修理代まで今から怒られるのか?」
「壊し方を見る限り、今でもやりかねん」
「否定しづらいな」
その時、映像の中でELSの動きが変わった。
未来のレイナスを取り囲んでいた無数の個体が、一斉に距離を取り始める。
逃げている。
攻撃をやめたというより、レイナスとの接触そのものを避けているようだった。
リボンズが目を細める。
「随分とはっきりした反応だね」
アーミアも自分の右手を見る。
「未来のELSは先生をかなり強く避けていました」
レイナスが確認する。
「一度同化されかけて、体内に入ったELSを《アニマ》で排除した件が原因か」
「それが大きいと思います。ELS全体で先生を危険な存在として共有していました」
「それで、こうなるわけか」
スクリーンでは、レイナスを避けるELSによって銀色の海に一本の空白が生まれていた。
未来の通信が流れる。
『道ができた』
続いて、スメラギの声。
『まさか……』
『刹那を出せ』
次の瞬間、ダブルオークアンタが発進した。
現在の刹那が、初めて見る未来の自分の機体を無言で見つめる。
アルティオール・ネクストが前を走るだけでELSが左右へ避け、その後ろをクアンタが進んでいく。
レイナスが苦笑した。
「俺自身を突破口にしてるのか」
アーミアが横を見る。
「未来の先生が自分で思いついた作戦です」
「まあ、ELSが勝手に避けるなら使うよな」
「そう言うと思いました」
◇
ただ、レイナス一機だけでは道を維持できなかった。
通過した直後から後続のELSが穴を埋め、クアンタへ殺到してくる。
そこへサバーニャとデュナメス・ヴァリアントが入った。
現在のロックオンの表情が変わる。
映像には未来のニールと、その隣で戦うライルがいた。
未来の通信が流れる。
『前はライルに任せろ』
『抜けた奴は俺が狙い撃つ』
サバーニャがTRANS-AMを発動し、広範囲を砲火で覆う。そこを抜けたELSを、デュナメス・ヴァリアントが一体ずつ正確に撃ち抜いた。
ロックオンはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「……あいつ、本当にガンダム乗りになるんだな」
「はい」
アーミアもそれ以上は言わなかった。
続いて映るのはガンダムハルート。
アレルヤ、マリー、ハレルヤ。三つの声を乗せた機体がTRANS-AMで戦場を駆け、クアンタの側面へ回り込もうとするELSを次々と引き剥がしていく。
現在のアレルヤは、画面にいるマリーを見て穏やかに笑った。
「一緒に乗ってるんだね」
「はい」
「そうか」
その隣ではラファエルガンダムが戦っている。
未来のティエリアはヴェーダへ接続し、クアンタの量子処理を支援しながら、自身もTRANS-AMで防衛線を維持していた。
現在のティエリアが少しだけ目を細める。
「僕の役割は、刹那の対話をヴェーダ側から補助することか」
「そうです」
リジェネが横から笑う。
「随分と君らしい役割だね」
「君に言われるまでもない」
「嬉しそうだ」
「黙れ」
◇
さらに赤く輝くブレイヴが画面を横切る。
未来のグラハムの通信。
『だが、私の愛までは模倣できまい!』
一瞬だけ部屋が静かになった。
レイナスが言う。
「未来でも変わってないな」
ロックオンが苦笑する。
「そこだけ妙に安心するわ」
続いて映るGN-X IV。
未来のパトリックがTRANS-AMを発動しながら、大声で叫んでいた。
『俺はなぁ! 昔っから何回も死にかけて! それでも全部生き残って! やっとカティと結婚したんだ!!』
ネーナがぱっとアーミアを見る。
「結婚するんだ?」
アーミアが「あ」と小さく漏らした。
レイナスが横を見る。
「映像が喋ったな」
「ここまで通信が残ってるとは思わなくて……」
未来のパトリックはそんなことなど知らず、大型ELSへ突っ込んでいく。
『幸せのコーラサワーを舐めんなぁぁぁ!!』
ヒリングが目を丸くした。
「何、この人」
リボンズが淡々と答える。
「少なくとも生存能力は高そうだ」
「そこは間違ってません」
◇
映像を見続けていた刹那が、ふと口を開いた。
「アーミア」
「はい?」
「未来の俺は、《オーバーライズ》を使っていない」
その一言で、他の三人も気づいた。
未来のガンダムはTRANS-AMを使っている。
だが、機体全体を青白い《アニマ》で包み、自分の身体のように扱っているのはレイナスだけだ。
ティエリアが確認する。
「僕も使っていない。ロックオンもアレルヤも同じだ」
ロックオンがアーミアを見る。
