ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第17話 初めての野宿

「忘れ物はない?」

 

玄関先でハナコにそう聞かれ、サトシは背負ったリュックの肩紐を握り直した。

 

「大丈夫。昨日の夜に確認したし、朝ももう一回見た」

 

「本当に?」

 

「本当だって」

 

「ピカピカ」

 

足元のピカチュウまで頷くと、ハナコはようやく納得したように笑った。

 

今日から一泊二日、サトシはマサラタウンから少し離れた場所で野宿の訓練をする。

 

これまでにも森へ入ったことは何度もあるし、研究所の周辺なら地形も野生ポケモンの生態もかなり覚えている。しかし今回は、夕方になれば家へ帰れる普段の訓練とは違う。

 

食事も寝床も、自分たちで用意する。

 

何か問題が起きても、まずは自分で考える。

 

もちろん完全に放り出されるわけではなく、オーキド博士が安全を確認できる範囲にはいる。それでも博士からは、危険な状況でない限り手を貸さないと言われていた。

 

「じゃあ、行ってくる!」

 

「ピカチュウ!」

 

「行ってらっしゃい。無茶しちゃ駄目よ!」

 

「分かってる!」

 

元気よく答えて歩き出したサトシだったが、数歩進んだところで背後からもう一度声が飛んできた。

 

「サトシ!」

 

「なにー?」

 

「ちゃんと歯も磨くのよー!」

 

「野宿と関係ないだろー!」

 

ハナコの笑い声を背中で聞きながら、サトシはピカチュウと一緒にマサラタウンを後にした。

 

◇

 

今回の目的地は、研究所から歩いて数時間ほどの場所にある森だった。

 

本当の旅では一日にどれだけ進めるのか分からないため、サトシは最初から急がず、一定の速度を保って歩くことを意識していた。

 

「走るのと全然違うな」

 

「ピカ?」

 

「ずっと歩く方が、地味に疲れる」

 

身体を鍛えてきたおかげで体力には自信がある。しかし背中には旅を想定した荷物があり、普段の身軽な状態とは勝手が違う。

 

水、食料、着替え、雨具、寝袋、簡単な調理道具、応急処置用品。

 

一つ一つは大した重さではなくても、まとめればそれなりになる。

 

最初は肩に乗っていたピカチュウも、途中から自分で歩いていた。

 

「旅に出たら、ずっと肩に乗せて歩くのは無理かもな」

 

「ピカ!?」

 

「だって重――」

 

ピカチュウの頬から火花が散る。

 

「いや、違う! 荷物もあるからって意味!」

 

「ピカァ……」

 

疑いの目を向けられた。

 

「本当だって!」

 

そんなやり取りをしながらも、サトシは周囲への注意を忘れない。

 

目で見るだけではなく、波導を薄く広げる。

 

右側の草むらに小さな生命反応。

 

木の上にも二つ。

 

少し離れたところには、それより大きな反応がある。

 

敵意はない。

 

「右にコラッタ。上にポッポが二羽……奥のは何だろ」

 

「ピカ」

 

ピカチュウも鼻を動かし、周囲を確認している。

 

旅が始まれば、知っている森だけを歩くわけではない。

 

だからこそ、波導で感じられたからといって油断しない。姿を確認できるなら目でも確認し、足跡や鳴き声、草木の変化も見る。

 

オーキド博士から何度も言われてきた。

 

一つの方法だけに頼るな。

 

それはポケモンバトルでも、野外活動でも同じだった。

 

昼前になると、サトシは川の近くで一度休憩を取った。

 

「ここで水も確認しよう」

 

「ピカ」

 

持ってきた水はある。

 

だからといって、最初から全部使うつもりはない。

 

長い旅では、どこで補給できるかを考える必要がある。

 

サトシは川辺へしゃがみ込んだが、そのまま水を飲もうとはしなかった。

 

流れや濁りを確認し、周囲に不自然なものがないかを見る。

 

「見た目が綺麗でも、そのまま飲んでいいとは限らないんだよな」

 

「ピカ?」

 

「博士に教わっただろ?」

 

ピカチュウが首を傾げる。

 

