ハリー・ポッターと時を止める少女   作:メイドと血の魔法学校

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3 ダイアゴン横丁

「まずは買い物に使う金をどうにかせんとな」

 

 ハグリッドを先頭に、サクヤとハリーはダイアゴン横丁を進んでいった。

 

 けれど、サクヤはまっすぐ歩くことに集中するだけでも少し苦労していた。

 

 右を見ても左を見ても、気になるものばかりなのだ。

 

 大きさの違う鍋を天井まで積み上げた店。

 何本もの箒を軒先に並べている店。

 籠いっぱいのフクロウがこちらを眺めている店。

 

 さらに書店らしき場所のショーウィンドウでは、一冊の本が誰の手も借りずに浮かび、ぱらぱらと勝手にページをめくっている。

 

 昨日までなら、どれも作り物だと思っていただろう。

 

 しかし今は違う。

 

(ここじゃ、これが普通なんだ……)

 

 魔法が存在するという事実そのものよりも、魔法を前提に街全体が動いていることの方が、サクヤには不思議に感じられた。

 

 そんなふうに周囲へ気を取られているうちに、前を歩いていた巨大な背中が止まった。

 

「ここだ」

 

 ハグリッドが顎を上げる。

 

「グリンゴッツ」

 

 サクヤも足を止め、その横から顔を出した。

 

 そこだけは周囲の商店とは明らかに違っていた。

 

 白い石造りの建物が、横丁を見下ろすようにそびえている。

 入口には磨き上げられた金属の扉があり、日の光を受けて眩しいほど光っていた。

 

 銀行というより、宮殿か何かのようにも見える。

 

「魔法界で一番安全な銀行だ」

 

 ハグリッドは当然のことのように言った。

 

「ここから何か盗もうなんて考える奴は、相当どうかしとる」

 

 ずいぶんな言い方だ。

 

 だが、その言葉が冗談ではないことは、入口へ近づいたところですぐに分かった。

 扉の左右には、人間とはまるで違う姿の者が立っていた。

 

 小柄な身体。

 細長い指。

 尖った顔立ち。

 

 サクヤの知っている童話なら、間違いなく怪物の役を与えられそうな外見である。

 

 ところが服装は正反対だった。

 赤と金を使った制服には乱れ一つなく、サクヤたちが近づくと、その一人がきっちりと一礼して扉を開く。

 

(銀行員……なんだ)

 

 ついじっと見てしまったサクヤの耳元へ、ハグリッドが小声で言った。

 

「子鬼だ」

 

 それから、いつもより少し声を低くする。

 

「無礼なことさえせんかったら大丈夫だ。ただ、わざわざ怒らせるような真似はせん方がいい」

 

 なんとなく、その忠告は真面目に受け取った方がいい気がした。

 

 扉の向こうには、巨大なホールが広がっていた。

 

 白い大理石の床。

 高い天井。

 奥まで続く長いカウンター。

 

 そこでは何十人もの子鬼が仕事をしている。

 

 分厚い帳簿へ猛烈な勢いで文字を書き込む者。

 金貨を天秤に載せ、一枚ずつ確認している者。

 山のような書類を次々と分類している者。

 

 客の声や硬貨の触れ合う音が響いているのに、妙に秩序立って見える場所だった。

 サクヤがその光景を眺めていると、ハグリッドが二人の方へ向き直った。

 

「さて。ここからは別々に動くぞ」

「別々?」

「サクヤは、あそこの受付だ」

 

 指の先には、他より少し小さなカウンターがある。

 その上には、『ミナシゴ基金』と書かれた札が置かれていた。

 

「そこで手続きをしてくるんだ」

「ミナシゴ基金?」

 

 初めて聞く名前だった。

 ハグリッドもその反応を見て、首を傾げる。

 

「ありゃ。説明されとらんかったか」

 

 一瞬考えたあと、サクヤにも分かるよう言葉を選び直した。

 

「まあ簡単に言えば、学校へ通う金を用意できん子のための制度だな。親がおらん子とか、家に金の余裕がない子とか、そういう子供に学用品なんかの金を出してくれる」

「……私も使っていいの?」

 

 サクヤは少しためらった。

 自分より困っている人がいるのではないか、という考えが真っ先に浮かんだからだ。

 そんな顔を見て、ハグリッドは笑う。

 

「使ってほしいからある制度なんだぞ」

 

 そして、大きな手で軽くサクヤの肩を叩いた。

 

