機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第59話 ガンダムになる

 

西暦2308年――プトレマイオス・訓練宙域

四機のガンダムが、プトレマイオスから少し離れた宇宙空間に並んでいた。

エクシア。

デュナメス。

キュリオス。

ヴァーチェ。

少し離れた場所には、レイナスのGN-Xもいる。

ここ数日の訓練で、ロックオン、アレルヤ、ティエリアの三人も《アニマ》を機体の一部へ通せるところまでは来ていた。

ロックオンはデュナメスの右腕から肩。

アレルヤはキュリオスの脚部から推進系。

ティエリアはヴァーチェの胸部から肩、腕。

だが、三人ともそこで止まっている。

一部までは通る。

そこから先へ進めようとすると、不自然に流れが途切れる。

プトレマイオスのブリッジで、アーミアが三機のデータを見比べた。

「今日は、部位ごとに広げる練習をやめます」

ロックオンが通信越しに聞き返す。

『ここまでやっといて?』

「ここまでやったからです。このまま右腕、肩、胸、反対側の腕……と一つずつ広げていくより、考え方そのものを変えた方が早いでしょう」

『簡単に言ってくれるな』

「簡単なら、とっくに全員できています」

アーミアはあっさり返した。

「できないものを簡単だと言っても、誰も得しません」

少し間を置いて、レイナスの声が通信へ入る。

『その辺の言い方、少し俺に似てきてないか?』

「長く一緒にいると、避けられないものもあります」

『俺のせいみたいに言うな』

「半分くらいは」

『残り半分は?』

「年齢でしょうか」

『そっちは俺にはどうにもできないな』

ロックオンが笑う。

『妙に格好よく逃げたな』

『責任のないところまで背負うと長続きしない。世の中そういうもんだ』

『それっぽいこと言ってるけど、要するに逃げただけだろ』

『言い方を選べば処世術になる』

     ◆

アーミアは気を取り直した。

「三人が今やっているのは、《アニマ》を機体へ送るやり方です」

アレルヤが答える。

『実際、そこまでは通ってる』

「はい。でも、その認識だとずっと自分と機体が別なんです」

ティエリアが反応する。

『自分と機体の境界そのものが問題だと?』

「そうです」

そこでレイナスが口を挟んだ。

『前に刹那にも言ったけどな』

エクシアが僅かに顔を向ける。

レイナスは続けた。

『人間は目が二つ、腕が二本、脚が二本あっても、自分を部品の集まりだとは思わないだろ』

通信が静かになる。

『右腕を動かす時に、胸から肩へ力を送って、その次に肘、その次に手首なんて一々考えない。全部まとめて自分の身体だからな』

ロックオンが少し考えた。

『機体も同じように見ろってことか』

『そういうことだ』

レイナスは少し間を置いた。

『まあ、言うだけなら楽なんだけどな』

アーミアが続ける。

「先生の説明をもう少し噛み砕くと、今の皆さんは“ガンダムを動かしている自分”なんです」

『その言い方だと、何か悪いのか?』

「《オーバーライズ》では、そこをもう一段変えます」

アーミアは四機の機体図を表示した。

「ガンダムを操作している自分ではなく、ガンダムそのものを自分の身体として認識する」

「腕も脚も推進器もセンサーも、全部です」

刹那が静かに言った。

『つまり、ガンダムになる』

ロックオンが即座に返す。

『お前はそれで分かったんだろうけどな』

刹那は真顔だった。

『分かりやすい』

『お前にはな』

レイナスが苦笑する。

『だからこいつだけ話が早かったんだ。俺の説明が上手かったわけじゃない』

アーミアが頷く。

「そこは自覚があるんですね」

『自分でできるのと、人に教えられるのは別の仕事だからな。苦手な仕事まで得意な顔をすると、後で自分が困る』

『また格好よく逃げてるな』

『今日は逃げてないだろ。ちゃんと来てる』

     ◆

「まず刹那に見せてもらいます」

『分かった』

エクシアがゆっくり静止する。

次の瞬間。

青白い《アニマ》が機体全体へ広がった。

胸部から順番に。

腕から順番に。

そんな広がり方ではない。

エクシアという一つの存在全体へ、最初から同時に行き渡る。

《オーバーライズ》。

何度も見てきた現象だ。

だが、今までとは見る側の意識が違う。

アーミアが聞く。

「刹那。今、右腕に《アニマ》を送っていますか?」

『送っていない』

「脚部は?」

『意識していない』

「じゃあ、どこに?」

刹那は少し考えた。

『俺に』

ロックオンが溜息をつく。

『やっぱりお前の説明は補助教材がいるな』

『十分だ』

『結果を知ってる本人だけだろ』

レイナスが笑った。

『でも感覚としては合ってる。できた後ならな』

     ◆

続いてレイナスのGN-Xが前へ出る。

アーミアが頼む前に、レイナスは機体を静止させた。

『二例あった方が分かりやすいんだろ』

「助かります」

『見本を出すだけなら得意分野だ』