「……お前、あの時寝てたな?」

 

「ピカ」

 

目を逸らされた。

 

サトシは笑いながら、用意してきた道具で飲み水として使えるよう処理する。

 

手間はかかる。

 

けれど、こういう手間を面倒がって体調を崩せば、その方がずっと困る。

 

準備を終えると、自分だけ先に飲むのではなく、ピカチュウにも水を渡した。

 

「どう?」

 

「ピカ!」

 

「よし」

 

二人で昼食を取り、少し休んでから再び歩き出した。

 

◇

 

野宿する場所を探し始めたのは、日が傾くよりずっと前だった。

 

「暗くなってから探すんじゃ遅い」

 

サトシは博士から教わったことを口にしながら周囲を見る。

 

平らな場所。

 

水辺に近すぎない。

 

崖の下ではない。

 

雨が降った時に水が流れ込むような低地も避ける。

 

そして何より――。

 

「野生ポケモンの縄張りじゃないところ」

 

「ピカ」

 

波導を広げる。

 

周囲にはいくつもの生命反応がある。

 

森なのだから当然だ。

 

重要なのは、ポケモンがいるかどうかではなく、ここが誰かの巣や生活場所になっていないか。

 

地面を見る。

 

足跡。

 

木の幹についた傷。

 

食べ残し。

 

糞。

 

そうした痕跡も確認する。

 

一度、条件の良さそうな場所を見つけた。

 

「ここなら――」

 

言いかけたところで、サトシは止まる。

 

木の根元に小さな穴があった。

 

近づかずに波導を向けると、中から複数の小さな反応を感じる。

 

「……やめよう」

 

「ピカ?」

 

「たぶん誰かの巣だ。邪魔しちゃ悪い」

 

サトシたちは別の場所を探した。

 

少し歩いた先で、ようやく条件の良い場所を見つける。

 

周囲を確認し、問題がないと判断してから荷物を下ろした。

 

「よし。ここにする!」

 

「ピカ!」

 

まずは寝る場所を作る。

 

ところが――。

 

「……あれ?」

 

サトシは持ってきた道具と地面を交互に見た。

 

「思ったより狭いな」

 

頭の中では完璧だった。

 

実際に設営してみると、木との距離が微妙に足りない。

 

一度やり直す。

 

今度は地面が僅かに傾いている。

 

「これ、寝たら絶対そっちに転がる」

 

「ピカピカ」

 

「笑うなよ!」

 

三度目。

 

ようやく納得できる形になった。

 

「できた!」

 

「ピカ!」

 

思っていたより時間がかかった。

 

サトシは額の汗を拭う。

 

知っていることと、実際にできることは違う。

 

今日だけで何度目か分からないほど、その事実を思い知らされていた。

 

◇

 

寝床の次は夕食だった。

 

火を使う場所を選び、周囲に燃え移るものがないことを確認する。

 

ここでピカチュウが前へ出た。

 

「ピカ!」

 

「駄目」

 

「ピカ!?」

 

「電気で無理やり火をつけようとするなよ」

 

「ピカァ……」

 

「練習なんだから、普通にやる」

 

便利だからといって、何でもピカチュウに任せればいいわけではない。

 

もちろん本当に必要な時なら頼る。

 

しかし今は、自分一人でも最低限のことができるようになるための訓練だ。

 

苦戦しながら火を起こし、持ってきた食材で簡単な料理を作る。

 

豪華なものではない。

 

それでも、しばらくして温かい匂いが漂い始めると、ピカチュウの鼻がぴくぴく動いた。

 

「まだ」

 

「ピカ」

 

「まだだって」

 

「ピカァ」

 

「そんな顔しても駄目」

 

サトシ自身も腹が減っている。

 

ようやく完成すると、ピカチュウの分を先に取り分け、十分に冷ましてから渡した。

 

「はい」

 

「ピカ!」

 

ものすごい勢いで食べ始める。

 

「どう?」

 

「ピカピカ!」

 

「そんなに?」

 

嬉しくなって自分も食べる。

 

「……」

 

「ピカ?」

 

「ちょっと味薄いな」

 

