ハリー・ポッターと時を止める少女   作:メイドと血の魔法学校

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こんにちは、メイドと血の魔法学校です。

へっくすん165e83様の作品はとても素晴らしく、楽しく読ませていただきました。
一方で、「自分ならこのコンセプトをこう描いてみたい」と思う部分も多くあり、今回、同じ「十六夜咲夜がホグワーツに入学する」というコンセプトで、設定や展開を一から組み立てた別の物語を書いてみることにしました。

先行作品とはストーリー、設定、キャラクター解釈などが大きく異なる作品になる予定です。

よろしくお願いします。



サクヤ・ベスターと賢者の石
1 孤児院の少女サクヤ


 

 古びた孤児院のドアが、軋んだ音を立てて開いた。

 

「おはよー」

 

 軽やかな声でそう言いながら、私は手で寝癖を直した。

 

 キッチンから顔を出したのは、ジョンソンだった。

 年配の女性で、ここエブリス孤児院ではみんなの「お母さん」みたいな存在である。

 

「おはよう、サクヤ! 朝ごはんの準備、手伝ってくれるかしら?」

 

 サクヤ・ベスター――私の名前だ。

 本名かどうか? 知らない。

 多分違う。院長先生がつけたって言ってたし。

 

 それから私は、クローゼットからエプロンを引っ張り出した。

 

 エブリス孤児院のご飯は、毎食子どもたちと先生が作る。

 朝ごはんは量が少ないが、年齢柄朝早く起きる子供もさほどいないため、一人あたりの作業量はそれほど変わらなかった。

 

「サクヤは、スープの見張りをしてほしいわ」

 

 スープの見張りといえば、スープが吹きこぼれないように監視し、もしそうなりかけたら火加減を調整するという仕事だ。

 その内容と危険性から、11歳以上の子供だけが任される役職である。

 私は先月11歳になったから、このように任されているというわけだ。

 

 しかし――ちびっ子たちの憧れにしては、あまりにも暇な仕事だ。

 なにせ吹きこぼれることなんてそうそうないくせに、よそ見すると叱られるのである。

 こんな仕事、ちびっ子たちの憧れになる方がおかしいと思うが――やはり、「11歳以上」というのが効いているのだろう。

 

 私はスープを見る。正直暇な仕事だ。

 だから――私はずっと、ジョンソンの野菜さばきを見ていた。

 

 ジョンソンは、大きなキャベツと格闘していた。

 ブツブツ言いながら、キャベツに包丁を当てている。

 

 そのときだった。

 

 ザクッという音と、ジョンソンの「わっ!」という声が重なる。

 包丁が手から滑り、彼女の足元めがけて――

 

 ――私の世界が、静止した。

 

 台所の音が、パタリと消える。

 スープの泡立ちが、パタリと止まる。

 周りの子供たちも、そこでワンシーン切り取ったかのように止まっている。

 

 さて、包丁である。

 先生の手元から離れた包丁は、一切の動きを見せずにその場で静止している。

 

 サクヤは包丁の柄に手を伸ばし――その位置を、ほんの少しずらした。

 それから、またスープの見張りの位置へと戻った。

 そして、また世界を動かした。

 

 ――ガチャン!

 

「うわっ!」

 

 包丁が床に落ち、カランと音をたてた。

 刃が折れるか心配だったが、どうやら折れはしなかったらしい。

 

 ジョンソンは立ち尽くし、子どもたちが「大丈夫!?」と駆け寄っていく。

 彼女は包丁を拾い上げ、ニコッと微笑んだ。

 

「――大丈夫よ。かすり傷一つないわ」

 

 サクヤは何事もなかったかのように、ジョンソンに尋ねた。

 

「先生、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」

 

 サクヤは笑って、何も言わなかった。

「使っちゃった」という罪悪感と、「怪我しなくてよかった」という安堵が、胸の中でぐるぐると混ざり合っていた。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 朝食を終えたサクヤは、午前中の勉強に使う教科書を取りに部屋へ戻ろうとしていた。

 

 夏休みといっても、この孤児院に本当の意味での休みはない。

 学校へ行かない代わりに、午前中の決まった時間だけ勉強をすることになっている。

 