青白い光。

刹那よりも遥かに強い《アニマ》が、GN-X全体へ一気に通る。

機体の輪郭そのものが、青白い光で浮かび上がる。

ロックオンが呟いた。

『……同じことやってるようには見えねえな』

アレルヤも同意する。

『出力が違いすぎる』

レイナスが返す。

『そこは今比べなくていい。数字で殴られると説明の意味がなくなる』

アーミアが思わず笑った。

「先生自身が一番比較対象に向いてないんですよね」

『見本として呼んだのそっちだろ』

「仕組みを見る分には役に立ちます」

『役に立ったなら十分だ。評価まで欲張ると疲れるからな』

     ◆

最初はロックオンだった。

デュナメスが前へ出る。

『じゃあ、やってみるか』

これまでなら。

まず右腕。

肩。

胸。

そう考えていた。

だが。

今日はそれをやめる。

ロックオンは目を閉じた。

デュナメス。

何度も共に戦ってきた。

狙撃するための右腕だけではない。

ライフルを支える左腕。

機体を安定させる脚。

姿勢を制御するスラスター。

敵を見るセンサー。

コクピットを守る装甲。

一つ一つ。

わざわざ意識したことなどなかった。

全部まとめて。

デュナメス。

そして今は。

『……俺か』

アーミアがすぐに反応する。

「そのままです」

青白い光が灯る。

いつもの右腕ではない。

胸部。

左腕。

脚部。

複数箇所へ同時に広がる。

ロックオンが息を呑んだ。

『来た……!』

光が一気にデュナメス全体へ走る。

一度。

大きく揺らぐ。

ロックオンが立て直そうとして力を込めかける。

「そのまま!」

アーミアが止めた。

「掴もうとしないでください。腕を動かす時に、腕が落ちないように意識し続けたりしないでしょう」

『そう言われてもな……!』

「だから難しいんです」

それでも。

ロックオンは余計な力を抜いた。

青白い光が。

徐々に安定する。

デュナメス全体を覆った。

フェルトがブリッジで目を見開く。

「……できた」

アーミアも頷く。

「成立しています」

ロックオンがしばらく黙る。

そして。

『……これか』

刹那が答えた。

『ああ』

ロックオンは笑った。

『やっと同じところまで来たな』

『維持時間が違う』

『もう少し喜ばせろよ』

     ◆

次はアレルヤ。

キュリオスが前へ出る。

これまでは脚部。

そこから推進系。

アレルヤは、何度もそこまで成功していた。

だからこそ。

そこに意識が引っ張られる。

『脚からじゃない』

自分に言い聞かせる。

キュリオス。

MS形態。

飛行形態。

何度も姿を変える。

だが。

形が変わったからといって。

キュリオスが別の機体になるわけではない。

自分だって同じだ。

穏やかなアレルヤ。

荒々しいハレルヤ。

二つに分けて考えてきた。

だが。

どちらも自分の中にいる。

『おい』

ハレルヤの声。

『何だい』

『難しく考えすぎなんだよ』

アレルヤは苦笑した。

『君に言われるとは思わなかった』

『脚だの腕だの考えてる暇があるなら、全部まとめて動かせ』

『ずいぶん簡単に言うね』

『簡単に言うだけならタダだ』

アレルヤが一瞬黙った。

『……レイナスみたいなこと言わないでよ』

『知るか』

少し。

力が抜けた。

その瞬間だった。

青白い光が広がる。

脚部だけではない。

推進系だけでもない。

翼。

腕。

胸。

頭部。

キュリオス全体へ。

一気に。

『……!』

「そのままです!」

アーミアの声。

数秒。

十数秒。

青白い光が安定する。

「アレルヤも成立しました」

『本当に……できた』

ハレルヤが笑う。

『遅えんだよ』

『君も一緒にやってたでしょう』

『俺は最初から分かってた』

『絶対嘘だね』

     ◆

最後はティエリア。

ヴァーチェが静かに前へ出る。

ティエリアは理屈を理解していた。

おそらく三人の中で最も正確に。

だからこそ。

難しかった。

胸部。

肩。

腕。

脚。

GNドライヴ。

砲身。

推進器。

機体の各部を。

無意識に個別の構造として分析してしまう。

『……』

アーミアは何も言わなかった。

刹那も。

レイナスも。

待つ。

ティエリアは目を閉じた。

これまで。

自分自身すら。

機能で考えていた。

ヴェーダに接続するための存在。

計画を遂行するための存在。

ガンダムマイスター。

イノベイド。

役割。

機能。

構造。

だが。

今は。

ティエリア・アーデ。

それでいい。

なら。

ヴァーチェも。

装甲。

GNバズーカ。

脚。

腕。

コクピット。

一つ一つに分ける必要はない。

自分の腕を。

構造図で考えながら動かしたりはしない。

『……なるほど』

青白い光が灯った。

胸部ではない。

肩からでもない。

ヴァーチェ全体に。

同時に。

《アニマ》が広がる。

一度揺れる。

ティエリアは反射的に数値を確認しかけた。

