ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
研究所の庭を、黄色い影が駆け抜ける。
「ピカ!」
地面を蹴ったピカチュウが目印の間を縫うように走り、最後の一本を通過したところで急停止した。
サトシは声を出していない。
少し離れた場所に立ち、相棒の姿を見つめながら頭の中で次の動きを思い描く。
――右。
ピカチュウが右へ跳ぶ。
――前。
すぐに走り出す。
――止まれ。
今度もほとんど迷わず、四本の足で地面を踏みしめた。
「よし!」
思わず声を上げたサトシに、ピカチュウが得意げな顔を向ける。
「ピカ!」
「今のは指示じゃないからいいんだよ」
ここ数日、二人は波導による意思伝達を繰り返していた。
森での訓練を始めた頃は、右へ動いてほしいのに左へ走ることさえあった。それが今では、単純な移動ならかなりの確率で正しく伝わるようになっている。
もちろん、まだ完璧ではない。
距離が開けば精度は落ち、複雑な動きになるほど伝わりにくくなる。何より今は、お互いに落ち着いた状態で「これから波導で指示を送る」と分かっているから成功している部分も大きかった。
その様子を見ていたオーキド博士が口を開く。
「随分と形になってきたようじゃな」
「うん。でも……」
サトシはピカチュウを見る。
「バトルでできるかは別だと思う」
「ほう」
「ラッタと戦った時は、相手の動きを見て、ピカチュウの状態を見て、次に何をするか考えるだけでも大変だった。そこに波導まで使ったら、たぶん今みたいにはいかない」
初めての実戦だったからこそ分かったことだった。
練習用の的は反撃してこない。
今行っている波導訓練も、ピカチュウがこちらの指示を待ってくれている。
だがバトルでは違う。
相手はこちらの都合など待ってくれない。
「だったら、試してみるかの?」
「え?」
オーキド博士が笑った。
その表情を見ただけで、サトシの目が輝く。
「バトル!?」
「ピカ!?」
ピカチュウまで耳を立てた。
「そのつもりじゃ。ただし前と同じ相手では面白くない。今回はラッタとは戦い方が違うポケモンを相手にしてもらおう」
「やる!」
返事に迷いはなかった。
「ピカチュウ!」
ピカチュウも同じだった。
◇
しばらくして研究所の庭へ現れたのは、緑色の身体に大きな赤褐色の花を載せたポケモンだった。
「クサイハナ!」
「クサイハナか……!」
何度か研究所で世話をしたことのある個体だ。
サトシはすぐに観察を始める。
くさ・どくタイプ。
それだけなら、ピカチュウのでんき技は決して相性がいいとは言えない。
さらに今日は雲が少なく、強い日差しが庭へ降り注いでいる。
そしてサトシは、このクサイハナが晴れた日に普段より活発に動いているところを何度も見ていた。
「博士、このクサイハナの特性……ようりょくそだよね?」
「正解じゃ」
やはり。
日差しが強ければ、その機動力は普段とはまるで違う。
前世で知っていた特性の知識と、この世界で実際にクサイハナを観察して得た経験。
両方が一致する。
「ピカチュウ」
「ピカ!」
肩から飛び降りたピカチュウが前へ出た。
「今回、全部を波導だけでやろうとはしない」
「ピカ?」
「間に合わないと思ったら普通に声を使う。でも、できるところは波導でやってみよう」
「ピカ!」
オーキド博士がクサイハナの後ろへ立つ。
「では、始めるぞ!」
サトシは深く息を吸った。
クサイハナを見る。
ピカチュウを感じる。
そして――。
「始め!」
「クサイハナ、はっぱカッター!」
「クサイ!」
開始と同時だった。
クサイハナの身体から鋭い葉が次々と飛び出す。
一枚ではない。
左右へ広がりながらピカチュウへ迫ってくる。
サトシは反射的に叫ぼうとして――止めた。
試す。
――右!