「未来じゃ俺たち、《アニマ》自体使ってないのか?」
「はい。私の知る歴史では、先生以外で《アニマ》を使い始めたのは私くらいです」
「アーミアも《オーバーライズ》は?」
「使えませんでした。私は自分で《アニマ》を発現して、そのあと先生から基礎と制御を教えてもらっていたくらいです」
現在の刹那が自分の手を見る。
今の自分は、すでにエクシアで《オーバーライズ》を使える。
ロックオン、アレルヤ、ティエリアも、まだ完成には遠いとはいえ、機体の一部へ《アニマ》を通すところまで来ている。
未来の記録と、今の世界。
そこには明確な違いがあった。
スメラギが尋ねる。
「どうして未来では広まらなかったの?」
アーミアは少しだけ間を置いた。
それから、隣にいるレイナスを見る。
「先生が、教えるの下手だったので」
レイナスが止まった。
「俺?」
「はい」
「そこ俺の責任なのか?」
「かなり」
ネーナがすぐ笑う。
「やっぱりレイナス、教えるの下手なんだ」
「お前まで乗るのか」
アーミアも少し笑いながら続ける。
「先生は、自分では昔から感覚で使えてしまうんです。それを他の人が分かるように説明するのが苦手で」
ロックオンが面白そうに聞く。
「例えば?」
「『そこにあるだろ』とか」
レイナスが小さく頷いた。
「言いそうだな」
「『流せば分かる』」
「……言いそうだ」
「『力むな。自然にやれ』」
少し沈黙。
アレルヤが苦笑する。
「できる人には分かるんだろうね」
ティエリアが冷静に言う。
「指導としては不適切だ」
「そこまで言うか?」
「事実だ」
アーミアが続けた。
「私は五十年以上《アニマ》を使ってきたので、先生に教わったことを自分なりに整理する時間がありました。だから今は、最初に何を感じればいいのか、どこでつまずきやすいのかも多少は説明できます」
クリスティナが笑う。
「じゃあ今のみんなが使えるのって、アーミアが未来から来た影響がかなり大きいんだ」
「そうなると思います」
レイナスは刹那たちを見る。
今の世界では、すでに未来の自分一人だけが持っていた技術が他者へ伝わり始めている。
「なら、それでいいだろ」
アーミアが少し驚く。
「先生、あっさり認めますね」
「結果出てるのに張り合ってどうする。教えるのはお前の方が向いてる」
ネーナがアーミアの袖を掴む。
「じゃあ私は当たり引いたんだ」
「まだ安定して光らせるところですよ」
「でも未来より早いんでしょ?」
「それはそうですけど」
レイナスが肩をすくめる。
「先生役は任せた」
アーミアが笑った。
「先生が先生役を放棄しました」
「得意な奴がやる方がいいだろ」
◇
戦闘映像は、さらに厳しい局面へ進んだ。
人類側がどれだけELSを撃破しても、銀色の海そのものはほとんど減っているように見えない。
クアンタを前へ進めながら、地球側の防衛線も維持しなければならない。
そこで全軍通信が開いた。
未来のカティ・マネキン。
『全艦隊へ。目標を変更する』
スメラギが画面へ意識を集中する。
『ELSの撃破数は問題ではない』
地球連邦軍の艦艇、GN-X IV、ブレイヴ、ソレスタルビーイングのガンダム。全ての戦力が、徐々に同じ目的へ動きを揃えていく。
『ダブルオークアンタの進路を確保しろ』
現在のスメラギの表情が変わった。
『我々が勝つ必要はない。一機を――届ければいい』
艦砲射撃が銀色の群れを押し退ける。
その瞬間から、作戦の意味そのものが変わっていた。
リボンズが静かに言う。
「殲滅から、対話者の輸送へ」
「ええ」
スメラギも頷く。
「ELSを何体倒したかじゃない。刹那を中枢へ届けられるかどうかが勝利条件になった」
ロックオンが戦場全体を見る。
「だから、こんだけの戦力が一機のために道を作ってるのか」
「そういうことね」
◇
そして、映像に未来のアーミアが映る。
プトレマイオス2のブリッジで銀色の右手を露出し、目を閉じていた。
やがて目を開き、戦域図の一点を指す。
『そこ……そこなら、届く気がします』
座標がクアンタへ送られる。
ネーナが現在のアーミアを見る。
「アーミアも道案内してる」
「そういう言い方すると簡単そうですね」
「違うの?」
「私も必死だったんです」
刹那が聞く。
「この時、ELSの中枢が分かったのか?」
「はっきり『そこが中枢だ』と分かったわけではありません。ただ、あの膨大なELSの中で、そこだけ何かが違って感じられました」
「そこなら届くと思った」
「はい」
「分かった」
刹那は再び画面へ視線を戻した。