「誰でもちゃんと学校に通えるようにって、いろんな人が金を出してくれとる。必要な子が遠慮して使わんかったら、そっちの方が困るわい」

 

「……なるほど」

 

 それなら話は分かる。

 サクヤの知識で一番近いものを探すなら、奨学金や就学支援制度のようなものだろう。

 

「じゃあ、俺とハリーは?」

「こいつの金庫へ行く」

 

 ハグリッドはハリーを指した。

 

「両親が残した金があるからな」

 

 そう言うと、本当に説明はそれだけで十分だと思っているらしく、

 

「終わったらここらへんで合流しよう」

 

 と付け加え、ハリーを連れて奥へ行ってしまった。

 

「ここらへんって……」

 

 ずいぶん大雑把である。

 しかし巨大なハグリッドなら、戻ってくれば嫌でも見つかるだろう。

 

 サクヤはそう割り切り、『ミナシゴ基金』と書かれたカウンターへ向かった。

 受付には、一人の子鬼が座っていた。

 

「あの……ミナシゴ基金の手続きをしたいんですけど」

 子鬼は書類から顔を上げた。

 

 鋭い目がサクヤを頭の先から足元まで一度だけ確認する。

 

「お名前を」

「サクヤ・ベスターです」

「ベスターさんベスターさん……」

 

 子鬼は脇に置かれていた名簿を開き、指先でページを追っていった。

 しばらくして、その動きが止まる。

 

「ございました。サクヤ・ベスター様ですね」

 

 どうやら事前に話は通っていたらしい。

 

「少々お待ちください」

 

 そう告げると、子鬼は席を離れた。

 サクヤは言われた通り待った。

 

 やがて戻ってきた子鬼の手には、一冊の小さな帳簿と革製の袋があった。

 袋がカウンターへ置かれると、中で硬貨がぶつかり合って音を立てる。

 

「こちらが今年度分の支給金です」

「これ全部?」

「はい。ただし、自由に使える小遣いという意味ではございません」

 

 釘を刺すように言われ、サクヤは伸ばしかけた手を止めた。

 子鬼は帳簿を開く。

 

「ミナシゴ基金では、ホグワーツ在学中の七年間、授業を受けるために必要な費用を負担いたします。教材、制服、学用品などが主な対象となります」

 

 ページには日付や金額、購入品を書く欄が並んでいた。

 

「支給は原則として一年ごと。使った際には、この帳簿へ金額と用途を記録してください」

「毎回?」

「原則としては」

 

 子鬼はそこで少しだけ目を細めた。

 

「もっとも、忘れたからといって記録そのものが消えるわけではありません」

「……?」

「帳簿と支給袋には、基金側で魔法を施しております」

 

 子鬼が帳簿の表紙を指で軽く叩いた。

 

「記入を忘れた場合でも、支出内容は自動的に補われます。また、不自然な出費が続いた場合には、一時的に袋を開けられなくなる場合があります」

 

 サクヤは思わず革袋を見る。

 ただの袋にしか見えない。

 

「そんなことまでできるの?」

「必要になったからできるようにした、と申し上げた方が正確でしょう」

 

 淡々とした返答だった。

 しかし、その目が一瞬だけ遠くを見た。

 おそらく過去に色々あったのだ。

 

「……悪用した人、いたんですね」

「何人も」

 

 即答だった。

 サクヤはそれ以上聞かないことにした。

 子鬼は咳払いを一つする。

 

「年に一度、次年度分の受け取りと帳簿の確認のため、グリンゴッツへお越しください。年度途中で資金が不足した場合も追加申請は可能ですが、その場合も使用状況を確認いたします」

 

 つまり、本当に必要な出費なら困らないが、好き放題使えるわけではないらしい。

 それなら納得できる。

 

「ちなみに」

 

 子鬼の口調が、ほんの少し柔らかくなった。

 

「菓子類や、常識的な範囲の娯楽については禁止しておりません」

「え?」

「学生生活に必要なのは教科書だけではありませんので」

 

 そこで初めて、子鬼の表情がわずかに緩んだ。

 

「節度の範囲でお使いください」

 

 サクヤも少しだけ笑った。

 

「わかりました」

「では、以上です。良い学校生活を」

 

 子鬼は革袋と帳簿をサクヤの方へ滑らせる。

 

「ありがとうございます」

 

 礼を言うと、子鬼はすでに次の書類へ視線を落としていた。

 ただ、羽ペンを持った手だけが軽く上がる。

 サクヤは帳簿と袋を受け取り、なくさないよう大切にしまった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 受付の近くには、何種類かの案内冊子が置かれていた。

