ハリー・ポッターと時を止める少女   作:メイドと血の魔法学校

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4 ダイアゴン横丁その2

 洋装店を出ると、ハグリッドは店先で待っていた。

 

 ただし、手ぶらではない。

 大きな両手には、今にも溶け出しそうなコーンアイスが三つ。

 

「ちょうど終わったか。ほら、サクヤにはミント。ハリーはバニラだ。嫌なら交換していいぞ」

 

 それぞれ一本ずつ渡したあと、残ったチョコ味を自分のものとして持ち直す。

 

「こう暑い日は、冷たいもんでも食わんとな」

「ありがとう」

 

 受け取ったアイスは、想像していたよりずっと大きかった。

 三人は近くのベンチへ移動し、少しだけ休憩することにした。

 

 サクヤは溶けない程度の速さで、ミントアイスを少しずつ食べていく。

 一方のハリーは、最初こそ同じようにゆっくり舐めていたものの、バニラがコーンの縁から垂れ始めた途端、急に食べる速度を上げた。

 

「そんな慌てんでも、アイスは逃げんぞ」

 

 ハグリッドが笑う。

 だがハリーは返事をする余裕もないらしく、垂れてくるバニラとの戦いに集中していた。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 制服の次は文房具だった。

 魔法使いの学校とはいえ、授業で文字を書くことに変わりはないらしい。

 

 ただし、使う道具はサクヤの知っている学校とはだいぶ違った。

 

 ノートではなく羊皮紙。

 ボールペンでも鉛筆でもなく、羽ペンとインク。

 

 しかも店内には、普通の商品に混じって妙な品まで並んでいる。

 

 書いた文字が数秒後に色を変えるインク。

 自分でインクを補充する羽ペン。

 何色もの光を反射する、派手な液体の入った瓶。

 

「これ、すごい」

 

 ハリーは棚の前で足を止めた。

 手に取った瓶の中では、インクが赤、青、緑と絶えず色を変えている。

 

 そのまま随分嬉しそうに買い物籠へ入れた。

 サクヤも少し興味はあったが、自分の手元には基金から支給された金しかない。

 

 遊び半分の買い物で減らすのは気が引ける。

 結局、学校から指定された羊皮紙、羽ペン、普通のインクだけを選んだ。

 

 それにしても、羊皮紙の束を見ていると妙な気分になる。

 

(これをノート代わりに使うのか……)

 

 羊皮紙といえば、本来は動物の皮を加工して作るものだ。

 サクヤの知る世界なら、普通の紙よりずっと手間も値段もかかる。

 

 ところが、この店では学生が何十枚もまとめて買える程度の価格で売られていた。

 

(魔法で簡単に作れるのかな)

 

 そうでもなければ、この値段では商売にならないだろう。

 

 魔法界では何か別の製法があるのだ。

 サクヤは勝手にそう結論づけた。

 

 文房具を揃えたあとは、教科書。

 三人が入ったフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店は、外から想像していた以上に本だらけだった。

 

 棚という棚に本が詰まり、上を見れば、ハグリッドが腕を伸ばしても届きそうにない高さまで積み上げられている。

 

「……あれ、どうやって取るの?」

 

 サクヤが呟いた直後、上段にあった一冊がふわりと浮いた。

 そのまま、別の客の手元へゆっくり降りていく。

 

「あ、そういう仕組みなんだ」

 

 妙なところだけ妙に便利である。

 店内を歩いていると、サクヤは新入生向けの棚を見つけた。

 

 そこには教科書が何冊かまとめて紐で括られ、『ホグワーツ一年生用 教科書一式』と札が付いている。

 さらに、その下には小さく、『セット購入がお得!』とも書いてあった。

 

(これでいいじゃない)

 

 一冊ずつ探すより早いし、おまけに安い。

 

 サクヤはハリーにも教えようと辺りを見回した。

 

「ハリー?」

 

 返事がない。

 少し離れた棚の前で、ハリーは一冊の分厚い本を両手で持ち、完全に読みふけっていた。

 

 サクヤがそばまで近づいても、気づかない。

 

「ハリー」

 

 肩を軽く叩く。

 

「ん?」

 

 ようやく顔を上げた。

 

「教科書、まとめて売ってるよ。あっちの方が楽そう」

「ああ……うん」

 

 返事はしたものの、視線はすぐ本へ戻る。

 よほど面白いのだろうか。

 

 サクヤは横から表紙を覗き込んだ。

 そこには、『呪いのかけ方、解き方 友人を魅了し、最新の復讐術で敵を困らせよう』と書かれていた。

 

(物騒……)

 

 入学前の子供向け書店に普通に置いていい本なのだろうか。

 サクヤは少し気になった。

 

 もっとも、ハリーは魔法というものを知ったばかりだ。

 今すぐ本を読んだだけで、自由自在に呪いを使えるようになるとも思えない。

 

(まあ、本当に誰かに使おうとしたら止めればいいか)

