西暦2308年――プトレマイオス・訓練宙域
四機のガンダムが、プトレマイオスから少し離れた宇宙空間に並んでいた。
エクシア。
デュナメス。
キュリオス。
ヴァーチェ。
少し離れた場所には、レイナスのGN-Xもいる。
ここ数日の訓練で、ロックオン、アレルヤ、ティエリアの三人も《アニマ》を機体の一部へ通せるところまでは来ていた。
ロックオンはデュナメスの右腕から肩。
アレルヤはキュリオスの脚部から推進系。
ティエリアはヴァーチェの胸部から肩、腕。
だが、三人ともそこで止まっている。
一部までは通る。
そこから先へ進めようとすると、不自然に流れが途切れる。
プトレマイオスのブリッジで、アーミアが三機のデータを見比べた。
「今日は、部位ごとに広げる練習をやめます」
ロックオンが通信越しに聞き返す。
『ここまでやっといて?』
「ここまでやったからです。このまま右腕、肩、胸、反対側の腕……と一つずつ広げていくより、考え方そのものを変えた方が早いでしょう」
『簡単に言ってくれるな』
「簡単なら、とっくに全員できています」
アーミアはあっさり返した。
「できないものを簡単だと言っても、誰も得しません」
少し間を置いて、レイナスの声が通信へ入る。
『その辺の言い方、少し俺に似てきてないか?』
「長く一緒にいると、避けられないものもあります」
『俺のせいみたいに言うな』
「半分くらいは」
『残り半分は?』
「年齢でしょうか」
『そっちは俺にはどうにもできないな』
ロックオンが笑う。
『妙に格好よく逃げたな』
『責任のないところまで背負うと長続きしない。世の中そういうもんだ』
『それっぽいこと言ってるけど、要するに逃げただけだろ』
『言い方を選べば処世術になる』
◆
アーミアは気を取り直した。
「三人が今やっているのは、《アニマ》を機体へ送るやり方です」
アレルヤが答える。
『実際、そこまでは通ってる』
「はい。でも、その認識だとずっと自分と機体が別なんです」
ティエリアが反応する。
『自分と機体の境界そのものが問題だと?』
「そうです」
そこでレイナスが口を挟んだ。
『前に刹那にも言ったけどな』
エクシアが僅かに顔を向ける。
レイナスは続けた。
『人間は目が二つ、腕が二本、脚が二本あっても、自分を部品の集まりだとは思わないだろ』
通信が静かになる。
『右腕を動かす時に、胸から肩へ力を送って、その次に肘、その次に手首なんて一々考えない。全部まとめて自分の身体だからな』
ロックオンが少し考えた。
『機体も同じように見ろってことか』
『そういうことだ』
レイナスは少し間を置いた。
『まあ、言うだけなら楽なんだけどな』
アーミアが続ける。
「先生の説明をもう少し噛み砕くと、今の皆さんは“ガンダムを動かしている自分”なんです」
『その言い方だと、何か悪いのか?』
「《オーバーライズ》では、そこをもう一段変えます」
アーミアは四機の機体図を表示した。
「ガンダムを操作している自分ではなく、ガンダムそのものを自分の身体として認識する」
「腕も脚も推進器もセンサーも、全部です」
刹那が静かに言った。
『つまり、ガンダムになる』
ロックオンが即座に返す。
『お前はそれで分かったんだろうけどな』
刹那は真顔だった。
『分かりやすい』
『お前にはな』
レイナスが苦笑する。
『だからこいつだけ話が早かったんだ。俺の説明が上手かったわけじゃない』
アーミアが頷く。
「そこは自覚があるんですね」
『自分でできるのと、人に教えられるのは別の仕事だからな。苦手な仕事まで得意な顔をすると、後で自分が困る』
『また格好よく逃げてるな』
『今日は逃げてないだろ。ちゃんと来てる』
◆
「まず刹那に見せてもらいます」
『分かった』
エクシアがゆっくり静止する。
次の瞬間。
青白い《アニマ》が機体全体へ広がった。
胸部から順番に。
腕から順番に。
そんな広がり方ではない。
エクシアという一つの存在全体へ、最初から同時に行き渡る。
《オーバーライズ》。
何度も見てきた現象だ。
だが、今までとは見る側の意識が違う。
アーミアが聞く。
「刹那。今、右腕に《アニマ》を送っていますか?」
『送っていない』
「脚部は?」
『意識していない』
「じゃあ、どこに?」
刹那は少し考えた。
『俺に』
ロックオンが溜息をつく。
『やっぱりお前の説明は補助教材がいるな』
『十分だ』
『結果を知ってる本人だけだろ』
レイナスが笑った。
『でも感覚としては合ってる。できた後ならな』
◆
続いてレイナスのGN-Xが前へ出る。
アーミアが頼む前に、レイナスは機体を静止させた。
『二例あった方が分かりやすいんだろ』
「助かります」
『見本を出すだけなら得意分野だ』