頭の中へ、ピカチュウが右へ跳ぶ姿を描く。
だが。
「ピカ!?」
遅い。
一瞬だけ反応が遅れた。
鋭い葉が目の前まで迫る。
「でんこうせっかで抜けろ!」
「ピカ!」
白い光を纏ったピカチュウが一気に加速した。
葉と葉のわずかな隙間を駆け抜けるが、一枚が身体を掠める。
「ピカッ!」
「ピカチュウ!」
着地したピカチュウがすぐに顔を上げた。
大丈夫。
まだ戦える。
その意思が波導を通じて伝わってくる。
だがサトシは奥歯を噛んだ。
波導に拘ったせいで、余計な攻撃を受けさせた。
「……違う」
「クサイハナ、もう一度じゃ!」
「クサイ!」
再びはっぱカッター。
今度は迷わない。
「左へ走れ!」
「ピカ!」
声で指示する。
ピカチュウが駆け出し、飛んでくる葉を次々と避けていく。
「波導だけで戦うことが目的じゃない……!」
使えるものを使う。
声が速いなら声。
波導が有効なら波導。
それでいい。
「ピカチュウ、でんこうせっか!」
「ピカ!」
白い閃光となって一直線に突っ込む。
クサイハナは目の前。
入る。
そう思った瞬間――。
「クサイハナ、かわすんじゃ!」
「クサイ!」
クサイハナが消えたように横へ動いた。
「速っ!?」
でんこうせっかが空を切る。
予想していた以上だった。
ようりょくそ。
強い日差しを受けたクサイハナの動きは、サトシが普段研究所で見ていたものとは比較にならない。
「ようかいえき!」
「クサイ!」
紫色の液体が放たれる。
ピカチュウはクサイハナのすぐ近く。
声を出している暇は――。
サトシは頭の中へ一つの光景を叩き込んだ。
後ろ!
「ピカ!」
ピカチュウが反応する。
身体を後方へ投げ出した直後、目の前の地面へ紫色の液体が飛び散った。
「できた!」
初めて実戦の速度で伝わった。
しかし喜ぶ暇はない。
「クサイハナ、はっぱカッター!」
すぐに追撃が来る。
「でんきショック!」
「ピカ――チュウ!」
電撃とはっぱカッターが正面からぶつかる。
バチッ!
何枚かの葉が弾かれた。
それでもすべては止めきれない。
「ピカチュウ、避けろ!」
左右から残った葉が迫る。
ピカチュウが跳ぶ。
一枚。
二枚。
かわす。
だが――。
「ピカッ!」
三枚目が身体へ当たった。
ピカチュウが地面を転がる。
「ピカチュウ!」
「ピ……カ……!」
立ち上がる。
まだだ。
まだやれる。
ラッタ戦の時よりも、はっきり伝わってきた。
サトシは拳を握った。
「そうだよな」
「ピカ!」
「俺たちは、こんなもんじゃない!」
ピカチュウが構える。
クサイハナも息一つ乱していないわけではない。
しかし戦況は明らかに相手が上だった。
でんきショックは相性が悪い。
でんこうせっかで接近しても、ようりょくその速度でかわされる。
エレキボールは形成に時間がかかり、今の状況で普通に撃ったところで避けられる可能性が高い。
ならどうする。
サトシは考える。
勝つために何をする。
クサイハナを見る。
ピカチュウを見る。
そして、これまで練習してきた技を思い返す。
一つの技で駄目なら――。
「繋げればいい」
「ピカ?」
サトシが笑った。
「ピカチュウ。いくぞ!」
「ピカ!」
「でんこうせっか!」
白い光が弾ける。
ピカチュウが一直線にクサイハナへ突っ込んだ。
「また来たか。クサイハナ、右へ!」
クサイハナが動く。
速い。
けれど今度の狙いは、最初からそこだった。
サトシは声を出さない。
ピカチュウの頭の中へ、次の動きを送る。
追え!