◇
最後の局面。
クアンタの前に巨大なELS群が集まり、進路を完全に塞ごうとする。
サバーニャ、デュナメス・ヴァリアント、ハルート、ラファエル、ブレイヴ、GN-X IV。そして連邦軍艦隊。
全てが同じ方向へ火力を集中した。
その中央で、損傷を抱えたアルティオール・ネクストが右腕を前へ向ける。
『最後に一発だけ、道を買ってやる』
青白い《アニマ》が収束する。
次の瞬間、《アニマブラスト》が放たれた。
巨大な青白い奔流へ、TRANS-AM状態の各機と連邦軍艦隊の砲撃が重なる。銀色の壁が押し開かれ、その中央にクアンタ一機が通れる道が生まれた。
『後は――お前の仕事だ』
ダブルオークアンタが加速し、その道を抜けてELS本体へ到達する。
そこでアーミアが映像を止めた。
しばらく誰も声を出さなかった。
その静寂の中、ミライが真剣な顔で手を上げる。
「レイナスさん」
「何だ?」
ミライは停止した映像に残る青白い光を指した。
「レイナスさんが最後に放った一撃、あれが《レイヴン・バースト》ですか?」
数秒。
レイナスは何も言わなかった。
そして、はっきり答えた。
「違う」
「違うんですか?」
「《アニマブラスト》だ」
ミライはもう一度映像を見る。
「ですが、映画の《レイヴン・バースト》と非常によく似ています」
「そりゃ元ネタにはされてるだろうな」
クリスティナが笑い出した。
「やっぱり本物があったんじゃない」
「技そのものがあるのと、あの名前を認めるのは別だ」
ネーナが嬉しそうに身を乗り出す。
「超絶究極――」
「言わなくていい」
「レイヴン・バーストォォォォッ!」
「だから違う」
ミライは完全に研究対象を見る顔になっていた。
「つまり《レイヴン・バースト》は、実在した《アニマブラスト》を映画用に改名し、演出を大幅に強化した必殺技ということですね」
「そこまで丁寧にまとめなくていい」
アーミアが思い出したように口を挟む。
「未来のティエリアさんがヴェーダを通して映画会社へ情報提供していたなら、この戦闘記録も制作側が見ていた可能性は高いですね」
ティエリアの眉間に皺が寄る。
「未来の僕は《アニマブラスト》という正式名称まで渡したはずだ」
「たぶん映画会社が変えたんでしょうね」
クリスティナが答える。
「その方が格好いいから」
「格好いいか?」
「私は好きだけど」
レイナスが嫌そうな顔をする。
「超絶究極まで付いてるんだぞ」
ミライは真顔で返した。
「観客には非常に分かりやすいです」
「俺には分からない」
アーミアが小さく笑う。
「人気技でしたよ」
「お前、応援上映で叫んでた側だろ」
「はい」
「そこは少しくらい否定してくれ」
「何度も見てるのに今さら無理です」
レイナスは額を押さえた。
「真面目にELS戦の資料見てたはずなんだけどな……」
スメラギが苦笑する。
「でも、映画との違いも分かりやすかったでしょう?」
ミライは頷いた。
「はい。映画ではレイヴン一人が大群を吹き飛ばして道を作ったような印象でした。でも実際には、レイナスさんの《アニマブラスト》だけではありません」
停止した映像には、青白い光だけではなく、無数の砲撃が重なっている。
「全員で作った道だったんですね」
レイナスは画面を見たまま答えた。
「一人でどうにかなる数じゃないからな」
◇
笑いが収まったあと、スメラギが改めて戦闘記録を表示した。
「さて。ここからが本題ね」
スクリーンに五つの項目が並ぶ。
《対話》
《中枢到達》
《地球圏防衛》
《地球圏との協力》
《木星圏・空間異常監視》
「未来の戦いをそのまま再現する必要はない。でも、必要だった役割はかなりはっきりしてる」
まず一つ目。
「ELSと対話するための機体」
刹那が言う。
「ダブルオークアンタ」
「ええ。イアン、研究できる?」
イアンは未来資料を見ながら唸った。
「調べることはできる。ただし、未来の設計図をそのまま引き写す気はないぞ。今の技術と、今の刹那に合う形にする」
刹那が頷く。
「それでいい」
レイナスが横から言う。
「ELSが来なくても使える機体にしておいた方がいいだろ。刹那の能力を生かすガンダムなら、無駄にはならない」
「珍しくまともなことを言うな」
「俺を何だと思ってるんだ?」
「新型機を見たら乗りたがる男」
「否定はしないけど、今回はそういう話じゃない」
◇
次にスメラギは《中枢到達》を指した。
「クアンタがあっても、中枢まで届かなければ意味がない。未来ではレイナスが先頭に立って道を作った」
アーミアが補足する。