青白い光。
刹那よりも遥かに強い《アニマ》が、GN-X全体へ一気に通る。
機体の輪郭そのものが、青白い光で浮かび上がる。
ロックオンが呟いた。
『……同じことやってるようには見えねえな』
アレルヤも同意する。
『出力が違いすぎる』
レイナスが返す。
『そこは今比べなくていい。数字で殴られると説明の意味がなくなる』
アーミアが思わず笑った。
「先生自身が一番比較対象に向いてないんですよね」
『見本として呼んだのそっちだろ』
「仕組みを見る分には役に立ちます」
『役に立ったなら十分だ。評価まで欲張ると疲れるからな』
◆
最初はロックオンだった。
デュナメスが前へ出る。
『じゃあ、やってみるか』
これまでなら。
まず右腕。
肩。
胸。
そう考えていた。
だが。
今日はそれをやめる。
ロックオンは目を閉じた。
デュナメス。
何度も共に戦ってきた。
狙撃するための右腕だけではない。
ライフルを支える左腕。
機体を安定させる脚。
姿勢を制御するスラスター。
敵を見るセンサー。
コクピットを守る装甲。
一つ一つ。
わざわざ意識したことなどなかった。
全部まとめて。
デュナメス。
そして今は。
『……俺か』
アーミアがすぐに反応する。
「そのままです」
青白い光が灯る。
いつもの右腕ではない。
胸部。
左腕。
脚部。
複数箇所へ同時に広がる。
ロックオンが息を呑んだ。
『来た……!』
光が一気にデュナメス全体へ走る。
一度。
大きく揺らぐ。
ロックオンが立て直そうとして力を込めかける。
「そのまま!」
アーミアが止めた。
「掴もうとしないでください。腕を動かす時に、腕が落ちないように意識し続けたりしないでしょう」
『そう言われてもな……!』
「だから難しいんです」
それでも。
ロックオンは余計な力を抜いた。
青白い光が。
徐々に安定する。
デュナメス全体を覆った。
フェルトがブリッジで目を見開く。
「……できた」
アーミアも頷く。
「成立しています」
ロックオンがしばらく黙る。
そして。
『……これか』
刹那が答えた。
『ああ』
ロックオンは笑った。
『やっと同じところまで来たな』
『維持時間が違う』
『もう少し喜ばせろよ』
◆
次はアレルヤ。
キュリオスが前へ出る。
これまでは脚部。
そこから推進系。
アレルヤは、何度もそこまで成功していた。
だからこそ。
そこに意識が引っ張られる。
『脚からじゃない』
自分に言い聞かせる。
キュリオス。
MS形態。
飛行形態。
何度も姿を変える。
だが。
形が変わったからといって。
キュリオスが別の機体になるわけではない。
自分だって同じだ。
穏やかなアレルヤ。
荒々しいハレルヤ。
二つに分けて考えてきた。
だが。
どちらも自分の中にいる。
『おい』
ハレルヤの声。
『何だい』
『難しく考えすぎなんだよ』
アレルヤは苦笑した。
『君に言われるとは思わなかった』
『脚だの腕だの考えてる暇があるなら、全部まとめて動かせ』
『ずいぶん簡単に言うね』
『簡単に言うだけならタダだ』
アレルヤが一瞬黙った。
『……レイナスみたいなこと言わないでよ』
『知るか』
少し。
力が抜けた。
その瞬間だった。
青白い光が広がる。
脚部だけではない。
推進系だけでもない。
翼。
腕。
胸。
頭部。
キュリオス全体へ。
一気に。
『……!』
「そのままです!」
アーミアの声。
数秒。
十数秒。
青白い光が安定する。
「アレルヤも成立しました」
『本当に……できた』
ハレルヤが笑う。
『遅えんだよ』
『君も一緒にやってたでしょう』
『俺は最初から分かってた』
『絶対嘘だね』
◆
最後はティエリア。
ヴァーチェが静かに前へ出る。
ティエリアは理屈を理解していた。
おそらく三人の中で最も正確に。
だからこそ。
難しかった。
胸部。
肩。
腕。
脚。
GNドライヴ。
砲身。
推進器。
機体の各部を。
無意識に個別の構造として分析してしまう。
『……』
アーミアは何も言わなかった。
刹那も。
レイナスも。
待つ。
ティエリアは目を閉じた。
これまで。
自分自身すら。
機能で考えていた。
ヴェーダに接続するための存在。
計画を遂行するための存在。
ガンダムマイスター。
イノベイド。
役割。
機能。
構造。
だが。
今は。
ティエリア・アーデ。
それでいい。
なら。
ヴァーチェも。
装甲。
GNバズーカ。
脚。
腕。
コクピット。
一つ一つに分ける必要はない。
自分の腕を。
構造図で考えながら動かしたりはしない。
『……なるほど』
青白い光が灯った。
胸部ではない。
肩からでもない。
ヴァーチェ全体に。
同時に。
《アニマ》が広がる。
一度揺れる。
