機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第58話 過去との決着

 

西暦2308年――プトレマイオス・ブリーフィングルーム

サーシェスとの交戦から二日後。

ヴェーダ上には、中東から北アフリカへ延びる複数の輸送経路が表示されていた。その大半は数年前に使われなくなったものだったが、リボンズが抽出した一つだけ、現在も断続的に物資が動いている経路がある。

「アレハンドロがサーシェスを使っていた頃、表に出せない物資の受け渡しに使っていた経路だ」

リボンズが一地点を拡大した。

表示されたのは、砂漠地帯に残された旧鉱業施設だった。採掘事業の撤退後はほとんど使われていないはずだが、今回回収したGN-Xの航法記録にも、その周辺を通過した痕跡が残っている。

スメラギが腕を組んだ。

「本人がいる確証は?」

「ない。ただ、今回使われていたGN-Xと、アレハンドロ時代の連絡経路がここで重なっている。偶然として片付けるには少し出来すぎているね」

「十分だ」

刹那が答える。

ロックオンも画面を見たまま頷いた。

「行って確認すりゃ分かる」

スメラギは二人を見る。

前回の戦闘とは違う。

今回は避難民を守るための偶発的な接触ではない。最初からアリー・アル・サーシェスを追う作戦だった。

「念のため言っておくけど、目的は殺害じゃないわ。武装解除して確保できるなら、それが最優先」

「分かってる」

ロックオンが答えた。

刹那も短く頷く。

「だが、抵抗するなら止める」

「ええ。その判断は任せる」

少し離れたところでレイナスが資料を眺めていた。

「俺たちは外を塞げばいいか?」

スメラギが頷く。

「レイナスとトリニティは外周。アレルヤとティエリアは周辺に別部隊がいないか確認して。中へ入るのは刹那とロックオン」

ロックオンが横を見る。

「随分気を遣ってくれるじゃねえか」

「戦力配置よ」

スメラギは即答した。

「そういうことにしとくか」

レイナスが口元を少し緩める。

「二人で足りなかったら呼べ。わざわざ無理して格好つける必要もないだろ」

「誰が格好つけるって?」

「今そうやって反応した奴だな」

「お前な……」

刹那が二人を見る。

「行くぞ」

ロックオンは溜息をついた。

「はいはい」

     ◇

西暦2308年――北アフリカ・旧鉱業施設

日が傾き始めた砂漠に、巨大な採掘設備の残骸が影を落としていた。

エクシアとデュナメスは施設から数キロ離れた岩場へ降下し、そこから地上すれすれを進んでいく。上空にはレイナスたちが展開しているが、施設側から目立たないよう距離を取っていた。

