機動戦士ガンダムOOA   作:ミスト12523

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第7話 ガンダムアストレア

 

西暦2307年――ソレスタルビーイング地上施設・格納庫

格納庫へ入ってから。

レイナスの足が止まった。

アーミアも、その視線を追う。

そこにいたのは、一機のモビルスーツだった。

白を基調とした装甲。

頭部には、ガンダムに共通する意匠。

だが、アーミアには見覚えがない。

エクシアではない。

デュナメスでも、キュリオスでも、ヴァーチェでもなかった。

少なくとも。

アーミアが知っている機体ではない。

「……先生」

「ん?」

「顔に出てますよ」

「何が?」

「乗りたいって」

レイナスは少しだけ黙った。

それから。

機体を見上げたまま答える。

「……そんなに分かりやすいか?」

「五十年以上見てますから」

「そいつは厳しいな。下手な取り繕いじゃ監査を通りそうにない」

「取り繕うつもりだったんですか?」

「いや。無理だろうとは思ってる」

意外な答えだった。

レイナスは格納庫を見回す。

警備。

整備員。

設備。

そして、目の前の機体。

「俺が管理する側でも貸さないな。昨日拾ってきたような経歴不明の男に、見るからに機密の塊みたいな機体を渡すほど気前のいい組織なら、そっちの方が心配になる」

「分かってるじゃないですか」

「分かってるのと、乗りたいのは別会計なんだよ」

そこは。

昔から変わらない。

「何の話だ?」

イアン・ヴァスティの声がした。

隣にはスメラギもいる。

レイナスは機体を指した。

「あれを見てた」

「ほう」

イアンが少しだけ笑う。

「興味があるか?」

「そりゃな。エクシアたちとは違う。ガンダムなのは分かるが、同じ世代には見えない」

「そこまで分かるの?」

スメラギが尋ねた。

「見た目からの推測だよ。初めて見る機体だ。知ったかぶりして整備屋に笑われる趣味はない」

イアンの表情が変わる。

「GNY-001。ガンダムアストレアだ」

――アストレア。

アーミアは。

その名前を初めて聞いた。

「第二世代ガンダム。今のエクシアたち第三世代ガンダムへ繋がる試験開発機だ」

「なるほど。先代か」

レイナスは機体を眺める。

「道理で同じ系列に見えるわけだ」

視線が。

コクピット付近で止まった。

スメラギが先回りする。

「駄目よ」

「……まだ何も言ってないんだけどな」

「乗りたいんでしょう?」

「話が早くて助かる。で、申請先は?」

「私。そして却下」

「申請書を書く手間が省けたと思っておくよ」

あっさりしていた。

「もっと粘ると思ったわ」

「粘って許可が出る話じゃないだろ」

レイナスはアストレアを見る。

「俺は昨日ここに来たばかり。身元もそっちからすれば怪しい。そんな人間にガンダムを預けろっていう方が無茶だ」

「自覚はあるのね」

「俺でも貸さない」

「だったら最初から聞かないでよ」

「聞くだけならタダだろ?」

スメラギが額を押さえた。

アーミアは少し笑う。

この人は。

百年経とうが。

千年経とうが。

こういうところは変わらないのかもしれない。

「ただ」

イアンが言った。

「お前さん、MSに乗った経験はあるのか?」

「ああ」

レイナスの返答は早かった。

スメラギが見る。

「軍人だったの?」

「軍にいた時期もある」

「時期も?」

「他にも色々やってきたんでね」

「どのくらい乗ってた?」

レイナスが少し考える。

「機体によるな。規格も操縦系も違う。こっちのMSと同じ感覚で語っていいのかは分からない」

イアンが眉を上げた。

「こっちの?」

一拍。

レイナスが止まる。

「ああ……」

アーミアには分かった。

今。

気づいた。

「先生?」

「いや。そういえば、その辺はまだ話してなかったなと思って」

スメラギの目が細くなる。

「何を?」

「俺、この世界の出身じゃないんだよ」

静かになった。

格納庫の機械音だけが。

妙に大きく聞こえた。

「……どういう意味?」

スメラギが聞く。

「言葉通りだよ。生まれた世界は別にある。ここへ来る前にも、いくつか別の世界を渡ってきた」

「ちょっと待って」

スメラギが手を上げる。

「そんな話、聞いてないわよ」

「今、話したからな」