「ピカ!」
でんこうせっかを止めない。
クサイハナが右へかわした瞬間、ピカチュウも身体を傾けて進路を変える。
「なに!?」
オーキド博士が目を見開いた。
一度目は直線だった。
だからクサイハナは、今回もその軌道から外れればいいと判断した。
だがピカチュウは追ってくる。
「クサイ!?」
距離が一気に縮まった。
ここだ。
「そのまま――ほっぺすりすり!」
「ピッカァ!」
白い光を纏ったまま、ピカチュウが最後の一歩を踏み込む。
でんこうせっかで生み出した速度を殺さずにクサイハナへ迫り、接触する直前に身体を捻った。
黄色い頬がクサイハナの身体へ触れる。
そのまま――。
すりっ!
「ピカチュウ!」
バチバチバチッ!!
頬袋に溜めた電気が、接触した場所から一気に流れ込んだ。
「クサァァイッ!」
クサイハナの身体が震える。
ピカチュウはそのまま横を抜け、少し離れた場所へ着地した。
「決まった!」
サトシが拳を握る。
でんこうせっかで接近し、その勢いを利用してほっぺすりすりを叩き込む。
今まで練習では繋げていた。
けれど、全力で動く相手へ実戦で成功させたのは初めてだった。
しかも――。
「ク、サイ……!」
クサイハナが動こうとして、身体を震わせる。
黄色い電気が一瞬その身体を走った。
まひ。
サトシの目が鋭くなる。
「効いた!」
でんき技そのものはクサイハナに通りにくい。
だが、ほっぺすりすりの狙いはダメージだけではない。
動きを鈍らせる。
ようりょくそによって得ていた機動力を、まひで削る。
「クサイハナ、まだいけるか!」
「クサイ!」
クサイハナが踏み出す。
まだ速い。
しかし――さっきまでとは違う。
身体が一瞬硬直する。
「今だ、でんこうせっか!」
「ピカ!」
ピカチュウが飛び出した。
「クサイハナ、かわすんじゃ!」
クサイハナも動く。
だが足が止まった。
一瞬。
ほんの一瞬。
バトルでは十分だった。
ドンッ!
「クサイッ!」
でんこうせっかが直撃する。
クサイハナが後方へ押し飛ばされた。
「よし!」
「まだじゃ! クサイハナ、ようかいえき!」
体勢を崩しながらも、クサイハナが反撃する。
紫色の液体が飛ぶ。
サトシはピカチュウへ意識を伸ばした。
右へ!
「ピカ!」
声を出すより早くピカチュウが跳んだ。
かわす。
「そのままでんきショック!」
「ピカチュウ!」
電撃が走る。
「クサイハナ、避けろ!」
クサイハナが跳ぼうとする。
バチッ!
また身体が硬直した。
「クサッ!」
でんきショックが命中する。
大きなダメージにはならない。
それでも確実に体力を削っている。
そして何より、クサイハナは自由に動けなくなっていた。
サトシの中で、バトルの流れが変わったのが分かった。
押されていた。
それが今、こちらへ傾き始めている。
「いける!」
「ピカ!」
だがオーキド博士も簡単には終わらせない。
「クサイハナ、距離を取れ!」
「クサイ!」
クサイハナが後方へ跳ぶ。
まひしていても、ようりょくそで強化された脚力が消えたわけではない。
距離が開いた。
「はっぱカッター!」
「クサイハナ!」
大量の葉が舞う。
先ほどより多い。
ピカチュウの逃げ道を塞ぐように左右へ広がる。
「ピカチュウ!」
サトシの目が動く。
右。
駄目。
左も塞がれる。
後ろへ下がれば追いつかれる。
なら――。
「前だ! でんこうせっか!」
「ピカ!」
ピカチュウが真正面へ突っ込んだ。
「なに!?」
オーキド博士すら驚く。
葉が迫る。
一枚を避ける。
二枚目を身体を低くして潜る。
三枚目が頬を掠める。
「ピカッ!」
それでも止まらない。
「いけえええっ!」
「ピカァァ!」
葉の嵐を突破した。
目の前にはクサイハナ。
「クサイハナ、ようかいえき!」
紫色の液体が放たれる。
近い。
避けるだけなら、攻撃の機会を失う。
サトシは一瞬で決めた。
波導を送る。
下!
