死に至るTS俺っ子を救うために包丁でサクサクされる話 作:かりほのいおり
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はたして、どうしてこうなったのか。
手狭なアパートの廊下にて、次々と我が家に段ボールが運び込まれるのを見守ることしか俺にはできなかった。
「おお、仕送りか? なんかカップラーメンとかあったら分けてくれよ」
「そうだったらどれほど良かったか、あれは俺の荷物じゃないからおいそれと渡せないですよ」
ブーブー文句を言いながら、一つ年上の級友がずしりと背中に体重がのしかかるのを甘んじて受け入れる。その程度ならば、もう特段身体に痛みも感じない。
術後の経過は順調、残ったのはほんのちょっとの後遺症。
「今日から新しく同居人が来るんです」
「へー、もしかして女? 女か?」
「……」
「お、まさかのビンゴ? あんなに女っ気のなかった佐久間も隠れてコソコソとやることやってたってわけだ」
「やられてることはただの押しかけ女房なんですけどね」
背中に感じていた体重がふっと軽くなる。
振り返れば用が済んだとばかりに彼女は遠ざかっていた。
「それじゃあ、しばらく佐久間んちじゃ飲めねえなぁ」
「誘ってくれればいつでも駆けつけるんで」
「バカ言え、お前が彼女をほっぽり出して他の女と飲んでたらこっちが刺されるっつーの」
「勘違いしてるけど彼女じゃないですよ、あいつは」
じゃあなんなんだという問いかけに思わず言葉を詰まらせる。それをどう呼称するべきか少し悩んで、俺は「懐かしい友人」と言ったのだ。
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未来は変わった。
白井は死なず、俺も運良く生き延びて、怪我人は他に誰もいない。
俺が過去に戻った体験ははたして何だったのか、いまだに説明出来ない。タイムスリップとも言いずらいし、逆行ともなんか違うような気がする。一番しっくり来るのはやっぱり死にかけに見る走馬灯。
あれは一炊の夢だったんじゃないか、そんな考えが一番しっくり来るのだ。
でも、確かに過去は変わっていた。
ラブレターの経緯も、引っ越しの日の出来事も。
そして成人の日の予定すらも。
参加に後ろ向きで結局足を運ばなかった俺と違い、事前に成人式に向かう事を白井に伝えているのだから、全く向きが変わっていた。
それは自分が変わったというより、白井の俺との向き合い方が変わった事が原因のような気がした。
折を見て確認したLINEのやり取りは、引越ししてからも途絶えず続いていた。自分からアプローチする形ではなく、あいつから送られてくる形で。
読み返すたびに思わず目を覆いたくなる。こちらから振りを入れることすらしていないのだから、我ながら酷く情けない。
入院中、白井は頻繁に顔を出していた。
走馬灯のことは最後に起きた結末の断片しか話せていない。と言っても、あいつがちゃんとコンビニでの会話を覚えていたのであれば、おおよそ何が変わったのか予測はできているのかもしれないけれども。
過去の二回の変調、それに結末。
何をどう変えたのかを言わないのは卑怯者と指弾されるようなことなのかもしれないけれど、中々どうしても言い難い。
だから、必然的に会話の内容は白井が主体となる。
もっと前に話したいと思ってたことは走馬灯に蹴り出されて、それを隠してしまうと俺は極端に会話の種が乏しくなる。
そんな時にふっと話題に上がったのは、今は一人暮らしをしているということで、俺もまた一人暮らしである事を告げたのが運の尽き。
それなら一緒に住めば家賃も浮くんじゃねと、推しに押されてこの様なのだからまったく。
「だーかーらっ、お前まだ左手が動かないんだからじっとしてろって」
「動くわ、馬鹿。リハビリ兼ねての荷解きぐらいの手伝いならいいだろ」
「あっそ、じゃあ俺が見てるから試しにグーパー繰り返してみろよ」
一度目は上手く行った。
二度目は指が引き攣って、指示に従おうとしない。右手を使って無理にグーにしてみせたけれども、その状態で手伝わせてくれるはずがない。
仕方なく部屋の隅っこで白井が段ボールから荷物を次々に引き出してくるのを眺めるていた。
これが後遺症。
刃物を素手で握るなんて事をした罰、利き腕ではないことだけが幸い。そもそもの話、腹をサクサクと刺されても命に別状はないのだから、この程度の後遺症で済んだ事を諸手を挙げて喜ぶべきなのだ。