「そういう問題じゃないでしょう!」

「別に隠してたわけじゃない。聞かれなかったから話してなかっただけだよ」

「普通は聞かないわよ! 『あなたは異世界から来ましたか』なんて!」

「それもそうか」

レイナスは納得したように頷いた。

アーミアは。

少し頭が痛くなってきた。

「……それで」

イアンが慎重に聞く。

「お前さんが乗ったことのあるMSってのは、その別の世界の機体か?」

「それもある」

「それも?」

「長く生きてると色々あるんだよ」

今度は。

スメラギが反応した。

「長く?」

「ああ」

「あなた、いくつなの?」

レイナスが。

また止まった。

「……そこもか」

「何よ、その反応」

「どこまで話してたか分からなくなってきた」

「年齢くらい分かるでしょう」

「百は越えてるよ」

沈黙。

再び。

格納庫の音だけが残った。

イアンがレイナスを見る。

スメラギも。

そして。

少し離れていたティエリアまで。

こちらを向いた。

「……百?」

スメラギが聞き返す。

「ああ」

「百何歳?」

「正確には分からない」

「自分の年齢よ?」

「暦の違う世界を何度も渡ってると面倒になるんだよ。最初の頃は数えてたんだけどな。途中から帳簿が合わなくなった」

「年齢を帳簿扱いしないで」

「数字が合わないって意味じゃ似たようなもんだ」

「似てないわよ……」

スメラギが深く息を吐いた。

そして。

ふと。

その視線が。

アーミアへ向いた。

「……待って」

アーミアの身体が僅かに固まる。

「レイナスは、この世界とは別の世界から来たのよね?」

「ああ」

レイナスが答える。

「この世界に来てから、それほど経っていない」

「まあな」

「だったら」

スメラギは。

今度こそ。

アーミアを真っ直ぐに見た。

「どうしてアーミアは、あなたを『先生』って呼んでるのかしら?」

――やっぱり。

そこに気づく。

当然だった。

アーミアは。

答えられなかった。

自分は。

この時代のレイナスと出会った瞬間から。

彼を知っていた。

先生と呼んだ。

性格を知っていた。

《アニマ》も知っていた。

レイナスが。

この世界に来たばかりの人間なら。

その関係は成立しない。

「それは――」

「スメラギ」

レイナスが口を挟んだ。

「俺の話なら答えるよ。どうせここまで来たら、経歴書の備考欄が一つ増えても大差ない」

「だったら教えて」

「今のは俺の話じゃない」

スメラギが黙った。

レイナスの声から。

軽さが少しだけ消えていた。

「アーミアの事情だ。俺が勝手に話すことじゃない」

「あなたは知ってるの?」

「知ってる」

「でも言わない?」

「本人が伏せてる話を横から売るほど困っちゃいないよ」

アーミアは。

レイナスを見る。

自分の年齢も。

出身も。

本人は驚くほど簡単に話した。

なのに。

アーミアのことは。

一つも口にしない。

「じゃあ」

スメラギが。

アーミアを見る。

「あなたに聞くわ。どうしてレイナスを先生と呼んでるの?」

アーミアは。

少しだけ俯いた。

言えば。

そこから全部が繋がる。

2364年。

未来のソレスタルビーイング。

ELS。

イノベイター。

そして。

これから起こる歴史。

まだ。

話すべきではない。

「……すみません」

顔を上げる。

「今は、話せません」

「理由も?」

「はい」

ティエリアが近づいてくる。

「素性不明の二人をこの施設へ入れている時点で問題だ。さらに一人は異世界から来たと主張し、もう一人はその人物と説明できない関係を持っている」

反論できない。

今の自分たちは。

客観的に見れば。

あまりにも怪しい。

「その通りだな」

意外にも。

レイナスが同意した。

「先生?」

「こっちから見れば事情がある。でも、向こうは知らない。だったら警戒されるのは当然だろ」

ティエリアを見る。

「立場が逆なら、俺だって同じことを言うよ」

ティエリアは。

僅かに目を細めた。

「なら、情報を開示しろ」

「俺の分なら構わない」

レイナスは。

アーミアを見ない。

「ただし、アーミアの分は本人と話してくれ。そこをまとめ売りする気はない」

「非合理的だ」

「そうかもな。でも、他人から預かったものを勝手に処分しない程度の信用は持っておきたいんだよ」

