機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第6話 帰る場所

 

西暦2307年――王留美所有施設・早朝

目を覚ましたアーミアは、しばらく天井を見つめていた。

見慣れない天井。

見慣れない部屋。

それでも、ここ数日で少しだけ慣れてしまった自分がいる。

西暦2307年。

自分が生きていた時代から、五十七年前。

「……」

アーミアは身体を起こした。

机の上には、2364年から持ってきた個人端末が置かれている。

手に取る。

起動すると、見慣れた画面が表示された。

端末そのものは正常だった。

問題なく操作できる。

保存されているデータも失われていない。

ただし、通信先はない。

五十七年後の通信網へ繋がるはずもなかった。

アーミアは保存領域を開く。

歴史資料。

MS関連の技術データ。

個人的な映像。

そのどれにも触れず。

別の記録を呼び出した。

2364年。

《スメラギ》での最後の記録。

未知の空間異常を発見。

三体のELSを先行させ、調査。

だが。

ELSにも、その正体は分からなかった。

その後。

《スメラギ》は異常へ接近した。

決めたのは自分だ。

艦長として。

未知のものと接触するために。

そして――。

「……ここまで」

その先がない。

個人端末なのだから当然だった。

《スメラギ》の航行記録や観測データが、すべて保存されているわけではない。

転移が起きた瞬間。

艦が何を観測していたのか。

何が起きたのか。

それを知るために必要な情報は。

五十七年後に置いてきてしまった。

アーミアは端末を下ろした。

右手を見る。

見た目は普通の人間と変わらない。

だが、その内側にはELSがいる。

「あなたにも分からないんですよね」

小さく問いかける。

反応はない。

右手にいるELSだけではない。

あの時。

《スメラギ》の周囲にいたELSにも。

あの異常は理解できなかった。

なら。

今ここで考え続けても。

答えが出るとは思えない。

それでも。

考えずにはいられなかった。

なぜ。

自分だったのか。

なぜ。

2307年なのか。

なぜ。

あの場所だったのか。

そして。

なぜ。

この時代のレイナス・レノアークの目の前だったのか。

「偶然……なんでしょうか」

偶然である可能性はある。

ただ。

五十年以上の付き合いになる人物の。

五十七年前の姿。

その目の前へ。

自分だけが飛ばされた。

あまりにも出来すぎている。

アーミアは端末を握った。

そして。

もう一つ。

もっと現実的な問題がある。

「……帰れるのかな」

口にした瞬間。

その言葉が。

思っていたより重く感じられた。

◆

西暦2307年――王留美所有施設・食堂

「おはようございます」

「おはよう」

レイナスは朝食を食べていた。

アーミアは向かいの席へ座る。

「先生」

「ん?」

「相談があります」

「朝から?」

「朝からです」

レイナスが飲み物を置いた。

「聞くだけならいいぞ」

「料金は?」

「取らないよ。今のところは」

「今のところ?」

「俺もこっちじゃ生活に余裕があるわけじゃないからな」

「王留美さんに雇ってもらったじゃないですか」

「給料が入る前から財布の紐を緩めるとろくなことにならない」

アーミアは少し笑った。

「真面目な話です」

「分かった」

すぐに。

レイナスの表情が変わる。

「何だ?」

「私が、この時代に来た理由について考えていました」

「何か分かった?」

「いいえ」

「そうか」

「もう少し何かありません?」

「分からなかったんだろ?」

「そうですけど」

「なら俺が驚いても結果は変わらない」

それは。

確かにそうだった。

アーミアは端末をテーブルへ置いた。

「転移する直前の記録を確認しました」

「残ってたのか?」

「少しだけです」

アーミアは説明する。

2364年。

《スメラギ》が未知の異常を発見したこと。

ELSを先行させたこと。

そのELSにも正体が分からなかったこと。

そして。

自分たちが接近したこと。

「ELSにも分からなかったのか」

レイナスの視線が。

自然にアーミアの右手へ向いた。

「はい。少なくとも、あの時は」

「地球外生命体にも分からない現象ね……」

「先生は何か知りませんか?」

「知らない」

即答だった。

「早いですね」

「俺はその現象を見てもないからな」

レイナスが端末を見る。

「それに、ELSのことだって君から聞いた程度しか知らない。材料が足りなさすぎる」

「そうですよね」

「変にそれらしいことを言うよりマシだろ」

「それはそうです」

レイナスが続きを促す。

「君だけが飛ばされた?」

「私が確認している限りでは」

「艦は?」

「来ていません」

「乗ってた人たちは?」

「誰も」

「ELSは?」

「右手にいるELSだけです」

「君と一体になってるから、一緒に来たと考えるのが自然か」

「私もそう思います」

「未来の俺も、その場にいたのか?」

アーミアが一瞬止まった。

「……いました」

レイナスの眉が上がる。

「そうなのか」

「はい」

「それで俺は来てない」

「来たのは私だけです」

「なるほどな」

レイナスが腕を組んだ。

しばらく。

何も言わない。