そして。

やめた。

今だけは。

分析しない。

ただ。

そこにある身体として受け入れる。

光が安定した。

アーミアが静かに笑った。

「成立です」

ティエリアは数秒答えなかった。

『……ああ』

ロックオンがすぐに通信を入れる。

『最後だったな』

『君との差は数分だ』

『最後は最後だろ』

『次は僕が先に進む』

『やっぱ気にしてんじゃねえか』

『競争ではない』

『言ってることと声が合ってないぞ』

     ◆

四機のガンダムが。

宇宙空間に並ぶ。

エクシア。

デュナメス。

キュリオス。

ヴァーチェ。

全ての機体を。

青白い《アニマ》が包んでいる。

四人のガンダムマイスター。

全員が。

《オーバーライズ》へ到達した。

ブリッジでは、クリスが各機の数値を確認していた。

「出力も安定度もかなり違います。刹那は別として、三人はまだ長時間維持できそうにないですね」

「それでいいです」

アーミアが答える。

「今日は成立させるところまで。身体の使い方を覚えた初日に、いきなり全力疾走させる必要はありません」

スメラギが聞く。

「実戦で使えるようになるまで、どれくらい?」

「そこは本人次第です。でも、一度成立したなら早いと思います」

レイナスの声が入る。

『最初の一回が一番面倒だからな。一度できたことなら、後は失敗しながら慣れればいい』

ロックオンが返す。

『珍しくまともなこと言ってるな』

『俺だって毎回逃げ道を探してるわけじゃない』

『毎回じゃないだけか』

『使える時は使う。使えない時は働く。それくらいが長持ちする』

アーミアが小さく笑う。

「先生らしいですね」

『褒められたことにしておく』

     ◆

アーミアは四機を見つめた。

自分の知る未来では。

この時期。

《オーバーライズ》など存在していなかった。

そもそも《アニマ》そのものが、これほど多くの人間へ広がることもなかった。

未来のレイナスは。

誰よりも強かった。

誰よりも《アニマ》を使いこなしていた。

だが。

人へ伝えることだけは。

決して上手くなかった。

今、この世界には自分がいる。

レイナスの感覚的な説明を。

他人にも通じる形に直せる。

それだけで。

歴史はここまで変わる。

西暦2308年。

本来なら。

六年後の2314年になってもレイナス一人しか使えなかった《オーバーライズ》を。

四人のガンダムマイスター全員が習得した。

「……ずいぶん早まりましたね」

アーミアが小さく呟く。

レイナスが聞き取った。

『何が?』

「いえ。未来では、こうはなっていなかったので」

『未来の俺は一人でやってたのか?』

「《オーバーライズ》に関しては」

少し間がある。

『……俺、教える気なかったのか?』

「ありましたよ」

『なら何でだ』

アーミアは少しだけ考えた。

「先生」

『何だ?』

「『そこにあるでしょう』『流せば分かります』『力まないで自然に』で、全員が理解できると思います?」

長い沈黙。

ロックオンが耐えきれず笑い始めた。

アレルヤも吹き出す。

ティエリアだけは真面目に答えた。

『教材としては不適切だ』

レイナスはしばらく何も言わなかった。

やがて。

『……未来の俺にも事情があったんだろ』

アーミアが笑う。

「ずいぶん優しいですね、自分には」

『自分まで敵に回すと逃げ場がなくなるからな』

ロックオンが笑う。

『また格好よさそうにカッコ悪いこと言ってるぞ』

『逃げ場を残すのは大事だろ』

「そこは否定しません」

アーミアが返す。

レイナスが少し黙った。

『……やっぱり似てきたな』

「五十年以上ですから」

『それなら諦めるしかないか』

     ◆

ロックオンがデュナメスの拳を握った。

青白い光が揺れる。

『なあ。せっかくだし少しくらい動かしてみても――』

スメラギが即答した。

『今日は終わり』

『まだ何も言ってねえぞ』

『言う前に分かったわ』

『信用ねえなあ』

イアンの声が通信へ入る。

『習得したばっかりで調子に乗って壊したら、修理するのはこっちなんだぞ』

ロックオンが黙る。

レイナスがすぐに言った。

『帰ろう』

『お前だけ判断早すぎるだろ』

『整備班が怒ってる時に残って得することは少ない』

イアンが返す。

『お前が一番言う資格ねえからな』

レイナスは一拍置いた。

『経験者の助言ってやつだ』

『壊す側のな!』

通信に笑い声が広がる。

四機のガンダムから。

青白い光が静かに消えていった。

この日。

ソレスタルビーイングの四人のガンダムマイスター全員が。

《オーバーライズ》を習得した。

まだ維持時間は短い。

出力にも差がある。

戦闘で自由自在に使える段階でもない。

それでも。

入口はもう越えた。

あとは。

自分の身体として。

使い慣れていくだけだった。

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