西暦2308年――プトレマイオス・ブリーフィングルーム
サーシェスとの交戦から二日後。
ヴェーダ上には、中東から北アフリカへ延びる複数の輸送経路が表示されていた。その大半は数年前に使われなくなったものだったが、リボンズが抽出した一つだけ、現在も断続的に物資が動いている経路がある。
「アレハンドロがサーシェスを使っていた頃、表に出せない物資の受け渡しに使っていた経路だ」
リボンズが一地点を拡大した。
表示されたのは、砂漠地帯に残された旧鉱業施設だった。採掘事業の撤退後はほとんど使われていないはずだが、今回回収したGN-Xの航法記録にも、その周辺を通過した痕跡が残っている。
スメラギが腕を組んだ。
「本人がいる確証は?」
「ない。ただ、今回使われていたGN-Xと、アレハンドロ時代の連絡経路がここで重なっている。偶然として片付けるには少し出来すぎているね」
「十分だ」
刹那が答える。
ロックオンも画面を見たまま頷いた。
「行って確認すりゃ分かる」
スメラギは二人を見る。
前回の戦闘とは違う。
今回は避難民を守るための偶発的な接触ではない。最初からアリー・アル・サーシェスを追う作戦だった。
「念のため言っておくけど、目的は殺害じゃないわ。武装解除して確保できるなら、それが最優先」
「分かってる」
ロックオンが答えた。
刹那も短く頷く。
「だが、抵抗するなら止める」
「ええ。その判断は任せる」
少し離れたところでレイナスが資料を眺めていた。
「俺たちは外を塞げばいいか?」
スメラギが頷く。
「レイナスとトリニティは外周。アレルヤとティエリアは周辺に別部隊がいないか確認して。中へ入るのは刹那とロックオン」
ロックオンが横を見る。
「随分気を遣ってくれるじゃねえか」
「戦力配置よ」
スメラギは即答した。
「そういうことにしとくか」
レイナスが口元を少し緩める。
「二人で足りなかったら呼べ。わざわざ無理して格好つける必要もないだろ」
「誰が格好つけるって?」
「今そうやって反応した奴だな」
「お前な……」
刹那が二人を見る。
「行くぞ」
ロックオンは溜息をついた。
「はいはい」
◇
西暦2308年――北アフリカ・旧鉱業施設
日が傾き始めた砂漠に、巨大な採掘設備の残骸が影を落としていた。
エクシアとデュナメスは施設から数キロ離れた岩場へ降下し、そこから地上すれすれを進んでいく。上空にはレイナスたちが展開しているが、施設側から目立たないよう距離を取っていた。
『熱源反応は?』
ロックオンが聞く。
フェルトから返事が来る。
『施設地下に複数。人間と思われる反応が七。MS級反応が一つあります』
「一機」
刹那が呟く。
『それと、施設内部に擬似GN粒子の残留反応。前回交戦した機体と一致する可能性が高いです』
ロックオンが息を吐いた。
「当たりか」
スメラギの声が続く。
『まだ断定しないで。投降勧告を入れるわ』
施設全域へ通信が開かれた。
『こちらはソレスタルビーイング。施設内の武装勢力へ通告します。武装を解除し、MSを停止してください。抵抗しなければ攻撃は行いません』
返事はなかった。
十秒。
二十秒。
ロックオンが周囲を見る。
「素直に出てくるとは思ってないけどな」
その瞬間だった。
施設上部の壁が内側から吹き飛んだ。
「来る!」
赤い機体が砂煙を突き破って飛び出す。
同時に通信回線へ聞き慣れた笑い声が流れた。
『本当に来やがった!』
サーシェス。
『律儀だねえ、ソレスタルビーイング!』
エクシアがGNソードを構える。
デュナメスもライフルを上げた。
刹那が言う。
「アリー・アル・サーシェス。投降しろ」
一瞬の沈黙。
そして。
『ハハハハハッ!』
サーシェスは腹を抱えるように笑った。
『お前が俺に投降しろってか、クルジスのガキ!』
「刹那・F・セイエイだ」
『何度言われても似合わねえな!』
赤い機体がビームを放つ。
エクシアが横へ飛び、背後の岩盤が爆ぜた。
投降の意思はない。
それだけは十分に伝わった。
◇
サーシェスが先に動いた。
刹那へ正面から突っ込みながら、途中で軌道を変える。
狙いはデュナメス。
「俺か!」
ロックオンが機体を後退させながら射撃する。
一発。
サーシェスは避ける。
二発。
今度はシールドで逸らした。
『前みたいに後ろで撃ってるだけじゃねえんだろ!』
「狙撃屋に前へ出ろって言う方がおかしいんだよ!」
ロックオンが返しながら距離を取る。
その横からエクシアが入った。