 

 ひとまず放っておくことにした。

 サクヤは自分用の教科書セットを抱え、先に会計へ向かう。

 

 基金の袋から必要な分だけ金貨を出し、代金を支払った。

 その間にも、ハリーはまだ例の本を読んでいる。

 

 ついにハグリッドが動いた。

 

「ハリー。まだ買うもんは山ほどあるぞ」

「でも、もうちょっとだけ」

「もうちょっとは後だ」

 

 ハグリッドは大きな手でハリーの肩を掴むと、そのまま本棚から引き離した。

 ハリーは名残惜しそうに本を見ていたが、体格差がありすぎて抵抗になっていない。

 

「これも買っちゃだめ?」

「だめとは言わんが、今のお前さんにはまだ早い」

 

 そうして半ば連行されるように会計を済ませ、本屋を出ることになった。

 通りへ戻ったあと、ハリーが不満そうに口を開く。

 

「ダドリーに使える呪いがないかなって思ってたんだ」

「復讐目的だったの?」

 

 サクヤが思わず聞き返す。

 ハグリッドは困ったように眉を下げた。

 

「気持ちは分からんでもないがな」

 

 そう言いながら、ハリーの頭へ大きな手を載せる。

 

「まず、お前さんはまだ魔法の使い方を習っとらん。それに、マグルの前で勝手に魔法を使うのは基本的に禁止だ。特別な理由もないのにやったら、学校どころの話じゃなくなるぞ」

「……分かったよ」

 

 納得したというより、諦めたような返事だった。

 ハグリッドはその背中を軽く叩き、次の店へ進むよう促した。

 

 その勢いが思ったより強かったらしく、ハリーが少し前へよろめく。

 

「ところで」

 

 サクヤは歩きながら尋ねた。

 

「ダドリーって誰?」

 

 ハリーは叩かれた背中をさすりながら答える。

 

「いとこ。僕が住んでる家の子だよ」

「さっきの本を読んで、真っ先に呪おうと思う相手ってことは……」

 

 サクヤは少し間を置く。

 

「仲悪い?」

「最悪」

 

 ハリーは即答した。

 冗談を言っている表情ではない。

 

 サクヤは改めてハリーを見る。

 

 身体は十一歳にしては細い。

 服も本人の身体に合っているとは言いづらく、誰かのお下がりを無理に着ているように見える。

 

 単に親戚の子供同士で喧嘩が多い。

 それだけでは説明できない何かがありそうだった。

 

 ただ、知り合ったばかりの相手に深く聞くのも違う。

 

「……そっか」

 

 それ以上は尋ねなかった。

 その後も買い物は続いた。

 

 錫製の大鍋。

 薬品を量るための天秤。

 折り畳み式の望遠鏡。

 

 サクヤは入学案内のリストに、買ったものから順番に印をつけていった。

 気づけば、ほとんどの項目が埋まっている。

 

「えっと……」

 

 指でリストを下へ辿る。

 

「あと必要なのは杖くらいかな」

 

 そこでハグリッドを見る。

 

「ハグリッドさん。杖って、どこで買うんですか?」

「そりゃオリバンダーだ」

 

 返事は即座に返ってきた。

 

「この辺じゃ一番の杖職人だ。杖を買うなら、まずあそこへ行けば間違いない」

「オリバンダー……」

 

 サクヤが店名を覚えようとしていると、ハグリッドが急に「あっ」と声を上げた。

 

「そうだった」

「どうしたの?」

「二人への入学祝いをまだ用意しとらん」

「え?」

 

 サクヤは思わず顔を上げた。

 

「いや、案内してもらってるだけで十分ですよ」

 

「そういうもんじゃない」

 

 ハグリッドは手を振る。

 

 そしてハリーを見た。

 

「それに今日はお前さんの誕生日だろ?」

 

 ハリーが少し照れたような顔をする。

 

「何がいいかな……」

 

 ハグリッドはしばらく考え込んだ。

 

 やがて、ぱっと表情が明るくなる。

 

「そうだ。フクロウにしよう」

 

「フクロウ?」

 

「学校へ行ったあとでも手紙を運んでくれる。犬や猫より役に立つぞ」

 

 自分の案が気に入ったらしく、ハグリッドは何度もうなずいた。

 

「ハリーにはフクロウ。それで……サクヤもフクロウでいいか?」

 

「私も?」

 

「もちろんだ」

 

 ハグリッドは大きな手を一度打ち合わせた。

 どうやら本人の中では、すでに決定事項になりつつあるらしい。

 フクロウを飼う。

 

 そう聞いて、サクヤは一瞬だけ迷った。

 

 生き物を飼った経験なんてほとんどない。

 餌はどうするのか、毎日どれくらい世話が必要なのか、それすら分からない。

 

 とはいえ、せっかくの入学祝いを最初から断るのも気が引けた。

 

(無理そうなら、そのとき考えればいいか)