ピカチュウが食べる手を止めた。

 

「いや、美味しいけど」

 

「ピカ」

 

「その顔やめろよ」

 

料理も練習が必要らしい。

 

それでも二人で作って外で食べる夕食は、不思議なくらい美味しく感じた。

 

食べ終えた後は、片づける。

 

食べ物をそのままにすれば、匂いにつられて野生ポケモンが来るかもしれない。

 

火の始末も徹底する。

 

旅は、食べ終わったら終わりではない。

 

そうして全部を終えた頃には、森はすっかり暗くなっていた。

 

◇

 

昼の森と夜の森は、まるで別の場所だった。

 

虫の声。

 

風。

 

草が揺れる音。

 

遠くから聞こえるポケモンの鳴き声。

 

「……こんなに違うんだな」

 

「ピカ」

 

小さな明かりの近くで、サトシとピカチュウは並んで座っていた。

 

怖いわけではない。

 

けれど家のベッドで眠るのとは違い、完全に気を抜くことはできなかった。

 

サトシは静かに波導を広げる。

 

昼よりも視覚に頼れない分、周囲の生命が鮮明に感じられた。

 

近くに小さな反応が二つ。

 

少し離れて三つ。

 

さらに遠くにもいくつか。

 

敵意や強い警戒は感じない。

 

「大丈夫そうだな」

 

「ピカ」

 

サトシが波導を戻そうとした、その時だった。

 

「……ん?」

 

少し離れた場所。

 

一つの反応がこちらへ近づいてくる。

 

「ピカチュウ」

 

声を低くする。

 

ピカチュウもすぐに察し、立ち上がった。

 

「何か来る」

 

草が揺れる。

 

ガサッ。

 

ピカチュウの頬から小さな火花が散った。

 

「まだ攻撃しない」

 

「ピカ」

 

サトシは波導へ意識を向ける。

 

敵意は――薄い。

 

警戒はある。

 

それ以上に強いのは。

 

「……お腹空いてる?」

 

草むらから一匹のコラッタが姿を現した。

 

鼻を動かしながら、こちらを見ている。

 

視線はサトシたちではなく、片づけた食事のあった場所へ向いていた。

 

「やっぱり匂いか」

 

「ピカ」

 

食べ物は片づけた。

 

だからコラッタは少し周囲を嗅ぎ回った後、残念そうに立ち去ろうとする。

 

サトシは一瞬、何か食べさせようかと思った。

 

だが手を止めた。

 

可哀想だからと毎回食べ物を与えることが、そのポケモンのためになるとは限らない。

 

人間の食料を目当てに近づく癖がつけば、別の旅人との問題を起こすかもしれない。

 

「ごめんな」

 

小さく声をかける。

 

コラッタは一度振り返り、そのまま森の奥へ消えていった。

 

「……こういうのも考えないといけないんだな」

 

「ピカ」

 

ゲームなら、画面の向こうでは見えなかったこと。

 

アニメを見ているだけでも、すべてを実感できたわけではない。

 

この世界で生きるようになってから、そういうことがいくつも増えた。

 

サトシは隣のピカチュウを撫でる。

 

「寝ようか」

 

「ピカ」

 

◇

 

ところが。

 

「……眠れない」

 

サトシは目を開けた。

 

どれくらい経っただろう。

 

横ではピカチュウが丸くなっている。

 

「ピカ……」

 

眠っている。

 

羨ましい。

 

サトシはもう一度目を閉じる。

 

ザッ。

 

「……」

 

目を開ける。

 

風だ。

 

閉じる。

 

ガサッ。

 

「……」

 

今度は何だ。

 

波導を広げる。

 

小さなポケモンが通っただけ。

 

「気にしすぎか……」

 

家では気にも留めないような音が、夜の森では一つ一つ気になる。

 

しかも波導を使えるせいで、周囲に生命がいることまで分かってしまう。

 

便利なはずの力が、逆に眠りを妨げていた。

 

「ずっと警戒してたら身体がもたないよな」

 

旅は一日では終わらない。

 

毎晩こんな状態では、疲労が溜まるだけだ。

 

