ハリー・ポッターと時を止める少女   作:メイドと血の魔法学校

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5 杖選び

 店を出た頃には、サクヤもハリーも片手に大きな鳥籠を持つことになっていた。

 

 ハリーが選んだのは、白い羽毛を持つ雌のフクロウ。

 サクヤの方には、その隣でずっと一緒に育ってきた黒い雄のフクロウがいる。

 

 ただし、二羽ともまだ名前はない。

 店を出る前に二人で相談し、名前は家へ戻ってからゆっくり考えることにした。

 

 決まったら、それぞれ自分のフクロウに手紙を運ばせて知らせ合う。

 早速、フクロウを使う理由までできてしまったわけだ。

 

 そして、いよいよ最後の買い物へ向かう。杖だった。

 ハグリッドによれば、魔法使いにとって杖はほとんど必需品らしい。

 

 魔法そのものは人間の中にあるものの、それを正確に扱うには杖が必要になる。

 そしてイギリスで杖を買うなら、まず名前が挙がる店があるという。

 

 オリバンダーの店。

 紀元前から続く、とてつもなく古い杖専門店だ。

 

 そこまで聞けば、サクヤも当然、立派な建物を想像する。

 

 巨大な看板。

 豪華なショーウィンドウ。

 店先には高級そうな杖がずらり。

 

 そんな光景を思い浮かべていたのだが――。

 

「……ここ?」

 

 実際に連れてこられた店を見て、サクヤは思わず確認してしまった。

 

 ずいぶん古い。

 というより、かなりくたびれている。

 

 細い店構えに、年季の入った扉。

 頭上には金色の文字で店名と創業年が記されているが、その塗装もところどころ剥げていた。

 

 ショーウィンドウもあるにはある。

 ただし飾られているのは、色あせたクッションと、その上に一本だけ置かれた杖だった。

 

(老舗って、こういう方向なんだ……)

 

 歴史は感じる。

 華やかさはない。

 

 ハグリッドは巨大な身体をできるだけ小さくするようにして、そっと扉を押した。

 壊れそうだと思ったのかもしれない。

 

 チリン。

 頭上のベルが、小さな音を鳴らす。

 

 三人が中へ入る。

 

「うわ……」

 

 ハリーが声を漏らした。

 サクヤも同じ気持ちだった。

 

 外観からは想像できないほど、店内には箱があった。

 細長い箱。

 

 それが壁一面に、床近くから天井までびっしり積み上げられている。

 

 正面。

 右側。

 左側。

 

 窓のある壁以外、ほとんどすべてが杖の箱で埋まっていた。

 

「これ、全部……杖なの?」

 

 ハリーが呟く。

 

「ええ。そうですよ」

 

 突然、別の声が答えた。

 サクヤは驚いて振り返る。

 

 いつ現れたのか分からない。

 少し離れた場所に、一人の老人が立っていた。

 

 細身の身体。

 白髪。

 そして、年齢のわりに驚くほど澄んだ大きな目。

 

 老人は静かな笑みを浮かべていた。

 

「ようこそ」

 

 それから、真っすぐハリーを見る。

 

「お待ちしておりましたよ。ハリー・ポッターさん」

 

 ハリーが少し身を固くした。

 

 老人は気にした様子もなく、彼の顔をじっと見つめる。

 

「その目……よく覚えております。お母上によく似ていらっしゃる」

 

 ゆっくりとした口調だった。

 

「母上が初めてこの店へ来た日のことも、今でも覚えておりますよ」

 

 サクヤは老人を横目で見る。

 

(……何歳なんだろう)

 

 この店が紀元前から存在するからといって、この人まで紀元前生まれということはないだろう。

 

 さすがにそれはない。

 多分。

 ただ、その見た目からしてかなり高齢なのは間違いない。

 

 百歳を超えていても不思議ではなさそうだった。

 

 サクヤがそんなことを考えている間にも、老人――おそらくオリバンダー本人――はハリーの家族について話していた。

 そして、ふと彼の前髪へ手を伸ばす。

 

