西暦2308年――中東・旧紛争地域上空
エクシアと赤い機体が正面から激突した。
GNソードとビームサーベルがぶつかり、弾けた粒子が荒れた大地の上へ散っていく。
『ハハハハハッ! いいじゃねえか!』
サーシェスが笑う。
『前にやった時より動きが良くなってやがる!』
「お前も変わらない」
刹那は冷静に刃を押し返した。
「戦うことしか考えていない」
『それの何が悪い!』
赤い機体が一度距離を取り、すぐさま角度を変えて突っ込んでくる。
速い。
単純な性能だけではない。サーシェス自身が戦場で生き続けてきた人間だった。
相手の癖を見る。
狙いを読む。
躊躇を利用する。
そうやって何年も戦争の中を渡り歩いてきた。
だが。
今の刹那も、以前の刹那ではない。
振り下ろされた刃を最小限の動きで外し、エクシアが相手の懐へ入る。
サーシェスが反応するより先に、GNソードの柄が赤い機体の胸部を打った。
『ぐっ……!』
「俺はもう、お前に教えられた戦い方だけで戦っていない」
エクシアが離れる。
サーシェスは一瞬黙り、それからまた笑った。
『だから面白えんだろうが!』
◇
少し離れた空域では、デュナメスが残ったGN-Xを狙っていた。
ロックオンの視界にはサーシェスも入っている。
撃てる。
距離も十分。
だが、今は照準を向けない。
眼下では、まだ最後尾の避難車両が戦闘区域から抜け切っていなかった。
『ロックオン、右から一機抜けます!』
フェルトの声。
「見えてる」
デュナメスの銃口が動く。
発射。
GN-Xの右腕がライフルごと吹き飛んだ。
敵機が体勢を崩したところへ、キュリオスが接近する。
『もらうよ!』
アレルヤが脚部を斬り落とし、そのまま機体を地上へ落とした。
「これで四機目か」
『残り一機』
ティエリアの声が返る。
ヴァーチェのGNバズーカが最後のGN-Xの進路を塞ぐ。
その先にはスローネアイン。
ヨハンは正面から撃破しようとはせず、逃走経路だけを潰した。
『降伏を勧告する』
返事はない。
GN-Xが無理に突破しようとする。
『ならば無力化する』
アインの射撃が推進器を破壊した。
機体が降下していく。
ネーナのドライがすぐにその下へ回り、避難車列の方向へ落ちないよう機体を押し出した。
『危なっ……!』
『ネーナ、無理をするな』
『だって下に人いるじゃん!』
ヨハンが一瞬黙る。
『……そうだな』
ネーナが少し得意そうに笑った。
◇
戦場の中央。
サーシェスはエクシアと斬り結びながら、周囲の状況も見ていた。
五機いたGN-Xは、すでに全て戦闘能力を失っている。
『ったく、使えねえな』
その一言がオープン回線へ流れた。
ロックオンの目が鋭くなる。
「使えねえ?」
『あ?』
「お前にとっちゃ、一緒に戦ってた連中もその程度か」
『傭兵なんざそんなもんだろ。勝てりゃ使える。負けりゃそこまでだ』
サーシェスは当然のように答えた。
ロックオンは、少し前にブリーフィングルームで聞いた言葉を思い出した。
使えるかどうか。
当時のリボンズも、サーシェスをそう見ていた。
だが。
目の前の男はさらに単純だった。
人間ですら。
戦争を続けるための道具にしか見えていない。
「一つ聞かせろ」
ロックオンが通信を開いた。
サーシェスがエクシアの攻撃を受けながら笑う。
『今度は何だ、狙撃屋』
「KPSAの自爆テロ」
一瞬。
刹那の動きも止まりかけた。
ロックオンは続ける。
「俺の家族は、それで死んだ」
サーシェスから、すぐには返事がなかった。
やがて。
『へえ』
それだけだった。
ロックオンの眉が動く。
「……へえ?」
『悪いな。覚えてねえ』
声に罪悪感はない。
『KPSAが何回爆弾使ったと思ってんだ。どこの誰が巻き込まれたかなんざ、一々覚えてられるかよ』
ロックオンの指が操縦桿を強く握った。
サーシェスはさらに続けた。
『家族が死んだ? そりゃ運が悪かったな』
「てめえ……!」
デュナメスのライフルが動く。
だが。
発射する直前。
フェルトの声が入った。
『ロックオン! 避難車列最後尾、あと一分で安全圏です!』
照準の中。
サーシェス。
その向こう。
まだ走っている車両。
ロックオンは歯を食いしばった。
数秒。
そして。
銃口を下げる。
「……一分だ」
『あ?』
「あと一分待ってろ」
サーシェスが一瞬黙る。
「その間は仕事する」
デュナメスが反転した。
サーシェスではない。