アーミアは待った。

「先生?」

「考えてる」

「珍しいですね」

「失礼だな」

「いつもすぐ答えるので」

「答えがある時はな」

レイナスは少し考えてから言った。

「分からないことだらけだけど、一番気になるのは俺の前に出てきたことかな」

「やっぱりですか」

「五十七年後の君は俺と五十年以上の付き合いがある」

「はい」

「その君が五十七年前へ飛ばされて、俺の目の前に落ちてきた」

「偶然にしては出来すぎてますよね」

「出来すぎてる。でも、それだけで何かの意思があるとも言えない」

「……はい」

「偶然かもしれない。何か理由があるのかもしれない。今はそこまでだな」

レイナスは飲み物へ手を伸ばした。

「それに、もう一つある」

「何です?」

「ここが本当に君のいた世界の過去なのか」

アーミアの表情が変わる。

最初に出会った時にも。

レイナスはそれを疑っていた。

自分が嘘をついていなくても。

この2307年が。

自分の知る2307年と同じとは限らない。

「まだ分かりません」

「だろ?」

「今のところは、私の知っている歴史と大きくは違いません」

「でも、完全に同じだとは確認できてない」

「はい」

レイナスが頷いた。

「なら、そこも保留だな」

◆

アーミアは。

端末へ視線を落とした。

「先生」

「ん?」

「私、帰れると思いますか?」

レイナスの手が止まる。

今度は。

すぐには答えなかった。

「2364年へ?」

「はい」

「帰りたい?」

「帰りたいです」

そこには。

迷いはなかった。

「私には、あの時代でやることがあります」

《スメラギ》。

乗組員たち。

途中だった任務。

未知の異常。

自分は。

艦長として。

彼らを率いていた。

それなのに。

突然。

自分だけがいなくなった。

「みんなを残してきました」

「……そうか」

「私が消えた後、《スメラギ》がどうなったのかも分かりません」

あの異常は。

自分だけを転移させて終わったのか。

それとも。

その後。

《スメラギ》にも何か起きたのか。

何も分からない。

「だから、帰らないと」

レイナスは。

しばらく黙っていた。

「帰れる、とは言えないな」

アーミアも。

それは分かっていた。

「はい」

「悪いけど、そこは期待させるようなことは言えない」

「先生ならそう言うと思いました」

「五十七年後の俺も?」

「多分」

「そこまで同じなら、もう少し成長してほしいな」

アーミアが少し笑う。

レイナスも。

わずかに笑った。

だが。

すぐに話を戻す。

「問題は、帰るって言っても何をもって帰るかだな」

「どういう意味です?」

「ここが単純に君の過去なら、時間を越えればいいのかもしれない」

「はい」

「でも並行世界なら?」

アーミアが黙る。

「五十七年先へ行ったところで、君がいた2364年じゃない可能性がある」

「……そうですね」

「世界そのものを越える必要があるのかもしれない。時間だけなのかもしれない。その両方かもしれない」

「どれも分からない」

「そういうこと」

レイナスが少し嫌そうな顔をする。

「条件が分からない仕事って一番困るんだよな」

「仕事扱いなんですか?」

「帰還方法を探すんだろ? やることがあるなら同じだよ」

「報酬は出ませんよ」

「知ってる。だから余計に困ってる」

「先生」

「冗談だよ」

レイナスは端末を見る。

「とりあえず、手掛かりはこれだけ?」

「今のところは」

「なら残ってる記録を調べるところからだな」

「でも、未来の端末です」

「中身を全部見せる必要はないだろ」

レイナスはあっさり言った。

「出して問題ない部分だけ調べる。俺たちだけで分からなければ、そのうち詳しい奴に相談する」

「信用できる人がいれば?」

「そこは君が決めればいい」

アーミアは少し驚いた。

「先生は見たくないんですか?」

「未来の技術?」

「それも」

「見たいよ」

即答。

「MSの技術データなんか特に」

「やっぱり」

「でも、見たせいで面倒になるなら我慢する」

「できるんですか?」

「……努力はする」

「今、間がありましたよ」

「未来のMSは気になるだろ」

そこだけは。

妙に真剣だった。

アーミアは笑った。

「見せませんよ」

「まだ何も頼んでない」

「顔に書いてあります」

「五十七年後の俺にもそう言ってる?」

「何度も」

「未来の俺、大変だな」

「先生自身ですよ」

「まだ俺じゃないだろ」

「そういうところも変わってません」

「だから比較するなって」

◆

笑いが収まる。

アーミアは。

もう一度端末を見る。

「帰る方法が見つかるまで、どのくらいかかるんでしょう」

「分からないな」

「一週間かもしれない」

「そうだな」

「一年かもしれない」

「あり得る」

「……見つからないかもしれない」

レイナスは。

そこだけは否定しなかった。

「可能性はある」

「ですよね」

アーミアは俯いた。

帰る。

その意思は決まっている。

だが。

帰る日が分からない。

明日かもしれない。

何十年後かもしれない。

その間にも。

この世界の時間は進む。

「私、この時代ではなるべく何もしないつもりでした」

「未来を変えないため?」

「はい」

アーミアは頷く。

「私の知っている歴史では、みんな生きています」

自分が知っているのは。

