死に至るTS俺っ子を救うために包丁でサクサクされる話 作:かりほのいおり
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喧嘩の強さ弱さを議論する以前の足切りラインは、躊躇なく他人をぶっ飛ばせるか否かというところ。
そして、その土俵にも立てないにも立てないやつは等しく喧嘩弱者に並べてしまって良い様な気がする。
良いか悪いかはさておいて、俺は人を殴り慣れていない。
拳を振り上げても最後の最後でなんとなく配慮をしてしまう、そんな言い訳を、嫌になるほど青い空を見上げながら考えていた。
校舎裏の日陰。ついさっきまでの喧騒はどこへやら、いつもの静けさを取り戻した場所で俺は地面にへばり付いている。
もちろん、土汚れを厭わず大地のありがたみを感じてるわけでも、この広い地球で自分のちっぽけさを実感しているわけでもない。
ただシンプルに、喧嘩に負けてボコボコにされてそのまま放置されているだけだった。
「……あのなぁ、いつまでそうしてるんだよ」
「この恨みをどうやって晴らすべきか思いつくまで」
のろのろと体を起こせば、学ランに身を包んだ白井が俺のことを呆れた様に見下ろしていた。すっかり平静を取り戻した様に見えてまだ目尻が赤いままなのだから、全く本当に許せないのだけれども、どう足掻いたって腕力で勝てなかったのだから仕方がない。
「そもそも、俺とアイツの話に佐久間は何も関係ないだろ」
「関係ないと言えば関係ない、関係があると言えば関係があるんだよ」
実質的な繋がりは確かになかった。
白井も、俺のことをしこたま殴りつけたアイツも、直接的な繋がりはほとんどなくただのクラスメイト止まりなのだから。
「でもだからと言って、女の子を泣かせるような奴をそのまま見逃したら男が廃るって」
「なんだそりゃ、っていうかお前は俺の事情も知ってるだろ」
「白井が元男だっていう話か? そりゃ当然、でもあのクソボケを好きになったってことはそういうことなんじゃないのか」
そして結局、派手に爆散した。
そういう目でお前のことは見れないと、ずっと友人としてしか見てなかったと。軽く笑い飛ばして気持ち悪いとまで相手の気も知らずに平気で言って、俺はそれ以上隠れて聞いていられなかった。
人の思いをそんな簡単に踏み躙れる精神が許せなかったというのはあくまで一要因。この事態を引き起こした発端は間違いなく自分であったから、その責任に背中を押されて咄嗟に飛び出してしまっていた。
「実はさ白井、ラブレターの送り先の机を間違えてたんだよ」
「……へ?」
「お前が俺の机にラブレターを入れたから、仕方なく宛名だけを確認して後ろの席に移してやった訳」
まあ一部は嘘だけど。
ちゃんと中身を確認して、白井の告白の結末をデバガメしようとやってきたのだけれども。
こんな人気のない場所に偶然俺が来るはずが無いっていうのは冷静に考えれば分かりそうな事だったけれども、彼女は頭を抱えて煩悶としているからそれどころではなさそうだった。
「マジ? マジでそんな失敗やらかしてたの俺?」
「じーまー、そんなところで嘘つくかよ」
「っはー情けねー……お前もさぁそのまま渡してくれなければよかったのに」
そう力無く白井は笑っていた。
確かに選択肢は自分の手の中にあった、自分の気持ちを鑑みればきっとその選択肢に至ってもおかしくなかった
「本当、見る目ないよな」
その台詞は、果たして誰に向けてのものだったか。
中学校の頃の出来事、俺とあいつの接点の始まりの話。
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世の中は成人の日である。
ふらつく手でグラスにロックアイスと適当に叩き込んで、ウイスキーとコーラを適量注ぎ込めばお手軽コークハイの完成。