 その中からサクヤは、『はじめての魔法界通貨』と書かれた一冊を取った。

 

 ハグリッドとは明確な待ち合わせ場所を決めていない。

 とはいえ、ホール中央の目立つ場所にいれば見つけてもらえるだろう。

 

 サクヤは大扉の近くへ移動し、壁際でパンフレットを開いた。

 ハグリッドたちがすぐ戻ってくるとは思っていない。

 

 漏れ鍋で一時間待ったばかりだ。

 待つことには、少し慣れてしまった。

 

(へえ……)

 

 貨幣の種類。

 それぞれの交換比率。

 代表的な商品の値段。

 

 順番に読んでいくうちに、一つ気づく。

 

(思ってたより安い)

 

 サクヤがこれまで暮らしてきた普通の社会――魔法を使わない人たちの世界を何と呼ぶのかは、まだ知らない――と比べると、全体的に物価が低いように思える。

 

 感覚だけなら、三割ほど安いだろうか。

 

 もちろん単純比較できない品物も多い。

 それでも、学用品を揃えた瞬間に基金のお金が全部なくなる、という心配はなさそうだった。

 

 サクヤが安心してページをめくっていると、遠くから見覚えのある巨体が現れた。

 ハグリッドだ。

 その隣にはハリーもいる。

 

「おお、いたいた!」

 

 サクヤを見つけたハグリッドが近づいてくる。

 

「待たせたな。そっちはちゃんと済んだか?」

 

「うん。大丈夫だった」

 

 答えながら、サクヤは二人の様子を見比べた。

 

 ハリーはかなり重そうな鞄を持っている。

 しかし表情はどこか明るく、自分の財産を初めて見た興奮がまだ残っているようだった。

 

 一方。

 

 ハグリッドは明らかに様子がおかしい。

 顔色が悪い。

 それも少し疲れたという程度ではなく、乗り物酔いでもした直後のような青ざめ方だった。

 

「……ハグリッド、大丈夫?」

 

「ん? ああ。なんともない、なんともない」

 

 そう答えるわりには、まったく大丈夫そうに見えない。

 

(地下で何してきたんだろ……)

 

 気にはなった。

 

 だが本人が話すつもりもなさそうなので、サクヤはひとまず聞かないことにした。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 グリンゴッツでの用事を終えた三人は、再びダイアゴン横丁へ戻った。

 

 建物の外へ出た途端、ハリーが眩しそうに目を細める。

 その隣では、ハグリッドがさらにひどい顔をしていた。

 

 銀行へ入る前から顔色は悪かったが、今はもう隠す気力すらないらしい。

 

「次は……制服だな」

 

 ハグリッドは力なく言いながら、通りの先を指した。

 

「あっちに店がある。二人で先に行っとってくれ」

「ハグリッドは?」

 

 サクヤが尋ねる。

 

「俺は漏れ鍋に戻って、ちょっと元気の出るもんを飲んでくる。あのトロッコは何度乗っても好かん……」

 

 それだけ言い残すと、ハグリッドは重い足取りで来た道を戻っていった。

 サクヤは遠ざかる大きな背中を見送ってから、隣のハリーを見る。

 

「……トロッコって?」

「ああ」

 

 ハリーは少し苦笑した。

 

「地下の金庫まで、それに乗って行くんだ。ものすごく速くて……遊園地のジェットコースターよりひどいと思う」

「へえ」

「ハグリッド、たぶん酔ったんじゃないかな」

 

 なるほど。

 あの青い顔にも納得がいった。

 

(ちょっと乗ってみたいかも)

 

 サクヤはそう思ったが、口には出さなかった。

 この先グリンゴッツを利用するなら、そのうち嫌でも経験することになるだろう。

 

 二人はハグリッドに教えられた方向へ歩き、ほどなく一軒の店の前で立ち止まった。

 看板には、『マダム・マルキンの洋装店』とある。

 

「ここ……よね?」

「たぶん」

 

 ハリーも、看板を確認してうなずいた。

 

 サクヤが扉を押し開ける。

 するとすぐに、店の奥にいたふくよかな女性と目が合った。

 

「あら、いらっしゃい」

 

 女性は二人の姿を見るなり、親しげに笑った。

 

「ホグワーツへ入学する子たちね?」

 

 サクヤがうなずく。

 どうやら、この女性がマダム・マルキンらしい。

 

「それならお任せくださいな。制服なら一式ここで揃えられますよ。今から採寸すれば、今日のうちにお渡しできます」

「今日中?」

 