この世界の未来ではないかもしれない。

それでも。

自分が生きてきた歴史では。

彼らは生き残った。

レイナスが。

この時代へ来て。

ソレスタルビーイングと関わり。

多くの出来事を変えた結果。

そこへ辿り着いた。

「だから、余計なことをしなければいいと思っていました」

「俺に任せて?」

「……そういうことになります」

「責任重いな」

「先生は未来を知らないでしょう」

「そうだけど」

レイナスが少し困ったように笑う。

「知らないうちに五十七年後の結果まで期待されてるとは思わなかった」

「期待というか……」

「まあいい」

レイナスは少し考える。

「でも、それってもう無理じゃないか?」

「え?」

「君がいる」

アーミアが止まる。

「本来の歴史じゃ、今の俺は君と会ってないんだろ?」

「……はい」

「留美のところへ行った時も?」

「私はいませんでした」

「昨日、ソレスタルビーイングの連中と会った時も?」

「いません」

「なら、もう同じ条件じゃない」

アーミアは答えられない。

分かっていた。

自分が。

ここにいる。

それだけで。

すでに歴史は違う。

「だからって、好きに未来を変えればいいとは思わないけどな」

レイナスは続ける。

「ただ、何もしないことが本当に『何も変えない』ことになるかは分からない」

「……」

「君がここにいる以上、君が何もしないって選ぶこと自体が、元の歴史にはなかったんだろ?」

アーミアは。

ゆっくり頷いた。

「はい」

「だったら、結局その都度考えるしかないんじゃないか」

「簡単に言いますね」

「他に方法ある?」

「ありません」

「だろ?」

また。

それだった。

分からないものは。

分からない。

今決められないものは。

その時に決める。

未来を知らないレイナスには。

それができる。

「先生は楽ですね」

「そう?」

「未来を知らないから」

「それは君にしかできない苦労だな」

「代わります?」

「遠慮する」

即答。

「ちょっとくらい悩んでください」

「五十七年分の未来を頭に入れられても困る。今の生活だけで手一杯だ」

「王留美さんに雇われたでしょう」

「まだ給料もらってないからな」

アーミアは呆れて。

それから。

笑った。

◆

レイナスが時計を見る。

「……まずい」

「何がです?」

「時間」

アーミアも確認する。

昨日。

スメラギから言われていた。

自分たちに何ができるのか。

今日はそれを確認する予定だった。

「あ」

「忘れてた?」

「先生もでしょう」

「俺は今思い出した」

「同じです」

レイナスが立ち上がる。

「行くぞ」

「帰る方法の話は?」

「続きは帰ってから」

「帰ってから……」

その言葉に。

アーミアは一瞬だけ止まった。

レイナスが気づく。

「どうした?」

「いえ」

今の。

帰ってから。

それは。

この施設へ戻るという意味。

自分が本当に帰りたい場所は。

五十七年後にある。

それでも。

帰る方法が見つかるまでは。

この時代にも。

生活する場所が必要になる。

「行きましょう」

「ああ」

◆

西暦2307年――ソレスタルビーイング地上施設・格納庫

格納庫へ入る。

レイナスの視線が。

すぐに一方向へ向いた。

試験用に用意されたモビルスーツ。

足が止まる。

「……」

アーミアは。

その横顔を見る。

さっきまで。

時間移動。

並行世界。

未来への帰還。

そんな話をしていた男とは思えない。

「先生」

「何だ?」

「楽しそうですね」

「まだ何も言ってないだろ」

「顔に出てます」

「出てない」

レイナスが機体へ近づく。

「乗っていいのかな」

「ほら」

「確認しただけだ」

「さっきまで帰還方法の話をしてたんですよ?」

「それとMSは別だろ」

「別なんですか?」

「別だよ」

即答だった。

アーミアは。

思わず笑った。

五十七年前。

自分のことを知らない。

まだ。

自分の先生ではないレイナス。

それでも。

こういうところは。

何も変わらない。

アーミアは。

ポケットの中の端末へ触れた。

帰る方法は分からない。

なぜ自分がここへ来たのかも。

分からない。

この世界が。

本当に自分の過去なのかも。

まだ分からない。

それでも。

帰りたい場所だけは。

はっきりしている。

2364年。

《スメラギ》。

自分を待っているかもしれない仲間たち。

そして。

あの時代のレイナス。

そこへ帰る。

その方法を探す。

ただ。

見つかるまで。

この世界の時間も。

自分の時間も。

止まってはくれない。

なら。

ここで何をするのか。

何をしないのか。

その都度。

自分で決めるしかない。

「アーミア」

「はい?」

「これ、乗っていいと思う?」

レイナスが真顔で聞いてくる。

「私に聞かないでください」

「未来なら知ってるかと思って」

「そういうことに未来の知識を使わせないでください」

「駄目か」

「駄目です」

「残念」

アーミアは。

もう一度笑った。

帰る場所は。

五十七年後にある。

けれど。

そこへ帰るまでの時間も。

アーミア・リー自身の時間だった。

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