サトシは考えた。

 

波導を完全に広げたまま眠る必要はない。

 

普段の感知範囲を狭める。

 

近くに強い敵意や危険が入った時だけ気づけるよう、意識を薄く残す。

 

「……できるかな」

 

試してみる。

 

意識を広げすぎない。

 

自分とピカチュウ、その周辺だけ。

 

最初は上手くいかず、何度も範囲が広がった。

 

それでも少しずつ力を抜いていく。

 

やがて周囲の細かな気配が遠のき、ピカチュウの馴染み深い波導だけがすぐそばに残った。

 

「これなら……」

 

目を閉じる。

 

今度は眠れそうだった。

 

◇

 

どれほど眠っただろう。

 

突然、ピカチュウの波導が大きく揺れた。

 

警戒。

 

サトシの目が開く。

 

「……!」

 

ほぼ同時に身体を起こした。

 

ピカチュウもすでに立っている。

 

「ピカ……」

 

暗闇の向こう。

 

何かがいる。

 

サトシはすぐに波導を広げた。

 

一つ。

 

先ほどのコラッタより大きい。

 

こちらを警戒している。

 

サトシは立ち上がったが、ピカチュウへ攻撃命令は出さない。

 

暗闇へ目を凝らす。

 

やがて月明かりの中へ、一匹のポケモンが姿を現した。

 

「……オニスズメ」

 

「ピカ」

 

オニスズメはこちらを睨んでいる。

 

サトシは周囲を見る。

 

何か理由があるはずだ。

 

ただ攻撃的な性格だから。

 

それだけで片づけるつもりはない。

 

波導から伝わってくるのは警戒。

 

苛立ち。

 

そして――。

 

「俺たち、近すぎた?」

 

少し離れた木を見る。

 

暗くて分かりにくい。

 

しかし波導を向けると、枝の上にもう一つ、小さな生命反応があった。

 

「……巣か」

 

昼間に確認した時には気づかなかった。

 

高い枝。

 

葉に隠れた場所。

 

そこに巣があるらしい。

 

「ごめん」

 

サトシはオニスズメへ声をかけた。

 

「気づかなかった。すぐ離れる」

 

「ピカ?」

 

ピカチュウがサトシを見る。

 

「場所を移そう」

 

夜中だ。

 

せっかく作った寝床を片づけるのも面倒だ。

 

だが、自分たちが後から来た。

 

それなら離れるべきなのはこちらだ。

 

サトシはゆっくりと荷物をまとめ始めた。

 

オニスズメは警戒したまま見ている。

 

ピカチュウも相手から目を離さない。

 

サトシは波導を通じ、敵意がないことをできるだけ静かに伝えた。

 

戦う気はない。

 

巣を奪わない。

 

離れる。

 

どこまで伝わったのかは分からない。

 

それでも、オニスズメは襲ってこなかった。

 

少し離れた安全な場所まで移動し、最低限の寝床を作り直す。

 

「まさか夜中に引っ越すとは思わなかった……」

 

「ピカァ……」

 

ピカチュウも眠そうだ。

 

「でも、これも経験だな」

 

「ピカ」

 

今度こそ二人は横になった。

 

さすがに疲れていたのか、眠りにつくまで時間はかからなかった。

 

◇

 

朝。

 

「……まぶしい」

 

木々の間から差し込む光で、サトシは目を覚ました。

 

身体を起こす。

 

「身体痛い……」

 

家のベッドとは比べものにならない。

 

隣ではピカチュウが大きく伸びをしていた。

 

「ピカァ~」

 

「お前は元気だな」

 

「ピカ!」

 

簡単な朝食を済ませ、寝床を片づける。

 

ゴミが残っていないか。

 

火を使った場所に問題がないか。

 

忘れ物はないか。

 

自分たちが来る前とできるだけ同じ状態に戻す。

 

最後に周囲を見渡してから、サトシはリュックを背負った。

 

「よし」

 

「ピカ!」

 

帰ろう。

 

そう思ったところで、サトシは昨夜の方向を見た。

 

少し離れた木。

 

高い枝。

 

そこにオニスズメがいる。

 