 長い休みのあいだに学力が落ちないように、ということらしい。

 

 もっとも、学校の友人に聞いた話では、普通の家では夏休み中に毎朝こうして机に向かわされることはないらしい。

 

 サクヤは、少しくらい羨ましいと思った。

 だからといって、勉強をしなくてよくなるわけではないのだけれど。

 

 サクヤは自分の部屋に戻り、カバンから教科書を取り出し、何をしようか迷った。

 ――その時、耳元で蚊の羽音が聞こえた。

 

 サクヤはため息をついて、時間をとめた。

 そして空中に漂う蚊を、両手で挟むようにして潰した。

 

 ――この能力は、蚊を潰す時には便利だ。

 

 サクヤは、この能力を隠して生きてきた。

 いや、隠していたわけではない。

 

 昔、一度だけ、孤児院の職員の前で使ってしまったことがある。

 

 転びそうになった子供を避けるためだったか、それとも落ちてきた物を避けるためだったか。

 今となっては、きっかけそのものはよく覚えていない。

 

 ただ、時間を止めて場所を移動し、再び時間を動かした。

 

 サクヤにとっては、それだけのことだった。

 

 けれど、周囲からは違って見えたらしい。

 

 ついさっきまでそこにいたはずのサクヤが、一瞬のうちに別の場所へ移動していた。

 床へ落ちるはずだった物が、いつの間にか別の場所に置かれていた。

 

 その場にいた職員の一人は、顔を青くしてサクヤから後ずさった。

 あの顔を、サクヤは今でも覚えている。

 

 その日の夜、院長に呼ばれた。

 

 怒られるのだと思った。

 だが、院長はサクヤを叱らなかった。

 

「君がしたことは、悪いことではないよ」

 

 そう言ってから、少しだけ困ったような顔をした。

 

「でもね、世の中には、自分に理解できないものを怖がる人がいるんだ」

 

 だから、人前ではなるべく使わないようにしなさい。

 

 それが院長との約束になった。

 

 サクヤには、なぜ自分ができることを他の人間にはできないのか分からなかった。

 どうしてそれを見ただけで怖がるのかも、よく分からなかった。

 

 けれど、人が怯える顔を見るのは好きではなかった。

 

 それ以来、時間を止めるのは誰にも見られていない時だけにしている。

 自室で蚊を潰す程度なら、なおさら問題はない。

 

 サクヤは指先についた蚊を拭い、時間をまた動かす。

 そして、何事もなかったように教科書へ手を伸ばした。

 

 ▽ ▽ ▽

 

「サクヤ! お客さんよ」

 

 ジョンソンの声が、ドア越しに響いた。

 お客さん? 役所の偉い人だろうか。

 

 エブリス孤児院は、程度はどうあれ役所の管理下だ。

 だから、「中でいじめがないか」とか「職員が暴力をふるってないか」とか確認するために、たまにこうして抜き打ちテストがおこなわれるのだ。

 

 サクヤは時間を止めた後、床に広げていた教科書を机の上にまとめた。

 時間を止めているのだから、相手を待たせる訳ではない。

 

 時間を動かしてからドアを開けると、ジョンソンは「院長室にきなさい」と言った。

 断る理由もなかったサクヤは、そのままジョンソンについていった。

 

 そこにいたのは、エメラルド色のローブに身を包んだ女性だった。

 

(……こりゃ、偉い人じゃなさそうね)

 

 サクヤは察した。

 だが、偉い人じゃなければ、なんのために――?

 

 熟考する暇もないまま、クーパー院長が「座りなさい」といった。

 サクヤは、女性とむかいあうように座った。

 

 ジョンソンが部屋を出たので、院長室にはサクヤ、女性、クーパーだけが残った。

 

「あなたがミス・ベスターでよろしいですよね?」

 

 女性が尋ねたので、サクヤは正直に頷いた。

 すると女性は、ローブから1枚の封筒を取り出した。

 

「――まずは、これをお読みください」

 

 あまりにも怪しかったが、とりあえず開くことにした。

 ほんとに怪しかったら院長が止めるだろうし。

 