「それから……この傷も」

 

 オリバンダーが黒い前髪を脇へよけたことで、サクヤにも初めてそれが見えた。

 ハリーの額にある、細い稲妻型の傷。

 

「残念ながら、この傷を付けた杖も、わしが売ったものです」

 

 サクヤは思わず傷を見る。

 今までは前髪の陰に隠れていて気づかなかった。

 

 ただの切り傷とは明らかに形が違う。

 オリバンダーは遠い記憶をたどるように続けた。

 

「イチイの木。長さはおよそ三十四センチ。非常に強力な杖でした」

 

 声が少し沈む。

 

「もし、あの杖がその後どんなことに使われるのか分かっておれば……」

 

 最後まで言い切らなかった。

 だがサクヤにも何となく察しがつく。

 

(例の闇の魔法使いか)

 

 つまり、ハリーの両親を殺し、ハリー本人にも傷を残した人物。

 その人物の杖を作ったのも、この店だったらしい。

 

 なんとも奇妙な話だった。

 

 杖を作った本人に罪があるわけではない。

 それでも、自分の作った道具が大量の人間を傷つけたとなれば、思うところはあるのだろう。

 

 やがてオリバンダーの視線がサクヤへ移った。

 

「さて」

 

 少し近づき、じっと顔を見る。

 

「こちらのお嬢さんは……」

 

 サクヤは何となく姿勢を正した。

 

「魔法界育ちではなさそうですな」

「はい。孤児院で暮らしてました」

「なるほど」

 

 オリバンダーは、何か納得したように目を細めた。

 

「しかし、面白い。なかなか強いものをお持ちのようだ」

「……そうなんですか?」

 

 サクヤ本人には、まったく自覚がない。

 褒められているらしいので、とりあえず受け取っておくことにする。

 

「ありがとうございます」

「お名前を伺っても?」

 

「あ、サクヤ・ベスターです」

「サクヤ・ベスター……」

 

 オリバンダーはその名を一度口の中で転がすように復唱した。

 そしてカウンターの下から、二本の巻き尺を取り出す。

 

「ではポッターさん、ベスターさん。まず身体を測らせていただきましょう」

 

 ハリーが首を傾げた。

 

「杖を買うのに?」

「もちろんですとも」

 

 オリバンダーは当然のように答える。

 

「まず確認したいのですが、杖腕はどちらですかな?」

「杖腕?」

 

 サクヤも意味が分からなかった。

 オリバンダーはすぐに言い換える。

 

「普段、羽ペンを持つのはどちらの手です?」

「ああ。それなら左です」

 

 サクヤは左手を上げた。

 

「左利き。なるほど」

 

 オリバンダーが巻き尺を軽く振る。

 その瞬間だった。

 サクヤの手に触れていないのに、巻き尺が勝手に浮かび上がる。

 

「わっ」

 

 巻き尺は生き物のように動き始めた。

 

 肩から肘。

 肘から手首。

 手首から指先。

 

 さらには手のひらの幅や指の長さまで、次々と測っていく。

 

「そこまで測るんですか?」

「念のためです」

 

 さらりと答えられた。

 その間、オリバンダーは杖について説明を始める。

 

「杖は単なる木の棒ではありません」

 

 老人は棚を眺めながら言った。

 

「木材の中へ、魔法を宿す芯を収めます。当店では主に、ユニコーンの尾毛、不死鳥の尾羽根、ドラゴンの心臓の琴線を使用しております」

 

 サクヤは少し驚いた。

 

「本物の生き物から取るんですか?」

「ええ」

「同じ材料なら、同じような杖になるんですか?」

 

 オリバンダーが微笑む。

 

「そこが面白いところでしてな」

 

 彼は棚から一本の箱を抜き出した。

 

「例えば同じ種類のドラゴンであっても、一頭一頭性質が違う。木にも個性がある。そして当然、使い手にも個性がある」

 