避難車列へ近づこうとしていた、まだ武装の残っているGN-Xへ狙いを定める。
一発。
機体の武器が吹き飛んだ。
サーシェスが大声で笑った。
『ハハハハハッ! 家族の仇が目の前にいるのに、そっち行くのかよ!』
「お前が家族を直接殺したって証拠はねえ」
ロックオンは次の照準を合わせる。
「それに――」
発射。
もう一機の武装を破壊する。
「ここにいる連中を見殺しにしてお前を撃ったら、俺までお前と同じになる」
サーシェスの笑いが。
ほんの僅かに止まった。
◇
刹那は、その言葉を聞いていた。
サーシェスも。
そしてロックオンも。
どちらもKPSAという過去へ繋がっている。
自分も同じだった。
かつて。
神のために戦えば救われると信じた。
サーシェスに与えられた銃を持ち。
言われるまま敵を殺した。
その結果。
自分が何を壊してきたのかを知った。
「サーシェス」
『何だよ』
「お前は変わらない」
『ああ?』
「昔から」
エクシアが一歩前へ出る。
「人を戦わせる」
もう一歩。
「人を殺させる」
GNソードを構える。
「それを見て楽しむ」
サーシェスが笑う。
『分かってんじゃねえか』
「だから」
刹那の声は静かだった。
「止める」
サーシェスの機体が一気に距離を詰めた。
『やってみろよ!』
激突。
刃が交差する。
だが今度は。
エクシアが押し負けなかった。
◇
『避難車列、安全圏へ入りました!』
フェルトの声が戦場へ届いた。
スメラギが即座に命令する。
『全機、避難作戦終了。残存敵機を無力化した後、刹那を支援して!』
「了解!」
アレルヤ。
『了解した』
ティエリア。
『分かった!』
ネーナ。
『ようやくこっちか』
ミハエル。
ヨハンも機体をサーシェスの方向へ向ける。
その直後。
ロックオンのデュナメスも反転した。
「刹那」
「ああ」
「今からは付き合う」
サーシェスが二機を見る。
『二人がかりかよ』
「不満か?」
ロックオンの声に、今度は迷いがない。
『むしろ歓迎だ!』
赤い機体が急上昇する。
刹那が追う。
エクシア。
その後方。
デュナメス。
近距離と遠距離。
二機が同時にサーシェスを捉える。
◇
刹那が斬り込む。
サーシェスが受ける。
その瞬間。
ロックオンが撃つ。
サーシェスは機体を捻って回避するが、完全には避けきれない。
肩部装甲が弾ける。
『チッ!』
エクシアがさらに踏み込む。
サーシェスは刃を振り、強引に距離を作った。
そこへ二発目。
今度は脚部を掠める。
『鬱陶しい狙撃しやがって!』
「褒め言葉として受け取っとく」
ロックオンの声は落ち着いていた。
先ほどまでの怒りが消えたわけではない。
むしろ。
消えるはずもない。
それでも。
怒りに引き金を引かせてはいない。
狙う。
呼吸。
撃つ。
敵の逃げ道を潰す。
自分が何のためにガンダムへ乗っているのか。
それだけは忘れない。
◇
サーシェスも二人の連携をすぐに理解した。
刹那に集中すれば撃たれる。
ロックオンへ向かえば刹那が追う。
ならば。
別の手を使う。
『だったら――』
赤い機体が突然下降した。
その先。
破壊された集落。
さらに奥には避難を終えていない小規模な民間施設が残っている。
ロックオンがすぐに気づく。
「刹那!」
「分かっている!」
サーシェスが地表すれすれを飛ぶ。
『さあ、どうする!』
刹那が追う。
だがサーシェスは民間施設の前を横切りながら射撃姿勢を取った。
『こいつら守りながら俺とやれんのか!?』
「やめろ!」
エクシアが加速する。
しかし。
その前に。
青白い光が地上へ落ちた。
レイナスのGN-X。
サーシェスと民間施設の間へ入る。
ビームをシールドで受け止めた。
『そういうのは感心しないな』
サーシェスが舌打ちする。
『またてめえか』
『さっきからいるぞ』
『邪魔すんな!』
『民間人を盾にしてる奴に言われてもな』
レイナスは機体を動かさない。
『刹那』
「ああ」
『後ろは気にするな』
サーシェスが笑う。
『一機で守れると思ってんのか!』
『一機じゃない』
直後。
ドライがレイナスの横へ降りた。
『私もいる!』
アイン。
ツヴァイ。
さらにキュリオスとヴァーチェも続く。
ネーナがサーシェスを見る。
『ここには撃たせないから!』
ヨハンも砲口を構える。
『周辺の民間区域はこちらで守る。刹那、ロックオン。そちらへ集中しろ』
ミハエルが笑った。