「ピカ!」
ピカチュウが身体を沈める。
ようかいえきが頭上を通過した。
「今だ!」
声と同時に、サトシは次の光景を送る。
跳べ。
「ピカ!」
ピカチュウが地面を蹴った。
クサイハナの頭上へ。
「クサイ!?」
「エレキボール!」
空中でピカチュウの頬から電気が溢れる。
黄色い電気が一点へ集まっていく。
以前より速い。
ラッタとの戦いの後も、ずっと練習を続けてきた。
それでもクサイハナは動こうとする。
「クサイハナ、避けるんじゃ!」
一歩。
クサイハナが踏み出した瞬間――。
バチッ!
「クサッ!?」
まひで身体が止まった。
サトシは叫ぶ。
「いっけええええええっ!!」
「ピッカァァァ――チュウ!!」
エレキボールが放たれた。
黄色い球が空中から一直線に落ちていく。
クサイハナの目が見開かれる。
直撃。
ドォンッ!!
電気が弾け、土煙が舞い上がった。
「ピカ!」
着地したピカチュウが地面を滑る。
サトシは前を見る。
「クサイハナ……!」
煙が晴れていく。
クサイハナはまだ立っていた。
「ク……サイ……!」
足が震えている。
それでも倒れない。
「まだ立つのか……!」
サトシの顔に笑みが浮かんだ。
強い。
だからこそ――楽しい。
ピカチュウも同じだった。
疲れている。
身体にははっぱカッターでついた傷もある。
それでも、その目はまだ燃えていた。
「ピカ!」
「そうだな」
サトシが構える。
「最後までやろう!」
「ピカチュウ!」
「クサイ!」
クサイハナも応えた。
オーキド博士が笑う。
「ならばこちらも最後まで付き合おう! クサイハナ、はっぱカッター!」
「クサイ!」
葉が放たれる。
「ピカチュウ、走れ!」
ピカチュウが駆ける。
右。
左。
波導と声を使い分ける。
避ける。
前へ。
また避ける。
「ようかいえき!」
「ジャンプ!」
紫色の液体を飛び越える。
「でんきショック!」
「ピカチュウ!」
電撃。
「クサイハナ、耐えるんじゃ!」
「クサイ!」
クサイハナが踏ん張った。
倒れない。
「だったら――!」
サトシとピカチュウの視線が重なる。
次に何をするか。
一瞬だけ、二人の間から言葉が消えた。
サトシはイメージを送る。
白い光。
一直線。
そして――接触。
ピカチュウの口元が上がった。
伝わった。
「いけ、ピカチュウ!」
「ピカァ!」
白い光が身体を包む。
「クサイハナ、迎え撃つんじゃ!」
「クサイ!」
クサイハナが身体を低くする。
ピカチュウが加速する。
真正面。
クサイハナも逃げない。
距離が消える。
あと少し。
サトシが拳を握りしめる。
「でんこうせっかから――」
ピカチュウの頬で電気が弾ける。
「ほっぺすりすりだあああっ!!」
「ピッカァァァ!!」
最後の一歩。
ピカチュウが身体を捻る。
でんこうせっかの速度を乗せたままクサイハナへ飛び込み、電気を帯びた頬をその身体へ思い切りすりつけた。
バチィィィッ!!
