ハリー・ポッターと時を止める少女   作:メイドと血の魔法学校

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ココからはハリポタ二次創作ではおなじみの展開が続きます。
仕方のないことです。


2 漏れ鍋

 一通り話が終わり、サクヤは部屋に戻った。

 だが、そう長居はできない。

 

「大人の話をするから、先に準備をしていなさい」

 

 クーパーにそう言われたので、サクヤも従ったのだ。

 

 まず用意したのは、帽子と水筒だった。

 いくら魔法とはいえ、7月終わりのロンドンである。

 

「外に出る時は帽子と水筒を持っていくこと。熱中症になるかもしれないからね」

 

 ジョンソンは、いつもそう言っていた。

 なので、サクヤは――水筒にお茶を入れ、帽子を持った。

 

 しばらくして、クーパーが部屋にやってきた。

 

「サクヤ、準備できたかい?」

 

 サクヤは頷いて、クーパーのもとへ向かった。

 ふと横を見ると、マクゴナガルがいた。

 

「うわっ」

 

 一瞬驚いたが、どうやら部屋の中からは死角になっていただけらしい。

 

「では」

 

 マクゴナガルが言った。

 

「ここからは私が引率します。クーパー院長、ありがとうございました」

 

 そう言われたクーパーは、またきた道をもどっていく。

 それを見送ろうともせず、マクゴナガルはいった。

 

「――それでは行きましょう。私の腕につかまってください」

 

 何をするつもりなのかは見当もつかなかったが――サクヤは言われるまま、マクゴナガルの腕に手を添えた。

 

 次の瞬間、地面を踏んでいた感覚が消えた。

 身体がどこかへ引っ張られるような奇妙な浮遊感とともに、視界の中の景色が猛烈な勢いで流れていく。

 

 それも長くは続かなかった。

 ほんの数秒後、再び足の裏に固い地面の感触が戻ってくる。

 

 顔を上げると、そこはもうエブリス孤児院の前ではなかった。

 見覚えのない、薄暗い路地の真ん中である。

 

(なるほど。場所を一気に移動する魔法か)

 

 サクヤはすぐにそう理解した。

 

「こちらです」

 

 マクゴナガルは立ち止まることなく路地の出口へ向かう。

 

 彼女の歩く速度は、思いのほか速かった。

 サクヤも置いていかれないよう小走りになり、ようやく隣まで追いついたところで口を開いた。

 

「マクゴナガル先生。今の魔法って、遠くへ移動するためのものですか?」

「ええ。『姿現し』と呼ばれる魔法があります。今使ったのは、それを他人と一緒に行う『付き添い姿現し』です」

 

 マクゴナガルは歩調を緩めることなく答えた。

 

 そういう魔法なのか。

 となると、当然ひとつ気になる。

 

「それって、魔法使いならみんな使えるんですか?」

「いいえ。姿現しは簡単な魔法ではありません。失敗すれば身体に重大な危険が及ぶこともあります。ですから、使用を許されるのは試験に合格した十七歳以上の魔法使いだけです」

「……そうなんだ」

 

 サクヤは少し肩を落とした。

 便利そうだと思ったのだが、どうやら入学したその日から覚えられるような代物ではないらしい。

 

 それからしばらく街を歩き、五分ほど経ったころだった。

 マクゴナガルが一軒の店の前で足を止める。

 

「ここが『漏れ鍋』です。ダイアゴン横丁へ行くには、まずここを通ります」

 

 サクヤは建物を見上げた。

 こんな街中に堂々と魔法使いの入口なんか置いて大丈夫なのだろうか。

 もっとも、その疑問は口には出さなかった。

 

(どうせ普通の人には見つからないようになってるんでしょ)

 

 魔法というものが本当に存在する以上、その程度の仕掛けがあっても不思議ではない。

 マクゴナガルが先に扉をくぐったため、サクヤも後に続いた。

 

 時刻はまだ九時を回ったばかりだった。

 店内に朝の静けさが残っている。

 