『こっち抜けると思うなよ』
サーシェスの笑いが。
初めて少しだけ薄れた。
◇
「これで」
ロックオンのデュナメスが狙撃姿勢へ入る。
「逃げ道に民間人は使えねえぞ」
『だったら力ずくで抜けるだけだ!』
サーシェスが再び上昇。
刹那が追う。
エクシアが斬り込む。
一撃。
二撃。
三撃。
サーシェスも受ける。
反撃。
刹那が回避。
そして。
一瞬。
赤い機体の姿勢が崩れた。
ロックオンには十分だった。
「そこだ」
発射。
ビームが赤い機体の武器を直撃した。
爆発。
サーシェスが大きく体勢を崩す。
刹那が一気に間合いへ入った。
GNソード。
振り下ろす。
サーシェスが辛うじて残った刃で受ける。
だが。
今度は押し返せない。
『ぐっ……!』
「終わりだ」
刹那が押し込む。
その時。
サーシェスの機体から複数の閃光が放たれた。
目眩まし。
同時に煙とGN粒子が拡散する。
「何!」
ロックオンが照準を失う。
サーシェスはその一瞬を逃さなかった。
機体を反転。
全速で戦域から離脱する。
「サーシェス!」
刹那が追おうとする。
だが。
レイナスの声。
『刹那、待て』
「まだ追える」
『追える。でも今追えば一人になる』
刹那が止まる。
サーシェスはそれを見たのか、オープン回線で笑った。
『どうした! 今度も来ねえのか、刹那!』
刹那の手に力が入る。
それでも。
動かなかった。
「逃げろ」
『あ?』
「次は逃がさない」
サーシェスの笑い声が返る。
『言うようになったじゃねえか!』
そして。
赤い機体は地平線の向こうへ消えた。
◇
デュナメスも追わなかった。
ロックオンは照準画面から消えた反応を、しばらく無言で見ていた。
レイナスが通信を開く。
『いいのか?』
『何が』
『お前も追える距離だった』
ロックオンは少しだけ間を置く。
『さっき自分で言ったろ』
『何を?』
『次に見つける』
それだけ言って、デュナメスは地上へ視線を向けた。
避難民は無事。
所属不明のGN-X五機も確保できている。
サーシェスは逃した。
だが。
任務には失敗していない。
むしろ。
今まで曖昧だった男の存在が、はっきりと現実になった。
「次は」
ロックオンが小さく呟く。
「ちゃんと終わらせる」
◇
同日――プトレマイオス・ブリーフィングルーム
帰投後。
回収したGN-Xの解析と並行して、サーシェスの追跡が始まった。
リボンズはヴェーダへ接続し、古い記録を呼び出している。
「アレハンドロがサーシェスを雇っていた時期の記録を洗い直してみた」
ロックオンが腕を組む。
「今さら役に立つのか?」
「同じ雇用主はいない。だが、人間が急に別人になるわけでもない」
リボンズは複数の記録を表示する。
「アレハンドロとの契約時に使っていた仲介、連絡経路、活動地域。そこから現在の動きと重なるものを探す」
ティエリアが横から確認する。
「ヴェーダに完全な記録が残っているわけではない」
「分かっている。それでも何もないところから探すよりはいい」
ロックオンがリボンズを見る。
少し前までなら。
この男が持っている情報を使うこと自体に抵抗を覚えたかもしれない。
今も感情的には気に入らない。
それでも。
「頼む」
リボンズの手が一瞬止まった。
「僕に?」
「他に誰が知ってんだよ」
「そうだね」
リボンズは再びヴェーダへ意識を向ける。
「分かった」
◇
刹那は少し離れた場所で、サーシェスの戦闘記録を見ていた。
アーミアが隣へ来る。
「逃げられましたね」
「ああ」
「悔しい?」
刹那は少し考えた。
「前なら追っていた」
「今は?」
「追わなかった」
「それは見てました」
「逃げたことより」
刹那は画面に映る赤い機体を見る。
「止められなかったことが悔しい」
アーミアはそれを聞いて。
少しだけ笑った。
「なら、次ですね」
「ああ」
刹那が頷く。
その時。
リボンズが画面を切り替えた。
「一つ、気になるものが出た」
全員の視線が集まる。
古い記録。
そして。
現在の情報。
二つの点が重なる。
リボンズが続けた。
「まだ確定じゃない。ただ、アレハンドロがサーシェスを使っていた頃の活動経路と、今回確認されたGN-Xの移動経路に共通する地域がある」
スメラギが見る。
「場所は?」
リボンズが座標を表示する。
ロックオンの目が細くなった。
刹那も画面を見る。
サーシェスとの戦いは。
まだ終わっていなかった。