もちろん未成年飲酒をしているわけではない。成人の日を前に佐久間 稔はちゃんと20歳を超えていたからそこら辺は抜かりがない。
問題はここが成人式の二次会会場でも何でもなく、一人暮らしをしているアパートだという事だろう。
「お前もさ、成人式に出ればよかったのになぁ」
「うるせーよ、俺にも色々事情があるの」
炬燵を挟んで対面で仲良く飲んでる間抜けは大学の同学年ではあるけれども一浪生、去年の成人式にはきっちりと参加している。
もちろん自分にも成人式のハガキは届いていたけれども、一番思い入れの深い中学校の頃の地元ではなく今の住んでいる区に括られていた。
ちゃんとその意思があれば参加する場所を変更できることは知っていたけれども、何となくそこへ行く気も湧かずに寂しく二人で飲んでいる。
他の友人は当然のようにみんな成人式へと向かっていた。
「こう、お前にもさぁ、なんかこう、淡い青春の思い出とかないのかよ。あの頃好きだった子は今どうなってるんだろうとか思わないのかよ!?」
「あー聴きました聴きましたよ、あの頃片思いした相手といい感じに話せたと思ったら、実はシングルマザーになっていたとカミングアウトされた話ですよね」
「うるせー! 俺の話じゃなくてお前の話を聞かせろっていってんの!!」
一気に飲み干した缶をちゃぶ台に叩きつけ、間抜けはそう言った。
もうすっかり目が据わっている、こうなったらもう手がつけられないことを俺は身に染みていた。
身を正して、こほんと一つ咳払い。
「ある日突然性別が変わるって噂、聞いたことあります?」
「まあ、小耳に挟んだことはあるけど都市伝説みたいなもんじゃないのか?」
「あれ、実際にある話なんですよ。少なくとも俺が知る限りでは一件起きてます」
ほうほう、それでそれでと間抜けが興味津々で身を乗り出してくる。
我ながら滅多にしない昔話をしている感覚があった、きっと酒が入って口が軽くなっているに違いない。
そうはわかっているのに、歯止めをかけられない。
「で、そうして男から女の子になっちゃった奴を俺は好きになっちゃったんですよ」
「おい、男にもちゃんと子をつけろよ」
「これだから酔っ払いは……」
お前も大概そうだろ、間抜けはそう呟きながら空いた俺のグラスに勝手に手製コークハイを注いでいる。
明らかにウイスキーの分量が間違ってるのに気づきながらも指摘せず、口に運んだ。
こんな時は酔えるだけ酔ったほうがいいということを知っている、そうでなければ話せないことがいくらでもあるのだから。
コーラで隠せないほどのアルコールのキツさに顔を顰めつつも、俺は話を続けた。
「で、そいつが振られた弱みに漬け込んで俺はいい感じに友達になったわけですよ」
「ちょっと待てっ、えーと、その女の子?男の子?」
「白井です」
「その白井って子はつまり男が好きなの、女が好きなの?」
「そいつが振られたのは男ですね、白井の自認がどっちなのかは知らないですけど」
少なくとも中学校の時、白井はずっと学ランに身を包んでいた。
それが意味することは自分の事を男として扱ってほしいという意味だったかもしれないし、所詮は惰性なのかもしれない。
たまに休日に遊ぶ時もそれまで来ていた服の着回しだったから、女っ気というものは全くなかった。
「ということは、佐久間は告白しなかった訳だ。それを確認する勇気がなかったんだろ、自分が恋愛対象であるかどうかを」
「……正解」
全く、眼前の女には一年の長がある。
すっかり酔いもまわっているだろうに。
「結局、最後の最後まで俺は告白できなかった。それも喧嘩別れみたいな形で、同じ高校に行こうとも約束してたのに」
「行けば良かったんじゃねーの?」
「学力でどうにかなる話なら、まだ良かった」
形勢が悪くなったと感じたのか、そいつはふいっと視線を逸らしてテレビのチャンネルをガチャガチャと弄っている。