ティエリアは反射的に数値を確認しかけた。
そして。
やめた。
今だけは。
分析しない。
ただ。
そこにある身体として受け入れる。
光が安定した。
アーミアが静かに笑った。
「成立です」
ティエリアは数秒答えなかった。
『……ああ』
ロックオンがすぐに通信を入れる。
『最後だったな』
『君との差は数分だ』
『最後は最後だろ』
『次は僕が先に進む』
『やっぱ気にしてんじゃねえか』
『競争ではない』
『言ってることと声が合ってないぞ』
◆
四機のガンダムが。
宇宙空間に並ぶ。
エクシア。
デュナメス。
キュリオス。
ヴァーチェ。
全ての機体を。
青白い《アニマ》が包んでいる。
四人のガンダムマイスター。
全員が。
《オーバーライズ》へ到達した。
ブリッジでは、クリスが各機の数値を確認していた。
「出力も安定度もかなり違います。刹那は別として、三人はまだ長時間維持できそうにないですね」
「それでいいです」
アーミアが答える。
「今日は成立させるところまで。身体の使い方を覚えた初日に、いきなり全力疾走させる必要はありません」
スメラギが聞く。
「実戦で使えるようになるまで、どれくらい?」
「そこは本人次第です。でも、一度成立したなら早いと思います」
レイナスの声が入る。
『最初の一回が一番面倒だからな。一度できたことなら、後は失敗しながら慣れればいい』
ロックオンが返す。
『珍しくまともなこと言ってるな』
『俺だって毎回逃げ道を探してるわけじゃない』
『毎回じゃないだけか』
『使える時は使う。使えない時は働く。それくらいが長持ちする』
アーミアが小さく笑う。
「先生らしいですね」
『褒められたことにしておく』
◆
アーミアは四機を見つめた。
自分の知る未来では。
この時期。
《オーバーライズ》など存在していなかった。
そもそも《アニマ》そのものが、これほど多くの人間へ広がることもなかった。
未来のレイナスは。
誰よりも強かった。
誰よりも《アニマ》を使いこなしていた。
だが。
人へ伝えることだけは。
決して上手くなかった。
今、この世界には自分がいる。
レイナスの感覚的な説明を。
他人にも通じる形に直せる。
それだけで。
歴史はここまで変わる。
西暦2308年。
本来なら。
六年後の2314年になってもレイナス一人しか使えなかった《オーバーライズ》を。
四人のガンダムマイスター全員が習得した。
「……ずいぶん早まりましたね」
アーミアが小さく呟く。
レイナスが聞き取った。
『何が?』
「いえ。未来では、こうはなっていなかったので」
『未来の俺は一人でやってたのか?』
「《オーバーライズ》に関しては」
少し間がある。
『……俺、教える気なかったのか?』
「ありましたよ」
『なら何でだ』
アーミアは少しだけ考えた。
「先生」
『何だ?』
「『そこにあるでしょう』『流せば分かります』『力まないで自然に』で、全員が理解できると思います?」
長い沈黙。
ロックオンが耐えきれず笑い始めた。
アレルヤも吹き出す。
ティエリアだけは真面目に答えた。
『教材としては不適切だ』
レイナスはしばらく何も言わなかった。
やがて。
『……未来の俺にも事情があったんだろ』
アーミアが笑う。
「ずいぶん優しいですね、自分には」
『自分まで敵に回すと逃げ場がなくなるからな』
ロックオンが笑う。
『また格好よさそうにカッコ悪いこと言ってるぞ』
『逃げ場を残すのは大事だろ』
「そこは否定しません」
アーミアが返す。
レイナスが少し黙った。
『……やっぱり似てきたな』
「五十年以上ですから」
『それなら諦めるしかないか』
◆
ロックオンがデュナメスの拳を握った。
青白い光が揺れる。
『なあ。せっかくだし少しくらい動かしてみても――』
スメラギが即答した。
『今日は終わり』
『まだ何も言ってねえぞ』
『言う前に分かったわ』
『信用ねえなあ』
イアンの声が通信へ入る。
『習得したばっかりで調子に乗って壊したら、修理するのはこっちなんだぞ』
ロックオンが黙る。
レイナスがすぐに言った。
『帰ろう』
『お前だけ判断早すぎるだろ』
『整備班が怒ってる時に残って得することは少ない』
イアンが返す。
『お前が一番言う資格ねえからな』
レイナスは一拍置いた。
『経験者の助言ってやつだ』
『壊す側のな!』
通信に笑い声が広がる。
四機のガンダムから。
青白い光が静かに消えていった。
この日。
ソレスタルビーイングの四人のガンダムマイスター全員が。
《オーバーライズ》を習得した。
まだ維持時間は短い。
出力にも差がある。
戦闘で自由自在に使える段階でもない。
それでも。
入口はもう越えた。
あとは。
自分の身体として。
使い慣れていくだけだった。