 箱を指で軽く叩く。

 

「ゆえに、完全に同じ杖は存在しません」

 

 そして、格言を言うように言葉を付け加えた。

 

「魔法使いが杖を選ぶのではない。杖が魔法使いを選ぶのです」

 

 サクヤは少し考えた。

 

「じゃあ、他人の杖は使えないんですか?」

「使うだけなら可能です」

 

「でも、本来の持ち主ほど上手くは使えない?」

「その通り」

 

 なるほど。

 道具というより、相棒に近いのかもしれない。

 そこでサクヤの頭に別の疑問が浮かんだ。

 

「じゃあ……」

「はい?」

「一頭のドラゴンから同じ部分をたくさん取って、同じ木から杖をいっぱい作ったら、似た性能の杖を量産できたりしません?」

 

 オリバンダーの表情が変わった。

 怒ったというより、急に真面目になった。

 

「理屈だけを申せば、似た傾向が出る可能性はあるでしょう」

「やっぱり」

「しかし」

 

 少し強い声になる。

 

「素材は、ただ奪えば良いというものではありません」

 

 サクヤは黙る。

 

「無理に傷つけ、家畜のように扱い、命を奪ってまで素材を取れば、優れた芯にはなりません。魔法生物が自ら渡したもの、あるいは正しく得られたものほど質が良い」

「……なるほど」

 

 つまり工場で大量生産、というわけにはいかないらしい。

 

(まあ、できるならとっくに誰かやってるか)

 

 当然といえば当然だった。

 

 そのとき、サクヤは妙な感触に気づいた。

 巻き尺が、今度は頭の周りを測っているのだ。

 

「え、頭も必要なんですか?」

「……もう結構」

 

 オリバンダーが言うと、巻き尺は急に力を失った。

 床へ落ち、そのまま勝手にくるくる丸まっていく。

 

 何のために頭を測ったのかは最後まで分からなかった。

 

「さて」

 

 オリバンダーは手を合わせた。

 

「では先にベスターさんから試してみましょう」

「私から?」

「レディーファーストです」

 

 そう言って棚へ向かい、一つの箱を持ってくる。

 蓋を開け、中から細長い杖を取り出した。

 

「どうぞ」

 

 サクヤは受け取る。

 思ったより軽い。

 

「何か呪文を?」

 

「必要ありません。軽く振ってみてください」

 

 言われるままに、サクヤは杖を一振りした。

 

 ぽんっ。

 小さな音とともに、先端から黄色いチューリップが飛び出した。

 

「おお」

 

 サクヤが少し感心した、その直後。

 花は力なく垂れ下がり、そのまましおれてしまった。

 

「……あれ?」

「違いますな」

 

 オリバンダーは即座に杖を回収した。

 

「でも花は出ましたよ?」

「出れば良いというものではありません」

 

 そういうものらしい。

 

「安心してください。一度目で決まる方が珍しいくらいです」

 

 そして次の箱。

 

 二本目を振る。

 ぱちっ、と火花が出た。

 

「違う」

 

 三本目。

 杖先から煙が吹き出した。

 

「これも違う」

 

 四本目。

 何も起きない。

 

「まったく違う」

 

 五本目。

 棚の上の箱が三つ落ちた。

 

「惜しくもない」

「だんだん悪化してません?」

 

 それから先は、ほとんど作業だった。

 

 渡される。

 振る。

 取り上げられる。

 

 別の杖を渡される。

 また振る。

 

 気づけばサクヤのそばには、試し終わった杖の箱が何段も積み上がっていた。

 

「……まだあるんですか?」

 

 サクヤが聞く。

 

「もちろん」

 

 オリバンダーは妙に楽しそうだった。

 

「難しいお客ほど、杖職人としては興味深い」

「私は疲れてきましたけど」

「もう少しです」

 

 本当にもう少しなのかは怪しい。

 

 ハリーはいつの間にか、少し離れた場所から面白そうに見ている。

 ハグリッドに至っては、店の入口近くで完全に待機モードに入っていた。

 