ミニマリストとまでは言わないけれど、そら寒いと評されたさっぱりとした部屋は、白井が荷物を広げるたびに段々とごちゃっとしていくように思える。
というか、明らかにそうなのだけれども。
なんとなく、ぎゅっと圧迫される感覚。
「ドライヤーは一つでいいじゃないか」と呟けば、何やら冷たい視線で睨まれて、俺は部屋の隅っこへと立ち位置をずらした。
変わる、変わっていく。
まさしく夢のように、俺が望んだように世界が移っていく。
眠気に抗って船を漕ぐ。瞬きをするたびに部屋の配置が少しずつ変わっていって、気が付けば白井が目の前で俺のことを見下ろしていた。
「おい佐久間! なんだ、ねてるのか?」
「いや、ちゃんと起きてるよ。何?」
「眠けりゃ寝てていいのに、まあいいけど。今日の晩飯どうするかって話。作るか、外か、ここら辺をまだ知らないからおすすめの店があるなら教えて欲しいんだけど」
と言われても特にお勧めするものもない。
駅前に行けば適当なラーメン屋があるからそれでいいんじゃないかと言えば、二つ返事で頷いた。
ひどい眠気にまた一つ欠伸が出る、その様を白井がぼんやりと眺めていた。
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「お前さ、なんか隠していることあるだろ」
寝室、豆電球の下。二つ並べられた布団の片方に吸い込まれてから暫くして、白井はそう呟いた。
「ああ……実はな、このアパートは二人で住むには余りに狭すぎるという考えに至ってな」
「まあ何とかなるだろ、最悪引っ越せばいいし」
「愛着があるんだよ、愛着が。っていうか大家さんにも無理言ったのにいきなり出てくのは礼儀が立たねーだろ」
大家さんは快く承諾してくれたけれども、無理とはっきり言ってくれれば拒否できたのに。それも誰に言うでもない言い訳か、少しだけ楽しみにしているのは事実なのだから。
「ああ、そういえば俺が着替える時はお前寝室から出てくるなよ。さっきみたいにな」
「俺が家主なのに……?」
「まあ、鶴の恩返しみたいなもんだと思っておけよ」
「しかもだいぶ厚かましい、恩返し要素はどこ……?」
「美しい娘が押しかけてくるところ」
「鶴要素やね、それは。機織り要素がどこかって話だよ」
「私の裸を見られたら実家に帰らさせていただきます」
「鶴要素しかねーじゃねえかよ!」
徹頭徹尾鶴だった、ケラケラと笑う白井を放っておいて毛布を口元まで引き上げる。ほとんど眠れない、眠りたくないの自縄自縛とはいえ少しでも身体を休ませるために。
「なあ、俺はお前のことが本当に心配なんだよ。顔は真っ青だし、クマは真っ黒、本当に何も隠してないのか? 実はこれ以降にまだ酷いことが起きるのを知っているとかあるのか?」
「……ないよ、何も。俺はこれ以降に起きることを知らない」
もう何が未来に起こるかのか、何一つ知らない。
みんなと同じ視座に立ち、変わり映えのない日常に戻っていくのだろう。
別に、そのことに何一つ問題はない。理解の届かない幸運を掴めた、それだけで十分なのだから。
「ふーん、そっか、そこまで俺のことが信用できないんだ。そうかそうか、お前はそう言う奴なんだな」
「そういう言い方やめろって、俺が全部悪いみたいじゃねーか」
「言えばいいだろ言えば、そんなに口が硬いなら酒でも注いで滑りを良くしてやろうか?」
別にアルコールに頼るまでもない。これは完全に俺の思い込みで、半分は被害妄想みたいなものなのだから。
人によっては笑い飛ばせるような、そんなちっぽけなもの。
天井を見上げる白井のぼやけた横顔を見ながら「怖いんだよ」と呟きを漏らした。
「俺は、あの日からずっと眠るのが酷く怖い」
「……」
ようやく真面目に話を聞く気になったのか、白井はモゾモゾと身体の向きを変えた。視線がかち合うのが少しだけ気恥ずかしくて、入れ代わりに天井を見上げる。
「ある日、目が覚めたらさ、唐突にあの現実が戻ってくるような気がするんだ。白井が死んでしまったあっちこそ現実で、こっち側は束の間に見た長い長い夢な気がするんだ」
全部が上手くいった。
白井も助けて、流れに流されて同棲までして。
これらが全部夢である日突然、泡が弾けるように全部なくなるんじゃないかと恐れている。
余りに上手くいきすぎている、自分が中心に世界が回っているような感覚すらあった。
でもそれをどうやって見破ればいいのだろうか?