まるで裏で流れる湿っぽい番組が悪いと言わんばかりに。けれども一通り巡ってもまともな番組はやっておらず、国営放送へと落ち着いてようやくこちらを向いた。
「最終的に見送りも無しに俺は生まれ育った街を離れました、白井との縁はそれっきりです」
「って言っても今時LINEがあるんだからどこでもやり取りできるんだろ? いい感じだったのなら、成人式に来るのかーみたいな鎌掛けはあったりしなかったか?」
そうでもなければ見込み無しだと思うけれど、それだけ行ってそいつは興味をなくしたかのようにテレビを眺め始めた。
正直に言えば、昔から変わらず使い続けてたアカウントにメッセージは届いていた。
『成人式、くるか?』
たった一言だけ投げ込まれて、俺は『未定』とだけ返したのだ。
『そう』
それで会話は終わり。
ただ何となく思いついて、確認をしたかっただけみたいな言葉にどこか梯子を外されたような感じがしたのだ。
何を考えてるかさっぱりわからない。
それを確認するのが怖くて、俺は結局ここにいる。
もしかしたら、白井に恋人ができているかもしれない。
目の前の間抜けの体験談のように、結婚して、子供ができて、終いに破局まで至ってる奴もいるのだから、あいつがそんな可能性を否定できない。
いや、流石にそんなことはないと信じたいけれども、縁がほとんど切れてから5年である。それだけあったら人が変わるのに十分な時間だ。
それなら、それなら俺は確認しないほうがいい気がしたのだ、夢は夢のまま留めて仕舞えばいいと思った。
例え消極的な考えだとしても、後悔する選択が導いた結果を確認するのが酷く怖かったから。
氷がカランとグラスに揺れる音を聞いて、コーラだけを注ぐ。あまりに飲みすぎたな。地面がグラグラと揺れるのを感じながら、チェイサーとしてコーラを喉に流し込んだ。
やり残したことが尾を引いている。こうすれば良かったという選ばなかった選択肢がずっと脳裏にちらついていた。
快く手紙を入れ替えたのもそう、喧嘩別れしたのもそう。
あまりに勿体無い時間の使い方をした、それだけあれば何だってできたのに。
「行きたかったなぁ、海」
「いつでもいけるだろ、場所がわからないなら川を下っていけばそのうち辿り着くぞー」
「んなこと俺だってわかってますよ」
ってか、今から一緒に出掛けようか?
そんな酔っ払いの戯言に耳を貸す必要はない。そもそも時間も22時を過ぎてるし、交通の足が途絶える頃なのだから今からどうやって海まで行くというのか。
車を使おうにもアルコールでべろべろに酔ってるんだから、やっぱり川沿いにトボトボと歩いていくしかないだろう。そんな事をすれば途中で冬の寒さで二人仲良く凍死するに決まってる。
あまりに間抜けな死に様だ――というか、こいつはいつになったら家に帰るのだろうか。
じっと目を見つめると露骨に視線を逸らす、確信犯である。
「ってかこのニュースやばいよなぁ、成人式狙ってたんかねぇ」
「おい、こっち見ろ、流石に今日は家に帰れよお前」
顔をこちらに向けようとグイグイと頬を掴むけれども、全然動かない。代わりに目を細めて「ん?」とそいつは呟いた。
「おい佐久間、お前の地元ってどこだっけ?」
「前に言いませんでしたっけ? ⚪︎⚪︎線と××線が交差する街だって」
「いや、それならこれ、お前の地元じゃねーか?」
そう言ってそいつが指差している先を俺は見た。
それは確かに自分が通っていた中学校のようで。テロップには『成人式会場付近で通り魔、一人死亡』と白字が踊っていた。
『――本日9時ごろ、◼︎◼︎市で行われる予定だった成人式会場付近の路上で、男が刃物で通行人を切り付ける事件が発生しました。この事件で5名が怪我をし、そのうち2名が心肺停止の状態でしたが、女性1名が死亡しました。切り付けたのは……』