GNソードが赤い機体の進路を塞ぐ。
サーシェスは即座に刃を受け止めた。
『邪魔すんな、刹那!』
「お前の相手は俺だ」
『そいつも俺に用があるんだろ?』
鍔迫り合いのまま、サーシェスが笑う。
『家族をKPSAに吹っ飛ばされたんだったな!』
ロックオンの表情が硬くなった。
刹那が押し込む。
「黙れ」
『何だ? 気ぃ遣ってんのか?』
「違う」
エクシアが一度距離を取る。
「お前が話す必要はない」
『面白くねえ奴になったな!』
サーシェスが追う。
だが、その軌道上へロックオンの射撃が飛び込んだ。
赤い機体の肩を掠める。
「俺が聞きたいことは一つだけだ」
『あ?』
ロックオンが照準を合わせる。
「俺の家族が死んだ自爆テロ。お前が直接関わってたのか?」
サーシェスは少し黙った。
記憶を探しているようにも見えた。
やがて。
『知らねえな』
「……そうか」
『どこで起きたかも、何人死んだかも覚えてねえ。俺が直接指示したかもしれねえし、別の奴かもしれねえ』
笑い声が混じる。
『そんな昔の仕事、一々覚えてると思うか?』
ロックオンは撃たなかった。
怒りがないわけではない。
胸の奥では、今すぐ引き金を引けと言っている。
それでも答えは出た。
少なくとも、この男が家族を直接殺したと断定する材料はない。
だから。
「分かった」
『それだけかよ』
「ああ。それだけだ」
ロックオンの声は静かだった。
「俺は家族の仇だって決めつけて、お前を殺すつもりはない」
サーシェスの笑いが少し薄れる。
「でも、お前が今までやってきたことも、今やってることも消えねえ」
デュナメスの銃口が動く。
「だから止める」
◇
サーシェスが舌打ちした。
『どいつもこいつも、つまらねえこと言いやがって』
刹那を見る。
『お前もそうだ。昔はもっと単純だっただろうが』
「お前がそうした」
『俺が戦い方を教えてやったんだろ!』
「違う」
刹那は即答した。
「お前は俺を利用した」
サーシェスの機体が止まる。
ほんの一瞬。
「神のためだと言った。戦えば救われると言った。俺たちに武器を持たせた」
エクシアのGNソードが下がる。
攻撃を止めたわけではない。
構えが変わった。
「だが、俺はもうお前の言葉では戦わない」
『だったら何のために戦ってんだよ』
刹那は答えた。
「戦いを終わらせるためだ」
『ハッ!』
サーシェスが一気に加速した。
『戦争屋が一番嫌いな台詞だ!』
刃と刃が激突する。
◇
そこからのサーシェスは速かった。
正面から刹那と斬り合いながら、ロックオンの射線へ入らない角度を選び続ける。施設の構造物まで利用し、狙撃できる瞬間をほとんど与えない。
「やっぱ上手えな、あいつ」
ロックオンが舌打ちする。
刹那も理解していた。
サーシェスは強い。
戦争を楽しむ人間であることと、戦闘技術が高いことは別問題ではない。
だが。
今の刹那には、以前にはなかったものがある。
呼吸を整える。
意識を自分の身体だけに留めない。
腕。
脚。
視界。
そしてエクシア。
機体を操るのではない。
自分の身体として認識する。
青白い光がコクピットから機体へ広がった。
サーシェスが気づく。
『……何だ、それ』
ロックオンも目を細める。
「出すのか」
《オーバーライズ》。
青白い光がエクシアを包む。
『また変なもん覚えやがって!』
サーシェスが先に仕掛ける。
しかし。
今度は届かなかった。
エクシアが消えたように見えた。
『なっ――』
次の瞬間。
サーシェスの機体の武器が宙を舞った。
刹那はすでに背後にいる。
『てめえ!』
振り返ろうとした赤い機体の脚部を、GNソードが切り裂いた。
体勢が崩れる。
それでもサーシェスは止まらない。
残った武器を引き抜き、無理やりエクシアへ向ける。
ロックオンが撃った。
武器だけが吹き飛ぶ。
「終わりだ、サーシェス」
デュナメスの照準は機体の中心を捉えている。
刹那もGNソードを向けた。
「機体を停止しろ」
数秒。
何も起きない。
ロックオンが繰り返す。
「もう勝ち目ねえぞ。投降しろ」
サーシェスから返ってきたのは。
笑い声だった。
◇
『投降?』
サーシェスは笑っている。
『俺が?』
刹那の目が細くなる。
『戦争終わらせて、捕まって、それから何だ? 檻ん中で反省でもしろってか?』
「生きろ」
刹那が言った。
サーシェスの笑いが止まった。
「生きて、自分がやったことを見ろ」
『……お前』
低い声だった。