『熱源反応は?』

ロックオンが聞く。

フェルトから返事が来る。

『施設地下に複数。人間と思われる反応が七。MS級反応が一つあります』

「一機」

刹那が呟く。

『それと、施設内部に擬似GN粒子の残留反応。前回交戦した機体と一致する可能性が高いです』

ロックオンが息を吐いた。

「当たりか」

スメラギの声が続く。

『まだ断定しないで。投降勧告を入れるわ』

施設全域へ通信が開かれた。

『こちらはソレスタルビーイング。施設内の武装勢力へ通告します。武装を解除し、MSを停止してください。抵抗しなければ攻撃は行いません』

返事はなかった。

十秒。

二十秒。

ロックオンが周囲を見る。

「素直に出てくるとは思ってないけどな」

その瞬間だった。

施設上部の壁が内側から吹き飛んだ。

「来る!」

赤い機体が砂煙を突き破って飛び出す。

同時に通信回線へ聞き慣れた笑い声が流れた。

『本当に来やがった!』

サーシェス。

『律儀だねえ、ソレスタルビーイング!』

エクシアがGNソードを構える。

デュナメスもライフルを上げた。

刹那が言う。

「アリー・アル・サーシェス。投降しろ」

一瞬の沈黙。

そして。

『ハハハハハッ!』

サーシェスは腹を抱えるように笑った。

『お前が俺に投降しろってか、クルジスのガキ!』

「刹那・F・セイエイだ」

『何度言われても似合わねえな!』

赤い機体がビームを放つ。

エクシアが横へ飛び、背後の岩盤が爆ぜた。

投降の意思はない。

それだけは十分に伝わった。

     ◇

サーシェスが先に動いた。

刹那へ正面から突っ込みながら、途中で軌道を変える。

狙いはデュナメス。

「俺か!」

ロックオンが機体を後退させながら射撃する。

一発。

サーシェスは避ける。

二発。

今度はシールドで逸らした。

『前みたいに後ろで撃ってるだけじゃねえんだろ!』

「狙撃屋に前へ出ろって言う方がおかしいんだよ!」

ロックオンが返しながら距離を取る。

その横からエクシアが入った。

GNソードが赤い機体の進路を塞ぐ。

サーシェスは即座に刃を受け止めた。

『邪魔すんな、刹那!』

「お前の相手は俺だ」

『そいつも俺に用があるんだろ?』

鍔迫り合いのまま、サーシェスが笑う。

『家族をKPSAに吹っ飛ばされたんだったな!』

ロックオンの表情が硬くなった。

刹那が押し込む。

「黙れ」

『何だ? 気ぃ遣ってんのか?』

「違う」

エクシアが一度距離を取る。

「お前が話す必要はない」

『面白くねえ奴になったな!』

サーシェスが追う。

だが、その軌道上へロックオンの射撃が飛び込んだ。

赤い機体の肩を掠める。

「俺が聞きたいことは一つだけだ」

『あ?』

ロックオンが照準を合わせる。

「俺の家族が死んだ自爆テロ。お前が直接関わってたのか?」

サーシェスは少し黙った。

記憶を探しているようにも見えた。

やがて。

『知らねえな』

「……そうか」

『どこで起きたかも、何人死んだかも覚えてねえ。俺が直接指示したかもしれねえし、別の奴かもしれねえ』

笑い声が混じる。

『そんな昔の仕事、一々覚えてると思うか?』

ロックオンは撃たなかった。

怒りがないわけではない。

胸の奥では、今すぐ引き金を引けと言っている。

それでも答えは出た。

少なくとも、この男が家族を直接殺したと断定する材料はない。

だから。

「分かった」

『それだけかよ』

「ああ。それだけだ」

ロックオンの声は静かだった。

「俺は家族の仇だって決めつけて、お前を殺すつもりはない」

サーシェスの笑いが少し薄れる。

「でも、お前が今までやってきたことも、今やってることも消えねえ」

デュナメスの銃口が動く。

「だから止める」

     ◇

サーシェスが舌打ちした。

『どいつもこいつも、つまらねえこと言いやがって』

刹那を見る。

『お前もそうだ。昔はもっと単純だっただろうが』

「お前がそうした」

『俺が戦い方を教えてやったんだろ!』

「違う」

刹那は即答した。

「お前は俺を利用した」

サーシェスの機体が止まる。

ほんの一瞬。

「神のためだと言った。戦えば救われると言った。俺たちに武器を持たせた」

エクシアのGNソードが下がる。

攻撃を止めたわけではない。

構えが変わった。

「だが、俺はもうお前の言葉では戦わない」

『だったら何のために戦ってんだよ』

刹那は答えた。

「戦いを終わらせるためだ」

『ハッ!』

サーシェスが一気に加速した。

『戦争屋が一番嫌いな台詞だ!』

刃と刃が激突する。

     ◇

そこからのサーシェスは速かった。

正面から刹那と斬り合いながら、ロックオンの射線へ入らない角度を選び続ける。施設の構造物まで利用し、狙撃できる瞬間をほとんど与えない。

「やっぱ上手えな、あいつ」

ロックオンが舌打ちする。

刹那も理解していた。

サーシェスは強い。

戦争を楽しむ人間であることと、戦闘技術が高いことは別問題ではない。

だが。

今の刹那には、以前にはなかったものがある。

呼吸を整える。

意識を自分の身体だけに留めない。

腕。

脚。

視界。

そしてエクシア。

機体を操るのではない。

自分の身体として認識する。

青白い光がコクピットから機体へ広がった。

サーシェスが気づく。

『……何だ、それ』

ロックオンも目を細める。

「出すのか」

《オーバーライズ》。

青白い光がエクシアを包む。

『また変なもん覚えやがって!』

サーシェスが先に仕掛ける。

しかし。

今度は届かなかった。

エクシアが消えたように見えた。

『なっ――』

次の瞬間。

サーシェスの機体の武器が宙を舞った。