「クサァァァイ!!」
二匹が交差する。
ピカチュウが着地。
クサイハナが一歩踏み出す。
二歩目。
そこで――。
「クサ……」
身体から力が抜けた。
ゆっくりと地面へ倒れる。
「……!」
サトシは息を止めた。
オーキド博士がクサイハナを確認する。
そして。
「そこまで!」
庭に声が響く。
「クサイハナ、戦闘不能!」
一瞬の静寂。
「ピカ……?」
ピカチュウが振り返る。
オーキド博士が笑った。
「ピカチュウの勝ちじゃ!」
「……っしゃあああああ!!」
「ピッカチュウ!!」
サトシが駆け出す。
ピカチュウも走る。
そのまま勢いよく飛び込んできた相棒を、今度はしっかり受け止めた。
「やった! やったぞピカチュウ!」
「ピカ! ピカチュウ!」
「途中めちゃくちゃ危なかったけど!」
「ピカ!」
「でも勝った!」
「ピカチュウ!」
額を合わせる。
嬉しい。
楽しい。
疲れた。
もっと強くなりたい。
いくつもの感情が波導を通して流れ込んでくる。
サトシも同じ気持ちを返した。
言葉にしなくても伝わる。
けれど、それでも言いたかった。
「最高だったぞ、ピカチュウ!」
「ピカ!」
◇
クサイハナの状態を確認し、傷の手当てを済ませたあと、オーキド博士はサトシとピカチュウを呼んだ。
「さて。勝った感想は?」
「……まだ全然駄目」
意外な答えだったのか、博士が眉を上げる。
「ほう?」
「最初、波導を使うことに拘りすぎた。それでピカチュウに余計な攻撃を受けさせた」
「ピカ」
ピカチュウは気にしていないようだったが、サトシは首を振る。
「波導は強い。でも、使えば何でもできるわけじゃない。声の方が速いなら声で指示するし、波導の方がいい時は波導を使う」
サトシは少し考えてから続ける。
「両方使えばいいんだ」
オーキド博士が頷く。
「その通りじゃ」
「それと……」
サトシがピカチュウを見る。
「でんこうせっかとほっぺすりすり」
「ピカ!」
「あれ、もっと磨きたい」
でんこうせっかで一気に接近し、その速度を保ったままほっぺすりすりへ繋げる。
単純に二つの技を続けて使うだけではない。
加速そのものを、次の技を当てるために利用する。
そして相手をまひさせれば、その後の攻撃へ繋げられる。
今日の勝利を引き寄せた、大きな武器だった。
「技は単独で使うだけじゃない」
サトシの頭の中には、もういくつもの可能性が浮かび始めている。
今覚えている四つの技だけでも、組み合わせ方は一つではない。
「もっと色んな使い方ができる」
「ピカ!」
オーキド博士は楽しそうに二人を見た。
「どうやら今回のバトルでも、勝利以上のものを得たようじゃな」
「うん!」
◇
帰り道。
夕陽の中を歩くサトシの肩には、いつものようにピカチュウが乗っていた。
今日のバトルで身体を動かし続けたせいか、少し眠そうだ。
「疲れた?」
「ピカァ……」
「俺も」
波導を実戦で何度も使ったせいなのか、身体より頭の方が疲れている気がする。
それでも気分は最高だった。
サトシは歩きながら、今日のバトルを何度も思い返していた。
声だけではできないことがある。
波導だけでもできないことがある。
技一つだけでは届かない相手もいる。
だったら、組み合わせればいい。
「なあ、ピカチュウ」
「ピカ?」
「俺たち、もっと強くなれるな」
一瞬の間。
そして胸の奥へ、力強い感情が届いた。
――当然。
「ははっ」
「ピカ?」
「なんでもない」
波導は少しずつ育っている。
ピカチュウの技も強くなっている。
そして何より、二人の戦い方そのものが少しずつ形になり始めていた。
まだ旅すら始まっていない。
ジム戦も、ポケモンリーグも経験していない。
世界には、自分たちより遥かに強いポケモンとトレーナーが数え切れないほどいる。
それでいい。
追い越す相手が多いほど面白い。
「世界最強になるぞ、ピカチュウ」
「ピカチュウ!」
夕暮れの道へ、二人の声が重なった。
今日生まれた連携も、まだ完成ではない。
波導も完成には遠い。
だから明日も鍛える。
明後日も、その先も。
十歳になってマサラタウンを旅立つその日まで、サトシとピカチュウは一日だって無駄にするつもりはなかった。