 一方、オリバンダーだけは一向に疲れた様子を見せない。

 むしろ杖が外れるたび、ますます楽しそうになっていく。

 

「これほど選り好みするとは……」

 

 老人は呟きながら、お世辞にも多いとは言えない自分の髪をかき回した。

 

「サクヤ本人より杖の方が注文が多いみたいですね」

「実際、そのようなものです」

 

 真顔で返された。

 

 そして突然。

 オリバンダーの手が止まる。

 

「……待てよ」

 

 何かを思い出したらしい。

 棚の奥を見上げる。

 

「そうじゃ。あれがあった」

 

 老人の目が、急に輝いた。

 そして今まで触れていなかった棚の一角へ向かい、奥から一本の細長い箱を慎重に引き出した。

 

「西洋では、その花の印象から、桜をどこか華美で装飾的な木だと思う者もおる。じゃが――そんな考えは、完全に捨てるべきじゃ」

 

 オリバンダーは、箱の中に収めた杖をじっと見つめた。

 

「桜の杖は、見た目の印象とは裏腹に、非常に強力な魔法を生み出す。時には、恐ろしいほどにな」

「恐ろしい?」

 

 サクヤが聞き返した。

 

「そうとも。特に今回のように、芯がドラゴンの心臓の琴線であればなおさらじゃ」

 

 オリバンダーは顔を上げ、サクヤをまっすぐ見た。

 先ほどまでの、どこか楽しげな老人の顔とは少し違っていた。

 

「ドラゴンの心臓の琴線は、強力な魔法を好む。新しい呪文を覚えるのも早い。じゃが、気性も強い。桜との組み合わせともなれば、誰にでも扱える代物ではない」

「では、危険な杖なんですか?」

 

 サクヤは尋ねた

 

「杖そのものが危険なのではありませんぞ」

 

 オリバンダーは静かに首を振った。

 

「問題は持ち主じゃ。この組み合わせは、並外れた自制心と、強い精神を持つ魔法使いでなければ、まず勧められん」

 

 サクヤは、自分の杖が入った箱を見た。

 自制心。

 そんなものを自分が持っているとは、あまり考えたことがなかった。

 

 ただ、人前で時間を止めないようにしてきただけだ。

 誰かに怖がられないように。

 院長との約束を破らないように。

 

 それだけだった。

 

「でも、私はまだ魔法を一つも知りません」

「それは関係ない」

 

 オリバンダーは即答した。

 

「杖は、試験の成績を見て持ち主を選ぶわけではないからの」

 

 それから彼は、意味ありげに微笑んだ。

 

「杖が何を見てお嬢さんを選んだのか。それは、わしにも分からん」

 

 サクヤには、その言葉の意味がよく理解できなかった。

 ただ一つだけ分かったことがある。

 どうやら、自分は少し変わった杖に選ばれたらしい。

 

「大切に扱うことじゃ、ミス・ベスター」

 

 オリバンダーは杖の箱を差し出した。

 

「これは、お嬢さんによく似た杖になるかもしれん」

「私に?」

「一見しただけでは分からないものほど、油断してはいかんということじゃよ」

 

 サクヤはその言葉に首を傾げながら、杖の箱を受け取った。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 サクヤの杖がようやく決まると、次はハリーの番になった。

 

 もっとも、こちらも簡単には終わらなかった。

 

「これを」

 

 ハリーが渡された杖を振る。

 

「違いますな」

 

 回収。

 次、また振る。

 

「これでもない」

 

 さらに次。

 そんなやり取りが何度も繰り返され、気づけばハリーの周りにも細長い箱が積み重なっていた。

 

 サクヤは少し離れたところからその様子を見ていたが、どうやら自分だけが特別に面倒な客だったわけではないらしい。

 

「二人揃って、なかなか手強い」

 

 そう言いながらも、オリバンダーはむしろ楽しそうだった。

 杖が合わないたびに困るどころか、次は何を試そうかと目を輝かせている。

 