刹那はすでに背後にいる。

『てめえ!』

振り返ろうとした赤い機体の脚部を、GNソードが切り裂いた。

体勢が崩れる。

それでもサーシェスは止まらない。

残った武器を引き抜き、無理やりエクシアへ向ける。

ロックオンが撃った。

武器だけが吹き飛ぶ。

「終わりだ、サーシェス」

デュナメスの照準は機体の中心を捉えている。

刹那もGNソードを向けた。

「機体を停止しろ」

数秒。

何も起きない。

ロックオンが繰り返す。

「もう勝ち目ねえぞ。投降しろ」

サーシェスから返ってきたのは。

笑い声だった。

     ◇

『投降?』

サーシェスは笑っている。

『俺が?』

刹那の目が細くなる。

『戦争終わらせて、捕まって、それから何だ? 檻ん中で反省でもしろってか?』

「生きろ」

刹那が言った。

サーシェスの笑いが止まった。

「生きて、自分がやったことを見ろ」

『……お前』

低い声だった。

『本当につまらねえ奴になったな』

赤い機体が突然動いた。

残った片腕を施設側へ向ける。

フェルトの警告が響く。

『刹那! 施設内部に高熱源反応!』

ロックオンが気づく。

「まだ武装がある!」

サーシェスが笑った。

『なら最後まで戦争しようぜ!』

施設内部。

そこには、先ほど確認された六人の人間がまだ残っている。

サーシェスが発砲しようとする。

その瞬間。

刹那が動いた。

GNソードが腕を斬り落とす。

だが同時に、サーシェスの機体がエクシアへ体当たりする。

『刹那ぁぁぁっ!』

「くっ!」

二機がもつれる。

残った推進器を全開にし、サーシェスはエクシアごと施設へ突っ込もうとする。

ロックオンの照準に二機が重なった。

撃てない。

一瞬。

刹那の声が入る。

「ロックオン」

「分かってる!」

エクシアが機体を捻る。

サーシェスの機体だけが射線へ出る。

照準。

コクピット。

ロックオンの指が止まった。

家族の顔が浮かぶ。

両親。

妹。

だが。

引き金を引く理由は、それではなかった。

今、この男を止めなければ。

また誰かが死ぬ。

「……終わりだ」

発射。

GNビームが赤い機体の中心を貫いた。

動きが止まる。

サーシェスの声も。

止まった。

     ◇

エクシアが機体を押し離す。

赤い機体は力を失い、そのまま砂漠へ落下した。

砂煙が上がる。

爆発はしなかった。

ただ。

もう動かない。

刹那はしばらく、その機体を見ていた。

ロックオンもライフルを下ろしている。

誰も何も言わなかった。

やがてスメラギの声が通信へ入る。

『生命反応……ありません』

ロックオンは目を閉じた。

ほんの数秒。

それから開く。

「そうか」

それだけだった。

刹那が聞く。

「ロックオン」

「何だ?」

「……俺がやるべきだった」

ロックオンは少し考えてから答えた。

「違う」

エクシアがこちらを見る。

「俺が撃ったのは家族の仇だからじゃない」

ロックオンは落下した機体を見る。

「今あいつを止めなきゃ、また人を殺してた。それだけだ」

刹那は黙って聞いている。

「お前も同じだろ」

「ああ」

「なら、それでいいじゃねえか」

今度は刹那が頷いた。

     ◇

施設内部にいた六人は、サーシェスが雇っていた整備員と物資の仲介人だった。

武装解除後に拘束され、施設から複数のGN-X用部品や、各地の武装勢力との取引記録も回収された。それらは後の調査に回されることになった。

外周から戻ってきたレイナスは、砂漠に横たわる赤い機体を一度だけ見た。

「終わったか」

ロックオンが答える。

「ああ」

「そうか」

それ以上は聞かなかった。

レイナスは刹那を見る。

「お前は?」

「終わった」

「なら帰るか」

あまりにも普通の言葉だった。

刹那は一瞬だけレイナスを見てから頷いた。

「ああ」

     ◇

同日――プトレマイオス

帰投後。

ロックオンは一人で展望室にいた。

地球が窓の向こうに見える。

扉が開く。

刹那だった。

「またお前か」

「駄目か?」

「別に」

刹那が隣へ立つ。

しばらく二人とも何も言わなかった。

先に口を開いたのはロックオンだった。

「結局、分からなかったな」

「何がだ」

「あいつが俺の家族を殺した事件に、直接関わってたかどうか」

「ああ」

「でも、もういい」

刹那がロックオンを見る。

「いいのか?」

「よくはねえよ」

ロックオンは苦笑した。

「家族が帰ってくるわけでもない。KPSAがやったことも消えない。それにリボンズが知ってて利用してたことも、別に許したわけじゃない」

「そうか」

「でも、サーシェスを殺せば全部片付くと思ってたわけでもない」

窓の向こうを見る。

「今日撃ったのは、あいつがまた誰かを殺そうとしたからだ。それで十分だ」

刹那は少し黙ったあと、頷いた。

「俺も同じだ」

ロックオンが横を見る。

「お前の場合、あいつに人生滅茶苦茶にされたようなもんだろ」

「そうだ」

「恨んでる?」

「ああ」

即答だった。

ロックオンは少し笑った。

「そこは否定しねえんだな」

「する理由がない」

「そりゃそうか」

短い沈黙。

刹那が地球を見る。

「だが、もうあいつのために戦うことはない」

かつてはサーシェスに教えられた神のために戦った。

その過去は消えない。

それでも。

これから何のために戦うかは、自分で決められる。

ロックオンもそれ以上は何も言わなかった。

二人はただしばらく。

青い地球を見ていた。

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