 客らしい客といえば、隅の方に集まっている老人たちくらいだ。

 カウンターの向こうでは、店主らしき男が古びた布を手に、暇そうにグラスを磨いていた。

 

 やがて男が顔を上げる。

 マクゴナガルを見つけるなり、少し意外そうな表情を浮かべた。

 

「やぁ、マクゴナガル先生。先生がここへ来るとは珍しいね」

 

 そう話しかけながらも、男の手は止まらない。

 視線だけをこちらへ向け、慣れた手つきでグラスを回している。

 おそらく、長年繰り返してきた動作なのだろう。

 

「私も好き好んで来ているわけではありませんよ」

 

 マクゴナガルはそう返すと、隣にいるサクヤへちらりと視線を寄こした。

 

「今年ホグワーツへ入学する生徒の案内をしているのです。ただ、買い物については途中からハグリッドに任せる予定ですが」

「ハグリッドに?」

 

 店主の声から、それまでの明るさがわずかに消えた。

 少し間を置いてから、彼はサクヤを見やる。

 

「先生が最後まで案内してあげたらどうだい? こんな小さな子じゃ、いきなり知らない大男についていけと言われても驚くだろう」

 

 マクゴナガルはすぐには答えなかった。

 ほんの少し考え込んでから、静かに説明する。

 

「この子だけなら、そうしていたでしょう。しかし今日は、ハグリッドが別の新入生も連れてくることになっています。二人とも必要になる学用品は同じですから、まとめて彼に任せた方が都合がいいのです」

「別の新入生?」

 

 店主の目つきが変わった。

 

「もしかして、それって……」

 

 何かを察したらしい。

 

 マクゴナガルはわずかに表情を曇らせた。

 だが、隠しても仕方がないと思ったのか、観念したように口を開く。

 

「……ええ。ハグリッドは今日、ハリー・ポッターをここへ連れてくる予定です」

「やっぱりか!」

 

 途端に店主の顔が輝いた。

 

「今日はなんて日だ!」

 

 ぱん、と勢いよく手を合わせた拍子に、近くのグラスがぐらりと揺れる。

 

 マクゴナガルはその様子を見て、疲れたように目を伏せた。

 いかにも「だから話したくなかったのに」と言いたげな顔だった。

 

「……ともかく」

 

 その一言で、浮かれかけていた店主の注意を引き戻す。

 

「ハグリッドが到着するまでは、まだ少し時間があります。それまでこの子をここで休ませておこうと思いまして」

「それなら任せてくださいよ!」

 

 店主はすっかり上機嫌になり、今度はサクヤの方へ身体を向けた。

 

「お嬢ちゃん、何か飲むかい?」

「えっと……どんなものがあるんですか?」

 

 サクヤは尋ねた。

 

「初めてならバタービールがおすすめだよ。飲んでみるか?」

 

 返事を待つより先に、店主はカウンターの下から一本の瓶を取り出した。

 栓を開け、中身を大きなジョッキへ注いでいく。

 

 琥珀色の液体の上には白い泡がこんもりと立った。

 どう見ても、酒場で出てくるビールそのものだった。

 

「えっ。でも私、未成年なんですけど……」

「心配しなくていいよ。酒じゃないから」

 

 店主は笑いながら、ジョッキをサクヤの前へ差し出した。

 念のため顔を近づけてみる。

 

 少なくとも、サクヤの知っている酒の匂いはしない。

 恐る恐る、ほんの一口だけ飲んでみた。

 

「……甘い」

 

 まず感じたのは、まろやかなバターの香りだった。

 

 そこへ柔らかな甘みが重なり、最後に細かな炭酸が舌を刺激する。

 見た目から想像したよりずっと飲みやすい。

 

「だろう? ホグワーツの生徒には特に人気なんだ。気に入ったみたいで何よりだよ」

 

 店主は満足そうに笑った。

 続いてもう一つジョッキを用意しようとしたが、マクゴナガルは首を横に振る。

 

「私は結構です。甘い飲み物はあまり好みませんので」

 