 サクヤは封筒に手を伸ばし、宛名を見た。

 分厚い羊皮紙に、エブリス孤児院の住所とサクヤの名前が、エメラルド色のインクで書かれている。

 

 どうやら、自分宛の手紙であることは間違いなさそうだ。

 しかし、誰が何の目的で――サクヤにはまだわからない事が多すぎた。

 

 震える手で封筒を裏返すと、紋章入りの紫色の蝋で封印がしてあった。

 

 蝋には大きく“H”と書かれ、その周囲をライオン、ワシ、アナグマ、ヘビが取り囲んでいる。

 

 これが何を意味する物か理解できないサクヤは、取り敢えず貰った封筒を開けて見ることにした。

 封筒には二枚の手紙が入っていたので、サクヤは一枚目の手紙を黙読した。

 

 そこには、未知なる世界が文字の上で広がっていた。

 

 親愛なるサクヤ・ベスター殿

 

 このたびは、ホグワーツ魔法魔術学校に入学を許可されましたことを、心からお伝えいたします。

 教科書並びに必要な教材の一覧を同封致します。

 

 新学期は9月1日に始まります。

 7月31日までに、ふくろう便にてのお返事をお待ちしております。

 

 敬具 副校長、ミネルバ・マクゴナガル

 

 サクヤは、思わず手紙の文面から目を離した。

 それから――この手紙に関して何か知っていることを期待しながら――女性とクーパーに尋ねようとした。

 

「……まずは二枚目を読んでみましょう、ミス・ベスター」

 

 女性に止められた。

 そして言われるがまま、サクヤは2枚目の手紙に手を伸ばした。

 

 そこには教材リストの一覧が書かれていた。

 制服のローブ、教科書、魔法の杖、鍋、さらにはフクロウやヒキガエルも持参可能とのこと。

 

 そしてどういう訳か、一年生は個人用の箒を持参できないらしい。

 まさか魔法の学校を掃除する為に家から箒を持ち出す訳じゃないだろう。

 

 ホグワーツと呼ばれる魔法学校の生徒たちは、恐らく何かしらの魔法的な用途――それこそ、空を飛んで移動するとか――で箒を用いるに違いない。

 サクヤは、そう推理した。

 

 ……とは言え、サクヤは魔法について、それこそおとぎ話の中でしか知らなかったのだ。

 時間停止こそあったものの、それを魔法だとはしらなかったのだ。

 二枚目の手紙は――一枚目の手紙よりも、まるで意味がわからなかった。

 

 サクヤは手紙を膝の上に置き、目の前の女性を見た。

 

「……あの」

「はい」

「これは、なんですか?」

 

 あまりにも漠然とした質問だった。

 しかし、今のサクヤにはそれ以外の聞き方が思いつかなかった。

 女性は少しだけ眉を上げたものの、笑うことはなかった。

 

「そうですね。まずは自己紹介から始めるべきでした」

 

 女性は姿勢を正した。

 

「私はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツ魔法魔術学校で副校長を務めています」

「……本当に魔法学校なんですか?」

「本当に、です」

 

 サクヤはクーパー院長を見た。

 院長も、困ったような顔をしていた。

 どうやら、院長も事情を詳しく知っているわけではないらしい。

 

「でも、私、魔法なんて使えません」

 

 そう言うと、マクゴナガルは初めて少し不思議そうな顔をした。

 

「あなたには魔法の素質があります。そうでなければ、ホグワーツから入学許可が届くことはありません」

「でも、そんなもの――」

 

 そこまで言って、サクヤは言葉を止めた。

 

 そんなものはない。

 そう言い切ろうとした。

 

 しかし、本当にそうだろうか。

 サクヤには一つだけ、他の人間にはできないことがあった。

 

 時間を止めること。

 

 今まで、それを魔法だと思ったことはなかった。

 ただ、自分だけにできる奇妙なことだと思っていた。

 

 サクヤはしばらく黙ったあと、恐る恐る尋ねた。

 

「……魔法って、杖がなくても使えるんですか?」

 

 その質問に、マクゴナガルの目つきがわずかに変わった。

 

「幼い魔法使いが、感情の高ぶりなどによって無意識に魔法を使うことはあります。まだ杖を持っていない子供であってもです」

「じゃあ、自分の意思で使うことも?」

 