「こんなに時間のかかる新入生って、よくいるんですか?」

 

 サクヤが尋ねると、老人は棚へ手を伸ばしたまま答えた。

 

「いいえ。ここまで杖が迷うお子さんは、そう何人もおりませんな。一年に一人いるかどうか」

「じゃあ、私たちって変なの?」

「変というより」

 

 オリバンダーは振り返る。

 

「杖の側が慎重になっておるのでしょう。強い魔力を持つ者ほど、相性もまた重要になることがありますからな」

 

 つまり、サクヤもハリーも多少は魔法使いとして素質があるらしい。

 本人たちには、まだ実感などまるでないのだが。

 

 そして何本目だったか分からなくなったころ。

 ハリーが一本の杖を受け取った瞬間、空気が変わった。

 

 それまでとは明らかに違う。

 ハリーも、それを感じ取っていたようだ。

 

 ハリーは勢いの向くまま、杖を上に振り上げる。

 次の瞬間、杖の先から赤と金の花火のような火花が飛び出し――店の中を、スポーツカーのように飛び回った。

 

「……これですな」

 

 オリバンダーは小さく呟いた。

 だが喜ぶ様子はなかった。

 むしろ杖とハリーを交互に見ながら、難しい顔をしている。

 

「なんということだ……」

 

 老人はほとんど独り言のように続ける。

 

「実に奇妙だ。本当に奇妙な巡り合わせというものはある……」

 

 ハリーもさすがに気になったらしい。

 

「何か、おかしいんですか?」

 

 オリバンダーはすぐには答えなかった。

 やがて、どこか痛ましげな目でハリーを見る。

 

「ポッターさん」

 

 静かな声だった。

 

「わしは、これまで売った杖をほとんど覚えております」

 

 棚に囲まれた店内を見渡す。

 

「あなたのお母上の杖も、お父上の杖も。そこにいるハグリッドの杖も。そして……あなたの額にその傷を残した者の杖も」

 

 サクヤはわずかに眉を動かした。

 名前は出ていない。

 

 だが誰のことかは、すぐに分かった。

 ハリーが赤ん坊だった頃に両親を殺し、本人にも襲いかかったという闇の魔法使い。

 

 オリバンダーはハリーが持つ杖へ視線を落とす。

 

「その杖の芯には、不死鳥の尾羽根が使われております」

 

 そこで一度言葉を切った。

 

「そして、同じ不死鳥から取られたもう一本の羽根が、別の杖にも使われた」

「別の杖?」

 

 ハリーが聞き返す。

 

「ええ。この世に二本だけ」

 

 オリバンダーの表情がさらに険しくなる。

 

「同じ魔法生物から得られた芯を持つ杖同士は、特別な結びつきを持つことがあります。いわば兄弟のようなものです」

 

 ハリーは自分の杖を見つめた。

 オリバンダーは続ける。

 

「その兄弟にあたる杖こそが、かつてあなたにその傷を負わせた」

 

 店内が妙に静かになった気がした。

 ハリーの指が、杖を握ったままわずかに強張る。

 

 サクヤも何も言えなかった。

 偶然にしては、あまりにも出来すぎている。

 

 ハリーは不安そうに視線を上げた。

 

「それって……何か悪いことなんですか?」

「さあ」

 

 オリバンダーは首を横に振る。

 

「それは誰にも分かりません」

 

 だが、最後にこう付け加えた。

 

「ただ、あなたが普通ではない道を歩む可能性は高いでしょう」

 

 ハリーは黙っている。

 

「大きな力というものは、善いことにも悪いことにも使える。かつてその杖の兄弟を持った者も、恐ろしいほど大きな力を持っておりました」

 

 それは褒め言葉には聞こえなかった。

 少なくともサクヤには。

 ハリーも同じだったのか、杖を手にしたまま複雑そうな顔をしていた。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 オリバンダーの店を出る頃には、すっかり夕方になっていた。