 そしてサクヤと店主を交互に見た。

 

「では、ハグリッドが来るまでこの子をお願いします」

 

 それだけ告げると、乾いた破裂音が店内に響いた。

 サクヤがそちらを見たときには、マクゴナガルの姿はもうどこにもなかった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 それから、時計の長針が一周した。

 

 来たばかりの頃は静かだった漏れ鍋も、今ではすっかり人が増えている。

 あちこちのテーブルから低い話し声が重なり、店内には朝の酒場らしいざわめきが広がっていた。

 

 店主も顔なじみらしい客と話し込んでいたため、サクヤはいつの間にかカウンターを離れ、店の端にある席へ移っている。

 

 飲み物なら好きなだけ飲んでいい、と店主は言ってくれた。

 とはいえ、本当に何杯もおかわりするのはさすがに遠慮したい。

 

 その結果、サクヤはほとんど空になったジョッキを前に、底に残ったバタービールの泡が一つずつ消えていくのを眺めていた。

 

 暇だった。

 とにかく暇だった。

 マクゴナガルから多少待つことになるとは聞かされていたものの、ここまでとは思っていなかった。

 

 サクヤはまた入口を見る。

 誰も来ない。

 

 しばらくして、もう一度見る。

 やっぱり来ない。

 

 そんなことを何度繰り返したか分からなくなりかけたころ――

 

 ガチャリ。

 今度こそ、扉が開いた。

 

「……来た?」

 

 思わずサクヤは身体を起こした。

 最初に店へ入ってきたのは少年だった。

 

 細身の身体に丸眼鏡。

 特別目立つ格好をしているわけでもなく、むしろ人混みに紛れれば簡単に見失いそうな印象である。

 

 そのすぐ後ろから、少年とは比べものにならないほど巨大な男が入ってきた。

 こちらは逆に、扉そのものが窮屈そうに見えるほどだった。

 

 二人を見た瞬間、店主の表情が変わった。

 

「あっ!」

 

 話し相手だった客をその場に残し、カウンターから飛び出す。

 

「来た来た! 今日の主役だ!」

 

 置いていかれた客も怒るどころではなかった。

 それどころか、何事かと少年の姿を確認すると、同じように立ち上がる。

 

 そして一人が近づけば、また一人。

 ほんのわずかな間に、少年の周囲には人だかりができていた。

 

「ポッターさん! 本当に戻ってきてくださったんですね!」

「ドリス・クロックフォードです! まさか実際にお会いできるなんて!」

「こりゃ家に帰ったら話さないとな!」

 

 次々と手が差し出される。

 少年――ハリー・ポッターは、明らかに何が起きているのか分かっていない顔をしながら、それでも求められるまま一人ずつ握手に応じていた。

 サクヤは席を立たず、その光景を少し離れたところから眺めていた。

 

 ハリー・ポッター。

 その名前についてなら、待っている間に店主から聞かされていた。

 

 まだ赤ん坊だった頃、魔法界中から恐れられていた闇の魔法使いに襲われながら、生き残った少年。

 それどころか、その出来事を境に闇の魔法使いの方が姿を消したらしい。

 

 話だけ聞けば、とんでもない人物である。

 しかし――

 

(本人は、全然そんな感じじゃないわね)

 

 囲まれて困り果てている様子を見る限り、どうやら自分が英雄扱いされていることすら、今日か昨日までよく知らなかったらしい。

 やがて、巨大な男が人垣の後ろから声を張った。

 

「ほらほら、もうええだろ! ハリーはこれから買い物せにゃならんからな!」

 

 その言葉で、ようやく客たちが少年から離れていく。

 それでも何人かは名残惜しそうに振り返っていた。

 

 サクヤはちょうどそのタイミングで、すっかり気の抜けたバタービールを口に運ぶ。

 何も知らなかったという顔をして、最後の一口を飲み干した。

 

 すると、大男がこちらへ歩いてきた。

 

「ええと……お前さんがサクヤ・ベスター、で合っとるな?」

 