「入学前の子供が、ですか?」

「はい」

 

 マクゴナガルは数秒考えた。

 

「まったくないとは言いません。しかし、珍しいことです」

 

 サクヤは膝の上で手を握った。

 院長との約束を思い出す。

 

 人前では使わないこと。

 理解できないものを怖がる人がいること。

 

 今まで、それを守ってきた。

 けれど――もし目の前の女性が、本当に魔法を教える学校の教師なのだとしたら。

 

 この人なら知っているかもしれない。

 自分が、一体何をしているのか。

 

「私……一つだけ、変なことができるんです」

 

 マクゴナガルは何も言わず、続きを待った。

 

「時間を止められます」

 

 沈黙が落ちた。

 クーパー院長がサクヤを見る。

 

 マクゴナガルは表情をほとんど変えなかった。

 しかし、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「時間を、止める?」

「はい」

 

「そう感じる、という意味ではなく?」

「たぶん、本当に止まっています」

 

「詳しく説明していただけますか?」

 

 サクヤは、これまで誰にも話さなかったことを説明した。

 

 時間を止めているあいだ、他の人間は動かないこと。

 落ちている物も空中で止まること。

 その間に自分だけは自由に動けること。

 そして、自分の意思で再び時間を動かせること。

 

 話しているうちに、マクゴナガルの顔がだんだん険しくなっていった。

 

 サクヤは不安になった。

 

 やっぱり話さない方がよかったのかもしれない。

 

「……いけないことなんですか?」

 

「いいえ」

 

 返事はすぐだった。

 

「あなたが悪いという意味ではありません」

 

 その言葉は、以前クーパー院長から言われたものによく似ていた。

 けれど、その後に続いた言葉は違った。

 

「ただし、少なくとも私は、そのような魔法を十一歳の子供が自由に扱う例を知りません」

「魔法じゃないんですか?」

「それも、現時点では断言できません」

 

 サクヤは首を傾げた。

 魔法使いに聞けば全部わかると思っていた。

 どうやら、そういうわけでもないらしい。

 

「学校に行けば、わかりますか?」

 

 その問いに、マクゴナガルは少し考えてから答えた。

 

「調べることはできるでしょう」

 

 それから彼女は、わずかに表情を和らげた。

 

「ですが、それ以前に一つ確認しなければなりません。ミス・ベスター。あなたはホグワーツへの入学を希望しますか?」

 

 サクヤは手元の羊皮紙を見た。

 

 魔法。

 杖。

 箒。

 

 自分と同じような、不思議な力を持つ人間たち。

 そして、自分の力について何か知ることができるかもしれない場所。

 

 知らないことばかりだった。

 だからこそ、知りたいと思った。

 

「……行ってみたいです」

 

 クーパー院長が、少し驚いたようにサクヤを見た。

 マクゴナガルは静かに頷いた。

 

「わかりました」

 

 そして、二枚目の羊皮紙を指した。

 

「では次に、そこに書かれている品を揃える必要があります」

「この……杖とかですか?」

 

「杖もです」

「どこで買うんです?」

 

 サクヤはもう一度、教材一覧を見る。

 普通の文房具屋では売っていそうにない物ばかりだった。

 

「ダイアゴン横丁という場所があります。魔法使いのための商店街です」

「どうやって行くんですか?」

 

 マクゴナガルは答えた。

 

「あなたには魔法界に詳しい保護者がいません。ですから、私がご案内します」

「先生が?」

「そのために来たのです」

 

 どうやら手紙の返事が昨日までに届かなかったため、事情を確認する必要もあったらしい。

 もちろん、サクヤにはそんな手紙が来ていたことすら知らなかったのだが。

 マクゴナガルは立ち上がった。

 

「準備をしてください、ミス・ベスター」

「今からですか?」

「ええ。教科書も制服も杖も、一日で揃えられます」

 

 サクヤは自分の部屋に置いてきた、午前中の勉強用の教科書を思い出した。

 今日は算数と社会をやる予定だった。

 

 どうやら、その予定は完全になくなったらしい。

 少しだけ嬉しかった。





ここまでお読みいただきありがとうございます。

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