 

 そう結論づけ、サクヤはハグリッドの提案を受けることにした。

 するとハグリッドは満足そうにうなずき、二人を一軒の店へ案内した。

 

 看板には、『イーロップのフクロウ百貨店』と書かれていた。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 扉を開けた瞬間、昼間だというのに店内は薄暗かった。

 

 最初に目についたのは鳥籠ではない。

 暗がりの中に、無数の光が浮かんでいる。

 

 金色。

 琥珀色。

 黒曜石のような色。

 

 よく見ると、それらはすべてフクロウの目だった。

 棚や止まり木、天井近くまで並べられた鳥籠の中から、何十羽ものフクロウが静かにこちらを見返している。

 

「……すごい」

 

 サクヤは小さく呟いた。

 ただ、感心している場合でもない。

 

 本当に自分に飼えるのだろうか。

 気になったサクヤは、近くにいた店員を呼び止めて尋ねてみた。

 

 餌。

 寝る場所。

 学校へ行っている間の世話。

 

 一通り質問してみると、心配していたほど大変ではないらしい。

 

 ホグワーツにいる間は、学校側でフクロウを預かるため、授業中まで自分で面倒を見る必要はない。

 休暇中についても、特別な魔法設備が必要なわけではなく、普通の家でも問題なく飼育できるという。

 

「むしろ、持っていた方がいいと思いますよ」

 

 説明の最後に、店員はそう付け加えた。

 

「ホグワーツにはマグルの郵便は届きませんから。家族や知人と手紙をやり取りするなら、フクロウが一番確実です」

「なるほど……」

 

 それなら話は変わってくる。

 単なるペットではなく、通信手段も兼ねているらしい。

 

 サクヤは改めて店内を見て回ることにした。

 

 茶色い羽毛のフクロウ。

 白と茶の模様が特徴的なメンフクロウ。

 手のひらに乗りそうな小さなコノハズク。

 

 種類も大きさもさまざまだ。

 その中で、サクヤの目に一羽のフクロウが留まった。

 

 真っ白な羽毛を持つ、大きなフクロウだった。

 今は目を閉じ、止まり木の上で気持ちよさそうに眠っている。

 

「ハリー」

 

 サクヤは隣を歩いていた少年を呼ぶ。

 

「この子、かわいくない?」

 

 ハリーも鳥籠を覗き込んだ。

 しばらく何も言わずに白いフクロウを見つめている。

 

 どうやらかなり気に入ったらしい。

 そのとき、サクヤは鳥籠の横に小さな札が付いていることに気づいた。

 

「……ん?」

 

 少し顔を近づける。

 そこには、このフクロウについての説明が書かれていた。

 

 白い方は雌。

 そして、すぐ隣の鳥籠にいる雄の黒いフクロウと、幼い頃から一緒に育ってきたという。

 

 二羽は非常に仲が良く、店では兄妹同然に扱われているらしい。

 

「黒いフクロウなんているんだ」

 

 サクヤは隣の鳥籠を見る。

 そこには、白い個体とは正反対の、全身を暗い羽毛で覆われたフクロウがいた。

 

 サクヤの知る鳥にはあまり見覚えがない。

 魔法界特有の品種なのかもしれない。

 

「この二羽、ずっと一緒に育ったんだって」

 

 サクヤは何気なくハリーへ教えた。

 ただ、それだけのつもりだった。

 ところがハリーは、白いフクロウと黒いフクロウを交互に見たあと、急に何かを思いついた顔をする。

 

「じゃあさ」

「ん?」

 

「僕が白い方にするから、サクヤは黒い方にしたら?」

「え?」

 

 サクヤは思わず聞き返した。

 

 別に黒いフクロウが欲しいと言った覚えはない。

 ただ説明を読んだだけである。

 

 その反応を見て、ハリーは少し慌てて付け加えた。

 

「もちろん、嫌ならいいんだけど」

 

 それから、二つの鳥籠を見る。

 

「でも別々の人に買われたら、この二羽、離れちゃうだろ?」

 

 サクヤも視線を戻した。

 白いフクロウは相変わらず眠っている。

 黒い方は起きていて、隣の鳥籠をじっと見ていた。

 

「ずっと一緒だったのに、急に別々になるのは……なんか可哀想だなって」

 

 ハリーは少し困ったように言った。

 サクヤはしばらく黙って考える。

 

 正直なところ、黒いフクロウに強いこだわりがあるわけではない。

 けれど、他に絶対これがいいと思えるフクロウもまだ見つかっていなかった。

 

 それなら。

 

「……まあ、いいか」

 

 サクヤは黒いフクロウの鳥籠をもう一度覗き込んだ。

 

「この子にする」

「ほんと?」

 

 ハリーの顔がぱっと明るくなる。

 

「うん。せっかくだしね」

 

 こうしてハリーは白いフクロウを。

 サクヤは、その隣で育った黒いフクロウを選ぶことになった。





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