 時計を見ると、もう五時近い。

 気づけば一日がかりの買い物である。

 

 制服。

 教科書。

 大鍋。

 羽ペン。

 望遠鏡。

 フクロウ。

 そして杖。

 

 朝にはほとんど何も持っていなかったのに、今では三人とも荷物だらけだった。

 サクヤは黒フクロウの鳥籠を持ち直しながら、ダイアゴン横丁を振り返る。

 

 初めて来た場所なのに、一日歩き回ったせいか、少しだけ見慣れた気がする。

 漏れ鍋を通り、三人は普通のロンドンへ戻った。

 

 そこから先は、それぞれ帰る方向が違う。

 ハリーは電車で親戚の家へ。

 

 サクヤは迎えに来るクーパーの車で孤児院へ戻ることになっていた。

 そのため、三人で一緒にいられるのも駅までだった。

 

 ロンドンの駅前に着いたあと、サクヤたちは空いていたベンチで迎えを待つことにした。

 もっとも、ベンチに座れたのはサクヤとハリーだけである。

 

 ハグリッドは座ろうとして一度ベンチを見たあと、「……やめとこう」と判断して、二人の前に立っていた。

 

 しばらくすると、そのハグリッドが何かを思い出したようにポケットを探り始める。

 

「ああ、そうだ」

 

 取り出したのは二通の封筒だった。

 

「これを渡しとかんとな」

 

 一通をハリーへ。

 もう一通をサクヤへ差し出す。

 

「ホグワーツへ行くための切符だ」

「切符?」

 

 サクヤは受け取った封筒を見る。

 

「九月一日。キングズ・クロス駅から出発だ。時間なんかも全部そいつに書いてあるから、なくすんじゃないぞ」

 

 説明はそれだけだった。

 サクヤは少し不安になる。

 

(いや、もうちょっと説明してほしいんだけど……)

 

 とはいえ、今ここで封筒を開くのも怖い。

 風に飛ばされでもしたら、本当に笑えない。

 

「分かった。帰ってから確認する」

 

 そう言って、制服とは別の安全そうなポケットへしまった。

 ハリーも同じように封筒を大切そうにしまっている。

 

 その後しばらく、三人で今日の買い物について話しながら待っていると、駅前の道路に一台の白い車が入ってきた。

 サクヤには見覚えがある。

 

「あ、来た」

 

 車が停まり、運転席からクーパーが顔を出した。

 

「おつかれ。荷物すごいな」

「色々買ったから」

「とりあえず乗って。ご飯の時間に間に合わせたい」

 

 サクヤは立ち上がった。

 今日一日で増えた大量の荷物を、何度かに分けて後部座席へ積み込む。

 

 最後に黒フクロウの鳥籠を、倒れない場所へ慎重に置いた。

 乗り込む前に、一度だけ振り返る。

 

 ハグリッドとハリーがまだそこにいた。

 

「じゃあね、ハリー」

 

 サクヤが手を上げる。

 ハリーも笑って手を振り返した。

 

「うん。またね」

「次は九月一日かな」

「多分ね」

 

 サクヤは車へ乗り込み、窓を開けた。

 やがてクーパーが車を発進させる。

 

 駅前の景色がゆっくり後ろへ流れていく。

 サクヤは窓から身を乗り出さない程度に手を伸ばし、二人へ振り続けた。

 

 ハリーも同じように手を振っている。

 ハグリッドの巨大な姿は、車が離れてもかなり長い間見えていた。

 

 けれど交差点を一つ曲がると、それも建物の向こうへ消える。

 サクヤはようやく手を下ろした。

 

 膝の上には、今日手に入れたばかりの杖。

 後ろには、まだ名前も決まっていない黒いフクロウ。

 

 ポケットには、九月一日の切符。

 朝までは知らなかったものばかりだった。

 

 ほんの一日で、自分の世界がずいぶん広くなった気がした。

 




 ここまでお読みいただきありがとうございます。
 次回、ホグワーツ特急です。

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