ぷつりと画面が暗転して、エアコンの稼働する音が静かに響く。
確信はない、名前はニュースに流れていないのだから。
それなのに、どうにも嫌な予感が拭えない。
ふらつく視線でスマホを見つけて。
酒の酔いだけではない尋常じゃない震えが体を襲って、まともに文字も打てやしない。モタモタと安否を確認するメッセージを送ろうとして、それすら億劫になって通話ボタンを押した。
いくら待っても応答なし、何度かけても繋がることはない。
「……悪い、ちょっと出るわ。確認が取れたらすぐ戻る」
「……おう」
サンダルをつっかけて、ジャケットを一枚だけを羽織って外に出る。身を切るような寒さに手が悴んで、それでも少しだけ酔いが覚めたような気がした。
フラフラと歩きながら、スマホでニュースサイトを探る。20代の女性が死亡し、その人物が成人式へ向かっていたことまで、ちゃんと書いてあった。
どこにも名前はない、だが果たしてどれだけの確率だろうか。
ざっと見繕って合計参加者は200人ぐらい、その半分だから100分の1。ありえない確率とは言い切れない、そんな数字。
もしかしたら、そもそも参加してないかもしれない。俺が未定だと言ったから白井も参加を見送ったかもしれない。
そう信じ込もうとして、その時不意にスマホに着信の音がした。
出るべきじゃない、知るべきではない。
何も無かったことにして記憶の奥底に塞ぎ込んでしまったほうが楽に決まってる。
一度は着信が途切れて、けれどもしつこく俺を呼ぶ音がする。
取り落として地面に落としたそれを、拾い上げてしまったのは果たして何でだったか。もしかしたら、そうでは無いと一時の安心を得たかったのかもしれない。そこさえ乗り越えられれば、ずっと不安を抱え込まなくてすむと安易に手を伸ばしてしまった、そんな気がした。
『――、――』
ノイズ混じりの、ただ淡々と起きた事実だけを告げる声。どこか遠い世界の出来事のように、俺はそれを聞きながらぼんやりと空を見上げていた。
今にも星が落ちてきそうだと思ったのだ、どうせなら真っ逆さまに落ちてきて、何もかも全部めちゃくちゃにして仕舞えばよかったのに。
結局、何も変わらないままだった。
俺は5体満足ピンピンとした状態のまま、気がつかぬうちに切れた電話を抱えて、ぼんやり道の真ん中に立っていた。
ふらつく足を必死に動かして、前へ前へと進んでいく。
吐き気を堪えようと口を手で押さえて。酔っ払いのぐずぐずに腐った脳みそでも、吐瀉物で道を汚したら不味いということはわかっていた。
ようやく辿り着いた、川を渡す橋の欄干から身を乗り出して、今日飲み食いしたものを全部吐き出した。全部吐いたつもりなのに、まだ搾り出そうと胃がキリキリと締め付けられる。
死んだ、死んでしまった。俺と違って白井はちゃんと成人式に向かっていたのだ。そうしてその途中であっけなく殺されてしまった。
もう二度と、あいつと出会うことは無いのだ。
その機会はとっくに逸してしまった。
冷静に考えれば、所詮大した縁では無いのかもしれない。例えば、友人になってから二年間ぐらいの付き合いを他に出せば、さっき一緒に飲んでたあいつも同じぐらいになるのだから。
それでも、自分の今を模ったのは白井だった。
己の根幹を辿った先に間違いなくあいつがいた。
そこにぽっかりと穴が空いてしまった、自分のいない間に全部が終わっていた。
でも、その場に俺がいたらなにが変わるというのだろうか。
いくら水面を見下ろしても、そこには何にも写っちゃいない。
約束も守れなかったやつが、何をできる。
あいつを傷つけたやつに、何をできる。
どんと不意に背中を押しのける衝撃が走って、気がつけばあの真っ黒な水面がすぐ近くまで迫っている。
あっという暇もなく、その時初めて冬の川がどういう味なのかを知った。
それから、そのまま。