こちらを見ていた。

 

「……おはよう」

 

返事はない。

 

けれど襲ってもこない。

 

サトシは小さく手を振り、ピカチュウと歩き出した。

 

◇

 

昼前には、オーキド研究所へ戻った。

 

「おお、帰ったか」

 

庭にいた博士が二人を迎える。

 

「ただいま!」

 

「ピカ!」

 

「どうじゃった?」

 

「大変だった」

 

サトシは即答した。

 

博士が笑う。

 

「ほう?」

 

「寝る場所決めるだけでも時間かかったし、料理はちょっと薄かったし、夜は全然眠れないし、それに途中で野宿する場所を変えた」

 

「場所を?」

 

サトシは昨夜のオニスズメについて説明した。

 

博士は黙って最後まで聞いてから、頷く。

 

「よい判断じゃったと思うぞ」

 

「最初に気づけなかったけど」

 

「だから今回の経験で、次からは上にも注意するようになるじゃろう?」

 

「……そっか」

 

失敗した。

 

そう考えていた。

 

だが博士の言葉を聞いて、少し見方が変わる。

 

旅立つ前に失敗するための訓練でもあったのだ。

 

「他には?」

 

「水を確保するのも思ったより面倒だった。荷物もずっと背負ってると重いし……あと、波導でずっと周りを警戒してたら眠れない」

 

「それで?」

 

「感知する範囲を狭くして寝た。近くに強い危険が来たら気づけるくらいに」

 

「ほう」

 

博士の目が僅かに細くなる。

 

「それは自分で考えたのか?」

 

「うん」

 

「なら、大きな収穫じゃな」

 

サトシは少し嬉しくなる。

 

「ただし」

 

「え?」

 

「一度上手くいったからといって、いつでも安全にできると思うな。疲労が強ければ波導そのものが乱れることもあるじゃろうし、感じ取れない危険がないとも限らん」

 

「……うん」

 

「波導は便利じゃ。じゃが、便利な力ほど頼り切れば危険になる」

 

「分かった」

 

目。

 

耳。

 

知識。

 

経験。

 

ピカチュウ。

 

そして波導。

 

どれか一つではない。

 

全部を使う。

 

サトシはそれを覚えておこうと思った。

 

「それで博士」

 

「なんじゃ?」

 

「次は二泊してみたい」

 

「もう次の話か?」

 

「だって今回、一日だけだったし」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウも賛成らしい。

 

博士は額へ手を当てた。

 

「お前たちは本当に……」

 

呆れた声。

 

けれど、少し笑っている。

 

サトシも笑った。

 

一晩だけの野宿。

 

それでも、研究所の庭で何日訓練するのとも違うことを学べた。

 

自分で歩き。

 

自分で場所を選び。

 

自分で食事を作り。

 

夜の森で眠る。

 

野生ポケモンの生活圏に入る以上、人間側が気をつけなければならないこともある。

 

旅とは、ジムへ行ってバトルをするだけではない。

 

次の町へ着くまでの時間も、そのすべてが旅なのだ。

 

「ピカチュウ」

 

「ピカ?」

 

「本番では、もっと色んなことが起きるんだろうな」

 

「ピカ!」

 

不安がないわけではない。

 

けれど、それ以上に楽しみだった。

 

サトシは遠くに続く道へ目を向ける。

 

十歳になれば、この道を進む。

 

トキワシティへ。

 

ニビシティへ。

 

その先へ。

 

前世で知っていた場所を、今度は自分の足で歩いていく。

 

けれど今日、一晩を森で過ごしたことで、その意味が少しだけ変わった気がした。

 

旅は、物語の場面から場面へ飛んでいくものではない。

 

歩いた距離も、食べた食事も、眠れなかった夜も、道端で出会うポケモンたちも――その全部を積み重ねて進んでいくものなのだ。

 

そして、そのすべてを隣で経験する相棒がいる。

 

「旅立つまで、あと少しだ」

 

「ピカチュウ!」

 

サトシとピカチュウは顔を見合わせて笑った。

 

本当の旅を始めるための準備は、着実に整いつつあった。

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