アーミアは。

何も言えなかった。

「……分かったわ」

スメラギが言った。

「アーミアの件は保留。ただし、行動範囲はこれまでより制限する」

「はい」

「レイナスもよ」

「妥当だな」

「不満はないの?」

「昨日今日で入ってきた素性不明の二人組を自由に歩かせる方が不安になるよ。最低限の管理ができてるって分かっただけ安心した」

スメラギは。

何とも言えない顔をした。

「で」

イアンがレイナスを見る。

「そんなお前さんにアストレアを触らせるわけにはいかん」

「だろうな」

「だが、MSの操縦経験があるっていうのは気になる」

イアンが。

格納庫の奥を指した。

「シミュレーターならどうだ?」

レイナスの視線が動く。

「いいのか?」

「実機とは違う。機密に触れさせる範囲も制限できる」

スメラギを見る。

「操縦経験が本当か確認するくらいなら構わんだろ?」

スメラギは少し考えた。

「使用データを限定するなら」

「もちろんだ」

「ティエリア?」

「監視を付けるなら反対はしない」

レイナスが。

僅かに笑う。

「ずいぶん待遇が上がったな。ガンダムの試乗希望を出したら、シミュレーターの使用許可が下りた」

「普通はそれを格下げって言うのよ」

「昨日まで無職だった人間には十分な昇格だよ」

アーミアは。

思わず笑った。

◆

同施設・訓練区画

シミュレーターへ入ったレイナスを。

アーミアたちは管制室から見ていた。

当然。

アストレアそのものの完全なデータではない。

機密部分を外し。

操縦適性を見るために用意された訓練用設定。

それでも。

十分だった。

最初。

レイナスは遅かった。

「……意外ね」

スメラギが言う。

「経験者なんでしょう?」

アーミアは。

モニターを見る。

「たぶん、確認してるんだと思います」

「何を?」

「全部です」

入力。

反応。

機体の重さ。

姿勢制御。

推進。

一つずつ。

確かめている。

そして。

数分後。

動きが変わった。

無駄が消える。

旋回。

加速。

停止。

次の行動への移行。

それまで。

機械を操作しているように見えていた動きが。

急に。

人間の身体のように繋がり始めた。

「……速い」

イアンが呟いた。

ティエリアがデータを見る。

「操作系への適応速度が異常に高い」

『異常ってのは少し傷つくな』

通信から。

レイナスの声がした。

「聞こえてるの?」

スメラギが言う。

『聞こえるようにしてるのはそっちだろ』

「余裕があるみたいね」

『少しはな。ただ、こいつは素直で助かる。昔乗った中には、操縦してるのか機体と喧嘩してるのか分からないのもあったからな』

イアンが食いつく。

「どんな機体だ?」

一拍。

『……それを説明すると、また話が長くなる』

「後で聞かせろ」

『今日だけで俺の経歴書、何ページになるんだ?』

「諦めろ」

『残業代は出るか?』

「出ん」

『世知辛いな……』

アーミアは。

思わず笑った。

未来の自分は。

先生が強いことを知っている。

モビルスーツにも乗れることを知っている。

けれど。

この時代。

自分と出会うより前に。

何をしていたのか。

どんな機体に乗ったのか。

どんな世界を渡ってきたのか。

知らないことの方が。

ずっと多い。

ポケットには。

2364年から持ってきた端末がある。

調べれば。

ガンダムアストレアについて。

記録が残っているかもしれない。

この時代のレイナスについても。

何か見つかるかもしれない。

けれど。

アーミアは。

端末を取り出さなかった。

未来を知っている。

だからといって。

過去のすべてを知っているわけではない。

知らないものがあるたびに。

未来の記録を開いて。

答え合わせをする必要もない。

モニターの中で。

レイナスが。

知らない機体の操縦系を。

一つずつ自分のものにしていく。

その姿を見ながら。

アーミアは思う。

――私が知らない先生も。

まだ。

たくさんいるんですね。

そして。

格納庫に残された。

白いガンダム。

ガンダムアストレア。

レイナスがそのコクピットへ座る日は。

まだ。

少し先のことだった。

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