 なるべく怖がらせないようにしているのだろう。

 声はずいぶん柔らかく作られていた。

 

 もっとも、その大きな身体のおかげで、努力の成果は半分くらいしか出ていない。

 

「はい。そうです」

「よし。俺はルビウス・ハグリッド。ホグワーツで森番をやっとる」

 

 そう名乗ってから、ハグリッドは隣の少年を示した。

 

「それで、こっちが――」

「ハリー・ポッター」

 

 サクヤが先に名前を口にした。

 ハグリッドは目を丸くしたあと、愉快そうに笑う。

 

「なんだ、もう知っとったか。まあ無理もないな」

 

 そして二人を見比べた。

 

「ハリーも今年ホグワーツに入る。つまり、お前さんたちは同級生になるわけだ」

「そうなんだ」

 

 サクヤは改めて少年を見る。

 

「よろしく、ハリー」

 

 少しだけ笑ってそう言うと、ハリーも疲れた様子ながら、小さく笑い返した。

 

「うん。よろしく」

「よし!」

 

 そんなところで。

 ハグリッドが、大きな手を打ち合わせた。

 

「挨拶も済んだところで、そろそろ買い物に行くぞ。今日は揃えにゃならんものが山ほどあるからな」

 

 そう言って、二人を店の奥へ連れていった。

 酒場のさらに向こうへ抜けると、そこには狭い中庭があった。

 

 高い壁に四方を囲まれ、隅にはゴミ箱。

 石の隙間から雑草が伸びている。

 

 どう見ても特別な場所には思えない。

 

(ここが入口……?)

 

 サクヤが周囲を見回していると、ハグリッドはコートの中から一本の傘を取り出した。

 そして壁の前に立ち、レンガを指で追い始める。

 

「ええと……ここから上に三つで……そっから横に二つ……」

 

 何やら場所を確かめているらしい。

 その途中、ハグリッドは思い出したようにハリーを振り返った。

 

「ほらな? 言った通りだったろ。お前さんは魔法界じゃ有名人なんだ」

 

 ハリーは複雑そうな顔をした。

 

「でも……急にそんなこと言われても、なんだか自分のことじゃないみたいで」

 

 サクヤには、その感覚が少し分かる気がした。

 店主から聞いたところでは、ハリーはこれまで魔法界とはほとんど無縁の生活をしていたらしい。

 

 両親は幼い頃に亡くなり、それからは親戚の家で育てられた。

 しかも、自分が魔法使いであることすら知らされていなかったという。

 

 つまり、昨日まで普通の人間として暮らしていたのに、突然「あなたは魔法使いです」と告げられたわけだ。

 

(……私とそんなに変わらないんだ)

 

 サクヤは少しだけ親近感を覚えた。

 有名人だ英雄だと言われたところで、本人にしてみれば知らない世界の話なのだろう。

 

「……ここだ」

 

 ハグリッドの声で、サクヤは顔を上げた。

 どうやら目的のレンガが見つかったらしい。

 

 ハグリッドは傘の先端を向け、その場所を三度叩いた。

 

「二人とも、ちょっと離れとれ」

 

 サクヤとハリーが一歩後ろへ下がる。

 その直後だった。

 

 壁の一部が震えた。

 一つのレンガが奥へ引っ込み、その隣も動く。

 

 さらに別のレンガがずれ、回り、左右へ滑っていく。

 最初は小さな穴だったものが見る間に広がり、やがて巨大なハグリッドですら余裕で通れそうなアーチへ姿を変えた。

 

 その向こうには、先ほどまで存在しなかった道が続いている。

 石畳の両側に、所狭しと並ぶ店。

 

 色とりどりの看板。

 行き交うローブ姿の人々。

 

 店先に積まれた見慣れない品々。

 サクヤが初めて目にする、本物の魔法使いたちの街だった。

 

 ハグリッドは二人の反応を楽しむように振り返る。

 そして、にっと笑った。

 

「ようこそ、ダイアゴン横丁へ」




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