『本当につまらねえ奴になったな』
赤い機体が突然動いた。
残った片腕を施設側へ向ける。
フェルトの警告が響く。
『刹那! 施設内部に高熱源反応!』
ロックオンが気づく。
「まだ武装がある!」
サーシェスが笑った。
『なら最後まで戦争しようぜ!』
施設内部。
そこには、先ほど確認された六人の人間がまだ残っている。
サーシェスが発砲しようとする。
その瞬間。
刹那が動いた。
GNソードが腕を斬り落とす。
だが同時に、サーシェスの機体がエクシアへ体当たりする。
『刹那ぁぁぁっ!』
「くっ!」
二機がもつれる。
残った推進器を全開にし、サーシェスはエクシアごと施設へ突っ込もうとする。
ロックオンの照準に二機が重なった。
撃てない。
一瞬。
刹那の声が入る。
「ロックオン」
「分かってる!」
エクシアが機体を捻る。
サーシェスの機体だけが射線へ出る。
照準。
コクピット。
ロックオンの指が止まった。
家族の顔が浮かぶ。
両親。
妹。
だが。
引き金を引く理由は、それではなかった。
今、この男を止めなければ。
また誰かが死ぬ。
「……終わりだ」
発射。
GNビームが赤い機体の中心を貫いた。
動きが止まる。
サーシェスの声も。
止まった。
◇
エクシアが機体を押し離す。
赤い機体は力を失い、そのまま砂漠へ落下した。
砂煙が上がる。
爆発はしなかった。
ただ。
もう動かない。
刹那はしばらく、その機体を見ていた。
ロックオンもライフルを下ろしている。
誰も何も言わなかった。
やがてスメラギの声が通信へ入る。
『生命反応……ありません』
ロックオンは目を閉じた。
ほんの数秒。
それから開く。
「そうか」
それだけだった。
刹那が聞く。
「ロックオン」
「何だ?」
「……俺がやるべきだった」
ロックオンは少し考えてから答えた。
「違う」
エクシアがこちらを見る。
「俺が撃ったのは家族の仇だからじゃない」
ロックオンは落下した機体を見る。
「今あいつを止めなきゃ、また人を殺してた。それだけだ」
刹那は黙って聞いている。
「お前も同じだろ」
「ああ」
「なら、それでいいじゃねえか」
今度は刹那が頷いた。
◇
施設内部にいた六人は、サーシェスが雇っていた整備員と物資の仲介人だった。
武装解除後に拘束され、施設から複数のGN-X用部品や、各地の武装勢力との取引記録も回収された。それらは後の調査に回されることになった。
外周から戻ってきたレイナスは、砂漠に横たわる赤い機体を一度だけ見た。
「終わったか」
ロックオンが答える。
「ああ」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
レイナスは刹那を見る。
「お前は?」
「終わった」
「なら帰るか」
あまりにも普通の言葉だった。
刹那は一瞬だけレイナスを見てから頷いた。
「ああ」
◇
同日――プトレマイオス
帰投後。
ロックオンは一人で展望室にいた。
地球が窓の向こうに見える。
扉が開く。
刹那だった。
「またお前か」
「駄目か?」
「別に」
刹那が隣へ立つ。
しばらく二人とも何も言わなかった。
先に口を開いたのはロックオンだった。
「結局、分からなかったな」
「何がだ」
「あいつが俺の家族を殺した事件に、直接関わってたかどうか」
「ああ」
「でも、もういい」
刹那がロックオンを見る。
「いいのか?」
「よくはねえよ」
ロックオンは苦笑した。
「家族が帰ってくるわけでもない。KPSAがやったことも消えない。それにリボンズが知ってて利用してたことも、別に許したわけじゃない」
「そうか」
「でも、サーシェスを殺せば全部片付くと思ってたわけでもない」
窓の向こうを見る。
「今日撃ったのは、あいつがまた誰かを殺そうとしたからだ。それで十分だ」
刹那は少し黙ったあと、頷いた。
「俺も同じだ」
ロックオンが横を見る。
「お前の場合、あいつに人生滅茶苦茶にされたようなもんだろ」
「そうだ」
「恨んでる?」
「ああ」
即答だった。
ロックオンは少し笑った。
「そこは否定しねえんだな」
「する理由がない」
「そりゃそうか」
短い沈黙。
刹那が地球を見る。
「だが、もうあいつのために戦うことはない」
かつてはサーシェスに教えられた神のために戦った。
その過去は消えない。
それでも。
これから何のために戦うかは、自分で決められる。
ロックオンもそれ以上は何も言わなかった。
二人はただしばらく。
青い地球を見ていた。