 サクヤにはありがたい話だった。

 

 まだダイアゴン横丁の地理すらろくに分かっていないのだ。

 制服のためだけに明日またここまで来る、なんてことは避けたい。

 

「お願いします」

「はいはい。じゃあ、こちらへどうぞ」

 

 マルキンに案内され、二人は店の奥へ進んだ。

 そこにはすでに、一人の少年が踏み台の上で採寸を受けている。

 

 その横にサクヤ、さらに隣にハリーが並ばされた。

 マルキンはサクヤの肩へ長い黒いローブを掛け、手際よく丈を確認していく。

 

 裾の位置を決めるたび、布へピンが留められていった。

 

「お喋りするのは構わないけど、身体は動かさないでね」

「はーい」

 

 そう言われたので、サクヤは首を動かさず、視線だけで店内を見回した。

 

 棚には畳まれた布。

 壁には採寸用の道具。

 奥には完成したローブが何着も掛けられている。

 

(……普通だ)

 

 サクヤは少しだけ残念に思った。

 せっかく魔法使い専門の洋服屋なのだから、勝手に空を飛び回る服だとか、見る角度によって色が変わる布だとか、そのくらいあってもよさそうなのに――今のところ、見た目だけなら普通の仕立屋と大差ない。

 

 そんなことを考えていると、隣から声を掛けられた。

 

「君も新入生?」

 

 採寸中だった少年である。

 

 サクヤと同じくらい白い肌に、淡い金髪。

 整った格好といい、妙に堂々とした態度といい、いかにも育ちの良さそうな少年だった。

 

「うん。今年から」

「やっぱりね。じゃあ、君も入学用品を揃えに来たんだ」

 

 少年はどこか得意げな口調で話を続ける。

 

「僕の父上は教科書を見に行ってる。母上は杖の店だったかな」

 

 そこで少し身を乗り出しかけ、マルキンに肩を押し戻された。

 

「でも、僕が楽しみにしてるのは箒だね」

「箒?」

 

 サクヤが反応すると、少年は待ってましたとばかりに顔を明るくした。

 

「競技用のだよ。ニンバスから新型が出たんだ。きっと今までのモデルよりずっと速い」

「へえ……」

「一年生は自分の箒を学校へ持っていっちゃいけないらしいけどね」

 

 少年は鼻で笑う。

 

「父上を説得して、なんとか持ち込むつもりさ」

 

 説得と言いつつ、表情を見る限り、かなり強引に頼むつもりらしい。

 

「君は? 箒を持ってる?」

 

 少年がこちらを向く。

 ところがサクヤの顔をまともに見た瞬間、一度言葉が止まった。

 

「……?」

「いや、なんでもない」

 

 少年は慌てたように視線を逸らす。

 白い頬が、ほんの少しだけ赤くなっていた。

 

 サクヤは特に気にせず答えた。

 

「持ってないよ」

「じゃあ、クィディッチもやったことないのか」

「クィディッチ?」

 

 今度は少年の方が驚く番だった。

 

「知らないの?」

「初めて聞いた」

 

 少年はサクヤを改めて見る。

 

「もしかして、マグル生まれ?」

「その『マグル』って何?」

 

「魔法を使わない人間のことだよ」

「へえ」

 

 また一つ、新しい単語を覚えた。

 

 同時に、一つ疑問が浮かぶ。

 魔法使いではない両親からも、魔法使いの子供が生まれるということだろうか。

 

「じゃあ私は、どっちなんだろ」

「分からないの?」

「両親を知らないから」

 

 少年は少しだけ目を見開いた。

 

「亡くなったのか?」

「多分」

 

 あまりにもあっさりした返答だったため、逆に少年の方が戸惑った。

 

 サクヤ自身は、両親という存在にほとんど思い入れがない。

 物心ついた頃から孤児院にいたのだ。

 

 死んだのか。

 どこかで生きているのか。

 あるいは単に自分を捨てたのか。

 

 何一つ分からない。

 ただ、どの場合であっても今さら会いたいとは思わなかった。

 

「……なら、きっと魔法使いの家の生まれだよ」

 

 少年はそう言った。

 どうやら励ましているつもりらしい。

 

 その言葉を聞いて、サクヤは少し考える。

 

(魔法使いの親から生まれた方がいい、みたいな考え方があるのかな)

 

 今の一言だけでは断定できない。

 だが少なくとも、この少年自身はそう考えているようだった。

 

「私はずっと孤児院にいたから、魔法界のことは何にも知らないの」

 