「ただ、今の先生に対して、この世界のELSが未来と同じ反応をする保証はありません」
「分かってる」
レイナスは映像の中で逃げていくELSを見る。
「お前の右手にいるELSは俺を避ける。でも、それをそのまま全ELSへ当てはめるのは早い」
「はい」
「候補として覚えておく。それくらいでいいだろ」
スメラギも頷く。
「それでいいわ」
そして三つ目。
《地球圏防衛》。
「未来の映像を見る限り、刹那を中枢へ送っている間も地球側の戦線は維持しなければならない」
ロックオンが苦笑する。
「しかも、あの数相手にか」
「そうなる」
アレルヤが静かに続ける。
「だから僕たちの戦力も必要になる」
ティエリアも現在と未来の映像を比較する。
「ただし、この世界の僕たちには、未来の戦闘記録にはなかった選択肢がある」
《アニマ》。
そして《オーバーライズ》。
未来ではレイナス一人しか辿り着かなかった技術が、すでに複数人へ伝わり始めている。
刹那はすでに完全な《オーバーライズ》を使える。
ロックオン、アレルヤ、ティエリアも機体の一部へ《アニマ》を通せる段階まで来ている。
アーミアが言った。
「だから、未来と同じ戦力配置にはならないと思います」
レイナスも頷く。
「なる必要もない。未来より使える手札が増えてるなら、その分別のやり方を考えればいい」
◇
四つ目。
《地球圏との協力》。
未来映像では、最後にソレスタルビーイングと地球連邦軍が一体になっていた。
スメラギは、その場面を再び映す。
「ELSが本当に来るなら、私たちだけでは足りない」
リボンズが言う。
「つまり今後のソレスタルビーイングの活動そのものが、ここへ繋がる可能性もある」
「そうね」
「世界から敵としか認識されていないままでは、いざという時に協力を求めても遅い」
ティエリアがリボンズを見る。
「君が協調を語るようになるとはな」
「人間は変わるんだろう?」
リボンズは刹那を見る。
「君にそう言われたからね」
刹那は短く答えた。
「ああ」
◇
最後。
木星。
ワームホール。
スメラギが言う。
「ただし、全部の前提を忘れないで」
スクリーンから未来の戦場が消える。
「ELSは来ないかもしれない」
ネーナが尋ねる。
「じゃあ、来なかったら?」
レイナスが答えた。
「何も起きなくて良かった。それで終わりだろ」
「クアンタとか作ってても?」
「ガンダム一機増えて困る奴いるか?」
イアンが即座に反応する。
「維持する側は困る!」
「そこは悪かった」
「まだ作っとらん!」
アーミアが笑う。
スメラギも少しだけ表情を緩めた。
「来ないなら、それが一番いい。未来で起きたことを、こっちでも起こす必要はないわ」
「はい」
アーミアは木星を見る。
「でも、もし私の知っているものとよく似たワームホールが木星付近に現れたら」
「その時は警戒段階を一気に上げる」
スメラギが続ける。
「ヴェーダで解析。アーミアの記録と照合。その上で必要なら地球側にも情報を出す」
リボンズも異論はない。
「未来の戦闘記録を見る限り、隠してソレスタルビーイングだけで処理できる相手ではないからね」
◇
会議が終わりかけた頃、刹那は停止したクアンタの映像を見ていた。
アーミアが声をかける。
「刹那?」
「未来の俺は《オーバーライズ》を使っていない」
「はい」
「今の俺は使える」
「はい」
刹那は一度、自分の手を見る。
「なら、同じ戦いにはならない」
アーミアが頷いた。
「そうですね」
レイナスも横から画面を見る。
「未来の映像は答えじゃない。こういう戦い方で一度乗り切ったってだけだ」
アーミアが少し笑う。
「先生にしては分かりやすい説明ですね」
「まだ教えるの下手な話引っ張るのか?」
「五十年以上苦労したので」
「重いな」
ネーナが笑う。
「でも今はアーミアが教えてるから大丈夫」
「そうだな。そこは任せる」
「本当にあっさり任せますね」
「向いてる奴がやればいい」
レイナスはそう言ってから、スクリーンに残っている未来のアルティオール・ネクストへ視線を移した。
その隣にはクアンタ。
そして無数のELS。
この世界で同じ光景を見ることになるかは分からない。
木星にワームホールが現れない可能性もある。
ELSが最後まで来ない未来もある。
それなら、それでいい。
だが、もし再びあの空間が開き、銀色の来訪者が姿を現したとしても。
今度は何も知らない人類が、いきなり銀色の海へ放り込まれるわけではない。
そして何より。
未来と同じ戦いをする必要もなかった。