限りなくリアルに近い夢と現実を見分ける方法なんて本当にあるのだろうか。夢と現実を行き来するあの映画のように、ずっとありえない回転をするコマとかがあれば見分けがつくのに、そんな都合のいい道具を自分が持ちあわせてるはずがない。
「白井、俺はね、お前が思ってるような人間じゃないんだよ。一度もお前に告白することはなかった、海に行こうって言う約束もまだ果たせてない、成人式には結局行かないで、遠い場所で終わった後に全部を知って」
情けない人間、肝心な時に何もできなかった奴。
それが俺なのだ、どうしてそんな奴に都合のいいチャンスが巡ってくる?
「ずっとその後悔を抱えてる、きっとこれから先も、ずーっとその後悔は背負うことになるんだと思うんだ。失敗したっていう十字架を背負って、その事実にいつか向き合うんじゃないかって恐れてるんだよ」
もしかしたら現実が戻ってくることすらないのかもしれない。
あの川に落ちてから、ずっと長い走馬灯を見ているのかもしれない。パチンとカチンコの音が鳴ったら最後、世界が真っ暗闇に包まれてそれ以降の話は何にもないのかもしれない。
あのカチンコの音が世界が始まる時の音だとすれば、終わる時もまたあの音が聞こえるのだろう。
「そっか」
耳が痛くなるぐらいの静寂、暫くして白井は呟いた。
「……でもね、佐久間。勘違いしないで欲しいんだ。だって俺は、お前に助けられたと思ってるんだから。お前はまさしく、俺が思う通りの奴なんだから」
「……はっ、どこがだよ」
「だってお前は後悔をやり直すチャンスがあったら、即座に飛び付ける人間だったんだろ? こうすればよかった、ああすればよかったって一人で考えすぎるぐらいに反省してさ、より良い方向に世界を回したいの願って、実際に自分の身を切ってまで行動したんだから」
違う、違うんだよ白井。
極めて独善的に、俺は自分の都合のいい方向に世界を進めたかっただけなんだよ。
でも、その否定の言葉がどうしても口から出せなくて。
鼻の奥がツンと染みて、ぐっと歯を食いしばっていた。
滲む視界の中、ふらっと白井が立ち上がって電灯の線を一つ引けば世界は真っ暗闇に沈み込んで。その暗点に乗じて、こちらの布団の隙間に身体を捩じ込んできた。
ぎゅっと優しく抱きすくめられて、耳元で囁かれる。
「明日はさ、海に行こう。最後の約束をさ、一緒に終わらせに行こう」
嫌だ、と呟こうとしてそのまま睡魔に引き摺り込まれる。
意識がゆっくり解かれていく感覚。
それから、そのまま。
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電車に二人仲良く揺られて。
目的地に降り立てば、既に軽く潮の匂いがした。
自転車に比べればあっという間だ。
体力にしても、時間にしても。
普通に馬鹿なんじゃないか、自転車で海まで目指すとか。
「あの日、自転車で目指したのはやっぱり無理ゲーだったかな」
「当たり前だよばかやろー! 大体前で漕いでるお前はいいけどな、荷台の後ろで黙って揺られるのもけつが痛いんだからな!」
勢いよくケツに爪先がめり込んで、余りの痛みに呻き声を漏らしながら思わず電柱に手をつく。やりすぎだろと抗議しようと振り返れば、白井は涙目で足を抑えていた。
馬鹿と呟こうとして、取りやめる。
どうせ碌なことになりゃしない。
仕方なく白井を背に乗せてふらふらと歩く。
目的地はそこまで遠くはない。一歩前に進めるたびに潮の匂いが強くなる、海が次第に近づいてくる。
ふと、足を止めた。
早く前へ進めと頭をペシペシと叩くのも無視。
少し考えて、まあ、このままで良いだろうと結論づけた。
きっと顔を見ない方が素直に言える気がした。
「なあ、白井」
「んだよ。早く進めよ、多分海は近いぞ!」
「わかってるよ、ちょっとは俺の話を聞けって」
ああ、でも、少しだけ残念だった。
「俺はさ、ずっと白井 真のことが大好きだよ」
今、白井はどんな顔をしてるのだろうか。
それだけが酷く気になって。
それから、それから。