 サクヤは少年へ笑いかけた。

 

「だから、知ってることを教えてくれると助かる」

 

 それから、少年の服装を改めて眺める。

 

「あなたは詳しそうだし。結構いい家の子でしょ?」

「分かる?」

「なんとなく」

 

 高貴な雰囲気、とまで言うつもりはない。

 ただ、身なりも話し方も、どう見ても庶民の子供ではなかった。

 これで実家が田舎の小さな農場とかだったら、そちらの方が驚きである。

 

 少年は満更でもなさそうに顎を上げた。

 

「まあね。マルフォイ家の跡取りなんだから、それくらい当然さ」

 

 そして、改めて名乗る。

 

「僕はドラコ・マルフォイ」

「私はサクヤ・ベスター。サクヤでいいよ」

 

 サクヤが微笑むと、ドラコはまた少しだけ頬を赤くした。

 

「……サクヤ、か」

 

 誤魔化すように一度咳払いする。

 そして今度は、サクヤの向こう側を見た。

 

「そっちの子は?」

 

 ハリーもまた、ぎこちない様子で採寸を受けていた。

 

「ああ、あの子も私と似たような感じ。両親がいなくて、今日一緒に買い物することになったの」

「二人だけで来たのか?」

 

「違うよ。ホグワーツの人が案内してくれてる」

 

 サクヤはそこで、意図的にハリーの名前を出さなかった。

 

 漏れ鍋であれだけ騒ぎになったばかりだ。

 本人が名乗りたいならともかく、わざわざこちらから有名人だと教える必要はない。

 

 ドラコはしばらくハリーを見ていたが、不意に窓の外へ目を向けた。

 

「……もしかして、案内役ってあれ?」

 

 サクヤも視線を追う。

 通りの向こうから、巨大な人影が歩いてきていた。

 

 ハグリッドだ。

 しかも両手には、大きなアイスクリームを三つ抱えている。

 

「うん。ハグリッド」

「ハグリッドが?」

 

 ドラコの表情がわずかに引きつった。

 

「まあ……荷物持ちとしてなら役には立ちそうだけど」

「力はありそうよね」

 

 サクヤは普通に同意した。

 ちょうどその頃、ハグリッドは店の前まで到着した。

 

 扉へ手を伸ばそうとして、両手がアイスクリームで塞がっていることに気づく。

 数秒考えた末、彼は店の外で待つことにしたらしい。

 

 ドラコが小さく鼻を鳴らした。

 

「あいつ、学校の敷地にある粗末な小屋で暮らしてるんだってさ。ずいぶん野蛮な暮らしをしてるらしいよ」

 

 隣でハリーが何か言おうとした気配がした。

 それより先に、サクヤが口を開く。

 

「あら、そういう暮らしって今は人気あるんじゃない?」

「……人気?」

 

 ドラコが怪訝そうな顔をする。

 

「自然の多いところへ引っ越したり、わざと便利な街を離れて暮らしたりする人。普通の人たちの間では、そういうのに憧れる人もいるみたいよ」

「わざわざ不便な場所へ?」

 

 ドラコには本気で理解できないらしい。

 

「マグルの考えることはよく分からないな」

「そこは私も少し分かる」

 

 サクヤはあっさり同意した。

 

「わざわざ高いお金を払って不便になるのは、私も嫌かな」

 

 そう言ってから肩をすくめる。

 

「もっとも、私は孤児院暮らしだから、贅沢を言えるような生活でもないんだけど」

「だったら、ホグワーツへ行けるのはちょうどいいじゃないか」

 

 ドラコは言う。

 

「全寮制なんだから、少なくとも学校にいる間は孤児院へ戻らなくていい」

「それはそうかも」

 

 サクヤは少しだけ考えた。

 ホグワーツがどんなところなのか、まだほとんど知らない。

 ただ、食事も寝床も用意される学校なら、少なくとも今までより生活環境が悪くなることはなさそうだ。

 

「はい、おぼっちゃま。終わりましたよ」

 

 マルキンの声がした。

 どうやらドラコの採寸が終わったらしい。

 

「もう?」

 

 ドラコは踏み台から軽く飛び降りる。

 店員から包みを受け取ると、一度サクヤを振り返った。

 

「それじゃあ、またホグワーツで。サクヤ」

「うん。またね」

 

 ドラコはそのまま店を出る。

 外で待っていたハグリッドの横を通り過ぎる際、一度だけ彼を横目で見た。

 それから小さく鼻を鳴らし、人混みの中へ消えていった。




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